博士(医学)黒田 敏 学位論文題名
近赤外分 光法に よる脳虚血のモニタリング
学位論文内容の要旨
【目 的】 近赤 外光 が良 好な 生体 透過 性とhemoglobin (Hb),cytochrome oxidase (Cyt. ox.)に 対 す る 特 有 の 吸 収 曲 線 を 有 す る こ と か ら 、 近 赤 外 分 光 法 は 非 侵 襲 的 に 脳 内 の 酸 素 化 状 態 を 測 定 で き る 方 法 と し て 注 目 さ れ て い る 。 特 にCyt. ox.は ミト コン ドリ ア内 に存 在す る電 子 伝 達系 の末 端に 存在 する 酵素 であ り、 生体 内 に取 り込 まれ た酸 素の 約90ワ。 を消 費し 、酸 化 的 リ ン 酸 化 に き わ め て 重 要 な 役 割 を 演 じ て い る 。 そ の 酸 素 親 和 性 は き わ め て 高 く 、 細 胞 内 のcritical hypoxiaの 出現 をき わめ て鋭 敏 に示 す生 体内 指標 とし て考 えら れて いる 。し か し な が ら 、 過 去 の 検 討 の 多 く は 低 酸 素 状 態 に お け る 検 討 が主 体で あり 、脳 神経 外科 領域 に お い て は 、 よ り 多 く の 機 会 に 遭 遇 す る 脳 虚 血 時 の 近 赤 外 分 光 法 の 挙 動 に 関 す る 報 告 は き わ め て 少 な 〈 、 脳 波 や エ ネ ル ギ ー 代 謝 両 者 と 比 較 し た 報 告は 皆無 であ る。 した がっ て、
今 回 、わ れわ れは 、ま ず第 一に 脳虚 血モ デル を 用い て虚 血時 、お よび 、再 潅流 にお けるCyi.
ox.の 酸 化 ー 還 元 レ ベ ル と 自 発 脳波 、細 胞エ ネ ルギ ー状 態の 変化 を測 定し て、 これ らを 比較 す る こ と に よ り 、 脳 虚 血 に お け る 本 法 の 有 用 性 に つ い て 検 討し た。 さら に、 頚動 脈内 膜剥 離術(carotid endarterectomy,CEA)中に 応用 して 、頚 動脈 遮断 時の 近赤外分光モニ タリング およ び体 性感 覚誘 発電位(somatosensory evoked potential,SEP)を測定し、その臨床 的有用性 も併せて検討した。
【方 法】 (1) 砂ネズミ脳虚血 モデル(両側頚動脈閉塞)において、700,730,750,805 nmの4 波 長 の 近 赤 外 光 を 頭 蓋 冠 に 固 定 し た フ ん イ バ を 通 し て 大 脳 に 照 射 し 、 そ の 反 射 光 を 別 の フ ん イ バ か ら 取 り 込 み 、 近 赤 外 分 光 光 度 計 に 導 い た 。 各 波 長 の 吸 光 度 の 変 化 か ら 連 立 方 程式により酸化型、脱酸素型、総Hbの濃度変化([oxy―Hb],[deoxyーHb],[total Hb])とCyt. ox.
の 酸 化 還 元 状 態 の 変 化 を 計 算 し て 求 め た 。 同 時 に 、 脳 波 、 大 脳 皮 質ATP,ADP,AMPの 変化 を 測 定 し た 。 脳 波 は 両 側 頭 頂 部 か ら 導 出 し 、 高 工 ネ ル ギ ー リ ン 酸 の 測 定 はmicrowaveにて 大 脳 を 固 定 、 摘 出 し た の ち 、 冷 凍 保 存 、 凍 結 乾 操 を 経 てHPLC (high performance liquid chromatography)を用 いて測定した。
(2)8例 のCEA術 中 に 手 術 側 の 前 額 部 に 測 定 用 の フ ん イ バ を 固 定 し 、 頚 動 脈 遮 断 時 の 近 赤
外 分 光の変化 を連続 的に測定 した。 (1) と同様の アルゴ リズムを 用いて [oxy−Hb],[deoxy‑
Hb],[total Hb]の 変 化とCyt. ox.の 酸 化還 元 状 態の 変 化を 測定し た。これ と同時 にSEPを 測 定した。
【結果】(1)脳虚血により[oxy・Hb],[total Hb]の減少、[deoxy−Hb]の増加が急激に認められ た 。 また、Cyt. ox.も急速に 還元さ れ、その 変化は 脳波の平 坦化( 平均約15秒 後)と 平行して い た 。 しか し 、 大脳 皮 質ATPの 減 少は こ れ らの 変 化 より も 遅 れて 虚 血30秒 後 から 出 現 した。
虚 血 中 もCyt. ox.は 徐 々 に 還 元 が 進 行 し 、5分 後 の 虚 血 終 了 時 に は 約90%が 還 元 され て い た 。 以 上 よ り 、 本 法 は脳 虚 血 出現 時 に は、 脳 波 とと も に 脳代 謝 の 異常 を エ ネ ルギ ー 障 害の 出 現 よ り も 迅 速 に 検 出 す る こ と が 可 能 で あ る と 考 え ら れ た。5分 間虚 血 後 の 再潅 流 で は、
脳 波 の 回 復 は き わ め て 遅 延 し 、15分 後 に よ う や くslow waveの 出 現が み ら れた 。 こ れに 対 して、[oxy−Hb],[deoxy−Hb],[total Hb]の回復とともに、Cyt. Ox.の酸化‐還元レベルは、ただ ち に 回 復 し 始 め 約3分 後 に は 安 静 時 の 状 態 に 回 復 し た 。 こ れ は 大 脳 皮 質AIPの 回 復 と よ く 相 関 し て い た 。 以 上よ り 、 本法 は 虚 血後 の 再 潅流 に お いて は 脳 波よ り も 的 確に 酸 化 的リ ン酸化能の回復を検出することが可能であると考えられた。
(2)頚 動 脈 遮 断 に と も な っ てSEPのN20 amplitudeの 低 下 をき た し た4例 で は、 頚 動 脈遮 断 と と もに[oxy―Hb],[total Hb]の減少、[deoxy‑Hb]の増加がみられ、遮断中にわたって持続した。
血 流 再 開に よ り 回復 し た 。ま た 、Cyt. ox.も 急速 に 還 元さ れ、血 流再開と ともにた だちに 安 静 時 の 状 態 に 回 復 し た 。 こ れ に 対 し て 、 頚 動 脈 遮 断 に よ るSEPの変 化 を ほ とん ど 認 めな か っ た4例 では、 頚動脈遮断にともなって[oxy−Hb],[total Hb]の減少、[deoxy‑Hb]の増加がみ ら れ た が 、 遮 断 中 に 徐々 に 安 静時 の 状 態に 回 復 し、 良 好 な側 副 血 行路 の 存 在 を示 唆 し た。
Cyt. ox.の 酸 化 還元 状 態 の 変化 は み られ な か った 。 こ のよ うに、Cyt. ox.の還元 は迅速に 脳 酸素代謝の障害を示す指標として有用であると考えられた。
【 結 語 】 近 赤 外 分 光 法 は 非 侵 襲 的 に 脳 内 のHbの 酸 素 化 状 態 やCyt. ox.の 酸 化 還 元 状態 を 測 定 す る こ と が 可 能 であ り 、 脳虚 血 に も応 用 で きる こ と が判 明 し た。 特 にCyt. ox.の 酸化 還 元 状 態 を 監 視 す る こと に よ り、 細 胞 エネ ル ギ ー状 態 の 悪化 よ り も先 行 し て 脳内 の 低 酸素 状 態 を 検 出 す る こ と が 可 能 で あ り 、 今 後 、 数 多 く の 臨 床 応 用 が 期 待 さ れ る 。
学位論文審査の要旨
学 位 論 文 題 名
近赤外分光法 による脳虚血のモニタリング
【目的】近赤外光が良好な生体透過性とhemoglobin (Hb),cytochrome oxidase (Cyt. Ox.)に対 す る特有の吸 収曲線を 有することから、近赤外分光法は非侵襲的に脳内の酸素化状態を測 定 できる方法 として注 目されている。特にCyt. ox.はミトコンドリア内に存在する電子伝 達 系の末端に存在する酵素であり、生体内に取り込まれた酸素の約90c70を消費し、酸化的 リ ン酸化にき わめて重 要な役割を演じている。その酸素親和性はきわめて高く、細胞内の critical hypoxiaの出現をきわめて鋭敏に示す生体内指標として考えられている。しかしな が ら、過去の 検討の多 くは低酸素状態における検討が主体であり、脳神経外科領域におい て は、より多 くの機会 に遭遇する脳虚血時の近赤外分光モ二夕リングの挙動に関する報告 はきわめて少な〈、脳波やエネルギー代謝両者と比較した報告は皆無である。したがって、
今回、まず第一に脳虚血モデルを用いて虚血時、およぴ、再潅流におけるCyt. ox.の酸化一還 元 レベルと自 発脳波、 細胞工ネルギー状態の変化を測定して、これらを比較することによ り 、脳虚血に おける本 法の有用性について検討したっさらに、頚動脈内膜剥離術(carotid endarterectomy,CEA)中に応用して、頚動脈遮断時の近赤外分光モニタリングおよび体性 感覚誘発電位(SEP)を測定し、その臨床的有用性も併せて検討した。
【方法】(1)砂ネズミ脳虚血モデル(両側頚動脈閉塞)において、700,730,750,805 nmの4 波 長の近赤外 光を頭蓋 冠に固定したフんイバを通して大脳に照射し、その反射光を別のフ ァ イバから取 り込み、 近赤外分光光度計に導いた。各波長の吸光度の変化から連立方程式 により酸化型、脱酸素型、総Hbの濃度変化([oxy‑Hb],[deoxy‑Hb],[total Hb])とCyt..ox.の酸 化 還元状態の 変化を計 算して求 めた。同 時に、脳 波、大脳 皮質ATP,ADP,AMPの変化を測 定 した。脳波 は両側頭 頂部から 導出し、 高工ネル ギーリン 酸の測定はmlcrowaveにて大脳 を固定、摘出したのち、HPLCを用いて測定した。
(2)8例 のCEA術 中 に 手術 側 の前 額部に測 定用のフ んイバを 固定し、 頚動脈遮断 時の近赤 弘秀
郎 慶和 部田 嶋 阿安 長 授授 授 教教 教 査査 査 主副 副
外分光の変化を連続的に測定した。(1)と同様に[oxy‑Hb],[deoxy‑Hb],[total Hb]の変化と Cyt. ox.の 酸 化 還 元 状 態 の 変 化 を 測 定 し た 。 こ れ と 同 時 にSEPを 測 定 し た 。
【結果】(1)脳虚血により[oxy‑Hb],[total Hb]の減少、[deoxy‑Hb]の増加が急激に認められ た。また、Cyt. ox.も急速に還元され、その変化は脳波の平坦化(平均約15秒)と平行してい た。しか し、大脳 皮質ATPの減 少はこれら の変化よ りも遅れて虚血30秒後から出現した。
虚血中もCyt. Ox.は徐々に 還元が進行し、5分後の虚血終了時には約90c/oが還元されてい た。以上 より、本 法は脳虚 血出現時には、脳波とともに脳代謝の異常をエネルギー障害の 出現 よ り も迅 速 に検 出 す ること が可能であ った。5分 間虚血後 の再潅流 では、脳 波の回 復はきわめて遅延し、15分後にようや〈 slow waveの出現がみられた。これに対して、[oxy‑
Hb],[deoxyーHb],[total Hb]の回復とともに、Cyt. ox.の酸化‐還元レベルは、ただちに回復し 始め 約3分 後に は 安 静時 の 状 態に 回 復し た 。 これ は 大脳 皮質ATPの 回復とよ く相関し て いた。以 上より、 本法は虚 血後の再潅 流におい ては脳波 よりも的 確に酸化 的リン酸 化能 の回復を検出することが可能であったっ
(2)頚 動 脈 遮断 に とも な っ てSEPの悪化 をきたした4例では、 頚動脈遮 断ととも に[oxy− Hb],[total HbJの減少、[deoxy‑Hb]の増加がみられ、遮断中にわたって持続した。血流再開 により回復した。また、Cyt. ox.も急速に還元され、血流再開とともにただちに安静時の状 態に回復 した。こ れに対し て、頚動脈遮断によるSEPの変化一をほとんど認めなかった4例 では、頚動脈遮断にともなって[oxy‑Hb],[total Hb]の減少、[deoxy―Hb]の増加がみられたが、
遮断中に 徐々に安 静時の状 態に回復し、良好な側副血行路の存在を示唆した。Cyt. Ox.の 酸化還元状態の変化はみられなかった。
【結語】 近赤外分 光法は非 侵襲的に脳 内のHbの酸 素化状態 やCyt. ox.の酸化 還元状態を 測定する ことが可 能であり 、脳虚血にも応用できることが判明した。特にCyt. ox.の酸化 還元状態 を監視す ることに より、細胞 工ネルギ ー状態の 悪化より も先行し て脳内の 低酸 素 状 態 を 検 出 す る こ と が 可 能 で 、 今 後 、 数 多 く の 臨 床 応 用 が 期 待 さ れ る 。