極域研究のベースは観測である。コンピューターによる計算手法が発達しつつある現 代においても、観測の重要性は変わることはない。この一方、極域の過酷な環境下にお ける観測には、一般地域におけるものとは大きく異なる技術や手法が求められる。極域 研究の歴史は、観測に用いられる装備、機器、輸送手段、プラットフォームなどの発達 の歴史といっても過言ではない。この意味において近年の人工衛星によるリモートセン シング技術の発達は、極域研究を量的にも質的にも大きく飛躍させるものである。以下、
極地研究に関連するリモートセンシング利用の例を見て行く。
地球温暖化の原因とされる温室効果ガスのリモートセンシングは、ここ10年程の間 に急速に発展している研究分野である。従来の観測が点あるいは線上に沿って行われる のに対し、リモートセンシングは面あるいは空間的な観測を可能とする。温室効果ガス の排出や吸収については、地上の固定観測点からのデータだけを用いた場合には観測点 から離れた地点における推定結果に誤差が高まることに対し、リモートセンシングによ る観測結果を加えることによりこの推定誤差が低減されることが期待されている。次図 は、JAXA の温室効果ガス観測技術衛星「いぶき」(GOSAT)の観測データを用いた全 球の二酸化炭素収支の推定結果である。陸域が冬季と夏季においてそれぞれ排出と吸収 域となる傾向があり、植生の呼吸と光合成の効果が示されている。
図2.1 二酸化炭素収支推定図(左:1月、右:7月 JAXAホームページより)
図2.2 北極のオゾンホール(国立環境研究所の記者発表資料より)
極地における環境変化についての一般的認識の最初の例は、南極上空におけるオゾン ホールの発見であろう。南極でのオゾンレベルの減少傾向は、昭和基地における観測デ ータの解析結果として1983年に初めて報告されているが、これは関係研究者の興味を 喚起するにとどまった。その後人工衛星Nimbus 7搭載センサーの画像解析により現象 が包括的に表現されたことにより一般の認知が進み、オゾンホールという名称も定着し た。1987 年にはオゾン層破壊物質の削減・廃止のためのモントリオール議定書が採択 された。昭和基地における観測結果が南極のオゾンホールの発見の端緒となったことに 対する一般的認知度が低いことは残念であるが、これもリモートセンシングによる多次 元的観測が極域研究や地球環境保全の動きに大きく貢献した例と言える。一方、北極に おいては、南極ほど顕著なオゾンレベル減少はこれまでは観測されてこなかった。しか しながら国立環境研究所ら 9 ヶ国による研究グループによるリモートセンシングデー タとオゾン観測の結果から、2011 年に南極に匹敵する規模のオゾンホールが北極上空 に出現したことが示されている5。
北極の温暖化を象徴する例として北極海の海氷減少に関するデータが取り上げられ ることが多いが、これらはリモートセンシング画像の解析結果である。もしこのような 情報が無ければ北極の海氷変化に対する我々の認識はもっと遅れたであろう。海氷面積 に最も多く利用されるセンサーは、米国軍事気象衛星計画(Defense Meteorological Satellite Program: DMSP)の衛星に搭載されているマイクロ波放射計(Special Sensor
Microwave Imager: SSM/I)である。マイクロ波帯を用いたリモートセンシングは、雲や
太陽光の有無に影響されないことから、極地の観測に有利である。SSM/Iは地球表面か
5 国立環境研究所記者発表,2011年10月3日:2011年春季北極上空で観測史上最大のオゾンが破壊-北 極上空のオゾン破壊が観測史上初めて南極オゾンホールに匹敵する規模に-.
らのマイクロ波放射を計測する受動型センサーでありその空間分解能は低い(最も良い
解像度で12.5km、良く使われている海氷データは25km)。しかし、観測幅が広く周回周
期も早いことから、リアルタイムで極域全体の情報を得ることができる。また、その前 身であるSMMR(Scanning Multi-channel Microwave Radiometer)を含めると1978年から のデータの蓄積があり、海氷量の経年変化を追うことができる。SSM/Iより得られる情 報は海氷の面積であり、その計算手法はほぼ確立されている。また宇宙航空研究開発機 構が開発した改良型高性能マイクロ波放射計(AMSR-E)はSSM/Iの2倍の解像度(最高で 6.25km)の海氷密接度データを2002年6月から2010年10月4日まで提供した。北極海航路 での船舶の運航を考えた場合は、更に高解像度の海氷情報が有益であると思われる。
合成開口レーダー(Synthetic Aperture Rader、RADARSAT やEnvisat、ALOSなど)によ る海氷データは、周回周期が遅いため入手頻度が低い欠点(数日に1回程度のデータ取 得)はあるが、空間解像度が数10mから数100mであり詳細な海氷状況を得ることができ る。
氷の厚さの推定は、前述のSARの利用や、ICESat (Ice, Cloud, and Land Elevation
Satellite)により計測される海氷の海面上からの高さから厚さを求める試みが為されてい
る。
このように北極研究におけるリモートセンシング等の空間情報技術の重要性が高ま るなか、日本リモートセンシング学会では、2011年12月に、雪氷リモートセンシング研 究会を設立したところである。
2.2 我が国の調査・研究の現状
(1)北極研究コンソーシアムとGRENE北極研究事業
第1章に述べたように、北極の環境は現在大きな変化を示しつつあり、これに関連し て北極の資源開発や航路利用といった動きも新たな局面に入っている。このような北極 の変化に対応し、我が国の北極研究をより組織的かつ継続的なものとすることを目的と して、文部科学省の地球観測推進部会の下に北極研究検討作業部会が設けられた6。こ の作業部会における討議の結果、2008 年8 月に、我が国の北極研究の現状・将来戦略 を示した中間とりまとめが公表された。この将来戦略では、北極圏研究における戦略的 重要課題を示すとともに、我が国の北極関係研究者が連携するコンソーシアムの設置と 北極圏に関わる総合的研究プロジェクトの創設の必要性などがうたわれた。
北極研究検討作業部会による中間とりまとめを受けて、2011 年 5月に北極研究者に よる集会が行われ、北極環境研究コンソーシアム(Consortium for Arctic Environmental
Research:JCAR)が設立された。このコンソーシアムには、当初の計画を大きく上回る
6 地球観測推進部会 北極研究検討作業部会-中間とりまとめ-.文部科学省ホームページ:
http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/gijyutu/gijyutu2/035-4/houkoku/1296814.htm
研究者からの参加登録があった(2011年7月現在266名)ことから、コンソーシアム の全体的運営は24名の委員から成る運営委員会が担当し、その下に中期計画・研究交 流・人材育成の各ワーキンググループが設置されることとなった。
一方、北極に関わる総合的研究プロジェクトについては、文部科学省のグリーン・ネ ットワーク・オブ・エクセレンス(GRENE)事業の一環として、北極気候変動分野「急 変する北極気候システム及びその全球的な影響の総合的解明」が2011 年より開始され た。本プロジェクトでは、
a) 北極域における温暖化増幅メカニズムの解明
b) 全球の気候変動及び将来予測における北極域の役割の解明
c) 北極域における環境変動が日本周辺の気象や水産資源等に及ぼす影響の評価 d) 北極海航路の利用可能性評価につながる海氷分布の将来予測
の4項目の戦略目標の下に研究公募が行われ、次の7課題が採択された7。
① 北極気候再現性検証および北極気候変動・変化のメカニズム解析に基づく全球 気候モデルの高度化・精緻化
② 環北極陸域システムの変動と気候への影響
③ 北極温暖化のメカニズムと全球気候への影響:大気プロセスの包括的研究
④ 地球温暖化における北極圏の積雪・氷河・氷床の役割
⑤ 北極域における温室効果気体の循環とその気候応答の解明
⑥ 北極海環境変動研究:海氷減少と海洋生態系の変化
⑦ 北極海航路の利用可能性評価につながる海氷分布の将来予測
課題⑥は、水産資源を含めた北極海海洋生態系の変化の解明を目指すものであり、海 洋地球研究船「みらい」や北海道大学水産学部練習船「おしょろ丸」などによる現場観 測など様々な手法を融合して研究を進める計画となっている。
(2) 国立極地研究所
国立極地研究所では、1970 年代から北極域の中空・超高層研究が行われている。そ の後1990年に北極圏環境研究センター(2004年に北極観測センターと改称)が設置さ れ、本格的な北極研究が開始された。1992 年にはノルウェー・スバルバール島のニー オルスンに観測基地を建設し、北極研究の共用基盤施設として管理・運営を行ってきて いる8。国立極地研究所における北極研究においては、同研究所が長期にわたって継続 している南極観測とともに、南北両極の比較観測に特に重点が置かれている。
7 国立極地研究所ホームページ:http://www.nipr.ac.jp/grene/
8 ただし我が国のニーオルソン観測基地は非常駐である。また現在、新しい建屋を探しているところである。