はじめに
移動の自由のない植物は,高温や乾燥などさまざまな 環境ストレスの影響を常に受けている.これら環境スト レスは,細胞内で活性酸素を発生させ,DNAを傷つけ ることが知られている(1, 2).また,紫外線や放射線,土 壌中に含まれるアルミニウムや重金属,さらには病原菌 感染などによってもDNAが損傷を受けることや(3〜7), 通常のDNA複製の過程でもしばしば損傷が起こること から,植物は内的・外的要因により常にDNA損傷を受 けていると考えられている.
動物には,p53を中心としたDNA損傷応答機構が存 在し,DNA修復や細胞周期停止,アポトーシスによる 細胞死などを制御していることが知られている(8).この ような応答機構が働くことで,軽微なDNAの損傷は修 復され,致命的なDNA損傷に対しては細胞を積極的に 死滅させることで,変異が入った遺伝情報が親から子へ 伝わるのを防いでいる.植物も同様にDNAに損傷が与 えられると,DNA修復や細胞周期停止などが起こるこ とが知られているが,核内DNA倍加の誘導など,ほか の生物で見られないような植物独自の応答機構の存在も 明らかにされつつある(9).さらには,p53をはじめ動物 のDNA損傷応答に重要な因子の多くが,植物ゲノムに 存在していないことからも(10),植物はほかの生物とは 異なる応答機構をもつと考えられる.
本稿では,動物と植物がDNA損傷に対してどのよう に応答するのか,それぞれの応答機構について紹介する とともに,移動の自由のない植物が,外部環境の変化に 適応するために,進化の過程で獲得してきた植物独自の DNA損傷応答機構についても最近の知見を含め解説す る.
DNA損傷
DNAは常に損傷を受けており,正常な代謝活動にお いても一日あたり数万から数十万箇所でDNAに損傷が 生じている(11).現在までに,DNAは数多くの要因によ り損傷を受けることが知られている.たとえば,自然発 生的なヌクレオチドの水酸化や酸化などの修飾により,
染色体の構造に変化を生じることにより損傷が引き起こ されることや(12),DNA複製の過程においても,複製エ ラーや複製フォークの進行阻害によりDNA損傷が誘発 される.また,紫外線照射によっても,隣接したピリミ ジン塩基同士が共有結合することでチミン二量体を形成 し,DNA複製を妨げることも知られている(13).そし て,細胞内に蓄積した活性酸素によりDNAが損傷を受 けることや(1, 2),X線,ガンマ線などの放射線照射(14), さらには,ブレオマイシン,ゼオシンなどの化学物
質(15, 16)などの暴露によっても,DNAの二本鎖切断が起
きることが知られている.
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セミナー室
植物の生存・成長戦略から見た環境突破力-7植物のDNA損傷応答
高橋直紀 *
1,梅田正明 *
1,2*1奈良先端科学技術大学院大学バイオサイエンス研究科,*2 JST,CREST
最近では,土壌中に含まれる過剰なアルミニウムやホ ウ素によってもDNA損傷が引き起こされることが報告 されている(4〜6).アルミニウムは植物に対して毒性を示 し,特に,根の成長を著しく阻害する.また,酸性土壌 ではアルミニウムが毒性の強いイオン(Al3+)として 溶け出すことで,作物の生育に影響を及ぼすことから世 界的に大きな問題となっている.興味深いことに,
DNA損傷応答にかかわるATR(ATM and Rad3-relat- ed)を欠損したシロイヌナズナ変異株は,アルミニウ ムに対して耐性を示すことが報告されている(5).そのこ とから,アルミニウムによる根の成長阻害にDNA損傷 応答経路が重要な役割を果たしていると考えられる.ま た,ホウ素は植物にとって必須な栄養素であるが,一方 で,過剰なホウ素はDNA損傷を引き起こし,植物の成 長を著しく阻害することが報告されている(6).最近の研 究により,染色体構造の維持にかかわるコンデンシンII 複合体を欠損したシロイヌナズナ変異株では,過剰なホ ウ素に対して高感受性を示すことが報告されている(6). そして,コンデンシンIIの変異株では損傷DNAが過剰 に蓄積していることから,コンデンシンII複合体が損傷 DNAを修復する役割,もしくは,ホウ素暴露による DNA損傷から,ゲノムDNAを保護する役割を果たし ていると考えられている(6).
さらに,病原菌の感染によってもDNA損傷が誘導さ れることが知られている(7).植物病原細菌
pv. ( ) strain DC3000 ( DC3000)
を植物に感染させると,感染8時間後にはすでに損傷 DNAの蓄積が観察される(7).また,病原菌が植物に感 染すると植物ホルモンのサリチル酸が増加することが知 られているが,植物にサリチル酸を処理するだけでも DNA損傷が引き起こされることから(17),病原菌感染に よるサリチル酸の蓄積がDNA損傷を引き起こしている と考えられる.しかしながら,サリチル酸がどのように DNA損傷を引き起こしているのかはいまだ明らかにさ れていない.
DNA損傷応答機構
染色体DNAが損傷を受けると,真核生物ではATM
(ataxia telangiectasia mutated)とATRという2つのセ ンサーキナーゼが損傷部位に結合する.これら2つのタ ンパク質の構造や機能は進化の過程で高く保存されてお
り(18〜22),ATMはDNA二本鎖切断(DNA double-strand
breaks; DSBs)を認識し,ATRは染色体の複製阻害
(複製フォークの停止など)やヌクレオチドの傷害,
DNA一本鎖切断(DNA single-strand breaks; SSBs)な どを認識することで,DNA修復や細胞周期の進行阻害,
アポトーシスによる細胞死などのDNA損傷応答を作動 させる(23).そして,損傷応答の初期に,これらセン サータンパク質は修飾タンパク質とともにDNA損傷部 位に集合し,DNA損傷応答にかかわる分子やDNA修 復を担当する分子が集まる足場を形成する(24, 25).動物 細胞や酵母の場合,損傷部位に結合したATRやATM はDNA損傷のエフェクターキナーゼである別のプロテ インキナーゼCHK1とCHK2をリン酸化し,活性化す
る(26〜29).さらに,動物細胞の場合,p53という転写因
子がDNA損傷応答の中心的役割を担っており,ATR, ATM, CHK1, CHK2により活性化されることで,DNA 修復や細胞周期停止,アポトーシスにかかわる多くの標 的遺伝子の発現を誘導している(8, 30, 31).
植物にもATRとATMが存在し,構造や機能が高く 保存されている.シロイヌナズナの の欠損変異株 はDNA複製阻害剤であるヒドロキシ尿素(HU)やア フィディコリン,UV-B照射に対して非常に高い感受性 を示すが,DSBを引き起こすガンマ線照射に対しては さほど高い感受性を示さない(22).逆に, の欠損変 異 株 は,ガ ン マ 線 照 射 や メ チ ル メ タ ン ス ル ホ ン 酸
(MMS)によりDSBを引き起こすと著しい生育阻害が 引き起こされるが,UV-B照射ではさほど影響が見られ ないことが報告されている(21).このことから,植物で もATRは複製阻害などを認識し,ATMはDSBを認識 していると考えられる.さらに,DSBが起こると多く の遺伝子の発現が誘導されるが,主にATMがその遺伝 子発現誘導にかかわっていることが明らかにされてい る(32).
一方で,植物はCHK1やCHK2, p53のような動物の DNA損傷応答に重要な因子のオルソログをもっていな いことが知られている(10).しかし,進化の過程で獲得 した植物独自のDNA損傷応答機構が存在し,それによ り,DNA修復や細胞周期停止以外にも核内DNA倍加 の誘導や幹細胞の細胞死などのさまざまな損傷応答が引 き起されることが明らかにされつつある.
植物のDNA損傷応答で中心的役割を担うSOG1 転写因子
それでは,CHK1, CHK2, p53などをもたない植物細 胞はDNA損傷に対してどのように応答しているのだろ うか? 植物ではSOG1 (Suppressor of gamma response 1)と呼ばれる,植物特異的な転写因子が,DNA損傷応 答の中心的な役割を果たしていることが明らかにされて
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いる(図1).SOG1はN末端領域にDNAへの結合に必 要 なNAC(NAM, ATAF, and CUC2) ド メ イ ン を 含 み,C末端領域に転写制御領域をもっている(33). は分裂組織で強く発現しているが,DNA損傷を受けて も発現量やタンパク質の細胞内局在に変化は見られな い(34).しかしながら,DNA損傷が起きると,活性化さ れたATMがSOG1のC末端領域に存在する複数のSQ
(セリン-グルタミン)モチーフをリン酸化することによ り,SOG1を活性化することが報告されている(34).活性 化されたSOG1は,その下流でDNA修復や細胞周期停 止などにかかわる数百種類に及ぶ遺伝子の発現を誘導す る(33).シロイヌナズナの や の欠損変異株で は,DNA損傷を与えてもこれら遺伝子の発現誘導は見 られないことから(32, 33),植物細胞ではATMとSOG1が DNA損傷応答の主要なシグナル経路として働いている と考えられる.一方,もう一つのセンサーキナーゼであ る も,DNA損傷下において と遺伝学的に相 互作用していることが示されている(33).また,最近の 研究で,ATRがSOG1をリン酸化することも報告され ている(35).そして, を欠損した変異株では,細胞 周期停止などのDNA損傷応答がほとんど起きなくなる ことから,植物ではSOG1転写因子がDNA損傷応答の 多くの部分を担っていると考えられる.
細胞周期の停止
多くの真核生物では,DNA損傷が起こると損傷箇所 を修復する時間を確保するために,細胞周期のさまざま なステージでその進行を停止(もしくは遅延)させる.
これは,ゲノムや染色体の恒常的な安定性維持だけでな く,損傷した染色体が娘細胞に伝わるのを防ぐための非 常に大切な機構となる.ほとんどの真核生物では,
DNA損傷が起きると細胞周期進行に必須なサイクリン 依存性キナーゼ(CDK)の活性を阻害することにより,
細胞周期を停止させることが知られている(36).動物で は,CHK1, CHK2がM期CDKの 活 性 化 因 子 で あ る CDC25をリン酸化することにより,その活性を低下さ せる(36).さらに,p53がCDK阻害因子であるp21の発 現を誘導することにより,CDK活性を阻害し細胞周期 を停止させることが知られている(8, 36).
植物でもDNA損傷が起きると,CDKの活性を阻害す ることにより細胞周期の進行が抑制されるが,その制御 機構はほかの真核生物と異なる.シロイヌナズナも動 物,酵母と同様にCDC25に構造が似た遺伝子をもって いる.しかしながら,変異株などを使った解析などから
細胞周期制御にはかかわっていないと考えられており,
むしろヒ素代謝に関与しているという報告がなされてい る(37).また,DNA損傷を受けるとCDK活性の阻害に 働くキナーゼ の遺伝子発現が増加する(38).シロ イヌナズナでは,WEE1タンパク質は細胞周期のS期に 蓄積することで,S期の進行を遅延させることが知られ ている(39).また, を欠損した変異株では,複製 阻害を引き起こす薬剤HUに対して高い感受性を示すこ とから(38),WEE1はDNA複製時の細胞周期の進行阻害 に働いていると考えられている.しかしながら,動物や 酵 母 で はWEE1がCDKの14番 目 の ト レ オ ニ ン 残 基
(Thr14),15番目のチロシン残基(Tyr15)をリン酸化 することでCDKの活性を阻害しているが(40),シロイヌ ナ ズ ナ のCDKのThr14とTyr15に 変 異 を 導 入 し て も DNA損傷に対する感受性に影響を及ぼさないことが報 告 さ れ て い る こ と か ら(41),植 物 のWEE1はCDKの Thr14とTyr15のリン酸化とは異なる方法により,細胞 周期の進行阻害に働いていると考えられる.
また,植物細胞はDNAに損傷を受けると,CDKを活 性化するM期サイクリンの発現量を速やかに低下させ ることで(42),M期への進行を抑制する.また,植物は ほ か の 真 核 生 物 が も っ て い な いB型CDK (CDKB1, CDKB2)を進化の過程で獲得してきたが,シロイヌナ ズナではDNA損傷が起きるとCDKB2タンパク質が ATR, SOG1依存的に速やかに分解されることが報告さ 図1■植物のDNA損傷応答機構
DNA損傷が引き起こされると,ATMとATRが活性化される.
その後,SOG1転写因子が活性化されることで,DNA修復,細胞 周期停止,核内DNA倍加の誘導,細胞死などにかかわる遺伝子 の発現を誘導する.
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れている(42).CDKB2はG2期からM期で強く発現して いることから,CDKB2タンパク質が分解されることに よりG2/M期でのCDK活性が低下し,M期への進行が 阻害されていると考えられる.さらに,最近の研究によ り,CDK阻 害 因 子 で あ る い く つ か の
( )ファミリー遺伝子もDNA損傷後に発 現 誘 導 さ れ る こ と が 報 告 さ れ て い る(43).そ し て,
, 遺伝子の誘導には,DNA損傷により活性 化したSOG1が直接関与していることが示されてい る(43). 二重欠損変異株では,DNA損傷を与 えても細胞分裂が部分的に抑制されないことから,
の発現誘導もDNA損傷後の細胞周期の停止に重要 な役割を果たしていると考えられる(43).
幹細胞の細胞死
さまざまな要因によりDNA損傷が起きると,損傷を 受けた細胞はDNAを修復し生存するか,アポトーシス により細胞死を起こすかを選択する.この選択はDNA の損傷の程度によって決定され,修復不可能な損傷の場 合には細胞死が引き起こされる.動物ではp53がこの選 択を担っており,重篤なDNA損傷が起きるとp53がリ ン酸化されることにより活性化され,アポトーシス関連 遺伝子の発現を制御することにより細胞死を引き起こし ている(44).
一方,植物ではDNAが損傷を受けると,幹細胞など の特定の細胞でのみ細胞死が引き起こされることが報告 されている(図2).ガンマ線や化学物質によりDSBを 引き起こすと,根端分裂組織や花分裂組織に存在する幹 細胞で細胞死が起きる(45, 46).幹細胞は自己を増殖する とともに,その一部を分化させることによりさまざまな 組織,器官を作るという非常に重要な役割をもっている ことから,DNA損傷により傷ついた染色体を娘細胞に 伝えることを防ぐために細胞死を引き起こしていると考 えられている.そして,DNA損傷応答に必要な や , を欠損したシロイヌナズナ変異株では,
DNA損傷後の幹細胞の細胞死が引き起こされないこと
から(45, 46),DNA損傷応答経路が幹細胞の細胞死の誘導
に重要な役割を果たしていると考えられる.また,新生 タンパク質の合成を阻害するシクロヘキシミド(cyclo- heximide)を処理すると,ガンマ線照射を行っても細 胞死が引き起こされないことから(46),DNA損傷シグナ ルの下流で何らかのタンパク質が幹細胞およびその周辺 で新規に合成されることにより,細胞死を誘導している と予想される.興味深いことに,最近,筆者らはDNA
損傷剤と同時に植物ホルモンのオーキシンを加えると幹 細胞の細胞死が抑制されることを明らかにしている(未 発表).このことから,幹細胞の細胞死にオーキシンが 深く関与していると予想されるが,ATM, ATR, SOG1 の下流でどのようにオーキシンシグナルが変化すること で,幹細胞の細胞死を引き起こしているのかはいまだ明 らかにされていない.
幹細胞の再生
上で説明したとおり,DNA損傷が起きると幹細胞の 細胞死が引き起こされるが,幹細胞が死んだままでは植 物の発生が停止してしまい,そのままでは個体を維持す ることが難しい.そこで植物は,新しい幹細胞を作り出 すことで,植物の発生を持続可能にするための独自のメ カニズムを備えている.
植物の根の幹細胞は,静止中心(quiescent center;
QC)と呼ばれる細胞を取り囲むように存在し,幹細胞 ニッチを形成している.通常,QC細胞自身はほとんど 分裂を行わず,周りの幹細胞の恒常性の維持に寄与して いる.しかしながら,DNA損傷により幹細胞の細胞死 が引き起こされると,普段分裂を行わないQC細胞が突
図2■DNA損傷に対するシロイヌナズナの根の応答
DSB誘導剤であるゼオシンをシロイヌナズナの根に処理すると,
根端での細胞周期の進行が停止する.それに伴い,根の細胞分裂 領域が縮小する(矢頭の間が分裂領域).また,DNA損傷を受け ると幹細胞の細胞死が誘導される(矢印で示した赤く染まった部 分).ここでは根をPropidium iodide(PI)で染色している.
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如分裂を開始し,新しい幹細胞の再生を始めることが知 られている(47).興味深いことに,筆者らは, や , を欠損した変異株では,DNA損傷を与え てもQC細胞の分裂がほとんど起こらないことを見いだ している(未発表).このことから,DNA損傷応答経路 がQC細胞の分裂に重要な役割を果たしていると考えら れる.
また,最近の研究により,植物ホルモンのブラシノス テロイドがQC細胞の分裂に重要な役割を果たしている ことが報告されている.たとえば,ブラシノステロイド 受容体である 変異株ではQC細胞の分裂が抑えら れ,逆に,恒常的にブラシノステロイドシグナルが活性 化している 変異株ではQC細胞の分裂が活性化し ていることが示されている(48).また,ブラシノステロ イドシグナルを抑制した植物では,DNA損傷後のQC 細胞の分裂が阻害されることで,根の幹細胞の再生が起 こらないことが報告されている(49).このことから,
DNA損傷後のQC細胞の分裂が幹細胞の再生に必須 であると考えられる.また,QC細胞の分裂を制御する 因 子 と し てERF115転 写 因 子 が 単 離 さ れ て い る(50).
を過剰発現させた形質転換体ではQC細胞の分 裂が活性化し,逆に,抑制した植物体ではQC細胞の分 裂が起きない(50).そして, の遺伝子発現はブ ラシノステロイドによりQC細胞で誘導されることか ら(50),ERF115はブラシノステロイドシグナルの下流で 働くことでQC細胞の分裂を促進していると考えられ る.DNA損傷が起きると,いくつかのブラシノステロ イド関連遺伝子の発現が活性化するが(32),DNA損傷シ グナルとブラシノステロイドとの関係についてはいまだ 明らかにされていない.
核内DNA倍加の誘導
シロイヌナズナなどの植物では,シュート頂や根端に 存在する分裂組織で細胞分裂を行うことにより細胞を増 殖させる.それらの細胞はやがて分裂を停止し,細胞伸 長を開始する.この過程で通常の細胞周期は核内DNA 倍加周期(M期をスキップし,DNA複製のみを繰り返 す周期)へと移行する(51, 52).植物細胞はDNAに重篤な 損傷を受けると通常の細胞周期からDNA倍加への移行 のタイミングを早めることが知られている(42, 53).たと えば,シロイヌナズナの培養細胞にDSB誘導剤である ゼオシンを処理すると,通常の細胞周期からDNA倍加 周期へと転換することにより核DNA量が増加すること が観察されている(42).つまり,DNA損傷が起きると細
胞増殖を抑えると同時に,DNA倍加を誘導することで 細胞死を起こさずに,細胞伸長を促進していると考えら れる.
植物細胞はDNA損傷を受けると,通常の細胞周期か らDNA倍加周期への移行を促進する因子である
遺伝子の発現を誘導する(42).CCS52A1はE3ユ ビキチンリガーゼであるAPC/C (Anaphase promoting complex/cyclosome)の活性化にかかわる因子で,M期 サイクリンなどの分解を促進することによりDNA倍加 を引き起こす(54〜57).シロイヌナズナの根では,細胞分 裂領域と分化・伸長領域との間に存在する移行領域で 遺伝子の発現が観察され,その遺伝子発現は 植物ホルモンであるサイトカイニンにより制御されてい ることが報告されている(51).興味深いことに,最近,
筆者らはDSBが起きると,根の移行領域でいくつかの サイトカイニンの生合成遺伝子の発現が誘発されること を明らかにしている(未発表).そして,この発現誘導 にはATMとSOG1が関与していることを見いだした.
また,サイトカイニン生合成にかかわる遺伝子に欠損が ある変異株では,DNA損傷による根でのDNA倍加の 誘導が抑えられることから,サイトカイニンの生合成が DNA損傷による根でのDNA倍加の誘導に必要である と考えられる.このことから,DSBが起こるとATM, SOG1を介してサイトカイニン合成,そのシグナル経路 の活性化, 遺伝子の転写誘導が起きることに より,最終的に根でのDNA倍加が促進されると考えら れる.
おわりに
近年,地球規模で発生する干ばつや熱波,豪雨などの 異常気象により,農作物に甚大な被害がもたらされると いった報告が頻繁にされている.そして,このような高 温や乾燥などの環境ストレスは,細胞内で活性酸素を発 生させることで,染色体DNAを傷つけることから,今 後,植物のDNA損傷応答機構の理解がさらに進むこと により,植物の環境ストレスに対する応答能の制御や機 能改善の研究が進むことが期待される.さらには,
DNA損傷ストレスに強い植物を作製することにより,
地球環境変動に耐えうる農作物を作出するための技術開 発への波及効果も考えられる.
また,最近になって,植物のDNA損傷応答において 中心的な役割を果たしているSOG1転写因子が発見さ れ,植物独自のDNA損傷応答機構の実像が少しずつ明 らかにされつつある.DNA損傷が起きると,植物ホル
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モンのサイトカイニンやオーキシンなどのシグナルが変 化することにより,DNA倍加の誘導や幹細胞の細胞死 が起こることや,病原菌の感染応答にもDNA損傷応答 経路が重要な役割を果たしていることから,ほかの真核 生物とは異なる植物独自のDNA損傷応答機構を進化の 過程で獲得されてきたと考えられる.今後は,DNA損 傷が起きた時にSOG1転写因子がどのような因子を制御 しているかが明らかにされることで,植物のDNA損傷 応答の理解がさらに進むことが期待される.
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プロフィール
高橋 直紀(Naoki TAKAHASHI)
<略歴>2001年東京理科大学基礎工学部 生物工学科卒業/2006年同大学大学院基 礎工学研究科博士課程終了/同年VIB/ゲ ント大学博士研究員/2009年理化学研究 所特別研究員/2010年奈良先端科学技術 大学院大学バイオサイエンス研究科博士研 究員/2012年同助教,現在に至る<研究 テーマと抱負>植物のDNA損傷応答,根 の成長制御機構,幹細胞<趣味>旅行,温 泉
梅田 正明(Masaaki UMEDA)
<略歴>1987年東京大学農学部農芸化学 科卒業/1991年同大学農学系大学院農芸 化学専攻博士課程単位取得退学/1991年 同大学応用微生物研究所助手/1999年同 大学分子細胞生物学研究所准教授/2006 年奈良先端科学技術大学院大学バイオサイ エンス研究科教授,現在に至る<研究テー マと抱負>植物の細胞分裂と分化を支える 制御機構<趣味>野球観戦,音楽鑑賞
Copyright © 2016 公益社団法人日本農芸化学会 DOI: 10.1271/kagakutoseibutsu.54.123
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