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化学と生物 Vol. 52, No. 7, 2014
植物の硝酸シグナル応答機構
NIN 様タンパク質が硝酸シグナル応答を司る
植物は必要な栄養元素の多くを土壌中から吸収して生 長しており,窒素はこのような栄養元素の中で最も必要 量が多い元素である.植物は一般に硝酸態とアンモニア 態として窒素を獲得するが,陸上に生育する大多数の植 物種は硝酸態窒素を主たる窒素源としている.植物に取 り込まれた硝酸態窒素は同化されてアミノ酸,核酸,ク ロロフィルなどの窒素原子を含む生体物質の生合成に用 いられる.一方で,1990年前後に植物に硝酸態窒素を与 えると硝酸輸送体の遺伝子や硝酸同化を担う酵素の遺伝 子の発現が大きく誘導されることがわかり,また,遺伝 子発現の包括的解析が可能となった2000年代には硝酸 同化に直接関連する遺伝子のみならずペントースリン酸 経路で働く酵素の遺伝子,転写因子やタンパク質リン酸 化酵素の遺伝子など多様な遺伝子の発現レベルが硝酸態 窒素の投与に応答して調節されることが明らかとなって,
重要な栄養素である硝酸態窒素に対する応答機構の存在 が考えられるようになってきた.硝酸還元能力をもたな いタバコやシロイヌナズナの変異株でも硝酸態窒素の投 与に応答した遺伝子発現の変化が起こることが示され,
また,硝酸態窒素の投与によって最初に引き起こされる 遺伝子発現の変化は新たなタンパク質の合成を必要とし ない分子機構によって制御されていることも示唆され
た(1, 2).これらのことによって,植物に取り込まれた硝
酸態窒素(硝酸イオン),それ自体が情報伝達物質とし て働き,シグナル応答を引き起こして遺伝子発現を変化 させて,窒素吸収・同化能力の調節,根の発達の制御,
植物個体の地上部と地下部の割合の制御などを介して窒 素栄養の獲得と活用の最適化を行っていることが考えら れるようになってきた.このような応答機構の実体は不 明のままであったが,最近,モデル植物であるシロイヌ ナズナから硝酸シグナル応答型の転写因子が同定され,
植物の硝酸シグナル応答機構の実体が見えてきた.
代表的な硝酸シグナル誘導性遺伝子である硝酸還元酵 素遺伝子や亜硝酸還元酵素遺伝子のプロモーターの解析 は1990年代からなされてきたが,硝酸シグナル応答の ためのシス配列(NRE : nitrate-responsive -element)
の同定には至っていなかった.われわれはシロイヌナズ ナの亜硝酸還元酵素遺伝子( )のプロモーターの
解析を行い,このプロモーター中に存在する5′-TGACCC TT-(N10)-AAGAG-3′という10塩基対の配列を挟んだ回 文様配列が硝酸シグナル応答型の転写制御に必要かつ十 分なDNA配列,すなわちNREであることを見いだし た(2).これとよく似た配列はほかの植物種の亜硝酸還元 酵素遺伝子プロモーター中にも存在していること,また,
その後に同定したシロイヌナズナの硝酸還元酵素遺伝子
( )のNREは転写終結部位から約1.5キロ塩基対ほ ど下流にある5′-TGACCCTT-3′という配列であったこと から,5′-TGACCCTT-3′を基本認識配列とする転写因子 が硝酸シグナル応答機構を担うと考えられた(2).最近,
こ れ ら のNREに 結 合 す る 転 写 因 子 と し てNODULE INCEPTION(NIN)様タンパク質(NIN-like protein ; NLP)が同定された(3).NLPは,動物には存在しない DNA結合ドメインであるRWP-RKドメインとタンパク 質相互作用にかかわる可能性を秘めた機能未知のPB1ド メインをC末端側領域に,約500個のアミノ酸残基で構 成される保存領域をN末端側領域にもつ分子量90,000 〜 100,000程度のタンパク質であり,植物界に広く存在して いる.シロイヌナズナの場合には9つのNLP(NLP1-9)
が存在しており,それらの生理的機能はかなり重複して いると予測され,実際,調べたシロイヌナズナのNLPは すべてNREに結合して,転写促進因子として機能する ことがわかっている.また,NLPは代表的な初期硝酸 シグナル応答遺伝子のNREに結合することと一致して,
NLP活性は翻訳後制御によって調節されており,この 翻訳後制御が硝酸シグナル伝達の実体であることが判明 している(3).代表的なNLPの一つであるNLP6を用いた 実験で,NLP6のRWP-RKドメインのDNA結合活性は 硝酸シグナルの伝達に影響されないが,保存領域を含む N末端側領域を硝酸シグナル応答とは無関係な転写因子 に付加すると,この転写因子は硝酸シグナルに応答して 転写促進活性を示すようになることが明らかとなった.
すなわち,N末端側領域が硝酸シグナル受信ドメインと して機能してNLP6の転写因子としての活性を制御して いることが判明した(3).その後,フランスのグループに よってシロイヌナズナのNLP7と緑色蛍光タンパク質
(GFP)の融合タンパク質の細胞内局在の解析結果が公
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表され,NLP7は硝酸態窒素を与えない場合には細胞質 に存在するが,硝酸態窒素を与えると核に蓄積するよう になることが示されており(4),これらの知見に基づいて 現在のところ図1に示すようなNLPを介した硝酸シグナ ル応答の分子機構のモデルが考えられている.NLPが 硝酸シグナル応答のマスター制御因子であるとする根拠 としては,NLP6に転写抑制ドメインを融合させて転写 抑制因子へと変換したものをシロイヌナズナで過剰発現 させると硝酸態窒素の投与によって誘導される遺伝子発 現のほとんどが起こらなくなること(2),また,クロマチ ン免疫沈降実験においてNLP7は多くの硝酸シグナル誘 導性遺伝子の近傍に結合していると判断されること(4)が 示されている.また,NLPの直接の標的遺伝子には硝酸 同化関連遺伝子のみならず,LBD転写因子(LBD37-39)
やイネ転写因子NIGT1のホモログの遺伝子も含まれて いると見られることから,NLPは硝酸シグナル応答の マスター制御因子として転写カスケードを介して多様な 制御を生み出していると考えられている(2〜4).LBD転写 因子はLATERAL ORGAN BOUNDARIES (LOB) ドメ インを含む転写因子であり,シロイヌナズナでは42個の
遺伝子の存在が知られているが,この中の , , は硝酸シグナル誘導性遺伝子であって,
これら遺伝子の過剰発現は窒素飢餓応答の抑制などを引 き起こすことが示されている.一方,イネのNIGT1は MYB転写因子群のサブファミリーとみなされている GARPファミリーに属する転写抑制因子であり,イネ 遺伝子と4つ存在するシロイヌナズナのホモロ グ遺伝子の発現は硝酸シグナルの伝達によって強く誘導 されることがわかっている.興味深いことに,硝酸輸送 体の一つであるNRT1.1が外界の硝酸態窒素の存在量を 感知するセンサーである可能性が指摘されているが,
変異株中でもNREは硝酸シグナル応答型の遺伝 子発現を引き起こせること,また,外界から硝酸イオン の取り込みを行っていない裸の植物細胞(プロトプラス ト)の中でもNLPは活性を示すことから,NLPはNRT1.1 の働きとは無関係に細胞内の硝酸イオン濃度に応じた制 御を行っていると考えられる(2, 3).
硝酸シグナル応答を担う転写因子としてNLPが同定 されたことによって,もう一つの重要な知見がもたらさ れた.これまで硝酸態窒素の投与によって多様な遺伝子
N N
図1■シロイヌナズナにおける硝酸シグナル応答機構のモデル図
NLP転写因子はC末端側領域のRWP-RK DNA結合ドメインとPB1ドメインに加え,N末端側領域(N)に硝酸シグナル受信ドメインと転 写活性化ドメインをもつ.細胞内の硝酸イオンの濃度が低い場合にはNLPは細胞質に存在するが,細胞内の硝酸イオンの濃度が高くなると 細胞核に蓄積するようになる.細胞核に蓄積したNLPは硝酸シグナル応答を担うDNA配列(NRE)に結合して硝酸還元酵素遺伝子( ) や亜硝酸還元酵素遺伝子( )の転写を活性化する一方で, 転写因子遺伝子などの発現も誘導して転写カスケードによって二次応 答を引き起こす.現在のところ,NLPが細胞質と細胞核のいずれで硝酸シグナルを受信しているかは明らかではないが,このモデル図では 細胞質で受信するものとして示した.硝酸センサーの一つとして提唱されている硝酸輸送体NRT1.1を介した制御とNLPを介して引き起こ される制御は無関係である.
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の発現が誘導されることから,硝酸シグナルは硝酸同化 の制御のみならず,ほかの植物生長にかかわる制御機構 とも結びついていると推測されてきたが,このことの確 かな証拠を得ることは難しかった.しかしながら,NLP 活性を抑制した植物を解析することで硝酸態窒素が情報 伝達物質としても植物の生長制御に密接にかかわってい ることが明確となった.硝酸還元酵素変異体の場合,硝 酸態窒素は窒素源とはなりえないにもかかわらず,硝酸 態窒素とアンモニア態窒素の両方を与えたほうがアンモ ニア態窒素だけを与えた場合に比べてはるかに生育が良 い.これに対して,NLP活性を抑制した植物体はアン モニア態窒素と硝酸態窒素が共に存在する場合でもアン モニア態窒素だけが窒素源である場合と同程度の生育し か示さなかった(3).このことは硝酸シグナルがNLPを 介して硝酸同化以外のプロセスも制御しており,この制 御が植物の生長を促進する重要な要素となっていること を示唆している(3).植物の硝酸シグナル応答機構の分子 レベルでの解析はシロイヌナズナを用いて始まったばか りであり,NLPが硝酸シグナルを受信する分子メカニ ズムはどのようなものなのかなど疑問が多い.NLPを介 した制御機構は高等植物に共通の分子メカニズムと考え られることから,今後,NLPの発見を契機として,植物 の硝酸シグナル応答機構の解明が大きく進むことが期待 される.
一方で,硝酸シグナル応答の鍵転写因子としてNLPが 同定されたことにより,共生的窒素固定の成立に関する 一つの推論を行うことが可能となった.若干の例外を除 いて,マメ科植物のみが窒素固定細菌の共生による根粒 を形成し,このことによって大気中の窒素ガスを窒素源 として利用できるようになっている.この根粒形成に必 須な因子として遺伝学的にマメ科モデル植物ミヤコグサ から同定された因子がNINである.NINはNLPと非常 に類似した構造をもつタンパク質であるが,明らかに生 理的役割は異なっている.そこで,NINの転写因子とし ての性質を調べたところ,NINはNLPと同様にNREに 結合する転写活性化因子であったが,その転写促進活性 は硝酸シグナルの伝達に依存しなかった(5).すなわち,
NLPの硝酸シグナル受信ドメインと高い相同性を示す 領域をNINはもつものの,その一部に大きな変異があり,
このことによってNINは硝酸シグナル非応答性になっ ていると思われる.根粒形成は窒素飢餓状態で起こり,
土壌中に硝酸態やアンモニア態の窒素があって,植物が
それらを利用できる場合には根粒形成は抑制されること から,マメ科植物の祖先種において硝酸シグナルの伝達 とは無関係に転写を促進できるようになった変異型NLP が生じ,これが根粒形成の制御にかかわるようになった と思われる(5).なぜ,硝酸シグナル応答のための転写因 子が根粒形成を制御する転写因子に流用されたのか,ま た,NINとNLPが制御している遺伝子は全く異なって いるのか,あるいは,部分的に重複しているのか興味が もたれるところである.
1) G. Krouk, N. M. Crawford, G. M. Coruzzi & Y.-F. Tsay : , 13, 265(2010).
2) M. Konishi & S. Yanagisawa : , in press.
3) M. Konishi & S. Yanagisawa : , 4, 1617
(2013).
4) C. Marchive, F. Roudier, L. Castaings, V. Bréhaut, E.
Blondet, V. Colot, C. Meyer & A. Krapp : , 4, 1713(2013).
5) W. Suzuki, M. Konishi & S. Yanagisawa : , 8, e25975(2013).
(小西美稲子,柳澤修一,東京大学生物生産工学研究 センター)
プロフィル
小西美稲子(Mineko KONISHI)
<略歴>1998年東京大学理学部生物学科 卒業/2004年同大学大学院理学系研究科 生物科学専攻博士課程修了/同年岡山大学 資源生物科学研究所研究員/同年10月東 京大学大学院農学生命科学研究科研究員/
2009年学術振興会特別研究員(PD)/2012 年東京大学生物生産工学研究センター特任 助教<研究テーマと抱負>高等植物の窒素 に対する応答の分子機構<趣味>読書,登 山
柳澤 修一(Shuichi YANAGISAWA)
<略歴>1986年京都大学理学部化学教室 卒業/1990年日本学術振興会特別研究員
(DC)/同年京都大学大学院理学研究科博 士後期課程3年次中途退学/同年大阪市立 大学理学部生物学教室助手/1992年東京 大学教養学部化学教室助手/2003年岡山 大学資源生物科学研究所助教授/2004年 東京大学大学院農学生命科学研究科助教 授/2011年同大学生物生産工学研究セン ター准教授<研究テーマと抱負>植物栄養 シグナルの伝達機構,植物転写因子を用い た代謝工学