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⑶ 御 存

ドキュメント内 法 文 化 論 序 説 ︵ 七 ︶ (ページ 77-84)

るも のを 一般 の人 々に 分け 与え ると いう 考え 方か ら修 道院 殷盛 の中 世が 続く こと にな る︵ 一一 二頁

︶と いう

︒ ここ で﹁ 一〇 五〇 年頃 まで のイ エス 像と

︑そ れ以 降の イエ ス像 が違 う﹂ とい う珍 しい 話が でて くる

︒即 ち︑ 前者 では

﹁目 をカ ッと 見開 いて 生き 生き とし て﹂ いる のに 対し

︑﹁ 十世 紀中 頃か ら死 者と して のイ エス 像が 描か れ始 め て︑ 苦痛 の表 現も 見ら れる よう に﹂ なる と︵ 一一 三頁

︶︒ そし て︑ 死者 のキ リス トに 対し て生 者と して の自 画像 を 描く こと が始 まり

︑自 己の 形成 が重 要視 され てく るに 従っ て︑ 自己 表現 のた めの ラテ ン語 使用 が一 二︑ 三世 紀に 行 われ る︒ 次い で話 は︑ 独立 人格 の理 念と して 表れ る一 二世 紀に 成立 した 男女 の恋 愛関 係に つい てで ある が︑ 読者 には 予測 可能 なこ とと 思わ れる ので 全文 省略

︒次 講は

︑法 文化 論に とっ て重 要な

﹁市 民意 識の 成立

﹂︵ 第四 講︶ の論 述で あ り︑ それ によ って ヨー ロッ パを 内在 的に 理解 した いと いう

その 新し い運 動の 担い 手は 遠隔 地商 人の 仲間 であ り︑ 一〇 世紀 中頃 から 一一 世紀 中葉 にか けて キリ スト 教化 が普 及し 異民 族の 掠奪 侵入 をく いと め︑ キリ スト 教団 の積 極的 活動 を招 き入 れた ので ある

︒即 ち︑ 北海

・バ ルト 海の 沿 岸に 沿っ て︑ 商人 ギル ドの 祖型 たる 団体 活動 の行 われ たこ とを 示す 史料 が︑ その 名を 現し 始め てい ると いう 証拠 が ある

︒こ うし て︑ 地縁 的団 体が 下フ ラン ケン 地区 と南 イン グラ ンド 一帯 に司 教座 か城 砦を つく り︑ 新し い﹁ 商業 地 区= 商業 交易 の中 心的 聚落

︵ポ ルト ゥス

︶﹂ が簇 出し た︵ 好例 はケ ルン 市︶

︒国 際的

﹁商 人社 会﹂ の成 立で ある

︵一 六 一頁

︶︒ 彼ら は庶 民階 級の みに よる 団体 的結 束を たか め︑ 特 を獲 得し て都 市領 主︵ 大司 教・ 司教 など

︶に 対抗 し︑ 国 王ま たは 皇帝 と直 結し て﹁ 自由

﹂を 獲得 し︑ 領主 の恣 意的 支配 を抑 制す るこ とに 成功 した

︵こ の辺 の話 はア ンリ

・ プレ ンヌ の中 世都 市論 が詳 細に 説明 して いる ので 後述

︶︒ 市民 が結 成し た当 該団 体は コン ユー ラー チオ とよ ばれ

︑一 五歳 以上 の市 民個 人が 誓約 に基 づい て﹁ 法の 前の 平 等﹂ を旨 とし た﹁ 平和 と友 愛﹂ を念 ずる 等族 的結 合で あっ た︒ そし て︑ その 流れ は︑ サン

・ク ワン タ︵ 一〇 八一 年︶

︑ボ ーヴ ェ︵ 一〇 九九 年︶

︑サ ン・ トメ ール

︵一 一〇

〇年 な︶ どの 諸都 市に はじ まり

︑ケ ルン の

自由 のた め誓 約

一一 一二 年︶ を経 て︑ ブリ ュー ジュ

︵一 一二 七年

︑︶ トリ ール

︵一 一四 二年

︑︶ トゥ ール ネー

︵一 一四 七年 に︶ 波 及し

︑一 一世 紀末 から 一二 世紀 中葉 にか けて ひろ がっ た︒ こう した 新し い精 神の 昂揚 は当 然に 新し い秩 序を 生む こ とに なる

︒つ まり は︑ これ らの 北部 都市 では 聖職 者︑ 封建 貴族

︑騎 士な どを 異質 なも のと して 排除 して

︑個 人の 平 等と いう 特色 を見 出す こと にな るの であ る︵ 一六 三頁

︒︶ ただ し︑ 商人 仲間 とい う働 くも のの 団結 であ った から

︑﹁ 都市 自治 体﹂ の完 成を 意味 した もの では なく

︑い うな れば

市民 の法

の 具現 化ま でに は︑ なお 数十 年余 りの 苦難 の途 が続 いた

︒た だし

︑す ぐれ た諸 侯の 場合

︑一 二 世紀 中葉 には

︑﹁ 領内 全体 の経 済的 繁栄 をね らう 新都 市建 設の 風潮 を生 みだ すに 至っ た﹂ いう とこ ろの 建設 都市 の

続出 であ る︑ 一六 四頁

︶︒

②こ うし て︑ 建設 都市 は新 しい 政治 意識 を背 景と して 成立 した ので ある から

︑進 歩的 な自 治法 制が

︑特 許状 もし くは 都市 法の 形で つく られ るこ とに なり

︑司 教都 市に も影 響を 与え て︑ 一三 世紀 中葉 を頂 点に

︑北 欧諸 都市 は前 身 の如 何に かか わり なく

︑﹁ 自治 体﹂ とし ての 法域 を完 成す るこ とに なる

︒い わば

︑中 世都 市文 化黄 金時 代の 到来 で ある

︵一 六五 頁︶

︒た だし

︑商 工業 者を 中心 とす る誓 約団 的性 格の もの であ るか ら︑ 商人 ギル ドの 優越 のも とで の

﹁法 の前 の平 等﹂ であ った 点に 留意 した い︒

③次 いで

︑﹁ 中世 都市 の社 会経 済史 的特 色﹂ に︒ 一言 でい えば

﹁市 民的 生活 全体 の統 一﹂ とし て把 握で きる と︒ それ は︑ 市民 の経 済生 活は

︑職 業分 化を 前提 とし た市 場中 心の 合理 的・ 機会 均等 的な 社会 とい う意 識が 醸成 され る 可能 性を もっ てい たと いう ので ある

︒ 従っ て︑ 新し い経 済組 織の 担い 手と して

都 市

とか

市 民

とか が登 場す るこ とに なる

︒そ して

︑市 民は

狭 く住 み︑ 広く 考え る

生活 感情 を育 みな がら

︑﹁ 一方 にお いて ギル ドや ツン フト の伝 統と 慣習 を墨 守﹂ しな がら

﹁他 方︑ 市壁 を越 え︑ 領邦 を越 え︑ 国境 をも はる かに 越え て︑ 活発 な国 際交 易の 波上 にの りだ し︑ 出来 る限 り広 範 な流 通場 裡に

︑み ずか ら属 する 都市 の自 主性 を確 立し よう と競 い合 う﹂

︑﹁ 封建 的な 団体 的結 合と 開放 的な 企業 家的 精神

﹂を 矛盾 する とこ ろな く両 立さ せよ うと して いる から

︑都 市の 牧歌 的情 景を 想定 する なら

︑そ れは 誤り であ る と︵ 一七

〇頁

︒︶ しか も︑ 都市 内部 は同 質性 が促 進さ れ︑

﹁禁 制圏

周辺 農村 の商 行為 を禁 止し 職人 の居 住を 許さ ず工 業の 発生 を未 然に 抑止 する 特権 を︶ 設定 した

︒ま た市 内に おい ては

︑親 方・ 職人

・徒 弟の 階序 制が 貫か れ︑ 仲間 相互 の連 帯責 任の 精神 を生 みだ して いる

︵一 三世 紀に おけ るス コラ 哲学 の社 会秩 序観

職分 の思 想

に支 えら れる

︒︶ それ が︑ 一四 世紀 以降 にな ると

︑各 地に さか んな

﹁ツ ンフ ト闘 争﹂ 富商 的都 市貴 族の 市政 独占 に対 する ツン フト の 平等 的参 与を 公認 させ よう とい う下 層手 工業 者の 反抗 が︶ おこ り︑ その ため

︑一 方で 都市 僭主 制を 生み だし たが

︑他

方︑ 中世 北欧 都市 では 市民 的結 合が 健全 で︑ 自給 自足 的志 向が 内部 組織 の秩 序を 基調 化し てい た︒ ドイ ツ・ ハン ザ 都市

︑ブ ルー ジュ を想 起す れば

︑そ の積 極的 側面 がみ えて こよ うと いう もの

︒と くに

︑中 世末 期の

﹁都 市同 盟﹂ を 考え れば

︑そ の王 国・ 帝国 の統 一要 求に 応え た有 力な 証左 が理 解し うる とい う︵ 一七 二頁

︶︒ ファ ータ ーシ ュタ ッ トは ファ ータ ーラ ンド であ った

︒ 都市 の繁 栄は 都市 公共 建築 の壮 麗化 を招 き︑ 公共 に奉 仕す る精 神は 経済 活動 を通 じて 市民 の具 体的 生活 の間 にめ ばえ

︑公 共財 政の 運営

︑防 備の 共同 責任 に同 質社 会と して の自 覚を もた らし た︒ それ が︑ イタ リア の都 市国 家と は 異な る北 欧都 市の 内部 にも たら され た市 民意 識︑ 即ち

︑協 同体 的わ れわ れ意 識で ある

︵一 七四 頁︶

④﹁ 中世 都市 の法 制的

・軍 事的 特色

﹂に 入る

︒ 中世 の﹁ 都市 法﹂ とい えば

﹁都 市の 空気 は人 を自 由に する

﹂と いう 法諺 が広 く知 られ てい る︒ 一

年同 一都 市に 居住 すれ ば︑ 前身 の如 何に かか わり なく 自由 民と なり

︑﹁ 法の 前の 平等

﹂が 保障 され ると いう ので ある

︒ もっ とも

︑古 い司 教都 市で は都 市領 主の 伝統 が強 く︑ 自治 体運 営組 織た る﹁ 市参 事会

﹂の 制度 を獲 得し たと はい えず

︑多 数の 家臣

・聖 職者 を通 じて 市民 生活 のあ らゆ る部 門を 監督 し干 渉し

︑市 参事 会に おい て不 純な 要素 を抱 え てい たは ずで ある

︒し かし

︑そ れで も一 三世 紀前 半期 まで には

︑そ の不 純な 要素 は市 民の 闘争 によ って 除去 され て いた とい える

︒ われ われ が目 にす るラ ート ハウ スの 壮大 さは

︑こ の市 参事 会に みる 市民 的栄 誉の 象徴 であ る︵ 一七 八頁

︒︶ とは いう もの の︑ 他方 でそ れは 都市 貴族 によ る支 配の 危険 性を も秘 めて おり

︑デ モク ラシ ーと みな すに は程 遠い とい え るだ ろう

︒そ の証 拠に

︑ケ ルン

︑リ ュー ベッ ク︑ フラ イブ ルグ

︑ブ リュ ツセ ル︑ ブル ージ ュ︑ イー ペル

︑ト ゥー ル ネー など の中 央広 場に みる 富商 仲間 によ る中 世建 築の 壮麗 さに

︑現 在の 観光 客の 眼も 奪わ れる 現実 があ ると いう こ とに 気付 くは ずだ

とこ ろで

﹁都 市法

﹂と は何 か︒ 著者 によ れば

﹁個 別的 に獲 得さ れ付 与せ られ た諸 特権

⁝⁝ の集 積を 基体 とな し︑ 一般 法や 商慣 習お よび 諸判 例の 要素 を加 味し て出 来上 った もの であ り︑

⁝⁝

︵臣 従的 団体

︶と して の﹃ 市民

﹄の 遵 守す べき 法規 範で ある と同 時に 権利 であ る﹂

︵一 八〇 頁︶

︒従 って

︑﹁ 有力 都市 の法 は︑ 政治 的・ 経済 的な 動機 を背 景に

︑ま た複 雑な 聖界 の勢 力関 係と もか らみ あっ て︑ 他都 市に うけ いれ られ

︑訴 訟関 係の 結合 を中 心に

︑都 市法 を 基準 とし た︵ 母都 市︶

︵姉 妹都 市︶ の﹃ 法族

﹄⁝

⁝の いく つか が成 立す る﹂ と︒ そし て︑

﹁こ の傾 向は ドイ ツに 強く

︑ア ーヘ ン︑ フラ ンク フル ト︑ ウイ ーン

︑リ ュー ベッ ク︑ マグ デブ ルグ など の都 市法 が⁝

⁝多 数の

﹃娘 都市

﹄ をそ の傘 下に おさ めた

﹂こ とに よっ て︑ 中世 末期 のゲ ルマ ン的 法形 成の 違観

﹂を 証し てい ると いう

・ヨ ーロ ッパ 中世 法に つい ては

︑専 門書 に︑ 世良 晃志 郎﹃ 西洋 中世 法の 理念 と現 実﹄

︵一 九九 一年

︶が ある

︒論 文集 であ り︑

﹁西 洋中 世法 の性 格﹂

﹁中 世法 の理 念と 現実

﹂﹁ 西洋 中世 にお ける 法と 倫理

﹂な どの 諸論 があ る︒ 時宜 に応 じて 引用 する こと にす る︒ その 面目 を知 るた めに は︑ その 軍事 的機 能に 注目 する 必要 があ ると して

︑北 欧都 市の 自衛 精神 に貫 かれ た軍 事的 特色 を解 説す る︒ 即ち

︑市 民は

﹁防 備施 設の 管理 権を 獲得 し︑ 市門

・望 楼・ 城壁

・橋 梁等 の修 理と 維持

︑し たが っ てま た都 市平 和保 全の 義務 と権 利を 掌握 し﹂

︑そ れは

︑﹁ 十三 世紀 の中 頃ま でに は︑ いず れの 都市 も概 ね市 民自 体の 負担 にも とず く自 衛隊 とな るこ とが 出来 た﹂

一八 二頁 と︶

︒そ の証 拠に

︑市 長に ひき いら れて 戦場 に活 躍す る市 民軍 に関 する 記述 が︑ 十三

︑四 世紀 の史 料に 激増 する 傾向 をし めす

﹂と

︑軍 隊は 市民 によ る自 衛・ 自警 の組 織と し て存 在し たと いう ので ある

︒従 って

︑こ こで はゲ マイ ンデ 構成 員と して の市 民に よる 地縁 的・ 人的 結合 の健 全性 が みて とれ ると いう もの

⁝⁝

︒﹁ 自 と自 の精 神︑ 公的 世界 に奉 仕す る精 神﹂ に基 づく 誓約 団的 性格 がよ みと られ ると

︑そ の北 欧都 市の 市民 意識 を称 讃す る︒

⑤市 民意 識の 最後 は︑ その

﹁精 神的 基礎

﹂で ある

ドキュメント内 法 文 化 論 序 説 ︵ 七 ︶ (ページ 77-84)

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