博士論文
Lorentz 対称性の破れた理論に於ける
高エネルギー領域での時空構造
The high-energy spacetime structure in Lorentz violating gravitational theory
御園生 洋祐 Yosuke MISONOH
早稲田大学 先進理工学研究科
物理学及応用物理学専攻 理論宇宙物理学研究
2016 年 2 月
iii
目次
第1章 序論 1
第一部 Lorentz 対称性の破れた重力理論 5
第2章 時空特異点と量子重力理論 7
2.1 時空特異点. . . 7
2.1.1 物理的特異点の定義 . . . 7
2.1.2 特異点定理 . . . 9
2.2 重力の繰り込み可能性 . . . 10
2.3 量子重力理論への試み . . . 12
2.3.1 正準量子重力 . . . 12
2.3.2 ループ量子重力理論 . . . 13
2.3.3 Causal Dynamical Triangulation . . . 13
2.3.4 超弦理論 . . . 14
第3章 Lorentz対称性 17 3.1 概観 . . . 17
3.2 平坦な時空に於けるLorentz対称性 . . . 20
3.3 一般座標変換不変性 . . . 21
3.3.1 局所平坦性 . . . 21
3.3.2 物質の保存則 . . . 22
3.4 Lorentz対称性の破れ . . . 23
3.5 非力学的な場によるLorentz対称性の破れを伴う重力理論 . . . 25
3.6 力学的な場によるLorentz対称性の破れを伴う重力理論 . . . 26
3.6.1 自発的なLorentz対称性の破れ . . . 26
3.6.2 aether場によるLorentz対称性の破れ . . . 27
3.6.3 khronon場によるLorentz対称性の破れ . . . 27
第4章 Einstein-aether理論 31 4.1 作用と運動方程式 . . . 32
iv 目次
4.2 伝播自由度. . . 33
4.2.1 graviton . . . 35
4.2.2 vector-graviton . . . 35
4.2.3 scalar-graviton . . . 35
4.3 disformal変換に対する対称性 . . . 35
4.4 対称性と保存量 . . . 36
4.5 結合定数への制限 . . . 37
4.5.1 重力場のエネルギーの正値性 . . . 38
4.5.2 重力波の安定性 . . . 38
4.5.3 重力Cherenkov放射 . . . 38
4.5.4 弱重力場からの制限 . . . 40
4.5.5 連星中性子星からの重力波放射 . . . 41
4.5.6 宇宙観測からの制限 . . . 43
第5章 Hoˇrava-Lifshitz重力理論 45 5.1 Lifshitz scaling . . . 46
5.2 作用の構成. . . 46
5.2.1 projectable HL重力理論(Hoˇrava形式) . . . 48
5.2.2 projectable HL重力理論(SVW形式) . . . 51
5.2.3 non-projectable HL重力理論 . . . 53
5.3 khrononmetric理論 . . . 54
5.3.1 伝播自由度 . . . 55
5.3.2 運動方程式 . . . 56
第二部 Lorentz 対称性の破れた重力理論による宇宙初期特異点回避 59
第6章 宇宙初期特異点回避 61 6.1 バウンス宇宙 . . . 626.1.1 高階曲率を含む重力理論 . . . 63
6.1.2 スカラー場の理論. . . 63
6.1.3 電磁場の非線形効果 . . . 64
6.1.4 ブレーンワールド. . . 64
6.1.5 量子化された時空による効果 . . . 64
6.2 emergent universe . . . 65
6.3 量子的宇宙の創生 . . . 65
6.4 サイクリック宇宙論. . . 66
第7章 Oscillating Universe in Hoˇrava-Lifshitz gravity 67
v
7.1 一様等方宇宙の基礎方程式 . . . 68
7.2 一様等方宇宙に於ける解の分類 . . . 69
7.3 解の種類とパラメータの関係 . . . 70
7.3.1 解の種類とパラメータの関係(Λ= 0) . . . 71
7.3.2 解の種類とパラメータの関係(Λ>0) . . . 74
7.3.3 解の種類とパラメータの関係(Λ<0) . . . 77
7.4 量子トンネル効果による振動解からの巨視的宇宙の生成 . . . 80
第8章 Oscillating Bianchi IX Universe in Hoˇrava-Lifshitz gravity 83 8.1 基礎方程式とポテンシャルの分類 . . . 83
8.1.1 非等方摂動に対する宇宙の安定性 . . . 86
8.1.2 非等方性が大きい領域に於ける宇宙の安定性 . . . 87
8.2 摂動論的な解析による振動宇宙 . . . 88
8.3 振動宇宙に於ける非等方性の影響 . . . 89
8.3.1 I-SS型ポテンシャル . . . 91
8.3.2 I-SU型ポテンシャル . . . 96
8.3.3 II-SS型ポテンシャル . . . 98
8.3.4 その他のポテンシャル . . . 101
8.4 バウンス宇宙に於ける非等方性の影響 . . . 103
8.4.1 A型ポテンシャルの解析 . . . 104
8.4.2 B型ポテンシャルの解析 . . . 105
第三部 Lorentz 対称性が破れた理論の相対論的側面 107
第9章 Lorentz対称性の破れた理論に於ける時空構造 109 9.1 静的・球対称・漸近的平坦時空 . . . 1109.1.1 基礎方程式 . . . 110
9.1.2 漸近解 . . . 111
9.1.3 静的・球対称・漸近的平坦な時空に於けるdisformal変換 . . . 112
9.2 Lorentz対称性の破れた理論に基づく地平面の定義 . . . 114
9.2.1 超光速粒子に対する地平面 . . . 114
9.2.2 universal horizon . . . 116
9.3 ブラックホール解 . . . 118
9.3.1 数値解 . . . 118
9.3.2 厳密解 . . . 120
9.4 ブラックホール熱力学 . . . 122 第10章 Black holes and Thunderbolt singularities with Lifshitz scaling terms 125
vi 目次
10.1 Lifshitz scalingを含めた共変的重力理論. . . 126
10.1.1 non-projectable HL重力理論からの変更. . . 126
10.1.2 作用の構成 . . . 127
10.1.3 伝播自由度とdisformal変換に対する変換性 . . . 128
10.1.4 基礎方程式 . . . 131
10.2 静的・球対称・漸近的平坦な時空の構成. . . 132
10.2.1 漸近解 . . . 133
10.2.2 ブラックホールの地平面 . . . 134
10.2.3 地平面の解析性 . . . 135
10.3 静的・球対称・漸近的平坦な時空の数値解 . . . 137
10.3.1 量子補正を加えたブラックホール解:(β1̸= 0及びg2=β2= 0) . . . 137
10.3.2 Ultimate thunderbolt singularity : (g2̸= 0及びβ1=β2= 0) . . . 144
10.3.3 z= 2のLifshitz scalingを伴う解: (g2̸= 0及びβ1,β2̸= 0) . . . 146
10.4 解の特性 . . . 147
10.4.1 aether場の分布 . . . 147
10.4.2 熱力学的に安定なブラックホール解 . . . 150
10.4.3 Smarr関係式とブラックホールの温度. . . 153
第11章 結論と展望 157 付録A ADM形式 163 A.1 時空の(3 + 1)分解 . . . 163
A.2 共変微分及び曲率公式 . . . 164
付録B 一様空間の表現と分類 167 B.1 時空の対称性 . . . 167
B.2 対称性に付随するLie代数 . . . 167
B.3 3次元一様空間の分類 . . . 169
B.3.1 class A . . . 169
B.3.2 class B . . . 169
付録C Bianchi IX型空間の高次曲率 173 C.1 時間微分項. . . 173
C.2 空間微分項(z= 1Lifshitz scaling) . . . 173
C.3 空間微分項(z= 2Lifshitz scaling) . . . 174
C.4 空間微分項(z= 5/2Lifshitz scaling) . . . 174
C.5 空間微分項(z= 3Lifshitz scaling) . . . 174 付録D 斜交形式を用いたNoether不変量の導出 177
vii D.1 Hamilton方程式の導出 . . . 177 D.2 一般相対論に基づくADM質量の導出 . . . 178 付録E 一般座標変換不変性を持つ重力理論に於ける拘束条件 181 E.1 一般相対論に於ける拘束条件 . . . 182 E.2 Einstein-aether理論に於ける拘束条件 . . . 182
参考文献 185
1
第 1 章
序論
一般相対論が1915年にEinsteinにより提唱されてから一世紀となる. Newton重力では説明の付かな かった水星の近日点移動の大きさを予言して以来,一般相対論は太陽系近傍の様々な検証実験に耐え,今日 では重力の標準理論としての地位を確立している. Newton重力では単なる背景であった時空が力学的な 対象へと変化したことは,我々に動的な宇宙という新しい概念をもたらした. このような経緯により,多く の研究者が一般相対論に基づく宇宙の進化を議論し,その試みはビッグバン宇宙論へと結実した.ビッグバ ン宇宙論はGamovにより提唱された初期宇宙進化のシナリオである. 宇宙は超高温・高密度の“火の玉” から始まり,膨張に伴い,現在の宇宙が形作られたという理論である. Hubbleによる宇宙膨張の観測や,宇 宙に存在する軽元素比の説明,そして 火の玉 宇宙の名残で,全天に渡ってほぼ等方的な温度約3Kの宇 宙マイクロ波背景放射(CMB)の検出により,現在では標準的な宇宙進化モデルとして支持されている. し かしながら,ビッグバン宇宙論に付随する問題として初期宇宙に於ける微調整問題が存在する. 現在のほ ぼ一様等方な時空構造を実現する為には,極めて精密に宇宙の初期値を調整する必要があり,我々の住む宇 宙の成り立ちが自然には説明出来ない. これを解決するために考案されたのがSatoとGuthにより独立に 提唱されたインフレーション理論である. 初期宇宙に於いてスカラー場による加速膨張期を考えることに より,普遍的な初期値に対して現在の一様・等方な時空構造を説明することが可能になった.更にはインフ レーションを引き起こすスカラー場の量子揺らぎを起源とする宇宙の大規模構造などの観測的整合性によ り,ビッグバン理論とインフレーション理論は有力な初期宇宙進化モデルとして広く認識されるに至った.
しかしながら,これらの標準的宇宙進化モデルが予言する宇宙の始まりは,空間の体積がゼロとなり,物 理量が発散する時空特異点であることがHawking, Penroseらによって示されている(特異点定理). すな わち,一般相対論に基づいて物質に対して自然な条件(エネルギー条件)を仮定した場合,特異点の発生は 普遍的あることが判明した. これは宇宙の開闢が物理的な予言が破綻している状態であったという到底受 け入れられない事実を示している. 但しPlanckスケール(1019GeV)程度の高エネルギー領域では重力の 量子効果が顕著になると予想される為,時空特異点の困難は重力の量子化により解決出来ると期待されて いる. つまり一般相対論とスカラー場の理論を超えた,より基礎的な物理法則の存在を示唆していると言 える.
このような動機付けにより,量子重力理論は様々な研究者によって追求されてきたが,重力の量子化に は,電弱及び強い相互作用とは異なる原理的な問題が付随する. すなわち,一般相対論は摂動的手法による 量子補正の繰り込み操作が不可能であるという事実である. 発散を伴うFeynman図が無限種類存在する
2 第1章 序論 ために,無限個の相殺項が必要となる.これは重力の摂動的量子化を行うことが出来ないことを意味する.
そこで重力を非摂動的に量子化する試みが多くの研究者によって推進されてきた. これまでのところ 相互作用の統一を目指す超弦理論,時空自体の量子化を目指すループ量子重力, 重力の格子理論である
Causal Dynamical Triangulationなどの試みがあるが,未だ高エネルギー領域に於ける重力の姿を解き明か
すには至っていない.
近年,時空の備える基礎的な対称性を見直すことにより,重力の量子的性質を改善する手法が提唱され た. それは高エネルギー領域でのLorentz対称性を破ることである. 時間と空間の等価性を崩すことによ り,少なくとも発散を伴うFeynman図の種類を有限に抑えられる. この操作によって,次数勘定的に繰り 込み可能な重力理論が構成出来ることが示された. 物性の分野で相転移に伴う発散を除去するLifshitzに よる手法を, Hoˇravaが重力場に応用したことからHoˇrava-Lifshitz重力理論(HL重力理論)と呼ばれる. 4 次元時空に於いては,重力場の作用積分を時間微分2階に対し,空間微分6階となるように構成すればよ い. HL重力が真に繰り込み可能であり,量子重力理論足り得るかは更なる議論が必要であるが,強重力現 象への応用が積極的に行われている.
本論文の構成
前述したように量子重力理論の候補が提唱された際,研究の方向性として,量子補正の繰り込みが本当に 可能であるか等の理論自体の整合性を検証することは不可欠である. それに加え,理論を重力の量子効果 が顕著となるような現象に適用し,これまで未解決であった問題を解決出来るかを追求することも多くの 研究者が興味を持つところである. とりわけ,重力は古典的には時空の歪みとして理解される為,その量子 効果によって時空構造がどのような影響を受けるのかは恰好の研究対象である. そのような理由により, 本論文ではHL理論によって示唆される重力の量子効果を考慮した場合,時空構造がどのように影響を受 けるのかを明らかにすることを主眼とする.本論文の構成は以下の通りである.
第一部: Lorentz対称性の破れた重力理論
序盤の第一部ではLorentz対称性の破れた重力理論についての導入を行う. 第2章では量子重力理論を 導入する動機と,その困難,そして幾つかの試みについて述べる. HL重力理論では量子重力理論に付随す
る困難をLorentz対称性を破ることによって実現している. そこで第3章ではLorentz対称性について概
観し,現代的な重力理論の枠組みでのLorentz対称性の破れについて議論を行う. 第4章ではLorentz対称 性を破る有効理論であるEinstein-aether理論についての基礎を述べる. Einstein-aether理論はHL重力理 論の低エネルギー極限とある種の等価性が知られている点で重要である.最後に第5章にてHL重力理論 の導入を行う. Lorentz対称性の破れによって紫外領域での重力の性質を改善させる機構について述べ,理 論の性質を概観する.またEinstein-aether理論との等価性についてもここで扱う.
第二部: Lorentz対称性の破れた重力理論による宇宙特異点回避
まず第6章でこれまで試みられてきた宇宙特異点回避について概観する. その上でHL重力理論に基づ いて初期宇宙の進化を議論することにより,時空特異点が回避され得るかについて議論する. 第7章では まず一様等方という時空に高い対称性が存在する場合にHL重力理論に基づく解の分類を行い,可能な特
3 異点回避のシナリオを検討する. 次に第8章では,より一般的な時空として等方性を必ずしも仮定しない, 閉じた一様時空に解析を広げる.そのような時空でも依然として特異点回避が可能かを探る.
第三部: Lorentz対称性の破れた重力理論の相対論的側面
最終の第三部ではHL重力理論に基づいた相対論的な解について扱う. まず第9章にてEinstein-aether 理論もしくはHL重力理論の低エネルギー極限に基づいて行われてきた研究を概観する. Lorentz対称性 の破れたそのような理論に於いてもブラックホール解は発見されているが,第10章ではHL重力理論から 示唆される量子補正を加えてもなお,ブラックホール解は存在可能かを議論する.
4 第1章 序論
Notation
本論文を通じて以下の表記を用いることにする.
・ 単位系c=!= 1を選ぶ. Newton定数はGNで表記する.
・ 時空の符合は(−,+,+,+)に従う.
・4次元時空M上の計量はgµνで表記し,添字はギリシャ文字µ ,ν,ρ...によって表す. また微分演 算子を∂µ := ∂x∂µ と略記する. 4次元共変微分を∇µ, 4次元Riemann曲率をRµνρσにて表す.
・3次元空間的超曲面ΣtもしくはΣϕ上の誘導計量はγij で表記し,添字はラテン文字i , j , k ...に よって表す. 3次元共変微分をDi, 3次元Ricci曲率はRij,外部曲率をKijにて表す.但し, 10章で は理論を4次元共変的に記述する為, 3次元空間のテンソル量は4次元的添字であるギリシャ文字 µ ,ν,ρ...を持つ.
・Christoffel記号, Riemannテンソルは次のように定義する. Γµνρ := 1
2gµα[∂νgαρ+∂ρgνα−∂αgνρ],
Rµναβ :=∂αΓµνβ−∂βΓµνα+ΓµσαΓσνβ−ΓµσβΓσνα.
またRicciテンソル, Ricciスカラーは次のように定義する(3次元Ricciスカラーも同様).
Rµν :=Rαµαν, R:=Rαα.
・ 添字の交換関係及び反交換関係は次のように定義する. A(µν) := 1
2(Aµν+Aνµ) , A[µν]:= 1
2(Aµν−Aνµ).
・ ベクトル場の内積に関して以下の略記を用いる場合がある.
A·B :=AαBα, A2:=AαAα, A4:=AαAαAβAβ.
・ 本論文を通じて複数の重力的結合定数及びエネルギースケールを用いている.
(a)一般相対論:GN=m−PL2.
(b)Hoˇrava-Lifshitz重力理論:GHL=m−HL2.
(c)Einstein-aether理論及びkhrononmetric理論:G=m−pl2. 各々はkhrononmetric理論の結合定数を用いてGN= (1−c13)!
1− c214"−1
GHL=!
1−c142 "−1
G と関係付いていることに留意されたい.
・5.1 節及び5.2 節ではLifshitz scalingによる次数勘定的繰り込み可能性を議論する際に scaling
dimensionを用いている.すなわち,時間t,距離xi,質量M のscaling dimensionは以下のように与 えられる.
[t] =−z , [xi] =−1, [M] = 2−z .
但し, 5.1節及び5.2節以外では便宜の為,質量次元を用いることにする.
なお本論文の中で同じ記号を異なる意味で使用している場合が幾つかある.その場合はその場で定義を述 べる.
第一部
Lorentz 対称性の破れた重力理論
7
第 2 章
時空特異点と量子重力理論
一般相対論の枠組みでは物理的に自然な条件を考える限り,特異点の発生は普遍的である. これは特異 点が形成されるような高エネルギー領域では一般相対論を超える物理法則の存在を示唆している. このよ うな動機付けにより量子重力理論の構築が試みられてきたが,未だに理論の完成には達していない.
ここではまず一般相対論に於ける時空特異点について概説する. 時空に於ける物理的な特異点の定義, その発生に関する性質をまとめる. その後,重力の量子化に伴う困難を述べ,重力の量子化に関してこれま で試みられてきた動きを概観する.
2.1 時空特異点
2.1.1 物理的特異点の定義
一般相対論は時空をRiemann幾何学を用いて記述する理論である. 4次元多様体M上に定義された 計量場gµν に関する発展を追う力学であるので, 計量場の特異性は時空の特異点を意味するように思え る. 計量場の発散を伴う例としてSchwarzschild座標系に於けるSchwarzschild解の事象の地平面が挙げ られる.
ds2=−
#
1−2M r
$ dt2+
#
1− 2M r
$−1
dr2+dΩ2. (2.1)
この時空に於ける事象の地平面はr = 2M に位置しているが,その点に於いてgrr が発散する特異点と なっていることが理解出来る. 但し,この特異点は物理的な予言性を意味するものではない. 座標変換を用 いて時間座標tを次のような光的座標vに取り替えてみる.
dv=dt+
#
1−2M r
$−1
dr . (2.2)
これを用いればEddington-Finkelstein座標系でのSchwarzschild解が求められる. ds2=−
#
1−2M r
$
dv2+ 2dr2+dΩ2. (2.3)
事象の地平面r = 2M での振る舞いを確かめると,如何なる発散も生じていないことが確認出来る. すな
わち, Schwarzschild解に於ける事象の地平面での特異点は座標系の選び方に依るものであり,物理的な特
8 第2章 時空特異点と量子重力理論 異性を持たない,単なる座標特異点である. このように,時空の特異点判定する際には,物理的な特異性を 導くかを考えることが重要である.
一般相対論に基づく物理的な時空特異点の定義としては幾つかの定義が挙げられる. その一つが曲率特 異点である.一般相対論は計量場に関する2階微分方程式,すなわちEinstein方程式によって記述される.
Gµν = 8πGNTµν. (2.4)
但し,Gµν =Rµν− 12Rgµν はEinsteinテンソルであり,時空の曲率を表す.Tµνは物質場のエネルギー運 動量テンソルである. Einstein方程式から物質場の存在が時空の曲率と相互関係にあることが理解出来る. ここから直ちに読み取れるのは,曲率の発散は物質場の特異性に繋がることである. 物質場を特徴付ける 物理量としての質量(エネルギー),運動量が発散することは物理的な予言性の破綻を意味している為,これ は物理的な特異点であることが分かる. 但し,Rµν の発散が直ちに物理的な特異点の発生を意味すること にはならない. Rµνはテンソル量である為,その値は座標系に依存してしまう. そのような理由により,曲 率の発散は座標変換に対して不変であるスカラー量で判定すべきである.
またRicciテンソルは重力場の情報を完全には含んでいないことに注意する.これを確認する為, 4次元
時空でのRiemann曲率を考える.
Rµνρσ =Cµνρσ− 1
2[gµ[σRρ]ν+gν[ρRσ]µ]− 1
3Rgµ[ρgσ]ν. (2.5)
ここでCµνρσはWeylテンソルでありCαµαν = 0を満たす. Weylテンソルは重力波の伝播自由度を担 う部分であり,物理的な意味を持つ量である. 従ってEinstein方程式の特異性だけではなく, Weylテンソ ルについても発散を判定すべきである. すなわち,曲率特異点とはRiemannテンソルの二乗RµνρσRµνρσ
(Kretschmann不変量)が発散する時空点であると定義する.
また時空特異点は別の観点からも定義することが可能である. それは時間的及び光的測地線の振る舞い に注目することである.これらの測地線は時空を伝播する試験粒子が取り得る軌道である為,その曲線が何 らかの特異性を示す時空点が存在する場合,それは物理的特異点であると言える. 測地線の“特異性”を数 学的に定義しておこう. 測地線はアフィンパラメータλによって特徴付けられ,xµ =xµ(λ)と表される. 時空が正則である部分に於いては,当然,測地線は任意のアフィンパラメータへと延長出来ることが期待さ れる. これが実現されていない場合,有限の時間でそれ以上は進むことが出来ない時空点が存在すること になる.すなわち,時間的及び光的測地線が完備でない時空点が存在する時,それを時空特異点と見なす*1.
*1 先に時空特異点の定義として曲率特異点と測地線の不完備性について述べたが,それらは必ずしも等価ではないことに注意す る.まず曲率特異点が存在すれば,その時空点に於いて測地線が完備でないことは言える.但し,測地線の不完備性が曲率特異 点を必ずしも意味しないことに注意する.例としてはTaub-NUT解というR×S3の位相構造を持つEinstein方程式の厳密 解が挙げられる.
ds2=−U−1dt2+ (2ℓ2)2U(dψ+ cosθdφ)2+ (t2+ℓ2)dΩ2. (2.6) 但し,0≤ψ≤4π,0≤θ≤π,0≤φ≤2π,
U(t) :=−1 +2(mt+ℓ2)
t2+ℓ2 , (2.7)
であり,ℓ, mは正定数である.これはKretschmann不変量は時空全体で有限であるが,不完備な時間的及び光的測地線が存在
する[1, 2].なおEuclid計量である場合には曲率特異点と測地線の不完備性は等価であることが知られている[3].
2.1 時空特異点 9
2.1.2 特異点定理
一般相対論に基づく限り,時空特異点の発生は普遍的である. これを見る為にビッグバン宇宙の最初期 には回避不可能な特異点が発生していることを示す. これは宇宙初期特異点と呼ばれており,標準宇宙論 が抱える問題の一つである. 簡単の為,ここでは通常の物質,すなわちバリオンや光子など素粒子物理学か ら説明され得る物質に満たされた空間的に一様等方な宇宙を考える.
ds2=−dt2+a2
# dr2
1−Kr2 +r2dΩ2
$
. (2.8)
Kは3次元空間の曲率であり0,±1のいずれかの値をとる.K = 0は平坦な宇宙,K = +1は閉じた宇宙, K =−1は開いた宇宙に対応する. この計量の下で時間的測地線の発展を考える. まず時間的測地線束に
対するRaychaudhuri方程式は以下で与えられる.
θ˙=−1
3θ2−Rµνuµuµ
=−1
3θ2−8πGN
#
Tµν−1 2T gµν
$
uµuµ. (2.9)
ここで,uµは過去向きの時間的測地線の接ベクトル,θ := 3 ˙a/aは測地線束の膨張率である. θ,˙ a˙ は各々, 測地線パラメータによる微分である. また2列目ではEinstein方程式を用いた. この式の右辺を吟味する と,第1項目は負数となるから,第2項目が以下を満たせば有限の過去で必ずa= 0となる時刻が存在す ることが分かる.
#
Tµν−1 2T gµν
$
uµuµ ≥0. (2.10)
この不等式は強いエネルギー条件として知られ,密度ρと圧力P の間にP =wρを仮定した完全流体の 場合には次のように書き換えられる.
(1 + 3w)ρ≥0. (2.11)
素粒子物理学に現れる,バリオン(w = 0)や光子(w= 1/3)などの通常物質はこの条件を満たしている. 強いエネルギー条件は物質に対して重力が引力として作用することを保証する条件である.要するに,通常 の物質を考える限り一様等方時空は有限の過去で体積がゼロとなることは避けられず,物質のエネルギー 密度の発散を伴う特異点を形成してしまうことを意味する. 宇宙初期特異点の形成は時空に一様等方性と いう極めて高い対称性が課されている為であり,より現実的な時空構造を考えれば特異点は回避されるの ではないか. そのような考えに基づき,空間的に一様であるBianchi時空等に解析が広げられたが,一般相 対論の枠組みでは特異点を取り除くことは出来なかった.
一般相対論に於いて時空特異点の発生は普遍的であるのか.このような問いに対して, 1960年代に測地 線の不完備性という観点から,対称性を仮定しない一般的な時空に於いて,特異点の発生条件が精密に議論 された.その試みはHawking, Penroseらによる一連の定理に結実し,現在では特異点定理として知られて
いる[1, 4].そのうち,光的測地線の不完備性に関してはPenroseによる次の定理がある.
10 第2章 時空特異点と量子重力理論 定理2.1.1 (Penrose’s singularity theorem)
時空(M, g)に於いて次の条件が成立する時,光的測地線は完備でない. (i) 任意の光的ベクトルKµに対しRµνKµKν ≥0.
(ii) non-compactなCauchy面Hが存在する.
(iii) 閉じた捕捉面T が存在する.
条件(i)は物質のエネルギーに対する条件と言い換えられる. Einstein方程式を用いれば,TµνKµKν ≥0 となる. これは光的エネルギー条件(null energy condition)と呼ばれる通常の物質では満たされるべき,物 理的に自然な条件である.条件(ii)は, Cauchy面H上で初期条件を与えれば原理的にはEinstein方程式が 解けることを意味している. Cauchy面とは任意の時間的及び光的曲線(必ずしも測地線ではない)と唯一 回交差する空間的超曲面と定義されるからである.条件(iii)は重力が十分強い領域が存在することを意味 する. T の内側及び外側に光的信号を発射した時,内側にはT1,外側にはT2の閉じた面が形成される. こ れらの表面積が共にT よりも小さくなる時,T は閉じた捕捉面という.具体的な例としてはSchwarzschild 解に於ける事象の地平面,正確に言えば見かけの地平面(apparent horizon)が挙げられる.
条件(ii)のCauchy面がnon-compactであるという条件は幾分強い条件となっている. これは空間的に
閉じた位相構造を持つ時空に対しての条件となっている. すなわち,空間的に平坦,もしくは開いた場合の 光的測地線の不完備性については何も言っていないことに注意する. より一般的な状況に於ける議論に関 しては文献[1, 4]を参照されたい.また特異点定理についての概説は文献[5]がよくまとまっている.
特異点定理から得られる結果は非常に示唆的である. 一般相対論に基づいて物理的に想定される自然な 条件を考える限り,特異点の発生が普遍的なものであることを示したからである.但し,時空特異点の発生 が常に問題になるとは限らない. Schwarzschild解のように特異点が事象の地平面の内側に存在する為,特 異的な情報は外部の観測者からは知覚されない. このように特異点が発生しても因果的に隔絶されること により外部からの観測が許されないという主張がPenroseによって為されたが(宇宙検閲官仮説),物理的 に実現し得る如何なる状況に対しても成立するのかは自明ではない.
2.2 重力の繰り込み可能性
特異点定理によって一般相対論に基づいてエネルギー条件を満たす膨張宇宙を考えた場合,時空の対称 性に依らず,有限の過去で宇宙初期特異点が発生してしまうことが示されている. このような時空特異点 近傍では超高温,超高密度な状態となっており,もはや一般相対論では記述することが出来ない. そのよう な観点により,ミクロなスケールでの重力を正しく記述することの出来る量子重力理論の必要性が高まっ た.量子重力理論によって,高エネルギー領域での重力が修正を受け,それにより特異点が回避されること が期待されている. しかし,量子重力理論を構築するにあたって,最大の困難となっているのが繰り込み不 可能という問題である.
繰り込みとは量子効果を取り入れた物理量が発散してしまう問題を,量子効果の計算方法と解釈を変え ることによって有限の値に引き戻す操作である. 従来,観測される物理量は古典的な物理量と量子補正の 和であると解釈されており,量子補正が発散してしまうことが問題となっていた.繰り込み理論では,観測 される物理量はLangrangianに含まれる裸の物理量と量子補正の和で表されると解釈される.裸の物理量
2.2 重力の繰り込み可能性 11 の発散が量子補正の発散を打ち消すため,観測される物理量は有限の値に保たれるとするのが基本的な考 えである.繰り込みを行う際は,発散を打ち消す項として相殺項というパラメータを導入して計算する. 繰 り込みが可能であるとは,有限個のパラメータを導入することにより,摂動の全ての次数に於いて量子補正 による発散を全て除去出来ることをいう.
ある相互作用が繰り込み可能であるかどうかは, Feynman図のループ積分の発散次数を勘定することで 判別することが出来る.次のLagrangianで表される系を考える[6].
L=Lfree+%
j
Lint,j. (2.12)
但しLint,j は次のような相互作用Lagrangianを表すとする.
Lint,j =gj(∂)dj(φ)bj(ψ)fj . (2.13)
結合定数gj の質量次元を数えると次のようになる. [gj] = d−dj −d−2
2 bj− d−1
2 fj ≡ −δj. (2.14)
Feynman図のLj 型頂点の数をnj,ボソン型内線と外線の数を各々IB, EB,フェルミオン型内線と外線
の数を各々IF , EF とし, Feynman則からループ積分の発散の次数を勘定する. D=%
njdj+ (d−2)IB+ (d−1)IF −d&%
nj −1'
. (2.15)
ボソン,フェルミオン共に内線は頂点を二つの端点,外線は一つの端点とするから
%njbj = 2IB+EB , %
njfj = 2IF +EF. (2.16)
ここから発散の次数は次のように求められる. D=d−
#d−2 2
$ EB−
#d−1 2
$
EF +%
j
njδj. (2.17)
(1)全てのjに対して[gj]≥0の場合
摂動の次数,すなわちFeynmann図のループの個数を増やしていくと,相互作用の頂点の数が増えるの
で(2.17)の最後の項により発散の次数は次第に小さくなっていく. D <0となれば紫外発散は起こらない
ので,繰り込み操作は不要になる. 仮に全ての相互作用の結合定数の質量次元がゼロである場合でも,発散 の次数は一定であり摂動の次数を上げても,新しい型の発散は出現しない. つまり,有限のパラメータを導 入すれば全ての発散を繰り込むことが出来る.
(2) 1つでも[gj]<0なる相互作用が含まれる場合
摂動の次数を増やしていくとDが際限なく増加していくことが分かる.この場合,次々に新しい型の発 散が現れるので,発散を除去するのに必要な導入すべきパラメータの数は無限個となり,繰り込みは不可能 となる.
12 第2章 時空特異点と量子重力理論 以上のことから,繰り込み可能な相互作用は結合定数の質量次元が非負であることが示された. Einstein-
Hilbert作用を用いて重力の結合定数GNの質量次元を勘定してみると,
SEH = 1 16πGN
( d4x√
−g(R−2Λ), (2.18)
より[GN] =−2であることが分かる. 上の議論から,重力を摂動論的に量子化しようとすると量子効果に よる発散を有限個のパラメータで除去することが出来ないために繰り込みは不可能となる. これが量子重 力理論を構成する上で原理的な困難となっている.
2.3 量子重力理論への試み
先の節で見たように,重力を他の相互作用と同様に場の量子論に則った摂動論的な方法で量子化しよう とすると繰り込み不可能という困難に直面する. つまり,紫外発散を伴うFeynman図の種類が有限に収ま らず,繰り込みに必要な相殺項の種類が無限個必要である為に摂動論が破綻してしまう. 但し,これは必ず しも重力の量子化が不可能であることを意味しない. 少なくとも一般相対論とそれに類する重力理論の枠 組みでは,摂動論的量子化が困難であることを意味しているに過ぎない.すなわち,非摂動論的な量子化を 構成出来れば,重力を量子として扱うことの出来る可能性は依然として残されている. このような観点に より,摂動論的量子化を超えた様々な量子化の方法が模索されてきた. ここでは,そのような例として正準 量子重力,ループ量子重力, Causal Dynamical Triangulation,超弦理論に焦点を当て各々を概観する.
2.3.1 正準量子重力
一般相対論やそれに類する重力理論は時空を連続的な多様体として扱うが, 正準量子重力は時空自 体の量子化を目指す理論である. 重力は Planckスケール付近で量子的性質が顕著になるので, 時空は ℓpl∼10−35m程度を単位として量子化されると期待される.
正準量子重力は一般相対論をADM変数を用いた正準形式で再構成し量子化を行う.すなわち, 4次元時 空をtでパラメータ化された3次元空間的超曲面Σtで分解する.そのパラメータを時間と見なした上で3 次元空間的超曲面上の計量γij,シフトベクトルNi,ラプス関数N の各々に対して正準共役量を定義する.
Einstein-Hilbert作用で具体的に正準形式を構築してみる.
SEH = (
dt d3x!
πijγ˙ij−NH−NiHi"
. (2.19)
但し,πij はγij の正準共役量であり,次のような量である. πij := 1
16πGN
√γ!
Kij −γijK"
. (2.20)
HiとHは次で与えられる.
H:= 1 16πGN
√γ(KijKij−K2−R), (2.21)
Hi:=− 1 8πGN
√γDa
!Kai−γaiK"
. (2.22)
2.3 量子重力理論への試み 13 ここでKij は3次元超曲面上の外部曲率,Rは3次元超曲面上のRicciスカラーである. ここから重力場 のHamiltonianHEHを以下のように構成出来る.
HEH = (
Σt
d3x(NH+NiHi). (2.23)
これで重力を正準形式で記述出来た.NiとN は力学的な変数ではなくゲージ自由度に対応していること を考慮すれば,これらの量は拘束条件Hi= 0及びH= 0を与えることになる.すなわち,状態ベクトルΦ に対して次の拘束条件が課されている.
HiΦ= 0, HΦ= 0. (2.24)
拘束条件のうちHamiltonian拘束条件(2.24)がWheeler-DeWitt方程式と呼ばれる[7]. 詳しくは第6章に て述べるが,正準量子重力理論を基にして量子的宇宙創生が活発に議論されていた. 但し,原理的に解決す べき課題が多く残されており,その流れは後述するループ量子重力理論に基づく議論に受け継がれた.
2.3.2 ループ量子重力理論
ループ量子重力理論は正準量子重力を発展させた理論である.正準量子重力と同じく時空自体の量子化 を目指す理論の枠組みである[8, 9].まず,理論をAshteker形式で記述する[10]. 次のように定義される三 脚場を導入する.
γij =EAiEBj δAB. (2.25)
但し,添字A, B,· · · は内部空間を意味する.ここから内部空間と3次元超曲面上の空間を関連付けるスピ ン接続ΓA ji を用いて次のAshteker変数を定義する.
AiA :=ΓiA+βKiA. (2.26)
但し,ΓiA := ΓAabϵabi,KiA :=KABEBi/√γ,β は定数である. この三脚場とAshteker変数が次のように 正準共役な組となっている.
{AiA(x), EjB(y)}= 8πGNβδBAδjiδ3(x−y). (2.27) これで正準形式を構築すると, Yang-Millsゲージ理論と類似した形式に帰着させることが出来る. Ashteker 形式に基づいて記述された重力を, RovelliとSmolinによって開発されたloop representation [11]と呼ば れる表現を用いることによって量子化を行ったのがループ重力理論である. 理論自体は発展途上であり, 例えば古典近似として一般相対論に帰着するのか不明である等の課題が残されている. ループ量子重力理 論を応用した解析として,量子重力的効果を取り入れたインフレーション[12, 13]やブラックホール時空 への量子重力的アプローチ[14, 15]等が試みられている.
2.3.3 Causal Dynamical Triangulation
時空を量子化する模型としての格子理論はRegge calculusと呼ばれる[16]. 時空を一辺がℓpl程度の分 割された単体の集まりと考え,その可能な配置を重みを付けて足し上げることにより量子化を試みる.
14 第2章 時空特異点と量子重力理論 特にその格子分割に因果的構造を導入した模型はCausal Dynamical Triangulationと呼ばれている[17].
これは時空をt一定の超曲面族として分割した上で,三角形分割をするものである.各超曲面上には三角形 を構成する頂点が位置し,その発展は因果律に反しないように,一つ前の超曲面上の頂点から決められる. すなわち,矢印の方向に経路積分を行う.簡単の為, 2次元時空の場合を図2.1に示した. 従来の因果律を考 慮しない模型に基づく数値計算では,現実的な宇宙が生成されなかったが,この理論に基づいて巨視的な4 次元宇宙が力学的に生成されたことは興味深い[18]. また,後述するHoˇrava-Lifshitz重力理論との関連性 も指摘されている[19, 20].
2.3.4 超弦理論
量子重力理論を構築する動機として,時空の特異点付近を記述しようとする立場を強調してきたが,もう 一つの立場として,自然界に存在する四種の相互作用を統一的に記述しようとする立場がある. すなわち, 四種の相互作用は高エネルギー領域に存在する基礎的な一種の相互作用から分化したのではないかという 考えである. 超弦理論は物質の基本構成要素を粒子ではなく, 1次元的に伸びた超対称性(フェルミオンと ボソンの交換に対する対称性)を持つ弦であると考える[21]. 弦の振動モードに粒子の種類を対応させる ことによって,弦という唯一の構成要素から様々な種類の粒子を統一的に記述する. 弦にはループ状の閉 じた弦(閉弦)と二つの端点を持つ開いた弦(開弦)の二種類があり,閉弦にはspin-2のgravitonが,開弦に
はspin-1のゲージ粒子が含まれる. 構成要素を粒子から,弦という広がりを持つ物体に置き換えることで
重力の量子化を試みている. 超弦理論の研究はまだ発展途上ではあるが,様々な興味深い研究が生み出さ れている.
超弦理論は理論の整合性により,高次元時空の存在を予言する. それが発展した新しい世界の描像とし てブレーンワールドシナリオという興味深い提案がされている. 素粒子的な物質はD3ブレーンと呼ば れる4次元膜上に捕らえられており,膜自体は高次元のバルクと呼ばれる余剰次元に漂う存在である. 重 力のみが膜から離れてバルク方向へと伝播することが可能である. 有名なモデルとしてはArkani-Hamed, Dimopoulos, Dvaliらによる大きな余剰次元モデル[22, 23] RandallとSundrumによるワープした余剰次 元モデル[24]が知られる. このブレーンワールドを舞台に宇宙の進化が議論され,Dブレーンの力学に よってインフレーションを引き起こすモデルが提唱されている[25–27].
また超弦理論は,高次元に於ける古典重力理論と量子共形場理論との双対性であるAdS/CFT対応とい
図2.1 Causal Dynamical Triangulationによる2次元時空の時間発展.三角形格子はtの増加する向き, すなわち因果律に反しないように発展する.
2.3 量子重力理論への試み 15 う新しい可能性を拓いた[28]. これは5次元の漸近的anti-de Sitter時空に於ける古典重力理論と4次元の 共形場理論の間に見出された対応関係である.現在ではanti-de Sitter時空を超えたより一般的な時空に対 しても対応関係が見出されている. この対応関係により,計算が困難であった素粒子の強結合現象を古典 重力側での解析に焼き直すことが可能という実用上,非常に有用な結果をもたらしている. AdS/CFT対応 による双対性はどこまで広げられるのか,また単なる数学的対応を超えた物理的な本質があるのかは興味 深い問題である.
17
第 3 章
Lorentz 対称性
本章ではLorentz対称性と,その破れについて概観する. 3.1節では導入としてLorentz対称性が現代物
理学に於いてどのような役割を担っているかを概観し, Lorentz対称性を破る動機と,その可能性を探る. 3.2節では導入として特殊相対論の枠組みでLorentz対称性を定式化する.つまり一般相対論の自明解であ
るMinkowski時空に於いて,大域的に成り立つLorentz対称性を見る. 3.3節では一般相対論に見られる時
空の対称性,すなわち一般座標変換不変性を概観する. その帰結として,時空に曲率が存在しても任意の一 点に於いては局所的にLorentz系となる座標変換が存在すること,さらには一般座標変換不変性が物質の 保存則を意味していることを確認する. 3.4節では, Lorentz対称性の破れを,特殊相対性原理を破ることで 定義する. すなわち,背景として特定の指向性を示す場を導入することにより, Lorentz対称性の破れを定 式化する. またその破れを見分ける為, Lorentz変換をobserver Lorentz transformationとparticle Lorentz transformationの二種類に分類する. Lorentz対称性の破れはparticle Lorentz transformationに対する不変 性の破れを意味している. 3.5節では非力学的な場を背景として加えることによってLorentz対称性を破る 重力理論のtoy modelを構成する. 3.6節では時空に指向性を持たせる場を力学的対象として扱うことに
よってLorentz対称性の破れた重力理論を構築する.これは指向性を担う場に対してある種のポテンシャ
ルを導入することによって実現され得る.
3.1 概観
相対性原理は如何なる慣性系に於いても同一の物理法則が成り立つことを要求する. Newton力学に於 いて運動方程式にはGalilei変換に対する不変性が見出される. Galilei変換は異なる二つの慣性系を結び つける変換であり,例えば,ある慣性系S(t, x, y, z)に対してz方向へと相対速度vで等速運動する別の慣 性系S′(t′, x′, y′, z′)を考えれば両者は次の関係を持つ.
t′=t , x′=x , y′=y , z′=z−vt . (3.1) すなわち,S 系の観測者にから見て静止している物体はS′ 系の観測者にとっては,z方向に−vの速度 で動いているように見える. ところが古典電磁気学を記述するMaxwell方程式によると電磁波,すなわ ち光の伝播速度は媒質の誘電率と透磁率によって決まっており慣性系の選び方には依存しない. これは
Newton力学に於けるGalilei変換とは明らかに矛盾する.
18 第3章 Lorentz対称性
そこでNewton力学と古典電磁気学を整合的に記述する為にaetherという光を媒介する物質の存在が仮
定された. Maxwell方程式はaetherに対する静止系での電磁場のみを記述し,それ以外の系では厳密には
成り立たないというものである. この仮説に基づけば,観測される光の伝播速度はaetherとの相対速度に 影響される. 1887年のMichelsonとMorleyによる光干渉計を用いた測定に端を発して,地球とaetherの 相対速度の検出に対し幾つかの試みが行われたがaetherの存在に関して有意な証拠は得られなかった.
これを受けて1905年にEinsteinは(1)力学の方程式,及び電磁場を記述するMaxwell方程式は如何な る慣性系に於いても成立する(特殊相対性原理), (2)任意の慣性系に於いて観測される光速度は一定である (光速度不変の原理)という二つの原理を軸に特殊相対論を提唱した.
Newton力学でのGalilei変換のように特殊相対論の記述は,ある変換に対して対称性を持つ. その変換
もまた特殊相対論に於ける慣性系(Lorentz系)間を関係付けるものでありLorentz変換と呼ばれる. 数学
的にはMinkowski計量に於ける4次元的距離を一定に保つ変換であり,時間軸と空間軸を混ぜた回転変換
と解釈することが出来る.すなわち, Lorentz対称性を持つ理論に於いては時間と空間は等価なものとして 扱われる. 特殊相対論によってエネルギーと運動量は統一的に記述され,更には静止質量とエネルギーの 等価性といった重要な帰結が得られた. 1905年にはEinsteinは特殊相対論を重力を含む枠組みにまで拡張 し一般相対論を創始した.様々な検証実験に耐え,現在では標準的重力理論として広く認知されている.
Lorentz対称な理論を構築する試みは, 1920年代当時完成したばかりの量子論にまで広げられた. まず
1926年にspin-0のボソン場の相対論的記述(Klein-Gordon方程式)が見出された後, 1928年にDiracに よって半整数のspinを持つ場の記述(Dirac方程式)が得られた. これが場の理論の萌芽である. 場の理論 の発展と共に, 重力,電磁気力といった相互作用の統一的記述が探求されるようになった. 相互作用の記 述は局所的な連続変換に対して対称性を持つ理論(ゲージ理論)に立脚している. まず量子化に成功した のは電磁気力である. 量子電磁気学はU(1)対称性に基づくゲージ理論であり,その過程で経路積分や繰 り込みといった重要な技法が朝永, Schwinger, Feynmanによって開発された. 更にはGlashow, Weinberg,
SalamがSU(2)×U(1)ゲージ理論を用いて電磁気力と,核子の崩壊を司る弱い相互作用が統一的に記述
されることを示した(電弱統一理論). その構築にはゲージボソンに質量を与えて,ゲージ対称性を自発的
に破るHiggs機構が基礎にある. また核子を結び付ける強い相互作用はSU(3)対称性によって記述され
る. この量子論は量子色力学と呼ばれる. 電弱統一理論と量子色力学は非可換ゲージ場(Yang-Mills場) SU(3)×SU(2)×U(1)によって記述され, Higgs機構, CP対称性の破れ(小林-益川理論)と合わせて素粒子 標準模型として結実した.
素粒子標準模型を超える理論として, 電弱相互作用と強い相互作用を統一的に記述する大統一理論
(GUT)の構築が試みられている.そのエネルギースケールは概ね1016GeV程度と予想されるが,電弱統一
のエネルギースケール(102GeV)との開きが不自然な程大きいという問題(階層性問題)が,繰り込み操作 に伴う微調整問題といった形で顕在化する.具体的にはHiggs粒子の質量に現れる二次発散の繰り込みが 挙げられる. 繰り込みは観測する物理量を,発散する量子補正と裸の物理量との和として解釈する処方で あった. すなわち,裸の物理量と量子補正は各々発散しており,そこから有限の値を引き出すという調整を 行う必要がある. この問題はボソンとフェルミオンの交換に対する対称性(超対称性)を導入することに よって自然に説明される[29]. Higgsボソンに対して同等の質量を持つフェルミオンの存在を考えること によって双方で量子補正の発散を打ち消しあうという考えである.超対称性は数学的にはPoincare対称性 (時空の並進対称性とLorentz対称性)を拡張した構造となっている.
3.1 概観 19 超対称性からは重大な帰結が得られる. 一つは素粒子相互作用の統一という観点からである. 素粒子的 相互作用の統一は結合定数の一致という観点からも判断出来る.繰り込み操作は単なる発散を正則化する 処方という枠組みを超えて,理論のスケール変換に対する変換則を導く(繰り込み群方程式). 素粒子標準 模型に基づき,相互作用の結合定数を繰り込み群で解析すると, GUTスケール付近で三種の値が一致する 傾向が見られる.超対称性を導入した素粒子標準模型でも繰り込み群方程式により結合定数のエネルギー 依存性を計算してみると, GUTスケール付近で素粒子的相互作用の一致が飛躍的に精密になることが確か められている.もう一つが,超対称性粒子のうち最も質量が小さい粒子(LSP)が,ダークマターの有力な候 補となることである.陽子の安定性からRパリティに対する対称性が要求されるが,それはLSPの安定性
を導く. LSPが電気的に中性であれば光との相互作用が無いので,ダークマターの性質と一致する.また超
対称性は,高エネルギー基礎理論として有望な超弦理論が立脚する基礎であることからもLorentz対称性 は自然が持つ基礎的な対称性であると理解されている.
特殊相対論提唱以前のaetherの検出実験以来, Lorentz対称性を検証する実験が推進されているが,現 在のところ低エネルギー領域に於いて, 明らかな Lorentz対称性の破れを示す兆候は発見されていな
い[49, 50]. 但し, Lorentz対称性が我々の知るエネルギースケールでのみ近似的に成り立つ対称性であり,
それを超える領域では破れを伴っている可能性は棄却出来ない.既知の物理的過程によって説明すること の出来ない観測事実を,高エネルギー領域に於けるLorentz対称性の破れにより説明しようとする試みは 幾つか挙げられる.その一つの例がGZK限界を超える超高エネルギー宇宙線である. GZK限界とは,地球 近傍で観測され得る宇宙線のエネルギー上限の予想値でありGreisen, ZatsepinとKuzmin, Berezinskiと
Grigoriwvaらによって独立に提唱された[30–32].宇宙にはビッグバンの名残であるCMB光子が充満し
ているが,高いエネルギーを持つ粒子はこの光子と反応しπ中間子を生成することでエネルギーを失って いく. その反応の敷居値が4×1019eVであり,如何なる宇宙線も1.6億光年程度の距離でGZK限界まで 減衰してしまう.地球からその距離以内に既知の高エネルギー宇宙線源が無かったことから,この限界を上 回る宇宙線は観測され得ないと予想された. しかし,その予想に反して1998年,宇宙線観測装置AGASA によってGZK限界を超える宇宙線が検出された[33]. その理論的背景は未だ解明されていないが,我々の 銀河・銀河団に於いて未知の物理的過程により粒子加速が起こるという立場[34,35],ビッグバン初期に生 成した安定な重粒子や位相欠陥が,地球近傍に於いて崩壊したことによる放射という立場[36–39]に加え,
Lorentz対称性の破れによって減衰反応が禁止されるという立場[40, 41]が挙げられる.
また理論的側面からもLorentz対称性の破れを考える動きが出てきている. それは主に量子重力という 観点からである.標準的重力理論である一般相対論は,少なくとも重力の量子効果が顕著になるPlanckス ケール付近でカットオフスケールを持つことは明らかである. これはLorentz boostのパラメータの上限 を意味しているかも知れない. より基礎的な重力理論に基づいたLorentz対称性の破れの議論は,例えば ループ量子重力[42],超弦理論[43]に基づくものがある.特に非可換幾何[44]といった時空構造が超弦理 論に基づいて議論されていることも興味深い. またghost modeによって真空期待値を獲得する機構であ
るghost condensationもLorentz対称性を自発的に破る理論として知られている[45]. CPT対称性の破れ
はLorentz対称性の破れと等価であることが示され[46], Lorentz対称性を破る理論への関心が強まってい
る.この理論的な基盤として, Standard Model ExtensionというLorentz対称性を破る演算子を含む素粒子 標準模型の拡張が提唱された[47]. この模型では自発的対称性の破れの機構を用いることによって低エネ ルギー領域でのLorentz対称性の破れを考える. また後の章で扱うが,高エネルギー領域でのLorentz対称
20 第3章 Lorentz対称性 性を破ることによって,少なくとも次数勘定的に重力が繰り込み可能になることが示唆されている. これ は物性物理学に於いて,相転移現象に伴う物理量の発散を抑えるLifshitzの手法をHoˇravaが重力場に応用 したことからHoˇrava-Lifshitz(HL)重力と呼ばれている[48]. HL重力理論では高エネルギー領域に於いて 時間と空間が異なる次元を持たせるという幾分強いLorentz対称性の破れを要請している.
3.2 平坦な時空に於ける Lorentz 対称性
Minkowski時空は特殊相対論の根幹を成すだけではなく,一般相対論に於ける物質を含まない曲率ゼロ
の自明解として存在する点が重要である. すなわち, Minkowski時空は重力場の基底状態と言い換えるこ とが出来る.そこで,まず始めにMinkowski時空に於ける重要な対称性,大域的なLorentz対称性を概観す
る. Lorentz変換を次の時空間隔dsを不変にする変換と定義する.
ds2:=ηµνdxµdxν=−dt2+dx2+dy2+dz2. (3.2) 但し, ηµν = (−1,1,1,1)はMinkowski時空の計量, dxµ = (dt, dx, dy, dz) は微小変位である. 慣性系 S(xµ)から別の慣性系S′(xµ′)へと移るLorentz変換を行列Λµµ′ によって表し,また逆行列Λµµ′によって S系からS′系へと引き戻されるとする. すなわち,
xµ′=Λµµ′xµ, xµ=Λµµ′xµ′. (3.3) この条件より直ちに,変換行列は次の性質を満たすことが分かる.
Λµν′Λνρ′ =δµρ′′, Λµν′Λνρ′ =δµρ. (3.4) この行列を用いればS′系での計量は変換前の計量を用いて次のように表される.
ds′2=ηµ′ν′dxµ′dxν′ =ηµνΛµµ′Λνν′dxµ′dxν′. (3.5) Lorentz変換の意味を見る為に,ベクトルvµの二乗,すなわちηµνvµvνの変換を考える.
vµ′vµ′ =ηµ′ν′vµ′vν′ = (ηµνΛµµ′Λνν′)(Λµρ′vρ)(Λνσ′vσ) =vµvµ. (3.6)
ここから, Lorentz変換によってベクトルの長さは不変に保たれることが分かる. Lorentz変換の本質は空
間座標のみならず,時間座標も含めた回転変換である.
ここで具体的にLorentz boostを考えてみる.ここでは慣性系Sに対し,z方向へと相対速度βで移動す
る慣性系S′を考える.光速度がLorentz変換によって移り変わる如何なる系に於いても不変であるという
要求から,慣性系S′の座標変数(t′, x′, y′, z′)は次のように求められる.
t′=tcoshθ−zsinhθ, x′=x , y′=y , z′=−tsinhθ+zcoshθ. (3.7) 但し,β = tanhθであり,coshθ,sinhθは次のように与えられる.
coshθ= 1
)1−β2 :=γ, sinhθ= β
)1−β2. (3.8)