学 位 論 文 題 名
医 学 博 士 古 田 康
鼻 ・副鼻腔 inverted papilloma および 扁平上皮癌の組織発生と ヒトパピ口一マウイルスに関する分子病理学的研究
学 位 論 文 内 容 の 要 旨
Iは じめ に
鼻 ・副 鼻腔 に 発生 するinverted papilloma(IP)は 比較 的 稀な 良性腫 瘍であるが,再発 しや す く ,ま た癌 と の合 併例 や再発を繰 り返すうちに癌化す る例がみられ,前 癌病変のーっと見 なさ れ て い る 。 本 腫 瘍 の 病因 は 不明 の点 が 多い が, ウ イル ス特 に ヒト パピ ロ ーマ ウイ ル ス(Human papillomavirus;HPV) の 感 染 に よ る と の 報告 も 散見 され る 。今 回の 研 究は ,IP症 例に おい て ,HPV感 染 の 頻 度 , 感染 状態 , 病理 組織 学 的変 化をretrospectiveに 検 索し ,特 に 悪性 化に お け るHPVの 関 与 を 明 ら か に す る と と も に , 鼻 ・ 副 鼻 腔 扁 平 上 皮 癌に っい て もHPVを分 子病 理 学 的手 法を 用 いて 検索 し,これら 鼻・副鼻腔腫瘍の組 織発生の解明に迫 ることを目的とし た。
II対象お よび方法
1. 対 象 鼻 ・ 副 鼻 腔 に 発 生 し たinverted papilloma症 例26例 ,お よ び鼻 ・副 鼻 腔原 発の 扁 平 上 皮 癌40例 を 対 象 と し た 。 鼻 腔 に 発 生 し た 炎 症 性 鼻 茸20例 を 対 照 症 例 と し た 。 2. 免 疫 組 織 学 的 検 索Papillomavlrus genus―specific common antigenに 対 す る 抗 体
(DAKO社 ) を 用 い ,Avidinーbiotin−peroxidase complex法 によ り 免疫 組織 染 色を 施行 し , HPV抗原を検索した 。
3.In situ hybridization(ISH) HSで 標 識 し たHPV type6,11,16,18DNAプ 口 ー ブを用い て,パラフィン切片 においてISHを施行した。
4.Polymerase chain reaction(PCR) フ ォ ル マ リ ン 固 定 パ ラ フ ア ン 包埋 さ れた 病理 材 料 か らDNAを 抽 出 し ,HPV 16お よ びHPV 18の 卜 ラ ン ス フ ォ ー ミ ン グ 活 性 の み ら れ るE60pen reading frameの 一 部(110塩 基 対) に相 補 的な プラ イマー対を使用し てPCRを施 行した。HPVの検 出はプラ イマ一対の中間に位置するオリゴヌクレオチドプローブを用いて,Slot blot hybridization ならびにSouthern blot hybridization法により行った。
5. 病 理 組 織 学 的 検 討IP症 例 に お い て ,HPV感 染 に 特徴 的 な 組 織 像 とみ な さ れ て いる ,koi locytosisの 有無 を 検 索 しHPV感染 との関 連を 調べた 。
m結 果
1. IPの 臨床 病 理 所 見 26例 中 癌合 併 例 が5例(19 0/6), 癌 化例 が2例(8%) あり, 合わせ て7例(27%) に お い て 癌 との 関 連 が み られ た 。 腫 瘍 の再 発 は26例中6例(23%) にみら れた。
2. 免 疫 組 織 学的 検 索 IP症 例 お よ び扁 平 上 皮 癌 症例 , 鼻 茸 症 例に お い て , 免疫 染 色 に てH PV抗原 が検 出され た例は みられ なか った。
3. ISH IP症 例26例 中3例(12% ) に お い てHPV11が 検 出 さ れ た 。 こ れ ら3例 は 癌 と の 関 連 の な い 症 例 で あ っ た 。ま た ,IPと扁 平 上 皮 癌 が合 併 し た1例のIPの 部 分でHPV16が 検 出 さ れた が , こ の 症例の 癌の部 分では 明か な陽性 所見が 得られ なか った。 これら 陽性所 見は,RN ase前 処 理 に よ っ て も 滅 弱 せ ず ,DNase前 処 理 後 のISHで は 消 失 し , 主 にHPV DNAと ハ イ
ブ リ ダ イ ズ し て い る こ と が 考 え ら れ た 。HPV6お よ びHPV18が 検 出 さ れ たIP症 例 は な か ヮ た 。 扁 平上 皮 癌 例, 鼻茸 症例で はどの タイプ のHPVも明 らかな 陽性所 見が認 めら れなか った。
4. PCR IPの 癌 化 例1例 と 癌 合 併 例1例(ISHで のHPV16陽 性 例 ) のIPお よ び 扁 平 上 皮 癌 の 部 分 の 両 者 でHPV16が 検 出さ れ た 。 っ まり 癌 と の 関 連 がみ ら れ たIP7例 中2例(29% ) にHPV16が 検 出 さ れ た 。 癌 と の 関 連 の な いIPお よ び 鼻 茸 症 例 で はHPV16は 検 出さ れ な か っ た 。 扁 平 上 皮 癌40例 で は ,4例(10% ) にHPV16が 検 出 さ れ た 。HPV18は ,扁 平 上 皮 癌40例 中1例(2.5% )にお いての み検出 され た。
5. HPVと 臨 床 病 理 所 見 IPの 再 発 例6例 中HPVが 検 出 さ れ た の は2例(33% ) で あ り , 非 再発 例 に お け るHPV検 出率 (15% ,3/20)と の 間 に は 有意 差 が み ら れな かった 。またkoilocy‑
tosisfまIP26例 中5例 (19% )に 認 め ら れ ,ま たkoilocytosisとHPV感 染 には 有 意 の 相 関が みら れ た 。
W考 察
IPの 病 因 と して は , 慢 性炎症 ,ア レルギ ーやウ イルス 感染 などが 挙げら れてき たが, 特定 の 原 因 は 明ら か に さ れ てい な い 。 今 回の わ れ わ れ の検 索 で は ,ISH法 ま たはPCR法 を用い て26例 中5例 (19% ) にHPVを 検 出 でき た が , 欧 米の 報 告 例(57―76% )よ り 頻 度 は 低か っ た 。 子 宮
め られたがHPVが陰性であった 症例では,今回検索した以 外のタイプのHPV感染による可能 性もあり,今後さらに他のタイプにっいても同様の研究が必要であると考えられた。IPにおい て 免 疫組 織染 色お よ びISH法に て ,HPVの ウイ ルス 抗原 およ びmRNAは検 出され ず,ウイ ルス蛋白の産生は少ないことが考えられ,またHPV感染と再発との関連もみられなかった。つ ま り , 陰 部 コ ン ジ 口 ー マ や 喉 頭 乳 頭 腫 症例 で はHPV抗 原やmRNAが検 出さ れ ,ま たHPV 感染と再発が密接に関連しているが,IPの場合他の乳頭腫病変とは若干異なヮた感染状態にあ ると考えられた。そのため,このようなウイルス感染が果してIPを発症させる病因になり得る のか疑問が残る。しかし,今回コント口一ルとして検索した鼻茸症例ではHPVは検出されない こ とより,HPV感染がIPの病因 として何らかの役割を果たしている症例が少なからずあるこ とは確かであると考えられた。HPVのあるタイプでは癌化と密接な関連があることが判明して お り ,子 宮頸 癌で はHPV16,18が検出される率が高 いが,IPの悪性化におけるHPVの関与 に っいてはまだ解明されてい ない。今回,IP症例においてHPV16が検出されたのは癌との関 連がみられた症例のみであり,HPV16は本腫瘍の悪性化に関与する因子のーっと考えられた。
ま た,PCR法によりHPV16,18が,鼻・副鼻腔原発の扁平上 皮癌においても頻度は低いが検 出され,その組織発生においてHPVが関わっている症例があることを明らかにできた。しかし,
これらの良性腫瘍の悪性化ならびに発癌の機序は,HPVのみならずさらに種々の癌遺伝子の活 性化,癌抑制遺伝子の異常などが関与していることが考えられ,今後の検討が必要であると考え た。
V結 語
1. 鼻・副鼻腔inverted papillomaにおいて,HPV11またはHPV16が感染している症例がみ ら れたが,腫瘍の再発との関連 は認められなかった。
2. 癌との関連がみられたIP症 例において,HPV16がその悪 性化に関与している症例がある こ とが示された。
3. 鼻・副鼻腔原発の扁平上皮癌において,頻度は低いがHPV16,18が検出され,その癌化に 関 わる因子のーっと考えられた 。
学位論文審査の要旨 主 査 教 授 犬 山 征 夫 副 査 教 授 葛 巻 暹 副査 教授 大里外誉郎
目 的 ) 鼻・ 副 鼻 腔 に 発生 す るinverted papilloma(IP) は比 較 的 稀 な良 性腫 瘍であ るが, 再 発し やすく ,ま た癌と の合併 例や再 発時に癌化する例がみられ前癌病変のーっと見なされている。
本 腫 瘍 の 病因 は 不 明 の 点 が多 い が , ウ イル ス 特 に ヒ トパ ピ 口 一 マ ウイ ル ス(Human papillom avirus: HPV) の 感 染に よ る と の 報 告も 散 見 さ れ る。 今 回 の 研 究は ,IP症 例に お い て ,HPV 感 染 の 頻度 , 感 染 状 態, 病 理 組 織 学的 変 化 を 検 索し, 特に悪 性化 におけ るHPVの関与 を明ら か に す る とと も に , 鼻 ・副 鼻 腔 扁 平 上皮 癌 に っ い てもHPVを分 子病 理学的 手法を 用いて 検索し , これ ら鼻・ 副鼻 腔腫瘍 の組織 発生の 解明 に迫る ことを 目的と した。
対 象 お よび 方 法 ) 鼻 ・副 鼻 腔に発 生したinverted papilloma症例26例,お よび 扁平上 皮癌40例 を 対 象 とし た 。 鼻 腔 に発 生 した炎 症性鼻 茸20例 を対照 症例と した 。免疫 組織学 的にはPapillom 5
avlrus genus―specific common antigenに 対 する 抗 体 を 用 い,ABC法 によ り 免 疫 組 織染 色 を 施 行 しHPV抗 原 を 検 索 し た 。 また ,t。Sで標 識 し たHPV type6,11,16,18 DNAプ 口 一 ブ を 用 い て,in situ hybridization(ISH) 法 に よりHPV核 酸を検 索した 。さら に, 癌との 関連 が 深 いHPV16,18に っ い て は, 高 感 度 核 酸検 出 法 で あ るPolymerase chain reaction(PCR) に よ る 解 析を 加 え た 。 病 理組 織 学 的 に は,IP症 例 にお い てkoilocytosisの 有 無 を 検 索 しHPV 感染 との関 連を 調べた 。
結 果 と 考察 )I P26例 中 癌 合併 例 が5例 (1906), 癌 化 例 が2例 (8% ) あり, 合わせ て7例(27
% )に おい て癌と の関連 がみら れた 。腫瘍 の再発 は26例 中6例 (23% )にみ られた 。免 疫組織 学 的 に は ,HPV抗 原 が 検 出 さ れ た 例 は み ら れ な か っ た 。ISHで は ,IP26例 中3例(12% ) にお い てHPV11が 検 出さ れ た 。 み れ ら3例 は 癌 と の関 連 の な い 症例 で あ っ た 。ま た , 癌 合 併例1例 でHPV16が 検 出 さ れ た 。ISHに よ る 陽 性 所 見tま ,RNase前処 理 に よ っ ても 滅 弱 せ ず ,DNase 処 理 後 のISHで は 消 失 し , 主 にHPV DNAと ハ イ ブ リ ダ イ ズ し て い る こ と が 考え ら れ た 。HP V6お よ びHPV18が 検 出 さ れ たIP症 例 は な か っ た 。 扁平 上 皮 癌 症 例, 鼻 茸 症 例 で はど の タ イ
っまり癌との関連がみられ たIP7例中2例(29%)にHPV16が検出された。癌との関連のない lPおよび鼻茸症例ではHPV16は検出されなかった。扁平上皮癌40例では4例(10%)にHPV16 が検出された。HPV18は,扁平上皮癌40例中1例(9.ぼめにおいてのみ検出された。IPの再発 例6例 中HPVが 検 出さ れた のは2例(3306)で あり,非再発例におけるHPV検出率(I50/0, 3 /20)との間には有意差 がみられなかった。またkoilocytosisはIP26例中5例に認められ,
またkoilocytosisとHPV感染には有意の相関がみられた。
本 研究 におい ては,ISH法またfまPCR法を 用いて26例中5例(19%)にHPVを検出できた が,欧米の報告例(57−76%)より頻度は低かった。子宮頸癌において,HPV感染率には地域 により差がみられることが 指摘されており,本邦にお いてはIPにおけるHPV感染頻度は他の 地域より低い可能性がある と推定された。しかし,koilocytosisが認められたがHPVが陰性 であった症例では,今回検索した以外のタイプのHPV感染による可能性もあり,今後さらに他 のタイプにっいても同様の研究が必要であると考えられた。IPにおいて免疫染色およびISH法 にて ,HPV抗原 およびmRNAは検出されず,ウ イルス蛋白の産生は少ない ことが考えられ,
他の乳頭腫病変と異なりproductiveな感染ではないこ とが推定された。またHPV感染と再発 との関連もみられなかった。HPV16,18は子宮頚癌で高率に検出され,癌化と密接な関連があ ることが判明しているが,IPの悪性化におけるHPVの関与にっいてはまだ解明されていない。
今回,IP症例においてHPV16が検出されたのは癌との関 連がみられた症例のみであり,HPV 16は本腫瘍の悪性化に関与 する因子のーっと考えられ た。また,PCR法によりHPV16,18が 鼻・副鼻腔原発の扁平上皮癌においても頻度は低いが検出され,その組織発生においてHPVが 関わっている症例があることを明らかにできた。しかし,これら良性腫瘍の悪性化ならびに発癌 の機序は,HPVのみならずさらに種々の癌遺伝子の活性化,癌抑制遺伝子の異常などが関与し ていることが考えられ,今後の検討が必要であると考えた。
口頭発表に際し葛巻教授 よりPCR法のプライマーの位 置による検出頻度の差,HPV33型の 関与,IPの多発性との関連にっいて質問がなされたが発表者はおおむね妥当な解答をしたと思 われた。また大里教授,葛巻教授より個別審査を受け,それぞれ結構の旨のお返事を頂いた。
以上,本研究は鼻・副鼻 腔inverted papillomaと扁平上皮癌の組織発生におけるヒトパピ 口ーマウイルスの関連を分子病理学的に明らかにしたものであり学位論文に値すると判断され た。