博 士 論 文 概 要
論 文 題 目
単原子電子源の放出特性の研究と 電子顕微鏡への応用
Emission characters of single-atom electron sources and their application to scanning electron microscopy
申 請 者
石川 剛
ISHIKAWA TSUYOSHI
物理学及応用物理学専攻 表面物性研究
2008 年 2 月
Ｎｏ.1 原 子 1 個 か ら 電 子 ビ ー ム を 放 出 す る 単 原 子 電 子 源 は 2 0 年 前 に F i n k に よ っ て 発 明 さ れ ， そ の 高 い 輝 度 ， 高 い 可 干 渉 性 等 の 優 れ た 特 性 が 知 ら れ て い た が ， 電 子 ビ ー ム 機 器 へ の 応 用 は 著 し く 制 限 さ れ て い た ． そ の 主 な 要 因 は 実 用 電 子 源 に 不 可 欠 な 2 つ の 機 能 （ 自 己 修 復 機 能 と デ マ ン タ ブ ル 機 能 ） が 欠 け て い た か ら で あ る ．
動 作 状 態 の 電 子 源 は ， 電 離 し た プ ラ ス イ オ ン の 衝 撃 に い つ も さ ら さ れ て い る ． こ の イ オ ン 衝 撃 は 電 子 源 表 面 の 化 学 組 成 や 原 子 構 造 を 変 え ， 仕 事 関 数 や そ の 空 間 分 布 を 変 え る た め に ， 電 子 ビ ー ム の 形 状 ， 放 出 方 向 ， 電 流 密 度 を 大 き く 変 え る ． こ れ ま で 実 用 化 さ れ た 電 子 源 は 加 熱 に よ っ て ， こ れ ら の 変 化 を も と の 状 態 に 戻 す 自 己 修 復 機 能 を 保 持 し て い る ．
ま た 電 子 源 は ， 電 子 銃 の 電 子 光 学 の 軸 中 心 に 高 精 度 に 配 置 さ れ て い る ． こ の た め ， 電 子 顕 微 鏡 の 電 子 源 は 鏡 筒 外 部 で 製 造 さ れ ， 大 気 中 で 電 子 銃 や 他 の 電 極 内 部 に 精 度 よ く 配 置 さ れ る ． こ の 電 子 源 を 1 つ の 真 空 容 器 か ら 他 の 真 空 容 器 に 移 し か え る こ と の で き る 性 質 を デ マ ン タ ブ ル 機 能 と い う ． ト リ タ ン フ ィ ラ メ ン ト ， 酸 化 物 カ ソ ー ド ，N E A 電 子 源 に は こ れ ら の 機 能 が な く ， 活 性 化 操 作 に よ っ て ， 電 子 放 出 す る よ う に な っ た 表 面 を 大 気 に 一 度 露 出 す る と ， そ の 電 子 放 出 特 性 は 著 し く 劣 化 し て し ま う た め ， 封 じ き っ た 真 空 内 部 の み で 使 用 さ れ て い る ． こ の デ マ ン タ ブ ル 機 能 も 顕 微 鏡 等 の 実 用 電 子 源 に 必 要 不 可 欠 な 性 質 で あ る ．
本 論 文 は ， こ れ ら 2 つ 機 能 を も っ た 単 原 子 電 子 源 を 提 案 し ， そ の 優 れ た 電 子 放 出 特 性 を 明 ら か に し て ， 実 用 化 に 向 け て 必 要 と な る 知 見 を 得 る こ と が 一 つ の 主 題 で あ る ．
ま た ， こ の 実 用 的 な 単 原 子 電 子 源 の 電 子 顕 微 鏡 へ の 適 用 を 視 野 に 入 れ ， 単 原 子 電 子 源 を 搭 載 し た 電 子 顕 微 鏡 用 電 子 銃 を 製 作 し ， そ の 結 果 ， 全 放 出 電 流 量 に 対 し て ， 約 8 0 %の ビ ー ム が 電 子 光 学 系 に 入 射 す る と い う 従 来 の 電 界 電 子 放 出 源 や ， シ ョ ッ ト キ ー 電 子 源 を 用 い た 電 子 銃 と 比 較 し ，効 率 が 2～3 桁 高 い こ と を 確 認 し た ． 並 行 し て 電 子 光 学 系 に 搭 載 す る 際 の 諸 問 題 を 解 決 し ， 実 用 化 へ の 筋 道 を つ け た ． ま た ， 可 干 渉 性 に 優 れ ， 高 い 輝 度 を 持 つ と い う 単 原 子 電 子 源 の 特 徴 を 生 か す ， 単 原 子 電 子 源 が 搭 載 可 能 な 低 速 電 子 顕 微 鏡 の 製 作 を 行 っ た ． こ の 顕 微 鏡 は ， 生 体 分 子 等 の 単 分 子 の 構 造 解 析 を 目 標 と し た 低 速 電 子 線 回 折 装 置 と し て の 機 能 を 有 し て お り ， そ の 原 理 検 証 実 験 の 結 果 を 示 す ．
本 論 文 の 構 成 と 各 章 の 内 容 を 以 下 に 述 べ る ．
以 下 に 本 論 文 の 構 成 と 主 要 な 章 の 概 要 を 述 べ る ．
第 1 章 の 「 序 論 」 で は ， 本 研 究 の 背 景 ， 目 的 ， 成 果 ， 意 義 に つ い て 述 べ る ． 第 2 章 の 「 実 験 方 法 」 で は ， 本 研 究 で 使 用 及 び 製 作 し た 電 界 放 射 顕 微 鏡 ， 投 影 電
子 顕 微 鏡 ， 低 速 電 子 線 顕 微 鏡 の 動 作 原 理 ， 及 び そ れ ら の 排 気 系 等 を 含 め た 装 置 全 体 の 構 成 に つ い て 説 明 す る ． ま た ， あ わ せ て 単 原 子 電 子 源 の 作 製 方 法 に つ い て も 説 明 す る ．
第 3 章 の 「 単 原 子 電 子 源 か ら の 電 子 放 出 特 性 」 で は ， 単 原 子 電 子 源 か ら 放 出 さ れ る 電 子 線 の 放 出 電 流 安 定 性 及 び ， エ ネ ル ギ ー ス ペ ク ト ル ， 可 干 渉 性 に つ い て の 評 価 結 果 を 示 す ． 第 3 章 の 概 要 は 以 下 の 通 り で あ る ．
電 子 源 の 2 つ の 異 な る 作 製 方 法 と し て ， 真 空 蒸 着 法 と メ ッ キ 法 で 作 製 し た 単 原 子 電 子 源 の そ れ ぞ れ の 放 出 電 流 安 定 性 を 測 定 し ， 真 空 蒸 着 法 で 作 製 し た 方 が 安 定 し た 動 作（ 電 流 揺 ら ぎ ＜0 . 2％ ）が 可 能 で あ る こ と を 示 し ，電 子 源 作 製 プ ロ セ ス で 混 入 す る 不 純 物 が 放 出 電 流 安 定 性 に 影 響 を 与 え る こ と を 示 す ．
単 原 子 電 子 源 か ら 放 出 す る 電 子 線 は ， 放 出 領 域 の 特 異 な ポ テ ン シ ャ ル 形 状 を 反 映 し た エ ネ ル ギ ー ス ペ ク ト ル を 持 っ て い る ， エ ネ ル ギ ー 幅 は 従 来 の 電 界 電 子 放 出 源 よ り 若 干 広 が り 4 0 0 m e V 程 度 で あ る こ と を 示 す ．
投 影 電 子 顕 微 鏡 を 用 い て ， 単 原 子 電 子 源 か ら 放 出 さ れ た 電 子 線 の 可 干 渉 性 を バ イ プ リ ズ ム を 用 い た 干 渉 実 験 に よ っ て 評 価 し た ． 通 常 の 電 界 電 子 放 出 源 の W < 11 0 >清 浄 針 を 用 い た 比 較 実 験 に よ っ て ， 単 原 子 電 子 源 か ら 放 出 さ れ た 電 子 線 が ， よ り 可 干 渉 性 に 優 れ て い る こ と を 実 験 で 明 ら か に し た ．
第 4 章 の 「 単 原 子 電 子 源 を 搭 載 し た 極 高 真 空 電 子 銃 」 で は ， 単 原 子 電 子 源 を 搭 載 し た 電 子 顕 微 鏡 用 の 電 子 銃 を 製 作 し ， 評 価 し た 結 果 を 示 す ． 第 4 章 の 概 要 は 以 下 の 通 り で あ る ．
電 子 源 の 安 定 動 作 の た め に 極 高 真 空 下 で の 動 作 が 可 能 な ， 単 原 子 電 子 源 を 適 用 し た 電 子 銃 を 試 作 し た ．特 別 な 排 気 系 を 使 用 せ ず に 到 達 圧 力 1×1 0- 9 P a 以 下 を 達 成 し ，S E M 等 の 汎 用 分 析 装 置 等 で も 極 高 真 空 到 達 が 実 現 可 能 で あ る こ と を 実 証 し た ． ま た ， 極 高 真 空 下 で 単 原 子 電 子 源 か ら の 電 子 放 出 を 確 認 し ， 全 放 出 電 流 量 の 約 8 0 %の ビ ー ム が 電 子 光 学 系 に 入 射 す る と い う 従 来 の 電 界 電 子 放 出 源 や ， シ ョ ッ ト キ ー 型 電 子 源 を 用 い た 電 子 銃 と 比 較 し ，2～3 桁 高 い 効 率 を 確 認 し た ． こ れ は ， こ の 電 子 源 の 高 い 指 向 性 を 反 映 し た も の で あ る ． こ の 結 果 ， 新 た に 認 識 さ れ た 電 子 源 の 精 密 な 軸 調 整 の 必 要 性 に つ い て 議 論 し ， こ の 問 題 を 解 決 す る 改 良 型 の 電 子 銃 を 用 い た 実 験 結 果 を 示 す ．
第 5 章 の 「 低 速 電 子 顕 微 鏡 」 で は ， 単 原 子 電 子 源 の 搭 載 を 想 定 し 作 製 し た 低 速 電 子 顕 微 鏡 の 性 能 評 価 結 果 を 示 す ． 第 5 章 の 概 要 は 以 下 の 通 り で あ る ．
単 原 子 電 子 源 搭 載 前 の 性 能 評 価 と し て ，電 子 源 に は W / Z r O シ ョ ッ ト キ ー 放 出 型 の 電 子 源 を 用 い て ， 高 分 解 能 走 査 型 電 子 顕 微 鏡 （S E M） 機 能 の 評 価 と し て 分 解 能 評 価 を 行 い ， 加 速 電 圧 5 k V で 1 . 7 n m の 分 解 能 を 達 成 し た ． ま た ， 同 じ 電 子 源 を
Ｎｏ.3 用 い 回 折 顕 微 鏡 の 原 理 検 証 と し て ， 金 薄 膜 試 料 か ら の 低 速 電 子 線 （1 k V） 透 過 回 折 像 を 取 得 し ， そ の 結 果 か ら 低 速 電 子 線 回 折 顕 微 鏡 の 1 応 用 例 と し て ， 膜 厚 の 見 積 も り が 可 能 で あ る こ と を 示 し た ．
第 6 章 の 「 ま と め 」 で は ， 本 論 文 を 総 括 し ， 今 後 の 課 題 及 び 展 望 に つ い て 論 じ る
早稲田大学 博士（工学） 学位申請 研究業績書
氏 名 石川 剛 印
（２００８年 １月 現在）
種 類 別 題名， 発表・発行掲載誌名， 発表・発行年月， 連名者（申請者含む）
○論文
○論文
論文
論文
論文
○論文
論文
論文
“Direct confirmation of the high coherency of the electron beam from a nanotip”
Applied Physics Letters（投稿中）
T. Ishikawa, B. Cho, E. Rokuta, and C. Oshima
“Fluctuations of electron beams emitted from single-atom electron sources prepared with different techniques”
e-Journal of Surface Science and Nanotechnology 6, 11 (2008)
Tsuyoshi Ishikawa, Keisuke Tagawa, Tomohiro Urata, Chuhei Oshima, Boklae Cho, and Eiji Rokuta
“Coherent and intense multibeam generation by the apex of sharp nano-objects:
Electron half-circular prism”
Applied Physics Letters 91, 163102 (2007) B. Cho, T. Ishikawa, and C. Oshima
“Extreme high vacuum field emission microscope for study on the inherent fluctuation of field emission”
Journal of Vacuum Science and Technology B 25, 1420 (2007) B. Cho, T. Itagaki, T. Ishikawa, E. Rokuta, and C. Oshima
“Measurement of pressures in 10-10Pa range from the damping speed of field emission current”
Applied Physics Letters 91, 012105 (2007) B. Cho, T. Itagaki, T. Ishikawa, and C. Oshima
“Highly efficient electron gun with a single-atom electron source”
Applied Physics Letters 90, 143120 (2007)
Tsuyoshi Ishikawa, Tomohiro Urata, Boklae Cho, Eiji Rokuta, Chuhei Oshima, Yoshinori Terui, Hidekazu Saito, Akira Yonezawa, and Tien T. Tsong
“Stabilities in field electron emissions from noble-metal covered W nano-tips:
Apex structure dependence”
Surface and Interface Analysis 39, 299 (2007)
T. Itagaki, E. Rokuta, H. -S. Kuo, K. Nomura, T. Ishikawa, B. -L. Cho, I. -S. Hwang, T. T. Tsong, and C. Oshima
“Angle-resolved ultraviolet photoelectron spectroscopy with a large solid angle analyzer”
Journal of Electron Spectroscoy and Related Phenomena 159, 39 (2007)
Daisuke Sakai, Daisuke Miura, Akira Maruyama, Tsuyoshi Ishikawa, Chuhei Oshima
Ｎｏ.2
早稲田大学 博士（工学） 学位申請 研究業績書
種 類 別 題名， 発表・発行掲載誌名， 発表・発行年月， 連名者（申請者含む）
論文
論文
論文
論文
論文
論文
論文
講演
“Construction of an electron energy analyzer with wide solid angle”
Surface Science 600, L33（2006）.
Daisuke Sakai, Daisuke Miura, Takeshi Nakajima, Tsuyoshi Ishikawa, Chuhei Oshima，
Hideo Iwai, Yoshimasa Nihei
“Single-atom coherent field electron emitters for practical application to electron microscopy: Buildup controllability, self-repairing function and demountable characteristic”
Applied Surface Science 252, 3686 (2006)
E. Rokuta, T. Itagaki, T. Ishikawa, B. -L. Cho, H. -S. Kuo, T. T. Tsong, C. Oshima
“Demountable single-atom electron source”
e-Journal of Surface Science and Nanotechnology 3, 412 (2005)
Chuhei Oshima, Eiji Rokuta, Takahiro Itagaki, Tsuyoshi Ishikawa, Bokurai Cho, Hong-Shi Kuo, Ing-Shouh Hwang, and Tien T. Tsong
“Atomic-scale field emitter with self-repairable function and thermodynamically stable structure: FEM study on Pd-covered nanopyramids on W tips”
Applied Surface Science 251, 205 (2005)
E. Rokuta, T. Itagaki, D. Miura, T. Moriyama, T. Ishikawa, B. -L. Cho, T. Y. Fu, T. T. Tsong, C. Oshima
“実用極高真空電子銃”
真空（投稿中）
裏田友洋，石川 剛，趙 福夾，大島忠平
“単原子電子源の電子放出特性”
顕微鏡 42, 55 (2007)
六田英治，石川 剛，趙 福夾，H. S. Kuo，I. S. Hwang，T. T. Tsong，大島忠平
“大立体角電子エネルギー分析器の試作”
真空 44, 1013 (2001)
石川 剛，後藤正博，中島 健，岩井秀夫，二瓶好正，大島忠平
（国際学会） “Application of a Single-Atom Electron Source to Scanning Electron Microscope”
9th International Conference on Atomically Controlled Surfaces, Interfaces and Nanostructures,
November, 2007, Tokyo University, Japan T. Ishikawa, T. Urata, and C. Oshima
早稲田大学 博士（工学） 学位申請 研究業績書
種 類 別 題名， 発表・発行掲載誌名， 発表・発行年月， 連名者（申請者含む）
講演
講演
講演
講演
講演
講演
講演
講演
（国際学会） “Highly efficient practical electron gun with a single-atom electron source”
The Fourth 21COE Symposium,
September, 2006, Waseda University, Japan
T. Ishikawa, T. Urata1, B. L. Cho, E. Rokuta, R. Nonogaki, H. Saito, A. Yonezawa, T. T. Tsong, and C. Oshima
（国際学会） “A new type of electron energy analysis system with a low-energy electron point source”
The 2nd International Conference on MAS 2000 July, 2000, Hawaii, America
T. Ishikawa, N. Endo, M. Goto, C. Oshima, and H. Iwai
（Student Award 受賞）
“低速電子回折顕微鏡の開発”
第 68 回応用物理学会学術講演会 2007 年 9 月
石川 剛，裏田友洋，趙 福夾，小粥啓子，米澤 彬，野々垣良三，大島忠平
“コヒーレント低速電子線回折顕微鏡の開発”
日本顕微鏡学会 第 63 回学術講演会 2007 年 5 月 石川 剛，大島忠平
“実用単原子電子源”
学振マイクロビームアナリシス第 141 委員会 第 124 回研究会 2006 年 5 月
石川 剛，裏田友洋，趙 福夾，六田英治，T. T. Tsong，野々垣良三，齋藤秀一，
米澤彬，大島忠平
“単原子電子源を適用した電子銃の作成とその評価”
第 53 回応用物理学関係連合講演会 2006 年 3 月
石川 剛，裏田友洋，趙 福夾，六田英治，板垣考洋，野々垣良三，米澤 彬，
齋藤秀一，T. T. Tsong，大島忠平
“単原子電子源の電界電子放出特性：3. 空間的コヒーレンス評価”
第 52 回応用物理学関係連合講演会 2005 年 3 月
石川 剛，六田英治，板垣考洋，趙 福夾，小林 亘，門脇尚樹，真下祐一，T. T. Tsong，
大島忠平
“新しい電子分光器”
第 19 回吸着分子の分光学的研究セミナー 2000 年 12 月 石川 剛, 中島 健, 後藤正博, 大島忠平
