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微生物探索が食にもたらす革新 - J-Stage

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(1)

わが国における微生物探索とその成果に基づいた技術開発は,戦後における産業革命の大きな柱の一つをなした.

その源流には,日本に固有の食文化とその根幹をなす伝統醸造における洗練された技術がある.本稿では,和食 ならではの「うま味」成分の発見に導かれ,やがて微生物生産の威力を世界に顕示することになるアミノ酸なら びに核酸の発酵生産と,醸造酢の生産に端を発する酢酸およびいくつかの有機酸の発酵生産について振り返る.

有用微生物の発見が食品分野をも巻き込んで引き起こすイノベーションのスケールについて,改めて認識を深め たい.

アミノ酸発酵

わが国の食文化において だし は重要な位置を占め るが,代表的なだしである「昆布だし」のうま味の主成 分がL-グルタミン酸塩であるということを池田菊苗が発 見したのは1908年のことであった(1)

.それまでに知ら

れていた4基本味とは別の「うま味」を発見し,「うま 味」を示す物質を明らかにした池田の業績は特筆すべき ものの一つである.この発見に基づくうま味調味料事業 は当初は難航したものの,しばらくすると販路の拡大と 相まって売り上げは急速に拡大していった.

このように,L-グルタミン酸の工業生産は明治時代か ら行われていたが,その製法はタンパク質を加水分解す るものであった.太平洋戦争後の食糧難のなか,貴重な 穀類を原料とすることへの問題意識や栄養状態の改善へ の希求などもあり,微生物を利用したL-グルタミン酸の 生産を目指す研究が進められた.

当初は2段階法,すなわち,L-グルタミン酸生合成の 前駆物質である2-オキソグルタル酸を発酵生産した後,

2-オキソグルタル酸をL-グルタミン酸に変換する研究が 進められていた.この背景には,生物にとって重要なL- グルタミン酸を細胞外に過剰生産する微生物が存在する ことは常識的には考えにくいということがあったと思わ

れる.1957年に協和発酵工業株式会社(当時)の鵜高 重三と木下祝郎は,よく練られた巧みなスクリーニング 系を用い,自然界に新たな微生物を求め,さらに当時最 新の分析技術を駆使することで,この「非常識的」な微 生物を発見した(2, 3)(図

1

.アミノ酸発酵の誕生である.

これを契機にさまざまなアミノ酸が微生物を利用して 生産されるようになった.グルタミン酸以外のアミノ酸 を生産する微生物については,主に変異育種法が用いら れた.これは変異を誘導する処理の後,目的の性質を有 する変異株を選抜するものである.このようにして得ら れた生産株の解析は代謝調節機構の解明につながり,代 謝制御発酵へと発展した.

グルタミン酸発酵においては,野生株を用いた場合で も,ビオチンを制限して培養を行うなどの誘導条件下で は対糖収率20%以上でグルタミン酸が生産される.し かし,その仕組みは長い間研究者の関心を集めつつも謎 であった.現在でもその仕組みは完全には解明されてい ないが,おおよそ次の2つの観点から理解されている.

それは,①グルタミン酸生合成方向への代謝変換,②グ ルタミン酸の細胞外への排出の活性化である(図

2

グルタミン酸生合成方向への代謝変換の一つに,グル タミン酸生合成の前駆物質である2-オキソグルタル酸を スクシニルCoAに変換する酵素である2-オキソグルタ ル酸脱水素酵素複合体(ODHc)の活性低下が知られて いる.ODHcの活性制御には,143アミノ酸残基からな るOdhIのリン酸化,脱リン酸化が関与することが報告

【特集】

  2015

年ノーベル生理学・医学賞受賞記念特集:微生物探索研究

微生物探索が食にもたらす革新

川崎 寿 * 1 ,上田賢志 * 2

Hisashi KAWASAKI, Kenji UEDA, *1 東京電機大学工学部,*2 日 本大学生物資源科学部

日本農芸化学会

● 化学 と 生物 

(2)

されている(4)

グルタミン酸の細胞外への排出の活性化については,

膜張力に応答して開閉する メカノセンシティブチャネ ル がグルタミン酸生産誘導条件下で開孔し,その孔を 通じてグルタミン酸が細胞外に排出されることが最近の 研究で明らかとなっている(5)

.これらの新しい知見は,

グルタミン酸発酵の仕組みとして興味深いばかりでな く,基盤的研究成果としても価値があり,それらを踏ま えた応用展開の芽も生まれている.

現在,グルタミン酸の世界需要は年間約311万トン

(1ナトリウム塩として)と推定されており(2014年 度)

,その市場は拡大し続けている.

図1グルタミン酸生産菌のスクリーニ ング法

化学と生物,47, 212(2009)より転載.

図2 によるグルタミン酸生産機構

左はグルタミン酸を生成しない状態の細胞,右はグルタミン酸を生成している状態の細胞を表している.矢印は代謝の流れを示し,点線は 代謝流量の減少を示す.Pはリン酸基を示す.

日本農芸化学会

● 化学 と 生物 

(3)

微生物探索に基づいて発明されたアミノ酸発酵は,バ イオテクノロジーに革新をもたらしその基盤技術の一つ となったばかりでなく,現在も微生物研究のフロンティ アであるとともに世界の豊かな食と暮らしに貢献してい る.

核酸発酵

代表的な だし である「かつお節だし」のうま味の 主成分がイノシン酸(IMP)のヒスチジン塩であるとい うことが小玉新太郎によって報告されたのは1913年で あった(6)

.その後しばらくこの報告は忘れられていた

が,1950年代後半に国中 明らは,このうま味を示す 物質がイノシン酸の異性体のうち5′-IMPであることを 明らかにした(7)

国中らはRNAを分解して5′位にリン酸基をもつヌク レオチドを生成する活性を示す微生物の探索を,「なん でも願わしいことはまず微生物に頼むというやり方は,

応用微生物学の常道ともいえよう」という坂口謹一郎先 生の哲学に支えられて推進し,ペニシリウム属のカビに 目的の活性を見いだした(8)(図

3

.その過程で,5′-GMP

(グアニル酸)もうま味を示すこと(その後,5′-GMPは 干しシイタケの主要うま味成分であることが明らかと

なった)

,さらに,5

′-IMPや5′-GMPがグルタミン酸ナ トリウムと共存すると,うま味が相乗的に増強すること を見いだした.これらの発見に基づいて,1961年に相 乗効果を活かした複合うま味調味料が誕生した.

また,国中らは当時進展していた微生物の栄養要求変 異株の知見を基に,アデニン要求変異株によるイノシン 酸生産の可能性についての研究も進めていた.その結 果,1961年に のアデニン要求変異株が イノシン酸やイノシンを培養液に蓄積することを報告し た(9)

.その後,ヌクレオシド発酵やヌクレオチド発酵は

大きく発展した.

うま味を示すヌクレオチドの現在の生産方法は,

RNA分解法のほか,発酵法により生産したイノシンや グアノシンを酵素によってリン酸化する方法,5′-IMP を直接発酵する方法,発酵法により生産した5′-XMPを 酵素によって5′-GMPに変換する方法などがある.なお,

イノシンやグアノシンをリン酸化する際に用いられる酵 素は,立体構造に基づいた産業用酵素の創製(10)におけ る成功例として特筆すべきものである.

核酸発酵は,上述のアミノ酸発酵とともに,日本の伝 統的食文化と先端的微生物研究・微生物利用技術の出会 いが革新的な成果を上げた代表例である.うま味を示す ヌクレオチドの世界の推定需要は年間31,000トン(2011 年度)であり,その市場は現在も拡大している.

有機酸発酵

微生物の一次代謝産物の中には,アミノ酸や核酸のほ かに多様な有機酸が含まれる.特定の菌が著量の有機酸 を効率良く生産する性質を利用し,いくつもの有機酸の 発酵生産系が実用化されてきた.発酵によって生産され る有機酸の中でも特に生産量が多いものはクエン酸であ り,以下,酢酸,乳酸,グルコン酸,イタコン酸などが 続く.今日,有機酸はさまざまな用途に利用されている が,特に食品への添加では,酸味の調整,保存性の向 上,保湿性の向上,脂肪成分の酸化防止,固化や凝固の 促進,フレーバー向上,イオンの包摂など,幅広い効果 が期待されている(11)

.ここでは,優れた生産菌を見つ

けだすことで発酵生産系が確立した有機酸のうち,伝統 的な発酵生産体制のもとに世界的な市場が今なお拡大を 続ける3点(クエン酸・酢酸・乳酸)について,その生 産系と代謝メカニズムを俯瞰する.

1. クエン酸

長年にわたり,清涼飲料をはじめとする爽快な風味を

図3RNAのホスホジエステル結合とホスホジエステラーゼに

よる分解位置

矢印は酵素による分解位置を示す.

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● 化学 と 生物 

(4)

持ち味とした飲食品類への添加物などとして世界規模で 高い需要があるクエン酸は,今日もなお大きな市場を抱 える発酵生産物であり,クロカビ を主 な生産菌に用いて量産されている(12)

.古くは柑橘類か

ら抽出することで生産されていたが,20世紀前半には 発酵法による工業生産体制が確立された.たとえば,米 国のファイザー社は1919年に発酵法を用いた量産を開 始し,1939年には砂糖を基質に用いた発酵システムの 確立によって大幅なコストダウンに成功した.このクエ ン酸発酵の技術は,時を同じくして発見されたペニシリ ンの発酵生産系を構築するための重要な基盤になった.

クエン酸発酵の条件は,生産諸国の経済的背景や原料 供給体制に依存して多様であるが,主に糖蜜やデンプン を原料にして生産されている.培養方法もまた,表面培 養,液体培養,固体培養とさまざまである.クエン酸の 効率的な発酵には,(i)過剰量の炭素源の添加,(ii)低 いpHと高い溶存酸素量の維持,および(iii)金属イオ ンとリンの制限などの特異的な条件設定が必要であるこ とが知られている(13)

クエン酸はTCAサイクルを構成する中間体の一つと しての役割がよく知られているが,その合成には,ピル ビン酸にATP依存的に炭酸分子を付加してオキサロ酢 酸を生成するピルビン酸カルボキシラーゼの反応(図

4

A)が重要な役割を担っている.しかし,クロカビに よるクエン酸の合成と排出が高い効率でおこることの決 定的な要因は明確になっていない.これまでの知見か ら,TCAサイクル中間体が細胞内に過剰に蓄積するこ とでオーバーフローを引き起こす原因として次の事象が かかわっていると推測されている.すなわち,(i)単純 拡散によりグルコースが速やかに細胞に取り込まれてい る,(ii)解糖フローが脱制御され,そのためTCAサイ クル中間体の前駆物質が高い効率で合成されている

(iii) NADHの酸化再生が脱共役しており,そのために

細胞内ATPレベルと異化代謝活性が低く維持されてい ることの3点である(12)

.クエン酸の蓄積は,菌の栄養増

殖中には起こらず,その停止と同時におこる点におい て,二次代謝の特性と類似している.

2. 酢酸

酢酸発酵は,エタノールを基質とした不完全な酸化に より酢酸を生成するプロセスであり,その能力を有する 菌群が総じて酢酸菌と呼ばれる(14)

.グラム陰性・好気

性のバクテリアである酢酸菌が位置する分類群Family 

(アセトバクテラセア科)には多くの 属が含まれるが,そのうちの 属と

属に顕著な酢酸生産性を示すものが見いださ れている.酢酸菌は多くの細胞膜結合型の酵素を有し,

補酵素としてピロロキノリンキノン(PQQ)ならびに フラビンアデニンジヌクレオチド(FAD)を要求する ものが多く存在する特徴が知られている.

酢酸菌による酢酸の生成は,酸素の消費を通じて基質 を酸化することで達成されることから,嫌気条件下にお けるエネルギー獲得方法として定義される狭義の発酵と は区別して酸化発酵と呼ばれている.酢酸発酵の場合,

PQQを補酵素とする膜結合型アルコール脱水素酵素

(ADH)によってエタノールがアセトアルデヒドに酸化 され,生成したアセトアルデヒドは同じく膜結合型のア ルデヒド脱水素酵素(ALDH)によって酢酸へと変換さ れる.アルデヒド脱水素酵素の補欠分子族はモリブドプ テリン‒シトシン‒ジヌクレオチド(MCD)であると推 測されている.これらの膜結合型酵素は細胞膜のペリプ ラズム側に局在するため,酢酸発酵のプロセスは細胞の 外側で完結する(図

5

.そのため,得られる発酵生産

物の基質に対する収率が高いのが特徴である.酢酸菌は この反応によって得た電子を電子受容体に受け渡すこと でエネルギーとして利用している.電子受容体はユビキ

図4クエン酸(A)と乳酸(B)の主 要生成反応

日本農芸化学会

● 化学 と 生物 

(5)

ノンであると考えられているが,アルデヒド脱水素酵素 を含む複数の酵素ではまだ同定されていない.

食品の製造や調理に多彩な用途で用いられる醸造酢 は,穀物や果物および醸造用アルコールなどを原料に作 られている.そのほとんどが通気撹拌培養法によって作 られているが,一部では静置培養による表面発酵も用い られている.前者の培養法のうち,5〜10%の中酸度深 部発酵法では が,10〜20%の高酸度

深部発酵法では に代表さ

れる高濃度酢酸耐性菌が用いられる.一方,後者の培養

法には, が主にかかわってい

る.高濃度酢酸耐性菌には通常のコロニー形成法が適用 できないものが含まれるなど,取り扱いが困難なものが 存在する.また,酢酸菌は遺伝的に不安定で形質の変化 が起こりやすいことが経験的に知られており,その一つ の要因として,ゲノム上にトランスポゾンやIS(Inser- tion Sequence;挿入配列)などの可動性の遺伝領域が 多く存在することが挙げられている.

酢酸菌は,その高い酸化発酵特性により,酢酸以外に もいくつかの有機酸の発酵生産に活用されている(15)

(図5)

.たとえば,

属には,D-ソルビトー ルをL-ソルボースを経て2-ケト-L-グロン酸に変換するも のがある.炭素数6のカルボン酸である2-ケト-L-グロン 酸は,ビタミンC(アスコルビン酸)の工業的生産プロ セスにおける直接の前駆体である.また,ほとんどの 属の菌は,グルコースを基質としてリン 酸化を経ずにグルコン酸を生成・蓄積し,さらにグルコ ン酸は酸化されて2-ケト-D-グルコン酸(2KGA)と5-ケ ト-D-グルコン酸(5KGA)を生じる.5-ケト-D-グルコン 酸は,L-酒石酸の原料として注目されている.グルコー スからグルコノ-

δ

-ラクトン(グルコン酸と平衡にある

ラクトン化合物)への反応は,膜結合型PQQ依存性の グルコース脱水素酵素(GDH)が触媒し,2-ケト-D-グル コ ン 酸 へ はFAD依 存 性 グ ル コ ン 酸 脱 水 素 酵 素

(GADH)

,5-ケト-

D-グルコン酸へはPQQ依存性グルコ ン酸脱水素酵素(GLDH)が触媒する.GLDHは,上述 のソルビトールからソルボースを生成するソルビトール 脱水素酵素(SLDH)と同一の酵素であることが知られ ている.また,グリセロールを酸化してジヒドロキシア セトン(DHA)を生成するグリセロール脱水素酵素と しても機能する.

3. 乳酸

乳酸発酵は,嫌気条件下におけるエネルギー獲得方法 として定義される狭義の発酵の典型的な体系によって進 行する(11)

.すなわち,ピルビン酸をNADH依存的に還

元して乳酸を生成する乳酸脱水素酵素の反応が,解糖に おける酸化反応によって生じたNADHをNADへと再 生する役割を果たし,それらの共役によって解糖による エネルギー獲得と乳酸の蓄積が起こる(図4B)

.乳酸発

酵を行う主要な菌群は,グラム陽性・低G+C含量に分 類されるバクテリアの一群であり,乳酸菌と総称され る.

乳酸菌は6単糖や5単糖を資化して上記の代謝を行う が,乳酸のみが生成するホモ乳酸発酵を行う場合と,乳 酸以外にエタノールと炭酸ガスおよび酢酸などが副生す るヘテロ乳酸発酵を行う場合がある.どちらを行うかは それぞれの菌の重要な特性として捉えられる.前者は,

1モルの6単糖から2モルの乳酸を生成する効率の良さ から工業的な乳酸製造に利用され,後者は生産物にいろ いろな風味を与えることから発酵食品の製造などに利用 される.

図5酢酸菌の膜結合型酵素が行うさまざま な酸化発酵

松下・薬師(14)から改変.SDH,ソルボース脱 水素酵素;2KGADH, 2-ケトグルコン酸脱水素 酵素;2, 5-DKGA,2, 5-ジケトグルコン酸.そ れ以外の略号は本文参照.

日本農芸化学会

● 化学 と 生物 

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乳酸発酵の工業化の歴史は古く,1881年にアメリカ のAveryによって確立されたものが始まりである.乳 酸の発酵生産に用いられる乳酸菌種は比較的限られてお り,高温でも酸生成力を維持しかつ糖蜜やデンプンも資 化できる乳酸菌 が主である(16)

また,著量のL-乳酸を生成する活性を示す糸状菌

も用いられる.乳酸菌を用いた乳酸発酵で は,炭素源としてブドウ糖をはじめショ糖やデンプンが 用いられる.乳酸菌は複雑な栄養要求性を示すことか ら,それを満たすために酵母エキスなどを培地に添加す る必要がある.そのため,培地に含まれる物質の種類が 多くなり,高純度の乳酸を得るためには精製工程が複雑 になりコストがかかる.一方,糸状菌 を用い たプロセスは,デンプンと僅かな無機塩のみを培地成分 として発酵が行えるため,比較的高純度の乳酸を得やす いという利点がある.しかし,菌体がペレット状である ことと,副生する有機酸の多さのために,収率は乳酸菌 によるそれに比べて低い.

戦後,デンプンの価格の高騰と相まって,乳酸の生産 には合成法が適用されるようになった.一方,近年では 生分解性プラスチックの一つであるポリ乳酸の生産な ど,化学工業に於ける高純度の乳酸に対する需要の上昇 から,改めて発酵生産法が注目されている.乳酸にはL- 型とD-型の鏡像異性体が存在し(図4B)

,その一方のみ

が必要な場合,化学合成による生産ではコストがかか る.一方,乳酸発酵では乳酸脱水素酵素の特異性に依存 して一方の鏡像体が高い純度で生成しうる.そうした特 異性の高い生産菌を用いることで,光学純度が高くかつ 精製度の高い乳酸の生産が行われるようになった.2008 年のレポートによれば,世界で約15万トンのL-乳酸が 発酵生産されている(17)

乳酸菌による生産物は,乳酸のほかにランチビオ ティックと呼ばれる抗菌ペプチドの一群も実用化されて いる(16)

.本ペプチドは,遺伝子にコードされた前駆体

ペプチドがリボソーム依存的に発現しさらに翻訳後修飾 を受けて生成する.修飾によって生成し分子内架橋を形 成する異常アミノ酸の一つはランチオニン(lanthio- nine)と呼ばれ,それを構造に含む抗生物質(lanthio- nine-containing antibiotic) と い う 意 味 で ラ ン チ ビ オ チック(lantibiotic)と呼ばれる.細菌の膜を損傷させ ることで抗菌活性を発揮する本ペプチドは,食品の保存 に効果的であり,特に によって生産 されるナイシン(nisin) Aは缶詰やマヨネーズなどに 保存料として添加されている.

おわりに:時代が育む新たな発酵技術

戦後,感染症の制圧と食糧難の解決が急務であったわ が国では,お家芸である微生物を活用した技術の開発が 急発進した.ペニシリンとストレプトマイシンの発見を 契機としてその潜在性が認識し始められていた抗生物質 生産菌の探索は,たちまちに数々の生理活性物質の発見 と発酵生産系の確立を実現させた.一方,本稿でその一 部を取り上げた食品添加物の開発についても同様に,有 用な生産菌を探索する努力によって効率的な発酵生産系 の構築が実現し,用途拡大が後押しされてきた.今日で は,食品製造における工学的技術の進展と相まって,よ り高い付加価値をもつ製品が生み出されており,食品添 加物の役割は多様性を増している.

有用生産菌の獲得とそれを用いた生産系開発の過程は さらに,高生産の背景にある基礎代謝と遺伝制御のメカ ニズムを明らかにする研究の展開へとつながり,多くの 分子生物学的知見を蓄積させてきた.現在,それらの知 見を基礎とする代謝工学的アプローチによって,遺伝子 組換えを用いた生産菌の育種が多方面で進められてい る.また,上述の例にも見られるように,生産菌が副生 する物質にも有用なものが見つかることで,生産プロセ スの付加価値を創出している.このように,一つの生産 系をもとにして応用から基礎にわたる多面的な波及効果 が得られる点も発酵生産の特長である.

環境とエネルギーの問題が大きな課題として捉えられ るようになった今日,改めて発酵生産の可能性に大きな 注目が集まっている.ポリ乳酸の例にあるような,新し い素材の開発に伴う需要の拡大に加え,未利用資源の有 効利用に基づいた生産プロセスを確立する必要性から も,微生物を活用した技術に期待が高まっている.さら に,地球温暖化による気候の変動ならびに人間社会のグ ローバル化に伴う物流の変化は農畜水産物の生産性と流 通に大きな影響を及ぼす可能性があり,そこに対応した 技術開発も必要性を増すと考えられる.

微生物の能力を頼み,そこから生命の本質を教わる̶

伝統ある農芸化学・応用微生物学に受け継がれるこの信 念は,長きにわたって医と食,さらに環境の分野に数多 の基礎技術と知見を蓄積させてきた.本特集に際し,こ の先も泰然としてかつ柔軟に時代の要請に対応しながら 基礎学問と技術開発を創出し続ける必要性を改めて実感 する.

謝辞:有機酸発酵の記述をご指導下さいました玉川大学・星野達雄先生 に御礼申し上げます.

日本農芸化学会

● 化学 と 生物 

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文献

  1)  池田菊苗:東京化学会誌,30, 820 (1909).

  2)  S. Kinoshita, S. Udaka & M. Shimono: 

3, 193 (1957).

  3)  S. Udaka:  , 79, 754 (1960).

  4)  A. Niebisch, A. Kabus, C. Schultz, B. Weil & M. Bott: 

281, 12300 (2006).

  5)  K.  Hashimoto,  J.  Murata,  T.  Konishi,  I.  Yabe,  T.  Naka-

matsu & H. Kawasaki:  , 76

1422 (2012).

  6)  小玉新太郎:東京化学会誌,34, 751 (1913).

  7)  國中 明:日本農芸化学会誌,34, 489 (1960).

  8)  A.  Kuninaka,  S.  Otsuka,  Y.  Kobayashi  &  K.  Sakaguchi: 

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  9)  K.  Uchida,  A.  Kuninaka,  H.  Yoshino  &  M.  Kibi: 

25, 804 (1961).

10)  K. Ishikawa, Y. Mihara, N. Shimba, N. Ohtsu, H. Kawa- saki, E. Suzuki & Y. Asano:  , 15, 539 (2002).

11)  H. Quitmann & R. Fan:  , 

143, 91 (2014).

12)  M. Berovic & M. Legisa:  , 13, 303  (2007).

13)  M. Papagianni:  , 25, 244 (2007).

14)  酢酸菌研究会編: 酢の機能と科学 ,朝倉書店,2012.

15)  星野達雄: , 27, 83 (2011)

16)  バイオインダストリー協会・発酵と代謝研究会編: 発酵

ハンドブック 共立出版,2001.

17)  M.  Sauer,  D.  Porro,  D.  Mattanovich  &  P.  Branduardi: 

26, 100 (2008).

プロフィール

川 崎  寿(Hisashi KAWASAKI)

<略歴>1987年東京大学農学部農芸化学 科卒業/1989年同大学大学院農学研究科 農芸化学専攻修士課程修了/同年味の素株 式会社入社研究所勤務/2000年同研究所 主任研究員/2001年博士(農学)/2002年 東京電機大学助教授/2006年同教授,現 在に至る<研究テーマと抱負>微生物機能 を活用するための電気生理の手法を用いた 基盤研究<趣味> 誌と日本経済新 聞の斜め読み

上田 賢志(Kenji UEDA)

<略歴>1990年東京大学農学部農芸化学 科卒業/1995年同大学大学院農学生命科 学研究科博士後期課程修了/同年日本大学 農獣医学部(現生物資源科学部)助手/

1998年 同 助 教 授/2013年 同 教 授<研 究 テーマと抱負>微生物が織り成す共生相互 作用の多様性<趣味>子どもたちと遊ぶこ と,ギター演奏

Copyright © 2016 公益社団法人日本農芸化学会 DOI: 10.1271/kagakutoseibutsu.54.54

日本農芸化学会

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参照

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