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第 6 章 取引戦略

第 7 節 モダン・ポートフォリオ理論

「ポートフォリオ」(portfolio)は、一般には「書類カバン」や「携帯書類入れ」をさす言葉だが、経済・金融 分野では、株券などの有価証券を入れる書類カバンから転じて「資産構成」「資産の組み合わせ」などの意味で 使われている。

伝統的な投資理論におけるポートフォリオの概念でも「一つの籠にすべての卵を盛らない」など経験的理解は 古くからあったが、分散投資の効果が数学的に証明され、リスクとリターンを定量化してコンピュータプログラムで計 算 可 能 な も の に な っ た の は 、 1952 年 、 シ カ ゴ 大 学 の 大 学 院 生 だ っ た ハ リ ー ・ マ コ ー ビ ッ ツ ( Harry Markowitz)が著した博士論文「ポートフォリオセレクション:分散投資理論」が最初だった。

マコービッツがこの論文で提唱した「平均・分散アプローチ」と「ポートフォリオの最適化」は、その後、シャープが考 案した資本資産価格理論(CAPM 理論)などを経て、1990 年代にほぼ完成し、それまでのポートフォリオ理 論に対して「モダン・ポートフォリオ理論(MPT)」と呼ばれるようになった。マコービッツはこの業績が認められ、

1990 年に、同じシカゴ大学のマートン・ミラー、スタンフォード大学のウィリアム・シャープと共にノーベル経済学賞 を受賞した。

ポートフォリオ・セレクション(資産の組み合わせ)の考え方

ポートフォリオを組む理由の第一は、一つの投資の成績が振るわなくても、別の投資がそれをカバーできるほど 高いリターンを上げることができれば運用成績の振れが小さくでき、全体の収益も確保されることにある。そのため には、互いに相関性の低い投資商品のポートフォリオを組成することがリスクを軽減する手段の一つになるという のが、MPT のまず画期的な点だった。

仮に、「ハイリスク、ハイリターン」の資産 A と「ローリスク、ローリターン」の資産 B を組み合わせたとする。両者がま ったく同じ値動きをすれば、ポートフォリオの期待リターンは資産 A と資産 B の中間になる。

しかし、MPT では、もし資産 A と資産 B の値動きとリターンの連動性(相関)が低ければ、理論上、ポートフ ォリオ全体のリスクは低くなるとしている。

相関関係を読み取るポイントは、資産のリターンが同じ方向に動く傾向にあるか、逆の方向に動く傾向が強い かにある。お互いのプラスとマイナスを打ち消すように逆の方向に動く傾向にある投資対象を「相関が低い」とい う。

例えば投資対象 A と B の過去 5 年間のリターン(収益)を比べて見る。

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<投資対象 A と B の過去 5 年間の収益推移>

1 年 2 年 3 年 4 年 5 年 平均 標準偏差 資産 A 60 80 40 -20 20 36 38.47 資産 B -10 -5 60 60 60 33 37.01 A+B 合成 50 75 100 40 80 69 24.08

それぞれをみると、両者ともリターンの平均値からの散らばり具合を表わす標準偏差が大きい反面、リターンは 1年目で B が-10であるのに対して A は60、4年目は逆に B が60、A が-20となるなど、両者の連 動性(相関)は低い。しかし両者を合成してみると、リターンの振れは小さくなり、標準偏差も小さくなっている。

このことから、ポートフォリオによるリスク・コントロールに重要な役割を果たすのが、投資対象間の相関関係であ ることが分かる。この連動性の度合いを示す相関係数は+1から-1までの範囲にあり、相関係数が+1であ ればまったく同一のパターンで変動する(一方が 1%値上がりすれば、もう一方も 1%値上がりする)。-1で あれば、まったく逆に動き、0であれば 2 つのデータの変動の間には何の関係もない。

安全資産(国債や預貯金の利子)での運用と、上記の資産Aと資産Bのリスク資産を組み合わせた場合の 期待収益率とリスクの関係は下図の曲線上の点で表わされる。

注目されるのは、この曲線上に資産 B よりも収益率が高く、リスクが小さな点 D が存在することである。このこ とから、AとBの組み合わせによっては、B以下のリスクにすることができるということになる。

このポートフォリオにおいて、投資家がなるべくリスクを低くし、利益を大きくしたいと思うなら、安全資産の点Fか

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ら曲線に引いた接線との交点(点E)における保有比率が最適なAとBの保有比率となる。

MPT に基づいて、リスク・リターンの異なる投資対象を組み入れたポートフォリオの効果を最大にする組み合わ せ比率を求めることができる。そして、リスクが最小でリターンが大きい組み合わせの範囲(上図では曲線上の点 D より右上の部分)を有効フロンティアと呼んでいる。

有効フロンティアを作成するためには、投資対象ごとに収益のヒストリカルデータから期待リターン、リスク(分散・

標準偏差)を求め、相関係数と期待リターンに基づいて、ポートフォリオにおける各投資対象の組み入れ比率を 変えていく。

これを元に、期待リターンに対してリスクが最小となるポートフォリオを組んだ時のリスク・リターンを示す有効フロン ティアの曲線を作成することで、リスクを小さくして、リターンを最大にするポートフォリオを構成することができる。ち なみに、MPT は現在では、株や商品ばかりでなく、不動産投資や生命保険などのビジネスにも応用されている。

次に、商品と伝統的資産(株、債券)の相関係数を具体的に見てみよう。サンプルは 2002 年 1 月 4 日か ら 2012 年 12 月 28 日までの国内市場のデータである。これを見ると、とうもろこし、ゴム、金ともに日経 225、

為替、JGB(日本国債)との相関が低いことがわかる。

<商品と伝統的資産の相関係数>

日経 225 JGB ドル円 とうもろこし ゴム 金 日経 225 1.00

JGB 0.32 1.00

ドル円 0.35 0.22 1.00

とうもろこし 0.32 0.11 0.27 1.00

ゴム 0.40 0.14 0.24 0.41 1.00

金 0.27 0.08 0.24 0.38 0.37 1.00

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<コラム>

◆商品投資とモダン・ポートフォリオ理論◆

商品先物市場は、伝統的な投資に対する分散投資の対象として位置づけられる。

米国の商品先物市場で、MPT が初めて注目されたのは 1983 年、ジョン・リントナーが、マコービッツの理論を用 いて、株式と債券のポートフォリオに原油や貴金属、穀物などの商品先物市場に投資する商品ファンド

(Managed Futures)を加えることで収益が安定するという論文を発表してからだといわれている。

実際に米国で作られた商品ファンドの第一号は、1949 年にリチャード・ドンシャンが設立した公募型ファンド「フュ ーチャーズ・インク」だとされているが、リントナーが論文を発表するまでの商品ファンドは、理論的な裏付けに欠け ており、運用金額もごくわずかだった。

し か し 、 リ ン ト ナ ー の 論 文 発 表 以 後 、 商 品 フ ァ ン ド の 運 用 マ ネ ー ジ ャ ー ( Commodity Pool Operator:CPO)たちが、その成績を分析する資料の中に、株式や債券などの伝統的な運用資産価格と原 油や貴金属、穀物などの商品価格との非相関関係を示した数字や、伝統的なポートフォリオの中に、商品を加 えた時のリスクとリターンを MPT を使って検証したグラフなどを加えたことで、州や大学、企業の年金基金なども注 目し始め、特に米国株式市場が大暴落した 1987 年 10 月のブラックマンデー以降、その運用金額は 86 年の 約 20 億ドルから 93 年には約 226 億ドルへと急速に拡大した。

運用総額の 5%から 10%の証拠金で取引できる先物取引は、もともと商品から生まれた。天候の異常や輸 送・生産コストの変動など様々なリスクがあることから、将来の一定の時点で幾らになっているか分からない商品 価格を、現時点で売り買いする商品先物取引は一種の保険の役割を果たしている。その取引相手として、積 極的にリスクを引き受けようとする多数の投機家の存在は必要だが、機能そのものは、その商品に関わる生産者 や加工業者、販売業者などにとって価格の安定化に役立つものであると理解されてもいる。

しかし、株式市場では、先物取引の対象となっているのが個々の株式でなく指数の売買であることから、少ない 証拠金で取引できる先物取引が増えすぎると、現物の需給関係に大きな影響を与えると危惧する声は、株価 指数先物を世界に先駆けて始めた米国でも当初から少なくなかった。とりわけ裁定取引(アービトラージ)は、

現物市場では先物市場とは反対の売買を伴うことから、現物市場に大きな影響を与えるとの見方が多かった。

そのため、ブラックマンデーは、一方で、先物市場が現物市場の暴落に拍車をかけたという「先物罪悪論」も生ん だのだが、その一方で、商品ファンドは高い運用成績を継続したために、改めて商品と他の金融資産との非相関 関係を裏付ける契機にもなったのである。

商 品 フ ァ ン ド 資 金 を 商 品 先 物 市 場 で 実 際 に 運 用 す る 商 品 投 資 顧 問 ( Commodity Trading Advisor:CTA)の数も、82 年の 117 社から 80 年代後半には 600 社、90 年代中盤には 1600 社へと増 加した。

CTA たちは、90 年代後半に入ると、運用資産が拡大したために、米国の商品先物市場ばかりでなく、世界中 の様々な金融・商品の先物市場でも取引するようになり、ヘッジファンドを名乗ることも多くなった。これに伴い、