1.9 選択公理
1.9.1 Zorn の補題
定義 1.9.5. X を順序集合とする.
1. Aが(X の)
さ
鎖
(chain)である
⇔defAはXの全順序部分集合である.(Xの部分集合であり, 全順序部分集合になっ ている.)
2. Xの任意の鎖が上に有界であるとき,Xを帰納的順序集合(inductively ordered set) という
例 1.9.6. 1. Qに数の大小関係で順序をいれる. 明らかにQは帰納的順序集合では
ない.
Q≤0 ={r ∈Q r ≤0}とおくと, 明らかにQ≤0 は帰納的順序集合である. 2. P(X)は帰納的順序集合である.
問 62. 上の例の主張を確かめよ.
選択公理を仮定すると(ZFのもと)次が成り立つことが知られている. この講義では 証明は省略する.
定理 1.9.7 (Zornの補題, Zorn’s lemma). 帰納的順序集合は少なくとも一つの極大元を 持つ.
Zornの補題を使う際, 次のことに注意しておくとよい.
補題 1.9.8. X を空でない順序集合とする. このとき次は同値である. 1. X は帰納的順序集合である.
2. X の任意の空でない全順序部分集合は上界を持つ.
証明. 1⇒2は明らか. 逆を示すには∅ ⊂X が上に有界であることを示せばよい(∅は全順 序部分集合である.)が例1.7.19で見たように,X 6=∅であれば∅ ⊂Xは有界である.
逆にZornの補題を仮定すると, 選択公理を示すことができる. Zornの補題の使い方の よい例であるので証明してみよう.
定理 1.9.9. Zornの補題を仮定する. このとき, 任意の全射f: X →Y は切断を持つ. 証明. f: X →Y を写像とする.
S ={(B, g) B⊂Y, g: B→X, f ◦g=iB}
とおく. ただしiB: B→Y は包含写像.
X
f
B
g >>
iB
//Y
1. (B, g),(B0, g0)∈ S に対して
(B, g)≤(B0, g0)⇔
defB⊂B0 かつ g0|B =g と定めると, 明らかに≤はS に順序を定める.
2. この順序に関してS は帰納的順序集合である. 実際, T ⊂ S を全順序部分集合と する.
T = [
(B,g)∈T
B ⊂Y とおく.
写像 t: T → X を以下のように定める. y ∈ T とすると, ある(B, g) ∈ T が存 在し, y ∈ B である. このとき, t(y) = g(y) と定める. tはwell-defined である. 実際, 別の(B0, g0) ∈ T に対し y ∈ B0 であるとすると, T は全順序集合なので (B, g)≤(B0, g0)または(B0, g0)≤(B, g)のいずれかが成り立つ. (B, g)≤(B0, g0) としてよい. このときy∈B ⊂B0 であり, g0|B=gなのでg0(y) =g(y).
作り方から任意のy ∈T に対しf◦t(y) = yなのでf ◦t =iT. よって(T, t)∈ S である. (T =∅の場合を別に議論する必要は論理的には無いが気になる人のため に注意しておくと, T =∅の場合, T =∅, t: ∅ → X は一意に存在する写像となり (T, t)∈ S である.)
また任意の(B, g)∈ T に対しB ⊂ T かつt|B =gであるから(T, t)はT の上界 である. (T の上限であることもすぐ分かる.)
3. Zornの補題より, S には極大元が存在する. (Y0, s) ∈ S を極大元とする. f が全
射であればY0 = Y である. 実際, Y0 6= Y であるとすると, Y \Y0 6= ∅である. y0 ∈ Y \Y0 を一つとるとf が全射なのでf(x) = y0 となるx ∈ X が存在する.
˜
s:Y0∪ {y0} →Xを
˜ s(y) =
(
s(y), y∈Y0 x, y=y0
とおけば(Y0, s)<(Y0∪ {y0},˜s)∈ S となり極大性に反する.
注意 . 帰納的順序集合を「任意の全順序部分集合が上限を持つ順序集合」と定義する流 儀もある. 区別するため, この定義をみたすものを「きのうてき順序集合」と書くことに する.
明らかに「きのうてき順序集合」は帰納的順序集合であるが, 逆は成り立たない. 例え
ば例 1.9.6のQ≤0 は「きのうてき」ではない. しかし, Zornの補題はどちらの定義を用
いても成り立ち, 以下は同値である.
1. 選択公理.
2. 帰納的順序集合は少なくとも一つの極大元を持つ.
3.「きのうてき順序集合」は少なくとも一つの極大元を持つ.
実際, 2⇒3は「きのうてき」ならば帰納的であることから明らかであり, 定理 1.9.9の証 明は, Sが途中注意したことから「きのうてき順序集合」となっているので, 3⇒1 の証明 になっている.
Zornの補題の典型的使用例. 定理 1.9.10. 選択公理を仮定する.
Rを(乗法に関する単位元を持つ)可換環とする. 任意のイデアルI ⊊ Rに対し, I を 含む極大イデアルが存在する.
とくにR6={0}の場合, Rには極大イデアルが存在する.
注意 . 代数で学んだと思うが, Rの部分集合I がイデアルであるとはI がRのR部分加 群であるということ, つまり
1. x, y ∈I ⇒x+y∈I 2. a∈R, x∈I ⇒ax∈I
をみたすということ. またmが極大イデアルであるとは, 包含関係に関して極大であるよ うな真部分イデアルであるということ, つまり
1. m⊊R
2. m⊊I ⊊RとなるようなイデアルI は存在しない ということ.
証明. I ⊊Rをイデアルとする. I を含む真部分イデアル全体 S =
J I ⊂J ⊊R, J はイデアル
に包含関係で順序をいれる. S が帰納的順序集合であることを示そう.
明らかにI ∈ S だからS 6=∅である. よって, ∅ 6=T ⊂ S を全順序部分集合とすると きT が上界を持つことを示せばよい.
K = [
J∈T
J とおく. K ∈ Sを示す.
• T 6=∅だからI ⊂K である.
• x, y ∈ K とする. ある J, J0 ∈ T が存在し, x ∈ J, y ∈ J0 である. T は全順序集 合なのでJ ⊂ J0 かJ0 ⊂J のいずれかが成り立つ. J0 ⊂ J としてよい. このとき x, y ∈J であり, J はイデアルなのでx+y∈J ⊂K. a∈R, x∈K とする. ある J ∈ T が存在しx ∈ J である. J はイデアルであるからax∈ J ⊂ K. よってK はイデアルである.
• 任意の J ∈ T に対し, J ⊊ Rであるから 1 6∈ J である. よって1 6∈ K となり K ⊊R.
以上からK ∈ Sであり, 明らかにK はT の上界, ゆえS は帰納的順序集合である. Zornの補題よりSには極大元mが存在するが, これが求めるものである.
証明はしないが, 同様な議論で次が示せる. 定理 1.9.11. 選択公理を仮定する.
kを体とする. k 上のベクトル空間は基底を持つ. 問題集 . 66