文化 論と して みた とき
︑日 本人 らし い著 作と いえ ば阿 部謹 也﹃ ヨー ロッ パを 見る 視角
﹄︵ 一九 九六 年︶ で ある
︒文 字通 り﹁ 日本 との 比較
﹂で あり
︑英
・仏
・独 の中ヽ 世ヽ 中ヽ 心ヽ と著 者も いい
︑
渡り に舟 で ある︒五 講に 渉る 岩波 セミ ナー の一 冊︒
①第 一講 は︑ 著者 の得 意技 であ る﹁ 世間
﹂観 念を 基底 にし て︑ ヨー ロッ パと 日本 の社 会観 の違 いを 論ず る︒ 日本 の場 合︑ 仏教 用語 であ った
﹁世 間﹂ は︑ 世の 中の 意味 で﹁ 人間 と人 間の 関係 の世 界﹂ を表 現す る言 葉で ある が︑ 英 語の
﹁ソ サィ エテ ィー
﹂の 訳語 たる
﹁社 会﹂ の同 意語 とし て現 在も 使わ れて おり
︑そ こに
︑社 会と 個人 の関 係の 日 欧差 があ ると
︒
・日 本で は︑
社 会 に向 きあ う 個人 は ない︒と りわ け︑ 戦後 に強 調さ れる 個人 とは 単な る
個々 人 の意 味に すぎ ない︒ 明治 一七 年に
﹁イ ンデ ィヴ ィデ ュア ル﹂ の訳 語と して
﹁個 人﹂ とい う言 葉が 生ま れる まで
︑個 人と いう 意識 は若 干の 著書
︵例
・﹃ 徒然 草﹄ を︶ 除い て日 本に はな かっ た︒ 対し て︑ ヨー ロッ パに は十 一世 紀に 個人 が生 まれ
︑個 人と
社会 の関 係が 議論 の的 とな って いる とい う違 いが ある
︵第 二講 が﹁ 個人 の成 立﹂ であ る︶
︒た だ︑ 明治 以後 に個 性に 目覚 めた 日本 人に とっ ての 世間 意識 は︑ 個人 が周 囲の 集団 に適 応し てい くた めの 知恵 とし て働 いて いる と︵ 三四 頁︶
︒例 えば
︑政 党の 派閥
︑贈 与互 酬の 関係 など であ る︵ 個人 相互 の根 回し
︑企 業相 互の 談合 も心 は同 じ・ 筆者
︶︒ ヨー ロッ パで も贈 与慣 行は あっ たが
︑十 一︑ 二世 紀に 教会 への 寄進 が進 むこ とで 消え
︑個 人財 産は 公的 な普 遍的 財物 とし て捉 えら れる こと にな る︵ 五四 頁︶ と︑ 第一 講を 終え る︵ 日本 での 個人 財産 は
自分 の財 産 の意 味し かな い︶② ︒ 第二 講は
﹁個 人の 成立
﹂︒ 想像 通り と思 う読 者も 多い と思 うが
︑日 本人 は人ヽ 間ヽ 関ヽ 係ヽ につ いて 考え る傾 向が 強い
︵つ まり 世間 中心 の考 え方
︶の に対 し︑ ヨー ロッ パで は個 人中 心の 考え 方に 徹す ると いう 話︑ 具体 例が くど いほ ど説 かれ てい るの は﹁ セミ ナー
﹂の せい かも 知れ ない が⁝
⁝︒ いい たい こと は︑ 個人 意識 の違 いの 大き さの 違い
︑日 本人 には
﹁個 人と 社会
﹂の 関係 につ いて の論 議が ほと んど ない
︵﹁ 集団 に埋 没す る個 人﹂
︶と いう 話で ある
︵七 六頁 以下
︶︒ 他方
︑ヨ ーロ ッパ では キリ スト 教の 普及 によ って 世間 が解 体し たと いう
︒マ タイ 伝第 一〇 章に は﹁ わた しよ り︑ 父や 母を 愛す る者
︑ま た息 子や 娘を 愛す るも のは
︑わ たし にふ さわ しく ない
︒十 字架 をと って わた しに 従っ てき な さい
﹂と いう
︒ル カ伝 第一 四章 にも
﹁父
・母
・子
・兄 弟・ 姉妹 を憎 む人 間で なけ れば 自分 の弟 子に はな れな い﹂ と いう
︒こ れら の文 章は 世間 と相 容れ ない こと は明 白︒ つま り︑ キリ スト 教は 個人 の宗 教で ある と︵ 八一 頁︶
︒ 先祖 供養 は当 然で ある と考 える 日本 人に はと うて い受 けい れな い宗 教で あり
︑キ リス ト教 が日 本に 拡が らな かっ た理 由で ある
︑と 著者 はい う︒
③ヨ ーロ ッパ にお ける キリ スト 教の 普及 は一 三世 紀で
︑村 にも 教会 がで きて くる
⁝⁝
︒こ こで
﹁カ ロリ ング
・ル ネッ サン ス﹂ の話 に入 る︵ その 詳細 は後 述の 書で
︒︶
著者 は︑ カー ル大 帝に よる ルネ ッサ ンス とは
﹁キ リス ト教 の教 義の 権威 のも とで 社会 をつ くり あげ よう とす るも の﹂ だっ たと
︑ウ オル ター
・ウ ルマ ン説 によ りな がら 説明 する
︒即 ち︑ 社会 形成 のか たち を変 えよ うと
︑ヨ ーロ ッ パの 性格 を決 定的 に規 定し たも のだ から
︑ル ネッ サン スと いう にふ さわ しい
︒そ れが
︑た かだ かパ リ周 辺と アー ヘ ン周 辺に すぎ ない とし ても であ ると
︵八 六頁
︶︒ いわ ば︑ 現世 の問 題と 彼岸 の問 題を 結び つけ る靭 帯と して 国家 が 存在 する と考 えた とこ ろに
︑文 芸復 興と 観念 しう る素 地が ある と評 価す る︒ いう なれ ば︑ この 考え 方に 従え ば︑ 教 会と 俗界 が結 びつ き︑ 世間 の観 念は 解体 せざ るを えず
︑国 家と 大衆 の距 離は 埋ま り︑ 罪の 意識 をも つ個 人が 国家 を つく ると 考え る結 果︑ 生ま れる のが
﹁個 人の 覚醒
﹂で ある と︵ 九〇 頁︶
︒ 換言 すれ ば︑
﹁ヨ ーロ ッパ 国家 は︑ 中世 から 近代 にい たる まで
︑キ リス ト教 の救 済史
︑天 地創 造か ら最 後の 審判 にい たる まで の歴 史に 基づ く罪 の問 題で 貫か れて
﹂お り︑
﹁支 配は 救済 のた めの 手段 でも あり
︑一 人一 人の 人間 が︑ あの 世で 天国 にい ける ため に国 家と いう もの は手 助け をす るの だ︑ とい う解 釈﹂ にな る︵ 九一 頁︶
︒そ して
︑罪 の 告白
︵一 二一 五年 ラテ ラノ 会議 で告 白は 成人 男女 の義 務と され た︶ は﹁ 権力 によ る個 人の 形成 とい う社 会的 手段 の核 心 に登 場し てき たの であ る﹂︵ ル・ ロワ
・ラ デュ リ﹃ モン タイ ユー
﹄か らの 引用 と︶
︑個ヽ 人ヽ のヽ 覚ヽ 醒ヽ を跡 付け る︒ 著者 は
﹁自 分の 内面 を詳 しく 調べ て語 るこ とに よっ て自 己と いう もの を形 成し た﹂︵ 九七 頁︶ から と︑ それ を個 人意 識の 原 点と して 説述 する ので ある
︒
④こ こで 当然 に日 欧の 個人 意識 の差 につ いて 筆を 進め るこ とに なる
︒世ヽ 間ヽ 研ヽ 究ヽ の大 家の 場合 いう まで もな いが
︑ 日本 では
﹁世 間の 基準 に則 って
︑自 分の 行為 がま わり から どう 見ら れて いる かを 知る
﹂と いう 態度 であ るの に対 し︑ 西欧 の場 合は 告白 によ って 個人 意識 がネ ガの よう に浮 かび あが ると 巧妙 に表 現し
︵九 八頁
︑︶ 近代 ヨー ロッ パ の合 理主 義は
︑カ ロリ ング
・ル ネッ サン スに 始ま り︑ 一二
︑三 世紀 にで きた とも 付説 して いる
︒ そし て︑ 四︑ 五世 紀に 聖人 が生 まれ ると
︑聖 なる もの を守 るた めの 場所 とし て︑ 中世 には 修道 院が 成立 し︑ 聖な
るも のを 一般 の人 々に 分け 与え ると いう 考え 方か ら修 道院 殷盛 の中 世が 続く こと にな る︵ 一一 二頁
︶と いう
︒ ここ で﹁ 一〇 五〇 年頃 まで のイ エス 像と
︑そ れ以 降の イエ ス像 が違 う﹂ とい う珍 しい 話が でて くる
︒即 ち︑ 前者 では
﹁目 をカ ッと 見開 いて 生き 生き とし て﹂ いる のに 対し
︑﹁ 十世 紀中 頃か ら死 者と して のイ エス 像が 描か れ始 め て︑ 苦痛 の表 現も 見ら れる よう に﹂ なる と︵ 一一 三頁
︶︒ そし て︑ 死者 のキ リス トに 対し て生 者と して の自 画像 を 描く こと が始 まり
︑自 己の 形成 が重 要視 され てく るに 従っ て︑ 自己 表現 のた めの ラテ ン語 使用 が一 二︑ 三世 紀に 行 われ る︒ 次い で話 は︑ 独立 人格 の理 念と して 表れ る一 二世 紀に 成立 した 男女 の恋 愛関 係に つい てで ある が︑ 読者 には 予測 可能 なこ とと 思わ れる ので 全文 省略
︒次 講は
︑法 文化 論に とっ て重 要な
﹁市 民意 識の 成立
﹂︵ 第四 講︶ の論 述で あ り︑ それ によ って ヨー ロッ パを 内在 的に 理解 した いと いう
︒