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第2項 音楽の営みと創造性

 芸術的行為のすべてが創造性と大きく関係していることは、広く一般 に疑いのないものとして受け入れられている。音楽は芸術の主要な部分 を占める一芸術として、同時に創造的であると考えられている。(38}

 音楽の営みにおいては、一方に「音楽を表現する(作る・演奏する)」

者、もう一方に「音楽を受容(鑑賞)する」者が存在する。つまり、考 えること、感じることを音・音楽に託して伝える、あるいは音・音楽を 通して何かを感じ、考え、味わう、という二つの行為が表裏一体となっ て音楽的なコミュニケーションが形成される。

 その際、音楽づくりを行なう側に創造性が働いていることは言うまで もない。自らが本当に美しいと思う音楽をつくる、心の中に込み上げて くるものを具体的な音に結晶させる、生成しっっある音に耳をすまし、

心で感じ取りながらまとめていく、価値づけていくといった行動を行な うための動機、さらには原動力として創造性が大きな役割をはたすのだ と考えられる。

 では、音楽を演奏する側はどうか。一見、美術や詩のように、自由に 表現することはできず、楽譜に忠実でなければならないように見える。

しかし、楽譜を見ただけで、その作品の内容を知ることは困難であり、

楽譜から作曲者の要求や意図を十分に理解できるものでもない。そうい う意味で、楽譜は演奏者の自由な表現の余地を全く奪うほどに厳密なも のではあり得ないであろうし、また完全であるとも思われない。演奏す る側は、楽譜にかかれた音符と記号から、作曲者の精神や意図、また細 かな音楽的感情や気分のニュアンスを感じ取り、それを的確な演奏技術 によって再表現しなければならない。言い換えれば、作曲者が音楽的な 感情を、一つのフォームに構成した作品を、不完全な楽譜を通して想像

し、解釈しなければならない。いわば音楽を再創造する働きが必要なの である。その意味で、音楽演奏は「創造的再現」と呼ばれているのであ

る。

 音楽を受容・鑑賞する側はどうか。音・音楽に耳を傾ける時、意識的、

無意識的にせよ、それまでの音楽経験を掘り起こしつつ、そこには直観 的選択や、美的価値判断があり、想像力を駆使した創造的な働きが伴う。

主体的に音楽を感受し価値づける、音楽に感動する、つくる立場に立っ て積極的に音楽を追体験する、といった音楽受容にも自分の過去の音楽 的体験を基礎として、当然創造性が働いていると言えるであろう。また、

それほど積極的ではないが、ただ雰囲気的に身を任せ、イメージと想像 の世界に浸り、夢心地になるような音楽受容においても、ある想像の場 を形成し、そこに自己を開放する、という点では創造性が内包されてい ると考えられる。

 このように音楽の営みそのものにおいては、自ら音楽を作る場合は言 うに及ばず、演奏することにおいても、また他人の音楽や演奏を鑑賞す る場合においても、想像力を働かせ、音楽美を再創造する働きが必要で あることから、創造性は必要不可欠の要素であり、創造性なくして音楽 の持つ本来的機能は成立しないであろう。したがって、音楽の営みにお ける表現と鑑賞は、 「創造的に音楽に関わっていくこと」の地盤におい て成り立っていくと言えるであろう。

第3項 音楽教育における創造性の意義

 音楽教育と創造性育成を考える時、音楽を通して全人格的な創造性の 育成を図るねらい、つまり音楽を一つの手段として捉えるか、あくまで 音楽を創り出す能力や方法を体得させる、つまり音楽そのものを捉える

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かの二つの見方が出てくると思われる。前者を目的とした場合、音楽科 教育だけにとどまらず、学校教育の全領域でなされるべきものであるの で、ここでは後者について論を進めていく。

ω音楽教育の意義と目的

 音楽教育は、音楽の持つ芸術的な特性、例えば、表現および鑑賞の様 々な活動を通して得られる豊かな音楽経験と深い感動、そのような活動 から生まれてくる心の解放感、あるいは主として合唱や合奏の場で養わ れる協調性、社会性、さらに表現技能の習得に挑戦して自らの探求心を 深めたり、創意工夫を生かして豊かな表現をしょうとしたりする創造性 などを生かして、よりょく望ましい人間の成長に役立てようとすること にその意義と役割があるといえる。(39} このように音楽教育は、心の 教育、つまり「豊かな人間の育成」の中核を成すものであり、知性と感 性の調和のとれた人格形成の重要な役割を担っているのである。

 しかし従来の音楽教育をふりかえってみると、音楽教育の目的は「音 楽に関する知識・技能を教えることにある」という意識からか、ややも すると技能教育偏重、本来の音楽活動と遊離した知識・理解事項の先行 といった傾向が見られたり、また実際の学習指導において一つ一つの楽 曲の完成した演奏に重きを置くあまり、途中の過程を大切にすることを 忘れるなど、 「心豊かな人間の育成」から離れた指導に陥りやすかった

ことも指摘されるところである。

 音楽は、言いたいことや心の中にあるイメーージを音や音楽を通して表 現する時間的芸術である。(40)この特性を生かした音楽教育の在り方を 考えるとき、そこでは、表現および鑑賞活動そのものが重要であり意味 を持つものである。つまり、子どもが歌や楽器で表現することに喜びを 覚えたり、また音楽を聴いて感動体験を共有したり、さらに意欲的に、

喜んで、楽しんで活動すること自体が大切なことであり、そこに音楽教 育の意味があるのではないかと思われる。

②音楽教育と創造性

 前項で、芸術としての音楽が創造的であるということを述べた。では 音楽における創造性の概念を、実際の学校音楽教育においてどのように 生かし、援用させ得るであろうか。

 音楽教育における創造性を、先に述べた芸術としての音楽の創造性と 同一に考えることはできないと思う。なぜなら、人間形成という学校教 育の目的、学習者が子どもであるという条件と、マスローのいう「自己 実現の創造」を考えるならば、音楽を創造するとは言っても、芸術的意 味での創造とは様相が異なってくると思われるかである。学校、ことに 小学校における音楽教育は、音楽家を養成する場ではないからである。

しかし、先の第一項で述べたように、音楽の営みが「創造的に音楽に関 わっていく」ことが基盤になるように、音楽教育においては「創造的に 音楽に関わらせる」ことがその基盤になるであろう。

 一般に「自然に還れ」という標語によって捉えられ理解されているル ソー(Roussesu J.J.)の思想と彼の音楽教育観を見ると、彼は、著書

『エミール』の中で、「音楽をより知るためには表現するだけでは十分 ではなく、作らなければならない。そして表現することはっくることと 一緒に学ばなければならない。そうしなければ、けっして十分に音楽を 知ることはできない」(4nと述べている。この表現は、子どもの音楽創 造への導入を示している。これは、従来の受動的な子どもの音楽学習の 方法から、能動的な子ども自身の音楽の世界への取り組みを先駆してい るという点において注目に値する。 音楽教育における創造性の意義の 第一は、 「子どもからの音楽」あるいは「子どものための音楽」という

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