【解説】
微生物による無機ヨウ素 化合物の酸化還元反応
天知誠吾
ヨウ素は人類の必須元素である一方,放射性ヨウ素のリスク に対する関心も高まっている.ヨウ素はさまざまな生物地球 化学的プロセスを経て,地球環境中をダイナミックに循環し ている.近年,ヨウ素循環への環境微生物の関与が明らかに なりつつある.ここでは,無機ヨウ素の酸化・還元を行う細 菌について概説する.前者はヨウ素を化学兵器として,後者 はヨウ素を呼吸の最終電子受容体として利用している.この ような特異な細菌が,放射性ヨウ素を含むヨウ素の環境挙動 や動態に寄与している可能性がある.
ヨウ素サイクルと微生物
地球上のすべての元素は,種々の物理・化学・生物学 的反応を経て環境中を循環している.これを元素の生物 地球化学的循環という.窒素,硫黄,鉄,マンガン,ヒ 素といった元素の循環についてはすでに多くのことがわ かっており,微生物はそのなかで特に酸化還元反応の担 い手として必須の役割を演じている.これに対し,微量 元素であるヨウ素の循環(ヨウ素サイクル)については
まだ謎が多い.ヨウ素はハロゲンの1種であるが,その 環境挙動は同じハロゲンである塩素や臭素とかなり異 なっている.ヨウ素が甲状腺ホルモンの成分として人類 を含めた脊椎動物の必須元素であること,大気中ヨウ素 がオゾン層の破壊に寄与すること(後述),また原発事 故や原子力燃料の再処理に伴い環境に放出される放射性 ヨウ素 (131I, 129I) への関心が社会的に高まっていること を考えると,ヨウ素サイクルの解明は重要な課題と言え る.
環境中でヨウ素は主として−1価のヨウ化物イオン
(I−), または+5価のヨウ素酸イオン (IO3−) という化 学形態で存在している(図
1
).このほかに,+1価の次 亜ヨウ素酸 (HIO), 0価の分子状ヨウ素 (I2), ヨウ化メチ ル (CH3I) をはじめとする種々の有機ヨウ素が存在する(1, 2).多くの地球化学的なデータより,環境中でのヨ
ウ素の動態や化学形態変化には生物反応が関与すると考 えられているが,あまり詳しいことはわかっていない.
本稿ではヨウ素サイクルを構成する主要な反応,特にそ の酸化還元反応について解説するとともに,その反応を 触媒する生物,特に微生物について筆者らの研究も含め て紹介する.
Microbial Oxidation and Reduction of Inorganic Iodine in the En- vironments
Seigo AMACHI,千葉大学大学院園芸学研究科
ヨウ素は大気中に揮発する
ガイア理論を提唱したジェームス・ラブロックは,
1970年代に電子捕獲型ガスクロマトグラフィー (GC- ECD) を用いて,海水や大気中に揮発性有機ヨウ素であ るCH3Iが広く分布していることを発見した(3, 4).これ により,海水中の無機ヨウ素が何らかの生物反応により 有機化(メチル化)し,大気圏に揮発することで地球環 境中をダイナミックに循環していることが明らかとなっ た.揮発性有機ヨウ素の化学形態としてはほかにも,ジ ヨードメタン (CH2I2) やクロロヨードメタン (CH2ClI), ヨウ化エチル (CH3CH2I) などが知られている.揮発し た有機ヨウ素は光分解を受けて無機ヨウ素となり,降雨 などとともに陸地へ沈降し,一部は土壌から植物,植物 から動物(甲状腺)へと移動し,最終的に再び海洋に戻 る(図1).すなわちヨウ素の揮発は,海洋から陸圏へ ヨウ素を供給し,人類を含めた陸圏の脊椎動物の生命維 持に不可欠なプロセスと言える.その後の研究により,
水田や泥炭地など陸圏環境からもヨウ素が揮発すること がわかっている(5〜7).
大気中に揮発したヨウ素はオゾン層の破壊に寄与する ことも知られている.特に有機ヨウ素が成層圏下部にま で侵入して光分解した場合,オゾン破壊物質としてよく 知られる塩素や臭素よりも効率的にオゾンを破壊すると いう(8).最近の研究によると,有機ヨウ素は雲の凝結核 や海洋エーロゾルの形成など,全地球的な気候変動にか かわるプロセスにも貢献しているらしい(9).地球規模で のヨウ素の年間総揮発量は300 〜500 Gg(1 Ggは109 g)
程度と見積もられている(10).CH3Iの主要発生源となり
うる海洋生物として,コンブなどの大型藻類,微細藻 類,海洋細菌が知られている(11〜13).また海洋のみなら ず,陸圏の植物や菌類,土壌細菌のCH3I生産能に関す る報告もある(14〜16).
ヨウ素酸化細菌は「高ヨウ素環境」を好む
弱アルカリ性の海水において,ヨウ化物イオンの分子 状ヨウ素への酸化は熱力学的に難しいとされる.しか し,いったん分子状ヨウ素が生成すれば,次亜ヨウ素酸 を経て最終的にヨウ素酸イオン(以下ヨウ素酸と記述す 図1■生物地球化学的ヨウ素サイク ル
括弧内にヨウ素の価数を示した.原 発事故や原子力燃料の再処理で生成 する放射性ヨウ素 (131I, 129I) もこの 循環に組み込まれる.ヨウ素の酸化,
還元反応は陸圏環境でも活発に進行 していると予想されるが,まだ詳し いことはわかっていない.ヨウ素を 高度に濃縮するコンブやある種の細 菌類は,海底堆積物中の高いヨウ素 濃度と関係があるかもしれない.ま た堆積物や土壌中の有機態ヨウ素は,
ある種の脱ハロゲン呼吸細菌によっ て脱ヨウ素化され,再び無機化して いるかもしれない.
図2■高ヨウ素環境に優占して生息するヨウ素酸化細菌
(A) 天然ガス鹹水からのヨウ素酸化細菌の分離.培地にヨウ化物 イオンと可溶性デンプンを入れておく.ヨウ素酸化細菌によって ヨウ化物イオンが分子状ヨウ素に酸化されると,ヨウ素デンプン 反応によりコロニーが紫色に呈色する.(B) 海水に鹹水と同程度 のヨウ化物イオンを添加し培養すると,黄色(分子状ヨウ素の色)
に呈色する.(C) 黄色に呈色した海水中の細菌群集構造をPCR- DGGEで解析すると,ヨウ素酸化細菌(IOBと表記した)が高度 に集積されているのがわかる.
る)にまで自発的に酸化される(1) (図1).このため自然 界において,ヨウ化物イオンの酸化反応は何らかの生物 が触媒すると予想されるが,具体的な研究例は非常に少 ない.1968年,イスラエルのGozlanはボラの養殖用水 槽よりヨウ化物イオンを分子状ヨウ素へ酸化する細菌を 分 離 し,こ れ を と 命 名 し た(17). は現在入手できないため,筆者ら は種々の環境試料から のようなヨウ素酸 化細菌を新たに分離することを試みた.具体的にはヨウ 化物イオンと可溶性デンプンを含んだ培地を調製し,試 料を塗布,ヨウ素デンプン反応により紫色に呈色するコ ロニーを取得した(図
2
).その結果,ヨウ化物イオン に富んだ天然ガス鹹水(かんすい)と呼ばれる試料から 多数の菌株を得ることができた(18).土壌や海水からは このような細菌は分離できなかった.16S rRNA遺伝子 に基づく系統解析より,ヨウ素酸化細菌はα
-プロテオ バ ク テ リ ア の に 近 縁 な 系 統 と,に近縁な系統の2グループ から構成されていることがわかった. に近 縁な系統はFuseら(19) やZhaoら(20) によっても分離さ れている.
ヨウ素酸化細菌が分離された鹹水は,水溶性天然ガス
(メタン)採取の付随水のことで,時に海水の2,000倍
(1 mM) もの高濃度のヨウ化物イオンを含む.特に千葉 県房総半島からは豊富なヨウ素が産出し,その埋蔵量は 世界最大といわれている.ヨウ素はレントゲンの造影剤 や写真の感光剤,殺菌・防黴剤,工業触媒,液晶ディス プレイ用偏光膜など幅広い産業用途をもっている.ヨウ 素酸化細菌が天然ガス鹹水からのみ再現性よく分離され た事実は,この細菌が「高ヨウ素環境」を好むという特 異な性質をもつことを予想させたが,この時点では詳細 は不明であった.
その後,ヨウ素酸化細菌が分離できなかった海水サン プルに,鹹水と同程度のヨウ化物イオン (1 mM) を添 加して数週間から数カ月培養すると,ヨウ素酸化細菌が 分離できることがわかった(18, 21) (図2).PCR-DGGE解 析により,ヨウ化物イオンを添加した海水では培養に 伴ってヨウ素酸化細菌が高度に集積されること,また定 量PCRによりこれら海水ではヨウ素酸化細菌の存在割 合が全細菌の6 〜 76%にまで上昇することがわかった
(集積前は1%以下).このヨウ素酸化細菌の特異的な増 殖は,ヨウ化物イオンの代わりに低濃度の分子状ヨウ素 を添加した海水でも観察された.すなわち,この集積現 象の鍵となる化合物はヨウ化物イオンではなく,分子状 ヨウ素と考えられた.分子状ヨウ素には強い酸化力があ
り,種々の細菌,糸状菌,酵母,ウイルスに対し殺菌力 を有する.したがって,ヨウ素酸化細菌は分子状ヨウ素 を,競合細菌を駆逐するための化学兵器として利用して いると考えられる.ヨウ素酸化細菌自身はおよそ40 µM 程度までの低レベルの分子状ヨウ素に耐性をもつことも 確認されている.一方,高ヨウ素環境におけるヨウ素酸 化細菌の活性化には負の側面も存在する.千葉県の水溶 性ガス田のヨウ素回収施設において,以前から配管の激 しい腐食が問題となっていた.天然ガスが回収された鹹 水は,別の施設でヨウ素が回収され,地盤沈下防止のた め最終的に地下へ涵養される(還元される鹹水にも相当 量のヨウ化物イオンが残存する).このような施設にお いて,腐食は特にヨウ素回収後の配管で深刻である.こ れは鹹水処理過程において空気に暴露されたことにより 好気性のヨウ素酸化細菌が活性化し,生産された分子状 ヨウ素によって配管の炭素鋼が腐食するためと考えられ ている(20, 22).
ヨウ素酸化酵素は新規マルチ銅オキシダーゼ ヨウ素酸化細菌の培養上清にはヨウ素酸化酵素活性が 見いだされる(18).本酵素の活性には過酸化水素ではな く酸素が必要なため,既知のハロパーオキシダーゼでは なくオキシダーゼ様酵素と考えられた.筆者らは最近,
に近縁なヨウ素酸化細菌Q-1株よりヨウ素 酸化酵素を精製しその性質を明らかにした(23).本酵素 の活性はNaN3, KCN, EDTA, 銅キレーターの -フェナ ンスロリンに阻害された.また銅イオンの存在下でQ-1 株の酵素生産量は約20倍上昇し,酵素自身も補因子と して銅を含んでいた.精製酵素はヨウ化物イオン以外に もABTS, -フェニレンジアミン,シリンガルダジン,
2,6-ジメトキシフェノール,ヒドロキノンなどのメトキ シフェノール類, -ジフェノール類,芳香族ジアミン類 に酸化活性を示した.また320 nmと590 nmにタイプ3 およびタイプ1銅に由来する吸収極大を有していた.以 上の結果より,ヨウ素酸化酵素はマルチ銅オキシダーゼ
(MCO) と呼ばれるタンパク質の1種であることが強く 示唆された.MCOは糸状菌のラッカーゼ,植物のアス コルビン酸オキシダーゼ,哺乳類のセルロプラスミンな どを含む多様な銅タンパクファミリーの1種で,しばし ば複数のタンパク質が高分子量の複合体を形成すること で知られる(24).ヨウ素酸化酵素もSDS-PAGEゲル上で 150 kDa以上の複数のバンドを示すなど,高分子量複合 体の形成が予想された.細菌のMCOとしてはこれまで マ ン ガ ン 酸 化 (CumA)(25), 銅 耐 性 の 付 与 (CueO,
CopA)(26, 27), 紫外線耐性の付与 (CotA)(28) といった機 能をもつものが報告されているが,ヨウ素酸化能をもつ ものは知られていない.
ヨウ素酸化酵素の構造遺伝子を推定するため,Illumi- na GA IIによるヨウ素酸化細菌Q-1株のドラフトゲノム 解析を行った(23).得られた総塩基長584 Mbのリード データを アセンブルした結果,306個のコン ティグが作製できた.この結果からQ-1株の推定全ゲノ ムサイズは3.09 Mb程度と予想された.作製したコン ティグ配列は微生物アノテーションパイプラインb- MiGAPによりCDS予測と遺伝子アノテーションを実施 した.その結果rRNA,tRNAを除き100アミノ酸以上 の長さをもつCDSは2,554個見いだされた.
ヨウ素酸化酵素の精製標品をトリプシン処理して得ら れた内部アミノ酸配列,およびLC-MS/MS解析により 得られたペプチド断片情報をQ-1株のドラフトゲノム配 列と比較した結果,ヨウ素酸化酵素をコードする領域は ゲノム中の2つの ORF ( , ) であることが示唆 された(23) (図
3
).BLASTP解析の結果,IoxAはヨウ素 酸化細菌と系統的に近縁な sp. 217の推定 MCOと,IoxCは同じく sp. 217の機能未知 タンパク質と相同性を示した. は の下流に存 在し,近傍には6つのORFが存在した ( 〜 ).こ れらORFのうち3つ ( , , ) は銅シャペロン として知られるSCO1/SenC family proteinをコードし ていた.一般的にMCOには特徴的な4つの銅結合モチーフが存在するが,IoxAにもこれらモチーフが完全 に保存されていた.分子系統解析の結果,IoxAは細菌 由来の既知MCO(CopA, CotA, CueO など)とは系統 的に異なることが明らかとなった(図3).
IoxAと相同性を示すタンパク質は海洋細菌 sp. 217以外にも,土壌細菌
や などのゲノム中にも
コードされていた(図3).これら細菌のゲノム中にお いても 〜 の遺伝子群は保存されていたが,
においては と しか存在しなかっ
た. と を入手しヨウ素酸
化能の有無を確認したところ,いずれの細菌もヨウ素酸 化能を有することが明らかとなった.以上のことから,
ヨウ素酸化細菌は海洋環境のみならず陸圏環境にも広く 分布すること,またヨウ素酸化活性には と の 存在が十分条件である可能性が示唆された. 遺伝 子を特異的に増幅するdegenerate primerの設計によ り,今後環境中の の多様性や存在量が明らかにな るだろう.
ヨウ素酸化反応は土壌中ヨウ素の安定化にも 寄与する
土壌はヨウ素を強く吸着する(2).日本の一般的な土壌 である黒ボク土中のヨウ素濃度は20 〜50 mg kg−1 程度 であるが,母材の岩石が0.01 mg kg−1 程度であるのと 比べると1,000倍以上ヨウ素を濃縮している(29).また,
図3■ヨウ素酸化酵素IoxAは新規 マルチ銅オキシダーゼ (MCO) で ある
(A) IoxAのアミノ酸配列に基づく系 統樹.IoxA は CotA, CueO, CumA, CopAといった既知のMCOとは系統 的に隔たっており, sp.
217などの推定MCOと独立したクラ スターを形成した.菌名の前のアス タリスク (*) はヨウ素酸化能が確認 されたことを示す.(B) 各種細菌ゲ ノム中における 遺伝子群の配置.
再処理施設周辺の表層土壌中の放射性ヨウ素 (129I) 濃 度が高いことが知られているが(30),これは大気中に放 出された 129I が雨水などを経て土壌中に加わったもの である.福島第一原発から放出された放射性ヨウ素
(131I) のおよそ50%が土壌に吸着したという報告もあ る(31).ヨウ素の土壌吸着は,放射性ヨウ素の環境挙動 を評価するうえで重要な現象であるが,その吸着メカニ ズムの詳細は明らかになっていない.近年,X線吸収微 細構造 (XAFS) 解析により,土壌中ヨウ素は腐植など の有機物とC-I結合を形成することが明らかとなってい る(32).一方,土壌試料をオートクレーブ滅菌,乾燥,
または燻蒸処理するとヨウ素の吸着が阻害されることか ら,ヨウ素の吸着には土壌微生物が直接または間接的に 寄与すると予想されていた(29, 33).
筆者らは,ヨウ素の土壌吸着に及ぼす微生物の影響を さ ら に 理 解 す る た め に,放 射 性 の ヨ ウ 化 物 イ オ ン
(125I−) を用いたバッチ吸着実験を行った(34).その結 果,ヨウ素の吸着はオートクレーブ滅菌のほかに,嫌気 処理,還元剤の添加によっても顕著に阻害された.ま た,酸化還元酵素の一般的な阻害剤であるNaN3やKCN によっても強く阻害された.先に述べたように細菌のヨ ウ素酸化酵素がMCOの1種であることがわかっている
ため,土壌中MCO活性とヨウ素の吸着に相関がないか 検証した.ABTSを基質として土壌中MCO活性を測定 したところ,滅菌,嫌気,還元剤,阻害剤により顕著に 阻害され,土壌のヨウ素分配係数 ( d) とも高い相関が あった.さらに,滅菌土壌に細菌由来のMCOを添加す ることによりヨウ素の吸着能が復帰した.XAFS解析よ り,MCOは土壌中でヨウ化物イオンを有機態ヨウ素へ 変換することが直接的に示された(図
4
).以上の結果 より,土壌微生物の生産するMCO(ヨウ素酸化酵素)がヨウ化物イオンを酸化し,生成した分子状ヨウ素また は次亜ヨウ素酸が土壌中の有機物と速やかに反応し固定 化されると考えられた.原発事故などにより放出された 放射性ヨウ素の挙動を考えた場合,このようなヨウ素の 安定化は,地下水や農作物への放射性ヨウ素の移行を遅 らせる働きがあると考えられる.
sp. SCTによるヨウ素酸呼吸 熱力学的な計算によると,海水中 (pH 8.1, pE 12.5)
のヨウ素酸とヨウ化物イオンの比 (IO3−/I−) は本来3.2
×1013となるはずで,海水中でヨウ化物イオンは原理的 に存在しえないとされる(2).ところが実際には,表層海 図4■ヨウ素酸化反応により土壌中でヨウ素は安定化する
(A) 土壌固相中のヨウ素の化学形態をX線吸収微細構造 (XAFS) 解析により調べることができる.滅菌土壌にヨウ化物イオンと細菌由来 MCOを添加すると,ヨウ素は100%有機態に変化した.(B) 土壌微生物のMCOによるヨウ素の酸化・有機化プロセスは,放射性ヨウ素の 農作物・地下水への移行を遅らせる働きがある.
水などでときにヨウ素の約半分がヨウ化物イオンとして 検出される.これは海洋生物によってヨウ素酸が活発に 還元されている証拠とされる.これまでいくつかの微細 藻類でヨウ素酸還元能が報告されている(35).また,硝 酸還元細菌,鉄還元細菌,硫酸還元細菌などでもヨウ素 酸還元能が確認されている(36, 37).しかしながらこれら 細菌によるヨウ素酸の還元が同化的還元,異化的還元あ るいはエネルギー産生を伴う呼吸反応かは明らかでな かった.
筆者らは,海洋環境からのヨウ素酸還元細菌の新たな 分離を試みた(38).スクリーニングの結果,相模湾の表 層堆積物から sp. SCT株を分離した.本 菌は当初,嫌気条件で200
μ
Mのヨウ素酸を12時間で還 元できる細菌として分離された.SCT株は に 近縁で,酸素,硝酸または亜硝酸を電子受容体として生 育できる脱窒細菌の1種であった.SCT株のヨウ素酸還 元能は,嫌気条件でヨウ素酸とともに培養した場合に特 異的に誘導された.また,メチルビオロゲンまたはベン ジルビオロゲンを電子供与体にできるヨウ素酸還元酵素 活性を示し,その76%がペリプラズム画分に局在した.興味深いことに,SCT株は最大5 mMまでのヨウ素酸を 唯一の電子受容体として生育できることがわかった(39). このときのSCT株の生育は添加したヨウ素酸の濃度に 比例した.すなわちSCT株は,ヨウ素酸呼吸能を有す
る初めての細菌と考えられる.酢酸を電子供与体として ヨウ素酸呼吸条件で生育させたときの物質収支は,以下 の熱化学方程式と完全に一致した.
3C2H3O2−+4IO3−+3H+→4I−+6CO2+6H2O (Δ 0′=−741 kJ/モル酢酸)
呼吸阻害剤を用いた実験結果より,ヨウ素酸呼吸時の SCT株は複合体I(2.5
μ
M HQNOで阻害),ユビキノン(5
μ
Mロテノンで阻害),複合体III(10μ
Mアンチマイ シンAで阻害),複合体IV(5μ
M KCNで阻害)を電子 伝達鎖にもつことが示唆された.またペリプラズムに は,ヨウ素酸存在下で完全に酸化されるシトクローム が存在した.複合体IV(膜結合型シトクローム 末端オキシダー ゼ)は好気呼吸において酸素の還元を担う複合体であ る.このため嫌気呼吸の1種であるヨウ素酸呼吸が低濃 度のKCNで強く阻害されるのは奇妙に感じられるかも しれない.ヨウ素酸と同じくハロゲンの酸化物である塩 素酸 (ClO3−) は,ある種の細菌 (
, など)にとって呼吸の最終電
子受容体となりうる(40).塩素酸呼吸において,毒性の 高い中間体である亜塩素酸 (ClO2−) が産生するが,塩 素酸呼吸細菌はこれをペリプラズムに局在する亜塩素酸
図5■ sp. SCT株のヨウ素酸呼吸時に働く推定呼吸鎖コンポーネント
I(NADHデヒドロゲナーゼ複合体[複合体I]),II(シトクローム 1複合体[複合体III]),IV(シトクローム オキシダーゼ複合体[複 合体IV]),cyt (シトクローム ),CoQH2/CoQ(キノンプール),HIO dis(未確認の次亜ヨウ素酸不均化酵素),IO3− red(ペリプラズ ム局在型のヨウ素酸還元酵素).各種阻害剤の作用部位を黄色いマークで示した.
不均化酵素 (chlorite dismutase) によって速やかに塩化 物イオンと分子状酸素に解毒する.ここで産生する酸素 は複合体IVによる好気呼吸によって消費される.すな わち,塩素酸呼吸では実際には塩素酸呼吸と酸素呼吸の 両方が同時進行している(41).SCT株においてもこのよ うなbranching electron flowが起きていることを示す間 接的な証拠がある.ヨウ素酸呼吸条件で生育させたと き,培 養 中 期 の ヨ ウ 素 酸 と ヨ ウ 化 物 イ オ ン の 和
(2.6 mM) は初期添加したヨウ素酸濃度 (4 mM) と比較 して顕著に低かった.これはヨウ素酸の還元過程で未同 定の中間体が生成することを示唆している.また,先に 述べたヨウ素酸呼吸条件におけるKCNによる生育阻害 は,酸素除去剤の添加により顕著に緩和された.このこ とは,ヨウ素酸呼吸時の電子伝達鎖に複合体IVが含ま れることを示唆している.培養時のpHとEhから考え て中間体は次亜ヨウ素酸 (HIO) と予想されるが,本物 質は化学的に不安定で市販されていないため,いまだ不 均化酵素の存在を証明できていない.図
5
にSCT株に よるヨウ素酸呼吸時の予測される呼吸鎖コンポーネント を示す.キノンプールから複合体IIIへと伝達された電 子は,おそらくペリプラズムのシトクローム を経てヨ ウ素酸還元酵素へと受け渡される.次にヨウ素酸還元酵 素はヨウ素酸を次亜ヨウ素酸へ還元する.C2H3O2−+2IO3−+3H+→2HIO+2CO2+2H2O (Δ 0′=−702 kJ/モル酢酸)
生成した次亜ヨウ素酸は,おそらく何らかの不均化酵素 によってヨウ化物イオンと分子状酸素になると推察され る.
2HIO→2H++2I−+O2
最後に生成した酸素は複合体IVによって還元される.
C2H3O2−+2O2+H+→2CO2+2H2O (Δ 0′=−853 kJ/モル酢酸)
もし上記仮説が正しいとすると,ヨウ素酸還元において 供給される6電子のうち4電子がヨウ素酸の不完全な還 元に,残る2電子が酸素の還元に利用される.したがっ て,実際の自由エネルギー変化は−752 kJ/モル酢酸程 度と予想される.このことは,ヨウ素酸の不完全な還元 は,完全な還元(−741 kJ/モル酢酸)と比べて熱力学 的に不利益を被っていないことを意味している.
おわりに
以上,環境中のヨウ素の動態に影響を与える微生物と して,ヨウ素酸化細菌とヨウ素酸還元細菌について主に 筆者らの研究結果を中心に紹介した.ヨウ素はマイナー な元素のためか,甲状腺の研究を除くとこれまで生物分 野での研究がほとんど進んでこなかった.ところがすで に述べたように,微生物のなかにはヨウ素を化学兵器と して利用するもの,さらにはヨウ素を呼吸するものまで 存在する.また,今回紙数の関係で紹介できなかった が,ヨウ素を高度に濃縮する細菌(42, 43) や,芳香族ヨウ 素化化合物を還元的に脱ヨウ素化する細菌(44) なども存 在する.今後,このような微生物が環境中でのヨウ素の 挙動にどの程度影響を与えているのか評価するととも に,これら微生物の有する新しい生理機能を利用した新 たな応用研究の展開も期待される.
謝辞:本解説において紹介した筆者らの研究の多くは,東京工業大学資 源化学研究所・田中 寛教授,東京農業大学応用生物科学部・吉川博文 教授,同生物資源ゲノム解析センター・兼崎 友研究員,産業技術総合 研究所生物プロセス研究部門・鎌形洋一博士,日本原子力研究開発機構 先端基礎研究センター・大貫敏彦博士,学習院大学理学部・村松康行教 授をはじめとする多くの共同研究者とともに実施したものである.なお,
本解説で紹介した内容の一部は,科学研究費補助金若手研究 (B)(課題 番号:17710043, 20780049),発酵研究所,およびヨウ素学会の支援によ り行われた.
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プロフィル
天知 誠吾(Seigo AMACHI)
<略歴>1993年北海道大学農学部農芸化 学科卒業/1995年同大学大学院農学研究 科農芸化学専攻修士課程修了/1998年同 博士課程修了 (農博)/同年通商産業省工 業技術院生命工学工業技術研究所研究員/
2000年千葉大学園芸学部生物生産科学科 助 手/2007年 同 助 教/2008年 同 准 教 授,
現在に至る<研究テーマと抱負>ヨウ素,
ヒ素などの元素と微生物の相互作用,乳酸 菌の耐酸性メカニズムの解明<趣味>長年 の不健康な生活習慣を断ち切り,プールと ジム通いにいそしむ日々です