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化学と生物 Vol. 55, No. 2, 2017
応用微生物学の将来についての一考察
穴澤秀治
一般財団法人バイオインダストリー協会日本農芸化学会
● 化学 と 生物
巻頭言 Top Column
Top Column
有用物質を生産する微生物を自然界から 探し出し,その生産性,活性を向上させる ために突然変異をランダムに起こさせ,優 良な形質の変異株を選択するのが応用微生 物学の技術発展の出発点であった.20世紀 末,特定の遺伝子を選別し,狙い撃ちで変 異を付与する,必要な遺伝子だけを増幅さ せる,不要有害な遺伝子は欠損させるなど,
遺伝子組換え技術を駆使する手法が登場 し,目的物質の生産微生物の育種を,科学 的な推測を行いながら短時間に進める技術 が,分子生物学の応用として展開してきた.
近年,すべての生物の設計図であるゲノ ム配列の解析・分析が容易に安価にできる 技術が登場し,機能発現の第一歩である転 写も定量が行えるようになり,タンパク質 解析も個々の成分を分離することなく混合 物のままの分析が可能となった.代謝産物 の分析・定量も大部分の化合物について可 能となり,機能が発揮された形質として推 測・評価することもできるようになりつつ ある.有用な生体物質生合成経路の改良設 計や新規化学構造をもつ物質の生合成経路 の提案,物質生産のための宿主細胞の最適 化をゲノムデザインによって行うなど,新 しい展開も進んでいる.この情報解析とデ ザインは,自己学習機能をもつAIによっ て,自動化される将来も見え隠れしている.
応用微生物学のもう一つの技術の柱に,
探索(スクリーニング)がある.目的物質 の生産菌を自然界から分離したり,出現頻 度が10−6以下の突然変異株を効率良く見 いだす方法,10−8にも及ばない低い形質 転換効率から遺伝子導入株を見つけ出すな ど育種の重要段階では,目的微生物の検出 方法に研究者のアイデアに富んだ工夫が必 須で,まさに腕の見せ所である.
この目的微生物の探索の効率化は,重要 な技術開発項目であり,特に自然界からの 探索は生物生産プロセス開発の第一歩とし て,新しい技術開発が求められている.
土壌中の微生物はその99%以上が寒天
平板上に生育しないことから,工業的には 未利用である.それを活用する方法の一つ として,微生物を培養せずにDNAとして 直接抽出し,それを探索に用いるという方 法が登場している.技術改良が懸命に行わ れているが,新規性,発現,活性検出など 課題が残されている.
純粋培養された単一菌ではなく,混合微 生物系の活用は,日本酒製造での麹菌と酵 母の並行複発酵系,活性汚泥法による下水 処理や有機排水のメタン発酵法などがあ り,腸内細菌群と疾病との関係が明らかに なりつつある状況では,重要な研究課題と なった.
近年,バイオインダストリー関連の政府 の政策は,医療医薬には大きな研究開発投 資がされているが,それ以外の産業領域に は積極性が薄れている.それは,21世紀 当初のバイオ燃料への大きな期待に十分応 えられなかったことも原因かもしれない.
しかしながら,海外ではバイオエコノミー をキーワードとする政策が各国で提示さ れ,積極的な研究開発投資が進んでいる.
わが国のこの状況は極めて憂慮すべきもの であり,当学会をはじめとする産官学の密 接な連携の下,十分な意見交換をしなが ら,政府への提言を進める必要がある.そ の際には,わが国の産業,資源,研究実 績,人材,技術などの特徴を精緻に検証 し,欧米,中国などのコピーではない,一 歩先を走る技術開発を目指すべきである.
探索技術の勝利ともいえる大村智先生,
生物の基本機能を微生物で証明した大隅良 典先生と2年続けてのノーベル賞受賞は,
わが国の微生物研究の大きな果実である.
10年後もわが国のこの分野の研究が,世 界の先頭を走っていられる科学技術政策を 期待するものである.
Copyright © 2017 公益社団法人日本農芸化学会 DOI: 10.1271/kagakutoseibutsu.55.73
プロフィール
穴澤 秀治(Hideharu ANAZAWA)
<略歴>1977年東京大学農学部農芸化学 科卒業/1982年同大学大学院農学系研究 科博士課程修了/同年協和発酵工業(株)東 京研究所/1990年アムステルダム自由大 学生物学部博士研究員/2000年協和発酵 工業(株)科学技術戦略室/2009年(一財)
バイオインダストリー協会先端技術・開発 部長,現在に至る<研究テーマと抱負>バ イオテクノロジーとくに遺伝子組換え技術 の産業への展開,細胞増殖と生命反応の活 用<趣味>旅行,庭造り
日本農芸化学会