第 3 章 対象的なむすびつき
3.1 ありかのむすびつき
3.1.6 出現物のありか
〔出現物のありか〕を表わす連語は、自動詞の場合は、「現われる」「出現する」などの 出現動詞とニ格の空間名詞と物や人、現象を表わすガ格の名詞とのくみあわせであり、ガ 格の名詞で示されている物や人、現象がニ格の名詞で示されている場所に出現することを 表わす。他動詞の場合は、「現わす」「生む」などの出現動詞とニ格の空間名詞と物や人、
現象を表わすヲ格の名詞とのくみあわせであり、ヲ格の名詞で示されている物や人、現象 をニ格の名詞で示されている場所に出現させることを表わす。ニ格の名詞は出現物のあり かを示す。「出現の構造」は以下のように示す。
出現の構造
【 <空間>に <物/人/現象>が <出現>Vi 】 [出現物のありか] [出現物] [出現]
・例:玄関に人が現われる、家の近くにスーパーができる
【 <空間>に <物/人/現象>を <出現>Vt 】
[出現物のありか] [出現物] [出現]
・例:田舎に家を建てる、屋根の下に巣を作る
[1] 出現動詞には、「現われる、生まれる、起こる、生ずる、できる、出現する、登場す
る、発生する」などがある。また、「生む、築く、建つ、建てる、作る、設ける、開設する、
新築する」などの生産動詞も出現性の意味をもっている。
(109)「鎌倉市にあらわれたもうひとつの大仏は、奈良の大仏と判明しました……」
(『ブンとフン』)
(110)おかげで週明けには明るい表情で颯爽とオフィスに登場するようになったそう だ。(『いい言葉は、いい人生をつくる』)
(111)見かねた彼の妻が、田舎に家を建てよう、しかも自分たちの力で、という計画 を持ち出したのだ。(『いい言葉は、いい人生をつくる』)
(112)わが家の玄関の飾り窓にハチが上手に巣を作った。(『日本人の発想、日本語の 表現―「私」の立場がことばを決める―』)
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(113)私の住む町の近くにかなり大がかりな人工の町ができた。(『天窓に雀のあしあ と』)
(114)だから、「味」とは「口」と「未」との二つの合成で、口の中に生じる微かな もの。(『日本語練習帳』)
出現物の出現場所を表わすニ格の名詞は、(109)~(114)に見られるように、空間名 詞(「鎌倉市」「オフィス」「田舎」)、空間的な性格をもつ具体名詞(「飾り窓」))や空間化 された具体名詞(「町の近く」「口の中」)などであるのが普通である。しかし、空間性を持 たない人名詞や抽象名詞などもニ格に現われることがある。下の(115)の「彼女は」は 文脈=構造によって臨時的に場所として機能している。(116)の「心の中に」は上の(114)
と同様に空間化されているが、ガ格名詞の「イメージ」によって抽象化されている。(117)
においては、ニ格名詞の「駐車場の問題」もガ格名詞の「現象」も抽象名詞である。これ ら3例は抽象的な〔出現物のありか〕を作っている。
(115)彼女に子どもができ、しかも彼女はぼくの子どもを産む意志をもっていること を表明したのです。(『天窓に雀のあしあと』)
(116)つまり、「思う」とは、一つのイメージが心の中にできあがって、それ一つが 変わらずにあること。(『日本語練習帳』)
(117)タイム・イズ・マネーならぬスペース・イズ・マネーという現象が、この駐車 場の問題に集中的に表われていると言えるであろう。(『空間と人間』)
上で見てきたように、〔出現物のありか〕を表わす連語では、ニ格の名詞に様々な性質の ものがなりうる。この点においては、前述した 3.1.1 節の〔存在物のありか〕と状況が非 常に似てはいる。しかし、〔存在物のありか〕に比べ、〔出現物のありか〕には出現性の意 味が新たに加わっているため、〔存在物のありか〕に含めることができない。〔存在物のあ りか〕では、存在動詞は存在物の存在のあり方を示しており、ニ格の名詞と動詞との間の 関係は静的である。それに対して、〔出現物のありか〕においては、その関係が動的である。
なぜなら、出現動詞によって表わされる「出現」という出来事が起こってはじめて、出現 物ができて、それと同時にある場所が出現場所としての性質を帯びるからである。
[2] 以上に挙げた典型的な出現動詞の他に、現象性の動詞「浮かぶ、浮かべる、浮き出る、
映す/写す、映る/写る」も出現動詞のグループに入るであろう。それに、この種の動詞が 現われた用例の数は、出現物のありかの用例のうち大きな割合を占めている。
(118)行手の左手に当って、一ばん遠い山の上に一抹の白雲が浮かび、その雲の遥か 上空に白い落下傘が一つ見えた。(『黒い雨』)
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(119)雨に覆われた夜景ににじんでゆく大きなガラスに映る自分と目が合う。(『キッ チン』)
(120)当人の頭の皮膚の色がそのまま合成樹脂の人工皮膚にうき出て、生えぎわも本 物そっくりに見えるという効果があるわけだ。(『ボクは好奇心のかたまり』)
(121)やとわれママらしい狐みたいに痩せた女が、ほかに客のいないのをいいことに、
石黒たちの前で、口をあけ、手鏡に奥歯をうつしては爪楊子でせせっている。
(『男どき女どき』)
これらの例の他に、「目/心/頭/脳裏に浮かぶ」「目/心/視野に映る」のようなくみあわ せもあり、出現性の意味を含んでいると考えられるが、慣用的な表現にも近づいていくで あろう。
また、「明かりが点く」「灯り/火がともる」などのフレーズも、「部屋に明かりが点く」
「お店に灯りがともる」のように、場所を表わすニ格の名詞で広げられ、連語全体は〔出 現物のありか〕を作っている。
出現性の意味をもっているとは言いにくいが、変化動詞「増える、増やす」と変化する ものの存在場所を表わすニ格の名詞とのくみあわせは、〔出現物のありか〕に近い性質を持 っている。例えば、
(122)アキちゃんの顔にもだんだん皺が増えていく。(『世界の中心で、愛をさけぶ』)
(123)数週間で交代する派遣型でなく、医師、保健師、精神保健福祉士、臨床心理士 といった専門家を被災地に増やす。(朝・社)
[3] 以上は出現性の意味を持っている動詞について見てきたが、これらの動詞の他に、奥 田(同:290)にも指摘があるように、「くっつけ動詞や移動動詞のあるものが、語彙的な意 味のずれ=抽象化の結果、出現動詞のグループにはいりこんできている」。例えば、「出る、
出てくる、滲む」のような動詞。
(124)私の住む町の近くにかなり大がかりな人工の町ができた。・・・、時には広場に 青空市場が出たり、星空映画館ができたり、して、まあ若者向きじゃあるけれど、
新しもの好きの私はこれが嬉しくてならない。(『天窓に雀のあしあと』)
(125)その翌日の新聞にも出ていなかった。(『少年H』(上巻))
(126)兄が見つけだしたさながら時代劇に出てくる浪人の住む裏長屋のようなうらぶ れた家へ。(『母の影』)
(127)全体から醸し出される雰囲気というものには、誰かのことを心から労る優しさ や、悲しみが滲み出ており、細い二つの目から今にも涙が零れ出てきそう。(『幸 福な結末』)
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この種の動詞を広げるニ格の名詞にも様々なものがあるが、とりわけ(125)の「新聞」
と(126)の「時代劇」のような視覚感覚が強いものが多いようである。その他に、「小説」
「物語」「童話」「絵巻」「文章の中」「文学の中」「テレビ」「CM」などもあった。
(124)~(126)の「出る」と「出てくる」は移動動詞であるが、語彙的な多義性によ り、これらの例において、「現われる」という意味を表わしている。(127)では、くっつ け動詞の「滲む」が「出る」とくみあわさり、「滲み出る」という複合動詞を作り、出現性 の意味を帯びてくる。
なお、下の(128)の判断はやや微妙であろう。「表に出てきた」を「表に姿が現われた」
と解釈する場合、「出てくる」は出現性の意味を帯びており、連語全体は〔出現物のありか〕
を表わすと判断するのが無難であろう。しかし、「表」を「出てくる」という移動動詞が表 わす動作の着点と考える場合は、ニ格の名詞と動詞との間に〔着点のむすびつき〕(3.2.3 節参照)が認められる。これは、(128)において、ニ格名詞の「表」が空間的な性格をも つ具体名詞であることと、動詞「出る」が多義語であることに起因していると思われる。
このような例の存在は、〔着点のむすびつき〕と〔出現物のありか〕がつながっていること を物語っている。
(128)警察官が急に表に出てきたのでHたちは逃げた。(『少年H』(上巻))