• 検索結果がありません。

『古今和歌集序鈔』(小幡正信注)翻刻

N/A
N/A
Protected

Academic year: 2021

シェア "『古今和歌集序鈔』(小幡正信注)翻刻"

Copied!
111
0
0

読み込み中.... (全文を見る)

全文

(1)

『古今和歌集序鈔』(小幡正信注)翻刻

著者

伊倉 史人

雑誌名

鶴見大学紀要. 第1部, 日本語・日本文学編

57

ページ

575-684

発行年

2020-03

URL

http://doi.org/10.24791/00000885

Creative Commons : 表示 http://creativecommons.org/licenses/by/3.0/deed.ja

(2)

『古今和歌集序鈔』 (小幡正信注)翻刻 五七五 ここに、鶴見大学図書館蔵『古今和歌集序 鈔 ( 1 ) 』と岡山 大学附属図書館蔵池田家文庫蔵〔古今和歌集序注〕とを 翻刻する。 両 本 は、 『 謌 林 拾 葉 集 』( 天 和 三 年 〈 一 六 八 三 〉 、 大 坂 上 田兵左衛門、同荻野八郎兵衛刊)の編者として知られる 小幡正信による序注の伝本である。現時点では、他所に 所在は聞かない。 本 書 の 成 立 は、 引 用 さ れ る「 五 音 連 聲 」「 五 音 相 通 」 に 宝 永 元 年 ( 一 七 〇 四 ) 八 月 の 正 信 の 奥 書 が あ る ( 2 ) こ と か ら同年同月を上限に、鶴見大学本が書写された正徳二年 (一七一二) 一一月一七日の間と推定される。 江戸時代中期の成立の注釈書ながら、小幡正信注の価 値をためているのは、引用される中世期成立の諸注の豊

『古今和歌集序鈔』

(小幡正信注)翻刻

 

 

 

富 さ、 希 少 性 に よ っ て で あ る。 す な わ ち、 「 為 家 卿 宗 尊 親 王 江 相 傳 之 古 今 の 注 」( 古 今 為 家 抄 )「 浄 弁 聞 書 」( 浄 弁注) 「一條禅閤兼良公童蒙抄」 (古今集童蒙抄)等よく 知られるものから、 「慶運法師為秀卿古今傳授」 「東野州 宗 祇 へ 相 傳 古 今 三 説 」 等 の 未 詳 の 注 釈 書 を も 含 ん で い る。就中「兼好法師が古今鈔」は、大阪青山歴史文学博 物 館 蔵 伝 兼 好 筆「 古 今 和 歌 集〔 序 注 〕」 と の 一 致 が 見 ら れることで度々注目されてき た ( 3 ) (但し、現在では兼好の 注ではないことが明らかになってい る ( 4 ) )。 今 回、 両 本 を 比 較 で き る よ う 翻 刻 す る こ と に し た の は、本文の異同が多いこと、また双方ともに誤脱の箇所 が少なからずあり、互いに補完できると考えたからであ る。

(3)

五七六 本稿では、以下に両伝本の書誌を記すに留め、詳しい 考 察 に つ い て は、 別 稿「 『 古 今 和 歌 集 序 鈔 』( 小 幡 正 信 注 ) に つ い て 」( 國 文 鶴 見 第 53号・ 令 和 二 年 三 月 ) に 譲 りたい。 [底本書誌] 鶴見大学図書館蔵『古今和歌集序鈔』 袋綴・一冊      正徳二年 (一七一二) 義孟写   茶 色 表 紙( 二 六 ・ 七 × 一 九 ・ 八 糎 )。 左 肩 金 泥 羽 毛 文 様 斐 紙短冊「古今和歌集序鈔   全」 。内題、 「古今和歌集   紀 貫 之 撰 述 」。 料 紙、 楮 紙。 四 周 単 辺 有 界( 一 七 ・ 九 × 一三 ・ 三糎・朱色) 。毎半葉六行、字面高さ約一七 ・ 八糎。 但 し、 欄 外 に 細 字 に て 諸 注 を 引 用 す る。 墨 付、 五 一 丁 (最終丁は後表紙見返し) 。奥書は翻刻を参照。 岡 山 大 学 附 属 図 書 館 池 田 家 文 庫 蔵〔 古 今 和 歌 集 序 注 〕 (貴/H/4) 袋綴・一冊     宝暦一二年 (一七六二) 伝藤姫筆 黄土色地青海波鴛鴦文繍裂表紙(二七 ・ 三×一九 ・ 二糎) 。 題 簽 剥 落。 見 返 し、 布 目 地 金 紙。 内 題、 「 古 今 和 歌 集   紀 貫 之 撰 述 」。 料 紙、 楮 紙 打 紙。 毎 半 葉 八 行、 字 面 高 さ 約 二 一 ・ 七 糎。 墨 付、 一 二 四 丁。 奥 書 は 翻 刻 を 参 照。 印 記、 「本池/田家/藏書」 (正方形朱印・1オ) 。「岡山/ 大 學 / 圖 書 」( 正 方 形 朱 印・ 1 オ )。 桐 箱 入。 蓋 の 表 に 「古今和歌集   全」 、裏に「寶暦十二壬午年十月/藤姫様 御 筆 」 と 墨 書。 「 藤 姫 」 は 福 岡 藩 主 黒 田 継 高 女( 享 保 一 三 年 〈 一 七 二 八 〉 〜 寛 政 六 年 〈 一 七 九 四 〉 )、 岡 山 藩 主 池 田 宗政 (享保一二年 〈一七二二〉 〜宝暦一四年 〈一七六四〉 ) 室。 (注) ( 1) 片 桐 洋 一 氏「 架 蔵 和 歌 関 係 書 目 録 」( 和 歌 史 研 究 会 会 報 第 40号・ 昭 和 四 五 年 一 二 月 ) に「 古 今 和 歌 集 序 鈔   1 冊   写 本 / 正 徳 写 」 と 見えるのが現鶴見大学本と考えられる。同氏「古今集注釈書の展観」 (和歌史研究会会報第 85号・昭和六〇年八月)にも掲載。 (2)早く西下経一氏( 「兼好法師が古今鈔」文学・2― 1・昭和九年一 月)によるに指摘がある。

(4)

『古今和歌集序鈔』 (小幡正信注)翻刻 五七七 (3)片桐洋一氏「兼好の「古今集注」をめぐって」 (『中世古今集注釈 書解題』三上・昭和五六年八月・赤尾照文堂) 。 米 田 真 理 子「 兼 好 と 古 今 集 注 ︱『 徒 然 草 』 第 二 百 十 段 の 解 明 の た め に 」( 『 日 本 文 学 史 論 ︱ 島 津 忠 夫 先 生 古 稀 記 念 論 集 ︱・ 世 界 思 想 社・ 平成九年九月) 。 同「 『 伝 兼 好 筆 古 今 和 歌 集 注 釈 書 』 の 伝 来 と 享 受 」( 武 庫 川 国 文 代 五一号・平成一〇年三月) 。 ( 4) 拙 稿「 為 重 注 と 兼 好 注 ︱ 南 北 朝 期 の 二 つ の 古 今 集 注 釈 書 の 関 係 について ︱ 」(和歌文学研究第 109号・平成二六年一二月)で、為重注 (東海大学付属図書館桃園文庫に自筆本あり)と兼好注が同内容の注 であることを指摘し、二条家の者による注と推定した。 [凡例] 一   鶴 見 大 学 図 書 館 蔵『 古 今 和 歌 集 序 鈔 』( 正 徳 二 年 〈 一 七 一 二 〉 義 孟 筆 ) と 岡 山 大 学 附 属 図 書 館 蔵〔 古 今 和 歌 集 序 注 〕( 貴 / H / 4・ 宝 暦 二 年 〈 一 七 五 二 〉 伝 藤 姫 筆 ) と を 底 本 と し、 紙 面 上 段 に 鶴 見 大 学 本 を、 下段に岡山大学本を翻刻した。 一   翻刻に際しては以下の措置を施した。 a   漢字、假名ともに通行の字体に改めたが、 「哥」 「聲」 「傳」 「辨」 「广」等の異体字は多くこれを 保存した。 b   誤写、誤脱と推測される箇所には「 (ママ) 」と 傍記した。 c   脱文があると推測される箇所にはゴシック体で (※脱文欤)と注記を挿入した。 d   判読不能の文字、PC上で表示できない文字に ついては、■を置いて、 「(判読不明) 」「※穴冠 +⼈+ヰ」等と注記した。 e   朱で記された本文(岡山大学本は真名序の本文 を朱で記す)は、ゴシック体で表した。 f   鶴 見 大 学 本 に 存 す る 墨 合 点( 和 歌 等 ) は「 \ 」 で示した。 岡 山 大 学 本 に 存 す る 朱 合 点 は「 \ 」( 六 義 等 )、 単線の朱引( ⼈ 名・国名等の中央に引く)は右 傍線、二重線の朱引(作品名等の中央)は右傍

(5)

五七八 二 重 線、 単 線 の 左 傍 朱 引( 官 職 名 等 の 左 に 引 く)は左傍線、二重線の左傍朱引(元号等の左 に引く)は左傍二重線で表した。 g   鶴見大学本は、仮名序(一部真名序も)本文及 び注文の上部等に、諸注を細字で記す書式を採 るが、岡山大学本の本文との比較しやすいよう に、すべて本行化した。また、同様に両本の同 じ項目を上段、下段の同じ位置に配するよう適 宜改行を加えている。 [附記] 翻刻を許可された鶴見大学図書館、岡山大学附属図書館 には深甚の謝意を表します。

(6)

『古今和歌集序鈔』 (小幡正信注)翻刻 五七九   [鶴見大学図書館本] 古今和歌集 紀貫之撰述 一此集を日本にて和哥勅撰の第一とするは、是より先萬 葉 集 ( ※ 脱 文 欤 ) は 勅 撰 の 集 な ら す、 故 に 此 以 古 今 集 を日本第一の集と云、 萬葉集は聖武帝之時、勅によつて橘の諸兄公撰集之 由は俊成卿古来風躰にも有、故 ⼈ 々の説同しといへ とも、萬葉之哥諸兄公薨去の後の哥数多有之、又嵯 峨帝之萬葉の序にも、長田王を伊勢の斎につかはし 給迄の哥を入りと遊はしたり、此集、長田王、伊勢 の斎宮へつかはされたるとき迄の哥は万葉集第一巻 の終也、又源氏物語の梅枝巻に嵯峨天皇のかゝせ給 へる万葉集四巻と有、されはかた〳〵万葉集、實説 難 シ レ 決、 今 の 万 葉 集 は 二 十 巻 な り、 太 秦 顕 照 法 師 の 曰、万葉集は中納言家持卿作といへり、是もさにあ ら す、 萬 葉 集 十 九 巻 の 詞 書 に 此 巻 の う ち 不 レ 備 二 者 名 字 一 徒 録 年 月、 所 處 縁 起 者 皆 大 伴 宿 禰 家 持 裁   [岡山大学附属図書館本] 古今和歌集序 紀貫之撰述 一此集を日本にて和哥勅撰の第一とするは、是より先 万 葉集 あり、しかれとも 万葉 は勅撰の集ならす、さるに よ り て 此 古 今 和 歌 集 を 以 て 日 本 に て 第 一 の 集 と い へ り 、 萬 葉 集 は 聖 武 帝 の 時、 依 レ 橘 ノ モ ロ エ 諸 兄 公 撰 集 之 由 は 俊 成卿 古来風躰 にも有、故 ⼈ の説同といへ共、万葉の 哥 諸兄公 薨去後の哥数多有、又嵯峨帝 万葉集 の序に も、 長 サヲダノ 田 王 をいせの斎宮につかはし給ふまての哥を 入とあそはしたり、此集、 長田王 、伊勢の斎宮へつ かはさるゝ哥は 万葉集 第一之終なり、又 源氏物語 梅 枝 の 巻 に 嵯 峨 天 皇 の か ゝ せ 給 へ る 万 葉 集 四 巻 と あ り、されはかた〳〵 万葉集 難決、今の 万葉集 は二十 巻 也、 又 太 ウ ヅ マ サ 秦 顕 ケ ン セ ウ 昭 法 師 、 万 葉 集 は 中 納 言 家 持 卿 作 といへり、是もさにあらす、 万葉集 十九巻の詞書に 此 巻 ノ 中 不 レ 偁 シ ヨウ 二 者 ノ 名 字 一 徒 タヽニ シ ルス 録 二 月 一 所 々 縁 エ ン キ 起 者 皆 大 伴 宿 禰 家 持 裁 二 ― 作 ス 哥 ノ 詞 一 也 と あ れ は、 家 持 撰

(7)

五八〇 作哥詞也とあれは、家持の撰にあらす、為家云、萬 葉集は上聖武天皇之御宇に始り、下桓武天皇御宇に 二十巻となれりと云、此説宜しかるへし、聖武帝よ り桓武帝まて代々の哥を集て萬葉としるせりと見え た り、 一 代 〳〵 の 撰 者 し れ す、 此 故 に 勅 撰 と も 難 定、此古今集真名序に昔平城天皇、天子詔侍臣令撰 萬 葉 集 ト 云、 既 に 此 古 今 集 も 始 は 續 万 葉 集 と 外 題 有 た る を、 後 に 古 今 集 と な り た る と 也、 真 名 序 に 曰 ク 、 名 テ 曰 二續万葉集重詔古今和歌集となん、 一真名序、假名序之事、 俊 成 卿 嘉 禄 年 中 之 本 に は 假 名 序 は か り に て、 真 名 序 無、定家卿天福年中の本には真名、假名両序有、 俊 成 卿 本 に 真 名 序 の な き は、 為 家 卿、 宗 尊 親 王 江 相 傳 之古今の注に云、俊成卿、基俊より此集傳授の時、序 を不用、只假名序はかりなり、其故は貫之か女紀内侍 へ さ つ け た る 本、 假 名 序 は か り に て、 ( ※ 脱 文 欤 ) 真 名 序、假名ともに序有、此集の序にはかな、まな両序引 合てみされはとくとしれぬ所多し、去によつて為家卿 にあらす、 為家卿 云、 万葉集 は上聖武天皇の御宇に 始、 下 平 城、 桓 武 天 皇 の 御 宇 に 二 十 巻 と な れ り と 云、此説よろしかるへし、聖武帝より桓武帝まて代 〳〵 の 哥 を 集 て 万 葉 と し る せ り と 見 え た り、 一 代 〳〵 の 撰 者 し れ す、 此 故 に 勅 撰 と も 難 レ定、 此 古 今 集 は 真 名 序 に 昔 平 城 天 皇、 天 子 詔 二 臣 一 レ 撰 二 葉 集 ヲ 一 云 々、 す て に 此 古 今 集 も 始 は 續 万 葉 と 外 題 ありたるを、後に 古今集 となりたる、真名序に名曰 二續万葉集 テ 詔 ミコトノリアリテ 曰 二古今和歌集と、 一真名序、假名序之事、 俊成卿 嘉禄年 中の本にはかな序はかりにて、真名序な し、 定家卿 天福 年中の本には真名、假名両序あり、 一 説、 俊 成 卿 本 ニ 真 名 序 の な き は、 和 哥 は 和 詞 を も とゝするによりて真名序を不用、又 定家卿 の両序を 用られたるは和序にいひおほせぬことわりを真名序 にてやすくきこゆるため両序を用られたりと云々、 此説管見也、不可信用也、 俊成卿 本に真名序のなきは、 為家卿 、 宗 ソウ 尊 ソン 親王へ相傳

(8)

『古今和歌集序鈔』 (小幡正信注)翻刻 五八一 の注にも近代殊の外に真名序を用られたり、実も真名 序をも捨らるへきいはれなしと云、當流貫之か女へさ つけられし本に真名序のなきは、婦 ⼈ なれはさること もあらんかしと云、かな序は貫之のかゝれ、真名序は 貫之猶子紀淑望書と、尭孝此集を円雅より相傳の本に は、和序は紀貫之筆、序者不能奏覧、於奥書加之、他 紀淑望書と、實は大納言長谷雄書之、 一説、俊成卿本に真名序のなきは和哥は和詞を本と するによりて真名序を不用、又定家卿の両序を用ら れたるは和序に云おほせぬことはりを真名序にてや すくにきこゆるために両序を用られたりと云々、此 説管見也、不可信用也、 一真名序を始に書たるや、假名序を先に書たるやと故 ⼈ 説々有、両序の意趣同し事なり、両序のうちかな序を 本として書たるや、真な序を本として書たるや、前後 あるへき者なり、為家卿云、假名序、真名序前後亡父 卿之云、貫之かな序を書て猶子淑望に真序に書せりと の 古 今 の 注 ニ 云、 俊 成 卿 、 基 俊 よ り 此 集 傳 授 之 時、 真 名 序 を 不 レ用、 只 假 名 序 は か り 也、 其 故 は 貫 之 か 女 紀 ノ 内 侍 へ さ つ け た る 本、 假 名 序 は か り に て、 真 名 序 な き也、又 定家卿 本には真名、假名ともに序あり、此集 の序はかな、まな両序引合て見されはとくとわかちの しれぬ所多し、さるによりて 為家卿 の注にも近代こと の外に真名序を用られたりけるも、真名序の捨らるへ きいはれなしと云々、當流 貫之 か女へさつけられし本 に真名序のなきは、婦 ⼈ なれはさることにもあらんか しと云々、かな序は 貫之 のかゝれ、真名序は 貫之 猶 ユ ウ シ 子 紀 ノ 淑 ヨ シ モ チ 望 書 と 尭 ゲ ウ カ ウ 孝 か こ の 集 を 圓 エ ン カ 雅 よ り 相 傳 の 本 に は、 和 序 者 紀 貫 之 筆、 真 名 序 者 不 レ 覧 一 奥 書 加 レ 之、 紀 ノ 淑望書 レ ト 、實は父紀 納 トウゲン 言 長 ハ セ ヲ 谷雄 書之、 一真名序を始に書たる也、假名序を先に書たる也と故 ⼈ 説々あり、両序の意趣同しこと也、両序の内かな序を も と ゝ し て 書 た る や、 真 名 序 を も と ゝ し て 書 た る や、 前後あるへきもの也、 為家卿 云、假名序、真名序前後 定 家 亡 父 卿 之 云、 貫 之 か な 序 を 書 て 猶 ユ ウ シ 子 淑 望 に 真 名 に

(9)

五八二 云々、 私云、両序前後之趣可着眼、両序引合沈吟見之、則 相分すへき也、 一歌書、物語等は古 ⼈ の述作あまたあれとも、哥學の道 をとける書、此序の外に一部の書なし、或は詞花言葉 風流妖艶而已、また習かたの書とて、家々の髓脳秘書 あれとも真實之道をいへる書なし、此集の序は以道為 要故に古 ⼈ 之穪美不可勝計、 一此序は哥の不發詞先をときて、為躰鳥虫のこゑにあら はして、為用鬼神天地を動かすなと云て、為徳以六義 哥之讀方を教、 ⼈ 麿をもつて哥の實はいにしへ今かは らさるの證をあらはし、六 ⼈ 之歌の評を以哥の 譬 ことは をし めし畢、されは、此序實尒得道したる哥 ⼈ は外に讀方 なとの哥書を不足用、定家卿も此序のことはりをうけ て、詠歌大槩は述作せられしなん、 ⼈ 麿を以哥の實、古今かはらさるのしやうをあらは し、俊成卿古来風躰に曰、 ⼈ 麿を哥の聖と古今の序 にかけることなり、代々哥のすかたかはりもてきぬ かゝせりと云々、 私 云、 両 序 前 後 之 趣 可 レ 着 レ 眼、 両 序 引 合 沈 ― 吟 見 之、 則可 二相分也、 一哥書、物語等は古 ⼈ の述作あまたあれとも、歌學の道 をとける書、此序の外に一部の書なし、或は詞花言葉 風流 妖 ヨウエン 艶 而已、又ならひかたの書とて、家々の髓脳秘 書 あ れ と も 真 實 の 道 を い へ る 書 な し、 此 集 の 序 は 以 レ 道為 レ要故に古 ⼈ の称美不可勝計、 一 此 序 は 歌 の 不 發 詞 先 を と き て、 為 レ 鳥 虫 の 声 に あ ら は し て、 為 レ 用 ト 鬼 神 天 地 を う こ か す な と い ひ て、 為 レ 徳 以 二 六 義 一 歌 の よ み 方 を 教 ゆ、 ⼈ 麿 を も つ て 哥 の 實 はいにしへ今かはらさるの證をあらはし、六 ⼈ 之歌の 評を以哥の 譬 たとへ をしめし畢、されは、此序を實に得道し たる家 ⼈ は外によみかたなどの哥書を用にたらす、 定 家卿 も此序のことはりをうけて、 詠歌大概 は述作せら れしとなむ、 ⼈ 麿 を 以 哥 の 實、 古 今 コン か は ら さ る の 證 を あ ら は し、 俊成卿 古来風躰 にいはく、 ⼈ 麿 を哥の聖と古今の序

(10)

『古今和歌集序鈔』 (小幡正信注)翻刻 五八三 れと、 ⼈ 麿の哥なん何れの代の哥の姿にもよくかな へ り と 云 々、 ( ※ 脱 文 欤 ) 花 麗 な れ は、 た と へ 未 来 を さとり知ても、それ〳〵の時の風には不可相當、然 るを ⼈ 麿の哥はかり何れの代にも、哥も風も相當せ るは、哥の聖とかける貫之か眼目、奇也、妙也、 一此集故 ⼈ 稱美、 源俊頼無名抄云、凢哥の趣古今の序に見えたり、順徳 院八雲御抄云、古今序の哥の眼目不子細、俊成卿古来 風躰云、此集のころほひより、よきあしきも殊にえら ひ定られけれは、哥の本躰にはたゝ此古今集をあふき 可信事なり、定家明月記云、和哥の道有古今序、其外 哥 ⼈ と云輩此序を稱美せさるはなし、 宗祇相傳云、此事は哥の上手作りさまにてはいつれ の代にも相當するにあらす、 ⼈ 麿は道身哥にして假 にも虚にわたらす、うた毎に實なり、何れの代、何 れの時にても實を嫌ふ事なし、此故に ⼈ 麿の哥而已 にかけることなり、代々哥すかたかはりもてきぬれ と、 ⼈ 丸 の哥なんいつれの代の哥の姿にもよくかな へりと云々、世々歌のすかたいろ〳〵と変す、或古 風、或花麗なれは、たとへ未来をさとり知ても、そ れ〳〵の時の風には不可相當、しかるを ⼈ 丸 の歌は かり何れの世にも、哥の風相當せるは、歌の聖とか ける 貫之 か眼目、奇也、妙也、 一此集故 ⼈ 稱美、 源 俊 ト シ ヨ リ 頼 無 名 抄 ニ 云、 凢 哥 の 趣 は 古 今 の 序 に 見 え た り、 順徳院 ノ 八雲御抄 云、古今序者歌の眼目 ナレハ 不 二子細 俊成 古来風躰 云、此集のころほひより、よきあしきも ことにえらひ定られけれは、歌の本躰にはたゝ此 古今 集 をあふき信すへき事也、 定家 明月記 云、和哥の道有 二 今 ノ 序 一 其 外 哥 ⼈ と い ふ と も か ら 此 序 を 稱 美 ( ※ 脱 文欤) 宗 祇 相 傳 ニ 云、 此 事 は 哥 の 上 手 作 り さ ま に て い つ れ の代にも相當するにあらす、 ⼈ 丸 は遍身哥にしてか りにも虚にわたらす、歌毎に實也、何の代、何の時

(11)

五八四 何れの代にも相當せる也、故に其哥のきはまりたる 躰なしと云々、 曰 (ママ) ⼈ の 辟 (ママ) を し め し と は、 遍 昭、 業 平、 喜 撰、 康 秀、 小町、黒主こときの哥の上手なれとも、發言の好め る 所 に よ り て 哥 躰 有、 是 哥 を 造 れ る こ と を 好 め る 也、元来虚にわたりて實少し、以尒言、此六 ⼈ を一 つにしたるか ⼈ 麿也と云々、 一古今傳来、 抑學道者日本之大道也、道に於て秘傳たる事なし、依 去此古今集の外秘傳なし、呼子鳥、百千鳥と云て萬葉 集にてはさらに傳受にあらす、此集傳受といへるは有 深意、二条家傳来は俊成卿、基俊卿より傳受なり、為 家卿古今之注に、祖父當集傳受之後、基俊卿のもとへ 送られける哥に、 君ならていかにしてかははるけましいにしへ今のお ほつかなさを 基俊卿返し   にも實を嫌ふことなし、此故に ⼈ 麿 の和哥而已何の 代にも相當せる也、故に其哥のきはまりたる躰なし と云々、 六 ⼈ の 譬 タトエ を し め し と は、 遍 昭 、 業 平 、 喜 撰 、 康 秀 、 小町 、 黒主 こときの哥の上手なれとも、發言の好め る所によりて哥躰あり、是哥を造れることをこのめ る也、元来虚にわたりて實すくなし、 以 テ 之 尓 シ カ 云、此 六 ⼈ をひとつにしめたるか ⼈ 麿也、 一古今傳来、 抑 哥 道 は 日 本 の 大 道 也、 道 に お ゐ て 秘 傳 た る こ と な し、さるによりて此 古今集 外秘傳なし、呼子鳥、百千 鳥といひても 万葉集 にてはさして傳受にあらす、此集 に 傳 受 と い へ る は 有 二 意 一 、二 条 家 傳 来 は 俊 成 卿、 基 俊 卿より傳受也、 為家 卿古今の注に、祖父當集傳受之 後、 基俊 卿のもとへ送られける哥に、 君なくはいかにしてかははるけましいにしへいまの おほつかなさを 基俊 卿返し

(12)

『古今和歌集序鈔』 (小幡正信注)翻刻 五八五 かきたむるいにしへ今のことのはをのこさす君につ たへつるかな 一 本文 此集傳 々 (ママ) 之事、此集傳と云には深心有とは、古今の 傳とは貫之別注也、文武天皇の御宇迄は、日本は哥以 治 レ 斎 身 お し へ と せ し を、 天 武 帝 皇 子 大 津 皇 子 始 作 詩賦給ひしより、哥の道おとろへて、既延喜帝之時絶 んとせしを、延喜帝貫之と御心をあはせて、哥の道を 二度記給へり、因去貫之か哥は教誡之端なる事をしら せんかため、哥の作者は詞花言葉のみよみたる哥をも かりて道をとけり、去によりて、同し呼子鳥も万葉集 の趣とは各別也、同し哥も此集の趣をとくには哥の道 理 各 別 也、 此 ゆ へ に 此 集、 ヲ \ カ タ マ ノ 木、 カ \ ハ ナ 草、 メ \ ト ニ 作 リ 花 サ ス、 此 以 三 木 ヲ 三 種 の 神 器 を 顕 た り、 以此秘傳の至極とせり、今に傳受といへるも此別注の ことはりなり、 古今題目之事、 東野州宗祇へ相傳古今三説有、一表説、二元来説、三實 理説、貫之別注之趣也、 かきたむるいにしへ今のことの葉をのこさす君につた へつるかな 此集傳受といへるは有深意とは、古今の傳とは貫 之 ノ 別注 也、 文 武 天 皇 の 御 宇 ま て は、 日 本 は 哥 を 以 治 レ 世、 齋 トヽナウ レ 身 ヲ お し へ と せ し を、 天 武 帝 ノ 皇 子 大 津 ノ 皇 子 始 作 二 賦 一 ひしより、哥の道おとろへて、既延喜帝の時絶むとせし を、延喜聖帝、 貫之 と御心をあはせて、哥の道をふたゝ ひ起し給へり、さるによりて 貫之 哥は 教 ケウカイ 誡 之 端 ハ シ なること をしらせむかため、哥の作者は詞花言葉のみよみたる哥 を も か り て 道 を と け り、 さ る に よ り て、 お な し 呼 子 鳥、 百 千 鳥 も 万 葉 に て の こ と は り と 此 集 に て の 理 と は 各 別 也、同し哥も此集の趣をとくには哥の道理各別也、此故 に 此 集、 を か た ま の 木、 川 な ぐ さ、 め ど に け つ り 花 さ す、 此 三 木 を 以 て 三 種 の 神 器 を 顕 た り、 以 レ 秘 傳 の 至 極とせり、今に傳受といへるも此別注のことはり也、 古今題目之事、 東野州 宗祇 江 相傳 ノ 古今に三説あり、一表説、二元来説、 三實理説、貫之別注の趣也、

(13)

五八六 東野州口傳、一表説、文武帝と延喜帝とを古今の二字 に當て書けり、二元来説、古とは天地未分の時をとれ り、 天 地 未 開、 万 物 未 興、 只 本 分 な る 所 を 古 と 云 な り、日本紀神代巻、如鶏卵と云、今とは国常立尊より 今 日 迄 を 云 也、 哥 は 天 地 と 共 に 出 来 せ る 也、 風 雲 流 水、山の声、谷響、皆哥也、此故に天地開けし始より 今日迄哥は不変也、以之儒には天姓と云、佛には不生 不滅といふ、神には神明と云、老子に玄妙と云、皆是 哥之本躰也、三實理説、正直の二字を古今の二字にあ てゝいへり、正とは天理也、陰陽流行作四時、しはら くも私なし、是則正也、古也、昔より此理替らさるな り、 直 と は 天 理 の 流 行 私 な き を 則 う け た る ⼈ を 云 也、 ⼈ は 天 地 の 霊 明 也、 す く に 天 地 の 道 理 を 行 ふ は ⼈ 也、 私曲有は ⼈ にあらす、神道にては以之天照太神の御心 とす、則直也、今也、古より替らぬ天地流行の陰陽の 道を直に今 ⼈ 心に う ( マ マ ) けぬたる 也、是則哥の実なり、此 故によめる哥誠ならされは、律にあはす、其趣委くや まと哥の注にみえたり、 東野州 口傳云、一表説、文武帝と延喜帝とを古今の二 字に當て書り、二元来の説、古とは天地未分の時をと れ り、 天 地 未 開、 万 物 未 興、 只 本 分 な る 所 を 古 と 云 也、 日 本 紀 神 代 巻 、 如 二 鶏 卵 一 云、 今 と は 國 常 立 尊 よ り 今 日 ま て を 云 也、 歌 は 天 地 と ゝ も に 出 来 せ る 也、 風雲流水、山の声、谷の 響 ヒヽキ 、皆哥也、此故に天地開け し 始 よ り 今 日 ま て 哥 は 不 変 也、 以 之 儒 に は 天 性 と 云、 佛には不生不減と云、神には神明と云、老子は玄妙と 云、皆是歌の本躰也、三實理の説、正直の二字を古今 の 二 字 に あ て ゝ い へ り、 正 と は 天 理 也、 陰 陽 ― 流 行 し て 作 シ 二 四 時 ヲ 一 し は ら く も 私 な し、 是 則 正 也、 古 也、 むかしより此理かはらさる也、直とは天理の流行私な きを則うけたる ⼈ を云也、 ⼈ は天地の霊明也、すくに 天地の道理を行ふは ⼈ 也、 私 シ キヨク 曲 あれは ⼈ にあらす、神 道 に て は 以 之 天 照 太 神 の 御 心 と す、 則 直 な り、 今 也、 古 よ り か は ら ぬ 天 地 流 行 の 陰 陽 の 道 を 直 に 今 ⼈ 心 に う ( マ マ ) けるたる 也、是則哥の實也、此故によめる哥まこと ならされは、律にあはす、其趣くはしくやまとうたの

(14)

『古今和歌集序鈔』 (小幡正信注)翻刻 五八七 私 云、 此 三 説 の 注、 古 今 傳 受 の 時 切 紙 也、 謾 不 可 説、 和 \ 歌   うたはやまと哥の所にくはしく注す、 和 \   東野州相傳貫之別注云、和は此國名也、歌は此国の 風 な り、 さ れ は、 道 を 正 し く す る 事 肝 心 な り、 世 を 治 め、家を守る道またこの心なり、只此道は和を以詮とす へきものなり、 ⼈ の五尺も天地の和より起、世界の和よ り ⼈ 事のとゝのひも治るなり、 道を正しくする、宗祇云、歌道の異風少しの所より出 来る者なり、除目他異風帰直心可思、三ヶ大事も正直 を本とするなり、世を治め、家を守る道、宗碩、 ⼈ の 心を種とするとは尤可守正直なり、宗長云、君臣の道 も和を貴也、 集 \   東野州傳受貫之別注云、集とは内外の道をあつむる 義なり、 巻 \ は其数を定、第一第二とはみたれぬやうにする也、皆 法度也、只法を守る事、此集第一眼とする也、 注 ニ 見えたり、 私 云、 此 三 説 の 注、 古 今 傳 受 之 時 切 紙 也、 謾 ニ 不 可 説、 和歌   うたはやまとうたの所にくはしく注、 和   東野州 相傳貫之別注云、和は此國名也、歌は此國の 風也、されは、道をたゝしくする事肝心也、世を治、家 を 守 る 道 又 此 心 也、 只 此 道 は 和 を 以 て 詮 と す へ き も の 也、 ⼈ の 五 尺 も 天 地 の 和 よ り 起、 世 界 の 和 よ り ⼈ 事 の とゝのひもおさまる也、 道を正しくする、 宗祇 云、哥道の異風少の 訴 ウツタヘ より出来 る も の 也、 除 目 他 ノ 異 風 ヲ 一 スルヲ 二 直 心 一 可 レ思、 三 ヶ 大 事 も 正 直 を 本 と す る 也、 世 を 治、 家 を 守 道 と は、 宗 碩 セキ 云、 ⼈ の 心 を 種 と す る は 尤 可 レ 二 正 直 一也、 ⼈ 事 の と ゝ の ひ、宗長云、君臣の道も和を貴也、 集 \   東野州 傳受 貫之 別注云、集とは内外の道をあつむ る義也と 云 々 巻 \ は其数を定、第一第二みた ら (ママ) ぬ心也、皆法度也、只法 を守ること、此集の第一眼とする也、

(15)

五八八 序 \   和訓はしめ、漢にては説文曰、東西牆也、注所以序 別内外也、又字書曰、序は如廊と云々、おくに行には廊 下をつたはされはおくにはゆかす、そのことく其書をみ るにも先序を不見してその心得かたしと、 紀貫之傳   紀氏者紀伊國より始 日 本 紀 景 行 天 皇 巻 云、 三 年 春 三 月 庚 寅朔、 卜 二 于 紀 伊 國 一 イハイ ― 祀 マツラン 群 モロ〳〵 神 アマツヤ シ ロ 祇 クニツー 而 不 レ吉、 乃 車 ミ ユ キ 駕 止 ヤミヌ 之 遣 シ テ 二 屋 ヤ ヌ シ 主 忍 男 武 雄 心 念 緒 一云武 心 一 レ 祭 イハイマツラ 、 爰 ニ 屋 主 忍 男 武 雄 心 命 詣 イキマ シ 之 居 二 阿 ア ヒ ノ 備 柏 原 一 而 祭 ヒ ― 祀 神 ― 祇、 仍 住 トヽマリ 九 年、 則 娶 テ 二 紀 直 アタヒトヲツヲヤウチヒコガムスメカケヒメ 遠 祖 菟 道 彦 女 影 媛 三、生武内宿禰、 武内宿祢十一世 諸 ⼈   贈太政大臣   従一位 麿     猿取   従五位上 船守   正三位大納言   贈右大臣 藤長   正三位   中納言 興道   従四位   右兵衛尉 本道   従五位上   下野守 望之 貫之   従五位上土佐守、木工頭、童名阿古久曽 序 \   和 訓 に て は は し め と よ む、 漢 に て は 説 文 曰、 東 西 ノ 牆 カキ 也、 注 所以 序 ハ 別 ワカツ 二 外 ヲ 一也、 又字書云、 序 ハ 者如 レ ラウ と 云 々 おくに行にも廊下をつたはされはおくにはゆかす、その こ と く 其 書 を 見 る に も 先 序 を 不 見 し て そ の 心 得 か た し と、 紀貫之 傳   紀氏者紀伊國より始 日 本 紀 景 行 天 皇 巻 云、 三 年 春 三 二カ 月 庚 寅 朔、 卜 ウラナウ レ   幸 ミユキセント 二 紀 伊 國 ニ 一 将 三 イハイ 二 ― マツラン   群 モロ〳〵 神 アマツヤ シ ロ 祇 ク ニ ツ ヤ シ ロ 一 而 シ テ 不 吉、 乃 スナワチ 車 ミ ユ キ 駕 止 ヤミヌ 之、 遣 ツカハ シ テ 二 主 忍 男 武 雄 心 念 緒 心 一 令 ム レ イハイマツラ   、 爰 ニ 屋 主 忍 男 武 雄 心 ノ 命 ミコト 詣 イキ 之 マ シ 居 テ 二 于 阿 備 ヒ 柏 ノ 原 一 而 祭 二 ― 祀 神 祇 ヲ 一 仍 住 トヽマル 九 年、 則 スナハチ 娶 メトツテ 二 ノ 直 アタヒ 遠 ト ヲ ツ ヲ ヤ 祖 菟 ウ 道 ヂ 彦 ヒコカ 女 ムスメ 影 アケ 媛 ヒメヲ 一 生 ウム 二武内宿 禰 ヲ 一 武 タ ケ チ ノ ス ク ネ 内宿祢 十一世 ▲ ︱︱ 諸 モロント ⼈ ︱ 従一位 ︱ 贈太政大臣 ︱︱︱ 麻 マ ロ 呂 ︱︱︱︱︱ 猿 サルトリ 取 ︱ ︱ 従五位上 ︱︱︱ ┐ ┌ ︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱ ┘ │ └ │ ︱︱ 船 フナモリ 守 ︱ 贈右大臣 ︱ 正三位大納言 ︱︱︱ 藤 フチナカ 長 ︱ 中納言 ︱ 正三位 ︱︱︱ 興 コフトウ 道 ︱ 右兵衛尉 ︱ 従四位 ︱︱︱ ┐ ┌ ︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱ ︱ 従五位上   土佐守 ︱︱︱︱ ┘ │ └ │ ︱︱ 本道 ︱ 下野守 ︱ 従五位上 ︱︱︱ 望 モチユキ 之 ︱︱︱︱︱ 貫之   工頭 童名 阿ア コ ク ソ 古久曽

(16)

『古今和歌集序鈔』 (小幡正信注)翻刻 五八九 貫之述作書 古今   土佐日記   大井川行幸   蟻通神奉和哥詞書 夫 \ 和歌者託 二其根於心地、發其花於詞林者也 やまと哥は ⼈ のこゝろをたねとして、よろつのことのは とそなれりける、 や \ まと   神道傳に字義三傳、国号三傳有、和訓解云、や まと、日本紀に神武帝日向より東國を征し給ふ時、難波 より枚方にのほらせ給ひ、それより生駒山を越てやまと に入給ふ、山の外に有国故山外となつく、淀河の内に有 国を河内と名付と同し、山しろ、生駒山のうしろに有国 故 背 シ ロ と名付もまた同、扨日本の惣名とせしは大和国に始 て都造し給ひし故、神武帝の代より日本の惣名とせり、 字義三傳とは元来日本文字無、訓斗也、訓に相應の 文字をこめたり、やまとゝ云心を字義に顕す也、 貫之 述作書         天慶九年卒 古今序   土佐日記   大井川行幸序 蟻通神へ奉る和哥詞書 夫和歌者 託 ツケ 二其根ヲ於心 地 ニ 一 發 ル 二 花 ヲ 於詞 林 ニ 一者也 やまとうたはひとのこゝろをたねとして、よろつのこと のはとそなれりける、 や ま と   神 道 傳 に 字 義 三 傳、 國 号 三 傳 字義三傳とは日本文字 なし、訓はかり也、訓 に 相 應 の 文 字 を う め た り、 や ま とゝいふ心を字義にあらはすなり、 和 訓 解 云、 や ま と、 日 本 紀 に 神武帝日向より東國を征し給ふ時、難波より 枚 ヒラカタ 方 にのほ したまひ、それより生駒山を越てやまとに入給ふ、山の 外に或国故山外となつく、 淀 ヨト 河の内にある国を河内と名 付と同し、 山しろ は、生駒山のうしろに有國故 背 シ ロ と名付 もまた同、扨日本の惣名とせしは 大和国 に始て都造し給 ひし故、神武帝の代より日本の惣名とせり、 山跡   むかしは此國山のみにて山のあとゝ云事也、 山止

(17)

五九〇 山跡   昔は此国山のみにて山のあとゝ云事也、山止   此 国日向国より起れり、神代巻に云、高皇産霊尊、以眞床 追 衾 覆 於 皇 孫 天 津 彦 々 火 瓊 瓊 杵 尊、 使 (ママ) 降 之 皇 孫 と 云 々、 天降於日向襲之高千穂峯、山戸   いにしへは山に ⼈ 民す えたり、神武紀、上者栖巣、下者棲穴、此時天子居所斗 有門、此故に御戸と云、山に戸さしゝてすみたる心也、 國号三傳といへるは訓に付、理に付ての理也、 一 \   造化傳、やまにとゝまるの心也、止々て又動故に 造 (ママ) して育万物也、如此美国と云心なり、 二 \   發生傳、やまとゝは矢円か也、万物のよく發生する 事、矢をはなつかことし、故に神代巻に有四弓、日本は 元来武国也、以弓治国故に弓は天皇の御也、さるに依て 弓を御執といふ、則神代、 一 \   鎮座弓とは神代巻云、始素盞烏昇 天 テ ン ノ の 溟渤以之皷 盪 山 岳 為 之 鳴 呴、 此 則 神 性 雄 健 使 之 然 也、 天 照 太 神、 素知其神暴惡云々、亦 皆 (ママ) 負󠄁千箭靭與五百箭之靭、臂著 稜 成 (ママ) 之髙鞆、振起弓彌、   此国日向国より起れり、 神代巻 に云、 高 タカミムスヒノミコト 皇産霊尊 、 以 テ 二 マ 床 トコヲ 追 ヒフ 衾 スマヲ 一 テ 二 皇 スメ 孫 ミマ 天 津 彦 ヒコ 々 火 ホ ニ ヽ キ ノ 瓊 々 杵 尊 ヲ 一 、  便 スナハチ 降 クタス レ ヲ 皇 孫 と 云 々、 天 アマ 二 ― ク タ リ マ ス 降 於 日 向 襲 オ ゾ 之 高 千 穂 ノ 峯 ニ 一 山 戸   い に し へ は 山 に ⼈ 民 す み た り、 神 武 紀 ニ 、 上 者 栖 スミ レ スニ 、 下 者 棲 スム レ穴、 此 時 天 子 の 居 所 の み 有 レ 門、 此 故 に 御 門 と 云、 山 に戸さしゝてすみたる心也、 國号三傳といへるは訓につき、理につきて理也、 一   造 ゾ ウクハノ 化 傳   やま り (ママ) とゝまるの心也、止 々 テ 又 動 ク 故に造化 して 育 ヤ シ ナフ 二万物也、如此美國といふ心也、 二   發生傳とは、やまとゝは 矢 ヤ 圓 マト 也、万物のよく發生す る事、矢をはなつかことくと、故に神代巻に有四弓、日 本は元来武國也、以弓治國、 故 ニ 弓は天皇の御也、さるに よりて弓を御執といふ、則神代四弓とは、 一   鎮 座 弓 ト ハ 神 代 巻 云、 始 素 盞 烏 昇 ノホル レ 天 ニ 之 時、 溟 メイ 渤 ホツ 天地のこ となり、 以 テ レ 皷 盪 シ なりうこ くなり、 山 岳 ヲカ 為 鳴 メイ 呴 クス なりな る也、 此 則 神 性 雄 ヲタケク シ ムル 健 使 ナリ 二 之 然 シ カラ 一 也、 か く の こ と き 事 は、 此 神 の いきほひあらきしるしなり、 天 照 太 神 、 ヒトヨリ 素 知 シロ シ メス 其 神 暴 ホウ 悪 云 云 天照太神の此神のあらくあし きことをしろしめしたる也、 又 背 ソヒラニ 太神のせ なか也、 負󠄁 ヲヒ 三 千 箭 ノリノヤ 靭 ユキト 矢をいる もの也、 與 トヲ 二 イ 百 ヲ 箭 之 靭 一 臂 ニ

(18)

『古今和歌集序鈔』 (小幡正信注)翻刻 五九一 二 \   代 (ママ) 向 ハツカウ 弓   神代巻云、高皇産霊尊召集八十諸神而問之 曰、吾欲令撥平葦原 ◦ 中 国之邪鬼、当遣誰者宜也、惟爾諸 神勿隠所知云、於是高皇産霊尊賜天 雅 ( マ マ ) 産 天 天 ( マ マ ) 鹿兒弓羽々 失以遣之、 三 \   護 ゴ 持 チ 弓   神 代 巻 云、 書 ニ 云、 高 皇 産 霊 尊 以 眞 マコトヲホフフスマヲ 床 覆 衾 褁 二 津 彦 国 光 彦 火 瓊 々 杵 尊、 則 引 二 ― 開 天 磐 戸 一 排 分 天 八 重 雲、 以 奉 降 レ之、 于 時 大 伴 連 遠 ― 祖 天 忍 日 命、 帥 来 目 部 遠 祖 天 槵 津 大 来 目、 背 負󠄁 天 磐 靭、 臂 著 二 稜 威 高 靭、 平 (ママ) 捉 天 振 弓、 天 羽 々 矢 一 及 副 ― 持 八 目 鳴 鎬、 又 帯 二 槌 剱 一 立 二 天 孫 之 前 一 遊 行 降 東、 到 二 日 向 襲 ( マ マ ) 千 穂 日 二 上、■ (※穴冠+⼈+ヰ) 二天浮橋 四 \   大平弓   神代巻之、彦炎出見尊有持弓矢、万々歳治 國家給也、傳云、神代巻四弓天地之形也、 著 ツケ 二 イ 威 ツノ 髙 鞆 トモヲ 一 振 フリ 二 ― テ 弓 ― ヲ 一 ゆ み の すゑ也、 すさのおのみことに天照 太神のあひ給はんとて如 此 の よ そ ほ ひ を したまへるなり、 二   伐 ハツ 向 弓 かたきをうちに むかふる弓也、 神 代 巻 云、 高 タ カ ミ ム ス ヒ 皇 産 靈 尊 召 メ シ 二 ― アツメテ 八 十 諸 モロ 神 カンタチヲ 一 問 テ レ 之 ニ 曰 ク 、 吾 欲 ス 令 撥 ハラハ 二 葦 原 ノ 中 ツ 国 之 邪 アヤシ キモノヲ 鬼 一 當 ニ 二 テ レ ヲ 者 宜 一也、 惟 コヽニ 爾 諸 神 勿 シ テ レ 隠 所 シ メヨト レ シ ラ 云 云 於 テ レ ニ 高 皇 産 靈 尊 大 神 宮 の御子、 賜 タマフ 二 稚 ワカ 彦 ニ 天 鹿 カ 兒 コ 弓、 天 羽 ハ 々 矢 ヲ 一 テ 遣 ツカハス レ ヲ 、 下津國をしつめんとてあめわかのみこに弓 矢を下したまふなり、これを伐向弓と云、 三   護 持 弓   神 代 巻 云、 一 アル 書 ニ 曰、 高 皇 産 靈 尊 以 テ 二 マ 床 コ 覆 フス 衾 マヲ 一 太 子 の 御衣也、 褁 ツヽンテ 二 天 津 彦 国 光 テル 彦 ヒコ 火 ホノ 瓊 ニ 々 杵 ギノ 尊 ヲ 御 孫 、 則 引 二 ― 開 天 磐 戸 ヲ 一 天 上 よ り 下 つ 国へ下し給ふ也、 排 キ 二 ― テ 天 八 重 雲 ヲ 一 以 テ 奉 ル レ 降 クタ シ レ 之 ヲ 、于 時 ニ 大 伴 トモノ 連 ムラ シ 遠 トヲツ 祖 ヲヤ 天 ノ 忍 ヲン 日 ヒノ 命、   帥 ヒキヰテ 二 ク 目 メ 部 ノ 遠祖 天 ノ 槵 ホ 津 ツ 大 來 目 ヲ 一 、  背 ソヒラニ 負󠄁 ヲヒ 二 天 ノ 磐 靭 ユキヲ 一 臂 ニ 著 二 イ ツ ノ 威 高 靭 トモヲ 一 手 ニ 捉 トリ 天 ノ 振 フリ 弓、 天 羽 羽 矢 ヲ 一 及 副 ソヘ 二 ― ヒチ 八 ヤツ 目 メ ノ カ ウ ラ 鳴 鎬 一 又 帯 ハキ 二 頭 カウ 槌 ヅチノ 劔 ツルギ 一 立 二 孫 ミマノ 之 前 ニ 一 遊 イテユキテクタリ 行 降 レ ニ 、 到 リ 二 日 向 襲 ヲソノ 千穂 日 ノ 二 上 ニ 一 ■ タツ (※穴冠+⼈+ヰ) 二天浮橋 如此の臣下 たちを引具 し て、 下 つ 国 へ 下 り 給 ふ 時 也、 天 孫の尊をまもりたまふ時の弓なり、 四   大平弓 トハ   神代巻之彦火火出見尊有持弓矢、 万々 歳治國家也、傳云、神代巻四 弓 ハ 天地之形也、

(19)

五九二 天 は 圓、 地 は 方 也、 天 包 二 地 形 一 則四弓也、矢則陰陽發之意也、弓法 四 弓 之 傳 と 云、 ( ※ 脱 文 欤 ) 如 此 日 本 は暫物之發生せさることなし、美國 と云り、 三に ⼈ 心傳とは、日本は ⼈ 直にしてやむことなく、まこ とに ⼈ の心有といふ意也、故に君子國、 日本之異名 豊 \ 葦 トヨア シ ハライヲアキミツホノ 原五百秋瑞穂 國 神代巻に有、神代之 時の号也        豊 \ 秋 トヨアキツ シ マ 津 嶋 神武天皇 にあり   浦 \ 安 ウラヤス 國 神武天皇 巻に有   細 \ 戈 ホソホコチタラ 千足 國 神武の巻 に有    磯 \ 和 シ ワ カ ミ ホ ツ マ ノ 五秀眞 國 神 武 の 巻 に 有       玉 \ 垣 タマカキウチノ 内 國 神武の巻 に有   大 \ 八 ヲホヤ シ マ 州國 神武の巻 に有     日 \ 本 ヤマト 國 神武の巻 にあり   鋪 \ 嶋 ハ シ キ シ マ 國 同 天 ハ 圓、 地 ハ 方 ケタ 也、 天 包 レ 地 ヲ 之 形、 則 四 弓也、矢則陰陽發之意也、弓法四弓 之 傳 ト 云 云 太平弓は彦火々出見尊万々 歳を此弓にて治たまふゆへ太平弓と いふ也、如此日本はしはらくも物の 發生せさる事なし、美國 ト 云り、 三 ニ ⼈ 心 傳 と は 日 本 は ⼈ 直 に し て や む こ と な く ま こ と に ⼈ の心ありといふ意也、故云、君子國、 日本 之異名     豊 ト ヨ ア シ ハ ラ イ ホ ア キ ミ ヅ ホ ノ 葦原五百秋瑞穂 國 神 代 巻 ニ 有 、神 代 之 時 之 号 也     豊 ト ヨ ア キ ツ シ マ 秋津島 神武天皇巻有     浦 ウラヤスノクニ 安國 神武天皇巻有     細 ホ ソ ホ コ チ タ ル ク ニ 戈千足國 神武天皇巻有     磯 シ ワ カ ミ ホ ツ マ ノ ク ニ 和五秀眞國 神武天皇巻有     玉 タマガキウチツクニ 垣内國 神武天皇巻 ニ 有     大 ヲホヤ シ マノクニ 八州國 神代巻 ニ 有     日 ヤマトノクニ 本國 神武天皇巻 ニ 有     敷 シ キ シ マ 島 神武天皇巻 ニ 有

(20)

『古今和歌集序鈔』 (小幡正信注)翻刻 五九三 右異名は日本にて云國名也、 倭 \ 國 後漢書 有り   倭 \ 面國   和 \ ⼈ 國 魏志に 有      野 \ 馬䑓國 宝 志 和 尚 云、 日本国名 姫 \ 氏國   同 右   扶 \ 桑國   君 \ 子國 右異名於漢為日本國号、 歌 \   和訓解云、哥は訴之畧訓、訴とは ⼈ にものを告ると 同しこゝろなり、抑哥の躰といふは則此訓なり、天地開 て後、風雨震雪山鳴谷響、鳥獣虫水青波聲、皆天地の間 の訴なり、則哥なり、陰訴ては雨となり、陽訴ては風と なる也、春の鳥のこゑ、秋のむしの音、すへて我情を發 す る な り、 天 地 の 五 行 之 音、 宮 商 角 徴 羽、 哥 の 根 元 也、 是天地とともに不絶、本性誠也、儒の性と云、佛の不生 不滅、神の神明也、然而 ⼈ は天地の霊明自を全うけ得た る な り、 此 故 天 地 五 行 あ れ は、 ⼈ に 五 臓 有 た る に よ り 右異名は日本にていふ國名也、     倭 ワ 國 後漢書 ニ 有     倭面國     和 ⼈ ス 國 魏志 ニ 有     野馬䑓國 宝志和尚 ニ 云、 日 ヤマトノクニノナ 本國名     姫 キ 氏 シ 國       扶 フ サ フ 桑 國     君子國 右異名 於 テ レ ニ 為 ス 二 本 ノ 國号 一 うた   和訓解云、哥は訴之畧訓、訴とは ⼈ にものを告る と同しこゝろ也、 抑 ソモヽ 歌之躰といふは則此訓也、天地開て 後、風雨震雷山 鳴 ナリ 谷 響 ヒヽキ 、 鳥 テウ 獣 シ ウ 虫水音波聲、皆天地之間之 訴則哥也、陰訴ては雨となり、陽訴ては風となる也、春 之鳥の声、秋の虫の音、すへて我情を発する也、天地の 五行の音、宮商角徴羽、歌の根元也、是天地とゝもに不 絶、 本 性 誠 也、 儒 の 性 と 云、 佛 の 不 生 不 滅、 神 の 神 明 也、然 ⼈ は天地の靈明自ら全うけ得たる也、此故天地に 五行あれは、 ⼈ に五臓あり、さるによりて、我おもふこ

(21)

五九四 て、我おもふことをことはに發する也、然共其ことは誠 ならさるときは、 假 ( マ マ ) は 賀の哥を詠するに、真實心からよ ろこはすして、詞花言葉をかさる時は、其哥のおもて賀 の哥なれとも、律にあはするとき、賀の音にあはす、五 行それ〳〵つかさとる調子有、都て詠哥如此、されは誠 ならさるにあらすといへるは是也、花實相對之傳も此所 に有、深可為工夫、故 ⼈ 之哥、其情、真実成故、調子に あはさる哥なし、可思惟之、古今と云二字の別注、元来 之説、実理之説も哥の意也、可見引合之、漢字哥の字を うめたるは説文云、詠也、釈名云、 ⼈ 聲曰哥、又合楽曰 哥、或作謌亦作哥、唐にても如此、合楽日本之其音律に 合すると同し、 哥訴之略訓、夫和訓に自語義語之品有、自語とは天地 の間音アイウエヲなとの四十七音也、此音天地の間の 音にて梵、漢、日本更に替事なし、梵にては四十七字 の母字 二 (ママ) 十二点をくわへて十二点の性音と母字の音と の内ゟ子字を出し て ( マ マ ) 万無豊 の音をなせり、梵も元来は 一字音也、連聲とて音を二つ三つなとつゝけて其こと とをことはに発する也、然は共其ことは誠ならす、たと へ は、 賀 の 哥 を 詠 す る に、 真 實 心 か ら よ ろ こ は す し て、 詞 花 言 葉 を か さ る 時 は、 其 哥 の お も て 賀 の 哥 き こ え て も、律に合する時、賀の音にあはす、五行それ〳〵つか さとる調子あり、すへて詠哥かくのことし、されはまこ とならさるは歌にあらすといへるは是也、花實相對の傳 も 此 所 に 有、 深 可 レ 夫 一 故 ⼈ 之 哥、 其 情、 真 実 な る故、調子あはぬ哥なし、可思 維 (ママ) 之、古今と云二字の別 注、元来之説、實理之説も歌の意なり、引合てこれを見 る へ し、 漢 字 に て 歌 の 字 を う め た る は、 説 文 云、 詠 也、 釈 名 云、 ⼈ 聲 ヲ 曰 レ歌、 又 合 ヲ レ ニ 曰 レ 歌 ト 、 或 作 リ レ 謌 亦 作 レ 哥、 唐にても如此、合楽日本の其音律に合すると同し、 歌 訴 之 畧 訓、 夫 レ 和 訓 に ( ※ 脱 文 欤 ) 自 語 と は 天 地 の 間 音アイウエヲなとの四十七音也、此音、天地の間の音 にて 梵 、 漢 、 日本 更にかはる事なし、 梵 にては四十七 字の母字に十二点をかけて十二点の一点の性音と母字 の音との内より子字を出し千万無量の音をなせり、梵 も元来は一字音也、連声とて音を二つ三つなとつゝけ

(22)

『古今和歌集序鈔』 (小幡正信注)翻刻 五九五 に用ゆる、悉曇 の ( マ マ ) 羽 也、日本にての義語也、先日本に て自語とは、たとへは伊弉諾、伊弉冉のことし、ギと ミとの訓也、ギを以為 陽 (ママ) 、ミを以為陰神、ギは男、音 開口、ミは女、音閉口也、往昔云也、自語如此、義語 とはたとへは、 君 キミ のことし、キは陽、ミは陰也、陰陽 和合するを為貴故也、貴ふ ⼈ を君と云也、如此、義語 有て代々其事繁、故訓も亦おほく出来、或重々し、或 畧 し て 作 義 訓 を、 哥 の 訓 と す る も 如 此 也、 日 本 は 訓、 往昔其事を明白したり、往昔無文字故也、依 五 (ママ) 代 之訓 は其意深、文字未来ときの訓と字の意と合みるに、少 しも違ことなし、宜かな、国風はかはれとも天地の間 也、何可差別乎、唐 ⼈ 来て日本の ⼈ 泣を見、笑とはい はす、唐 ⼈ の笑をみて此国の ⼈ も泣とはいはぬ也、自 性自然の理也、五行それ〳〵につかさとるところの調 子有、 五音之図 同五常 盤渉調唇音 黄鐘調舌音 雙調牙音 平調齒音 ハヒフヘホ タチツテト カキクケコ サシスセソ て其ことに用る、 悉 シ ツ 曇 タン の習也、日本にての義語也、先 日本 にて自語とは、たとへは、伊弉諾、伊弉冉のこと し、 ギ と ミ と の 訓 也、 ギ を 以 為 二 神 一 ミ を 以 為 二 神 一 ギ は 男 音 開 くちをひらく 口 、 ミ は 女 音 閉 口 也、 往 ソノ 昔 カミ の 自 語 如 此、 義 語 と は た と へ は、 君 キミ の こ と し、 キ は 陽、 ミ は 陰、陰陽和合するを為貴故也、 貴 ブ ⼈ を君といふ也、如 此、 義 語 あ り て 代 々 其 事 繁 し、 故 訓 も 又 お ほ く 出 来、 或 重 テウ 々 〳〵 し、 或 畧 し て 作 二 義 訓 ヲ 一 哥 の 訓 も 如 此 也、 日 本は以訓、往昔其事を明白したり、往昔無文字故也、 依 テハ 二 代 ノ 訓 二 其 意 深、 文 字 未 ルノ レ 来 時 の 訓 と 字 の 意 と 合 見 る に、 少 も 違 事 な し、   宜 ムベナル 哉、 国 風 は か は れ と も 天 地 の 間 也、 何 可 ヤ 二 別 一乎、 唐 ⼈ 来 て 日 本 の ⼈ 泣 を 見 て笑とはいはす、唐 ⼈ の笑をみて此国の ⼈ も泣とはい はす、自性自然の理なり、五行それ〳〵に主とる調子 あり、 五音之圖 五常智 ニアタル 雙 ソウデウゲ 調 牙 ヲクバ 音 盤 ハン シ キテウ シ ン 渉調 唇 クチビル 音 黄 ワウ シ ヨウ 鐘 調舌音 カキクケコ ハヒフヘホ タチツテト 角木東春

(23)

五九六 マミムメモ    ナニヌネノ    角木東春     商金西秋 五音羽五行水   微火南夏     肝青仁      肺白義 五方北五時冬 心赤礼 五臓腎色黒 一越調喉音 半舌齒 アイウエヲ ラリルレロ ヤヰユヱヨ ナニヌネノ ワイウエオ ザジズゼゾ カキクケコ 宮土中央土用 脾黄信       開   開   合   開   開       ア   イ   ウ   エ   ヲ       カ   キ   ク   ケ   コ       サ   シ   ス   セ   ソ       タ   チ   ツ   テ   ト 開合之圖   ナ   ニ   ヌ   ネ   ノ マミムメモ ナニヌネノ 肝 カン 青仁 五音 羽 ウ 五行水 微火南夏 五方北五時冬    心赤禮        五臓 腎 ジン (ママ) 五 色黒 平 ヘウ 調 テウ 齒音 一 越 コチ 調 チウ 喉音 半舌齒 サシスセソ アイウエヲ ラリルレロ 商金西秋 ヤヰユヱヨ ナニヌネノ 肺白義 ワイウエオ サシスセソ カキクケコ 宮土中央土用 脾 ヒ 黄信 開合之圖 開開合開開   横之音如此、直音、 右 ハ 開、 左 ハ 合也、 ア   イ   ウ   エ   ヲ カ   キ   ク   ケ   コ サ   シ   ス   セ   ソ タ   チ   ツ   テ   ト

(24)

『古今和歌集序鈔』 (小幡正信注)翻刻 五九七       ハ   ヒ   フ   ヘ   ホ       マ   ミ   ム   メ   モ       ヤ   ヰ   ユ   ヱ   ヨ       ラ   リ   ル   レ   ロ       ワ   イ   ウ   エ   オ 横音如此、直音は右は開、左は合也       ア   イ   ウ   エ   ヲ    鼻喉通       カ   キ   ク   ケ   コ    齒       サ   シ   ス   セ   ソ    齒と舌       タ   チ   ツ   テ   ト    口思口 連聲傳    ナ   ニ   ヌ   ネ   ノ    齒と 口       ハ   ヒ   フ   ヘ   ホ    唇不合       マ   ミ   ム   メ   モ    ーーー       ヤ   ヰ   ユ   ヱ   ヨ    鼻より出       ラ   リ   ル   レ   ロ       ワ   イ   ウ   エ   オ ナ   ニ   ヌ   ネ   ノ ハ   ヒ   フ   ヘ   ホ マ   ミ   ム   メ   モ ヤ   ヰ   ユ   ヱ   ヨ ラ   リ   ル   レ   ロ ワ   イ   ウ   エ   オ 連聲之傳 ア   イ   ウ   エ   ヲ    鼻 ビコウニ 喉 通 カ   キ   ク   ケ   コ    齒 サ   シ   ス   セ   ソ    齒ト舌 タ   チ   ツ   テ   ト    顋 アキト ナ   ニ   ヌ   ネ   ノ    齒ト顋 ハ   ヒ   フ   ヘ   ホ    唇 クチヒル 不合 マ   ミ   ム   メ   モ    唇合 ヤ   ヰ   ユ   ヱ   ヨ    唇不合 ラ   リ   ル   レ   ロ    鼻ヨリ出 ワ   イ   ウ   エ   オ

(25)

五九八 口ヲスホム 舌ヲ開口ヲ中開 牙ヲカミ口ヲスホム 牙ヲカミ唇ヲ開 牙ヲ唇モ開ク 音の出所如此 一音につきて傳有、和哥に五音連聲、五音相通と云こと 有、五音連聲とは五七五七七、詞の縁あるをいふ也、た とへは、ほの〳〵とあかし、梓弓おして春雨なとの秀句 又縁有ことなり、初心のときは哥 ⼈ むねと可掛心を、又 五音相通とは、初心のとき心にまかせす難叶、巧者のの ちは相通を離たる、不叶時はよめる哥、調子に難逢哥の 吟聲長あらさるへし、右五音連聲、五音相通は詠哥の躰 の至極を近く教たる也、如此之教、上代、中比もさらに 非す、康永元年聖護院御門主へ二條摂政殿御傳授也、 右如件之秘傳とする所也、非其仁者努々不有披見者 口ヲスホム 舌ヲ開口ヲ中開 牙 キバ ヲカミ口ヲスホム 牙ヲカミ唇ヲ開 牙ヲ唇モ開ク 音之出所如此 一音につきて傳有、和歌に五音連聲、五音相通と云こと あ り、 五 音 連 声 と は 五 七 五 七 々、 詞 の 縁 あ る を い ふ 也、 たとへは、ほの〳〵とあかし、梓弓をして春雨なとの秀 句又縁あること也、初心の時は哥 ⼈ 可掛心を、又五音相 通とは、初心の時心にまかせす難叶、巧者のゝちは相通 を 離 た る か た な し、 不 叶 時 は よ め る 哥、 調 子 も 合 か た し、哥の吟聲長あらさるへし、 右 五 音 連 聲、 五 音 相 通 は 詠 哥 之 躰 の 至 極 を 近 く 教 た る 也、如此教、上代、中比もさらにあらす、 康永 元年聖護 院御門主へ二條 摂政 殿御傳授也、 右 如 件 家 之 所 レ 二 秘 傳 一也、 非 其 仁 者 努 々 不 可 有 披

(26)

『古今和歌集序鈔』 (小幡正信注)翻刻 五九九 也、 天和元年八月十一日     小幡正信𠀋 如此秘傳也、雖然哥道御深志之趣察愚意依之相傳畢、於 非其仁者披見ゆるさるましき也、 宝永元年八月三日      小幡正信在判 哥 の 音 聲 調 子 に あ ふ と あ は ぬ と は、 右 し る せ る こ と く、 其心實ならされは調子にあはぬ也、唐にも其證有、楽志 論 云、 楽 者 音 之 所 二 由 ヲ 生 ル 一也、 在 ⼈ 心 感 二 於 物 一也、 是 故 其 哀 心 感 者、 其 声 噍 スミヤカニ 以 殺 ス 、 其 樂 心 感 者、 其 聲 嘽 ユルク シ テ 以 緩 ユルヤカ 、 其 喜 心 感 者、 其 声 發 以 散、 其 怒 心 感 者、 其 声 麁 アラク シ テ 以 厲 ハゲ シ 、 其 敬 心 感 者、 其 声 直 以 廉 イサギヨ シ 、 其 愛 心 感 者、 其 声 和 以 柔 ヨハ シ 、 六 者、 非 性 也、 感 二 物 一 後 動、 是 故 先 生慎 三以感 長 能 紀 云、 和 哥 は 是 五 行 之 休 (ママ) 也、 春 の 林 の 東 風 に 動 き、 秋之虫之北露になくも皆是和哥の 休 (ママ) 也、されは有情非情 共に其声皆哥也、 や ま と 哥 と つ ゝ き た る は 伊 勢 物 語 よ り 前 の 書 に み え す、 見者也、 天和 元年八月十一日     小幡正信 丈 如此秘傳也、雖然歌道御深志之趣察愚意依之相傳畢、猶 非其仁者披見被免間舖也、 寳永 元年八月三日      小幡正信 在判 歌の音聲調子にあふとあはぬとは、右しるすことく、其 心実ならされは調子にあはす、唐にも其證あり、 楽志論 云、 楽 者 音 之 所 二 テ 生 スル也、 其 本 在 二 心 ニ 一 ( ※ 脱 文 欤 ) 是 故 其 哀 心 感 スレハ 者、 其 聲 噍 スミ 以 ヤカニサツス 殺 、 其 樂 心 感 者、 其 聲 ■ ユルクス 本 ノ マ ヽ ( ※ 口 偏 + 口 口 田 + ヰ ) 以 緩 ユルヤカ也ヨロコフ 、 其 喜 心 感 レハ 者、 其 聲 發 ス 以 散 チル 、 其 怒 心 感 レハ 者、 其 聲 麁 アラタ シ テ 以 厲 ハケ シ 、 其 敬 ツヽ シ ム 心 感 レハ 者、 其 聲 直 ナヲク 以 廉 イサキヨ シ 、 其 愛 メヅル 心 感 者、 其 声 和 ヤハラカニ シ テ 以 柔 ヨハ シ 、 六 者、 非 レ 性 也、 感 二於物而後動、是先生 慎 ツヽ シ ム レ ヲ 二以感 長 能 ガ 紀 云、 和 歌 は 是 五 行 の 体 也、 春 の 林 の 東 風 に う こ き、秋の虫の北露になくも皆是和哥の体也、されは有情 非情ともに其声皆哥也、 や ま と う た と つ ゝ き た る は 伊 勢 物 語 よ り 前 の 書 に 見 え

(27)

六〇〇 万葉集に和哥とある皆返哥也、和する哥也、しかれはや まと哥といへる出所は暫く伊勢物語なり、 兼好法師古今抄曰、哥は心さしをのふることはなり、此 国のことははいつれもやまと哥也、其中に今は長哥、短 哥はかりをうたといふ、この序は先万のやまとことはを 廣く哥といへり、 やまと哥   伊勢物語八十三段に、厂はねんころ にもせてさけをのみつゝやまと哥にかゝれり、 為 宗 (ママ) 卿 云、 や ま と 哥 と は 唐 に も 哥 ( ※ 脱 文 欤 ) 有 故 日 本 哥と云事也、 ⼈ \ のこゝろをたねとして、 東野州云、詩に云ことく心に動くを志といふ義なり、心 にうこくところは世界に 弥 ( マ マ ) 倫 したる心にうこく也、 宗祇云、みちたる也、世界の事、心にうこくなれは、哥 は世界に有理なり、心天地ひとしきゆへなり、たとへは 天地の炎寒のこゝろにおほゆる、是天地とひとしき故な り、心に動く所詞に出るを哥とはいへるなり、 す、 万葉集 に和歌とある皆 通 本ノマヽ 哥也、和する哥也、しかれ はやまとうたはいへる出所はしはらく 伊勢物語 なり、 やまとうた   伊勢物語 八十三 段 ニ 、かりはねんころにも せて、さけをのみつゝやまとうたにかゝれり、 為 家 卿 云、 や ま と う た と は 唐 に も 詩 の 外 に 哥 あ る 故、 日本うたといへること也、 兼好法師 か 古今鈔 曰、歌はこゝろさしをのぶることはな り、此國の言葉はいつれもやまとうた也、其中に今は長 哥、短哥はかりをうたといふ、この序は先萬のやまとこ とはを廣く哥と云り、 ⼈ ノ 之 在 レ ニ 不 レ 為、 思 ― 慮 易 レ遷、 哀 ― 楽 相 變、 感 ハ 生 二 於 志 ヨリ 一 ハ 形 アラワル 言 ヨリ 一、是 テ 逸 ヨロコハル 者其声 樂 タノシム 、 怨 ウラムル 者其吟悲、 可 シ 述 懐 ヲモイヲ 、 可 シ 以發 レ ヲ 、 世のなかにあるひとことわさしけきものなれは、こゝろ におもふことを見るものきくものにつけていひいたせる なり、    ※右「 ⼈ ノ 之在 レ ニ …」は次々頁(※1)にあるべき欤

(28)

『古今和歌集序鈔』 (小幡正信注)翻刻 六〇一 詩にいへる如く、心に動志と云、詩経云、在心為志、發 言為詩、情動於中、而形於言、志、説文曰、意也、志有 心之所也、心之所生也、廣韻云、意慕也、 ⼈ 心を種として、東野州相傳云、天神七代之先、元 物 (ママ) 之 一念の ⼈ 心也、 宗祇注云、神代巻云、天地陰陽一気起如葦云所也、又云 此元初之一念力一切根源、万物之 監 ( マ マ ) 腸 也、 ⼈ の心を種と するの理也、 一条禅閤兼良公童蒙抄云、真名序の根たね也、其花は詞 也、 為 家 卿 宗 尊 親 王 江 注 進 之 抄 云、 心 を た ね と 云 は 白 氏 文 集 に根情、苗言、花聲と同し心なり、 浄辨聞書云、 ⼈ の心を種とは詩正云、情動於中、還是在 心為志、而形於言、還發言為詩、吾朝の哥志をのふるこ とおなし、 兼好云、 ⼈ の心を種とするは詠歌斗に非す、万の詞をい へる也、 よ \ ろつのことのはとそなれりける、 ⼈ のこゝろをたねとして、 東野州 云、 詩 ニ 云ことく心に動くを志といふ義也、心にう こく所は世界に 弥 本ノマヽリン 倫したる心に動也、心天地ひとしきゆ へなり、 宗 祇 云、 み ち た る 也、 世 界 の 事、 心 に うこくなれは、哥は世界にある理なり、 た と へ は 天 地 の 炎 寒 の こ ゝ ろにおほゆる、是天地とひとしき故也、心にうこく所詞 に出を歌とはいへる也、 詩 に い へ る こ と く、 動 ヲ 志 ト 云、 詩 経 云、 在 心 為 志、 發 言 為 詩、 情 コヽロ 動 テ 二 中 ウチニ 一 而 形 アラハル 二 言 ニ 一 志、 説 文 云、 意 也、 志 者 心 之 所 レ 之 ユク 也、 心 之 所 主 ツカサトル 也、 廣 韻 云、 意 ハ 慕 シ タフ 也、 ⼈ 心を種として、 東野州相傳 云、天神七代之先、元初 之一念の ⼈ 心也、 宗 祇 注 に 云、 神 代 巻 云、 天 地 陰 陽 一 氣 起 テ 如 シ ト 葦 ノ 云 所 也、 又云此元初の一念か一切の根源、万物之濫觴也、 ⼈ の 心を種とするの理也、 一 条 禅 閤 兼 良 公 童 蒙 抄 ニ 云、 真 名 の 其 根 た ね な り、 其 花 は詞也、

(29)

六〇二 範永云、心の種といへるにより、ことのはと文の縁也、 東野州云、一二を生、二三を生、万物を生ることの心な り、 よろつのことのは、此段哥の大すちを云出たるもの也、 私 云、 詠 歌 斗 に あ ら す、 聲 を 發 す る こ と な り、 毛 詩 云、 情 動 二 中 一 而 形 二 言 一 と 云 々、 又 云、 情 發 二 於 声 一 成 レ マ マ ) 文 謂 之 音、 治 世 音、 安 以 楽、 政 和、 乱 世 之 音、 怨 以 怒 以 ( マ マ ) 怒 、其政乖、亡国之音、哀以恩、其 民 (ママ) 因 タ シ ナ ゾ レバ也 、 世 \ の中にある ⼈ ことはさしけき物なれは、こゝろにおも ふことをみるものきくものにつけていひ出せる也、 ⼈ 之 在 世 不 レ 為 一 思 慮 易 レ遷、 哀 楽 相 變、 感 生 二 志 ヨ リ 一 詠 形 ル 二 於 言 一 是 以 逸 ヨロコベル 者 其 声 楽、 怨 者 其 吟 悲 シ 、 可 レ ヘ レ ヿ 、可 レ イキドヲリヲ 、 こ \ とはさ   世間の事、世務にあらす、火を見てはあつき 為 家 卿 宗 尊 親 王 へ 注 進 の 抄 ニ 云、 心 を た ね と 云 は、 白 氏 文集 ニ 根 ト シ レ 情 コヽロヲ 、苗 レ ヲ 、花 レ聲と同し心なり、 浄辨 聞書云、 ⼈ の心を種とは 詩正 云、情動於中、還是 在 ヲ レ ニ 為 シ テ レ ト 、 而 形 ル 於 言、 還 テ 發 ヲ レ 言 為 ス レ 詩 ト 、 吾 朝 の 哥 志 を の ふることおなし、 兼好 云、 ⼈ のこゝろを種とするは詠哥はかりに非す、万 の詞をいへる也、 万のことのはとそなれりける、 範 ノリ 永 云、心の種といへるにより、ことのはと文の縁也、 東野州 云、一二を生、二三を生、万物を生する心也、 此段、哥の大すちを先いひ出たるもの也、 私云、詠はかりにあらす、声を発すること也、 毛 詩 云、 情 動 二 中 一 形 二 於 言 一 云 云 又 云、 情 發 二 聲 一 聲 成 文 アヤヲ 謂 二 之 音 オント 一 治 世 ノ 音、 安 シ テ 以 テ 樂、 政 和、 亂 世 ノ 音、 怨 テ 以 テ 怒 ル 、其政 乖 ソムク 、亡国之 音 ハ 、哀 以 テ 思 フ 、其民困、   (*1) 兼好云、これは ⼈ の哥よむこと也、別の義なし、 ことわさ   世間の事、世務にあらす、火をみてはあつき

(30)

『古今和歌集序鈔』 (小幡正信注)翻刻 六〇三 としり、風をきゝては寒きとしる、 ⼈ 々自性氣也、此氣 不絶ほとは、或は悦、あるはかなしみ、しはらくもやむ 間なし、思慮易遷、哀楽相変して朝より暮まて同し心な し、去によりて感は心さしより生し、詠は言葉よりあら はるゝ也、 兼好云、是は ⼈ の哥よむことなり、別の義なし、 感は志より生、その悲しひ、楽ひとおもふか則志也、心 より情にうつる間也、感するとは目に見、耳に聞所か則 心 に う つ る か 感 也、 ひ と つ に な る 心 也、 詠 は 言 よ り 形、 そのみる、きく所か心にうつりて情にわたりすくにこと はに出る也、是故に古今云、詞は心の影也、心直則詞直 也、 ⼈ 々可耻之、 東野州真名序傳云、感とは心に興する事也、逸とは無事 な る 義、 ま た や す き を い ふ、 さ れ は 其 聲 も 楽 ひ の 聲 有 也、 非 (ママ) は恨事、恨有 ⼈ 其吟悲しみたる也、唯心より起て 其も有心は元来けかれす、只物にひかれてにこり行習な れは、心のたゝしきをもとゝし侍るへきこと也、哥をよ む ⼈ は 心 正 し か ら さ れ は、 哥 不 正 也、 天 地 は ⼈ の 心 也、 と し り、 風 を き ゝ て さ む き と し る、 ⼈ 〳〵 自 性 の 氣 也、 此氣不絶ほとは、あるは悦、あるはかなしひ、しはらく も や む 間 な し、 思 慮 易 ク レ 遷、 哀 樂 相 變 し て 朝 よ り 暮 ま て 同 し こ ゝ ろ な し、 さ る に よ り て 感 は こ ゝ ろ さ し よ り 生 ナリ 、 詠は言葉よりあらはるゝ也、 感は志より生、そのかなしひ、たのしひとおもふか則 志也、心より情にうつる間也、感するとは目に見、耳 に き く 所 か 則 心 に う つ る か 感 也、 ひ と つ に な る 心 也、 詠は言より形、その見る、きく所か心にうつりて情に わたりすくにことはに出る也、是故に古今云、詞は心 の影也、心直 則 ハ 詞直也、 ⼈ 々可耻之、 東野州 真名序傳云、感とは心に興ること也、 逸 イツ とは無 事なる義、又やすきを云、これは其声も樂しひの声有 也、悲は 恨 ウラムル 事、恨有 ⼈ は吟悲しき也、唯心より起て 其 も 有 レ は 元 来 け か れ す、 只 物 に ひ か れ て に こ り 行 習 な れ は、 心 の た ゝ し き を も と ゝ し 侍 る へ き こ と 也、 哥をよむ ⼈ は心正しからされは、哥不正也、天地は ⼈

参照

関連したドキュメント

非営利 ひ え い り 活動 かつどう 法人 ほうじん はかた夢 ゆめ 松原 まつばら の会 かい (福岡県福岡市).

断するだけではなく︑遺言者の真意を探求すべきものであ

 此準備的、先駆的の目的を過 あやま りて法律は自からその貴尊を傷るに至

真竹は約 120 年ごとに一斉に花を咲かせ、枯れてしまう そうです。昭和 40 年代にこの開花があり、必要な量の竹

より早期の和解に加え,その計画はその他のいくつかの利益を提供してい

 ライフ・プランニング・センターは「真の健康とは何

地下水の揚水量が多かった頃なの で、地下水が溜まっている砂層(滞

「豊かな海・海のつながり」の発信については、目標を大幅に超える、砂浜美術館 Facebook ページへのリーチ数 がありました。関連の投稿数