彦坂幸毅 *1, 3,寺島一郎 *
2, 3
*1東北大学大学院生命科学研究科,*2東京大学大学院理学系研究科,*3JST CREST
セミナー室
植物の高CO2応答-1植物と二酸化炭素
はじめに
大気二酸化炭素 (CO2) 濃度の上昇(図1)や温暖化 など,地球レベルの環境変化が大きな問題になって久し い.われわれ人類が地球環境問題を認識するようになっ たのは,ハワイマウナロア山頂の大気 CO2 濃度が時間 とともに増加していることが明らかになってからであ る.さらに,CO2 濃度の増加が温暖化を引き起こすこ とが示唆され,その影響の大きさが明らかになるにつれ て,地球環境問題は科学界だけではなく社会的にも大き な問題となった.植物をはじめとする光合成生物は地球 上でほぼ唯一の CO2 吸収・同化を行う存在であり,生 態系における炭素循環の主役である.植物の活動は地球 大気に大きな影響を与える一方,CO2 濃度の変化は植 物の進化に大きな影響を与えてきた.将来の CO2 濃度 の上昇も植物に大きな影響を与えると予測されている.
本稿では,植物と CO2 の関係についてこれまで行われ た研究についてレビューする.
大気CO2 濃度の変化
歴史を遡れば,地球が形成されて間もない四十数億年 前には,地球大気の主成分は CO2 であり,気圧も現在 に比べ10倍以上高かった.現在の金星の大気も高気圧・
高 CO2 濃度であるが,これは初期の地球大気に近いも
のと考えられている.地球では海が形成されたため,
CO2 が海に溶け込むことなどにより大気から失われて いった.さらに,O2 を発生するラン藻(シアノバクテ リア)などの光合成生物が増加し,光合成によって CO2 が吸収され,大気中には O2 が蓄積するようになっ てきた.光合成生物の繁栄とともにさらに大気 CO2 濃 度は減少し, 5億年前には4,000 ppm (4,000 μmol mol−1) を,7000万年前には1,000 ppmを下回り,以後現在に至 るまで1,000 ppmを超えたことはない.
ここ数十万年間の CO2 濃度は,南極やグリーンラン ドの氷床中に閉じ込められている大気の組成を調べるこ
図1■綾里(岩手県)において測定された月平均大気CO2 濃度 の変化(気象庁測定)
とにより詳細な変化が明らかになっている(1).それによ れ ば,こ の60万 年 間 大 気 CO2 濃 度 は 氷 河 期 の 約 200 ppmから間氷期の約300 ppmまで100 ppmほどの変 動を規則的に示してきた.しかし300 ppmを超えるこ とはほとんどなかった.西暦800年から1800年までの間 は280 ppmとほぼ一定の値を示している.
大気 CO2 濃度が急激な増加を始めたのは,産業革命 が始まってからである.産業革命を「革命」たらしめた のは,化石燃料の燃焼によって人類が利用可能なエネル ギーが飛躍的に増えたことである.化石燃料の大量消費 は大気への CO2 放出を引き起こし,現在も大気 CO2 濃 度は年に約2 ppmずつ増加している.2011年には年平 均 CO2 濃度は390 ppmを超え,400 ppmは目前に迫っ ている(図1).
大気 CO2 濃度の増加は今後も続くと予測されている.
原因が人間活動であるため,その増加は人間の意志決定 に大きく左右され,正確な予測は難しい.それでも,今 世紀末の大気 CO2 濃度は,人間活動が今後も現状のよ うに続くならば700 〜1,000 ppm, 経済活動を多少犠牲に して排出抑制を行ったとしても500 ppmを超えると予 想されている.大気 CO2 濃度の増加は不可避であり,
増加を抑えるための緩和策だけではなく,増加を前提と してわれわれの活動を変えていくといった適応策が必要 になってくると考えられている.
地球環境における光合成生物の役割
光合成生物は光エネルギーを利用して CO2 を固定し て糖を生産し,自らの生命活動のエネルギー源や炭素骨 格の材料として利用している.上記のように,地球形成 以来の大気 CO2 濃度の低下にあたっては,光合成生物 の活動が大きな役割を果たしてきた.近年の CO2 濃度 上昇も光合成と無縁ではない.化石燃料は,もとをたど れば過去の光合成産物の蓄積である.人類は数億年間の 光合成活動の蓄積を利用しているのであり,利用可能な 化石燃料をわずか数百年で使い尽くしてしまいそうな勢 いである.
現在でも光合成生物の活動は大気 CO2 濃度に大きな 影響を及ぼしている.現在大気に含まれる大気の炭素
(ほとんどが CO2 に含まれる)は約770ギガトン (109 t
=1015 Pg) であるが,陸上植物が光合成で1年に吸収す る炭素の量は約120ギガトンに達する(1).ただし,多く 連載開始にあたって:植物の高CO2応答
約1万年間にわたって280 ppmで安定していた大気中の CO2濃度は,産業革命以降増加の一途をたどり,現在で は,400 ppmに達しようとしている.CO2は地表からの長 波放射を吸収し地表に向けて再放射する「温室効果ガス」
なので,CO2濃度の上昇が地球温暖化に寄与していること は間違いない.社会的には地球環境変化と言えば温暖化で あり,海水面の上昇や気象への影響が懸念されている.し かし,植物にとっては,温度の上昇もさることながら,
CO2濃度の上昇自体も大きな問題なのである.
CO2は光合成の基質なので,CO2濃度の上昇は,光合成 生産にとって有利なように思える.しかし,現在の2倍の CO2濃度で植物を栽培しても,光合成速度や成長速度はそ れほど増加しない.葉の光合成速度については,栽培CO2
濃度における速度を比較した場合でさえ,高CO2栽培に よって低下することがある.大気中のCO2濃度は,最終 氷 河 期 が 終 わ っ た1万 年 前 か ら 西 暦1800年 ま で ほ ぼ 280 ppmだったので,多くの植物は280 ppmのCO2濃度に 適応して光合成生産を行っているはずである.急に,今ま での倍量の食事を出して,さあ食事量を増やしただけ大き くなれ,と言っても無理なようなものだろう.
CO2濃度の上昇は加速し続けている.今後,各国の排出 削減努力の結果が現れることを信じたいが,当分はCO2
濃度の上昇が続くだろう.高CO2濃度下でも健全に育つ 植物や,高CO2濃度を好む植物を創出しなければ,食糧 生産や代替エネルギーとしてのバイオマス生産の増加,植 物による大気CO2濃度上昇の抑制,は期待できない.で は,そのような植物を創出するにはどうすればいいのだろ うか.
文部科学省の新学術領域研究「植物生態学・分子生理学 コンソーシアムによる陸上植物の高CO2応答の包括的解 明(植物高CO2応答)」は,分野の異なる研究者が緊密な コンソーシアムを形成し,分子レベルから生態レベルまで さまざまなスケールで植物の高CO2応答を徹底的に解明 することを目的としている.2009年に採択され,本年度 はその最終年にあたる.この「セミナー室」の連載は,こ の領域で活躍する研究者が,植物高CO2応答のさまざま な局面について,その研究の最前線をわかりやすく解説す ることを目的としている.現在,多くの植物科学の研究者 がCO2問題に取り組んでいる.学生のみなさんのなかに もCO2問題に関心のある方が多いだろう.この「セミナー 室」が,そういう方々の知識の整理や研究展開の一助にな ることを祈っている.
(寺島一郎,東京大学大学院理学系研究科,新学術領域研 究「植物高CO2 応答」領域代表)
の生態系では光合成による CO2 吸収と呼吸(植物以外 の生物の呼吸も含む)による CO2 放出がほぼ釣り合っ ているために,年間の CO2 収支はゼロに近い(近年は CO2 上昇や窒素降下物の増加により植物の CO2 吸収が 促進されており,吸収のほうが数ギガトン大きい).光 合成活動の影響の大きさは大気 CO2 濃度の季節変化か らも推し量ることができる(図1).陸上植物の光合成 活動は夏に盛んになるため,大気 CO2 濃度は春から秋 にかけて減少し,冬は放出によって増加する.事実,陸 域面積の割合が大きい北半球の高緯度地域では,春と秋 の CO2 濃度差が15 ppmにも達する.
地球上の物質循環では,大気の CO2 を吸収・固定す るプロセスはほとんどが光合成を介している.大気 CO2 濃度を下げるためには光合成生物の働きを利用す ることが不可欠であろう.
CO2 濃度変化に対する植物の短期的応答
ここでいう短期応答とは,植物体の周囲の CO2 濃度 を変えて数秒〜数十分の時間スケールで起こる変化をい う.数百ppm程度の CO2 濃度の変化に直接的に影響を 受けると考えられている植物の機能は多くなく,主要な ものとしては光合成と気孔の開閉だけであると考えられ ている.ここでは光合成と気孔開閉が CO2 濃度の影響 を受ける仕組みについて述べる.
1. 光合成速度の CO2 濃度依存性
CO2 は光合成の基質であるため,CO2 濃度の上昇に より光合成速度(CO2 吸収速度)は大きく促進される
(図2).しかしその促進は単純なミカエリス‒メンテン 式で表されるわけではなく,さまざまなプロセスが関与 する複雑なものである.
陸上植物の大多数で見られる C3 型光合成では,CO2
を最初に固定する反応は,リブロースビスリン酸カルボ キシラーゼ/オキシゲナーゼ (RuBisCO) という酵素が 触媒する,リブロースビスリン酸 (RuBP) のカルボキ シル化反応である.最初の産物ホスホグリセリン酸
(PGA) が3つの炭素をもつ化合物であることから C3 光 合成と呼ばれる.RuBisCOはカルボキシル化反応だけ でなく,RuBPに酸素添加反応(オキシゲネーション)
も触媒してしまう.酸素添加反応によって生産されるホ スホグリコール酸は植物にとって有害であるため,植物 はエネルギーを使ってホスホグリコール酸を除去する.
この過程は,O2 の取り込みと CO2 の放出が起こるため に光呼吸と呼ばれる.C3 光合成では,カルボキシル化 によって吸収された炭素の10 〜 20%が光呼吸によって 失われる.
RuBisCOは触媒効率が悪い酵素としても知られてい る.最大活性が低く,さらに CO2 に対する親和性も悪 い.カルボキシル化反応のミカエリス定数(最大活性の 半分の速度を実現する基質濃度)は,大気 CO2 濃度に 換算すると300 ppm前後で,現在の大気 CO2 濃度レベ ルではRuBisCOは最大活性の半分も発揮できていない ことになる.この能力の低さを補償するため,C3 植物 は大量のRuBisCOを保有しており,葉が保有する窒素 の20 〜40%がRuBisCOに存在する.RuBisCOは地球上 で最も量が多いタンパク質であると考えられている.
RuBisCOの詳細については本連載の牧野の記事を参照 されたい.
光呼吸によるエネルギーや炭素のロスを防ぐために進 化したのが C4 型光合成である.C4 光合成では,最初の CO2 固定反応はRuBisCOではなくホスホエノールピル ビン酸カルボキシラーゼ (PEPC) によって触媒され,
最初の産物は C4 化合物である(そのためC4 光合成と 呼ばれる).この C4 化合物は,葉肉細胞から維管束鞘 細胞と呼ばれる細胞に運ばれ,脱炭酸反応によって CO2 を放出し,再び葉肉細胞に戻る(C4 回路).C4 回 路が回ると維管束鞘細胞内に CO2 が濃縮される.CO2 の濃縮によりカルボキシル化反応が促進されるとともに 酸素化反応が阻害され,CO2 固定の効率が上がる.こ のため C4 植物は低 CO2 濃度でも高い光合成能力をも つことができる(図2).
C3 植物の光合成速度の CO2 濃度依存性はFarquhar らによってモデル化された(2).彼らは光合成における光
400 800
光合成
気孔コン ダクタンス
1.0
0.5 30
20
10
0
光合成速度(μmol m−2 s−1) 気孔コンダクタンス(mol m−2 s−1)
CO2濃度 (ppm)
図2■C3 植物と C4 植物の光合成速度と気孔コンダクタンスの CO2 濃度依存性の模式図
実線が C3 植物,破線が C4 植物を表す.文献22などを参考に作 図(22).
量子・電子・CO2・各中間代謝産物の化学量論比を整理 し,RuBisCOのキネティクスをベースにした数理モデ ルを提示した.このモデルはほぼ発表当時のまま現在も 利用されており,葉緑体レベルから陸域生態系レベルま での光合成速度の理解に利用されている.C4 光合成の モデルも発表されている(3).
2. 気孔とアクアポリン
光合成において CO2 は大気からの拡散によって供給 される.最初に通過するのは気孔である.気孔は葉など の表面(表皮)に空いた穴で,孔辺細胞の膨圧変化に よって開閉する.気孔は光合成のための CO2 を吸収す る口であり,光合成にあたっては開いていることが必要 である.しかし気孔からは水蒸気の蒸散が起こる.植物 の生育に多量の水が必要であるのは,気孔からの蒸散に よって多量の水が失われるためである.植物は不必要に 水を失わず,かつできるだけ多くの CO2 を吸収するよ うに,環境変化に応じて気孔開閉を厳密に制御してい る.光強度・湿度・土壌水分などの環境変化が起こる と,気孔開度は迅速に変化する.大気 CO2 濃度の変化 も気孔開度の変化を促し,CO2 濃度が上がるほど気孔 開度は小さくなり,蒸散速度が低下する(図2).これ は,CO2 濃度が高いと,あまり気孔を開かずとも葉内 の CO2 濃度を高くできるからであると考えられる.
気孔が開くメカニズムは以下のとおりである.孔辺細 胞がシグナルを感知すると,細胞膜のH+-ATPaseが活 性化し,K+イオンが孔辺細胞内に取り込まれる.浸透 圧の上昇により吸水が起こり,膨圧の上昇をもたらす.
この膨圧上昇が孔辺細胞の変形を引き起こし,気孔が開 く.CO2 濃度が上昇すると,孔辺細胞の細胞膜にある 陰イオンチャネルSLAC1を活性化し,浸透圧を低下さ せることによって気孔が閉じる.CO2 濃度変化の感知 から気孔が閉鎖するまでのメカニズム解明には,九州大 学射場のグループが多大な貢献をしてきた(4).詳細は本 連載の射場の記事を参照されたい.
気孔の環境応答の分子生理学分野の研究には,孔辺細 胞のプロトプラストやはく離表皮が用いられてきたが,
はく離表皮の孔辺細胞の CO2 応答は遅く小さい.とこ ろが,はく離表皮をもとの葉肉組織の上に載せると,応 答性が著しく促進される.この系によって,高 CO2 に おける気孔の閉鎖には,葉肉組織からのシグナルも必要 であることが明らかになった(5).シグナルの実体解明が 進行中である.
気孔を通って葉内に入った CO2 は,葉内細胞間隙
(気相)を拡散し,細胞壁に含まれる液体(アポプラス
ト液)に溶解し,細胞膜,細胞質,葉緑体包膜を経て葉 緑体ストロマ中のRuBisCOに達する.1980年代までは 細胞間隙からストロマに至るまでの間の CO2 拡散に対 する抵抗がどの程度かは不明であったが,安定同位体の 分析手法の進歩などにより測定が可能になった.この部 分の抵抗は,葉面積あたりで表すと開口時の気孔抵抗と 同レベルの大きさである.なお,CO2 が細胞膜や葉緑 体包膜を通過する際には,水チャネルとして同定された アクアポリンを透過する可能性が高い.寺島らは CO2 透過性のアクアポリンをコーポリン (cooporin) と呼ぶ ことを提唱している(6).
CO2 濃度変化に対する植物の長期的応答
ここでいう「長期」とは,日〜年レベルの期間で植物 を高 CO2 環境下にて育成し,植物に起こる変化のこと を言う.
1. ダウンレギュレーションとポットサイズ効果 地球環境が問題になる以前は,CO2 濃度上昇は,温 室内で植物の育成を促進させる「施肥」として研究対象 とされ,農業の現場でも実際に運用されてきた.地球環 境問題を意識した研究が始まるのは1980年代である.
すでに短期応答についての説明で述べたとおり,C3 光 合成は CO2 濃度上昇により促進される.しかしこの促
(µmol m
図3■高 CO2 濃度での生育によってダウンレギュレーションを
受けた葉の CO2 ̶光合成曲線の例
材料はイタドリ,矢印は育成した CO2 濃度で測定した値.文献 23を改変し許可を得て転載(23).
進は必ずしも長く続くわけではなく,生育が進むととも に光合成の能力が低下し,光合成の促進は少なくなって しまう,といった現象がよく見られた(図3).通常 CO2 生育の植物と高 CO2 生育の植物の間で,生育 CO2 濃度で測定した光合成速度の違いが見られなくなってし まうことも珍しくはなかった.このような光合成能力の 低下を,光合成のダウンレギュレーション,あるいは CO2 順化などと呼ぶ.
植物の高 CO2 応答の研究者に衝撃を与えたのが Arp(7) による文献サーベイである.彼はダウンレギュ レーションを同一 CO2 濃度で測定したときの光合成能 力の低下割合(高 CO2 生育個体の光合成速度を通常 CO2 生育個体の光合成速度で割ったもの)と定義し,
実験で利用されたポット(植木鉢)の大きさとダウンレ ギュレーションの間に有意な正の相関がある,つまり小 さなポットを使っている実験でダウンレギュレーション が起きやすいことを示した.これはポットサイズ効果と 呼ばれた.
ポットサイズ効果が起こる原因は完全に明らかになっ ているわけではない.当初指摘された可能性は,ポット の大きさが地下部の成長を空間的に制限し,そして盆栽 のように地上部の生育も制限され,結果的に光合成が抑 制されるというものである.しかしその後ポットサイズ や形状に依存したダウンレギュレーションが観察されな かった,という報告が出たり(8),後述するように地下部 に制限がない野外実験でもダウンレギュレーションが起 こることから,ポットサイズそのものの影響ではないこ とのほうが多いと考えられている.
現在ダウンレギュレーションの主原因と考えられてい るのは無機栄養,特に窒素栄養とのバランスである.
CO2 上昇は炭素同化を増加させるが,植物は根を無限 に伸ばすことはなく,他の栄養の吸収まで増加させるわ けではない.このため高 CO2 環境下の植物体の炭素/
窒素比が上がる.つまり植物は相対的に窒素不足に陥 り,炭素が余ってしまう.余った炭素はデンプンなどの 糖となって細胞内に蓄積する.糖蓄積は光合成関連遺伝 子の発現を抑制し,光合成能力の低下を引き起こす.実 際,ダウンレギュレーションは貧栄養条件ほど起きやす い(9).ただし,この説明は状況証拠の積み重ねによる示 唆であり,直接的な証明はまだない.また,別のメカニ ズムによるとする説もある.
高 CO2 環境で過剰になった糖をどのように利用する かは,植物の高 CO2 応答を理解するうえで重要である と考えられている.糖を送る側(ソース)と送り先(シ ンク)の間のバランスという視点で考えると,高 CO2
によるソースの強化に見合ったシンク能力の増強があれ ば,高 CO2 環境でも高い成長を維持できるかもしれな い.たとえば,イネでは高 CO2 環境で分げつ(根元付 近から新たなシュートが出てくること)が促進され(10), これはシンク能力の増加に結びついていると考えられて いる.また,地下茎などの貯蔵器官をもつ植物ともたな い植物で CO2 応答が異なることなども知られてい る(11).マメ科やハンノキ属などの窒素固定植物は,過 剰な炭水化物を窒素固定に利用することができるため,
高 CO2 で高いパフォーマンスを示すことがある(12, 13).
2. 野外実験へ
ポットサイズ効果から研究者が学んだことは,実験室 で得られた結果がいかに頼りないことか,ということ だった.野外の植物がどのように環境に応答するかは,
結局のところ野外で確かめてみなければわからない.ま た,土壌プロセスなど野外でなければ調べられない生態 系プロセスも少なくない.90年代からは,野外環境で 生態系全体に CO2 を付加し,さまざまな生物の応答の 研究が行われるようになった.
初期にはオープントップチャンバーが利用された.
オープントップチャンバーは,上に穴があいたビニルハ ウスで,内部が高温になるのを避けるため下部から空気 を吹き込み,高 CO2 処理を施す際には,その空気に CO2 を混ぜ,内部の CO2 濃度を高く維持する.
オープントップチャンバーも野外環境と完全に同じで はない,ということで利用されるようになったのが FACE (free air CO2 enrichment : 開放系大気 CO2 増 加)システムである.FACEでは,対象とする植物群落 を囲うようにタワーやチューブを設置し,中央で風向・
風速・CO2 濃度をモニターする.風上方向のタワーや チューブから CO2 を放出することにより対象群落周囲
図4■つくばみらい市で行われているイネFACE実験(農業環 境技術研究所 長谷川利拡博士提供)
中央で風向・風速・CO2 濃度をモニターし,風上側のチューブか らCO2 を放出することによりリングの内側のCO2 濃度を約200 ppm上昇させる.
の CO2 濃度を高く維持する.世界各地でさまざまな植 物群落を対象としたFACEシステムが設置され,研究 が行われている.日本では,水田で高 CO2 処理を行う Rice-FACE実験が岩手県雫石町 (1998 〜 2008) や茨城 県つくばみらい市 (2010 〜) で行われている(図4). また,落葉樹木に高 CO2 処理をするMini-FACE実験が 札幌市で行われている.それぞれ本連載の長谷川,小池 の記事を参照されたい.
2004年と2005年には世界各地のさまざまなFACE実 験のデータを集積したメタ解析論文が発表された(9, 14). それによれば,200 ppmの CO2 濃度上昇により,C3 植 物の物質生産は平均20%促進される.これに対し C4 植 物では数%と CO2 応答は小さい.生育環境での光合成 速度は C3 植物では30%, C4植物では10%促進される.
光合成能力の低下(ダウンレギュレーション)は平均 10%起こり,地下部の空間制限がなくてもダウンレギュ レーションが起こることがわかった.また,さまざまな 形質において高 CO2 応答に種間差や栄養条件依存性が 見られることも示されている.種による違いを生む原因 はいまだ明らかになってはいない.
3. 気孔形態の制御
欧米では産業革命以前から植物標本の収集が行われて いる.Woodward(15) は収蔵されている標本の植物を対 象に,単位葉面積あたりの気孔密度を調べた.一部の種 では,大気 CO2 濃度が280 ppmから340 ppmに増加す るに従い,気孔密度が67%低下していることが明らか となった.CO2 濃度が上がるほど気孔の必要性が下が り,減らしたと解釈される.なお,すべての種が CO2 濃度上昇に応じて同じように気孔を減らすわけではな い.
Woodwardらによれば,モデル植物としてよく知ら れるシロイヌナズナは生育 CO2濃度に応じて気孔密度 を大きく変える種の一つである.Lakeら(16) は,展開中 の若い葉と成熟葉の CO2 濃度を制御する実験により,
若い葉の気孔密度は,成熟葉が経験している CO2 濃度 に依存して制御されることを示した.このような制御 は,全身的制御 (systemic regulation) とよばれる.こ れまでに,気孔密度の制御にかかわる種々の因子が同定 されている.最近も,菅野ら(17) が,気孔密度を増加さ せるペプチドホルモンを発見し,ストマジェンと名づけ た.ストマジェンは葉肉細胞で発現し,気孔密度を制御 している.これらの因子が,CO2環境にどのように応答 し,全身的な制御を行っているのかは,今後明らかにし なければならない課題である.
生態学的・進化的応答
長い進化の歴史から見ると,大気 CO2 濃度は植物に とって強い選択圧として働いてきた.シダ植物や裸子植 物が出現した古生代には,CO2 濃度は高かったが,被 子植物が出現した中生代には CO2 濃度が1,000 ppm前 後まで低下し,気孔による CO2 と水蒸気の拡散制御が 植物にとって重要な要素になった.Lammertsmaaら(18)
は,シダ植物や裸子植物に比べ,被子植物の気孔は小さ く,密度が高い傾向にあることを指摘し,このような進 化的変化は,低 CO2 環境への適応に貢献したと示唆し ている.
さらに低 CO2 濃度への進化に貢献したのが C4 光合 成である.上述のとおり,C4 光合成は C4 回路による CO2 濃縮機構をもつため,低 CO2 濃度環境や,気孔を 閉じ気味にする必要がある乾燥環境でも高い光合成速度 を実現することができる.
今後の CO2 濃度上昇は植物の分布に影響する可能性 がある.高 CO2 環境では CO2 濃縮のメリットは相対的 に少なくなり,また,CO2 濃縮には相応のコストがか かるため,C4 植物の生育適地は現在より狭くなる可能 性がある.C4 光合成は C3 光合成に比べ高温で有利で あるが,その利点も高 CO2 環境では小さくなる.理論 的研究では,将来の地球環境では C4 植物の分布はかな り狭まると予測されている(19).
環境変化はしばしば特定の形質をもつ遺伝子型を選択 し(自然選択),集団の遺伝子頻度や集団内の個体の形 質の変化を引き起こす.これは進化にほかならない.今 後の CO2 上昇が,植物に対し選択圧としてはたらき,
目に見えるような適応進化を引き起こすかどうかは,現 在盛んに議論されているところである.CO2 濃度を変 えて選抜実験をしたいくつかの研究では,低 CO2 環境 は選択圧となり,植物形質の変化を引き起こしたが.高 CO2 環境は目立った変化を起こさなかったと報告され ている(20).
実験では実現できないような長期間高 CO2 環境にさ らされている生態系として CO2 噴出地が注目されてい る.CO2 噴出地は火山活動由来の CO2 が地下水に溶け 込み,地上部に運ばれ,噴出地周辺を高 CO2 環境に 保っているユニークな生態系である.イタリアや日本な ど火山活動が盛んな国でいくつかの CO2 噴出地が研究 対象とされている.彦坂らは日本の CO2 噴出地生態系 を研究対象とし,現地における植物形質への CO2 濃度 の影響や,植物を共通圃場に移植しての生育実験などを 行っている.これらの結果から,一部の植物が高 CO2
環境に適応し,植物の生理的・形態的性質を変化させた ことが示唆されている(21).詳しくは本連載彦坂の記事 を参照されたい.
おわりに
この20年で,物理・化学・生物・地学を統合した地 球科学は大きな発展を遂げ,地球環境が将来どのように 変化するかを予測することが可能になっている(本連載 伊藤の記事を参照).しかし現在もなお不確定要素を多 く含んでいるのが,地球環境変化が植物の機能に与える 影響と,その影響を受けて植物が地球環境に与える フィードバック影響であると指摘されている(1).本稿で 述べたように,高 CO2 環境が植物に与える影響につい ては多くの研究が行われ,多くのことが明らかになって きた一方,未解明の点も多い.今後もさらなる研究の発 展が必要であると考えられる.
謝辞:本稿には小池孝良教授(北海道大学)・牧野 周教授(東北大学)
のコメントをいただいた.本研究は文科省科学研究費新学術領域研究
「植物の高CO2 応答」の補助を受けた.
文献
1) 気候変動に関する政府間パネル第4次報告書 (IPCC 2007).
2) G. D. Farquhar, S. von Caemmerer & J. A. Berry : , 149, 78 (1980).
3) S. von Caemmerer :“Biochemical models of leaf photo- synthesis,” CSRO Publishing, 2000.
4) J. Negi, O. Matsuda, T. Nagasawa, Y. Oba, H. Takahashi, M. Kawai-Yamada, H. Uchimiya, M. Hashimoto & K.
Iba : , 452, 483 (2008).
5) K. A. Mott : , 32, 1479 (2009).
6) I. Terashima, Y. T. Hanba, D. Tholen & Ü.
Niinemets : , 155, 108 (2011).
7) W. J. Arp : , 14, 869 (1991).
8) K. D. M. McConnaughay, G. M. Berntson & F. A.
Bazzaz : , 94, 550 (1993).
9) E. A. Ainsworth & S. P. Long : , 165, 351
(2005).
10) D. S. Jitla, G. S. Rogers, S. P. Seneweera, A. S. Basra, R. J.
Oldfield & J. P. Conroy : , 115, 15 (1997).
11) E. G. Reekie, G. MacDougall, I. Wong & P. R. Hicklenton : , 76, 8209 (1998).
12) N. Eguchi, K. Karatsu, T. Ueda, R. Funada, K. Takagi, T.
Hiura, K. Sasa & T. Koike : , 22, 437 (2008).
13) K. Hikosaka, T. Kinugasa, S. Oikawa, Y. Onoda & T.
Hirose : , 62, 1523 (2011).
14) S. P. Long, E. A. Ainsworth, A. Rogers & D. R.
Ort : , 55, 591 (2004).
15) F. I. Woodward : , 327, 617 (1987).
16) J. A. Lake, Q. P. Quick, D. J. Beerling & F. I. Woodward : , 411, 154 (2001).
17) S. S. Sugano, T. Shimada, Y. Imai, K. Okawa, A. Tamai, M. Mori & I. Hara-Nishimura : , 463, 241 (2010).
18) E. I. Lammertsmaa, H. J. de Boerb, S. C. Dekkerb, D. L.
Dilcherc, A. F. Lottera & F. Wagner-Cremera : , 108, 4035 (2011).
19) G. J. Collatz, J. A. Berry & J. S. Clark : , 114, 441
(1998).
20) A. D. B. Leakey & J. A. Lau : , 367, 613 (2012).
21) I. Nakamura, Y. Onoda, N. Matsushima, J. Yokoyama, M.
Kawata & K. Hikosaka : , 165, 809 (2011).
22) J. I. K. Morison & R. M. Gifford : , 71, 789
(1983).
23) Y. Onoda, K. Hikosaka & T. Hirose : , 56, 755
(2005).
プロフィル
彦坂 幸毅(Kouki HIKOSAKA)
<略歴>1990年東北大学理学部生物学科 卒業/1995年東京大学理学系研究科植物 学 専 攻 修 了,博 士(理 学)/1995年 東 北 大学理学研究科助手/1999年同助教授/
2010年東北大学生命科学研究科教授,現 在に至る<研究テーマと抱負>植物の生理 生態学(環境適応・環境応答・モデリング など)<趣味>音楽
寺島 一郎(Ichiro TERASHIMA)
<略歴>1985年東京大学大学院理学系研 究科博士課程修了(植物学専攻),理学博 士/同年オーストラリア国立大学博士研究 員/1988年東京大学理学部助手/1994年 筑波大学生物科学系助教授/1997年大阪 大学大学院理学研究科教授/2006年東京 大学大学院理学系研究科教授<研究テーマ と抱負>葉の光合成系の構築機構,ソー ス‒シンク関係,植物の発生過程におけ るシステミック制御<趣味>音楽(コン サート通いとクラリネットによる騒音発 生),落語(寄席通いと被害者の多い実 演),気の合う人と酌み交わす酒