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二尺会における尺八学習の変容

第 3 章 ジャポネジダデス形成としての尺八

3.2 日系人と非日系人が合流するグループ

3.2.2 二尺会における尺八学習の変容

ヤマオカは、家元制度の組織に所属し、都山流の準師範の免状、また日本に出稼ぎ をした時期に明暗流の別伝の免状を得た。このように、移民者は日本音楽と和楽器自 体だけではなく、階層型組織であり、日本における家父長制的な家元制度もブラジルに

14 サン・パウロ市からミナス・ジェライス州の首都ベロ・オリゾンテ市までの距離は約590キロメートル である。

15 オウロ・プレート市 Mosteiro Zen Pico dos Raios 寺院。

16 この6名は、ブラジルのバイア州、ミナス・ジェライス州、リオ・デ・ジャネイロ州、またアイルラ ンドにも生徒いる。

111 導入したのである。中島(1959:1)によると、

「家元制度とは、『日本の古典芸能――おどり、能、狂言、茶、いけ花、長 唄、常盤津、清元、――と呼ばれる社会における師匠と弟子との連鎖によ って構成された主従関係の身分階層的 hierarquical な派閥集団である』」定 義され得るであろう(...)」。

第 1 章に述べたように、移民のヨシミ・ミヨシと共に、都山流がブラジルに家元制 度を取り入れた。都山流尺八楽会ブラジル支部が創立することで、サン・パウロで家 元制度が実践されるようになった。琴古流の場合、「制度」だけではなく、家元自身17 がブラジルへ移住した。このように、ブラジルの都山流と琴古流も、家元制度の下で、

日本と同様に免状のシステム18をとっている。このように、序章に述べた日本移民の過 程で、日系人はブラジルの中で「日本」を作ろうとしたのである。

だが、日本における家元制度は、日系人にとって受け入れやすいシステムではない。

早稲田(2001: 37-54)の著書には、南カリフォルニアの日本音楽と芸能における家元制 度の研究があり、次のように述べる。

擬家構造としての家元制度は、義理・忠誠の道徳観をその基盤としている。

門弟は、師匠より家元の権威ある技芸を伝授されるにあたり、非常な恩義 を受ける。そしてその 恩義を、家元及び自己の師匠に対する忠実奉仕義務 を果たすことによって返す。(...)これらの義務は、忠誠心という道徳的 価値観によって正当化されており、理論的には師弟の自発的行為である。

しかし現実には、門弟の果たすべき義務として門弟の大きな負担となって いることが多い。さて、日本では暗黙の了解となっているこれらの門弟の 忠実奉仕義務は、南カリフォルニアの日系アメリカ人にとって容易に受け 入れられるものではなかった(早稲田2001: 40)。

17 前述のように、ツナ・イワミ(石見梅旭)が1956年にブラジルへ移住した。

18 免状のシステムは、日本における伝統芸能や音楽における家元制度の中で作られたが、それぞれの分 野(音楽、茶道、舞踊など)やその中の流派や師匠によって、免状のシステムが異なる。都山流尺八楽 会では、入門してから上達するごとに、初伝、中伝、奥伝、皆伝、準師範、師範、大師範というシステ ム免状がある。

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むろん、日本社会とアメリカ社会は大きく異なるが、日系アメリカ人と日系ブラジ ル人においても相違がある。ブラジルでは、琴古流の家元制度が1956年から2010 年 まで、50年以上にわたって行われていた。都山流の家元制度は、2019年時点で都山流 の四代目支部長の下で維持されている。なぜ、アメリカの日系社会では家元制度が容 易に受け容れられなかったのに、日系ブラジル人の間では長年にわたって維持されて いるのか。この問題は、日系アメリカ人と日系ブラジル人のアイデンティティー形成 の違いに繋がるのである。Toyota (1999: 9) の著書に、日系ブラジル人は日系アメリ カ人より民族的アイデンティティーを強く保持し (Japanese Brazilians maintain a

stronger ethnic identity than Japanese Americans)、日本の習慣を実践し、日本文化に

関する行動価値観をもつとある19

ブラジルでは、50年以上家元制度を維持してきたことが、日系ブラジル人における

stronger ethnic identity に関連しているといえる。だが、第1章に述べたように、現在、

日系人たちはポップカルチャーに興味を持つようになり、尺八に関心を持つ三世や四 世などが少ない。日系尺八愛好家の現代の状況を探求すると、これから日系社会の中 で、尺八の伝承が途絶える恐れがあることがわかる。

ヤマオカは 1980 年代以降、日系社会において、家元制度の下で尺八を習得したが、

今は家元制度20や日本社会の階層的な文化を別にし、日系人と非日系人を合流し、彼ら の状況と希望に合わせながら、尺八を教えている。ヤマオカは、都山流を受け継がず に、尺八の「自由な会」を作ったのである。彼における尺八学習では、先輩後輩のよう な上下関係や、主従関係、階層型組織などが見られない。ヤマオカによると「二尺会 には会の規約も義務もなく、吹きたい人が来て吹き、嫌いな人は去ってゆく、出入り 自由の会です」(ヤマオカへのインタビュー、2019 年7 月 22日)。つまり、ヤマオカ は、日系人と非日系人に向け、適切な指導、新たな尺八学習の形を作ったのである。

ミナス・ジェライス州の勉強会に関して、ヨシワラ21は次のように述べる。

ヤマオカ先生は一人一人に尺八の吹き方を教え、皆は初めて音を出すこと

19 “More Japanese Brazilians practiced Japanese customs, reported fluent Japanese usage, and frequently read ethnic newspapers.”(Toyota 1999:9).

20 3.2.2二尺会における尺八学習の変容の節では、家元制度の詳細な解説を記述する。

21 20191220日、筆者によるインタビュー。

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ができたときに大喜びで、私もびっくりして感動しました。(...)生徒たち の人数はどんどん増えています。ヤマオカ先生の指導活動に協力してくだ さる方の中に、7人の禅宗の僧侶がいます。彼らは、ベロ・オリゾンテ市の 寺院、またオウロ・プレート市の寺院を創立し、尺八も吹奏した、フクダ 僧侶の弟子です。この7 人の僧侶は日系人ではないのですが、日本語が話 せる方もいます(...)。ミナス・ジェライス州の生徒たちは殆ど禅宗に関わ っているため、ヤマオカ先生は古典本曲を教えています。他の生徒は、日 本の童謡、また2 人の生徒は《春の海》と《六段の調》を吹くことができ ました。皆色々な曲を吹いていますが、禅宗との繋がりがあるために、古 典本曲の方が好きです(...)。1 人の生徒は民謡尺八を勉強するために、ベ ロ・オリゾンテにある〈ミナス・ジェライス日本文化センター〉からサポ ートを頂き、その協会の会長のアベキさんから尺八を頂きました。一時期、

ミナス・ジェライス州では民謡を演奏する人が殆どいなくなり、アベキさ んしかいない状態になりました。だけど、ミナス・ジェライス州に民謡に 関心を持つ人が現れてきましたので、アベキさんは民謡の復活ができるよ うに頑張っています。彼は、毎年サン・パウロに行われる民謡大会への参 加を計画しています。(ヨシワラ、男、1975年生まれ)。

ヨシワラの話から、ヤマオカによる尺八学習では、古典本曲を始め、童謡、古曲、新 日本音楽、日本民謡など、流派を越えて幅広い音楽を教えていることがわかる。非日 系人の門下生の間では、吹禅道場と同様に、古典本曲が中心になっているが、これは ヤマオカが決めたことではない。ヤマオカの下に、禅宗に興味を持つ、元は瞑想やヨ ガなどを実践する生徒たちが集まった。彼は、都山流に限らず、明暗流の訓練も積ん でいるため、生徒たちの希望に応じて、歴史的に瞑想に関わっている古典本曲を教え る。ここで、尺八は「音響」だけではなく、ブラジルの人々にとって、80歳を超えた ヤマオカの「イメージ」はまるで仙人のような存在、虚無僧のような雰囲気を感じさ せるのだ。ここから、ブラジルの人々に尺八を広めるためには、「カリスマ性」が欠か せない要素であることがわかった。

このように、ヤマオカによる尺八学習が成功したきっかけは、7点にまとめることが できる。

114 1)尺八のスピリチュアルな側面に着目すること

2)グループの中に上下関係を作らずに、自由に尺八を吹くこと 3)流派を越え、古典本曲や民謡など、自由に好きな曲を吹くこと

4)独奏曲と合奏曲を実践し、「自分を成長させるための音楽」と「コミュニティーの ための音楽」、様々な形式で学習すること

5)尺八を宣伝するために、ソーシャルメディアを用いること 6)カリスマ性を押し出し、尺八を広めること

7)音楽を通して日系人と非日系人を繋ぐこと。いわゆる、非日系人へ尺八を広めな がら、日系社会に所属すること