るも のを 一般 の人 々に 分け 与え ると いう 考え 方か ら修 道院 殷盛 の中 世が 続く こと にな る︵ 一一 二頁
︶と いう
︒ ここ で﹁ 一〇 五〇 年頃 まで のイ エス 像と
︑そ れ以 降の イエ ス像 が違 う﹂ とい う珍 しい 話が でて くる
︒即 ち︑ 前者 では
﹁目 をカ ッと 見開 いて 生き 生き とし て﹂ いる のに 対し
︑﹁ 十世 紀中 頃か ら死 者と して のイ エス 像が 描か れ始 め て︑ 苦痛 の表 現も 見ら れる よう に﹂ なる と︵ 一一 三頁
︶︒ そし て︑ 死者 のキ リス トに 対し て生 者と して の自 画像 を 描く こと が始 まり
︑自 己の 形成 が重 要視 され てく るに 従っ て︑ 自己 表現 のた めの ラテ ン語 使用 が一 二︑ 三世 紀に 行 われ る︒ 次い で話 は︑ 独立 人格 の理 念と して 表れ る一 二世 紀に 成立 した 男女 の恋 愛関 係に つい てで ある が︑ 読者 には 予測 可能 なこ とと 思わ れる ので 全文 省略
︒次 講は
︑法 文化 論に とっ て重 要な
﹁市 民意 識の 成立
﹂︵ 第四 講︶ の論 述で あ り︑ それ によ って ヨー ロッ パを 内在 的に 理解 した いと いう
︒
⑶
その 新し い運 動の 担い 手は 遠隔 地商 人の 仲間 であ り︑ 一〇 世紀 中頃 から 一一 世紀 中葉 にか けて キリ スト 教化 が普 及し 異民 族の 掠奪 侵入 をく いと め︑ キリ スト 教団 の積 極的 活動 を招 き入 れた ので ある
︒即 ち︑ 北海
・バ ルト 海の 沿 岸に 沿っ て︑ 商人 ギル ドの 祖型 たる 団体 活動 の行 われ たこ とを 示す 史料 が︑ その 名を 現し 始め てい ると いう 証拠 が ある
︒こ うし て︑ 地縁 的団 体が 下フ ラン ケン 地区 と南 イン グラ ンド 一帯 に司 教座 か城 砦を つく り︑ 新し い﹁ 商業 地 区= 商業 交易 の中 心的 聚落
︵ポ ルト ゥス
︶﹂ が簇 出し た︵ 好例 はケ ルン 市︶
︒国 際的
﹁商 人社 会﹂ の成 立で ある
︵一 六 一頁
︶︒ 彼ら は庶 民階 級の みに よる 団体 的結 束を たか め︑ 特ヽ 許ヽ 状ヽ を獲 得し て都 市領 主︵ 大司 教・ 司教 など
︶に 対抗 し︑ 国 王ま たは 皇帝 と直 結し て﹁ 自由
﹂を 獲得 し︑ 領主 の恣 意的 支配 を抑 制す るこ とに 成功 した
︵こ の辺 の話 はア ンリ
・ プレ ンヌ の中 世都 市論 が詳 細に 説明 して いる ので 後述
︶︒ 市民 が結 成し た当 該団 体は コン ユー ラー チオ とよ ばれ
︑一 五歳 以上 の市 民個 人が 誓約 に基 づい て﹁ 法の 前の 平 等﹂ を旨 とし た﹁ 平和 と友 愛﹂ を念 ずる 等族 的結 合で あっ た︒ そし て︑ その 流れ は︑ サン
・ク ワン タ︵ 一〇 八一 年︶
︑ボ ーヴ ェ︵ 一〇 九九 年︶
︑サ ン・ トメ ール
︵一 一〇
〇年 な︶ どの 諸都 市に はじ まり
︑ケ ルン の
自由 のた め誓 約︵ 一一 一二 年︶ を経 て︑ ブリ ュー ジュ︵一 一二 七年
︑︶ トリ ール
︵一 一四 二年
︑︶ トゥ ール ネー
︵一 一四 七年 に︶ 波 及し
︑一 一世 紀末 から 一二 世紀 中葉 にか けて ひろ がっ た︒ こう した 新し い精 神の 昂揚 は当 然に 新し い秩 序を 生む こ とに なる
︒つ まり は︑ これ らの 北部 都市 では 聖職 者︑ 封建 貴族
︑騎 士な どを 異質 なも のと して 排除 して
︑個 人の 平 等と いう 特色 を見 出す こと にな るの であ る︵ 一六 三頁
︒︶ ただ し︑ 商人 仲間 とい う働 くも のの 団結 であ った から
︑﹁ 都市 自治 体﹂ の完 成を 意味 した もの では なく
︑い うな れば
︑
市民 の法 の 具現 化ま でに は︑ なお 数十 年余 りの 苦難 の途 が続 いた︒た だし
︑す ぐれ た諸 侯の 場合
︑一 二 世紀 中葉 には
︑﹁ 領内 全体 の経 済的 繁栄 をね らう 新都 市建 設の 風潮 を生 みだ すに 至っ た﹂︵ いう とこ ろの 建設 都市 の
続出 であ る︑ 一六 四頁
︶︒
②こ うし て︑ 建設 都市 は新 しい 政治 意識 を背 景と して 成立 した ので ある から
︑進 歩的 な自 治法 制が
︑特 許状 もし くは 都市 法の 形で つく られ るこ とに なり
︑司 教都 市に も影 響を 与え て︑ 一三 世紀 中葉 を頂 点に
︑北 欧諸 都市 は前 身 の如 何に かか わり なく
︑﹁ 自治 体﹂ とし ての 法域 を完 成す るこ とに なる
︒い わば
︑中 世都 市文 化黄 金時 代の 到来 で ある
︵一 六五 頁︶
︒た だし
︑商 工業 者を 中心 とす る誓 約団 的性 格の もの であ るか ら︑ 商人 ギル ドの 優越 のも とで の
﹁法 の前 の平 等﹂ であ った 点に 留意 した い︒
③次 いで
︑﹁ 中世 都市 の社 会経 済史 的特 色﹂ に︒ 一言 でい えば
﹁市 民的 生活 全体 の統 一﹂ とし て把 握で きる と︒ それ は︑ 市民 の経 済生 活は
︑職 業分 化を 前提 とし た市 場中 心の 合理 的・ 機会 均等 的な 社会 とい う意 識が 醸成 され る 可能 性を もっ てい たと いう ので ある
︒ 従っ て︑ 新し い経 済組 織の 担い 手と して
都 市 とか 市 民 とか が登 場す るこ とに なる︒そ して
︑市 民は
狭 く住 み︑ 広く 考え る 生活 感情 を育 みな がら︑﹁ 一方 にお いて ギル ドや ツン フト の伝 統と 慣習 を墨 守﹂ しな がら
︑
﹁他 方︑ 市壁 を越 え︑ 領邦 を越 え︑ 国境 をも はる かに 越え て︑ 活発 な国 際交 易の 波上 にの りだ し︑ 出来 る限 り広 範 な流 通場 裡に
︑み ずか ら属 する 都市 の自 主性 を確 立し よう と競 い合 う﹂
︑﹁ 封建 的な 団体 的結 合と 開放 的な 企業 家的 精神
﹂を 矛盾 する とこ ろな く両 立さ せよ うと して いる から
︑都 市の 牧歌 的情 景を 想定 する なら
︑そ れは 誤り であ る と︵ 一七
〇頁
︒︶ しか も︑ 都市 内部 は同 質性 が促 進さ れ︑
﹁禁 制圏
﹂︵ 周辺 農村 の商 行為 を禁 止し 職人 の居 住を 許さ ず工 業の 発生 を未 然に 抑止 する 特権 を︶ 設定 した
︒ま た市 内に おい ては
︑親 方・ 職人
・徒 弟の 階序 制が 貫か れ︑ 仲間 相互 の連 帯責 任の 精神 を生 みだ して いる
︵一 三世 紀に おけ るス コラ 哲学 の社 会秩 序観
職分 の思 想
に支 えら れる
︒︶ それ が︑ 一四 世紀 以降 にな ると
︑各 地に さか んな
﹁ツ ンフ ト闘 争﹂︵ 富商 的都 市貴 族の 市政 独占 に対 する ツン フト の 平等 的参 与を 公認 させ よう とい う下 層手 工業 者の 反抗 が︶ おこ り︑ その ため
︑一 方で 都市 僭主 制を 生み だし たが
︑他
方︑ 中世 北欧 都市 では 市民 的結 合が 健全 で︑ 自給 自足 的志 向が 内部 組織 の秩 序を 基調 化し てい た︒ ドイ ツ・ ハン ザ 都市
︑ブ ルー ジュ を想 起す れば
︑そ の積 極的 側面 がみ えて こよ うと いう もの
︒と くに
︑中 世末 期の
﹁都 市同 盟﹂ を 考え れば
︑そ の王 国・ 帝国 の統 一要 求に 応え た有 力な 証左 が理 解し うる とい う︵ 一七 二頁
︶︒ ファ ータ ーシ ュタ ッ トは ファ ータ ーラ ンド であ った
︒ 都市 の繁 栄は 都市 公共 建築 の壮 麗化 を招 き︑ 公共 に奉 仕す る精 神は 経済 活動 を通 じて 市民 の具 体的 生活 の間 にめ ばえ
︑公 共財 政の 運営
︑防 備の 共同 責任 に同 質社 会と して の自 覚を もた らし た︒ それ が︑ イタ リア の都 市国 家と は 異な る北 欧都 市の 内部 にも たら され た市 民意 識︑ 即ち
︑協 同体 的わ れわ れ意 識で ある
︵一 七四 頁︶
︒
④﹁ 中世 都市 の法 制的
・軍 事的 特色
﹂に 入る
︒ 中世 の﹁ 都市 法﹂ とい えば
﹁都 市の 空気 は人 を自 由に する
﹂と いう 法諺 が広 く知 られ てい る︒ 一
ヶ
年同 一都 市に 居住 すれ ば︑ 前身 の如 何に かか わり なく 自由 民と なり︑﹁ 法の 前の 平等
﹂が 保障 され ると いう ので ある
︒ もっ とも
︑古 い司 教都 市で は都 市領 主の 伝統 が強 く︑ 自治 体運 営組 織た る﹁ 市参 事会
﹂の 制度 を獲 得し たと はい えず
︑多 数の 家臣
・聖 職者 を通 じて 市民 生活 のあ らゆ る部 門を 監督 し干 渉し
︑市 参事 会に おい て不 純な 要素 を抱 え てい たは ずで ある
︒し かし
︑そ れで も一 三世 紀前 半期 まで には
︑そ の不 純な 要素 は市 民の 闘争 によ って 除去 され て いた とい える
︒ われ われ が目 にす るラ ート ハウ スの 壮大 さは
︑こ の市 参事 会に みる 市民 的栄 誉の 象徴 であ る︵ 一七 八頁
︒︶ とは いう もの の︑ 他方 でそ れは 都市 貴族 によ る支 配の 危険 性を も秘 めて おり
︑デ モク ラシ ーと みな すに は程 遠い とい え るだ ろう
︒そ の証 拠に
︑ケ ルン
︑リ ュー ベッ ク︑ フラ イブ ルグ
︑ブ リュ ツセ ル︑ ブル ージ ュ︑ イー ペル
︑ト ゥー ル ネー など の中 央広 場に みる 富商 仲間 によ る中 世建 築の 壮麗 さに
︑現 在の 観光 客の 眼も 奪わ れる 現実 があ ると いう こ とに 気付 くは ずだ
︒
とこ ろで
﹁都 市法
﹂と は何 か︒ 著者 によ れば
﹁個 別的 に獲 得さ れ付 与せ られ た諸 特権
⁝⁝ の集 積を 基体 とな し︑ 一般 法や 商慣 習お よび 諸判 例の 要素 を加 味し て出 来上 った もの であ り︑
⁝⁝
︵臣 従的 団体
︶と して の﹃ 市民
﹄の 遵 守す べき 法規 範で ある と同 時に 権利 であ る﹂
︵一 八〇 頁︶
︒従 って
︑﹁ 有力 都市 の法 は︑ 政治 的・ 経済 的な 動機 を背 景に
︑ま た複 雑な 聖界 の勢 力関 係と もか らみ あっ て︑ 他都 市に うけ いれ られ
︑訴 訟関 係の 結合 を中 心に
︑都 市法 を 基準 とし た︵ 母都 市︶
︵姉 妹都 市︶ の﹃ 法族
﹄⁝
⁝の いく つか が成 立す る﹂ と︒ そし て︑
﹁こ の傾 向は ドイ ツに 強く
︑ア ーヘ ン︑ フラ ンク フル ト︑ ウイ ーン
︑リ ュー ベッ ク︑ マグ デブ ルグ など の都 市法 が⁝
⁝多 数の
﹃娘 都市
﹄ をそ の傘 下に おさ めた
﹂こ とに よっ て︑ 中世 末期 のゲ ルマ ン的 法形 成の 違観
﹂を 証し てい ると いう
︒
・ヨ ーロ ッパ 中世 法に つい ては
︑専 門書 に︑ 世良 晃志 郎﹃ 西洋 中世 法の 理念 と現 実﹄
︵一 九九 一年
︶が ある
︒論 文集 であ り︑
﹁西 洋中 世法 の性 格﹂
﹁中 世法 の理 念と 現実
﹂﹁ 西洋 中世 にお ける 法と 倫理
﹂な どの 諸論 があ る︒ 時宜 に応 じて 引用 する こと にす る︒ その 面目 を知 るた めに は︑ その 軍事 的機 能に 注目 する 必要 があ ると して
︑北 欧都 市の 自衛 精神 に貫 かれ た軍 事的 特色 を解 説す る︒ 即ち
︑市 民は
﹁防 備施 設の 管理 権を 獲得 し︑ 市門
・望 楼・ 城壁
・橋 梁等 の修 理と 維持
︑し たが っ てま た都 市平 和保 全の 義務 と権 利を 掌握 し﹂
︑そ れは
︑﹁ 十三 世紀 の中 頃ま でに は︑ いず れの 都市 も概 ね市 民自 体の 負担 にも とず く自 衛隊 とな るこ とが 出来 た﹂︵
一八 二頁 と︶
︒そ の証 拠に
︑市 長に ひき いら れて 戦場 に活 躍す る市 民軍 に関 する 記述 が︑ 十三
︑四 世紀 の史 料に 激増 する 傾向 をし めす
﹂と
︑軍 隊は 市民 によ る自 衛・ 自警 の組 織と し て存 在し たと いう ので ある
︒従 って
︑こ こで はゲ マイ ンデ 構成 員と して の市 民に よる 地縁 的・ 人的 結合 の健 全性 が みて とれ ると いう もの
⁝⁝
︒﹁ 自ヽ 衛ヽ と自ヽ 助ヽ の精 神︑ 公的 世界 に奉 仕す る精 神﹂ に基 づく 誓約 団的 性格 がよ みと られ ると
︑そ の北 欧都 市の 市民 意識 を称 讃す る︒
⑤市 民意 識の 最後 は︑ その
﹁精 神的 基礎
﹂で ある
︒