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⑶ 次 い

ドキュメント内 法 文 化 論 序 説 ︵ 七 ︶ (ページ 32-39)

で︑

﹁精 神の 構造

・機 能﹂ の比 較で ある

︵第 三章

﹁公 共的 文化 と人 格的 文化

﹂︶

︒双 方の 古典 の記 述か ら︑ ギリ シア では

﹁人 工的 な製 作物

﹂に

︑日 本で は﹁ 自然 のも の﹂ に驚 嘆し 飽か ず眺 めて いる

︵一 四八 頁︶ と対 比さ せ て論 を進 め︑ ギリ シア 人は 社会 人と して 公共 の世 界に 生き てい た︵ 視覚 の世 界は ポリ スの 公共 的事 業に 満た され てい

た︶ から

︑個 人の 内面 的情 緒に 耽る こと が少 なく

︑そ のた め︑ 公共 的な もの に真 理を 捉え よう とす る傾 向か らし て

︵一 七六 頁︶

︑人 格か ら切 り離 し客 観的 にみ よう と考 えた のに 対し て︑ 日本 では

︑中 村元 のい うよ うに

︵﹃ 東洋 人の 思 惟方 法﹄

︶︑ 真理 と人 格は 結合 し︑ 宗教 でい うな ら特 定人 物に 対す る信 仰と して 真理 が語 られ たと いう

︵一 八三 頁︶

︒ 言い 換え れば

︑日 本人 は論 理だ けで 真理 がわ かる もの では なく

︑心 の中 にま で響 いて 情緒 が動 かな けれ ば真 理と いう 感じ がし ない

︑と いう ので ある

︵筆 者は 何度 も述 べた

︶︒ だか ら︑ 日本 では 政治 や社 会が 変わ って も文 化は 存続 して いる が︑ ギリ シア では 民族 は生 き続 けて も政 治や 社会 が変 われ ば当 該文 化は 変わ って しま うの で︑ 普遍 的な 文 化を 創造 しな けれ ばな らな いと 考え るこ とに なる

︵一 八五 頁︶ とい う︒

・こ うな ると

︑普 遍的 な公 共性 真理 は︑ 日本 人に は見 えな いだ ろう

︒つ まり

︑﹁ 公共 の福 祉﹂ とい う普 遍的 原理 の具 体像 は︑ 個人 夫々 の心 のな かに 潜ん でし まい

︑論 理的 解明 が困 難に なる こと 必然 であ る︒ 宮沢 俊義 が︑ 憲法 文言 上の その 真 意を 理論 的に 論ず るよ り判 例に 委ね た理 由も 合点 がい く︒ 第四 章は

﹁国 家の 構造 と道 理﹂

︒前 述の クー ラン ジュ の論 述に よっ て明 らか なよ うに

︑双 方の

﹁家 族制 度の 類似

﹂ から 始ま る︒ しか し︑ 家族 神崇 拝に 始ま る古 代に つい て︑ 都市 国家 形成 によ って その 家族 神が 崩壊 した とい う彼 の 説を 批判 し︑ 道徳 的生 活そ のも のが ポリ スの 成立 によ って 始ま ると いう

︵一 九六 頁︶

︒ 日本 の家 族的 道徳 関係 は情 的で 国レ ベル

︑い うな れば

︑家 の原 理が 国家 の原 理に なっ てい るが

︵筆 者・ 戦後 にお いて も

︑︶ ギリ シア では 家の 中の 親・ 子や 主人

・奴 隷の 不平 等な 関係 は家 の中 に封 じこ めら れ︑ ポリ スの 次元 ま で入 り込 んで くる こと がな かっ たと いう こと で︑ 最初 の政 体が 王政 であ った のは

︑﹁ 家や 村が 王の よう な権 威を も った 最年 長者 によ って 支配 され てい たた め︑ その 状況 がそ のま まポ リス へ移 され た﹂ ため だ︵ 二〇

〇頁 と︶

︒家 の 原理 と政 治世 界の 論理 とは 全く 別物 だっ たと いう わけ であ る︒ 次い で︑ ペリ クレ スの 政策

︑ア リス トフ ァネ スの 共産 主義

︑プ ラト ンの 共産 主義

︑ク セノ フォ ンの 君主 主義

︑ア

リス トテ レス のポ リス 的動 物観 が語 られ

︑ア リス トテ レス の思 想が ギリ シア 人の 正統 的考 え方 とし て︑ これ 以後 の ヨー ロッ パ社 会を 律す る道 徳と なり

︑横 の関 係を 律す る正 義重 視の 立場 に援 用さ れる こと にな った

︵二 四三 頁︶ と︒

﹁牧 歌的 生活 の理 想﹂

︵第 五章

︶は

労 働

に対 する 比較 的考 察を 通じ て牧 歌的 理想 を論 ずる

︒ 日本 では 労働 より も人 間と して の根 源的 苦悩 を重 視す るの に対 して

︑西 洋で は労 働に よっ て社 会的 正義 が実 現す れば 楽園 が再 現︵ アダ ムと イヴ の︶ する と労 働の 尊厳 を説 き︵ ギリ シア の牧 歌的 文学 を想 起せ よ︶

︑ロ ーマ 人の 土木 工 事・ ギリ シア 人の 神殿 建築 が例 示さ れる

︒ 労働 によ る楽 園の 創造

︑そ れが 牧歌 的生 活で ある

︒そ して

︑キ リス ト教 の普 及に 伴っ て︑ 内面 の自 然喪 失の 代償 とし て外 部の 自然 に素 朴な 真実 世界 を求 めよ うと 勤労 を説 く言 葉に 魅力 を感 ずる よう にな る︒ 中世 にお ける 修道 院 の労 働称 賛に みら れる 牧歌 的生 活の 実現 など はそ の実 例で ある

︒ 一八 世紀 に牧 歌的 風景 画が 大成 する のは

︑そ のエ ピロ ーグ であ る︒ プー サン

︵仏

︶︑ ター ナー

︵英

︶︑ ミレ ー︵ 仏︶ など

︵オ ラン ダの 風景 画家 は? 筆者

︒︶ そし て一 九世 紀以 降︑ この 牧歌 的生 活が 失わ れる と︑ また 戻っ て再 出発 しよ うと いう 幻想 が生 まれ

︑革 命思 想が 生成 され てく る︵ 二四 頁︶

︒ル ソー の﹃ 人間 不平 等起 源論

一七 五五 年︶

・﹃ 社会 契約 論﹄ 一七 六二 年︶ では

︑不 平 等な 国家 を形 成し てし まっ たと きは

︑自 由を 奪い 返し て再 出発 すべ きこ とを 主張 した こと は大 方の 承知 する とこ ろ であ り︑ マル クス 思想 の裏 側に 牧歌 的状 況の 観念 があ った こと は﹁ 本源 的蓄 積﹂ を原 罪に 喩え てい るこ とか らも 推 察で きる と思 う︑ と︒ 日本 人に とっ て自 然世 界が 救い の場 所で ある よう に︑ ギリ シア にお いて も田 園や 自然 世界 に回 帰し たい とい う態 度が みら れる こと は明 らか であ る︒ が︑ 日本 では

︑生 産活 動の 場に 対す る執 着と いう より は︑ 風流 の世 界に 対す る

あこ がれ の対 象と して なの であ る︒ 他方

︑西 洋で は︑ 庭園 は農 場や 牧場 と同 じよ うな 自然 世界 であ った

︑と 著者 は いう

︵三 五六 頁︑ 庭園 につ いて は後 述︶

︒即 ち︑ 自然 と人 工と が交 わっ た果 樹園

︑草 花が 咲く 牧場 が︑ 牧歌 の舞 台と して の理 想的 景観 であ った

︒し かも

田舎 に別 荘を

と いう 考え 方は

︑ロ ーマ 共和 政の 末に 始ま って いる

︵三 六 一頁

︶と いう

︒ これ に対 し︑ 日本 は山 地と 田園 地域 とは 截然 と区 別さ れて いる から

︑双 方を 調和 させ ると いう 考え 方は ない

︵筆 者・ まさ しく 風土 の違 い︶

︒自 然は 清ら かな もの とし て︵ 神の 依代 と考 えら れた

︶︑ その 美し さ︵ 尊さ

?︶ は人 間の 内面 にま で関 係し

︑そ の感 情が 原始 信仰 に結 びつ いた こと は︑ すで に述 べた

︒そ れが 万葉 時代 から 仏教 的厭 生観 とも 結 びつ き︑ 自然 界へ の隠 遁思 想を 生ん だの であ る︵ 西行

・鴨 長明 の例 は読 者も 承知 のこ とと 思う

︶︒ この 西洋 と日 本の 自然 思想 は似 てい るよ うに みえ るが

︑日 本人 は情 感的 に把 えよ うと して 生と 死を 同時 にみ てい るの に対 し︑ 西洋 人は あく まで 生命 の世 界と して みて いる とい う違 いが ある とい って

︑本 文を 結ん でい る︒

﹁あ とが き﹂ に曰 く︑

﹁日 本の 伝統 文化 も既 に質 的に は絶 滅し かけ てい るの だと 思わ れる

︒﹂

﹁農 村や 山村 が共 同体 とし て存 在し なく なれ ば︑ 日本 の風 土に 根ざ した 独自 の文 化は 生存 しが たく なる であ ろう

三八 六頁 と︶

︒本 書 は︑ 日本 の固 有文 化の 死を 予感 して 書い た挽 歌で ある

︑と さえ いう

︒そ れに 対し

︑古 代ギ リシ ア文 化は 普遍 的要 素 を保 有し てい たか ら︑ 古典 とし て西 欧に 伝え られ

︑そ の文 化の 根底 とな り︑ 血肉 とも なっ てい る︑ と︒

・風 土に つい ての 日欧 差は

︑こ れま でに も本 稿引 用の 著作 があ ちら こち らで 論じ てい た︒ が︑

﹁伝 統文 化の 絶滅 が近 い﹂ と評 され れば

︑法 文化 を論 ずる 筆者 にと って

︑何 がし かの 論評 を加 えた いと の思 いを 禁じ えな い︒ 確か に︑ 日本 では

︑環 境自 然の 都市 化に 伴な う風 土の 変貌

︵木 の文 化か らコ ンク リー トの 文化 へ︶ がも たら す精 神文 化へ の刺 戟が 自然 信仰 に影 響を 与え

︑加 えて

︑I T社 会の 展開 に基 づく 合理 性の 尊重 が人 間性 の喪 失と 感性 的伝 統文 化 の退 廃を 招き つつ ある こと

︑さ らに

︑経 済活 動の グロ ーバ ル化 によ って 衣食 住の 西洋 化が 進み

︑果 ては 伝統 の舞 台芸 能

にも 西洋 芸術 との 混淆 が強 くみ られ る現 状を みれ ば︑ 伝統 文化 の危 機的 状況

︑あ るい は根 本的 変化 が目 に映 ると の危 惧 を感 ずる こと は容 易に 理解 しう る︒ しか し︑ 考え ても みよ

︑古 代よ り異 国文 化を 積極 的に 移入 しな がら

︑そ れを 和様 化し てき た日 本人 の精 神構 造の 融通 性あ る自 我の 確か さを 考え れば

︑固 有文 化の 中空 構造

︵第 五章 一節 河合 隼雄

︶が それ らを 取り 込ん で新 和風 文化 を創 造 する だろ うと 推測 して も不 可解 では ない

︒ 即ち

︑田 畑が 住宅 地に 変っ ても

︑自 然に 対す る憧 憬が 逆に 高ま るこ とは あっ ても 下が るこ とは ない とい う実 状が あ り︑ IT 社会 化に よる 美意 識に 対す る感 受性 も︑ 展覧 会・ 美術 展の 盛ん な催 しの 現状 をみ れば 杞憂 にす ぎな いの では な いか とさ え思 う︒ そし てグ ロー バル 化に 対す る懸 念は 文化 の重 層に よる 融解 とい う史 的習 性︵ コラ ボ文 化?

︶が 解決 し てく れる こと 疑い なし と︑ 筆者 には 思え るの だが

︑楽 観的 すぎ るだ ろう か︒ 都市 とは 何か につ いて 考え ると きは どう だろ う︒ 日本 の

風土

が つく りだ した 文化 的遺 伝子 は︑ 一方 で︑ 自ら 成 によ って 雑然 たる 都市 景観 がで きた こと は確 かで ある が︑ 他方 で︑ いず れは 美的 感性 が雑 然的 なも のの 統合 化を 観 念せ ざる をえ なく なる 遺伝 子が 働き だす だろ うと いう 期待 は糠 喜び に終 るに すぎ ない のだ ろう か︒ 藤田 の都 市類 型論 によ れば

︑都 市形 成時 にお ける 都市 デザ イン は︑ 集落 の単 位が 相互 対話 のた めに

︑共 通す る文 字・ 言葉 をつ くっ たと きに 法文 化の 基層 をつ くっ たこ とが わか る︒ そし て︑ 既述 した よう に共 通の 信仰 とい う法 文化 の深 層 が生 まれ たこ とを

︑証 しと して 想起 して みよ う︒ 日本 の宗 教文 化は 多神 教と いう 雑多 な信 仰に 基礎 付け られ てい るよ うに みえ て︑ その 思想 の特 長と して

︑先 学者 によ れば

︑弁 証法 とい う相 対的 思考 を越 えた 絶対 弁証 法と いう 一元 的思 考が 深層 にお いて 主張 され たこ とを 想起 すれ ばよ い︒ 雑然 とし て林 立す る高 層ビ ル郡 が非 宗教 のサ クラ ダ・ ファ ミリ アの

林 立

にと って 代わ った とき

︑環 境自 然と 融 和す る道 を選 ぶに 違い ない と︑ 筆者 は信 じて いる が⁝

⁝︒ しか し︑ その ため には

︑入 念な 都市 空間 のデ ザイ ンの 作成 と︑ それ を積 極的 に思 考し うる 権力

︵自 治権

︶を 創出 しな

ドキュメント内 法 文 化 論 序 説 ︵ 七 ︶ (ページ 32-39)

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