博 士 ( 農 学 ) 村 上 茂 樹
学 位 論 文 題 名
林 分 構 造 が 流 域 蒸 発 散 に 及 ぼ す 影 響 の 研 究 学 位 論 文 内 容 の 要 旨
本 研 究 は 森 林 流 域 に お け る 蒸 発 散 量 , 樹 冠 遮 断 量 , 蒸 散 量 と 林 齢 お よ び 林 分 構 造 と の 関 係 を , 流 域 蒸 発 散 の 観 測 と 蒸 発 散 の 林 分 構 造 依 存 モ デ ル と に よ っ て 定 量 的 に 評 価 す る も の で あ る 。
こ れ ま で の わ が 国 の 森 林 管 理 は 木 材 生 産 を 主 眼 に 行 わ れ て き た 。 し か し , 近 年 , 森 林 管 理 の 主 要 な 目 的 は 公 益 的 機 能 の 増 進 へ と 転 換 し つ っ あ る 。 一 方 , 水 保 全 上 好 ま し い 森 林 管 理 の あ り 方 に つ い て は 多 く の 議 論 が な さ れ て き た が , 十 分 な 解 答 は 得 ら れ て い な い 。 こ れ は , 流 域 蒸 発 散 が 植 生 , 気 象 , 土 壌 の 相 互 作 用 に よ っ て 支 配 さ れ る た め , そ れ ぞ れ の 要 素 を 分 離 す る の が 困 難 な こ と に よ る 。 そ こ で 本 研 究 で は , 流 域 蒸 発 散 の 観 測 を 行 う と と も に , 蒸 発 散 の 林 分 構 造 依 存 モ デ ル を 構 築 し て 森 林 被 覆 の 効 果 と 気 象 の 効 果 と を 分 離 し て 蒸 発 散 の 評 価 を 行 っ た 。
蒸 発 散 量 と 樹 冠 遮 断 量 は 流 域 試 験 ( 水 収 支 法 ) に よ っ て 測 定 し た 。 従 来 の 流 域 試 験 の 解 析 方 法 は , 森 林 の 変 化 の 前 後 で の 水 収 支 の 違 い を 現 象 論 的 に 記 述 す る だ け の も の が 多 か っ た 。 本 研 究 で は ま ず , 森 林 の 変 化 を 含 む 期 間 の 水 収 支 か ら 蒸 発 散 量 の 季 節 変 化 お よ び 経 年 変 化 を 観 測 値 と し て 求 め た 。 次 に , 蒸 発 散 の 林 分 構 造 依 存 モ デ ル を 構 築 し て 観 測 値 を 再 現 し , モ デ ル の 適 合 性 を 確 認 し た 。 モ デ ル の 構 築 に 当 た っ て は , 「 蒸 発 散 量 は 林 分 構 造 ( 立 地 条 件 が ー 定 な ら 林 齢 ) に 依 存 す る ′ 」 と ぃ う 仮 説 を 提 示 し , こ れ に 基 づ い て 森 林 パ ラ メ ー タ の 検 討 を 行 っ た 。 さ ら に , こ の モ デ ル を 用 い て 蒸 発 散 量 の 林 齢 依 存 性 と 気 象 条 件 の 違 い に よ る 応 答 の 差 を 考 察 し , 最 後 に 間 伐 に よ る 蒸 発 散 量 の 変 化 予 測 を 行 っ て 今 後 の 技 術 的 応 用 の 可 能 性 を 検 討 し た 。
対 象 と し た 常 陸 太 田 試 験 地 は 茨 城 県 北 部 の 太 平 洋 岸 に 位 置 す る 。 今 回 対 象 と し た の は 全 流 域 (15.68 ha)と そ の サ プ 流 域 で あ るB流 域(2.48 ha)で , そ れ ぞ れ の 流 域 で 流 量 が 測 定 さ れ て い る 。 ま た , 流 域 内 の 露 場 で は 雨 量 観 測 と 気 象 観 測 が 行 わ れ て い る 。 全 流 域 は1984年 ま で は1919年 に 植 栽 さ れ た ヒ ノ キ ・ ス ギ の 壮 齢 林 で 覆 わ れ て い た が ,1985〜 1986年 にB流 域 を 残 し て 皆 伐 さ れ た 。 そ の 後 ,1987〜1988年 に 再 び ヒ ノ キ と ス ギ が 植 栽 さ れ て い る 。 蒸 発 散 量 の 観 測 値 は 季 節 変 化 に つ い て は 短 期 水 収 支 法 , 年 変 化 に つ い て は 暦 年 を 水 文 年 と す る 年 間 水 収 支 を 用 い て 求 め た 。 解 析 期 間 は 全 流 域 に つ い て は1981〜 1985年 , 幼 齢 林 流 域 ( 全 流 域 とB流 域 と の 差 ) に つ い て は1991〜1997年 で あ る 。B流 域 の 壮 齢 林 で は 林 内 雨 量 ( 樹 冠 通 過 雨 量 と 樹 幹 流 下 量 の 和 ) が 測 定 さ れ た 。 樹 冠 遮 断 量 は 1991,1994年 に つ い て 林 外 雨 量 ( 降 水 量 ) と 林 内 雨 量 の 差 か ら 算 出 し た 。 本 研 究 で は 蒸 発 散 の 林 分 構 造 依 存 性 を 検 討 す る た め の モ デ ル を 新 た に 構 築 し た 。 こ の 研 究 の 最 大 の 新 規 性 は , モ デ ル 中 の 森 林 パ ラ メ ー タ を 独 自 の 表 現 形 式 で 示 し た 点 に あ る 。 モ デ ル は 熱 収 支 式 ( ベ ン マ ン ・ モ ン テ イ ス 式 ) を 基 礎 に し た も の で あ る 。 蒸 発 散 量 は 蒸 散 量 と 樹 冠 遮 断 量 だ け か ら な る と 仮 定 し , 林 床 面 蒸 発 や 未 閉 鎖 部 分 か ら の 蒸 発 は 森 林 パ
ラメータに含まれるとして扱った。蒸散量は一日ごと,樹冠遮断量は一降水ごとに計算 した。モデルに用いる森林パラメータ(空気力学的抵抗ra ,群落抵抗rc ,樹体の保水容 量SMAX) は観測値と文献値に基づいて与え,「蒸発散量は林分構造(立地条件が一定 なら林齢)に依存する」という仮説に基づき,林齢の関数として表した。空気力学的抵 抗ra は,対数則に基づいて樹高の関数として計算し,さらに既往の研究のレビューを行 って樹 高と の関 係を考 察した。その結果,樹高約
6m以下では樹高とともにra が減少 したが ,樹 冠が 閉鎖す る約6m (林齢約20 年)以上ではほぼ一定の値に収束した。樹 高とra の関係は,樹高と林齢の関係を用いて,林齢とra の関係に変換した。群落抵抗rc と樹体 の保 水容 量
SMAXは,葉面積指数
LAIを用いて林齢との関係を検討した。
LAIは 樹冠が閉鎖する林齢15 〜20 年でピークを示し,その後やや減少してほぼ一定となる傾 向を示した。また,林齢約
20年以下では
LAIが収量比数
Ryとともに大きくなる傾向が 見られたが,樹冠が閉鎖する林齢約
20年以上ではRy との関係は明確ではなかった。こ れは立地条件,または施業履歴の違いによるものと考えられる。一方,パイプモデル理 論によれば,断面積と葉量との間には相関関係が見られるはずである。そこで,LAI と 胸高断面積合計との関係を検討したところ,林齢15 〜
20年に相当する胸高断面積合計 において
LAIがピークを示し,その後やや減少してほぼ一定の値となる傾向を示した。
さらに胸高断面積合計、と林齢とは一対一の関係にあることから,LAI は林齢の関数とし て表せるだけでなく胸高断面積合計の関数としても表現できることが示された。ここで は他の研究との比較のし易さと生態学的意味からLAI を林齢の関数とすることにした。
水収支から求めた樹冠遮断量と蒸発散量の観測値は,どちらもモデルによって有意に 再現できることが示された。これにより,「蒸発散量は林分構造(立地条件が一定なら 林齢)に依存する」とぃう仮説が妥当であることと,モデルの適合性とが示された。壮 齢林では林齢と年間蒸発散量との関係は明確ではなかったが,幼齢林では蒸発散量の観 測値が成長とともに毎年明らかに増加を示した。蒸発散量,樹冠遮断量,蒸散量は年々 の気象条件を反映して毎年異なった季節変化を示した。特に冷夏多雨の
1993年には蒸発 散量の計算値が小さな値となり(観測値なし),猛暑少雨の1994 年には観測値,計算値 ともに大きな値となった。
さらに,このモデルを用いて以下の3 種類の予測を行った。第一に,気象条件を一定 にして森林パラメータを変化させることにより,蒸発散量の林齢依存性を検討した。そ の結果,
LAIの変化に対応して林齢15 〜20 年で蒸発散量のピークが予測された。年間 蒸発散量の観測データは林齢4 〜 10 年までしかないため,このことは実証されていない。
しかし,幼齢林の蒸発散量が毎年増加しており,すでに壮齢林の値を上回っていること と,幼齢林は未閉鎖であることを考えると,今後,蒸発散量がピークに達した後,壮齢 林の値にまで減少するのは確実である。第二に,モデルを用いて林齢を
4年と66 年の2 種類に設定し,冷夏多雨だった
1993年と猛暑少雨だった1994 年,さらに平年(1981 ‑
1994年の平均値)の3 種類の気象データを入カして蒸発散量の違いを予測評価した。そ の結果,同じ気象条件を与えても林齢(林分構造)の違いによって蒸発散量,樹冠遮断 量,蒸散量が異なった応答をすることが示された。
最後に人工林の間伐が蒸発散に及ぼす影響について予測を試みた。人工林の間伐を対
象としたのは,国土の28 %を占める人工林の多くが手入れ不足の状態にあり,その管理
方法を検討する必要があるためである。予測によると.,間伐によるLAI の減少とともに
蒸発散量は直線的に減少した。しかし,施業と森林パラメータの関係を示すデータが不
十分であるため,今後,データを蓄積することが必要である。
学位論文審 査の要旨 主査
副査 副査 副査
教授 教授 教授 助教授
新谷 浦野 笹 中村
学 位 論 文 題 名
融 愼一 賀一郎 太士
林分構造が流域蒸発散に及ぼす影響 の研究
本 論 文 は 、 図44, 表4を 含 む 総 頁 数135の 和 文 論 文 で あ り 、 他 に 参 考 論 文4編 が 添 え ら れ て い る 。
水 保 全 の た め の 森 林 管 理 は 流 域 保 全 上 の 重 要 課 題 と さ れ て い る が , そ の 基 本 と なる 流 域 水収 支 が 未 解 明 な た め い ま だ に 有 効を 手 段 が構 築 さ れて い な い。 こ れ は ,流 域 水 収支 が 植 生, 気 象 , 土 壌 の 相 互 作 用 に 支 配 さ れ て い る こ と か ら , そ れ ぞ れ の 要 素 を 分 離 し 解 析 す る こ と が困 難 な た め で あ る 。 本 研 究 は , 流 域 に お け る 蒸 発 散 と 林 分 構 造 と の 関 係 に つ い て , 水 収 支 観 測と 熱 収 支 モ デ ル と に よ っ て 森 林 と 気 象 の 効 果 を 分 離 し て 定 量 評 価 す る 手 法 の 構 築 を 目 的 と し たも の で あ る 。 成 果 の 概 要 は 以 下 の と お り で あ る 。
1. 研 究 方 法
流 域 蒸 発 散 の 研 究 史 を 概 観 し , 森 林 変 化 前 後 で の 水 収 支 の 違 い を 現 象 論 的 に 記 述す る 従 来の 流 域 試 験 解 析 方 法 と は 異 な る , 水 収 支 観 測 と 熱 収 支 モ デ ル 構 築 と に よ る 新 た な 蒸 発 散の 定 量 評 価 手 法 確 立 の 意 義 と 必 要 性 を 提 起 し て い る 。 本 研 究 方 法 は , 蒸 発 散 の 観 測 方 法 と し て流 域 試 験 を 用 い , 水 収 支 法 に よ っ て 求 め た 樹 冠 遮 断 量 ・ 蒸 発 散 量 の 観 測 値 に も と づ い て , モ デル 計 算 値 の 再 現 性 な ら び に モ デ ル 適 合 性 の 検 証 を 行 う も の で あ る 。 さ ら に , 研 究 流 域 に お け る流 量 ・ 雨 量 ・ 気 象 観 測 の 方 法 と 植 栽 ・ 伐 採 に よ る 林 分 構 造 の 推 移 , ま た 蒸 発 散 量 の 経 年 変 化 と季 節 変 化 と を 求 め る た め の 水 収 支 ( 年 間 ・ 短 期 ) 解 析 方 法 , な ら び に 樹 冠 遮 断 量 ( 樹 冠 通 過 雨量 ・ 樹 幹 流 下 量 ) の 測 定 方 法 な ど に つ い て 述 べ て い る 。
2.森 林 パ ラ メ ー タ の 検 討 に よ る 蒸 発 散 林 分 構 造 依 存 モ デ ル の 構 築
蒸 発 散 量 は 林 分 構 造 ( 立 地 条 件 が 一 定 な ら 林 齢 ) に 依 存 す る と の 仮 説 に 基 づ い て, 熱 収 支モ デ ル ( ペ ン マ ン ・ モ ン テ ィ ー ス 式 ) を 基 礎 と し つ つ , 森 林 パ ラ メ ー タ の 独 自 表 現 形 式に よ る 新 た な 蒸 発 散 林 分 構 造 依 存 モ デ ル を 構 築 し て い る 。 こ の モ デ ル で は , 蒸 発 散 は 蒸 散 と 樹冠 遮 断 後 の 蒸 発 か ら な り , 林 床 面 と 樹 冠未 閉 鎖 部分 の 蒸 発は 森 林 パラ メ ー タ に含 ま れ ると 仮 定 して い る 。 森 林 パ ラ メ ー タ で あ る 空 気 力 学 的 抵 抗ra, 群 落 抵 抗rc, 樹 体 保 水 容 量SMAXに つ いて は 観 測値
と文献値に基づいて林齢との関係について検討している。空気力学的抵抗ra について計算値に 既往の文献値を加えて検討した結果,
raが樹冠の閉鎖する樹高約6m (林齢約20 年)以下では 樹高増大とともに減少しこれ以上ではほぼ一定値に収束したことから,
raは林齢の関数に変換 し得ることを明らかにしている。また群落抵抗
rcと樹体保水容量SMAX について葉面積指数LAI を用いて林齢との関係を検討した結果,LAI は林齢に依存して増加し樹冠閉鎖林齢(約20 年)
でピークを示すとともに,その後やや減少してほぼ一定となることから,rc とSMAX についても
LAIと 林 齢 と の 関 数 と し て 表 す こ と が 可 能 で あ る こ と を 明 ら か に し て い る 。
3.蒸発散の林分構造依存モデルの検証
水収支から求めた樹冠遮断量と蒸発散量の観測値はともに本モデルによって有意に再現でき ることを明らかにするとともに,蒸発散の林分構造(立地条件が一定をら林齢)依存仮説の妥 当性と,本モデルの適合性とを検証している。また蒸発散量の経年変化と林齢との関係につい ては,とくに幼齢林の成長とともに蒸発散量が毎年増加したこと,また,蒸発散量は年々の気 象条件を反映して毎年異なった季節変化を示したこと,さらに蒸発散量計算値が冷夏多雨年に は小さな値となり猛暑少雨年には観測値と同様に大きな値となることなどから,本モデルは林 分 構 造 と 気 象 の 経 年 ・ 季 節 変 化 を 反 映 す る モ デ ル で あ る こ と を 確 認 し て い る 。
4.林分構造と気象の経年変化に伴う蒸発散量の予測評価
このモデルを用いて以下の予測評価を行っている。まず気象条件を一定にして森林パラメー タを変化させることにより,蒸発散量の林齢依存性を調べた結果,
LAIの変化に対応して林齢
15〜20 年で蒸発散量がピークに達すると予測している。
次に,林齢を設定(幼齢と壮齢)して,冷夏多雨年・猛暑少雨年・平年(観測期間14 年の平 均値)の実測気象データを入カして蒸発散量の違いを予測評価した結果,同じ気象条件を与え ても林分構造(林齢)の違いによって蒸発散量が異なった応答をすることを明らかにしている。
さらに,人工林の間伐が蒸発散に及ぼす影響についての予測を試み,間伐によるLAI の減少 が間伐率の増大による蒸発散量の減少をもたらすことを確認し,本モデルの技術的応用の可能 性を提示している。