立方対称場中の 3d 電子に対する動的平均場理論
Dynamical Mean Field Theory for 3d Electrons in a Cubic Field
物理学専攻 佐古田 光
Hikaru Sakoda
1 はじめに
固体中には多数の電子(1cm
3
あたり約10 23
個)が存在する。これらの電子は、互いにクーロン相 互作用を及ぼし合いながら運動している。この電 子同士のクーロン相互作用のために、固体の電子 状態を調べるには複雑な多体問題を解くことにな る。しかし、多体問題をそのまま解くことは扱う 自由度が大きいため難しい。
これまでに、Alや
Si
などの、単純な金属・半 導体・絶縁体の物性の理解には、平均場近似とし て、密度汎関数理論(Density Functional Theory:DFT)における局所密度近似(Local Density Ap- proximation: LDA)に基づくバンド理論が、大き
な成果を上げてきた。しかし、遷移金属やその酸 化物など局在したd, f
軌道を持つ物質については、バンド理論はその物性をうまく説明できない。例 えば、バンド理論によれば、1原子あたりの電子 数が奇数の場合、基底状態は必ず金属になると結 論できる。しかし、NiOや
MgO
などバンド理論 によれば金属である物質が、実際にはモット絶縁 体と呼ばれる絶縁体になる。遷移金属やその酸化物など、電子間クーロン相 互作用の効果が運動エネルギーよりも大きく、クー ロン相互作用による電子相関が重要な役割を果た す系は、強相関電子系と呼ばれる。強相関電子系 の物質は、金属-絶縁体転移や高温超伝導など応用 上も重要な興味深い現象を見せる。強相関系のこ のような現象を理解するには、平均場近似を超え たクーロン相互作用の取り扱いが必要になる。
最近、平均場近似を超えてクーロン相互作用を
取り込む方法の1つとして、動的平均場理論(Dy-
namical Mean Field Theory: DMFT)が発展して
きている[4, 5, 13]。DMFT
では、格子系問題を有 効媒質中の1不純物問題へと置き換える。この有 効1不純物問題を解く方法には、量子モンテカルロ 法(Quantum Monte Carlo method: QMC)[3]、数値的厳密対角化(Exact Diagonalization: ED)、
逐次摂動近似法(Iterative Perturbation Theory:
IPT) [7–12]、非交差近似(Non-Crossing Approx- imation: NCA) [1,2]
など、さまざまな方法がある。また、
LDA
とDMFT
を組み合わせ、第一原理計算 に電子相関を取り入れる試みも行われてる[1,3,12]。
2 目的
結晶中の電子は、他の電子と相互作用しながら 運動している。1つの電子に着目すると、この相 互作用を平均値の周りを時間的・空間的に揺らいで いる場とみることができる。平均場近似では、時 間的な揺らぎ・空間的な揺らぎの両方を無視し、静 的な場でこれを近似する。強相関電子系では、揺 らぎの効果が大きく、揺らぎを無視する平均場近 似が成り立たない。
本研究では、動的平均場理論(DMFT)によっ て、電子間相互作用の時間的揺らぎを取り込んだ 電子状態を計算するプログラムの開発とテストを 行う。有効1不純物問題の解法には、非交差近似
(NCA)を用いる。
結晶中の
d
軌道は、周りの原子(配位子)の影 響で縮退が解け、いくつかのエネルギー準位に分1
裂する。配位子が立方対称に配置している場合、d 軌道は、3重に縮退した
t 2g
軌道と2重に縮退したe g
軌道に分裂する。NCA
を用いた動的平均場理論 の計算は、すでに[1, 2]
などで行われているが、[1]では
t 2g
軌道だけを扱っている。本研究では、現実 物質への応用を考え、t2g
軌道のみでなくe g
軌道 も含めたd
軌道全体を扱う。また、電子間クーロ ン相互作用を[1, 2]
と異なり、対称場中の多重項理 論(配位子場理論)で扱うことで局所的な多体効 果をより正確に取り込む。3 計算方法
3.1
タイトバインディングモデル格子点に
3d
軌道を配置した、つぎのタイトバイ ンディングモデルを考える。H = X
i
X
mσ
ε mσ c † imσ c imσ − X
⟨ ij ⟩
X
mm
′σ
t mm ij
′c † imσ c jm
′σ
+ 1 2
X
i
X
{mσ}
U m
1m
2:m
3m
4c † im
1σ
1c † im
2σ
2c im
4σ
4c im
3σ
3(3.1)
ここで、c† imσ (c imσ )
は、サイトi、軌道 m(m = 1, 2, · · · , 5)、スピン σ
の電子の生成(消滅)演算 子である。εmσ
は結晶場により分裂した、t2g
軌道 とe g
軌道のエネルギーを表す。t mm ij
′は軌道間の電 子の移動を、U m
1m
2:m
3m
4は電子間のクーロン相互 作用を表す。現実物質への応用を考え、tmm ij
′にス レータ・コスターパラメータ[6]
を、Um
1m
2:m
3m
4にスレータ積分を用いることで、
d
軌道の非当方性 を取り入れている。3.2
動的平均場理論電子間相互作用をより正確に取り込むために動 的平均場理論(Dynamical Mean Field Theory:
DMFT)[4, 5, 13]
を用いる。動的平均場理論では、格子系のある1つのサイトに注目し、それ以外のす べてのサイトを媒質とみなす。この注目サイトと媒 質との電子のやり取りが
hybridization
関数∆(ω)
で与えられた状況で、注目サイトについて相互作 用を正確に扱い局所的な電子相関を求める。これ によって得られた注目サイトのグリーン関数と自己エネルギーを格子系のグリーン関数と自己エネ ルギーとセルフコンシステントに決める。これは 有効媒質中の1不純物問題を解くことと同じにな る。動的平均場理論の概念図を図
1
に示す。動的図
1: DMFT
の概念図。格子系問題から有効1不純物問題へマッピング。
平均場理論では、局所的な電子相関の動的効果が 扱うことができる。ただし、サイト間の電子相関 は平均的に扱っているため、周りのサイトが無限 に多くサイト間相関を無視することができる無限 次元極限で正確になり、3次元では近似となって いる。
DMFT
では、格子系の問題から、セルフコンシス テントに決まる有効媒質中の1不純物問題へと置き 換わる。本研究では、有効1不純物問題の解法に非 交差近似(Non-Crossing Approximation: NCA)を用いる。NCAは、強相関極限から不純物と媒質 との電子の移動を摂動として扱う近似解法であり、
次のような特徴をもつ。広範囲の温度を取り扱え る。多重項構造や軌道自由度のある系も容易に扱 える。近藤温度は正しいが、低温でフェルミ流体 にならない。U→ ∞で
Vertex
補正が必要。4 計算結果
(3.1)式に対して
DMFT-NCA
を適用し、相 互作用U = 3.0、J = 0.3、結晶場分裂の大きさ 10Dq = 0.6
温度の逆数β
はβ = 30
と固定し、1 サイトあたりの占有電子数n d
を変えながらスペク トルの計算を行った。4.1
状態密度(1電子スペクトル)図
2
に、単純立方格子におけるe g
軌道とt 2g
軌 道の状態密度の占有電子数n d
依存性を示す。2
0 2 4 6 8 10 12 14 16 18 20 22
-6 -4 -2 0 2 4 6 8
-ImG( ω )
Energy ω n
d= 1.00
n
d= 1.05 n
d= 1.27 n
d= 1.52 n
d= 1.79 n
d= 1.95 n
d= 2.00 n
d= 2.10 n
d= 2.42 n
d= 2.57 n
d= 2.86 n
d= 3.00
µ = 1.0 µ = 1.6 µ = 2.0 µ = 2.4 µ = 2.8 µ = 3.0 µ = 4.0 µ = 4.6 µ = 5.0 µ = 5.2 µ = 5.6 µ = 6.6 e
gt
2g図
2:
単純立方格子、10Dq= 0.6
における状態密 度の占有電子数n d
依存性図
2
において、e g
軌道にはどの占有電子数n d
においても
ω < 0
の占有状態に状態密度がほとんどない。これは結晶場
10Dq = 0.6
によってエネル ギーの低くなったt 2g
軌道から占有されるためと考 えられる。占有電子数が整数(n d = 1, 2, 3)
のとき、ω < 0
の下部ハバードバンドとω > 0
の上部ハバー ドバンドにわかれ、上下ハバードバンド間にエネ ルギーギャップができ絶縁体となっている。占有電 子数が整数からずれたところでは、フェルミエネル ギーにコヒーレントピークを持つ金属状態へ転移 する。金属から絶縁体に転移する近傍(n d ∼ 1.8)
では、フェルミエネルギーより少し上に局所的な 励起に対応した鋭いピークを持つ。4.2
スペクトルの多重項構造n d = 1.79
での状態密度の微細構造には局所的な 多電子状態(多重項スペクトル)間の励起に対応し たピークが現れる。図3
に単純立方格子、10Dq= 0.6、 n d = 1.79
でのd 2
状態の多重項スペクトルを 示す。図3
上図は、それぞれ2電子状態(d2
)の田 辺・菅野ダイアグラムで、破線は各多重項の原子極限でのエネルギー固有値を表す。また、各多電 子状態(d
n
、既約表現2S+1 Γ)の原子極限でのエ
ネルギー固有値と、多重項スペクトルのピーク位 置をまとめたものを表1
に示す。ただし(電子配 置)は、10Dqが大きい極限で配置換相互作用を考 慮しない電子配置である。∆
Q$
'$
#I 'I #I
6I 6I
#I6I6I 'I
6I 6I
-8 -7 -6 -5 -4 -3 -2 -1 0
-4 -3.5 -3 -2.5 -2 -1.5 -1
ImR(ω)
ω
#I 'I #I 6I
6I #I 6I
6I 'I 6I 6I
図
3:
単純立方格子、10Dq= 0.6, n d = 1.79
にお けるd 2
状態のImR α (ω)。田辺・菅野ダイアグラム
の線の色は、既約表現2S+1 Γ
の色と対応している。状態密度
ImG(ω)
は図4
のようになる。0 0.2 0.4 0.6 0.8 1 1.2 1.4 1.6
-6 -4 -2 0 2 4 6
-ImG( ω )
Energy ω e
gt
2g図
4:
単純立方格子、10Dq= 0.6, n d = 1.79
にお ける状態密度い ま 1 サ イ ト あ た り の 占 有 電 子 数 が
n d = 1.79
なので、基底状態はt 2g
軌道に2電子の状態3 T 1g (t 2g 2 )
とt 2g
軌道に1電子の状態2 T 2g (t 2g )
と 考えられる。また3 T 1g (t 2g 2 )
には、配置間相互作 用によって3 T 1g (t 2g e g )
がわずかに混じっている。図
4
のω = − 4.0
のピークは2 T 2g (t 2g )
からt 2g
軌道の電子を1つ抜き
d 0
状態への遷移に対応して いる。基底状態にe g
軌道に1電子の状態がないた3
表
1:
各多電子状態の原子極限でのエネルギー固有 値と多重項スペクトルのピーク位置d n
既約表現Energy ω
(電子配置) 原子極限
ImR α (ω) d 1 2 T 2g (t 2g ) − 3.04 − 3.7 ∼ − 2.0
2 E g (e g ) −2.44 −3.4 ∼ −1.5 d 2 3 T 1g (t 2g 2
) −3.48 −3.7
1 T 2g (t 2g 2
) −2.99 −3.2
1 E g (t 2g 2 ) − 2.98 − 3.2
3 T 2g (t 2g e g ) −2.93 −3.3
3 T 1g (t 2g e g ) − 2.48 − 3.0 ∼ − 2.6
1 A 1g (t 2g 2
) −2.47 −2.8 ∼ −2.4
1 T 2g (t 2g e g ) − 2.38 − 2.8 ∼ − 2.3
3 A 2g (e g 2 ) − 2.33 − 2.7
1 T 1g (t 2g e g ) −2.27 −2.8 ∼ −2.2
1 E g (e g 2 ) − 1.79 − 2.5 ∼ − 1.6
1 A 1g (e g 2
) −1.08 −1.8 ∼ −0.8 d 3 4 A 2g (t 2g 3
) −1.17 −1.8 ∼ 0.0
4 T 2g (t 2g 2 e g ) − 0.57 − 1.4 ∼ 0.7
2 E g (t 2g 3
) −0.55 −1.4 ∼ 0.6
2 T 1g (t 2g 3
) − 0.51 − 1.4 ∼ 0.6
4 T 1g (t 2g 2
e g ) −0.27 −1.3 ∼ 1.2
2 T 2g (t 2g 3
) − 0.25 − 1.5 ∼ 1.0
. .. .
.. .
..
め、e
g
軌道にはこれに対応したピークが現れない。ω = − 2 ∼ 0
に広がったバンドは、d2
状態3 T 1g
か ら電子を1つ抜きd 1
状態への遷移に対応している。ω = 0.5
やomega = 1.0
の鋭いピークはd 1
状態2 T 2g
からd 2
の励起状態への遷移に対応している。ω > 2
の上部ハバードバンドは、2電子状態3 T 1g
から3電子状態への遷移に対応している。5 まとめ
立方対称場中で分裂した
e g
軌道とt 2g
軌道につ いて、DMFT-NCAを適用し、スペクトルを計算 した。1.
状態密度は、占有電子数n d
が整数のところで 絶縁体、nd
が非整数のところでフェルミエネ ルギーにコヒーレントピークをもつ金属とな り、占有電子数が変化したときのモット転移 の様子を捉えている。2.
多重項スペクトルの解析により、状態密度に 現れる各スペクトルと多重項間の遷移の対応が付く。
占有電子数を変化させたときの立方対称場中の