第 3 章 対象的なむすびつき
3.3 くっつきのむすびつき
〔くっつきのむすびつき〕を表わす連語は、自動詞の場合は、「くっつく」「当たる」な どのくっつけ動詞とニ格の物名詞とのくみあわせであり、主体がニ格の名詞で示されてい る物にくっつくことを表わす。他動詞の場合は、「くっつける」「かける」などのくっつけ 動詞とニ格の物名詞とヲ格の物名詞とのくみあわせであり、ヲ格の名詞で示されている物
(=第一の対象)をニ格の名詞で示されている物(=第二の対象)にくっつけることを表 わす。ニ格の名詞は物のくっつく先を示す。「くっつきの構造」は以下の通りである。
くっつきの構造
【 <物>に <くっつけ>Vi 】
[くっつく先] [くっつく動作]
・例:手すりに当たる、壁にぶつかる
【 <物>に <物>を <くっつけ>Vt 】
[くっつく先] [くっつける対象] [くっつける動作]
・例:手帳にメモを貼る、トーストにバターを塗る
[1] くっつけ動詞には、下のようなものがある。なお、奥田(同:295)は、くっつけ動 詞が自動詞の場合について、「自動詞とのくみあわせでは、に格の名詞は、動作がその表面 に、内部にくいこんでいく物=対象をしめしている。」と述べている。
当たる、埋もれる、埋まる、覆いかぶさる、かかる、重なる、重なりあう、被さる、
絡まる、絡む、くっつく、転がる、刺さる、触る、しがみつく、沈む、染みる、溜ま る、ついていく、ついてくる、つかまる、浸かる、突き当る、付きそう、つきまとう、
つく、包まる、つまずく、融ける、止まる、滲む、残る、載る、這う、はねる、浸る、
引っかかる、伏せる、ぶつかる、ぶら下がる、触れる、紛れる、混じる、まみれる、
もぐる、もたれる、寄りかかる、寄り添う
嘔吐する、激突する、接触する、接吻する、浸透する、埋没する
あける、あてがう、あてる、あぶる、入れる、植える、移し植える、埋める、置く、
押す、抱え上げる、かけ合う、かける、かざす、重ねる、飾る、担ぐ、被せる、刻む、
くくる、くっつける、くわえる、下げる、刺す、さらす、しかける、敷く、沈める、
しばる、しまう、据える、背負う、添える、注ぐ、染める、立てる、垂らす、つかむ、
つぐ、つける、突っ込む、繋ぐ、繋げる、積み上げる、閉じ込める、止める、取る、
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並べる、塗る、残す、載せる、のっける、吐き出す、はさむ、貼る、浸す、引っかけ る、広げる、ぶちあける、ぶちまける、ぶっかける、ぶつける、撒く、まとう、持つ、
盛る
挿入する、埋蔵する
(190)きゃっとお姉さんが声を上げる。けれどその石は鉄の階段の手すりに当たり、
鈍い音を立てて見当違いの方向へ飛んで行った。(『落花流水』)
(191)それでも僕は、押される度に人波に浚われまいと懸命に柱にしがみついていた。
(『黒い雨』)
(192)暮れる空がはるかビルの向こうへ消えてゆくのを、吊り革につかまった手にも たれかかるようにして見つめていた。(『キッチン』)
(193)私は毛布にくるまって、今夜も台所のそばで眠ることがおかしくて笑った。
(『キッチン』)
(194)「――あ、あそこだわ」と、美子は、沢山の荷物に埋れそうになってしゃがみ 込んでいる美保を見付けて言った。(『百年目の同窓会』)
(195)この家の中で、いちばん、きちんと時間を守るシェパードのロッキーは、トッ トちゃんの、いつもと違う行動に、けげんそうな目をむけながら、それでも、大 きくのびをすると、トットちゃんにぴったりとくっついて、(なにか始まるらし い)ことを期待した。(『窓ぎわのトットちゃん』)
(196)或る人間がかたのごとく死んだ、そしてその顔に白布をあてがい弔客があるた びに、白布の被いを取って告別のために見せていた。(『女ひと』)
(197)この人たちは民家を倒壊させるのが任務であった。家の柱という柱に鋸を入れ、
八割がた引切って棟木に太綱をつけ、二十人三十人の者が引張って倒すのであ る。(『黒い雨』)
(198)いつのまにか自分でも気がつかないうちに、トーストにバターをぬり、それを お皿の上におき、またとりあげてバターをぬった。(『ブランコのむこうで』) (199)「いいんだよ」ぼくは半分ほど空になった祖父のグラスにビールを注ぎながら、
「ぼくがいなくても、おじいちゃん一人で充分だったんじゃない」と謙遜して見 せた。(『世界の中心で、愛をさけぶ』)
(200)更に――、私のこの芝居を本にして出版する新潮社の社長さんがモーターに指を つっこんで怪我をした。(『ボクは好奇心のかたまり』)
ニ格の名詞の性質について、奥田は「具体名詞」としており、更に「ゆくさきのむすび つきや存在のむすびつきとはちがって、このむすびつきには空間的なニュアンスがかけて いる。したがって、かざり名詞の語彙的な意味にも空間的なニュアンスがかけている。(奥 田(同:295))」と指摘している。実際に、上の(190)~(200)においても、ニ格名詞
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の「手すり」「柱」「吊り革」「毛布」「荷物」「トットちゃん」「顔」「棟木」「トー スト」「グラス」「モーター」はいずれも空間性を感じさせにくい具体名詞である。しか し、以下に挙げる(201)~(204)は少し状況が異なるであろう。
(201)道に迷ったり、あるいは列車やバスで知らない駅や停留所に止まったときに、
よく「ここはどこですか」と人に聞く。(『日本人の発想、日本語の表現―「私」
の立場がことばを決める―』)
(202)そこでAさんは玄関先に鏡を置き、毎朝、出かけるときに表情チェックをする ようにした。(『いい言葉は、いい人生をつくる』)
(203)主人はフン先生のまえに、タマゴと塩をならべた。(『ブンとフン』)
(204)フン先生は図書館備付の新聞を机の上にひろげ、一ページずつ、すみからすみ まで、ていねいに目を通した。(『ブンとフン』)
(201)と(202)における「駅や停留所」と「玄関先」は動作あるいは物がくっついて いる先=物であると言うよりも、動作あるいは物がくっついている先=場所と考えた方が 無難であろう。さらに(203)と(204)では、「フン先生の前」「机の上」のように空間 化されており、一層場所性が現われている。実際に、3.1.1節ですでに触れたように、これ らの動詞が「~ている」形、「~てある」形または受身形の「~ている」形(「~(ら)れて いる」の形)をとると、例えば(201’)~(204’)が示すように、連語全体は〔存在物の ありか〕に移行する。
(201’)列車やバスが駅や停留所に止まっている
(202’)玄関先に鏡が置いてある/玄関先に鏡が置かれている
(203’)フン先生のまえにタマゴと塩がならべてある/フン先生のまえにタマゴと塩が ならべられている
(204’)机の上に新聞がひろげてある/机の上に新聞がひろげられている
〔くっつきのむすびつき〕を作る連語が、空間性をもっているか否かは、ここでは重要 ではない。動詞が表わす動作がくっついていく先は具体物でもいいし、ある具体的な場所 でもいい。問題は動作がその物か場所と直接的・物理的な接触があるかどうかということ である。いずれにせよ、直接的・物理的な接触が基準である以上、ニ格の名詞は具体名詞 でなければならない。
しかし、実際に、(205)と(206)のように、音や声を表わす抽象名詞もニ格の位置に つくことができる。
(205)タンバリンの音は、いつも太鼓の音に混じってだんだん近づいてきた。(『少年
86 H』(上巻))
(206)カップを洗っていると、水音にまぎれて雄一が口ずさむ歌が聴こえた。(『キッ チン』)
この 2例とも、2種類の音が混ざり合って、一緒になっている状態を表わしており、こ のグループに入れていいであろう。
また、くっつけ動詞が抽象名詞とくみあわさる例に以下のようなものもある。
(207)岩波文庫版の解説は斎藤茂吉で、このほうは、「山椒大夫」については「奴隷 解放といふ社会問題をも取扱ひ、従うて経済問題にも接触する」と言い、「高 瀬舟」については「罪の行為」の問題、「富に対する観念」の問題、「ユウタナ ジイ(安楽死)の問題」を指摘するなど、現代とのかかわりに触れた文言(もん ごん)が随所にちりばめられている。(『読書のたのしみ』)
(208)・・・、そしてそれをそのまま頭の中にしまって眼をとじるということは、生 涯のはてに打つかる詩のようなものであって、却って死ぬ人間にとってぬくぬ くとしたものであるかも知れぬ。(『女ひと』)
(209)自分の個性に、できるだけよい側面からスポットライトを当ててみるのだ。(『い い言葉は、いい人生をつくる』)
(210)以上の考えを頭において、日本語の姿や性格に分析のメスを入れ、日本人の思 考様式や日本文化の有り様との関わりを探ってみたのが本書である。(『日本人 の発想、日本語の表現―「私」の立場がことばを決める―』)
これらの例はいずれもくっつく動作が考えられず、連語全体は比喩=抽象化している。
しかし、具体的ではないが、ニ格の名詞と動詞との間に、ある種の抽象的なくっつきの関 係がまだ残っていると思われるため、本研究ではこれらを〔くっつきのむすびつき〕の特 殊なものとして扱う。
くっつけ動詞のうち、「書く」をはじめとする「文字、記号、絵画や図形などの記録」
の意味を表わすいくつかの動詞がある。「書く」の他に、「描く、書きいれる、書きこむ、
書きしるす、書きつける、書きとめる、書きのこす、(日記を)つける/記録する、掲載す る、清書する、着色する」などもあり、他動詞がほとんどである。ニ格の名詞は「紙」「手 帳」「ノート」「本」「雑誌」「辞書」などである。
(211)今になって思うと、そのおっさんに悪気はなく、番号を紙に書いて電話機に貼 っておいてもどうということはないのだから、そう怒らなくてもいいのだ。(『天 窓に雀のあしあと』)
(212)私は、予定は手帳に鉛筆で書き込み、スケジュールを消化するとそれをペンで