第 3 章 ジャポネジダデス形成としての尺八
3.1 非日系人集団によるジャポネジダデス形成
3.1.1 吹禅尺八道場の発足
吹禅とは、臨済宗の一派である普化宗の修行の一つである。普化尺八の由来につい て、1781年に山本守秀によって編集された『虚鐸伝記国字解』に記述されている。禅 僧覚心(1207-1289)が中国の宋に留学し尺八を学び、1254年に帰国して、紀州興国寺
(現在の和歌山県日高郡由良町)において尺八曲《虚霊》を伝えたことが、普化尺八 の始まりだとされている。江戸時代には、武士と僧侶の間に存在する虚無僧の集団が 形成された宗派であり、天蓋を被り、尺八を「法器」と称して禅の修行や托鉢のため に吹いていたのである。徳川幕府は浪人たちの反乱を恐れ、四代将軍家綱の頃から浪 人をスパイとして使用する方針にした。その後、虚無僧は宗団として幕末に公認され、
保護を受けるようになった。普化宗の解体は1871年に行われ、明治政府の太政官布告 によって普化宗が廃止され、それと共に虚無僧の托鉢が禁止となった。尺八の絶滅を 逃れるために、1872
年に「法器」から「楽器」への転換を、琴古流の吉田一調(1812-人を育成する
コミュニティーを 形成・保持・変容する
ジャポネジダデス 形成 尺八学習が変
容していく 尺八学習
日系人と非日系人の間の 相互作用
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1881)が教部省御役所あてに願い出た(月渓 2000:11-20)。
吹禅修行と虚無僧に関する研究や、インターネットに掲載された記事は頻繁に閲覧 される。しかし、Mau (2014: 115-119) によると、吹禅の語源自体はまだ明確にされて いないが、20世紀半ばに造語されたと推測されている2。
次に、吹禅尺八道場の創立者と尺八の出会いについて述べる。
フェレイラは、サン・パウロ州サン・ジョゼ・ド・リオ・プレート市出身で、予備校 に通うために1996年17歳のころサン・パウロ市に引っ越した。2002年ごろに、瞑想 会3に参加した際、初めて尺八の演奏を目にしたということであった。フェレイラはも ともと日本文化やヨガや仏教などに関心を持ち、瞑想会で初めて尺八の生演奏を聴き、
感動し、スピリチュアルな楽器だと感じた。その後、フェレイラは、リオ・デ・ジャネ イロに居住する僧侶から、サン・パウロ市の都山流尺八師範のヨウホウ・ナガイ4の連 絡先を聞き出した。フェレイラは、ナガイのレッスンに通い始めたのだが、彼は一世 であり、ポルトガル語が話せなかったため、二世である娘の通訳が必要であった。日 本語しか話せなかったナガイは、言語、また、自身の健康状態の問題から、フェレイ ラに配慮してレッスンを中止し、都山流のサイトウという師匠を紹介したのである
(2019年08月07日、筆者によるインタビュー)。
このように、フェレイラは尺八学習を始めた当初、日系人の師匠と付き合うことが 容易ではなかった。フェレイラによると、彼はガイジン5だからこそ、日系人の尺八師 匠との間に壁があった。その師匠の稽古に真剣に通い、尺八の吹奏を習得することで、
その姿勢を認められ、初めて信頼関係が構築できたのである。
しかし、フェレイラは都山流の曲より、古典本曲に関心を持ち、2006年にカナダの アルシャヴィン・ラモスの主催による Shakuhachi Roots Pilgrimage6 に参加した。その プログラムのために日本に約3 か月間滞在し、尺八を学び、尺八の歴史の舞台となっ た寺などの見学を行ったという。その後、都山流を退会し、ラモス、またリンハード
2 “The fact is that two of the main texts relied so heavily upon by those reporting the history of the shakuhachi of the Fuke sect (Kurihara 1918; Nakatsuka 1936–39[1975]) fail to mention the word suizen at all. (...) This goes a long way in confirming the emergence of the term during the mid twentieth century.”(Mau 2014: 116).
3 Siddha Yoga 瞑想のワークショップであった。
4 永井洋峰。
5 日本人の血を持つことを強く意識する日系人にとって、ブラジルの非日系人たちはガイジンである。特 に、一世と二世の日系人の間では、一般的に、ブラジル人はガイジンである、という認識が通用している。
6 http://alcvin.ca/japantrip/(常設展2019年9月20日)。
100 から横山勝也系の古典本曲を学習し始めた。
2009年まで、ブラジルに古典本曲を中心とするグループの存在はなかった。フェレ イラは尺八を広めるために、また自らのグループを発足させるために、Shakuhachi
Brasil という SNS上のページを使用し、生徒を集め、吹禅尺八道場の活動を開始した。
フェレイラは、2011年に再来日し、約3か月の間、国際尺八研修館の柿堺香の下で尺 八を学んだ。彼は、楽譜や CD や DVD など多くの教材、そして、吹禅道場のメンバ ーのリクエストにより、11本の尺八をブラジルに持ち帰った(2019年08月07日、筆 者によるインタビュー)。
最初にフェレイラは、音楽としての尺八ではなく、スピリチュアルとしての尺八を 吹きましょうと主張していた。彼のスピリチュアリティは、尺八にとどまらず、チベ ット仏教の信仰やヨガなどに広がっている。チベット仏教の仲間と共に、グループヴ ァック Grupo Vak を設立し、ハーモニウム、シタール、古箏、ムリダンガム、タブラ、
ギターと尺八のアンサンブルを行った。Grupo Vak はブッダを奉るために、経典に基 づいて歌を作成し、また即興的な演奏もしていた。Grupo Vak の歌はサンスクリット 語とポルトガル語の両言語で歌われ、ヨガ道場、仏教の書店、瞑想的なイベントなど で演奏していた。
このように、フェレイラは吹禅尺八道場の活動が始まった当初、尺八は音楽だけで はなく、人を発達させるためのスピリチュアルな楽器だと宣伝したのである。
3.1.2 「精神」、「言葉」、「身体」に関するジャポネジダデス
本節では、どのような形でジャポネジダデス形成が、吹禅道場の「精神」「言葉」「身 体」から表出するのかを明らかにする。ここで言う、「精神」は思想、思考、気持ち、
スピリチュアリティなど、いわゆる心の奥深いところを示しているものである。この、
目で見ることができず、耳で聞くこともできない、抽象的な「精神」は、「言葉」から 捉えられる。そして、その「言葉自体」の使用によって、ジャポネジダデスが表われ る。例えば、「よろしくお願いします」や「お稽古」など、日本語で表現することによ ってジャポネジダデスが表われる。また、「身体」は、自身の身体を通して日本の習慣 を表現することを示している。例えば、正座で吹奏することや建物に入る前に靴を脱 ぐことなどである。
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これは、尺八音楽だけに限ったことではない。フェレイラの自宅のリビングルーム からキッチンに入ると、ドアに日本の暖簾が、壁には「初心」という書が飾られてい る。和室、浮世絵、能面、陶芸、日本の衣装、数珠、虚無僧の天蓋など、すなわち日本 のビジュアル的なものが溢れ、さらに和食と抹茶も味わうことができる。彼のアパー トを見学することだけでジャポネジダデスが形成されていることが一遍にわかるので ある。これは、フェレイラの精神、好みと習慣を表現して
いる。これらの環境は、日本人の血と容貌を持っていない 非日系人の尺八師匠にとって、自らと日本との関係性、ま た日本文化に関する知識を証明するためになるのではな いかと、筆者は推測する。このように、サン・パウロの日 系社会に立ち向かって、日本人の血と容貌がないが、その 代わりに音楽、美術、宗教、衣食、哲学などを通して、日 系人に負けないように自らも「日本人だ!」という意味が 表されている。自分自身の考え方や生き方も日本に近づい てきたことで、彼のジャポネジダデス形成が精神、言葉、
身体から見られるのである。
フェレイラの精神性は以下のように言葉から表出している。
私の知る限りでは、瞑想の修行としての尺八の在り方の探求、また、そう いった鍛錬の場を作ることを目指している者は、私を除いてこのブラジル には他にいないですね。―宗教的な修行ではなく、あくまで瞑想の修行で す。なぜなら、それはスピリチュアルなものであって、宗教とは無関係だ からです。(…)尺八を奏でている間、重要なことは、それぞれの身体の動 きに意識を向けること、一音一音を感じること、楽器に現れている各々の 質感を確かめること:つまり、今この瞬間に留まるということです。今を 生きるということは、どの宗教、どの文化、深い精神的生き方にも共通す る一つの大きな概念です。もし、私が今を生きているなら、私のマインド は過去も未来も気に病むこともありません。つまり、知足の境地ですね。
尺八の目的は「今ここ」そして「知足」の境地なのです。(フェレイラへの インタビュー、 FUCHIGAMI, OSTERGREN 2011: 169)。
写真 3.1:虚無僧の天蓋をか
ぶって、尺八を吹いているフ ェレイラ。2009年、吹禅道場 の教室
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つまり、彼は、尺八のみにとどまらず、日本文化の思想や概念や習慣なども生徒へ 伝えようとしているのである。例えば、茶道や俳句などにおける美的理念である侘び 寂び、また一音成仏7という尺八の理念などの言葉の使用によって、自らのジャポネジ ダデスが表われてくる。それだけではなく、稽古が始まる時は「よろしくお願いしま す」と挨拶し、稽古の終了時には「ありがとうございました」と日本語で感謝の言葉 を述べる。つまりここでは尺八は単なる楽器ではなく、日本の価値観に基づきながら
「人を育成する場」となっているといえよう。
また、吹禅道場の稽古はポルトガル語の「レッスン」や「授業」という言葉をやめ、
日本語の「お稽古」と称することとなった。その理由は、下記のように吹禅道場のホ ームページに掲載されている。
吹禅道場での授業はコンセルヴァトリーや、音楽学校の授業とは違ってい ました。授業は、「お稽古」=高潔な教えと呼ばれています。西洋では、授 業とはビジネス上の取引としか見なされていません。教師の時間への対価 です。道場でのお稽古は、生徒と教師、共に、マインド、そして、心を変 えていく過程なのです。 (フェレイラ, 2014).
要するに、吹禅道場による尺八は、道徳的に心を変革させていこうとされている。
その「変革」のために、いくつかの規則やマナーが決定されている。例えば、道場内で は西洋音楽を吹いてはいけない、また尺八を持ちながらものを指してはいけない、稽 古の終了後は座布団を片付けることなどである。
尺八が、遺伝子や容貌に関わらず、日本人(あるいは日本人のイメージ)の精神と 言葉と身体を形成していくジャポネジダデスの道具であることが、吹禅道場の事例か らわかった。ここでは、尺八を通して、何をすべきであり、何をしてはいけないかが 決定されている。すなわち、尺八とジャポネジダデスの関わりに、勢力関係が見られ るのである。ここでは彼らの中にある日本がパラメーターとなり、精神、言葉、身体 が正しいか正しくないかを決定づけるのである。
7 「一音成仏とは、一声で仏になる、または聴いた相手を仏にするということである。仏とは悟りを得た 境地、すなわち尺八を一吹きして禅の境涯に至ることを標榜している。一音は別に円音ともいい、仏の声 を現す。つまりは尺八の一音が仏の声でもあり、経文でもあり、また空でもある。」出典:http://shakuhachi-genkai.com/glossary00.html (常設展2019年9月20日)。