北極海沿岸国および周辺海域に関する主な地域漁業管理機関としては、ベーリング公 海条約(CCBSP)、北西大西洋漁業機関(Northwest Atlantic Fisheries Organization:NAFO)、
北大西洋海産哺乳類委員会(NAMMCO)、北太平洋遡河性魚類委員会、がある 。これ に加え、ノルウェー・ロシア漁業委員会、北東大西洋漁業委員会(NEAFC)、米国・カナ ダ間には太平洋オヒョウ委員会(International Pacific Halibut Commission:IPHC)などが 設けられている。また米国の北太平洋漁業管理委員会(NPFMC)は、隣国カナダと領海 係争中の海域のあるボーフォート海における漁業の禁止措置を決定、カナダとの間には 本件を巡って係争が生じている。
①ベーリング公海条約44
ベーリング海のアリューシャン海盆公海に分布するスケトウダラ資源の公海漁業に 関する、沿岸国である米国・ロシアと遠洋漁業国間の係争を解決するため、日本、米国、
中国、韓国、ロシア、ポーランド(EU)の6ヶ国間で採択された。条約が発効するまで に行われた過剰漁獲のため、資源はすでに枯渇状態にあり、実際の操業は1993年以来 モラトリアムが継続されている。海氷減退によって、公海より北の EEZ に分布するス ケトウダラ資源のチュクチ海への移動が起こっており、今後、分布域を含めた資源動向 の大きな変動に注意が必要と考えられる。
②北西大西洋漁業機関(Northwest Atlantic Fisheries Organization:NAFO)
カナダ東岸およびグリーンランド西岸の両EEZを含む北西大西洋公海を条約水域とし、日 本、カナダ(事務局設置国)、米国、ノルウェー、ロシアなど合計12ヶ国45 およびEUの12 ヶ国+1機関が加盟。北西大西洋の全ての水産資源(サケ・マス、マグロ類及びカジキ類、国 際捕鯨委員会(IWC)により管理される鯨類、大陸棚の定着性種族を除く)の最適利用、合 理的な管理及び保存を目的としている。科学理事会の勧告に基づいてTACを決定している。
44 正式名称「中央ベーリング海におけるスケトウダラ資源の保存及び管理に関する条約」、CCBSP: Convention on the Conservation and Management of Pollock Resources in the Central Bering Sea
45 カナダ、キューバ、デンマーク(フェロー諸島及びグリーンランド)、EU、フランス(サン・ピエール 及びミクロン)、アイスランド、日本、韓国、ノルウェー、ロシア、ウクライナ、米国
③北東大西洋漁業委員会(North-East Atlantic Fisheries Commission:NEAFC)
北東大西洋公海の底魚資源を中心とした水産資源の持続的利用を目的として、1980 年に設立された地域漁業管理機関である。NAFOの東側に接続する北緯35度以北の北 東大西洋海域を対象とする。なお、NEAFC の作成した適用海域には、北極点付近の公 海を提示していない。また、ノルウェー・ロシア間の領海に囲まれた公海については、
管理権限を宣言していない。NEAFCは浮き魚と深海棲の魚類を対象としているのに対 し、ノルウェー・ロシア共同漁業委員会が主として対象としているのは底魚である46。 加盟国は、デンマーク(フェロー諸島およびグリーンランド)、 EU、アイスランド、
ノルウェー、ロシアで、非加盟のオブザーバー国はベリーズ、カナダ、クック諸島、日 本47、ニュージーランドである。主な対象魚種は、Redfish、サバ、ハドック、ニシン、
Blue Whiting、その他の深海棲の魚類である。
図3.11 NAFO条約海域 図3.12 NEAFC管轄海域48
④バレンツ海
バレンツ海のタラはノルウェー、ロシア両国にとり、経済的に非常に大きな意味を持 っており、両国の間には、1970 年代からバレンツ海における漁業管理協力が行われて いた。漁業管理の場としては主に2つ、ICES(International Council for Exploration of the Sea:北大西洋における漁業ストックの科学的な研究機関)、そしてノルウェー・ロシア 2国間の共同漁業委員会があった。後者は1975年に両国の合意により創出された2ヶ 国間の機関で、体長制限や漁法など技術的な問題や法執行などを扱っている。共同委員 会による漁獲割り当て比率は、タラ(codとhaddock)については5(ノルウェー):5(ロ シア)、カペリン(capelin)については6(ノルウェー):4(ロシア)となっている。ま
46 Molenaar E.J. and Corell R. : “Arctic Transform, Background Paper, Arctic Fisheries”, 2009.
47 我が国はNAFOに加盟しているが、北東大西洋での我が国の漁業実績は少ないことから、NEAFCにつ いては、立場は協力的非加盟国として、「協力国枠」の範囲内で操業を行う立場をとっている。我が国 の北東大西洋における関心魚種は主として赤魚である。
48 North-East Atlantic Fisheries Commission, http://www.neafc.org/page/27, viewed on Nov. 2011.
た残りは第3国に解放される。第3国の中ではEUが最大の存在である。2009年にはグ リーンランド・ハリバット漁に関する合意も成立し、漁獲割り当ておよび網サイズが決 定された。
⑤ボーフォート海
北太平洋漁業管理委員会(The North Pacific Fishery Management Council、NPFMC)は2009 年2月、アラスカ沖の北極海の広大な範囲(図3.13)における漁業活動を禁止する動議 を可決した。これは、当該海域での海氷勢力が縮退し、漁船などの航行が可能になりつ つある事態を踏まえ、当該海域の脆弱な環境システムを保全するための予防的な措置と して決定したものである。この決定は、地球気候変動に起因して禁漁区を設ける初めて のものとなった。現時点では、この海域での商業的な漁業は行われていないが、漁業関 係者からの関心は高まっている状況にあるという。そして同年8月、アメリカ政府商務 省は、上記NPFMCの決議に基づいて、アラスカ沖北極海域(ボーフォート海およびチ ュクチ海)における漁業(太平洋サケおよび太平洋ハリバットを除く魚類および貝類・
甲殻類)の禁止措置を宣言した。なお先住民族の生活のための漁業は認められている。
図3.13 Fishery Management Plan for Fish Resources of the Arctic Management Area (in pdf file) : North Pacific Fishery Management Council
(http://www.fakr.noaa.gov/npfmc/)
この決定に対し、9月初め、隣国カナダが正式な抗議を米国政府に提示した。という のは、米国が示した禁漁区の東端に、カナダ・米国の領海が未画定な海域が含まれてい るからである(前図右側の斜線部分)。カナダは、アラスカ州とユーコン州の間の陸の 国境線を海上まで延長する領海を主張、米国は海岸線から垂直の境界線を主張している。
この三角形の海域において、両国の主張が競合している。ただしカナダ政府においても、
科学的な調査・分析を通じて適切な漁業のあり方が決定されるまでは、同国の北極海海 域における商業漁業の禁止措置を取ることを検討している。
カナダが主張 する領海(斜 線部)
(2) 新しい資源需要
世界の漁獲漁業による漁獲高は頭打ちか減少傾向にある。すでにほとんどの水産資源 はMSY限度一杯に利用されているのが現状である。しかし、人類の動物タンパク摂取 量に占める魚類の割合は増大中である。また、世界人口も増加を続けており、総合的な 食料供給の見通しにおいて、水産物への需要は今後も増大することが予想される。この ため、商業漁業は新しい水産資源の開発を望んでおり、地球温暖化によって北極海が新 たな水産資源を供給できるようになる可能性は否定できない。
健康志向を背景としたサプリメント需要は世界的に拡大しており、新たな薬用成分や 健康増進作用のある物質を常に求めている。北極海の魚類に含有される不凍タンパク質
やEPA,DHAなどの成分は、すでに一部がサプリメントとして商品化されている。新た
な有用物質への期待は、北極海の水産資源にも向かっている。
一方、北極海と太平洋あるいは大西洋の接続海域に向かって、既往の水産資源の分布 域が移動することも予想される。あるいは一部は北極海に侵入することも考えられる。
この場合に、操業海域をそのまま北極圏あるいは北極海にまで広げることの妥当性につ いては、慎重に議論・判断することが求められる。