棚倉
図 了9
と金由村Bとの鴇常生活塞蘭の広さを図式化して見よう。まず,第1に,嘗 河瓶棚倉町,自村(必要なし,売りに来る,富tiIの藥売り,記入なし)の三つ の地区に分類して,これによt),自村とほかの地区との交流を見ることにす
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:る。ちなみに,この三つの村のH常生活察間の広さは,一t=の例外を除い て上の三つの地区に限らやているQそれぞれの用足.しの回数の総数に対す
る比ヨ率を霞盛ると図19(ρようになる。
これによって見ると,五箇村は白河粛に依存することが大きく,金由村 拡五箇村より独立性が強く,金準婚Bでは槻倉町との関係が出てくる。
今度は,自村で用足しする
五心 ss%
警lj合を特}こ浮び出させるため 難 6㍑
鞭
白河
石7%
曜16%
院
金山B it
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棚倉
図 20
︷
}こi現れている。
(5) 結び
に,「必要:なしJ f記入なし」
を除V・て集計したら,図2◎
のような図式を得た。
これ}とよって翻ると,虜村 で用足しする程度は,五箇村 と金山村とでは大いに異なる
ことがますます明らかであ
る。先に翅ζべた二つの村の産 業別入口構成の相違,、したがってまた,村落としての襖格 の網違が,このようにはっき
りと白瀦への依醐係の上
以上,考察の焦点を白河市に置いていろいろの角度から見てきたが,白 頭肺の都市としての平声そのもののなかから,附近の農村との関蓮という 副題が必然的に浮び嵐てきた。ここでは,白河市の都市としての性格につ V・てまとめて蓮べることにする。
まず,町明は地理的境争に恵まれて古くから政治的,軍壌的要地であり,
diとに乖世の初めから城下町として都市を形成してきたことは甥1に注
磯
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目されることである。城下町としての生活様式は現在でも多6}に残ってい る。すなわち,町の集薄構i造は1日幕時代に1まぼ完域し,そあ後見るべき変 化を示していなV・。また,現在, rしにせ」とか「擬家」として霞河市の 商工業を支配している者はすでに旧;幕時代に大をなしたのであって,時代 に俘う新瞬の就会的階騰の入れかわりはあまりなかった。近代的な大企業 の経蛍組織を持つ二三の工場,あるいは会就もごく最近移転したものか,
中央の出店にすぎず,一般市民の生活に大した影響を及ぼしていない。商 t業の多ぐは,附近の村から拙る天然資源や農作物を,そのまま出荷する か,家内工業的に工業刑するにすぎないQ
白河市民のうちには今も「松早様」「阿部様」の領民であったことを誇 に思っている者がある。寛政二二(1789−1800)に白河藩のために善1政を
しいた松三二儒は今も多くの二三の信仰の対象である。白河市罠の生活感 情は二二の輝かしい歴史に深く糧ざしている。
しかし,白河市がたびたび三三になりながらも都市としての体裁を続け えた一つの理由は,白河市が附近の農村の経済的中心として存在すること ができたからである。白河市は城下町として政治的要地であり,奥州街道 の宿駅ならびに多くの街道の起点として交通上の要地でもあるので,おの ずから,附近の村との物資の交流がひんぱんに行われるようになウた。す なわち,他の大都市から移入された丁丁は白河市を中継して附近の村の小 売店に卸され,また,廼:に,附近の村から出る農産物や工業の原料品は白 河市を取次地として弛の都市へ途り出される。あるいは,附近の村からの 物資は白漸1ぎで製品になってふたたび附近の村へ逓移出される。こうし て,附近の農村は漬當生活の上で白河市に依存している。
このような物資の交流の行われる地域は,西白河郡をはじめ,石弓町 搬倉町,栃木祭の芦野町,黒磯町あたりを結ぶ範蜘勾である。
最後に.白河市が関東と東北との接合点であることが注鼠される。そk は,一・っには交通の点から,また一つには利害共イ司圏の点から言えるn
81 すなわち,白河市は,昔の宿駅についても,みちのくへの入口と言え
る。すなわち,白河の 一一・一つ手前の歯坂騨(今の酉白河郡白坂村白坂)まで は, 「宇都宮以北関東八グ宿」などと呼ばれていた◎現在の交癒について 見ても,街道,バスは,一・:方,北の方面(県南バスには石規行,滑津行,
郡山行,矢吹行がある)と蓮写し,他:方,棚倉町を経て(国鉄バス棚倉町,
県南バス東舘・棚倉行)水戸:十四と結ばれている。鉄道は,培うまでもな く東北本線によって東京と郡山,薩島方面とを結んでいるQ切符売上放数 によると,東京との行き来がほかのどことよりもひんばんなのが注目され
る。
また,由河市の商工難の経済圏が,:先に蓮べたように,白河市のま わりおよび以北の地域と栃木梨北榔とにまたがっていることも注脚され る。白河布のある呉服店の話では,半弓中に配給下職ができてから野島市 へよく行き来するようになったが,それ以前綜,また最近も,むしろ栃木 県北部との取引のほうが盛んであるとのこどであった。先に述べた馬市 における下手、買手の地域は白河市のこのような性格を最もよく反映して いる。白河市の附近の村,あるいは県内から集まる馬は関東各地,さらに 中部地:方へ引きとられて行く。
最後に触れておきたいことは,おもに藩主の関係から白河市には越後か らかなり大量な移民があり,かれらは九番町,七番町,三番町に住みつい たと言われることである6これらの町の現在の佳民も数代前に移住したこ とを記憶している。町の入たちはこれらの町がほかの町と風俗習慣および 附語について蓮らていること牽強調すQが,これらの町が地域的に町はず れであり,ほとんどが農罠であるほかは,第三者の短か吟期間の観察では ついにその特色をつかみえなかった。しかし,歴史的に見ると,白河市が 都市として現在のように完凹したのは越後高田領の藩主が来たときである から,白河市に越後の要素がなんらかの形で入りこんでいることは間違い なかろう。越後の要素が,白河市の都市としての性格の形成にどれだけ寄
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与し,また,i現在どれだけ残ってv・るかということは今後の課題である。
3,2 言語手背:景
ここでは,白河市の方言の晋韻的特徴と,それが文字言語にどのように 反映しているかということと,白河市,流箇村,金山村の言語的相違とに
.ついて蓮べることにする。
(1)白対市の:方書の音韻的特徴
白河市の方書は,晋韻の点から見ると北関東の:方言ときわめて類似した
:方言であると,おおざっぱに言うことができる。
さて,白河市の方欝の晋韻的特徴の二三について述べることにしよう。
まず,アクセン1・はない。つまり,アクセン1・の型の区別を持たない:方言 である。
乱書については,普通「イとエとの混同」と言われる有名な現i象が見 られる。これは,東京方言において単独で音節を作る〔1〕および〔e〕が 白河市:方言においてともに 〔6〕で対応する現象である。したがって,東
:京方言のeki「駅」とiki「息」とが白河市:方嘗においてはともに益kiで 対応する。惑いかえれば,白河市:方言においてはr駅」と「息」とがホモ
ニムである。
いま,上に〔さ〕で表記した習が発晋されるときは,舌さきおよび前舌 が蔦まり,硬いq葦のきわめて前の郵分ないし歯茎の部分と香との闇に狭 いせばまりができている。試みに白河市役所の本闇雨漏(42歳,男,18歳 一37歳の間東京に住む,それ以外は白河市,大学卒業,両親とも白河市,
昇氏で3代爲)について,「枝」の最秘の母書が調苦される際の上歯の前 のへりから理解に接するまでの距離を測ったら1・1cmであった・観察者 の柴田武(31歳,男,王9歳まで名古崖市に育ち,以後東京に住む,大学卒 業,父 名古屋市,母 愛知県愛知郡出身)について同じように測ったら 3。4c魚であワた。このように白河市方君の〔6]は署しく前寄りである。
83 次に,本間丁丁について観察した例をあげよう。
6to「糸j,6∫i「石」,6toma麺「糸雀」,6麺「息」,もS嘩「いす(こ しかける)」,6ija「いが(くりの)」。
蘭i「駅」,鱒a「樹,6なi「えび」,6hOie「絵本」。
i6n〜i6P「i箆員」, ka6「貝」, kua6「くv・(打ちこむ)」。 m6ere:「命・
令.j jo:6「用意」・ke:6「敬意」。 堰欝繍灘欝夏{;警馨も と岡じくらい囲いている。
na6「苗」, ts二6「つえ」, ko6「声」。
6:「i家」。
なお,この雷が,同じ飼入でも,場面(時と所)により,語によって,
必ずしも現れないことがある・本閥昇等についても,改まワた場衝では東
:京方言と同じような「イ」と「エ」との使い分けが可能であり,また,「映 画」という語}こおV・ては,期待される〔6:ga〕のような形は現れず,〔e1ηa〕
のような形で現れた。
なお,〔6〕の調音には,おもに個人によってかなり幅があると認められ る。つまり,硬い口蓋の,〔e〕に比べてそれほど前ではない部分と舌との 間のやや狭いせばまりで調音されることがある。これは前寄りのeと言い 叉
うる音で,〔g]のように表記することができる。
ついで,東京方言などζ同じように,無声の子音にはさまれて現れる無 声化母喬(9,⑪が注目される。
k憾1{tu「i菊↓k甲ki「i茎」,甲s∫i「すし」, t鷺t∫童「1乳」ts頓t∫i「土」・
k墓∫i「岸」,k甲∫i「くし(髪をすく)」,蕗ka「しか(動物)」, s顛痘「好」
き」,kwt∫i「口」, t∫駆ai「近v・」,∫甚ta r青」, sajtertU「捨てる」,
o
t∫3so「地租」。
子音については,まず,東京方言における有声の母費にはさまれた無声 の破裂音(〔p〕を除く)およCA 破擦書が白河市:方言において有声化音で対 応する現象が注目される。このような有声化晋は「中濁苦」と書われるこ
とぶあるが,われわれは便宜上「有声化の現象」と呼ぶことにした。たと