第 4 章 確定的なリンク交通量に基づく確率的リンク移動時間の評価手法
4.2 定式化
4.2.2 交通量の確実性等価
4.2.2 では,金融経済学において確立した,確実性等価とリスクプレミアムの概念を,
確率的リンク交通量と確率的リンク移動時間との関係に適用する.簡単な例として,確率変 数X(金融経済学ではポートフォリオの収益などに相当する;池田,2000)と効用関数𝑢(𝑋) を考える.期待効用を以下のように表す.
𝐸[𝑢(𝑋)] = 𝑢(𝑥𝑜) (4-6)
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ここで,𝑥0は効用関数𝑢(𝑋)に対する確率変数 X の確実性等価である.換言すれば,確実性 等価とは,効用関数に関して,期待効用を返す確定的な引数のことである.この関係を,リ ンク移動時間とリンク交通量の関係に適用すると,リンクコスト関数に対して,その平均を 返す,確定的なリンク交通量を得る.なお,本章ではリンクコスト関数としてBPR関数を 採用するものとする.(Bureau of Public Roads, 1964)
𝑡𝑎(𝑣𝑎) = 𝑡𝑎𝑜⋅ (1 + 𝛼𝑎⋅ (𝑣𝑎
𝑐𝑎)𝑛𝑎) ∀𝑎 ∈ 𝐴 (4-7) ここで,𝑐𝑎と𝑡𝑎𝑜はそれぞれリンク交通容量と自由走行時間である.α𝑎と𝑛𝑎はBPR関数のパ ラメータである.BPR関数においては通常,移動時間および交通量は確定的に扱われる.し かし,第2章で言及したように本論文では,リンク交通量およびリンク移動時間はそれぞれ 確率変数として扱われる(Lam et al., 2008; Uchida, 2014).
𝑡𝑎(𝑉𝑎) = 𝑡𝑎𝑜⋅ (1 + 𝛼𝑎⋅ (𝑉𝑎
𝑐𝑎)𝑛𝑎) ∀𝑎 ∈ 𝐴 (4-8) なお,本論文では簡単のため,確定的なリンク交通容量を考える.第2章では,交通需要が 従う様々な確率分布が既存研究において検討されてきたことを示した.本章では,対数正規 分布に従う交通需要を仮定した.本章ではリスクプレミアムに関する定式化の説明を容易 とするため,正規分布に従う交通需要を仮定して議論を進める.背景の詳細については4.2.5 の最後で説明する.
確率的リンク交通量𝑉𝑎は確定項𝑣𝑎 と確率項𝜀𝑎で構成される.このとき,リンク交通量 のリスクプレミアム𝜋𝑎はリンク交通量の確実性等価と平均を用いて,以下のように定義さ れる.
𝜋𝑎= 𝑣𝑎𝑜− 𝑣𝑎∀𝑎 ∈ 𝐴 (4-9)
ここで,𝑣𝑎0はリンク交通量の確実性等価である.この確実性等価を用いて,リンク移動時間 の平均は以下のように再定義される.
𝐸[𝑡𝑎(𝑣𝑎+ 𝜀𝑎)] = 𝑡𝑎(𝑣𝑎+ 𝜋𝑎)∀𝑎 ∈ 𝐴 (4-10) 上式の両辺に対して,1次のテイラー級数近似をそれぞれ施すと,以下のようになる.
𝐸[𝑡𝑎(𝑣𝑎+ 𝜀𝑎)] ≈ 𝐸 [𝑡𝑎(𝑣𝑎) +1
2𝑡𝑎(2)(𝑣𝑎) ⋅ 𝜀𝑎2]
= 𝑡𝑎(𝑣𝑎) +1
2𝑡𝑎(2)(𝑣𝑎) ⋅ 𝑣𝑎𝑟[𝑉𝑎] ∀𝑎 ∈ 𝐴
(4-11)
𝑡𝑎(𝑣𝑎+ 𝜋𝑎) ≈ 𝑡𝑎(𝑣𝑎) + 𝑡𝑎(1)(𝑣𝑎) ⋅ 𝜋𝑎∀𝑎 ∈ 𝐴 (4-12) ここで,𝑡𝑎(𝑛)はリンク移動時間をリンク交通量の平均に関してn階微分したことを意味する.
(4-11)ではリンク交通量が正規分布に従うと仮定している.正規分布では,2 次よりも高次
元のモーメントは無視できるほど小さいため,2次よりも高次元の項を考慮する必要はない.
また,(4-10)の右辺は(4-12)のように線形近似されているものと仮定する.上記の2つの近似
式から,平均リンク交通量のリスクプレミアムに関する線形の方程式が導出される.
(4-10)-59
(4-12)を解くことで,リンク交通量のリスクプレミアムは閉形式として近似的に定義される.
𝜋𝑎=1 2
𝑡𝑎(2)(𝑣𝑎)
𝑡𝑎(1)(𝑣𝑎)𝑣𝑎𝑟[ 𝑉𝑎]∀𝑎 ∈ 𝐴 (4-13)
(4-9)と(4-13)によると,リンク交通量の確実性等価はリンク交通量の平均とリスクプレミア
ムを用いて以下のように表現される.
𝑣𝑎𝑜= 𝑣𝑎+ 𝜋𝑎
= 𝑣𝑎+1 2
𝑡𝑎(2)(𝑣𝑎)
𝑡𝑎(1)(𝑣𝑎)𝑣𝑎𝑟[ 𝑉𝑎]∀𝑎 ∈ 𝐴
(4-14)
リンク交通量の確実性等価は,リンクコスト関数のパラメータとリンク交通量の平均と分 散によって決まる.上記の議論はPratt(1964)の内容に基づいている.リンク交通量のリスク プレミアムはリンク交通量の分散が 0に近づくときに 0に収束する.つまり,このときリ ンク交通量は確定変数として収束する.
var[𝑉lim𝑎]→0𝜋𝑎= 0 ∀𝑎 ∈ 𝐴 (4-15)
(4-13)によって定義されるリンク交通量のリスクプレミアムは,リンク交通量に確率項が存
在することにより,リンクコスト関数において,リンク交通量の確実性等価をリンク交通量 の平均よりも大きくしていると解釈できる.図4-1はリンク移動時間の平均とリンク交通量 の確実性等価との関係を示したものである.図4-1において,リンク移動時間,𝑡𝑎(𝑣𝑎)はリ ンク交通量の平均が𝑣𝑎=1,000 [PCU/hour]であるときと解釈できる.リンク移動時間の平均は E[𝑡𝑎(𝑉𝑎)]はリンク移動時間,𝑡𝑎(𝑣𝑎)よりも大きくなる.ここで,リンク交通量の確実性等価 𝑣𝑎0は𝐸[𝑡𝑎(𝑉𝑎) = 𝑡𝑎(𝑣𝑎0)]に従って計算される.したがって,リンク移動時間の平均を求めると きを考えると,リンク交通量のリスクプレミアム,𝜋𝑎はリンク交通量の平均に対する追加的 なリンク交通量であると解釈できる.
図4-1 リンク移動時間の平均とリンク交通量のリスクプレミアムの関係
一般に金融経済学において,効用関数と確率分布するポートフォリオの収益との関係
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から,Pratt (1964)に基づくリスクプレミアムを導出するためには,次の2つの条件のいずれ
かを満たす必要がある(池田,2000).
・効用関数が2次関数である.
・ポートフォリオの収益が楕円分布に従う.
上の 2 つの条件をリンク交通量とリンク移動時間の関係にあてはめると,既存研究におい てリンクコスト関数は 2 次以上の次数であることが多く,第一の仮定を採用することは非 現実的である.そこで本論文では,確率的リンク交通量が楕円分布に従うものと仮定するこ とによって,上の条件を満たすものとする.多くの既存研究(例えば Shao et al.,2006; Lam et al.,2008; Uchida, 2014)では,リンク交通量は楕円分布の典型例である正規分布に従うと仮 定している.正規分布を仮定することで,その加法性によって,交通流モデルの定式化が容 易となる.以下の議論では,正規分布に従うリンク交通量,交通需要を仮定するものとする.
なお,単にリスクプレミアムを定義するためであれば,必ずしもリンク交通量が楕円 分布族に属する必要はない.しかし,Pratt (1964)あるいは池田(2000)においては,リスクプ レミアムを近似的に定義し,その後の議論を容易に進めるために,ポートフォリオの収益が 正規分布あるいは楕円分布に従うことを仮定しているにすぎない.