第 9 章 新聞データに見られる「急に」 「突然」の相違と、
10.5 今後の課題
本論文を通して、概して、類義関係にある副詞の相違は、ジャンルにより出現傾向が異 なり、『分類語彙表』を用いて意味分類した結果、検討対象の副詞は、「抽象的関係」「人間 活動」「自然現象」という部門において、それぞれよく現れる部門があり、類義の度合いが 高い語は、その部門の現れ方に、ある一定の傾向があることが明らかになった。しかし、
本論文では、捉えきれていない以下のような課題が残っている。
まず、本研究では、「やっと」「ようやく」「ついに」「とうとう」という「事態の成立す るまで長時間かかる」意味を持つ類義語は一緒に取り上げ、検討できたものの、「事態が瞬 間的に成立する」ことを意味にしている「急に」「突然」と類義関係にある語は取り上げる ことはできなった。
「やっと」「ようやく」「ついに」「とうとう」は、それぞれの「独自の語」を『分類語彙 表』を用いて意味分類した時、その出現傾向は『毎日』『文学』というジャンルによる違い はなく、一定の傾向が見られた。しかし、「急に」「突然」は、『毎日』においては「やっと」
「ようやく」「ついに」「とうとう」と同様の傾向が見られたものの、『文学』においては異 なる傾向が見られた。両ジャンルにおける異なる出現傾向について、より詳細に検討する ためには、類義関係にある他の語、例えば、「いきなり」「だしぬけに」「とっさに」などを 検討対象にする必要があると思われる。つまり、他の語を検討せずには、「やっと」「よう
やく」「ついに」「とうとう」のように、『分類語彙表』を用いた意味分類の結果、一定の傾 向が見られる可能性がないとは言い切れないためである。本論文では「急に」「突然」のみ になってしまったが、今後、上記の類義関係にある語を対象に検討していきたい。
次に、本論文では、類義関係にある副詞の「独自の語」を『分類語彙表』を用いて意味 分類をし、意味分布から、類義関係にある副詞の相違を明らかにしたが、意味分類の基準 である『分類語彙表』の問題がある。この点について、第3章3.3.2で述べたように、分類 に合わないものや『分類語彙表』に「独自の語」と当てはまる動詞がないことである。ま た、例えば、(1)「広がる」、(2)「引き出す」を『分類語彙表』を用いて意味分類を すると、「抽象的関係」部門に入る例である。しかし、「独自の語」と係る補語や文脈の 意味から、人の感情や感覚と解釈することができ、「人間活動」部門に入ることも可能で あろう。
(1)イヴはがばっとベッドに起き上がったが、しばらくは頭がぐるぐる回ってしまった。
それでも、自分のベッドにいることに気づくと、やっと全身に安堵が広がった。
(PB49_00157『復讐は聖母の前で』2004、 第4章(14)の再掲)
(2)横からオンズロウ信号兵曹が口を入れた。「いますぐ、自分がウナギのゼリー寄せ、
用意しますよ、副長」みんな声をたてて笑った。すると、オンズロウも、あの海で 死んだ母子を発見したときに噴きだした悲しみと絶望感からようやく引きだされた のだろう。(LBl9_00103『落日の香港』1997、第4章(19)の再掲)
以上のように、人の内面的なことを表していると思われるものでも、「独自の語」の意味 分類から、「人間活動」部門ではなく「抽象的関係」部門に入る例がある。本論文では、人 の感情や感覚など内面的なことだと思われても『分類語彙表』の意味分類に従い、「抽象的 関係」部門に入れた。今後、「独自の語」の検討において、「独自の語」と係る補語によっ て分類基準が違ってくるものについて、新たな解釈の基準を設け、検討していきたい。
また、本論文における「独自の語」の相違について、用例からの意味を考えながら見て きたが、用例を検討する前に、『分類語彙表』における分類項目から、抽象的な概念を取り 出し、分かりやすく記述する方法を考えていきたい。特に、認知意味論における概念や考 え方を取り入れ、「独自の語」の意味について記述してみたい。
山本(2007)は、「もう」「まだ」「ついに」「とうとう」について、認知意味論の観点か ら検討している。第3章で述べたように、山本(2007)は『山本五十六(上)(下)』を調 査データとして用い、「ついに」が17例、「とうとう」が16例を検討対象の用例とした。
用例の少なさと、「会話文」の認定において「会話文内」と「会話文に関与」という項目が 挙げられているものの、その定義が曖昧であることなど検討の余地がある。しかしながら、
注目すべきことは、事態の実現について「起点・経路・到達点スキーマ」を用い、「ついに」
「とうとう」は、「同一のスキーマを反映しつつ、焦点化される部分の異なりのちがいによ ってその差異が生じさせている(p.14)」と述べ、以下のような図に示している点である。
事態実現の想定 事態実現の確定
図10-1「ついに」「とうとう」のスキーマ(図8引用)
また、「ついに」について、下記の(3)を挙げ、『煙草を取り出す』事態実現の想定時点 を起点、『煙草を取り出す』事態実現の確定時点を到達点、その間のメンタルパスおよび時 間経過を経路とする、起点・経路・到達点スキーマがはたらいている」とし、次の図10-2 を上げ、「動作から動作へとビリヤードのボールのようにエネルギーが伝達されていく
(p.17)」としており、「とうとう」は事態にエネルギー伝達を要求しないと述べている。
(3)学生は山門のほとりでまだためらっていた。ついに彼は、柱の一つに身を凭せて、
ポケットから、先ほど買った煙草をとりだした。(一部抜粋)
起点 到達点
エネルギー伝達 図10-2 「ついに」のスキーマ (図9の引用)
籾山(2002)は、「やっと」「ようやく」について、両副詞の相違について、以下の例を 挙げ、述べている。
(4)a あ、やっとバスが来た。
b? あ、ようやくバスが来た。
(5)[マラソンで]a?先頭集団がやっと三十五キロ地点にさしかかってきました。
b 先頭集団がようやく三十五キロ地点にさしかかってきました。
(籾山2002:p.153)
「やっと」と「ようやく」はともに、すでに共通点として指摘した<長い時間がかか ってある事態が実現する>ということをベースとして持っていると考えられます。つま り、このベースとは、「(ある事態が実現までに要する)長い時間の経過を伴うプロセス」
と「(そのプロセスを経た結果としての)事態の実現」を含むということです。(中略)「や っと」と「ようやく」の違いはプロファイルの違いとして捉えることができると思われ ます。つまり、「やっと」は(4)aのような事態の実現の瞬間に注目した文に生起できる ことから、上記のベースのうちの「事態の実現(の瞬間)の方をプロファイルとして持 つのに対して、「ようやく」は(5)bのような事態の実現に至る長い時間の経過を伴うプ ロセスに焦点を当てた文に生じうることから、上記のベースのうちの「(ある事態が実現 までに要する)長い時間の経過を伴うプロセス」の方をプロファイルとして持つと考え られます16。 (籾山2002 :p.154)
籾山(2002)では、「やっと」「ようやく」の異なる点は、「やっと」は「事態の実現の瞬 間」をプロファイルとし、「ようやく」は「長い時間の経過を伴うプロセス」の方をプロフ ァイルとしている。
以上、籾山(2002)の説明と上記の山本(2007)が採用したイメージスキーマを取り入 れると、「やっと」「ようやく」は次のように、図に示すことができるのではないかと思わ れる。
起点 到達点
図10-3 「やっと」「ようやく」のベース
起点 到達点
図10-4 「やっと」のイメージスキーマ(プロファイルは太線)
16 籾山(2002)は、「『ベース(あるいはスコープ)』とは、語の意味の記述に必須の認知領域の一部分で あり、『プロファイル』とは、ベースのなかで、語(意味)が直接指し示す部分のこと(p.153)」であると 述べている(用例の番号は本論文の順序に従い、それに従って直接引用文にある用例の番号も変えた)。
起点 到達点
図10-5 「ようやく」のイメージスキーマ
本論文の対象語である類義関係にある副詞も以上のようにイメージスキーマを表すこと によって、説明することができるのではないかと思われる。認知意味論の観点の取り入れ は今後、慎重に考えるべきであろうが、「独自の語」の検討についてさまざまな観点で検討 していきたい。特に類義関係にある副詞を、イメージスキーマを用いて提示し、日本語教 育の現場に適用できるように研究していきたい。
最後に、研究対象語である副詞について歴史的な観点で検討することができなかったた め、今後『太陽コーパス』などを用い、副詞の出現傾向について検討していきたい。また、
文体の差に焦点を合わせ、『国会会議録検索システム』を用いて1947年から現在までの副 詞の使用実態について検討していきたい。
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