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中性子共鳴スピンエコー法

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第 8 章 中性子ビームによる検出器の性能評価 78

8.4 MINE1

8.4.1 中性子共鳴スピンエコー法

MINE1では、中性子共鳴スピンエコー法で非弾性散乱実験用の装置の開発を行っている。その

ため、中性子共鳴スピンエコー法について簡単に説明する。しかし、中性子共鳴スピンエコー法を 理解するには中性子スピンエコー法を知っておく必要があるため、まずは中性子スピンエコー法に ついて説明する。

まず、「中性子」とは陽子とともに原子核を構成する素粒子の一種であり、すべての素粒子は「粒 子性」と「波動性」を持つため、中性子も粒子としての性質と波としての性質を持っている。量子 力学によると、これら素粒子の波としての性質は以下の式によって記述することが出来る。ここ で、kBはボルツマン定数、hはプランク定数、mは中性子の質量、vは中性子の速度である。

E=kBT = 1

2mv2= h2 2mλ2

この式に従うと、冷中性子、熱中性子、熱外中性子の波長は表8.7のようにエネルギーとの関係 を持つ。

表 8.7: 温度の違う中性子の波長とエネルギーの関係 中性子の種類 エネルギー(meV) 温度(K) 波長(Å)

冷中性子 0.110 1 120 303 熱中性子 5100 601000 41 熱外中性子 100500 10006000 10.4

つまり、室温付近の中性子を取り出せばちょうど結晶格子の間隔程度の波長となる。中性子は結 晶により回折するので、物質のミクロな構造を調べるために利用できる。ここで重要なことは、こ の熱中性子のエネルギー領域(5100meV)がちょうど結晶格子の振動エネルギーと同程度、とい う事である。中性子がこれら運動状態にある結晶中の原子に当たると、運動量保存則とエネルギー 保存則に従って速度が速くなったり遅くなったりする。エネルギーのやり取りをしない散乱を「弾 性散乱」、やり取りする散乱を「非弾性散乱」と言い、非弾性散乱のうちわずかなエネルギーのや り取りしかしない散乱を特に「準弾性散乱」と呼ぶ。中性子の散乱において特に重要なのがこの

「非弾性散乱」であるので、それについてもう少し説明する

中性子の非弾性散乱は空間的な構造と運動(エネルギー遷移)の状態についての情報を同時に測 定できるため、物質の運動状態を調べる方法として優れている。空間スケールとしてはちょうど結 晶の格子定数や原子間隔の大きさである1Å 付近からウィルスなど生命体の最小の大きさである数 千 Å まで、またエネルギースケールではこれらの特徴的な励起エネルギーである数neV eV 程度の範囲をカバーしている。

中性子非弾性散乱の測定方法であるが、一言で言えば試料となる物質に中性子ビームを当て、そ の時のエネルギーのやり取りによる、中性子の速度変化を測定する。その方法には大きく分けて3 つある。

1. 結晶法 2. TOF法

3. 中性子スピンエコー法

この3つを狙うエネルギー領域等を考えて使い分ける。ここでは、中性子スピンエコー法の特徴 について述べる。

中性子スピンエコー法(Neutron Spin Echo: NSE)は中性子非弾性・準弾性散乱としては最高の エネルギー分解能を誇る。中性子の波長λとエネルギーEの間には、先程挙げた式のような関係 があるため、Eの変化を精密に測定するには、波長λの分解能を上げる必要がある。

図8.40の左図のように元々の中性子(入射中性子、グレーの部分)の波長分布が広い場合には、

散乱中性子の中に青い部分のような非弾性散乱があったとしても、弾性散乱を含む散乱中性子全体

(赤線の部分)の分布はほとんど変化したようには見えない。そこで非弾性散乱の差が微小な場合 には、右図のように入射中性子の波長分布を絞ってやる必要がある。その結果、弾性散乱と非弾性 散乱が分離でき高いエネルギー分解能で測定できる。

しかし、中性子源における波長分布は、減速材の温度におけるボルツマン分布で決まる。従って 入射中性子の波長分解能を上げるためには、中性子を「削る」しかない。すなわち、エネルギー分 解能を上げるためには必然的に中性子強度が落とさざるを得ない。従って通常の方法では1% 程度 までが実用的な限界であった。そこで、1970年代に当時ハンガリーのMezeiが提案した波長分解 能とエネルギー分解能を分離する画期的な方法が、ここで説明する中性子スピンエコー法である。

波長分解能とエネルギー分解能を分離するために、NSEでは磁場中での中性子スピンの歳差運 動を利用する。中性子スピンは磁場中でラーモアの歳差運動を行い、その回転の角速度ωLは、以 下のような関係を持つ。γn、µN は共に定数である。

ωL= 4πγnµNB h

すなわち歳差運動の速さは、スピンと磁場との間の角度や中性子の速度によらず、磁場の強さB のみで決まる。

そこで図8.41のようにポラライザで入射する中性子のスピンを揃えておいて、試料に当てる前 と後に磁場を置く。速度が遅い中性子は磁場中に滞在する時間が長いので大きく回転するが、速い 中性子はあまり回転しない。試料の前後で磁場を逆向きにかける事で歳差運動を逆に回転させる と、最後には中性子の速度によらずにすべてのスピンが揃うことになる。これをスピンエコー収束 と言う。

図8.41: 入射中性子の速度が異なる場合のスピンの回転の様子

もし試料で非弾性散乱が起きて中性子の速度が変わると、その中性子は試料後の磁場を出た後で も、元の角度には戻れない。従ってアナライザで中性子の偏極率を測定して完全弾性散乱の場合に 比べてどれだけ落ちたか(すなわち、元に戻らなかったスピンがどれだけあったか)を調べれば、

散乱中性子に非弾性散乱がどれだけ含まれるかを非常に精度良く調べることができる。従って、速

い中性子(入射中性子)と遅い中性子(非弾性散乱中性子)を同時に利用して、速度変化を正確に調

べることができる。これが中性子スピンエコー法の概要である。

中性子スピンエコー法を理解したところで、中性子共鳴スピンエコー法について簡単に説明す

プとダウンの2つの中性子固有状態間の位相差に対応するものである。そのため、中性子共鳴スピ ンフリッパーというものを導入することで、中性子スピン固有状態間にエネルギー差をつけ、この 状態で一定距離を飛行させると、エネルギー差と飛行距離に応じた位相差が生じる。この位相差が 中性子スピンエコー法で測定する歳差回転と同様の意味を持つ。つまり、この位相差を測定するこ とが中性子共鳴スピンエコー法での測定方法である。また、中性子強度はこの位相差、つまり時間 に対して変調するため、中性子共鳴スピンエコー法では高い時間分解能とともに高い検出効率を持 つ検出器が求められている。

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