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博士学位論文概要
藤本 博
1.論文題名
『ヴェトナム戦争研究―『アメリカの戦争』の実相と戦争の克服―』
2.全体の概要と本論文の意義・独創性
(1)全体の概要
本論文は、第二次世界大戦後の戦争としては規模として最も破壊的な戦争であり、アメ リカ合衆国(以下、アメリカ)の価値観を大きく揺り動かした、「アメリカの戦争」として のヴェトナム戦争について、アメリカ外交史研究者の立場から考察したものである。本論 文においては、冷戦史研究・アメリカ外交史研究の動向をふまえ、第一に、アメリカと「第 三世界」との「相互」関係史の視点から、ヴェトナム民衆に多大な犠牲を与えた「アメリ カの戦争」の実相について考察し(第1部 第1章・第2章)、第二に、米外交の展開が米 社会の変容にいかなる影響を与えたのかに関する事例研究として、米国内外における「ア メリカの戦争犯罪」告発の取り組みならびに反戦帰還兵によるヴェトナム民衆との「和解・
共生」をめざす活動の検討を通して、戦争中・戦争終結後における「戦争の克服」の諸相 とその遺産について解明した(第2部 第3章・第4章・第5章、第3部 第6章・第7章・
第8章)。
(2)本論文の意義・独創性
本論文の意義とその独創性は以下の三点にある。第一に、十分に注目されてきていると は言い難いヴェトナム民衆の多大な犠牲に着眼して「アメリカの戦争」の実相を考察する 重要性を指摘していること、第二に、「アメリカの戦争犯罪」告発の取り組みとも言うべき
「ラッセル法廷」や米国内での反戦帰還兵による活動が国際的連関・連携の中で展開され た点を検討し、この国際的連関・連携の側面に着眼して米国の反戦運動への影響とそれら の取り組みの遺産を解明していること、第三に、米国内での「加害」をめぐる視点の希薄 化の状況下における自国中心の内向きの「戦争の記憶」を越えてのトランスナショナルな レベルでの「他者」(ヴェトナム民衆)を視野に入れた「和解・共生」創造の意味を考察し ている点にある。
3.目次
序章―研究対象、問題の所在、本書の構成
第1部「アメリカの戦争」としてのヴェトナム戦争の実相と「ソンミ虐殺」
第1章 アメリカのヴェトナム軍事介入の特徴とヴェトナム民間人犠牲の実態 第2章 「アメリカの戦争」の象徴としての「ソンミ虐殺」と南ヴェトナムにおける
戦争の実相
第2部 アメリカ国内外における「アメリカの戦争犯罪」告発の展開とその歴史的意義
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―ヴェトナム戦争期における「戦争の克服」の試み
第3章 国際社会における「アメリカの戦争犯罪」告発の開始 ―「ラッセル法廷」
(ヴェトナム国際戦争犯罪法廷)とジョンソン政権の対応 第4章 米国内における「ソンミ虐殺」露見とヴェトナム帰還兵による「戦争犯罪」
告発―「全米帰還兵調査会」から「冬の兵士」調査会へ
第5章 1971年半ば以降におけるVVAWによる「アメリカの戦争犯罪」告発の国際 的活動の展開とニクソン政権の対応
第3部 ヴェトナム戦争後における「ヴェトナムの記憶」と「戦争の克服」をめぐる諸 相
第6章 ヴェトナム戦争後の米国におけるヴェトナム戦争の記憶―「加害」の記憶の 封印・忘却と継承の相剋
第7章 「マディソン・クエーカーズ」(Madison Quakers, Inc)プロジェクト(1)
―ヴェトナム民衆を対象とする「戦争の克服」と「和解・共生」
第8章 「マディソン・クエーカーズ」プロジェクト(2)―アメリカ・ヴェトナム 両国の枠を超えた「和解・共生」への普遍的試み
終章 「終わりなき」ヴェトナム戦争―ヴェトナム帰還兵による「アメリカの戦争犯罪」
告発の遺産と「ソンミ虐殺」をめぐる記憶継承、「マディソン・クエーカーズ」
プロジェクトの今日的可能性 あとがき
史料・文献目録
4.各章の要約
[序章]
序章においては研究対象の概要、研究史上の位置、論文の構成について言及した。本論 文は、「冷戦史」研究の射程の中で、「アメリカの戦争」としてのヴェトナム戦争の実相と 戦争中ならびに戦争後の「戦争の克服」の諸相を明らかにするものであり、本研究の研究 史上の位置づけは以下の点にある。第一に、アメリカと「第三世界」との双方向での「相 互」関係史を重視する視点に立ったヴェトナム戦争史研究であり、とくにアメリカのヴェ トナム軍事介入政策が現地のヴェトナム民衆にいかなる犠牲をもたらしてきたかに関して、
その背景と実態に着眼する研究である。従来のヴェトナム戦争史研究では、アメリカの指 導者を中心とする政策史研究や軍事史が中心で、アメリカの戦争政策がヴェトナム民衆に どのような影響を与えたかについての実証的研究はこれまで皆無に近かった。そして第二 に、アメリカ外交の展開がアメリカの社会的変容にどのような影響を与えたのかに着眼し た研究でもある。この点で、「ラッセル法廷」ならびに反戦帰還兵による「アメリカの戦争 犯罪」告発の活動とその遺産を考察するにあたっては(第2部 第3章・第4章・第5章)、
各社会階層(本研究ではヴェトナム帰還兵)等を対象とし、しかも国際的連携・連関の視 点を導入する近年の反戦運動史研究の進展の延長線上にある。
[第一部 第 1 章・第2章]
第1部(第1章、第2章)では、「アメリカの戦争」の特徴をなす「索敵撃滅」作戦の展
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開とその帰結である「ソンミ虐殺」の実相を検討した。
第 1 章で考察したアメリカのヴェトナム軍事介入の特徴とヴェトナム民間人犠牲の実態 について言えば、米軍による無差別攻撃・殺りくによって、約200万人に及ぶ膨大な数の 民間人が犠牲となったことに注目すべきであり、「アメリカの戦争」の実相を理解するうえ では、「戦争に民間人がまき込まれたのではなく、初めから民間人とその生活空間とが攻撃 の対象とされたこと」(現代史家の荒井信一の指摘)が重要である。百万単位での民間人犠 牲者は、米軍によるヴェトナム全土に対する空爆作戦ならびに南ヴェトナムの地上戦とし て展開された「索敵撃滅」作戦の帰結であった。そして、「索敵撃滅」作戦に象徴される南 ヴェトナムにおける米軍の軍事作戦のディレンマは、火力に依拠した作戦によってむしろ 農村社会を危機的状況に追い込んだことにあるとともに、軍事史家のシャンドラーが指摘 するように、南ヴェトナムの民衆を救うというアメリカの政治目的と南ヴェトナムにおけ る地上戦の現実との間に大きな溝を生み出したことにあった。
第2章において研究対象とした「ソンミ虐殺」は、米軍の行動様式や指揮命令の観点か ら見れば、南ヴェトナムにおいて米軍による地上戦として展開された「索敵撃滅」作戦の 帰結であった。そして、米軍による民間人に対する残虐行為は、「ソンミ虐殺」に限られる ものではなく、規模の大小の差はあれ日常的に行なわれ、しかもこうした残虐行為が系統 的かつ意図的に行なわれていた。上記の点で注目すべきは、「ソンミ虐殺」から約40年を 経た2006年8月6日に『ロサンゼルス・タイムズ』(Los Angeles Times)紙が、1994年 に解禁された米軍文書Vietnam War Crimes Working Group 文書をもとに、米軍が「ソ ンミ虐殺」以外に320に及ぶ民間人に対する殺害・虐殺や捕虜などに対する虐待を行って いたことを明らかにしたことである。そして、Vietnam War Crimes Working Group 文 書に関して重要な点は、米軍によるヴェトナム民間人に対する虐殺が日常的に行なわれ、
しかも個別の部隊による虐殺事件をはるかに超えて想像以上に広範囲なものであったこと が米公文書によって裏づけられたことにある。
[第2部 第3章・第4章・第5章]
第2部(第3章、第4章、第5章)においては、戦争時の「戦争の克服」の試みである
「ラッセル法廷」や米国内での帰還米兵による「アメリカの戦争犯罪」告発の活動が民間 人犠牲に着眼することで「正義の戦争」観に挑戦したことに意義があり、しかも国際的連 携・連関の文脈でこれらの活動が展開されたことを明らかにした。
第3章では、1967年にスウェーデンのストックホルムとデンマークのコペンハーゲン郊 外ロスキレにて開催された「ラッセル法廷」について検討した。「ラッセル法廷」は、国際 社会における「アメリカの戦争犯罪」告発の開始とも言うべきものであった。「ラッセル法 廷」では、米軍が民間目標に対して「意図的、系統的、かつ大規模な」砲爆撃を展開する とともに、アメリカの戦争行為が「ジェノサイド」的様相を帯びているとの理解が提示さ れた。
第3章の考察にあったては、上記の「ラッセル法廷」の特徴をふまえ、従来の研究では
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断片的な言及しかない「ラッセル法廷」に対するジョンソン政権の対応ならびに同法廷が アメリカの反戦運動に与えた影響とその遺産に関する実証的な研究を試みた。後者の点に 関しては、国際的連携・連関の視点から、法廷メンバーとしてアメリカから参加した3名 の代表的な黒人運動家と反戦・平和運動家(カーマイケル、オグレスビー、デリンジャー)
や3名の元米兵士の証言とその役割について考察した。
ジョンソン政権の対応の全体的特徴は、開催予定地であったフランスや開催地となった スウェーデン、デンマークの各政府に圧力をかけるなど、「ラッセル法廷」に対し否定的な 態度をとり、その信憑性を貶めるような行動をとったことにある。そして、国際的連携・
連関に関して言えば、反戦帰還兵による「アメリカの戦争犯罪」告発の最初の場がアメリ カ国外のコペンハーゲン郊外ロスキレで開催された「ラッセル法廷」においてであり、そ して、「ラッセル法廷」にアメリカから黒人運動家、反戦・平和運動家と元米兵が参加する 過程は、ラッセルがアメリカ世論に影響を与える目的でアメリカの反戦運動やと黒人運動 との連携を試み、アメリカの黒人運動、反戦・平和運動との人的ネットワークが形成され る中で、アメリカの反戦運動が国際的な反戦運動と連携していく端著となったことを意味 した。これらの点に加え、国際的連携・連関の文脈では、「ラッセル法廷」がアメリカ反戦 運動に与えた遺産に関して、参加した運動家の間で国際的連帯意識が芽生え、しかも後に
「ラッセル法廷」の米国版として「アメリカの戦争犯罪」を告発する動きが出てきたこと が注目に値する。
第3章に関する関係一次史料としては、マクマスター大学図書館所蔵の「ラッセル法廷」
関係史料ならびに米国立公文書館IIとジョンソン大統領図書館所蔵史料を利用した。
第4章においては、「ソンミ虐殺」露見を契機として米国内で展開される反戦帰還兵に よる「アメリカの戦争犯罪」告発について、最初の全米規模での「戦争犯罪公聴会」であ った「ヴェトナムにおけるアメリカの戦争犯罪市民調査会」(Citizens’ Commission of Inquiry on U.S. War Crimes in Vietnam)主催による「ヴェトナムにおけるアメリカの戦 争犯罪全米帰還兵調査会」(National Veterans Inquiry into U.S. War Crimes in Vietnam、
「全米帰還兵調査会」。1970 年 12 月)が開催されるに至る経緯とともに、この「全米帰 還兵調査会」を受けて「戦争に反対するヴェトナム帰還兵の会」が主催して 1971 年初頭 に開催された「冬の兵士」調査会(Winter Soldiers Investigation)について考察した。
反戦帰還兵ならびに現役の兵士によって、自らの体験にもとづき、「アメリカの戦争犯 罪」の告発がなされて、アメリカ社会に根強く存在してきた、自国が常に正義の側にある との理想的理念に裏付けられる「正義の戦争」観に挑戦する動きが生まれたのは、「ラッセ ル法廷」から2年ほど経た1969年11月における「ソンミ虐殺」露見によってであった。
この動きの代表的なものが、「全米帰還兵調査会」であり、その直後の1971年2月に開催 された「冬の兵士」調査会であった。「冬の兵士」調査会では、反戦帰還兵たちが自らの体 験にもとづいて証言し、ヴェトナム民間人の多大な犠牲に着眼することで、「ソンミ虐殺」
は「孤立的」なものではなく、米軍による残虐行為が日常的に起っていることを明らかに して、アメリカの戦争それ自体の非人道性をアメリカ市民に広く知らしめようとした。
興味深いことは、米国内における反戦帰還兵による「アメリカの戦争犯罪」告発の本格 的な場となった「全米帰還兵調査会」や「冬の兵士」調査会は、言わば「ラッセル法廷」
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の米国版として開催されたのであり、そして、「ラッセル法廷」第二回法廷で証言した 3 名の元米兵の内、マーティンセンとダンカンがこれらのヴェトナムにおける「アメリカの 戦争犯罪」告発の場で積極的な役割を果たし、さらに言えば、「冬の兵士」調査会に至る経 緯やその直後の動きにおいても、国際的な連携・連関が見られた点である。これらのこと から理解できるように、反戦帰還兵による「アメリカの戦争犯罪」告発の活動は国際的な 反戦運動と連携しながら展開されたのであった。
第 5 章においては、考察全体を通して、1971 年末には全米規模での大衆的な反戦組織 として発展するVVAWが国際的な活動に取り組んだことに注目し、以下の二点を明らかに した、第一に、VVAW は、「ラッセル法廷」を継承した「新ラッセル法廷」とも言うべき
「国際戦争犯罪調査委員会」第二回審理集会(1971年6月にノルウェーのオスロで開催)
や同第三回審理集会(1972年10月にデンマークのコペンハーゲンで開催)などの国際的 な集会に組織として代表を派遣し、世界的な国際連帯、反戦・平和の活動に貢献したこと。
第二に、北ヴェトナムや南ヴェトナム臨時革命政府、ラオス、カンボジアの解放運動の代 表者との接触・交流ならびに北ヴェトナムへの訪問を通して、VVAW のメンバーの中で、
「人間」としての「他者」の発見の契機が生み出され、このような意識変革をもとに、戦 争従軍中の人種差別意識が批判的に問い直され、人間的絆をもとにした国際連帯意識が育 まれていったこと。
以上の考察は、これまで研究では十分な究明がなされているとは言えないVVAWの国際 的活動の内容とその意義について検討したものであり、従来のVVAW研究の空白を埋める 意味をもっている。
第5章の後半部分においては、反戦帰還兵が提起したアメリカの戦争政策の正当性、道 義性に対する問いかけが同時代的にアメリカ社会全体に十分浸透したとは言い難い面もあ ることについて検討し、その要因として、ニクソン政権が反戦運動に対する監視を強化す るとともに、戦争批判を鎮静化しようと試みたこと、そして、1971年初頭から1973年ま での時期において、反戦運動は分散化・衰退化の方向をたどり、「ソンミ虐殺」に係わって 唯一罪に問われたカリー中尉を免罪しようとしたニクソン大統領の措置を支持する国民意 識が醸成された点を明らかにした。
第4章・第5章における考察は、関係一次史料として、コーネル大学図書館、ウィスコ ンシン歴史協会、ミズーリ歴史協会にそれぞれ所蔵されている関係一次史料を渉猟した。
[第3部 第6章・第7章]
第6章においては、戦争終結後における米国内での「加害」の視点の忘却・継承の諸相 を検討した。ヴェトナム戦争が終結した1975年以降、国家の指導者の側から「公的記憶」
の再構築が行なわれ、「加害」の側面の「戦争の記憶」が「封印」されて、ヴェトナム民衆 の犠牲や米軍の破壊的行為に対するアメリカ政府の責任が回避されてきた。ただ、従来の 研究では、「加害」の側面の「戦争の記憶」が「封印」され「ヴェトナム症候群」の克服が 目指されたことはかなり明らかにされてきたものの、この時期に「加害」の側面に着眼す る「戦争の記憶」の継承も見られたことについては必ずしも十分な考察がなされてはこな かった。そこで第6章においては、1977年のカーター政権発足時からG.W.ブッシュ政権
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下で起った「9.11同時多発テロ」直後までの時期を対象として、従来指摘されてきた「公 的記憶」の再構築や「ヴェトナム症候群」の克服に関する研究に依拠しながらも、「戦争の 記憶」をめぐる「加害」の記憶の封印・忘却の動きと、他方での「加害」性を視野に入れ た「戦争の記憶」の継承の動きとの相剋に着目して、ヴェトナム戦争終結後のアメリカに おける「ヴェトナムの記憶」の諸相を考察した。「加害」性を視野に入れた「戦争の記憶」
の継承としては、湾岸戦争時におけるイラクにおける「アメリカの戦争犯罪」を告発した ラムゼイ・クラークとライデンアワーの問題提起や1990年代初頭に行なわれたテュ―レン 大学での「ソンミ虐殺」をめぐるシンポジウム、そして、「9.11」後に「アメリカの戦争」
の犠牲になったアフガニスタンの民衆の犠牲に着眼する「明日の平和を求める9.11犠牲者 遺族」(September 11th Families for Peaceful Tomorrows)の動きに注目した。
第7章、第8章では、ヴェトナム戦争後における「戦争の克服」の試みの一例として、
トランスナショナルなレベルにおける「和解・共生」創造の試みである、ヴェトナム帰還 米兵のマイク・ベイムが主宰する「マディソン・クエーカーズ」(Madison Quakers, Inc.)
プロジェクトに注目した。
第7章においては、最初にマイク・ベイムによるヴェトナム戦争体験からのトラウマ克 服のプロセスをふまえながら「マディソン・クエーカーズ」の設立経緯について言及し、
次いで、「ソンミ虐殺」の地である旧ソンミ村を含む周辺地域におけるヴェトム民衆を対象 とした「マディソン・クエーカーズ」プロジェクト、具体的には 1994 年に始まる「少額 無担保融資」(Micro-credit Loans)をはじめ、「ミライ平和公園」(My Lai Peace Park)、
「小学校支援」(Primary Schools)、「絵を通した文通」(Art Pen-Pals),枯葉剤犠牲者支 援も対象とする「思いやりの家」(Compassion Houses)の各プログラムについて考察し た。
「マディソン・クエーカーズ」プロジェクトの各プログラムにおいては、戦争当事者間 での「戦争の暴力」に伴う「憎しみ」を克服することをまずは優先的に念頭に置き、「希望」
を生み出す一つの方法として、「戦争当事者」であったアメリカとヴェトナム両国の市民レ ベルの人々の間での精神的な感情の絆の構築を重視し、この精神的な心の絆をもとにした
「相互尊重と協力への共通の土俵」を土台に「和解・共生」に基づく両国の人々の間にお ける平和的関係の構築を目ざしてきたことが注目される。そして、ベイムがヴェトナム民 衆とのこうした「和解・共生」意識を持つことができた背景には、アメリカという「一国 的(ナショナル)」に閉ざされた枠組みではなく、「他者」(=ヴェトナム民衆)が被った戦争 犠牲に対する眼差しをもとに、外に開かれたトランスナショナルな「戦争の記憶」の獲得 のプロセスがあったことが重要である。
第 8 章においては、「マディソン・クエーカーズ」が、ヴェトナム戦争を象徴する虐殺 の地である「ソンミ」を媒介として、その活動の射程を地理的に横に広げ、アメリカとヴ ェトナム両国以外の地域も視野に入れてグローバルな視点から「和解・共生」を創造する普 遍的試みとして推進してきた二つの事例を検討した。具体的には、一つ目の事例として、
旧ソンミ村を中心に展開されていた「少額無担保融資」プログラムをもとに、内戦による
「虐殺」などの後遺症克服をめざしていたエルサルバドルの女性とソンミ村の女性との橋
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渡しを目的に展開された「女性の出会い」(Sisters Meeting Sisters)プログラムについて、
そして、二つ目の事例として、「ソンミ虐殺」40周年にあたる 2008 年3月に日本の被爆 者の方々を「ソンミ虐殺」の地に招聘することを通して、核兵器の惨劇を象徴する「ヒロ シマ・ナガサキ」と「ソンミ」を結びつけようとした試みについて考察した。とくに2008 年に広島・長崎で原爆体験を持つ被爆者を旧ソンミ村に招いた後者の事例に関しては、「マ ディソン・クエーカーズ」プロジェクトを主宰するベイムが「ソンミ」と「ヒロシマ・ナ ガサキ」に関して無差別殺りくによる民間人の犠牲という点で共通していることに着眼す ることで、「トランスナショナル」なレベルでの戦争犠牲者・戦争体験者による連帯の構築 を視野に入れながら、「ソンミ」を媒介として「和解・共生」への機運を創り出そうとした 点にその重要性がある。
[終章]
終章においては、本論での考察をふまえ以下の点を強調して本論文の結びとした。
第一に、ヴェトナム戦争中における「アメリカの戦争犯罪」告発の場となり、「戦争の 克服」の試みとも言うべき「ラッセル法廷」、そしてその後、アメリカ国内で開催された「全 米帰還兵調査会」や「冬の兵士」調査会においてアメリカによる「戦争犯罪」行為がその 戦争政策の展開の帰結として日常的に行なわれたことが明らかにされ、「アメリカの戦争犯 罪」告発の中心を担った反戦帰還兵は、アメリ戦争それ自体の非人道性をアメリカ市民に 広く知らしめるとともに、アメリカ社会に根強く存在してきた「正義の戦争」観に挑戦し ようとした。
第二に、第5章第 IV 節で言及した「冬の兵士」調査会以後のニクソン政権の対応、そ して第6章において考察した1980年代におけるレーガン政権による「ヴェトナム症候群」
の克服の動き、さらには 2001 年の「同時多発テロ」後のアフガニスタンやイラクにおけ る「対テロ戦争」の展開という歴史的過程を経て、現在、ヴェトナム戦争中に「全米帰還 兵調査会」や「冬の兵士」調査会において反戦帰還兵が提起した問いかけがアメリカ社会 において広く定着し、その問いかけを契機にアメリカの外国における軍事介入政策の転換 が促されるまでには至っていないものの、反戦帰還兵の問いは、民間人の犠牲を生み出す 戦争の実相に敏感に反応する意識がその後一定定着することにつながったという意味で思 想的な影響を後のアメリカ社会に与えた。このことは、ヴェトナム戦争中に開催された「冬 の兵士」調査会から学んで、イラク戦争の過程で2004 年7月に「戦争に反対するイラク 帰還兵の会」(Iraq Veterans Against the War, IVAW)が結成され、その後、2008年3月 に IVAW の主催にて「冬の兵士 イラクとアフガニスタン 占領の目撃証言」(Winter Soldier Iraq and Afghanistan: Eyewitness Accounts of the Occupations)と題する公聴 会が開催されたことにことからもわかる。
第三に、オバマ政権下において2012年からヴェトナム戦争終結50周年を迎える2025 年までの 13 年間の射程で進行中の「ヴェトナム戦争 50 周年コメモレーション」
(Commemoration of the 50thAnniversary of the Vietnam War)の企画は、自国だけの「閉 ざされた」戦争の記憶のもとに、帰還兵を「英雄」視することにつながりかねず、このこ とを考えれば、ヴェトナム戦争中に「ラッセル法廷」や米国内の反戦帰還兵によって提起 されたことは未完の課題であり、多くのヴェトナム民衆が犠牲になったという「アメリカ
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の戦争」の実相を理解することが改めて重要となる。また、「アメリカの戦争犯罪」告発の 中での問題提起を問い続けることは、一般的に言えば、「非人間化」をもたらす戦争状況の 拡大を防ぐとともに、こうした戦争状況を生み出さないよう努力を傾けることにつながる。
米軍兵士の犠牲をはるかに凌駕するヴェトナム側の民間人犠牲が可視化することで、自国 中心の「閉ざされた」戦争の記憶ではなく、「他者」(ヴェトナム民衆)の犠牲を射程に入 れた「開かれた」戦争の記憶への回路が切り開かれる。
第四に、「マディソン・クエーカーズ」プロジェクトの今日的可能性について言えば、
以下の二点に注目することができる―①アメリカ政府による謝罪やヴェトナム民衆犠牲者 に対する補償がきわめて困難な現状がある中では、「戦争の克服」と「和解・共生」の担い 手として、「マディソン・クエーカーズ」のように市民ベルの組織や個人の役割が重要であ ること。②「マディソン・クエーカーズ」の活動は、「他者」(ヴェトナム民衆)の戦争犠 牲に着眼して、自国中心の「閉ざされた」枠組みを超え、外に開かれたトランスナショナ ルな「戦争の記憶」をもとにヴェトナム民衆との「和解・共生」を促進するとともに、「ア メリカの戦争」の「実相」を象徴する「ソンミ虐殺」の記憶が継承される場を創り、「戦争 の克服」につながる回路を生み出してきており、この意味で、アメリカ国内において、常 に自国が正義の側にあるという「アメリカ例外主義」的な考え方の克服に向けた世論形成 に向け、「マディソン・クエーカーズ」の活動が今後一定の影響を与えることが期待される こと。
5.主要参考文献
I 一次史料・準一次史料
(1) 公開文書
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(3)マイクロフィルム史料
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II 研究書、研究論文
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青野利彦「冷戦史研究の現状と課題」日本国際政治学会編『国際政治』第169号(2012年 6月)。
菅英輝 『アメリカの世界戦略―戦争はどう利用されたのか―』(中公新書、2008年)。
――「戦争と記憶―トランスナショナル・ヒストリーの可能性―」『東アジア研究』第8 号(2006年)。
田中孝彦「グローバル・ヒストリー―その分析視座と冷戦史研究へのインプリケーション―
日本国際政治学会編『日本の国際政治学第4巻 歴史の中の国際政治』(有斐閣、2009年)。
西崎文子「国際関係」五十嵐武士・油井大三郎編『アメリカ研究入門』[第3版](東京大 学出版会、2003年)。
藤原帰一『戦争を記憶する―広島・ホロコースト・現在―』(講談社新書、2001年)。
油井大三郎『なぜ戦争観は衝突するか―日本とアメリカ―』(岩波現代文庫、2007年)。
――『好戦の共和国 アメリカ―戦争の記憶をたどる―』(岩波新書、2008年)。
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陸井三郎『ハノイでアメリカを考える』(すずさわ書店、1976年)。
清水知久『ベトナム戦争の時代―戦車の闇・花の光―』(有斐閣新書、1985年)。
古田元夫『歴史としてのベトナム戦争』(大月書店、1991年)。
ベトナム戦争の記録編集委員会『ベトナム戦争の記録』(大月書店、1988年)。
本多勝一『戦場の村』(朝日文庫、1981年)。
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吉野源三郎『同時代のこと―ヴェトナム戦争を忘れるな―』(岩波新書、1974年)。
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