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まとめ――オートエスノグラフィーからみる尺八とジャボネジダ

第 4 章 オートエスノグラフィーからみる尺八とジャボネジダデス形成

4.4 まとめ――オートエスノグラフィーからみる尺八とジャボネジダ

オートエスノグラフィー法を通して、フチガミが尺八と出会ったことで、どのよう に自らの考え方や生き方などが変わってきたのかを明らかにしたい。一般的なブラジ ル人と異なり、日系社会に受けいれられているとは思えなかったフチガミは、自らの 民族性に関して他人と操作・折合いをつける必要があると感じてきた。ここで、彼の 民族性に関わる悩みを乗り越える力を与えたのは、音楽であった。

「4.1 日系人としての背景――フチガミによる民族性」では、フチガミの家族や バックグラウンドなどを考察した。日系ブラジル人である父方とイタリア系ブラジル 人である母方の間に産まれたフチガミは、幼い頃から一般日系人と同様に日本人にな りたいという気持ちがあった。が、彼は、家族の中で日本文化に触れる機会があった ものの、中学生以降成人になるまで日系人であることを認めず、一般的なブラジル人 として生活していた。したがって、フチガミは12歳から 23歳までの青年期時代に、

日本文化に興味がない、自らのジャパニーズ・アイデンティティーを認めない「フェ イクな日本人」というタグがつけられたこともあった。当時のフチガミは、「フェイ クな日本人」ではなく、一般的なブラジル人として認識されたいという気持ちを秘め ていた。

「4.2 フチガミによるジャポネジダデス形成」では、非日系人の環境において、

尺八と出会い、尺八からの影響によって、ジャポネジダデスを形成し、彼の考え方や 生き方などが変化していったことを述べた。最初に横山勝也系の古典本曲に惹きつけ られた。つまり、ジャポネジダデスを持っていなかった日系人のフチガミが、尺八の 勉強を通して、非日系人の影響の下、ジャポネジダデスを形成し始めたという訳であ る。その理由は二つある。まず、吹禅道場の稽古場を通して、尺八に限らず、他の日 本の伝統文化への関わりが始まった。そして、吹禅道場はサン・パウロ市に位置して おり、その地域に根付いていた日系社会の存在とその影響が大きい。「4.2.2 日系社 会へ飛び込んだフチガミ」では、まず日系人環境への初のフィールドワークの経験に ついて述べた。フチガミは、日系人との距離を近づけるため、ファーストネームの

「ラファエル」ではなく、ミドルネームの「ヒロシ」を使用することにした。フィー ルドワークを進める中、尺八を吹くことと、日系人であること(自らの名前と容貌)、

この二つの特徴をもつことで、対象者との独特な繋がりを作ることができると感じた

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のである。例えば、ある日系人がフチガミに向かって次のように言った。「尺八を守 ることが大事です。若い人が尺八を吹いているので、よかったですね」。「若い人」に は、「若い日系人」あるいは「日系人の新世代」という意味が含まれ、尺八を吹くフ チガミやほかの若い日系人に期待していた一世の言葉であった。ここで、フチガミは、

尺八を通して我々日系人の先祖の音楽と文化を守ることができる日系人となったので ある。最初に、フチガミが非日系人のように生活をしていたことは、今は知られてい ない。だが、フチガミの容貌と名前は「日系人」であることを証明する。ここで、ジ ャポネジダデスの意味についてもう一度考えておきたい。日系人だからといって必ず しも日本と特別な関係を持っているわけではないが、ジャポネジダデスを形成してき た日系人にとって、日系人であること、いわゆる日本人の容貌や名前などが、ジャポ ネジダデス形成の一部となるのである。

「4.3 フチガミによる日系人アイデンティティーを見直す」では、日本で生活す ることによって、フチガミは尺八の稽古や演奏会など、様々な日本文化の経験を重ね るうえで、自らのルーツを探り、熊本の親戚と出会ったことを述べた。フチガミにと って、熊本のルーツは、彼のジャポネジダデス形成の一部となりつつある。そのジャ ポネジダデスも、尺八に繋がるのである。フチガミの特徴や生活を見ると、名前、容 貌、スピリチュアリティ、音楽、言語、先祖など、複数のジャポネジダデスが見られ るのである。フチガミによるジャポネジダデスは、図 4.1 のように、非日系人の尺八 奏者・学習者との交流をはじめ、非日系人と日系人への尺八指導、日系社会の和楽器 団体の共演と交流、海外日系人協会の奨学金、日本での留学を通して日本の生活を学 び、日常的に日本語を使用し、日本の尺八師匠に習い、日本音楽集団や和洋楽器での 演奏会、さらに熊本のルーツにまで繋がってきた。

以上のまとめをふまえ、日系人と非日系人の相互作用から産み出されるジャポネジ ダデスは、容貌や血統にかかわらず、それぞれの個人が複数のジャポネジダデスを捉 えることがわかった。ジャポネジダデスは単一の因果関係から生まれるものではなく、

複合的かつ相関的なものであることがわかった。つまり、日系人のフチガミやヨシワ ラ、ヤマオカなどにおいてジャポネジダデスがあれば、非日系人のフェレイラやヴァ レリオなどのジャポネジダデスもある。「日本人になる」あるいは「日本人を真似す る」のではなく、日系人と非日系人の相互作用によって日本に近づいていく、ジャポ ネジダデスが形成される。

前述のように、ジャポネジダデスが流動的であることと、複合的かつ相関的なもの

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であることが、フチガミの事例から見出すことができる。例えば、尺八の演奏を実践 する際、ブラジルでは自分が「ジャパニーズ」あるいは自分が「ジャパニーズのルー ツを守る人」だという宣伝になった。なぜかというと、自らの容貌や名前や日本移民 のバックグラウンドなどをもつフチガミは、尺八を実践することで、日系社会の一員 となり、直接に日本と繋がった。しかし一方、日本で尺八の演奏をする際、「地球の 裏側から来たブラジル人です!」あるいは「ブラジルの尺八奏者です」という宣伝に なった。つまり、環境によって、また社会によって、自らの中に秘められている複数 のアイデンティティーを意識的に使用するようになった。

このことに関して、 Tsuda (1996: 415) は次のように述べる。

“(…) when ethnic differences are based more on malleable cultural and behavioral characteristics, ethnic boundaries become more permeable and ethnicity becomes open to negotiation and manipulation, increasing the possibility of passing. In addition, whether an ethnic group appears primordial or situational depends not only on the nature of its ethnic characteristics, but also on the contrastive social context in which it is placed. In certain social environments, primordial characteristics may be more important in defining an ethnic group whereas in others, they may not be.”

Tsudaもジャポネジダデスは、個人的に胸中に秘められている情緒、希望、思想な

どが他者との相互作用によって形成されていくとした。

第4章では、ジャポネジダデスの意味に関して、二つの側面から捉えた。一つ目 は、ジャポネジダデス形成は恒常的なものではなく、日系人または非日系人による個 人的な経験によって常に変化していく、流動的なものである、という側面である。二 つ目は、人によってジャポネジダデスの深さはそれぞれであり、さらに1人の中でも 一つのジャポネジダデスにとどまらず、その人生の中に、精神、言葉、身体、言語、

友人、仕事など、多様なジャポネジダデスが見られる、という側面である。

フチガミによるジャポネジダデス形成、日系人と非日系人の相互作用と自らの日系 人アイデンティティーについて次のようにまとめる。

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4.1:フチガミによるジャポネジダデス形成、日・非日系人の相互作用、日系人アイデンティティー

フチガミは、子供のころに日本人になりたいという感情を持っていたが、日系社 会に受け入れられにくかった。ここで、フチガミによるアイデンティティーの葛藤が 見えてくる。最初に自らの日系人アイデンティティーを捨てようとし、一般のブラジ ル人として生活を送っていた。が、尺八に出会うことで、彼の生活・行動・思想など に日本文化が多く入ってきた。当時、日系社会に関わっていないフチガミは非日系人 の環境で尺八の学習を始めた。第3章で、非日系人は日系人に立ち向かって、真正な 尺八を実践しようとし、また日本文化に関する知識を持つことで、血と容貌を超え、

日系人より自らは日本人であることを示そうとしていたことを述べた。そのような吹 禅尺八道場の下で尺八を習い始め、「フェイクな日本人」だと認められたこと、ここ でも日系人と非日系人の相互作用が見えてくる。

フチガミによる尺八学習を振り返ると、彼は日系人と非日系人のいずれにも立ち向 かいながら、自らのジャポネジダデスを形成してきた。そのうえ、家族の中に残され た日系人アイデンティティーを探ることで、熊本のルーツまで辿り着くことができ た。尺八界に繋がること、熊本のルーツに繋がること、この二つの繋がりがあること で、フチガミが日系社会に受け入れられるようになり、日系人と非日系人のいずれの 環境でも気楽な気持ちを感じられるようになった。

4.1.1 日系人としての背 景(日本人になりたい)

4.1.2 アイデンティティー に関わる悩み(日系社会に 受け入れられにくい)

4.2.1 尺 八 と の 出 会 い

( 非 日 系 人 と の 相 互 作 用)

4.3.2 日系人アイデンテ ィ テ ィ ー と の 再 会 ( 音 楽・家族を通して日本と の繋がりが作られた)

4.3.1 日本における尺八 の稽古及び演奏(海外日 系人協会の支援で留学)

4.2.2 日系社会へ飛び込 んだフチガミ(日系人と の相互作用)

日系人としての背景・経験 日系人アイデンティティー の関わり

ジャポネジダデス形成