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多和本の祖本 山崎本 「昨日は今日の物語」古活字 十行本飜刻

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多和本の祖本 山崎本 「昨日は今日の物語」古活字 十行本飜刻

著者 深井 一郎

雑誌名 金沢大学語学・文学研究

巻 8

ページ 26‑35

発行年 1978‑01‑31

URL http://hdl.handle.net/2297/23717

(2)

さきに「国語国文」妬巻5号(通巻513号)に紹介解説した新 出の「山崎本」を、なるべく忠実に活字識刻する。各丁の切目・丁 数・表裏を『Lこで示した。改行は原本どおりとはしなかった。

また、漢字、仮名の字体は通行のものに改めた。ただし、仮名遣の

違いは原本どおりとし、誤字等には傍に(了)と註した。文字の 右傍にIのある文字は竺損で定かではないが.判読したもの Ⅲ別のある文字は、原本では判読不能で、多和本によって記したも のである。句読点は、すべて私に施した。各話の頭に付した算用数

字は、下巻のみの通し番号である。

1|ひてた、公より禁中様御作事の時、国々のにんそくともつ

いちまはりの松さくらのえたに、めんつうなとをひしとかけならへてをきたるを柳はらとの御覧して見わたせはやなきさくらにこきかけてみやこははるのこしきなりけり

2|くはんとうの事なるに、いまゐとのといふ人のむすめをかすか きのふはけふの物語下 多和本の祖本山崎本

「昨日は今日の物語」古活字十行本繍刻

とのへよめにとられしか、やかて其あくる日おくりかへざれし。い かなる事にやとLけおほつかなし。このときいち川ひせんのかみ

すゑとけてとてもいまいのむすめこに一夜のやともかすかとんなり

3|をたの信長殿ことのほかたいりさまをたいせつにおほしめし、

むら井しゅんちやうけんを御奉行につけられきんちう}」と一)とくみ

しゆりをなさる、・しかれはうつけたるもの、一一れを間て申やうは、

たいりざまの御ねんしやはむらいとのちやとい、〈。なせにといへは日にノー~たいり様のみしりをしに御出あるほとにざうかと思ふたLm

4|有人大}」くをつねにしんしまもりほとけと頼みょろつのもの、

11はつを、さ》けたつとみける。しかれともついにしんしやうおとろへてすみ所をさり、あしにまかせてたとり行ほとに一むらのさとのさし入にたかふたあり。たちよりみれはきせんをゑらはすのそみ来るものをむこにとるへしとあり。是日ほん一の事と思ひやかて此ふたをとり宿所にたつねゆく。そうしやをもつてかのふたをさし出す。うちより心得てしやうしいれ、いつくしきむすめをいたしきかつき

とりかはす。やうノーくれすきてL酵をくのまへ入まくらをならへ

けるか、今まてよるつのはつをき、け申にとてかの大こくをきよく

深井

26

(3)

門の口へさしよせければ、女一房はたまくきかと思ひこらへかねてしきりにもちあけてきよくもんのうちへいれ、これはもったいなしとてちやくととってみつしのたなにおさめ申、心しつかにかたらひひよくれんりとちきりけれ.は、やうノーーあけすきててうすにむかひかの大こくをきよめ申さんとてたつぬれともみえす。かいそへ女にとへは、それはほそきくちなはのとりつきゐたるあひた、あれなる草の中へ」”すてたるよし申。やかてたつねいたし見れはまことにく

!iちなはあり。此事ふしきにおもひあたりの人によそなからくわしくとひけれは、いままてにむこをとる事七十人にあまりたり。しかれとも二日もゐすかへる。それをいかにといへは、此むすめかたちはひ人なれ共一夜そへはおそろしき事ありといひつたへてむこにならんといふ人なしとかたる。抓は此女一房は大こぐのはうへんにてわれにあたへたまふそと思ひいよノー、たつとみけり5|さるくすしのところへおちの人子をつれて行てL封きのふの御くすりにて|たんとおなか心もよく候。その御かけんになされ下され候へといふ。くすし聞てそれはめてたい事さらは又あはせてまいらせうとて、くすりはこをとり出す。何としてかおちいのまへた一いたされた。此いしやこれにみとれてもちたるさしををきわすれてひたものたつねらる、。何を御たつねなさる、そといへは、いままてあつたをちいのものかみえぬといはれた6|ある人しうのこうしつへ御見まいに参り、さてノー~殿の御さられは御やかたあれて所々しゆりにL豹むかひ候をせうしやと申せは、その事よ-」れのかむさとしひろけておかれていま俄にすへうとしてもすへられぬと申された7|此ほと世上に手か、みはやりているノー、様々のこひつをあつめて、しるもしらぬもはんそふする。中にも杉近衛殿御しゆせき礎なるは有まひとさたする。もんまふなるものさし出て申やう、それほ とよき御てを、なにとてちよくひつにはなされぬそや。た、したいりざまもへんしゆかと申た8-あるてらに名作の大こぐのあるよしをき、およひL輔さるたんな参り、き、およひ候せひ御みせ候へといふ。はうす聞てめいわくけなるていにて、中々我らことては御座有まいといへ共べよく存て(マb〉候それかしはひきしきをたんなにてよの人とはかはり申候せひ辻〈にといふ。さらはちからをよはぬとて日ほん一の女一房をよひ出す。たんなきもをっふし、いやノー此事てはおりないほんのお大こくをといへは、抓々よく御存候内々ほうちやうさま御ほしかり候ゆへふかふかくし申せとも御めにかけふとて又うつくしき女およひ出して、これかいのちもろ共ちやL”あさましき事とおほしめせ、;御ほんそん此ほかをりないといわれた9|さるてら、参りけるに、うつくしきかしきの御座あるをみて、抓もうつくしき御わかしゆきまかな、たれ人の御しそくやらんとしんほちにとへは、あれこそ大さかにてれきノー人の御子にて候へといふ。まことにさやうにみえたとてもの事にへ、をつけてほしやといふ。しんほちき、て長老もつねノーさやうにおほせらる、と申た、一御ちこさまひざノーざとに御とうりう。法印様よりL蹄御見まひとして三位に御ふみをつかはきれ候・そのふみのもんこんにいるノーさまノーのおもひふりなるふんていの中にそもしなかノー御とうりうにて此ころはをにやけにかつへ、なに共めいわく申とくりかへしノーあそはしけるを、わきあけの袖からおとされければ、ちこの母これをひろひて右のもんこんふしんにおもひちこにとひけれは、山のならひにてさけをおにやけと申ならはし候とのへられた。は、おや聞てそれはやすき御事とて、しんしやうにもるはくたるを十はかりよういせらL、れた。さて三位まかりかへるとていとまこひに出る。さてノー~御しんらうやまつノー一一なたへ御あかり候へ、

-27-

(4)

ちとおにやけをまいれとてひたものさけをしいらる.。すこしもたへい、|ゑん下戸にてくたされぬといへは、それはのこりおほき事や、さらはおにやけのみをまいらせよと申されたu|御わかしゆ様御すかたと申、御こころつかひと申、まことにの(マc)こる所もおりない。されともよそへ御出あって人のかたなわれさしつ⑲み大こによらす物にしろさしをなさる、。是一つか何よりきっちゃ、L財きやうこうはよくノー~御たしなみ候へといふ。若衆きこしめし抓々くわふんなる御いけんちゃ。今よりのちはすいふんたしなみ申きう。まことにかやうの御いけんは干貫てもかはれまいと、やかてくはせた血一山寺のほうしねんころなるたんなの参りたるに申やう、此ほと(マ、)はちとさんノー~にはつ卿らひおにやけにかつへめいわくいたし候とかたられ候へは、たんな聞て尤をたうりや何とそたくみしりのはりかたをしてしんしやう申きうといへは、はうすまんそくしてそれは何よりの御心さして御座らふせひ共L師たのみいると申されけれは、とてもの事に御このみ候へいかやうにもこのみ次才に仕しん上申さ(マ、)うといふ。坊すまんそくして一段くはんふんに候なりかつか‘かはまかせ申、た、しあちをはへ、のあちのことくにとこのまれた狙一ふたうなるものざるわかしゆをむりにをしつけてたしなませて、のきさまにおにやけをゆひにてひたものくしる。これはなに事そらうせきなるしかたちや、こんこたうたんの事とてはらをたつる。か

のらうせきものちつともかまわす、是ほとあちのょひL荷事はふし

きちや中にけつひかあらふといふたu」わかしゆのすかたを見て扣々うつくしき事やとてしみノー~とほむる。しんほちこれをき、おほせのことく御かたちはてんか一なれ

とも、おにやけはしゆ})ふにうちやといひけれは、又そはなるはうすのいわく、いやしゆこふ入ても御座らぬけな、なせに、さいノー~ ふひやうかいつるほとに巧一ある若衆ねんしやどれて、とりはすひてけかをして、さらぬていにて、さてノーなれなしみの中ほと有かたき事わ御座あるまひ、

いまのやうなるけかをL両いたしては、はらをきりてもあかね共、

なしみゆへに何共そんせぬとおほせけれは、ねんしやうけたまはり

さてノー~かたしけない左様におほしめし候へは、しやうノー~世年腰)

すれかたひ事ちやといひもはてぬに、又石ひや程なる事をせられた。

ねんしやはなをふきき、かさねノー~くはふんなとふたれと思ふ

ま、むせられた。焔|あるわかしゆ是もねんしやのふところにてすいとやられて、なにとそして此にほひをさりたさにものかたりをしかけて『さてざんわふまつりを御覧し」財たるか。いやまた見申さぬといふ。さらはひやうしふんてきかせ申さうとて大みやのはしはのんのやノー~さんわふまつりすこノー、すこや。このひやうしにてくたんのいきを

ふるひ出す。ねんしや聞て抑もをもしろき事や。さりなからまねさへこれ程くさひに、ほんのはあたりへよられまいⅣ|かうやひちり、さるわかしゆうにほれているノー~に申せ、共、つゐにとうしんなけれは、あるとき道にて行あふて、ざても此中いるノー~申に御なさけない、いまからまい年こきに心つけをいたさうかそれL帥てもいやかといはれた肥’ちゃうらふさまへ与六太夫殿のお内儀の御見まひにさせんまめをもたせて御参りなさる、。おりふし御きやくありてきや~てんに御座ある。しんほち参りて長老様与六大ゆふとのお内儀めこれをもって御参り候とてゆひにてかの物をつくりてみする。ちやうらふ御らんしてさてノー~にくいやつちや人中にてざやうなる事をするものか、さたのかきりくせこと、けふよりしててしともおもはいそ、ししやう共おもふな、はや〃r~まかり出よといふま、L財に、かふま

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(5)

のりけんひっさげおひいたしたまへは、たんなしゆあつまりてせうしなることちや、なに事をして御意にちかうたるそ、申なをしたいとてしんほちにとへは、いざ、かはらのたつほとの事ては御座ない、

一一れをしたとてしかられたるとて、又くたんのてをしてみすれは、たんなしゆ是を見て、それをしたらは申たりとも御せういんあるま

ひ、それはさたのかきりとてとんしやくせなんた四一おちこさま、ほうゐんさまはといへは、しふつたうにかきして

御さる。かきとは何ことそ。ひたるざにL”かん共きんともはねら

れてこそ加一ちこ、そんのほかにもちをきこしめし、俄にはんねつしてめいわくなさる、。ちとうちのくつろぐやうにくすりをまいらせうといへは、くすりやゆかくちへいるほとならは、また一つももちをこそくはふすれとて、かたいきになっていられたⅢ|ゑんりやくしのこほうしか御ときすきて山へ木のはかきに行と

て、御ち一)さまのちうしきをせんたなにあけてをき、そのしたに})

ほうしかひるめしもおひて、さてやまよりかへりてみれは、御L肘

ちこさまの御せんもあかりわかめしもなひ。ふしきに思ひおち一」様にたつね申せは、まことにそれはおしるかと恩ひてあこかめしにうちかけてくうた犯一ゑいさんのこ法師、山へゆきざまに、おちこさまこ、におひる

か御さるそ、九つをうったら})しめせと申をいてやまへゆき、やかてかへりけれは、やうノー四つ時ふん膜はや参りたるあとあり。ふしんさEとひ申せは、はや九つすきたるとおほせらる。・た、いま四つをうちたると申せは、されはこそ、けさいつ、といま四つと

は九つてはなひかとおほせられたL町

(マb)泌一あるわかしゆもってのほか御はっ鰯らひにて、いまをかきりとみゆる・ねんしやのなげきかなしむていは、まことによそのたもとも ぬる、はかりなり。とかく此ふんならはほともあるまいとてさうれいのこしらへする。ねんしや申けるは、それかしつねノー~二世まてとちきり候、此たひ御とも申へしとてくはんを大きにこしらゆる。抓ほとなくわかしゆはて給ふ。ねんしやのしんるいともいるノー~いけんすれとも、中々是程人もしらぬさきにこそ、今さらわれらとり

みたし候とも御しかり候てこそまんそくにてL嘘候へとて中々き、

もいれす。抑われとかんへ入、とりへのへおくりいんたうすきて火をかくる。其時くわんの中よりかうしやうに申やう、いかにめん/~ちとふたをあけてたへ、申たき事かある、先火をけしたまへ、おもひきつたる事なれは、いのちはつゆちりともおもはい、けふりくさうてたまらぬ、まつせうへんしてから心しつかにいひこんせう型―うとくなるものにはかにやまひつき五六日すきてさんノー~よはりめをまわす。しんるい共めいわくしてくすしをよひて、まつきつけをあたへけれは、」、ひやう人くちに手をあてのむましきていをいたしけれは、みなノー~せうしやなにのふそくかあってまいらぬそ、もったひなやとこかれけれは、女房つれの心をしって此くすりはみつからかおちの御ふるまいにて候といへはそのとき口をひらきける溺一有人ふへんして家をすて、らふにんする巧ぞ、かとはしらにくわうていのしんかとかきつけてをく。見る人ふしんしけれは、さる人これをみて尤とかんしける。心はいかにといへは、くははその身

のてきにあらすや、そふして人わ其ほとノーにかまへL画きらんは、

つゐに域たれもくわうていのしんかたるへしといわれし加一ある人つ、みをすき、こ、かしこに神事のふなとあれはさし出て、日々にゆさんのみにてくらしけれは、程なく親の得させたるたから共をみなうしなひ、俄にきやうらんして人にけんくはをしかけてさん!~てをおひ、かのつ、みをうつ事もならす、をのつから内にのみいていとなみをはけみけれは、ふたたひとみさかへけり。た

29

(6)

、をよはさる事に心をかくるは我身のてきをもとむるににたりL函

汀一ある人もんまふにて、くはふんのしよりやうをたいくわんするに、竹をきざみ十石百石をは、たけの大小にていかほとのさんようおもすましけれとも、少もちかふ事なし。その子おやのまねをして、たけきれをあつめてきざみをすれは、おやかこれを見て、干松ょてならひするかてをきるなといふた泌一ある人れきノーさんくわいの中へ、下人かしやうをもちてきたりけれは、さかさまにとってよみたるかほにてくるノー~とまひて、

此ほとすちけにてものかく事かならいとて、人をたのみか、せ、も

んこんL塒をこのむ。いかに徴あけてあそはせとて

先度之御ふみ御はいけん申され候ちとノー御ひまに御たきやうまち入候かしぐとか、せて下人にわたし、さてもとの座になをり又右のおりかみをさかさまにとりなをし、つくノーとみてたうせいはふみのくちにはんをする事かはやりものちやといわれた(マも)羽をん国のさふらひはしめてしやう心わくして、まつ禁中をけんふつにまいられける。おりふし御くけとのはらまりをけいこせられけるか、何とかしてLmか、りをこし、ついちのそとへおつる。こもの中けんこれを見てこ、ろへたるといひさまに、やりの石つきにてつとんとつきとめた。しゆしんこれをみて、心かけはよけれ共かひとりちやとみえて、とやかしてあるに、いけとらんすものをといわれた加一しゅんれいとはちひらきね物かたりに、しゅんれい申やうせめててんかを三日もちたい、さあらは国々のつしたうのいたしきをたかノーとつくらせて、ゑんの下にゅるノーとねたひといふ。きやくそう間て御身は召のふかくこにて其としまて、くにL胸をかそへて

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(7)

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ひのないふをあらもて

のしるをは、このあまかとりをこなふ。ある年又いつL流もの}」とくふしんするに、あま何とおもふてやらん、しるをいたさぬ。引せつノー~つかいをたつれともとんしやくせぬ。くせ事とて、ときのたい

くはんとのへそせうすれは、やかてめしいたされへまいねんの事を何とておこたるそとおほせけれは、其御事にて候、いつもはわれらかまへをつかせらる、ほとにしるをいたし候、当年はわれl~てん地よりし物かたきれ候て、となりのけの、フヘをつかせらる、に、何(マ℃)とてわきしるをいたし候はんや、おほしめしはけ、われ候へと申けれは、上下大わらひにてはてたL町犯一ある出家をもひよらすけいせいまちをとをりけれは、やかて衣の袖をひかれ、せひにおよはすしうけんつとめ、出ざまにふせにとりたる一つ、みを、これしきなれ共といへは、いやノー~けふはわれl~おやの日にて候ほとに、それまても御さらぬといふ。坊す間てこれはなによりのおけちゑんちや、さらはけさかけて仕らふものをといわれた羽一又さる出家これもけいせいに引いれられて、是はめいわくノー~といふうちに、何とやらしてのき様に、れいもついかほとそといへ

は、けふは心さしの候、御L、わすれなくはまひ月御出候へといふ。

それは一段とありかたく候、ねんころにゑかふ申さう、又らい月は御たひやからまいらふとくれノーやくそく伽一六条の御文せきにのふのあるとき、けんふつの中へまんちうをいたさる、。さふらひ衆うけとり、ちからにまかせてしはいへまかる、。なにとかしてついち左うちこえてまち中へおつる。おりふしたんは山かのものはしめてしやうらくして是をひろひ、さてノー~ふしきなる物か天からふったるそとて、はうはひ共をよ『うてみすれは、これは天人たまことみえた、いまL噛むまれたかしてあた、かな、まつあた、めてかひをわらせよ。さいしよ・ヘかへりわたにつ、み、

-31-

(8)

ざまノー~して山江日すきてみれは、あをくなりてむくノー、とけかはゆる・中々これは天人のたまこて世ないそ、むくりこくりの子てあらふといふ。さあらはかひをわらぬさきにころせとて、三人はりに

十四そく大かりまたて、まん中をつんといきり減れは(脱文か)一一

そ申さぬか中にくろちのかたまりか有といふた坦一有人うつくしきかつしきにうちこうくうたを上うておくらる、L噸きみをのみこひ})かれつる手すさみにかと田にいて、ねせりをそつむ(マロ)かつしき此うたを得て詠れんくにて返してもいかかとおほしめせ赴く、歌のみちはおほつか無とて、さる人にたんかふし給へは、そのはうわしれん句をなされ候ほとに歌もなり申きう、作意はいつれのみちもをなし心にて候、ことはのえんつ、くやうにあそはし候へとあら

ノー~申されけれは、さてはへちの事もあぎ十なとて返し

われしらみふなあふりさきあしもちりL耐せとのはたけてこはうひきぬくきみをのみにわれしらみこいこかれつるにふなあふりさき此ことくついくつけになされ候事、たんかう人の不念にや、た、ししゆこうなをあるへきに⑫’ちゃうらうさまもってのほかの御わつらひいまをかきりとみゆ(マ・)る。てしたんなんよりあひ、さてノー~御いたはしき事や此うへはとくもくすりもいらぬとて、さけとざかつきをまくらもとにをき、こ

れノー、めをあけて御覧候へ、いつもの御すきの物にて候L”といへ

は、きっとみてへ、かとおもふたといわれた蛆一あふみのよこわたしにてしよ国のものふれにのりいるノーの物かたりする。中にもわかきもの、申は、女一房のまへのくさきものかか》7の物をつけたれはくさうて一ゑんくはれぬといふ。ふれ中のもの共、それはくさいかちやうちやとめんノーにいふ。せんとうこれ

し47す御てわへあとふかへ46る此いに45はまて44くよを は-御さいいひりほれlま参一寺坊とて-な!')行一つせ聞 い御ふんてちきかついへりあ二よ主をらひにて。あけ女て

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-32-

(9)

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ろかねこかねのまるうちにしてまいらする。これをかつしき御らんして、’たんうつくしけれ共おもうてふられはせすいらぬものちやとてすてさせられた。それはをしやとこへ、めんさうのまん中へ蛆-ていあんのたん儀に、今日はひかんもみて、候、此ほときとくに上らうしゆうもお参りなされて候、しかれはみたによらいの御せいくはん女人しやうふつのきた申そう、た、しれんころに申せはた

ん儀かなかふなる、又あらまし申せはちとみ、とをきL錨事なり、

何とせうそ、かたノー~ののそみ次汁にいたさうとおほせけれとも、たんきの事なれは返事する人もなし。ていあんのいわく、上らう衆はなかいかすきかみしかひかよひかとおほせけれは、女房衆一度にくつノーとわらひたまへは、ちやうらふきっとにらみつけて、それ

はみなのきのやりやうればすいと申された

⑲一おこうさまよめいりして十日ほとすきておちの人をめして、な(マ、)ふうはこれの殿のしちのあとになにや.わんあるかあれは何といふも

のちやそ。それはおL翫共のしゆうちやといふ。お共ならはちとよ

ひ入てふるまひたひかとおほせらる、。御よひ候てもうちへはまいらぬといへは、かまいてうそをいふて、そちへよんたらか、さまにいふてなつをんをひかようそ

卯一ゐ中しゆうひさしくさい京して国もとへ下とて山崎のしゆくに とまり、扱々京にとうりうの間めつらしき事もなくまかり下候事無 念に候、せめて}了もとて一あそひせうといへは、尤とてやかてて

いしゅをたのむ。ていしゆ間ていまほと一」、もとはつとにて候へ共、

さりなから人のよめむすめL輯をさいかくいたさうといふ。それこ

そのそみなれいそきたのみ入。心得申とて出・しはらくしてかへり大かたけいやくいたし候か一人たり申さぬ、こ、にさる人の後家このはとあまに御なり候これはいかか候はんといふ。それこそ日ほん 一なれ、御いそき候へといふ。さあらは火をけしいかにもしのひや(マn〉かにして御まち候へ、こなたか鰯ら一人つ、はたし申さうとて、四つ時ふんにくたんのてはつにてわたす。先うけとりざまにかみをなて

、めんノーにしくみ、扱あかつきみな返し夜あけて其宿を出。みちに

ていL”つれもふき明んなるかほなり。中にも一一さかしき男か申や う、なにさま今夜のあまはたれの御うけとりそといへは、其事にて

候、|はんにいたしたるかひくにてあったといふ。いや一一はんめもそちやといふ。せんさくして見るに一人もかみのあるはなし。七八十なるふるひくにはかりなり、みなあきれたm|ある人子をまふけてさてノー~めてたいことや、しかもよい子や、かみかくろひのいるかしろひ事のとてよるこふ所へ、となりのめうきいこしをか、めてきたり、やれノーーめてたひとて、あからふとし

てもL鍼ゑんかたかさにあかりかねて、これにはこえんかなふてあ

かられてこそといわれた

兜一有ちこ花見に行とて、うつくしきはしを-せんこしにさひて御

出なさる、。後見の法印これをみて、言語道断やと目にかとをたて、にらむ。ちこのいわく、何と御にらみ候てもあこか心によしみつのわきさしよりたのもしひ

囲一あるもの女を人にぬすまる、。ともたちこれを聞てさたのかき りちや何とそしてみあらはしほんまふをとけいといふ。心得たると

てあるときよそへゆくL鞆ていにて物滅けにか、みまつ所へあんの

ことくまおとこきたり、様々ちけいのあまりにたかひにねふりあふ。先男のをねふり扱おんなのまへをあけねふるとてあまりくささにはなのさきにてなつる。女はらをたて、いまのははなちやといふ。いやくちちゃといふてそうろんするをき、、おとこよくふしあながら見て、とちのひいきてもおりないかいまのははなちやノー弘一また右のことくねふらすはいやといふ。さらはとてゆひにてく

-33-

(10)

しり、そのゆひをのけよのゆひをねふる。L財かのうつけもの是をみて、をんなともぬかるな、ての内にぬきか有そ弱一をんなはかりすいて一ゑん若衆のみちをしらぬ人あり。はうは(マ、)い北〈申やう、哩風所はてんふやちんちやおんなはかりにすいて、ざためていままてに、わかしゆのおこないやうおもしるまひといふ。その事ちや、つゐにしらぬ、さりなから人のするをみてあるか、ふしきな事ちや、何やらひたものとってくうたか、何ともかてんかすまぬといわれた

記一ある人ひることをせうとおもひ、+はかりなる子をL獅あそひ

にゆけとていたせは、さいノーかへる。おもひ出したる事ありとて、めをとなからおにのめんをかけてするを、かのわやくものか是をみて、千松も石千代もみなはやうをちや、物みせう、こちのなんとにおにかへ、するをみせう師一はくちにうちまけてまるはきにあふて、わかうちへかへらうや(マ・)、7はなし、あまりさむさにつしたうののゑんの下へはいる。おりふしゑのころか一疋いた、これ日ほん一の事と思ひいたきちとあた②

まる。又あとから一人来る。たれそといへは是もはかれてL錨ふる

ひノー~きて抓々此ていならは一}、ヘしいるかめいわくや、うつまいものをとてこうくわいすれ共かなはす。さてそれはなにそととふ。その事ちやこれかいままてたすけたといふ。それはうらやましや、ちとかりたいといゑともかさす。さらはそれかけに一はんまひらうといへは、さいかあってこそといふ。それはたしなふてもつたると(マ、〉て、かみのはけめからさい二十ほととりいたしける:記一御ちこさまへねんしや何にてもしんしやう申たひとて、いろ〃r~

さまノーの物を御目にかくれ共御意」豹にいらす。あまりきよくも御座なひ事ちや、せめてたんしやくす、りをしてしん上申さう、た、し御相口の人をたのみ御このみ候へと申せは、それははもした、 むようとおほせらる、。くるしからぬ御事と申せは、さらはとて御ちうもん-す、りはこのたけ、下へたんしやくの入程にlは、は其かつかうにして、うちそとなし地一日のまるを三はうへか、るほとに、きんにてかなかいに入

一水入はしろがれにてうさき、た、しこれは見L函ものにて候ま、

いかたむつかしくはむくに、みすのいらざるはくるしからす候へい上.はしめのしんしやくとちかふて、手おもなるこのみにて、ねんしやあきれはて‐られた閉一ある人きよら‘ふしてさんノー~かんしよくおとろへ、いしゃにあふ。やかてみやくをとりてこれは大事の御わつらひちや、|儀をあ(マ、〉まり御すこし候ゆへとそんつる、た、しいまからもくすりを参りて、ちとよきとてゆたんなされな、とくたちかせんちやとてひたものくすりをあたへ、ちとみやくかなをりたる」”とていしやもまんそくして、いよ’~せいをいたしてさいノー、兄まひ申されけれは、あるときひる事をしてゐられた。くすし是を見て〈さたのかきりちや、これはとにしたてたるに、いらざるしんらうしたとて、もってのほかはらをたつる。ひやうにん聞て尤のおはせにて候へとも、あまり口かあしなさに帥一ある人しやうるりをすき?あけくれかたる。花のやうなる御すかたのかれうひんかの御こゑのと様勾けつこうにいふを、女房つれノー~ねたましく恩ふ。あるときおひをぬへといひつくれは、御身か

いつもL聯ほむるしやうるりめにぬはせよといひさまに五けんほと

とってすてた。となりのもの申やう、それは五百年さきの事をいらざるりんきちやといへは、千ねんてもいふすちならいはいては「皿一上京に平林といふ人あり。此人のところへゐ中よりふみをことつかる。此ものもんまふにて名をわすれて、人をたのみよませけれ

34

(11)

住たいらりんとよみ又有人はひらりんとよむ。いつれも右に聞たるやうにないふしきなとて又有人に見すれは、一八十にほくノー~とよ

む。此うちははつれしとて、のちにはこのL鞆ふみをざ、のはにむ

すひつけて、かつ一一をもとめてひやうしにか、り、たいらりんかひらりんか一八十にほくノーーとはやし事して、やかてたつねあふた。とかくによみかきほとぢようほうはない。わるうもようたるゆへにたつねあふたれ囲一ある人せう巴所へきたり、われらあまりむのふに御座候間何そちと心かけ申度候、いしゃかれん歌をのそみにて候、御たんかふ申、御意次汁にいたさうといふ。せうは聞て、それはきとくの心かけに

て候、二つの内にてはれんか、ましてあらふかと申された。L輯そ

れよりせうはのさしつにてれんかするとて儀々めく。ある人せうはへ申やうは、いはらやの無心は貴老御いけんとてれんか仕よし申候か、何とおほしめしいけんなされたるそととふ。せうはのいわく、其事にて候、いしゃかれんか二つのうちを、われらかさしつにまかするよし申され候ほとに、あれほとふさぐにてくすしをいたされ候は、、人たれかあるまひ、せめて連歌にては人をころすまいと存て閖一ある人若衆にいるノー~の物をしんしやうすれとも一つも御とり

なされぬ。ある夜ねものかたりになにL池にてもしんし申たいか、

我ら道具の内御のそみ侯へといへはわかしゆうきこしめし、ほしき物もあれと、はもしノー~とおほせらる、。!くるしからぬ御事せひ御申候へと申せは、さらはそもしのせなかにかき申さうとて、ないノー~よしみつのわきさしか家のちうたいにあるをよくしりて、うしろへまはりよしみつのわきさしとかくを、あらこそはやノー~とてや

減てまきらかひた。抓々おそるしや、まん一」かたまの事おもひ出し

“一四十五になるむすめをはしめてよめ-人さするとてL池おやのけ

て其後申入なんた うぐんに、かまいてうちてのやうに大こゑにて物いふな、ょめすみなとはいかにもしんしやうに、うぐひすのはつれのやうにほそノーとしたるこえせよとて、くれノー~いひふくむる。ざてよめいりして(マb)あけの日、よひにくふたるなつけのあちのかんみをはすれかねて、

しうとのきくやうに仏挿←きくわふといふ。しうと聞てさてノー~

|けうものちやとおもふて、なかノー~としたるものをすへけれは、又うぐひすのとひなきに、き、ききってノー~といふ口もとしほら

しき事おもひやられたL”

閖一くろたにから京へまい月ときに出る坊すありP正月十日にかな

や長春所にて大酒をしてかへりに、道にて田の中へ一一ろひけさころ

‐勺も小袖})とノー~くよこし、やうノー~下人のかたにかさりてかへり

ゑひさめてから、抓々よしなきさけをしいられて、。の一」とくそんをするとて事のほかうらむる。籾ほとなく二月に又さけをしいらる、。その時かのこものまかり出、先の月も御しゆかすきて道にてころはせられ、御いしゃう共みな御よこしなされて候、ざのみ御むよ

うと申せば其儀ならは申まひとておきL強めてとる。きてかへりざ

ままへのところにて、またころひ})ものにひきおこされて、なんちよくきけ、正月にはようてころふ、けふはよはねところふ、これみなせんせのきたまり事なり、きやうこうは、そはからさけのしんし

やくはむようと申されたL秒

(金沢大学教授)

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参照

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