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サイコドラマにおけるパフォーマティビティの研究

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Academic year: 2021

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(1)

平成

27

年度 学位請求論文

サイコドラマにおけるパフォーマティビティの研究

大島朗生

(2)

サイコドラマにおけるパフォーマティビティの研究

はじめに ... 1

第1章 サイコドラマを芸術の観点から考察する意義 ... 9

第1節 パフォーマンス(performance)とパフォーマティビティ(performativity) 9 第1項 演劇的知とパフォーマンス ... 9

第2項 パフォーマティビティとは何か ... 13

第2節 サイコドラマとパフォーマティビティ ... 16

第1項 サイコドラマという技法について... 16

第2項 演劇的な着想に由来するサイコドラマの概念 ... 18

第3節 パフォーマンス学とパフォーマティビティ ... 24

第1項 パフォーマンス学とは何か ... 24

第2項 パフォーマンス学のプロセス ... 27

(3)

第4節 サイコドラマとパフォーマンス学 ... 31

第1項 「振る舞い」という視点 ... 31

第5節 サイコドラマをパフォーマンス学の視点から考察する意義 ... 33

第1項 パフォーマティビティという視点の導入 ... 33

第2章 パフォーマンス学と対人援助の技法 ... 36

第1節 カウンセリングにおけるパフォーマンス学 ‐PRESENCEという概念から の一考察 ... 36

第1項 被援助者のパフォーマンス ... 36

第2項 来談者中心療法の基礎 ... 37

第3項 人間中心療法の特徴 ... 39

第4項 「presence」という概念... 43

第5項 「パフォーマンス」という用語の屈折 ... 45

第6項 パフォーマンス学の定義 ... 47

第7項 カウンセラーのパフォーマンス ... 48

(4)

第8項 presenceの質を高める方法 ... 49

第9項 presenceというパフォーマティビティ ... 50

第2節 サイコドラマとパフォーマンス学について ... 52

第1項 サイコドラマはどういう技法なのか ... 52

第2項 サイコドラマとパフォーマンス学の比較 ... 54

第3項 サイコドラマの構成要素 ... 57

第4項 サイコドラマの目的 ... 61

第5項 サイコドラマの位相(フェイズ)... 64

第6項 変化を求める気持ちへの対応 ... 68

第7項 サイコドラマとパフォーマンス学の異同 ... 71

第3節 カウンセリング現場での課題とパフォーマンス学 ... 73

第1項 「表現すること」とパフォーマンス学 ... 73

第2項 カウンセリング場面での課題 ... 74

第3項 カウンセラー養成場面での課題 ... 76

第4項 振る舞いを自覚することの重要性... 79

(5)

第4節 カウンセラーの養成とパフォーマンス学 ... 82

第1項 カウンセラーの養成とパフォーマンス学 ... 82

第2項 視線から相手の気持ちを読み取る... 84

第3項 態度から相手の気持ちを読み取る... 86

第4項 動作から相手の気持ちを読み取る... 87

第5項 パフォーマティビティを意識することの重要性 ... 89

第3章 心理療法におけるパフォーマティビティ ... 92

第1節 心理療法においてパフォーマティビティを検討する意義 ... 92

第1項 心理療法とは何か ... 92

第2項 心理療法の分類 ... 93

第3項 心理療法の統合モデル ... 97

第4項 人間中心主義とグループ・アプローチという視点 ...101

第5項 人間中心主義的な技法としてのサイコドラマ ...108

第6項 心理療法とパフォーマンス学の相違点 ...111

(6)

第7項 心理療法におけるパフォーマティビティ再考 ...114

第2節 パフォーマティビティを修正する試み ‐ロールプレイを使って“ムカつく” “キレる”を防ぐ ...116

第1項 “ムカつく”“キレる”という事象 ...116

第2項 衝動を言語化するプロセスとしてのサイコドラマ ...117

第3項 学級でサイコドラマを実施する際のポイント ...117

第4項 「ムカつく」や「キレる」をテーマにしたサイコドラマ ...121

第5項 サイコドラマを実際に学級で行う際のポイント ...122

第6項 サイコドラマにおける気付き ...124

第4章 サイコドラマにおけるパフォーマティビティ ...126

第1節 サイコドラマにおけるウォームアップの重要性...126

第1項 「表現すること」の重要性 ...126

第2項 サイコドラマについて ...127

第3項 ウォームアップとは何か ...128

(7)

第4項 行動を使ったウォームアップ ...130

第5項 場面を使ったウォームアップ ...132

第6項 技法を用いたウォームアップ ...135

第7項 改めて「ウォームアップ」について考える ...141

第2節 サイコドラマに関する覚え書き ‐ヴィニエットという技法について ....144

第1項 サイコドラマという心理療法 ...144

第2項 サイコドラマの原則 ...145

第3項 サイコドラマの目的 ...146

第4項 サイコドラマの位相(フェイズ)...148

第5項 「ヴィニエット」と呼ばれるサイコドラマの進め方について ...151

第6項 「ヴィニエット」の進め方 ...151

第7項 サイコドラマという技法が持つ可能性について ...159

第3節 サイコドラマにおける自己表現 ‐自分を素直に表現する ...162

第1項 自己表現力を鍛えることの重要性...162

第2項 サイコドラマの構造 ...163

(8)

第3項 サイコドラマの展開1 視覚化の基本 ...163

第4項 サイコドラマの展開 2 最初の場面(first scene)の設定 ...165

第5項 サイコドラマの展開 3 シーンの展開 ...166

第6項 「スパイラル・セオリー(Spiral Theory)」 ...166

第7項 「自分らしく生きること」を支援する営み ...179

第5章 パフォーマティビティを賦活させることを意図したサイコドラマの実験的研究 ...182

第1節 サイコドラマワークショップにおけるパフォーマティビィティ ...182

第1項 サイコドラマワークショップの意義 ...182

第2項 パフォーマティビティを賦活させるサイコドラマ ...184

第3項 サイコドラマワークショップの感想の分析 ...192

第4項 パフォーマティビティを賦活させるサイコドラマの効果の検討 ...209

第5項 サイコドラマワークショップによるアイデンティティの整理 ...217

第6項 SPISでのサイコドラマワークショップを振り返って ...222

(9)

第2節 パフォーマティビティを賦活させる技法としてのサイコドラマ ...224

第1項 サイコドラマを通じた自己理解 ...224

第2項 サイコドラマにおける自発性 ...224

第3項 サイコドラマとパフォーマンス学の自己呈示の考え方の比較 ...226

第4項 マテリアルの紹介 ...226

第5項 「守護の天使」における補助自我の意味 ...239

第6項 補助自我からのメッセージの相違点 ...241

第7項 個の善性表現とサイコドラマ ...243

第8項 3の目を育む技法としてのサイコドラマ ...245

第3節 サイコドラマワークショップの可能性 ...248

第1項 サイコドラマワークショップという試み ...248

第2項 「生きること」を考えるツールとしてのサイコドラマ ...256

第3項 サイコドラマワークショップの限界 ...260

第4項 サイコドラマの可能性 ...261

(10)

第6章 演じることが持つ可能性 ...262

第1節 芸術と振る舞い ...262

第1項 芸術とのかかわり ...262

第2項 パフォーマンス学とサイコドラマの関係性 ...263

第2節 パフォーマティビティを賦活させるサイコドラマとは何か ...265

第1項 パフォーマティビティを賦活させるサイコドラマの効果 ...265

第2項 パフォーマティビティが持つ可能性 ...267

引用文献 ...270

主要参考文献 ...281

(11)

は じ め に

私 た ち は 、 意 図 す る 意 図 し な い は 別 と し て 「 表 現 す る こ と 」 を 積 み 重 ね て 日 常 生 活 を 過 ご し て い る 。 非 日 常 性 の 強 い 「 演 技 」 だ け で は な く 、 私 た ち の 日 々 の 「 振 る 舞 い 」 そ の も の が 「 パ フ ォ ー マ ン ス 」 で あ る 。 「 パ フ ォ ー マ ン ス 」 、 す な わ ち 「 演 じ る こ と 」 が 人 間 の 営 み に お い て 、 い か に 本 質 的 な も の で あ る か に つ い て は 、 舞 台 演 劇 に お い て 研 究 ・ 実 践 が な さ れ て い る 。 し か し 、 「 演 じ る こ と 」 は 、 非 日 常 場 面 に 限 定 し た も の で は な い 。 日 常 生 活 に お け る 演 技 性 に つ い て 探 求 し て い る 学 問 の 1 つ に

「 パ フ ォ ー マ ン ス 学 」 が あ る 。 パ フ ォ ー マ ン ス 学 で は 、

「 日 常 生 活 に お け る 個 の 善 性 表 現 ( 佐 藤 , 1 9 9 5) 」 と い う 形 で 、 日 常 生 活 に 開 か れ た 演 技 性 と い う も の を 強 調 し て い る 。

筆 者 は 臨 床 心 理 学 を 専 門 と し 、 対 人 援 助 に 従 事 し て い る 。 被 援 助 者 は 、 自 分 の 思 い や 考 え て い る こ と を 語 っ た り 、 行 動 で 表 し た り す る こ と で 変 化 し て い く 。 言 葉 や 行 動 で 十 分 に 自 分 を 表 現 で き る よ う に 支 援 し て い く こ と が 重 要 だ と 考 え る よ う に な っ て い っ た 。 「 表 現 す る こ と 」 の 重 要 性 を 意 識 す る よ う に な っ て い た 折 、 サ イ コ ド ラ マ に 出 会 っ た 。 サ イ コ ド ラ マ は 、 M o r e n o , J . L . 1 8 8 9

1 9 7 4) に よ っ て 創 始 さ れ た 、 即 興 劇 の 形 式 を 用 い た 集 団

療 法 で あ り 、 「 表 現 す る こ と 」 を 重 視 し て い る 。 サ イ コ ド ラ マ は 「 言 葉 」 と 「 行 動 」 と い う 異 な っ た レ ベ ル の 「 表 現 す る こ と 」 を 重 視 し て お り 、 「 パ フ ォ ー マ ン ス 」 の 意

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義 を 考 察 す る 手 掛 か り を 有 し て い る 技 法 だ と 考 え る に 至 っ た 。

本 論 考 で は 、 「 パ フ ォ ー マ テ ィ ビ テ ィ 」 と い う 概 念 に 注 目 し た 。 パ フ ォ ー マ テ ィ ビ テ ィ が 、 日 常 か ら 非 日 常 ま で を 貫 い て い る 基 礎 的 な 概 念 で あ り 、 ア イ デ ン テ ィ テ ィ の 再 構 築 に 寄 与 し 得 る 概 念 で あ る こ と を 明 確 に す る こ と を 目 的 と す る 。 具 体 的 に は 、 次 の 3 つ の 視 点 か ら パ フ ォ ー マ テ ィ ビ テ ィ と い う 概 念 の 重 要 性 を 明 ら か に し 、 パ フ ォ ー マ テ ィ ビ テ ィ と い う 概 念 か ら サ イ コ ド ラ マ を 再 構 成 す る こ と で 、 サ イ コ ド ラ マ が 持 つ 可 能 性 を 拡 大 可 能 か 検 討 す る こ と を 目 的 と し て い る 。

① 「 パ フ ォ ー マ テ ィ ビ テ ィ 」と い う 概 念 を 明 確 化 し 、

「 パ フ ォ ー マ テ ィ ビ テ ィ 」 に ま つ わ る 課 題 を 整 理 し て 明 確 化 す る 【 第 1 章 ・ 第 2 章 】

「 パ フ ォ ー マ テ ィ ビ テ ィ を 賦 活 さ せ る 」 と い う 観 点 か ら 、 サ イ コ ド ラ マ を 再 構 成 す る こ と に よ っ て 、 サ イ コ ド ラ マ の 可 能 性 が 拡 大 可 能 か 検 討 す る 【 第 3 章 ・ 第 4 章 】

「 パ フ ォ ー マ テ ィ ビ テ ィ を 賦 活 さ せ る サ イ コ ド ラ マ 」 を 実 験 的 に 実 践 し て 、 そ の 効 果 に つ い て 明 ら か に す る 【 第 5 章 】

① と ② を 明 ら か に す る た め に 、 主 に 文 献 研 究 の 手 法 を 用 い て 、 「 パ フ ォ ー マ テ ィ ビ テ ィ 」 に つ い て 明 ら か に し

(13)

た 。 サ イ コ ド ラ マ に お け る 「 パ フ ォ ー マ テ ィ ビ テ ィ 」 に つ い て 検 討 を 加 え 、 従 前 の サ イ コ ド ラ マ を 越 え た 可 能 性 の 拡 大 を 論 理 構 築 し た 。

③ を 明 ら か に す る た め に 、 サ イ コ ド ラ マ 体 験 者 の 生 の 語 り を 活 か す こ と を 考 慮 し 、 「 ナ ラ テ ィ ヴ 」 と い う 観 点 を 採 用 し た 。 「 パ フ ォ ー マ テ ィ ビ テ ィ を 賦 活 さ せ る サ イ コ ド ラ マ 」 を 実 験 的 に 実 施 し 、 そ の 体 験 者 の 感 想 を 分 析 の 対 象 と し た 。 シ ン グ ル ケ ー ス デ ザ イ ン や 質 的 事 例 研 究 と い う 手 法 を 用 い る こ と で 、 「 パ フ ォ ー マ テ ィ ビ テ ィ を 賦 活 さ せ る サ イ コ ド ラ マ 」 の 効 果 を 検 討 し た 。

本 論 文 は 、 6 章 か ら 構 成 さ れ て い る 。

1 章 は 「 サ イ コ ド ラ マ を 芸 術 の 観 点 か ら 考 察 す る 意 義 」 で あ る 。 サ イ コ ド ラ マ を 芸 術 と い う 観 点 か ら 考 察 す る 意 義 を 明 ら か に し た 。 「 第 1 パ フ ォ ー マ ン ス

p e r f o r m a n c e) と パ フ ォ ー マ テ ィ ビ テ ィ

p e r f o r m a t i v i t y) 」 で は 、 パ フ ォ ー マ テ ィ ビ テ ィ と い

う 概 念 を 明 確 に し た 。 「 第 2 サ イ コ ド ラ マ と パ フ ォ ー マ テ ィ ビ テ ィ 」 「 第 3 パ フ ォ ー マ ン ス 学 と パ フ ォ ー マ テ ィ ビ テ ィ 」 で は 、 パ フ ォ ー マ テ ィ ビ テ ィ と い う 概 念 が 、 サ イ コ ド ラ マ や パ フ ォ ー マ ン ス 学 で ど の よ う に 扱 わ れ て い る か を 明 ら か に し た 。 「 第 4 サ イ コ ド ラ マ と パ フ ォ ー マ ン ス 学 」 「 第 5 サ イ コ ド ラ マ を パ フ ォ ー マ ン ス 学 の 視 点 か ら 考 察 す る 意 義 」 で は 、 サ イ コ ド ラ マ を 日 常 生 活 に 開 か れ た 演 技 性 と い う も の を 探 求 し て い る 「 パ フ ォ ー マ ン ス 学 」 の 概 念 を 用 い て 整 理 し た 。 「 パ フ ォ ー マ テ ィ ビ テ ィ 」 と い う 概 念 を 導 入 す る こ と に よ っ

(14)

て 、 「 振 る 舞 う こ と 」 と い う 原 点 に 立 ち 戻 っ て サ イ コ ド ラ マ を 考 察 す る こ と の 意 義 を 明 確 に し た 。

2 章 は 「 パ フ ォ ー マ ン ス 学 と 対 人 援 助 の 技 法 」 で あ る 。対 人 援 助 の 現 場 に お い て 、「 パ フ ォ ー マ テ ィ ビ テ ィ 」 と い う 概 念 が ど の よ う に 取 り 扱 わ れ て い る か に つ い て 明 ら か に し た 。対 人 援 助 の 現 場 に お い て 、“ 振 る 舞 う こ と ” や “ 振 る 舞 い を 修 正 す る こ と ” が ど の よ う な 効 果 を も た ら す の か に つ い て 明 確 に し た 。 「 第 1 カ ウ ン セ リ ン グ に お け る パ フ ォ ー マ ン ス 学 P R E S E N C E と い う 概 念 か ら の 一 考 察 」 で は 、 “ 振 る 舞 い 続 け る こ と ” が 持 つ 意 義 に つ い て 、 「 援 助 者 が 存 在 し 続 け る 」 と い う 基 本 的 な 態 度 が 極 め て 重 要 で あ る こ と を 明 ら か に し た 。 「 第 2 サ イ コ ド ラ マ と パ フ ォ ー マ ン ス 学 に つ い て 」 で は 、 演 劇 的 手 法 で あ る サ イ コ ド ラ マ と 、 振 る 舞 い の 学 問 で あ る パ フ ォ ー マ ン ス 学 の 関 係 に つ い て 「 パ フ ォ ー マ テ ィ ビ テ ィ 」 と い う 観 点 か ら 明 確 に し た 。 「 第 3 カ ウ ン セ リ ン グ 現 場 で の 課 題 と パ フ ォ ー マ ン ス 学 」 で は 、 カ ウ ン セ リ ン グ の 現 場 で 生 じ る 課 題 に 対 し て 、“ 振 る 舞 う こ と ” を 意 識 す る こ と が 重 要 で あ る こ と を 明 ら か に し た 。 「 第 4 カ ウ ン セ ラ ー の 養 成 と パ フ ォ ー マ ン ス 学 」 で は 、 カ ウ ン セ ラ ー と い う 「 ロ ー ル 」 を よ り 明 確 な も の に す る た め に 、 ク ラ イ エ ン ト の “ 振 る 舞 い を 修 正 す る こ と ” が 果 た す 教 育 的 な 側 面 に つ い て 明 ら か に し た 。 “ 振 る 舞 う こ と ” に 対 し て 教 育 的 に か か わ る こ と が 、 パ フ ォ ー マ テ ィ ビ テ ィ で も あ る と い う こ と を 明 確 に し た 。

3 章 は 「 心 理 療 法 に お け る パ フ ォ ー マ テ ィ ビ テ ィ 」 で あ る 。 「 第 1 心 理 療 法 に お い て パ フ ォ ー マ テ ィ ビ テ ィ を 検 討 す る 意 義 」 で は 、 心 理 療 法 に お け る パ フ ォ ー

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マ と い う 技 法 の 特 徴 を 明 ら か に し た 。 「 第 2 パ フ ォ ー マ テ ィ ビ テ ィ を 修 正 す る 試 み ‐ ロ ー ル プ レ イ を 使 っ て “ ム カ つ く ” “ キ レ る ” を 防 ぐ 」 で は 、 学 校 現 場 に お い て “ ム カ つ く ” “ キ レ る ” と い う 衝 動 的 な 行 動 を 防 ぐ た め に 、 ど の よ う に “ 振 る 舞 い ” を 修 正 し て い け ば 良 い か と い う こ と に つ い て 明 確 に し た 。 衝 動 的 な 行 動 を 防 ぐ た め に 、 サ イ コ ド ラ マ を ど の よ う に 用 い て い け ば 良 い か に つ い て 試 案 を 提 示 し た 。

4 章 は 「 サ イ コ ド ラ マ に お け る パ フ ォ ー マ テ ィ ビ テ ィ 」 で あ る 。 サ イ コ ド ラ マ は 演 劇 的 な 手 法 で あ り 、 演 劇 的 な 展 開 方 法 が 定 式 化 さ れ て い る 。 「 パ フ ォ ー マ テ ィ ビ テ ィ 」 と い う 観 点 か ら 、 サ イ コ ド ラ マ に お け る 演 劇 的 な 方 法 論 を 整 理 し た の が 本 章 で あ る 。 「 第 1 サ イ コ ド ラ マ に お け る ウ ォ ー ム ア ッ プ の 重 要 性 」 で は 、 サ イ コ ド ラ マ を 展 開 さ せ て い く た め に 必 要 な ウ ォ ー ム ア ッ プ の 意 義 と 方 法 論 に つ い て 明 ら か に し た 。 「 第 2 サ イ コ ド ラ マ に 関 す る 覚 え 書 き ‐ ヴ ィ ニ エ ッ ト と い う 技 法 に つ い て 」 と 「 第 3 サ イ コ ド ラ マ に お け る 自 己 表 現 自 分 を 素 直 に 表 現 す る 」 で は 、 パ フ ォ ー マ テ ィ ビ テ ィ と い う 観 点 か ら 「 ヴ ィ ニ エ ッ ト 」 や 「 ス パ イ ラ ル ・ セ オ リ ー 」 の 展 開 の さ せ 方 に つ い て 明 確 化 す る こ と を 試 み た 。 5 章 は 「 パ フ ォ ー マ テ ィ ビ テ ィ を 賦 活 さ せ る こ と を 意 図 し た サ イ コ ド ラ マ の 実 験 的 研 究 」 で あ る 。 筆 者 の 考 え る 「 パ フ ォ ー マ テ ィ ビ テ ィ を 賦 活 さ せ る こ と を 意 図 し た サ イ コ ド ラ マ 」 を 実 践 し 、 そ の 効 果 を 検 討 し た 。 「 第 1 サ イ コ ド ラ マ ワ ー ク シ ョ ッ プ に お け る パ フ ォ ー マ テ ィ ビ ィ テ ィ 」 で は 、 筆 者 が 過 去 5 年 間 「 佐 藤 綾 子 の パ フ ォ ー マ ン ス 学 講 座 ( S P I S) 」 に お い て 実 践 し て き た サ イ コ ド ラ マ の 概 要 を 整 理 し 、 「 パ フ ォ ー マ テ ィ ビ テ ィ を

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賦 活 さ せ る サ イ コ ド ラ マ 」 の 意 義 を 明 確 に し た 。 「 第 2 パ フ ォ ー マ テ ィ ビ テ ィ を 賦 活 さ せ る 技 法 と し て の サ イ コ ド ラ マ 」 で は 、 サ イ コ ド ラ マ ワ ー ク シ ョ ッ プ の 展 開 を 詳 細 に 検 討 す る こ と で 、 サ イ コ ド ラ マ と い う 技 法 が ア イ デ ン テ ィ テ ィ の 再 構 築 に 寄 与 す る こ と を 明 ら か に し た 。

「 第 3 サ イ コ ド ラ マ ワ ー ク シ ョ ッ プ の 可 能 性 」で は 、 パ フ ォ ー マ テ ィ ビ テ ィ を 賦 活 さ せ る こ と を 意 図 し た サ イ コ ド ラ マ を 体 験 す る こ と に よ っ て 、 自 己 発 見 を 伴 う 「 気 付 き 」 が 得 ら れ る こ と を 明 確 に し た 。 サ イ コ ド ラ マ ワ ー ク シ ョ ッ プ と い う 営 み が 「 生 き る 意 味 の 再 確 認 」 を も た ら し 、 自 分 の 来 し 方 行 く 末 を 振 り 返 る 際 に 役 立 つ こ と を 明 ら か に し た 。

6 章 は 「 演 じ る こ と が 持 つ 可 能 性 」 で あ る 。 「 第 1 芸 術 と 振 る 舞 い 」 「 第 2 パ フ ォ ー マ テ ィ ビ テ ィ を 賦 活 さ せ る サ イ コ ド ラ マ と は 何 か 」 に よ っ て 、 「 表 現 し 続 け る こ と 」を 意 味 す る「 パ フ ォ ー マ テ ィ ビ テ ィ 」が 、 単 に 「 振 る 舞 う こ と 」 で は な く 、「 生 き る こ と そ の も の 」 を 指 し 示 し て い る こ と を 明 確 に し た 。

一 連 の 論 考 を 通 じ て 、 次 の よ う な 結 論 を 得 た 。

「 パ フ ォ ー マ テ ィ ビ テ ィ 」 の 本 質 は 「 表 現 し 続 け る こ と 」 に あ る 。

「 パ フ ォ ー マ テ ィ ビ テ ィ 」 と は 、 単 に 「 表 現 す る こ と 」 を 意 味 す る 用 語 で は な い 。 表 現 す る こ と に よ っ て 、 自 分 を 呈 示 し 、 よ り 良 い 自 分 と し て 錬 成 し 、 自 分 自 身 を 再 構 築 し て い く と い う 一 連 の プ ロ セ ス を 意 味 す る 用 語 で あ る 。

(17)

パ フ ォ ー マ テ ィ ビ テ ィ の 本 質 は 、 一 回 性 で は な く 連 続 性 に あ る 。

「 パ フ ォ ー マ テ ィ ビ テ ィ を 賦 活 さ せ る サ イ コ ド ラ マ 」 と は 、「 何 者 か に な る た め の 方 法 論 」 で は な く 、 「 さ ら に 自 分 ら し く な る た め の 方 法 論 」 で あ る 。

「 パ フ ォ ー マ テ ィ ビ テ ィ 」 の 本 質 は 模 倣 で は な く 創 造 に あ る 。 「 ま だ 現 実 化 し て い な い 自 分 自 身 」 を 現 実 の も の に し て い く た め に 、我 々 は 絶 え ず 振 る 舞 い 続 け て い る 。 パ フ ォ ー マ テ ィ ビ テ ィ の 本 質 は 「 生 き る こ と そ の も の 」 と 密 接 な 関 係 が あ り 、 さ ら に 自 分 ら し く な る た め の 営 み だ と い え る 。

「 パ フ ォ ー マ テ ィ ビ テ ィ を 賦 活 さ せ る サ イ コ ド ラ マ 」 に よ っ て 、 「 ア イ デ ン テ ィ テ ィ 」 の 整 理 が 効 果 的 に 行 わ れ る 。

「 パ フ ォ ー マ テ ィ ビ テ ィ を 賦 活 さ せ る サ イ コ ド ラ マ 」 を 体 験 す る こ と で 、 従 前 の サ イ コ ド ラ マ を 越 え た 新 た な 気 付 き を 得 る こ と が で き る と い う こ と を 提 案 す る 。 「 演 じ る こ と 」 に よ っ て 「 自 己 発 見 」 が も た ら さ れ 、 「 自 己 発 見 に よ る 気 付 き 」 を 通 じ て 「 自 己 強 化 」 が な さ れ 、「 さ ら に 新 し い 自 分 を 創 造 す る こ と 」 に よ っ て 「 自 己 表 現 」 に 至 る 。 こ の 「 自 己 発 見 」 「 自 己 強 化 」 「 自 己 表 現 」 の プ ロ セ ス は 、 ア イ デ ン テ ィ テ ィ の 再 構 築 の プ ロ セ ス で も あ る 。

本 論 考 で は 、 パ フ ォ ー マ テ ィ ビ テ ィ を 考 察 す る に あ た り 、 舞 台 演 劇 の 視 点 か ら だ け で は な く 、 “ 日 常 生 活 に お け る 演 じ る こ と ” に 注 目 し て い る 学 際 的 な 学 問 で あ る パ

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フ ォ ー マ ン ス 学 の 視 点 を 導 入 す る こ と を 試 み た 。 そ の 結 果 、 「 パ フ ォ ー マ テ ィ ビ テ ィ 」 と は 「 演 じ る こ と 」 が 有 し て い る 可 能 性 そ の も の で あ り 、 「 自 分 自 身 を 再 発 見 す る た め に 行 う 、 不 断 の 努 力 の プ ロ セ ス 」 で あ る こ と が 明 ら か に な っ た 。 想 定 し た 何 者 か に な る た め に 振 る 舞 う の で は な く 、 自 分 自 身 を 表 現 し 続 け る こ と に よ り 、 ま だ 見 ぬ 可 能 性 と し て の 自 分 自 身 に 出 会 う プ ロ セ ス が パ フ ォ ー マ テ ィ ビ テ ィ の 本 質 で あ る 。 一 連 の 論 考 を 通 じ て 、 「 パ フ ォ ー マ テ ィ ビ テ ィ 」 と い う 概 念 が 、 ア イ デ ン テ ィ テ ィ の 再 構 築 に 寄 与 す る 鍵 と な る 概 念 で あ る こ と が 明 確 に な っ た と 考 え て い る 。

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第 1 章 サ イ コ ド ラ マ を 芸 術 の 観 点 か ら 考 察 す る 意 義

第 1 節 パ フ ォ ー マ ン ス ( P E R F O R M A N C E) と パ フ ォ ー マ テ ィ ビ テ ィ ( P E R F O R M A T I V I T Y

第 1 項 演 劇 的 知 と パ フ ォ ー マ ン ス

哲 学 者 の 中 村( 1 9 8 3)は 、 洋 の 東 西 を 問 わ ず 昔 か ら 「 世 界 は 劇 場 で あ り 、 劇 場 は 世 界 そ の も の で あ る 」 と い う よ う な 考 え 方 が あ る こ と を 指 摘 す る 。 そ う し て 、 「 演 劇 は ど う し て 、 ま た ど の よ う な 意 味 で 、 世 界 あ る い は 人 間 的 現 実 を 良 く 表 現 す る こ と が で き る の で あ ろ う か 。 」 と 問 い か け る 。 中 村 は 「 演 劇 的 知 」 に 着 目 す る 。「 演 劇 的 知 」 と は 、 科 学 的 な 「 近 代 の 知 」 に よ っ て 排 除 さ れ た 「 シ ン ボ リ ズ ム 」 「 コ ス モ ロ ジ ー 」 「 パ フ ォ ー マ ン ス 」 の 3 か ら 構 成 さ れ る 別 の 知 の 体 系 で あ る 。中 村 は「 演 劇 的 知 」 に つ い て 、「 演 劇 は 、通 常 で は 見 え に く い 隠 さ れ た 現 実 、 深 層 の 現 実 を あ ら わ に す る た め に 、 い ろ い ろ な 仕 掛 け を 設 け る 。 そ れ ら の 仕 掛 け を そ な え た 演 劇 は 虚 構 で あ る と は い え 、 人 間 的 生 の 在 り 様 を 凝 縮 的 に 体 現 す る こ と に よ っ て 、 演 劇 は 、 か え っ て よ く 有 機 的 で ダ イ ナ ミ ッ ク な 人 間 的 世 界 を 表 現 し う る の で あ る 。 そ し て 、 < 演 劇 的 知 > に よ る 世 界 把 握 の 基 礎 を な す の は 、シ ン ボ リ ズ ム で あ り 、 コ ス モ ロ ジ ー で あ り 、 パ フ ォ ー マ ン ス で あ る 。 そ れ と い う の も < 演 劇 的 知 > に よ っ て 開 示 さ れ る の は 、 シ ン ボ リ ズ ム ( 象 徴 表 現 ) に 充 ち コ ス モ ロ ジ カ ル な 意 味 を も っ た

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世 界 の な か で の パ ト ス 的 な 劇 的 行 動 だ か ら で あ る 。 」 と 述 べ て い る 。中 村 の 指 摘 で 注 目 す べ き 点 は 、「 演 劇 的 知 」 に お け る 「 パ ト ス 的 な 劇 的 行 動 」 、 す な わ ち 「 パ フ ォ ー マ ン ス 」 の 意 義 を 指 摘 し て い る 点 に あ る と 思 わ れ る 。 ま た 、 「 演 劇 的 知 」 と い う 体 系 に お い て 、 「 す ぐ れ て 相 互 行 為 ( 相 互 作 用 ) に 関 わ る 問 題 が 扱 わ れ て い る 」 と い う 指 摘 も 重 要 で あ る 。

三 省 堂 の 「 大 辞 林 ( 第 三 版 ) 」 を 用 い て 、 「 パ フ ォ ー マ ン ス ( p e r f o r m a n c e ) 」 に つ い て 調 べ て み る と 、 (1) 実 行 。 遂 行 。 (2) 演 奏 。 演 技 。 3) 身 体 を 使 っ て 表 現 す る 行 為 。 特 に 現 代 芸 術 で 、 演 劇 や ダ ン ス な ど の ジ ャ ン ル を 超 え て 行 わ れ る 肉 体 を 用 い た 表 現 形 態 。 (4) 街 頭 な ど で 突 発 的 に 行 う 演 劇 表 現 。 (5) コ ン ピ ュ ー タ ー で 、 処 理 を 実 行 す る 能 力 。 性 能 。 と 定 義 さ れ て い る 。 定 義 1 番 目 は 「 表 現 す る こ と 」 で あ り 、 定 義 の 2 3 番 目 は 、 い わ ゆ る 「 芸 術 活 動 に お け る 表 現 」 で あ る 。 定 義 の 順 番 を 考 え て も 、 「 表 現 す る こ と 」 か ら 「 芸 術 活 動 」 と い う 流 れ が 見 出 せ る 。 「 表 現 す る こ と 」 は 「 芸 術 活 動 」 と 密 接 な 関 係 を 持 っ て い る と 考 え て 良 い と 思 わ れ る 。

「 表 現 す る こ と 」 と 「 芸 術 活 動 」 が 密 接 な 関 係 を 有 し て い る 論 拠 と し て 、 演 劇 に お け る 重 要 な 概 念 の 1 つ で あ る 「 ド ラ マ ツ ル ギ ー ( d r a m a t u r g y) 」 と い う 用 語 に つ い て 触 れ て お き た い 。 「 演 劇 論 」 や 「 作 劇 法 」 を 意 味 す る

「 ド ラ マ ツ ル ギ ー 」 と い う 用 語 は 、 現 在 で は 「 日 常 生 活 に お け る 社 会 的 相 互 作 用 を 取 り 扱 う た め の 社 会 学 的 な 観 察 方 法 」 を 意 味 す る 社 会 学 の 重 要 な 概 念 の 1 つ と し て 用 い ら れ て い る 。 「 ド ラ マ ツ ル ギ ー 」 と い う 概 念 を 社 会 学 に 適 用 し た 社 会 学 者 は G o f f m a n , E . 1 9 2 2 1 9 8 2) で

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た 先 駆 者 の 1 人 で あ る 。 G o f f m a n 1 9 5 9) に よ れ ば 、

「 パ フ ォ ー マ ン ス 」 と は 「 あ る 特 定 の 機 会 に あ る 特 定 の 参 加 者 が 何 ら か の 仕 方 で 他 の 参 加 者 の 誰 か に 影 響 を 及 ぼ す 挙 動 の 一 切 」 で あ る 。 ま た 、 G o f f m a n は 「 パ フ ォ ー マ ン ス 」 に お い て 、 「 出 会 い ( e n c o u n t e r) 」 と い う 要 素 に 注 目 す る 。 G o f f m a n に よ れ ば 、 「 出 会 い 」 と は 「 パ フ ォ ー マ ン ス 」 で あ り 、 「 パ フ ォ ー マ ー ( p e r f o r m e r) 」 と 「 オ ー デ ィ エ ン ス ( a u d i e n c e) 」 の 「 相 互 交 流

i n t e r a c t i o n) 」 に お い て 生 じ る も の で あ る 。 G o f f m a n

は 、 パ フ ォ ー マ ン ス の 連 鎖 に よ り も た ら さ れ る 「 自 己 イ メ ー ジ ( s e l f - i m a g e) 」 に 注 目 す る 。 「 自 己 イ メ ー ジ 」 と は 、 「 そ の 人 間 が 感 情 的 に も 認 知 的 に も 魅 了 さ れ る よ う な イ メ ー ジ で あ り 、 ま た 、 そ の 役 割 の 演 技 や そ の 演 技 か ら 生 ず る 自 己 像 ( s e l f - i d e n t i f i c a t i o n) に よ っ て 、 自 分 自 身 を 眺 め た い と 望 み か つ 期 待 で き る よ う な イ メ ー ジ で あ る 」と 定 義 し て い る 。G o f f m a n の 見 解 を 踏 ま え る と 、

「 パ フ ォ ー マ ン ス 」 と は 、 単 な る 「 表 現 す る こ と 」 を 意 味 す る だ け で な い 。 「 自 己 イ メ ー ジ の 構 築 」 に 寄 与 す る 概 念 だ と 考 え て 良 い だ ろ う 。 自 己 イ メ ー ジ の 構 築 に 寄 与 す る と い う こ と は 、 「 ア イ デ ン テ ィ テ ィ ( i d e n t i t y) 」 の 構 築 に 寄 与 す る と い う こ と で あ る 。 「 表 現 す る こ と 」 に よ っ て 「 ア イ デ ン テ ィ テ ィ 」 が 構 築 さ れ る と 指 摘 し て も 良 い だ ろ う 。

「 表 現 す る こ と 」 が 重 視 さ れ る 場 面 の 1 つ に 「 演 劇 」 が あ る 。 「 表 現 す る こ と 」 に 対 す る 演 劇 の 知 見 は 、 狭 義 の 舞 台 芸 術 だ け に 止 ま る も の で は な い 。 我 々 の 日 常 生 活 の 中 に も 「 演 劇 」 の 意 義 を 見 い だ す こ と は 可 能 で あ る 。 元 国 際 演 劇 学 会 長 で ベ ル リ ン 自 由 大 学 名 誉 教 授 の

F i s c h e r - L i c h t e , E . 2 0 1 0) は 、 「 人 間 の 条 件 そ れ 自 体

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が 演 劇 的 だ と い う こ と に な れ ば 、 人 間 の 生 活 は 、 人 生 劇 場 と い う 隠 喩 が 明 示 し て い る よ う に 、 総 じ て 演 劇 と 捉 え る こ と が で き る の で は な い か 。 そ れ ゆ え 、 人 間 の 活 動 や 生 産 は す べ て 演 劇 の 相 の も と で 、 つ ま り 演 劇 と い う 観 点 で 観 察 し 調 査 し な け れ ば な ら な い の で は な い か 。 も し そ う な ら 、 演 劇 学 は 一 般 文 化 学 に 発 展 し 、 あ ら ゆ る こ と に 何 ら か の 貢 献 を す る こ と に な る だ ろ う 。」と 述 べ て い る 。 演 劇 学 が 一 般 文 化 学 で あ り 、 学 際 的 な も の で あ る こ と を 指 摘 し て い る 。 ま た 、 戸 田 ( 2 0 1 2) は 、 芸 術 系 大 学 に お け る 総 合 教 育 の 意 義 に つ い て 述 べ て い る 。 「 総 合 的 な 舞 台 芸 術 創 造 と し て の 「 創 作 ・ 研 究 」 と 、 演 劇 を 教 育 ・ 福 祉 ・ 医 療 な ど 幅 広 く 活 用 し て い く 「 応 用 演 劇 」 を 二 本 柱 と し て 位 置 づ け 、 常 に 演 劇 と は 人 間 探 求 の 学 問 で あ る と い う こ と を 教 え な が ら 、 よ り 専 門 的 な 人 材 育 成 を 指 標 と し て 掲 げ て き た 。 」 と 指 摘 し て い る 。

F i s c h e r - L i c h t e や 戸 田 の 指 摘 を 踏 ま え る と 、 「 演 劇 」

が 蓄 積 し て き た 「 表 現 す る こ と 」 に 関 す る 知 見 は 、 舞 台 芸 術 と い っ た 「 非 日 常 性 」 に 留 ま る も の で は な い 。 「 人 間 探 求 の 学 問 」 と し て 「 日 常 性 」 に も 開 か れ た も の で あ る こ と が 理 解 で き る 。 こ の よ う に 論 考 を 進 め て い く と 、 芸 術 に 由 来 す る 「 パ フ ォ ー マ ン ス 」 と い う 概 念 は 、 芸 術 の 中 核 概 念 足 り う る と 同 時 に 、 日 常 生 活 で も 検 討 さ れ る べ き 概 念 で あ る こ と が 明 ら か に な る 。 私 た ち は 意 識 す る 意 識 し な い 別 と し て 、 「 振 る 舞 う 」 こ と を 積 み 重 ね る こ と に よ っ て 日 常 生 活 を 過 ご し て い る 。 「 表 現 す る こ と 」 は 、 非 日 常 性 の 強 い 「 パ フ ォ ー マ ン ス 」 だ け で は な い 。 私 た ち の 日 々 の「 振 る 舞 い 」す べ て が「 パ フ ォ ー マ ン ス 」 だ と い え る の で あ る 。

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第 2 項 パ フ ォ ー マ テ ィ ビ テ ィ と は 何 か

「 パ フ ォ ー マ ン ス 」 に 類 似 し た 言 葉 に 「 パ フ ォ ー マ テ ィ ビ テ ィ ( p e r f o r m a t i v i t y) 」 と い う も の が あ る 。 「 パ フ ォ ー マ テ ィ ビ テ ィ 」 は 、 「 パ フ ォ ー マ ン ス 性 」 と 訳 さ れ る こ と が あ る 。 イ ン タ ー ネ ッ ト 版 の O E D

p e r f o r m a t i v e」 を 検 索 す る と 、 a d j e c t i v e と し て 、 1 . R e l a t i n g t o o r o f t h e n a t u r e o f d r a m a t i c o r a r t i s t i c p e r f o r m a n c e : f i l m s w h i c h p u s h p a s t t h e l i m i t s o f

c u r r e n t p e r f o r m a t i v e t r e n d s t e a c h i n g i s a p e r f o r m a - t i v e a c t . 1 . 1 C h a r a c t e r i z e d b y t h e p e r f o r m a n c e o f a s o c i a l o r c u l t u r a l r o l e : m a n y f e m i n i s t t h e o r i s t s h a v e c o m e t o s t r e s s t h e c o n t e x t u a l a n d p e r f o r m a t i v e a s - p e c t s o f g e n d e r . 1 . 2 L i n g u i s t i c s & P h i l o s o p h y R e l a t i n g t o o r d e n o t i n g a n u t t e r a n c e b y m e a n s o f w h i c h t h e s p e a k e r p e r f o r m s a p a r t i c u l a r a c t ( e . g . I b e t , I

a p o l o g i z e , I p r o m i s e ) . O f t e n c o n t r a s t e d w i t h c o n s t a -

t i v e . と 定 義 さ れ て い る 。 1 . 2 .の 定 義 は 「 発 語 内 行 為

i l l o c u t i o n a r y a c t) 」 に お け る 専 門 用 語 と し て の

p e r f o r m a t i v e」 で あ る 。 こ の 「 p e r f o r m a t i v e」 の 定 義 は 、イ ギ リ ス の 哲 学 者 A u s t i n , J . L . ( 1 9 1 1 - 1 9 6 0)の「 言 語 行 為 論 ( S p e e c h a c t t h e o r y ) 」 の 重 要 概 念 の 1 つ と し て 知 ら れ て い る 。A u s t i n は 、「 単 に 現 象 を 記 述 し た 文 」 と 「 “ 約 束 す る ” と い う 行 為 を 伴 っ た 文 」 を 区 別 す べ き だ と 考 え た 。A u s t i n は 前 者 を「 事 実 確 認 的 」( c o n s t a t i v e ) と 称 し 、 後 者 を 「 遂 行 的 」 ( p e r f o r m a t i v e )と 称 し て 区 別 し た 。 2 つ の 文 の 具 体 例 を 挙 げ て み よ う 。 「 日 本 大 学 芸 術 学 部 は 、 江 古 田 に あ る 」 と い う 文 は 、 単 に 事 実 に つ い て 言 及 し た 文 で あ る 。 一 方 、 「 私 は 、 江 古 田 の 日 本 大 学 芸 術 学 部 で 、 明 日 あ な た と 会 う 」 と い う 文 は 、 あ る 行 為

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の 遂 行 を 前 提 と し た 発 言 が 含 ま れ て い る 文 で あ る 。 後 者 は 、 発 言 者 で あ る 「 私 」 が 「 明 日 あ な た と 会 う 」 と い う 行 為 の 遂 行 を 前 提 と し て い る 宣 言 文 で あ る と い っ て も 良

い 。 A u s t i n は こ の よ う に 、 「 発 言 」 と い う 行 為 が 、 発

言 の 後 に 生 じ る 「 発 言 内 容 」 の 遂 行 を 先 取 り す る と い う 関 係 性 を 含 ん だ 概 念 と し て 「 p e r f o r m a t i v e」 を 定 義 し た の で あ る 。

言 語 哲 学 に お け る 「 パ フ ォ ー マ テ ィ ビ テ ィ 」 と い う 概 念 を さ ら に 発 展 さ せ た の は B u t l e r , J . P . 1 9 5 6 で あ る 。 B u t l e r は 、 ジ ェ ン ダ ー ( g e n d e r) を 文 化 的 に 規 定 さ れ た 構 築 物 と 捉 え 、 生 物 学 的 な 性 ( s e x) と は 区 別 さ れ る べ き も の と 考 え て い る 。B u t l e r は 、 ジ ェ ン ダ ー ・ ア イ デ ン テ ィ テ ィ ( g e n d e r i d e n t i t y) の 規 範 は 、 ア プ リ オ リ ( 先 天 的 ) に 存 在 す る も の で は な く 、 主 体 が 遂 行 文 の 引 証 と 反 復 に よ っ て ア ポ ス テ リ オ リ ( 後 天 的 ) に 構 築 さ れ る と 考 え て い る 。 「 ア イ デ ン テ ィ テ ィ は 、 そ の 結 果 だ と 考 え ら れ る 「 表 出 」 に よ っ て 、 ま さ に パ フ ォ ー マ テ ィ ブ に 構 築 さ れ る も の で あ る 。」と 指 摘 し て い る( B u t l e r , 1 9 9 0) 。

「 ジ ェ ン ダ ー ・ ア イ デ ン テ ィ テ ィ 」 と い う も の は 、「 す で に 規 定 さ れ た 何 か に な る こ と 」 の で は な い 。 「 新 し い 何 か を 創 造 し 続 け る こ と 」 で あ る と い う 要 素 、 す な わ ち

「 ア ポ ス テ リ オ リ に 構 築 さ れ る も の で あ る 」 と い う 点 を 強 調 し た も の で あ る 。 ま た 、 高 橋 ( 2 0 0 5) は 「 パ フ ォ ー マ ン ス 研 究 に お け る 「 パ フ ォ ー マ テ ィ ビ テ ィ 」 に つ い て 言 及 し て い る 。 「 「 パ フ ォ ー マ テ ィ ビ テ ィ 」 は 、 身 体 的 な パ フ ォ ー マ ン ス の 反 復 が 作 り 出 す 言 語 的 作 用 と 考 え る こ と が で き る 。 む し ろ 検 証 さ れ る べ き な の は 、 言 語 の 構

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摘 し て い る 。 「 パ フ ォ ー マ テ ィ ビ テ ィ 」 を 考 察 す る 際 、

B u t l e r は 、 「 ジ ェ ン ダ ー ・ ア イ デ ン テ ィ テ ィ の 規 範 」 に

着 目 し 、 高 橋 は 「 言 語 の 構 築 、 身 体 化 、 内 在 化 に か か わ る プ ロ セ ス 」 に 注 目 し て い る 。 両 者 に 共 通 す る も の は 、

「 ア イ デ ン テ ィ テ ィ は ア プ リ オ リ に 存 在 す る も の で は な い 」 と い う 観 点 で あ る 。 「 身 体 的 な パ フ ォ ー マ ン ス の 反 復 」 に よ っ て 、 「 ア ポ ス テ リ オ リ に 構 築 し 続 け て い く も の 」が「 ア イ デ ン テ ィ テ ィ 」で あ る と 考 え て 良 い だ ろ う 。 本 論 考 で は 、 「 表 現 す る こ と 」 を 考 え る 際 に 、 「 パ フ ォ ー マ テ ィ ビ テ ィ 」 と い う 概 念 に 着 目 し た 。 「 パ フ ォ ー マ ン ス 」 で は な く 「 パ フ ォ ー マ テ ィ ビ テ ィ 」 に 注 目 し た 理 由 は 、 単 に 「 表 現 す る こ と 」 が 重 要 な の で は な く 、「 表 現 し 続 け る こ と 」 に よ り 、 「 ま だ 現 出 し て い な い “ 可 能 性 と し て 開 か れ て い る 自 分 自 身 ” に よ り 近 づ く 不 断 の 努 力 」 が 重 要 で あ る と 考 え て い る か ら で あ る 。 そ こ で 、 本 論 考 で は 「 パ フ ォ ー マ テ ィ ビ テ ィ 」 と い う も の を 、1 .「 パ フ ォ ー マ ー ( あ る 行 為 を す る 者 ) 」 と 「 オ ー デ ィ エ ン ス

( パ フ ォ ー マ ー の 行 為 を 見 る 者 ) 」 の 相 互 作 交 流 を 基 盤 と す る も の 2 .パ フ ォ ー マ ー が “ あ る パ フ ォ ー マ ン ス ” を 表 現 し 続 け る こ と に よ り 明 ら か に な っ て い く も の 3 . ア ポ ス テ リ オ リ に 再 構 築 さ れ て い く も の と い う 3 つ の プ ロ セ ス を 内 包 し た 概 念 で あ る と 定 義 す る 。 こ の 定 義 に よ っ て 、 「 パ フ ォ ー マ テ ィ ビ テ ィ 」 と い う も の が 「 ア イ デ ン テ ィ テ ィ を 形 成 す る プ ロ セ ス の 根 幹 を 成 す 概 念 」 で あ る こ と を 明 確 に 示 す こ と が で き る と 考 え て い る 。

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第 2 節 サ イ コ ド ラ マ と パ フ ォ ー マ テ ィ ビ テ ィ

第 1 項 サ イ コ ド ラ マ と い う 技 法 に つ い て

筆 者 は 臨 床 心 理 学 を 専 門 と し て 、 教 育 と 臨 床 活 動 に 従 事 し て い る 。 中 で も 「 ア ク シ ョ ン ・ メ ソ ッ ズ ( a c t i o n

m e t h o d s) 」 と 呼 ば れ る 「 表 現 す る こ と 」 を 促 す 技 法 群

1 つ で あ る 「 サ イ コ ド ラ マ ( P s y c h o d r a m a) 」 を 専 門 と し て い る 。 「 サ イ コ ド ラ マ 」 は 、 ブ カ レ ス ト 生 ま れ で ユ ダ ヤ 系 の 精 神 科 医 M o r e n o , J . L . 1 8 8 9 1 9 7 4) に よ っ て 創 始 さ れ た 、即 興 劇 の 形 式 を 用 い た 集 団 療 法 で あ る 。 サ イ コ ド ラ マ は 、 一 般 的 な 心 理 臨 床 の 技 法 と は 異 な り 、 ダ イ ア ロ ー グ で は な く ア ク シ ョ ン を 重 視 す る 技 法 で あ る 。 言 語 的 な や り 取 り よ り も ア ク シ ョ ン を 重 視 し 、 “ 言 葉 に よ る 気 付 き ” で は な く “ 行 為 に よ る 気 付 き ” を 目 指 し て い る の が サ イ コ ド ラ マ で あ る 。

サ イ コ ド ラ マ は 、 「 個 人 の 内 的 な 世 界 ( p s y c h o) 」 を

「 演 劇 ( d r a m a) 」 と い う 形 で 展 開 し て い く 。 サ イ コ ド ラ マ は 演 劇 と 同 様 の 構 造 を 持 っ て い る 。“ 舞 台( s t a g e)”

と い う 装 置 を 必 要 と し 、 “ デ ィ レ ク タ ー ( d i r e c t o r) ” と 呼 ば れ る 治 療 者 が ド ラ マ の 展 開 に 責 任 を 持 つ 。 “ プ ロ タ ゴ ニ ス ト( p r o t a g o n i s t)”や“ 補 助 自 我( a u x i l i a r y - e g o)”

と 呼 ば れ る 演 者 が 舞 台 に 登 場 し て 役 割 を 演 じ 、 “ 観 客

a u d i e n c e) ” が ド ラ マ を 観 る 。 サ イ コ ド ラ マ は 、 集 団

と い う 構 造 を 持 つ 。 集 団 の ダ イ ナ ミ ク ス を 利 用 し て サ イ コ ド ラ マ は 展 開 し て い く 。

サ イ コ ド ラ マ の プ ロ セ ス を 簡 単 に 述 べ て み よ う 。 デ ィ レ ク タ ー の 介 入 に よ っ て 、 グ ル ー プ の メ ン バ ー か ら 、 プ ロ タ ゴ ニ ス ト が 選 ば れ る 。 プ ロ タ ゴ ニ ス ト は 、 デ ィ レ ク

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タ ー の 力 を 借 り な が ら 即 興 で 舞 台 上 に 自 分 自 身 の 人 生 を 展 開 し て い く 。 プ ロ タ ゴ ニ ス ト は 、 心 の 内 的 な 世 界 を 実 際 に 演 じ る 。 「 演 じ る 」 と い っ て も 再 演 を 目 的 と し た も の で は な い 。頭 の 中 で 考 え て い た「 心 の 内 側 の 世 界 」を 、

「 心 の 外 側 の 世 界 」で 表 現 し て み る こ と が 促 さ れ る 。「 心 の 内 側 の 世 界 」 を 外 在 化 す る こ と に よ っ て 、 プ ロ タ ゴ ニ ス ト は 自 分 自 身 の 葛 藤 を 目 の 当 た り に す る こ と が で き る 。

M o r e n o 1 9 6 9) は 、「 私 た ち は 、 人 の 心 の 中 に 入 っ て 、

そ の 個 人 が 何 を 理 解 し 感 じ て い る か を 見 る こ と は で き な い 。 そ の た め に 、 私 た ち は サ イ コ ド ラ マ を 試 み る 。 患 者 の 協 力 を 得 て 、 そ の 心 を 個 人 の 「 外 側 」 に 送 り 出 し て も ら い 、具 体 的 で 、制 御 可 能 な 世 界 に 具 象 化 し て も ら う

( 中 略 ) … そ の 目 的 は 、 行 動 全 体 を じ か に 見 て 、 観 察 し 、そ し て 分 析 で き る よ う に す る こ と で あ る 。そ の と き 、 主 役 は 自 分 自 身 と 遭 遇 す る た め の 心 の 準 備 を し て い る の だ 。 … ( 中 略 ) … や が て 第 二 段 階 へ と 入 る 。 今 度 は 、 い っ た ん 具 象 化 さ れ た も の を 、 再 度 自 分 の も の に し 、 再 編 成 し 、そ し て 再 統 合 す る こ と に な る 。」と 述 べ て い る 。 プ ロ タ ゴ ニ ス ト は “ 演 じ る こ と ” を 通 じ て 洞 察 を 深 め 、 新 た な “ 気 付 き ” を 得 る こ と が で き る 。 「 人 生 の あ る 出 来 事 を ド ラ マ に す る 」 と い う こ と は 、 「 人 生 を 再 度 生 き る 」 と い う よ う な も の で あ る 。

「 人 生 を 再 度 生 き る 」 こ と の 恩 恵 は 、 新 た な 気 付 き が 得 ら れ て 、 感 情 の 整 理 が 進 む こ と に あ る 。 サ イ コ ド ラ マ を 体 験 す る と 、 プ ロ タ ゴ ニ ス ト も 観 客 も 「 カ タ ル シ ス

c a t h a r s i s) 」 を 得 る 。 「 カ タ ル シ ス 」 と は 、 ギ リ シ ャ

悲 劇 に 起 源 を 持 つ「 感 情 の 浄 化 」を 意 味 す る 用 語 で あ る 。 ギ リ シ ャ 悲 劇 の 観 客 は 、 面 前 で 演 じ ら れ る 悲 劇 の 目 撃 者 に な る こ と で 感 情 が 浄 化 さ れ た と い う 。 M o r e n o は 、 ギ

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リ シ ャ 悲 劇 に 代 表 さ れ る 古 典 的 形 式 の ド ラ マ を 研 究 し て い た 。 そ の 中 で 、 A r i s t o t l e B . C . 3 8 4 B . C . 3 2 2

の「 P o e t i c s」に ド ラ マ の 構 成 に つ い て の 記 述 を 見 つ け て 、

サ イ コ ド ラ マ を 創 造 し た こ と が 知 ら れ て い る ( 藤 堂 ,

1 9 9 8) 。 M o r e n o 1 9 4 6 は 、 プ ロ タ ゴ ニ ス ト が 体 験 す

る カ タ ル シ ス に つ い て 、 東 方 宗 教 に お け る 聖 者 、 あ る い は 救 世 者 が 、 他 人 に 奉 仕 す る た め に 、 前 も っ て 自 己 浄 化 を し た と い う エ ピ ソ ー ド に ま で 遡 っ て 考 察 し て い る 。 こ の よ う に 、 サ イ コ ド ラ マ で は 、 「 演 じ る こ と そ の も の 」 が す で に 治 癒 的 で あ る と い う 考 え に 基 づ き 、 「 演 じ る こ と に よ る 治 癒 性 」 を 重 視 し て い る 。 「 演 じ る こ と の 治 癒 性 」 と は 何 だ ろ う か 。 プ ロ タ ゴ ニ ス ト は 、 「 自 分 自 身 を 演 じ る こ と 」 に よ っ て 、 ア イ デ ン テ ィ テ ィ の 再 構 成 を 行 っ て い る 。 つ ま り 、 「 表 現 す る こ と 」 に よ っ て 「 よ り 自 分 ら し く な る 」 こ と が 期 待 で き る の で あ る 。 「 演 じ る こ と の 治 癒 性 」 と は 、 特 別 な も の で は な い 。 「 表 現 し 続 け る こ と 」 に よ っ て も た ら さ れ る 恩 恵 で あ る 。 そ れ ゆ え 、 サ イ コ ド ラ マ は 治 療 的 に も 活 用 さ れ て い る が 、 福 祉 領 域 や 教 育 領 域 と い っ た そ の ほ か の 領 域 で も 幅 広 く 活 用 さ れ て い る 。

第 2 項 演 劇 的 な 着 想 に 由 来 す る サ イ コ ド ラ マ の 概 念

サ イ コ ド ラ マ に は 演 劇 的 な 着 想 が 残 っ て い る 。 「 役 割 理 論 ( r o l e t h e o r y) 」 と 「 自 発 性 ( s p o n t a n e i t y) 」 と い う も の が 、 サ イ コ ド ラ マ に お け る 中 核 概 念 と し て 知 ら れ て い る 。 「 役 割 理 論 」 と 「 自 発 性 」 と い う 2 つ の 着 想 に つ い て 整 理 し て み た い 。

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1 . 役 割 理 論

我 々 は 日 常 生 活 を 営 む に 際 し て 、 否 応 な く 他 者 と 関 わ る 必 要 が で て く る 。 他 者 と 関 わ る 際 に は 、 他 者 に 応 じ て 様 々 な 面 を 見 せ て い る 。 例 え ば 、 筆 者 は 勤 務 し て い る 大 学 で は 「 教 員 」 と し て 学 生 や 同 僚 と か か わ っ て い る 。 大 学 院 附 属 臨 床 心 理 相 談 室 の 相 談 員 も 兼 務 し て い る の で 、

「 カ ウ ン セ ラ ー 」と し て 出 会 う ク ラ イ エ ン ト も 出 て く る 。 一 方 で 、研 修 会 な ど に 参 加 す る 場 合 は「 受 講 生 」に な る 。 こ の よ う に 、 我 々 は 相 手 と の 関 係 性 に あ わ せ て 微 妙 に 表 出 す る 自 分 の 要 素 を 変 え て い る 。 M o r e n o は 、 こ の 「 関 係 性 に 基 づ い て 見 せ る 要 素 」 の こ と を 「 ロ ー ル ( r o l e) 」 と 呼 ん だ 。 M o r e n o 1 9 3 4) は 、 「 ロ ー ル 」 と い う も の を 、 1 .人 間 の 生 物 学 的 な 欲 求 に 結 び つ い た 「 精 神 身 体 的 役 割 ( p s y c h o s o m a t i c r o l e ) 」 2 .特 定 の 状 況 下 で 特 定 の 期 待 に 応 え る 「 サ イ コ ド ラ マ 的 役 割 ( p s y c h o d r a m a t i c

r o l e) 」 3 .一 般 的 な 社 会 生 活 を 送 る 中 で 、 慣 習 的 範 疇

で 期 待 さ れ る 「 社 会 的 役 割 ( s o c i a l r o l e) 」 と い う 三 層 構 造 に な っ て い る と 考 え た 。 こ の 三 層 は 独 立 し て は お ら ず 、 そ れ ぞ れ 密 接 に 関 連 し あ っ て 存 在 す る 。 い わ ゆ る

「 ボ デ ィ ・ ラ ン ゲ ー ジ 」 の 類 い が 「 精 神 身 体 的 役 割 」 で あ る 。 一 方 で 、 「 母 親 と し て の 振 る 舞 い 」 「 子 ど も と し て の 振 る 舞 い 」 「 職 業 人 と し て の 振 る 舞 い 」 と い っ た 、

「 社 会 的 に 期 待 さ れ る 振 る 舞 い 」 が あ る 。 こ れ が 「 社 会 的 役 割 」 で あ る 。 そ れ で は 、 「 サ イ コ ド ラ マ 的 役 割 」 と は ど う い っ た も の で あ ろ う か 。 例 え ば 、 怒 り を 押 し 殺 し て 「 思 わ ず 拳 を 握 り し め る 」 、 悔 し い 思 い を 抑 え て 「 唇 を 噛 む 」 と い っ た 反 応 を 考 え て み て も ら い た い 。 こ れ ら は 、 単 な る ボ デ ィ ・ ラ ン ゲ ー ジ で も な く 、 社 会 的 に 期 待 さ れ た 役 割 で も な い 、 「 心 の あ る 動 き が 行 為 と し て 表 出

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さ れ た も の 」 で あ る 。 こ れ が 「 サ イ コ ド ラ マ 的 役 割 」 で あ る 。 こ の 「 サ イ コ ド ラ マ 的 役 割 」 は 、 サ イ コ ド ラ マ と い う 方 法 論 を 通 じ て の み 再 確 認 す る こ と が で き る と

M o r e n o は 考 え た の で あ る 。

「 ロ ー ル 」 と い う も の は 、 場 や 相 手 と の 関 係 性 の 中 で 規 定 さ れ る 。 そ の た め 、 関 係 性 に 許 容 さ れ な い ロ ー ル を と っ た 場 合 、そ れ は 奇 異 な 振 る 舞 い と 映 る 。時 間 、場 所 、 場 合 と い っ た 要 素 を 理 解 せ ず 、 関 係 性 の 文 脈 か ら 逸 脱 し た ロ ー ル を 表 出 し て し ま う こ と が 不 適 応 を 生 じ さ せ る 要 因 の 1 つ に な る と い っ て も 良 い だ ろ う 。 M o r e n o の 役 割 理 論 で 重 要 な 点 は 、 「 我 々 は 関 係 性 の 中 で 、 常 に あ る ロ ー ル を 選 択 す る 」 と い う 点 で あ る 。 ロ ー ル と は 「 自 己 が と る 現 実 的 で 実 体 的 な 形 」 で あ る 。 す な わ ち 、 「 あ る 特 別 な 状 況 下 で 、あ る 行 為 を 選 択 し て 振 る 舞 う こ と 」が「 ロ ー ル 」 で あ る 。 こ の 選 択 と は 、 意 識 的 ・ 無 意 識 的 を 問 わ ず 、 究 極 的 に は 「 引 き 受 け る 」 と い う 類 の も の で あ る 。 加 え て 、 こ の 「 あ る 表 現 」 と は 、 多 層 的 多 重 的 な も の で あ る こ と が 窺 い 知 れ る 。

2 . 自 発 性

私 た ち は 幼 少 の こ ろ は “ 空 想 遊 び ” を 通 じ て 何 に で も な れ た 。ス ー パ ー マ ン で あ ろ う と ド ラ え も ん で あ ろ う と 、 王 様 、 王 女 様 、 魔 法 使 い で あ ろ う と 、 好 き な ヒ ー ロ ー や ヒ ロ イ ン 、 ど ん な キ ャ ラ ク タ ー に で も 、 好 き な と き に な る こ と が で き た 。 こ の 「 何 に で も な れ る 想 像 力 」 の こ と

M o r e n o は 「 自 発 性 」 と 呼 ん だ 。 M o r e n o は 「 子 ど も

は 可 能 性 の 塊 で あ る 」 と 考 え て い た 。 我 々 は 大 人 に な る に つ れ て 可 能 性 の 原 動 力 で あ る「 自 発 性 」を 押 し 殺 し て 、

(31)

「 固 定 し た ロ ー ル 」 と い う ル ー テ ィ ン に 埋 没 し て い く 。 困 難 な 状 況 に 遭 遇 し た と き に 、 我 々 が 途 方 に 暮 れ て し ま う の は 何 ゆ え で あ ろ う か 。 M o r e n o は 、 我 々 が 自 発 性 を 捨 て 去 っ て ル ー テ ィ ン に 埋 没 し て し ま っ た か ら 途 方 に 暮 れ る の だ と 考 え た 。 困 難 な 状 況 と は 、 今 ま で の や り 方 が 通 用 し な く な っ た 場 面 に 他 な ら な い 。 我 々 の ロ ー ル が 固 定 さ れ て お ら ず 、 子 ど も の こ ろ の よ う に 自 発 性 が 豊 富 で あ っ た な ら ば 、 困 難 な 状 況 と は 新 し い や り 方 を 試 み る き っ か け の 1 つ に な る 。 我 々 が 自 発 性 を 保 持 し て い れ ば 、 困 難 な 状 況 に 遭 遇 し た 場 合 は 「 新 し い ロ ー ル 」 を 産 出 す る こ と で 対 応 で き る は ず で あ る 。 「 自 発 性 」 と は 、 独 り よ が り な も の で は な い 。 「 新 し い 関 係 性 を 構 築 す る 原 動 力 」 な の で あ る 。

M o r e n o は 、 「 自 発 性 」 と 「 役 割 理 論 」 を 組 み 合 わ せ

て 、 「 ロ ー ル を 獲 得 し て い く プ ロ セ ス 」 を 明 ら か に し て い る 。M o r e n o は 、「 ロ ー ル ・ テ イ キ ン グ( r o l e t a k i n g)」

「 ロ ー ル ・ プ レ イ ン グ ( r o l e p l a y i n g) 」 「 ロ ー ル ・ ク リ エ イ テ ィ ン グ ( r o l e c r e a t i n g) 」 と い う 3 段 階 を 想 定 し た 。 こ の 3 段 階 を た ど る こ と で 、 あ る ロ ー ル を 獲 得 し て 内 在 化 し 、自 分 ら し く 成 長 し て い く と 考 え て い る 。「 ロ ー ル ・ テ イ キ ン グ 」 と は 、 あ る 関 係 性 に お け る 役 割 を 最 低 限 度 遂 行 す る た め に 、 「 あ る 特 定 の 役 割 を 習 得 す る 」 段 階 で あ る 。 「 ロ ー ル ・ プ レ イ ン グ 」 と は 、 「 あ る 特 定 の 役 割 の 遂 行 を 通 じ て 、 主 体 が 個 性 を 発 揮 し よ う と 試 み る 」 段 階 で あ る 。 「 ロ ー ル ・ ク リ エ イ テ ィ ン グ 」 と は 、

「 あ る 関 係 性 に お け る 、あ る 特 定 の 役 割 の 遂 行 を 通 じ て 、 新 た な 関 係 性 と 役 割 を 創 造 的 に 産 出 す る 」 段 階 で あ る 。

M o r e n o が サ イ コ ド ラ マ に よ っ て 目 指 し た も の は 、 「 人

表 現 方 法 と い う 蓄 積 が あ る 。 効 果 的 な 表 現 方 法 を 身 に 付 け る こ と に よ っ て 、 自 分 の 可 能 性 に 対 し て 拓 か れ 続 け る こ と を 強 調 し て い る の が パ フ ォ ー マ ン ス 学 だ と い え よ う 。 第 7 項 サ イ コ ド ラ マ と パ フ ォ ー マ ン ス 学 の 異 同 極 論 す る な ら ば 、 サ イ コ ド ラ マ は プ ロ タ ゴ ニ ス ト の た め の も の で あ る

参照

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