2.1 原子構造
19世紀末までに,物質は細かく分割していくと原子からできており,原子も内部構造 をもっているのではないかと考えられるようになった。また,物質内には負電荷をもつ 電子が存在することも分かってきて,原子内には多数の電子が存在するのではないかと 思われるようなった。そのような状況下で,いろいろな人が原子構造のモデルを提案し た。
いろいろな原子モデル
トムソン(J.J. Thomson)は,原子は半径 1Å程度の 球であり,そこに正電荷が一様に分布し,電子がその中 に散らばり,全体として中性になっているという,トム ソン模型(Thomson model)を提出した(図2.1)。一方,
1904年,長岡半太郎は図2.2のように,原子の中心に正 電荷があり,そのまわりを電子がリング状になって回転 しているという長岡模型(Nagaoka model)を提案した。
マクスウェルによる電磁気学理論によれば,荷電粒子 が加速度運動すると電磁波を放射することがわかる。電 磁波はエネルギーをもち去るので,回転している電子は エネルギーを失い,中心に集まってしまう。これらの疑 問があったため,長岡模型は,なかなか一般的に認めら れるものとはならなかった。
ラザフォードの実験
1909年,ラザフォード(E.Rutherford)の指導のもと に,ガイガーとマースデンは,金箔にα粒子を衝突させ
る実験を行った。その結果,照射したα粒子のほとんどは金箔を素通りしたが,極くま れに大きな散乱が起きるという結果を得た。この実験から,ラザフォードは,原子の中 心にはその質量の大部分をもち,正電荷をもつ大きさが非常に小さい原子核が存在する という,ラザフォード模型(Rutherford model)を提案するに至った(1911 年,1913 年)。ラザフォード模型では,中心の原子核のまわりを質量の小さな電子が電気的引力を 受けて回っていることになり,加速度運動している電子は電磁波を発生させてそのエネ ルギーを失い,原子は潰れる。その結果,原子は存在できないという,理論的な困難は 残されたままであった。
2.2 ボーアの水素原子模型
一様な正電荷
図2.1
負電荷をもつ電子は 等間隔で回転している
図2.2
正電 荷球
100 水素原子のスペクトル
高温の気体や放電管内の気体は,その気体に特有な波長の光を放射すると同時に吸収 する。そのときの波長の列をスペクトル(spectrum)という。この場合,その波長はい くつかの特定な値だけをもつ。そのようなスペクトルを線スペクトル(line spectrum)
といい,それに対して,連続した波長のスペクトルを連続スペクトル(continuous spectrum)という。
高 温 に 熱 せ ら れ た 水 素 原 子 が 放 射 ・ 吸 収 す る 光 の 波 長 は ,n 1,2,3,, ,
, 2
1
n n
m として,
12 12 1
m R n
(2.1) で与えられることが実験的に見出されていた。ここで,Rはリュードベリー定数(Rydberg constant)とよばれ,R 1.0971071/mの値をもつ。2
n の系列はバルマー系列(Balmer series)とよばれ,発せられる光は可視光の領 域に入る。n 1の系列は紫外線領域に入り,ライマン系列(Lyman series),n 3の系 列は赤外線領域に入り,パッシェン系列(Paschen series)とよばれる。
ボーアの水素原子模型
1913年,ボーア(N. Bohr)は,次の仮定をおくことにより,水素原子の構造を考察 し,水素原子の光のスペクトルの式(2.1)を導くことに成功した。
(仮定)
1) エネルギーが決まった値をもち安定した定常状態にある電子には,ニュートンの運動 方程式が適用できる。
2) 電子の定常状態は,量子条件を満たす。
3) 定常状態にある電子は,加速度をもっているが,電磁波を放射しない。
図2.3のように,電荷
eをもつ原子核のまわりを,質量m, 電荷
eをもつ電子が,原子核から静電気力を受けて,半径r, 速さvで等速円運動をしている定常状態を考える。原子核の 質量は,電子の質量より十分に大きいので,原子核は動かな いとする。また,原子核と電子の間の万有引力は静電気力に 比べて十分小さいの,これも無視する。クーロンの法則の比例定数をkとすると,電子の円運動の 式は,
2 2 2
r ke r
mv (2.2) 電子に作用する静電気力は中心力であるから,電子の角運動量は保存される。そこで ボーアは,角運動量mvrが,量子条件(quantum condition)
e
e r v
図2.3
101 2
n hmvr (n 1,2,3,) (2.3) を満たすとき,電磁波を放射しないと仮定した。このときのnを量子数(quantum number)という。
(2.2), (2.3)式よりvを消去して,
2 2 2
2
4 n
kme r h
r n
(2.4) となる。ここで,半径rは量子数nに依存するので,rnとおいた。
無限遠の位置エネルギーを0とおくと電子のエネルギーEは,(2.2)式を用いて,
r ke r
mv ke
E 2 2
1 2 2 2
これに(2.4)式を代入し,EをEnとおいて,
2 2
4 2
2 1
2
n h
me
En
k (2.5) を得る。量子数nで定まった定常状態のエネルギーEnを,エネルギー準位(energy level)と いう。Enはつねに負である。n1の状態はエネルギ
ーが最も低く安定であり,基底状態(ground state)
とよばれ,n2,3,の状態は励起状態(excited
state)とよばれる。水素原子の基底状態の半径a0は
ボーア半径とよばれ,(2.4)式で各定数の数値6を代入 しn 1とすると,a0 r15.31011mとなる。ま た , 水 素 原 子 の 基 底 状 態 の エ ネ ル ギ ーE1は ,
J 10 602 . 1 J eV
1 e〔 〕 19 であることを用いると,
eV 6 .
113
E となる。各エネルギー準位は,図 2.4 のようになる。量子数nが大きくなると,エネルギー 準位の間隔が狭くなり,n でE 0となる。
振動数条件とスペクトル系列
ボーアは,エネルギーの高い定常状態から低い定常状態にへ電子が遷移するとき,そ のエネルギー差に等しいエネルギーをもつ1つの光子を放射すると考えた。つまり,エ ネルギー準位EmからEn(n m)に遷移するとき放出する光の振動数(波長)は,
hc
h EEm n (2.6) で与えられる。この条件を振動数条件(frequency condition)という。
6 h6.6261034Js,m9.1091031kg,e1.6021019J,k8.988109Nm2/C2, m/s
10 998 . 2 8
c
0
5
10
15
E4
E3 E2
〕
〔eV 6
113. E
〔eV〕
図2.4
102
(2.5)式を(2.6)式に代入し,水素原子から放射される光のスペクトルの式(2.1)と比較す ると,
3 4 2
2 2
ch me R
kを得る。これに各定数の数値を代入すると,R 1.11071/mとなり,実験的に得られた リュードベリー定数の値によく一致する。
こうして,ボーアの考えた水素原子模型に対する理論は広く認められるようになった が,原子核のまわりを2個以上の電子がまわる原子に対する光のスペクトルを説明する ことはできなかった。これらの原子に対する実験結果を説明するには,さらに発展した 量子力学を必要とすることになった。
【発展】☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
ボーア‐ゾンマーフェルトの量子化条件
ボーアの量子条件(2.3)は,次のように一般化することができる。この一般化は,電磁 気で,直線電流による磁場の式を,アンペールの法則に一般化する方法と類似している7。
(2.3)式は,
nh r p2
と書ける。この式は,電子の運動量の大きさpが一定の場合の 表式である。そこで,pが変化する場合に一般化する。それに は,運動量ベクトルpと電子の軌道Cに沿った微小なベクトル
s
d をとり,内積pdsをCの一周について和をとればよい(図 2.5)。そうすると,上式は,
nh d
Cp s (n1,2,) (2.7) と な る 。 こ れ をボ ー ア ‐ ゾ ン マ ー フ ェ ル ト の 量 子 化 条 件(Bohr-Sommerfeld quantum condition)という。
例題2.1 調和振動子のエネルギー準位
ボーア‐ゾンマーフェルトの量子化条件(2.7)を,単振動している質量mの粒子(これを 1次元調和振動子(harmonic oscillator)という)に適用して,そのエネルギー準位を求め よ。ただし,振動数を とする。
【解答】
位置xで粒子に作用する力をkxとすると,その力学的エネルギーEは,運動量の大き さをpとして,
7 電磁気編4.2節(3)参照。
C
原子核 s
d p
図2.5
103
2 2
2 2
2 1 2 2
1 2
1 kx
m kx p mv
E (2.8) となる。ここで,エネルギーEが一定に保たれている定常
状態を考え,横軸にx,縦軸にpをとってグラフを描くと,
図2.6のような楕円になる。いま,単振動の角振動数を 用 い てk m2と 書 け る か ら , 楕 円 の 長 半 径 A は ,
2
2
mA E となる。
調和振動子に対する量子化条件(2.7)は,
nh pdx pdx A
A A
A
となり,この式の左辺は,図 2.6 に描かれた楕円の面積
A mE ES 2
2
である。
よって,
2 より,調和振動子のエネルギーEは,
E nh
(2.9) となる。ここで,電磁波を電場と磁場の調和振動子と考える(質量は0であるが)と,(2.9) 式は,プランクの量子仮説(1.1)に一致する。 ■☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆【発展終】
2.3 X 線回折
図2.7のように,陰極のフィラメントに電流を流すと,フィラメントは数千度という高 温になり,フィラメントの中の電子が熱エネルギーを受け取って外部に飛び出してくる。
この電子を,光を吸収して飛び出す光電子と区別して,熱電子(thermoelectron)とい う。この熱電子を高電圧で加速し陽極の金属に衝突させると,X線が発生する。このとき 発生するX線の強度分布は,陽極がモリブデン(Mo)の場合,図2.8のようになる。発 生するX線は,強度が波長とともに連続的に変化する連続 X 線(continuous X-ray)と,
陽極に用いた金属に特有な位置に強いピークをもつ特性 X 線(あるいは固有 X 線とよば れる)(characteristic X-ray)からなる。
2mE
mE
2
A A x
p
図2.6
104 連続 X 線
古典電磁気学によると,荷電粒子が加速度運動すると電磁波を放射することが導かれ る。したがって,電子を高速で金属に衝突させると,電子は衝突の際に大きな加速度を も つ た め 電 磁 波 を 発 生 す る 。 こ う し て 発 生 す る 電 磁 波 の 放 射 を制 動 放 射
(bremsstrahlung)という。
電子が陽極に衝突するとき,電子のもっていた運動エネルギーの多くは,陽極を構成
している原子に振動エネルギー(熱エネルギー)として与えられ,残りが制動放射で発 生する電磁波(この場合,通常 X 線)のエネルギーとなる。電子の運動エネルギーのう ち,どのくらいの割合のエネルギーが X 線に与えられるかは,衝突の仕方によりいろい ろな場合がある。そのため,発生する X 線の強度は,X線の波長(すなわち,エネルギ ー)とともに連続的に変化する。
陰極と陽極の間の加速電圧をV とすると,熱電子のもつ初速度を無視すると,陽極に 衝突する電子のもつ運動エネルギーはeV(e:電気素量)となる。いま,電圧V が一定 のとき,電子の運動エネルギーがすべて1つの X 線光子に与えられると,X線のエネル ギーは最大になる。こうして,連続X線の最短波長
0は,
0eV hc ∴
eV
hc
0 (2.10) となる。特性 X 線
金属内の電子には量子力学が適用され,そのエネ ルギー準位は,水素原子の場合と同様に,とびとび の値しかとることができない。また,後に説明する ように,電子は1つの量子力学的状態に1つしか入 れない。そこで,温度が低いとき,図2.9のように,
電子はエネルギーの低い状態から順次詰まってい る。
金属に高速で衝突した電子は,エネルギーの低い状態の電子をはじき飛ばし,そこに
陰極(フィラメント)
陽極(金属)
X線
図2.7
特性X線
連続X線 X
線 の 強 さ
0 2 4 6 8 10 12
波長(1011m)
0
図2.8
〕 10〔V 5 3 4
. V
特性X線
図2.9