第 4 章 オートエスノグラフィーからみる尺八とジャボネジダデス形成
5.2 結論――ジャポネジダデス形成としての尺八学習
5.2.1 尺八学習の構造の変容と学習者にとっての尺八学習の意味の変容
本研究は、尺八愛好家たちの尺八の学習過程にみられる、尺八学習とジャポネジダ デス形成の関わりの様相を明らかにすることで、現代のブラジル社会における尺八学 習の構造の変容と学習者にとっての尺八学習の意味の変容を明らかにすることを、研 究目的とした。
第3章に示した図3.2(日系人と非日系人における相互作用――フェレイラを事例 に)、ならびに図3.3(日系人と非日系人における相互作用――ヤマオカを事例に)、
にその研究結果を見ることができる。
図5.1:日系人と非日系人における相互作用(日系人・非日系人)
日系人と非日系人の相互作用によって、ジャポネジダデスが形成され、その成果と して新たな学習が産まれてくる。そして、ジャポネジダデス形成と尺八学習の関係性 は以下のように循環的に行われていることがわかった。
日系社会
・日本文化を維持したい
・都山流、琴古流、民謡尺八
・合奏曲が中心
・日系コミュニティーのため
・エンタテイメント
・日系人のアイデンティティー
・家元制度
非日系人
・日本文化を知りたい
・瞑想やスピリチュアルな音楽 に興味がある
・独奏曲が中心
・民族的コミュニティーを作る 必要がない
・自分を成長させるため 相互作用
複数のジャポネジダデス
日系人と非日系人による尺八学習
・ジャポネジダデスが形成していく
・日本文化に触れる機会・環境が作られる
・独奏曲が中心だが、合奏曲も学習する
・スピリチュアリティを表現する
・流派を越え、自由に吹く
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図3.1:ジャポネジダデスと尺八学習の関係性(日系人・非日系人)
尺八学習の変容とジャポネジダデスの関係性について考察するために、第4章では、
オートエスのグラフィーを通して、具体的な例としてフチガミ(筆者)における尺八 学習とジャポネジダデス形成について論じた。彼による尺八学習とジャポネジダデス 形成の関係性は以下のようにまとめることができた。
以上から、ジャポネジダデス形成としての尺八学習が、尺八学習の構造ならびに学 習者にとっての意味の変容をもたらしている成果は、図 3.1 に基づいて、以下の4点 にまとめることができる。
人を育成する
コミュニティーを 形成・保持・変容する
ジャポネジダデス 形成 尺八学習が変容
していく
尺八学習
4.1.1 日系人としての背 景(日本人になりたい)
4.1.2 アイデンティティー に関わる悩み(日系社会に 受け入れられにくい)
4.2.1 尺 八 と の 出 会 い
( 非 日 系 人 と の 相 互 作 用)
4.3.2 日系人アイデンテ ィ テ ィ ー と の 再 会 ( 音 楽・家族を通して日本と の繋がりが作られた)
4.3.1 日本における尺八 の稽古及び演奏(海外日 系人協会の支援で留学)
4.2.2 日系社会へ飛び込 んだフチガミ(日系人と の相互作用)
日系人としての背景・経験 日系人アイデンティティー の関わり
ジャポネジダデス形成
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(1) ブラジルにおいては、尺八は単なる「楽器」としての意味を超え、日系か否か に関わらず、特別な役割をもつ存在となった。尺八は人々の価値観や生活経験に変化 をもたらし、ジャポネジダデスを作っていく。(ジャポネジダデス形成)
(2) ジャポネジダデスは流動的なものであり、個人の経験から複数のジャポネジダ デスを形成していく。ジャポネジダデス形成に関わる尺八学習が行われることによっ て、尺八学習は学習者の人間形成につながっていく。(人を育成する)
(3) 日系人と非日系人の相互作用によって新たな文化が形成しつつある。言い換え ると、尺八を実践することによって、文化・人種の壁を越え、それぞれのバックグラ ウンドを持つ人々が混じり合っていく。(コミュニティーを形成・保持・変容させる)
(4) ジャポネジダデスを形成してきた人々における相互作用によって、尺八学習が 変容していく。(尺八学習が変容していく)
(1) ブラジルにおいては、尺八は単なる「楽器」としての意味を超え、日系か否か に関わらず、特別な役割をもつ存在となった。尺八は人々の価値観や生活経験に変化 をもたらし、ジャポネジダデスを形成していく。
フィールドワークを進めていく中で、尺八と日本文化は、奏者・学習者の生活・行 動などに大きな影響を及ぼしていると実感した。あるブラジル人は「私は身体はブラ ジル人だが、魂は日本人だ」(サン・ジョゼ・ド・リオ・プレート市、2012 年 12 月 28 日、フェレイラへのインタビュー)と語ったが、ある人は「私は前世は日本人だ った。だから今、私は尺八を吹いている」と述べている(カンピーナス市、2012 年 11月8日、マルシオへのインタビュー)。これは単なる思いつきの言葉ではなく、ジ ャポネジダデスが形成されることによって生まれた感覚であろう。
彼らの自宅には多くの日本の書の額が掛けられ、配偶者は日系人が多く、日本食レ ストランに通うことが日課になっている。つまり、「私の魂は日本人」との言葉通り、
彼らの生活そのものが日本的なものになっているのである。
そして、非日系ブラジル人による「私の前世は日本人だった」という感覚には、ジ ャポネジダデスの形成が見て取れる。また先の日系人の「独奏曲ばかりやっていたら、
自分本位な演奏家になってしまう」という発言もジャポネジダデスの一表現である。
つまり、日系か否かに関わらず、ジャポネジダデスの形成から考察すれば、尺八自体 が邦楽を通したブラジルと日本との文化交流を生み、人間的コネクションを生むもの なのである。
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日系人と非日系人は一つの民族ではないが、彼らの相互作用によって複数のジャポ ネジダデスを形成していくことがわかった。
(2) ジャポネジダデスは流動的なものであり、個人の経験から複数のジャポネジダ デスを形成していく。ジャポネジダデス形成に関わる尺八学習を行うことによって、
人々を育成する。
日系人と非日系人の相互作用を明らかにしたうえで、オートエスノグラフィー法を 通して日系人のフチガミによるジャポネジダデス形成を明らかにした。フチガミは尺 八と出会ったことで、彼の人生が大きく変化してきた。日系社会に受け入れられにく い、自らの民族性に悩んだ日系人ハーフのフチガミは、非日系人の環境で尺八を実践 することによってジャポネジダデスを形成し、「フェイクの日本人」から「ブラジル の一人のジャパニーズ」へと変化させたのである。
最初に、フチガミは血や容貌また生まれた状態や文化的なバックグラウンドに関わ りなく、尺八を実践することで日本に近づき、ジャポネジダデスを形成してきた。日 本文化圏外の一人であったフチガミも、非日系人と同様に、尺八を通してジャパニー ズになりたいという情緒を持つようになった。つまり、彼による日本との繋がりは家 族の関係や容貌や血ではなく、音楽であった。
図 5.2 に掲載するように、フチガミは、ジャポネジダデス形成としての尺八を実践 し、最初にジャポネジダデスを形成してきた非日系人から影響を受けた。その後、日 系社会へ飛び込んで、さらに日本まで辿りついた。ジャポネジダデスに関して、フチ ガミの事例から分かったことが様々あるが、一つを取り上げる。日本と特別な関係を 持っていなかったフチガミは、ジャポネジダデスを形成してきており、自らの日系人 の容貌や名前などが、ジャポネジダデス形成の一部となったのである。フチガミに、
精神、言葉、身体、また言語や音楽や日常生活など、様々なジャポネジダデスが現れ てくる。ジャポネジダデスは、恒常的なものではなく、流動的であり、心の奥深いと ころから自分と日本との関係性を感覚する、多面的なものである。さらに、尺八を通 して来日してから自らのルーツを探ることで、フチガミによる日系人アイデンティテ ィーを見直してきたエピソードについて考察しながら、多文化社会における現代的問 題を越え、音楽は人々を結びつける力を持つことについて論じた。
ここで、日系人と非日系人の相互作用から産み出されるジャポネジダデスは、容貌 や血統にかかわらず、それぞれの個人が複数のジャポネジダデスを捉えるのである。
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以上の経験から、ジャポネジダデスは単一の因果関係から生まれるものではなく、複 合的かつ相関的なものであることがわかった。
(3) 日系人と非日系人の相互作用によって、新たな文化が形成されつつある。言い 換えると、尺八を実践することによって、文化・人類の壁を越え、それぞれのバック グラウンドを持つ人々が混じり合っていく。
先行研究を振り返ると、Dale Olsen と Alice Satomi らの著作において、ブラジルの 日系人によるアイデンティティーと音楽の関係性について論じられているのだが、和 楽器に関わっている非日系ブラジル人の音楽活動や、日系人と非日系人の相互作用に ついては論じていない。Olsen は1980年代、Satomi は1990年代の時期に実地調査を 行なっているが、尺八に興味を持つ非日系人は少なく、箏と三味線に触る非日系人は 殆どいなかった時代であった。これらの研究では、日系社会は他国で生きるための困 難あるいは移民としての苦難を、邦楽を通して乗り越えたと述べ、さらに、その困難 との戦いについて論じている。それによると、日系人たちは少数民族として多くの苦 難に直面し、ブラジル社会の人々との紛争も度々経験した。また自らのジャパニー ズ・アイデンティティーについての軋轢もあったが、日本文化の価値観を守り、次世 代に日本音楽を伝承していった。ただしこの場合、日本の伝統的な価値観を直接的に ブラジルに導入した例もある一方、ブラジル社会に自然に順応した例もある。前者は、
日本人とその音楽、すなわち人と文化が同時に移動した例であり、自らの文化的アイ デンティティーを持ってやってきた、といえる。そして新天地でどのように自らの文 化を扱い、ブラジル社会でどのように文化が適応されるにいたったのか、その経緯を 省みることはとても興味深いことである。
それに対して、本研究では日系人と非日系人の間に産み出される尺八学習とジャポ ネジダデス形成について論じた。本論文では、少数民族が多数民族に同化するプロセ スや、少数民族に関わるアイデンティティーの問題に着目するのではない。現在、ブ ラジル社会において、日系人と非日系人が相互的に影響を及ぼし合うことによって新 しい文化が産み出されていることがわかった。
(4) ジャポネジダデスを形成してきた人々における相互作用によって、尺八学習が 変容していく。
吹禅尺八道場の事例から、非日系人における尺八学習とジャポネジダデス形成とし