はじめに
自己免疫性甲状腺疾患は人口の約 10%に存 在する非常にcommonな疾患であり,年齢とと もにその罹患率は上昇する1).自己免疫性甲状 腺炎の症例は他の自己免疫疾患を合併するリス クが高く,その中でも自己免疫性胃炎を合併し やすいことが報告されている2).一方で,自己 免疫性胃炎は胃癌や胃カルチノイドなどの胃腫 瘍性病変との関連が指摘されている3).そのた め,自己免疫性甲状腺炎の症例では,胃腫瘍性 病変の合併の頻度が高い可能性が考えられる. 当院での検討でも,実際に自己免疫性甲状腺炎 の症例では胃腫瘍性病変の頻度が高い傾向が認 められた.今回,我々は自己免疫性甲状腺炎と 自己免疫性胃炎を合併した自己免疫性多内分泌 腺症候群(Autoimmune polyendocrine syndrome: APS)3B型の 1 例を通して,自己免疫性甲状腺 炎における胃粘膜病変の精査の必要性について 述べる.症例
患者:78 歳,女性.現病歴:1 週間続く下腿 浮腫と足の痛みで近医を受診したところ,貧血 と血小板数減少の指摘を受け,原因の精査加療自己免疫性甲状腺炎における胃粘膜変化
(自己免疫性多内分泌腺症候群3B型からの考察)
高橋 利匡1) 原 賢太1) 高吉 倫史2) 大幡 真也2) 竹内 健人1) 杉本 健3) 西山 勝人2) 安友 佳朗2) 横野 浩一2) 要 旨 症例は78歳,女性.貧血と血小板数減少の精査目的で入院.検査より,原因は自己免疫性胃炎と診断した.ま た,自己免疫性甲状腺炎を合併していた.自己免疫性甲状腺炎症例は自己免疫性胃炎を合併しやすく,自己免疫 性胃炎症例は胃腫瘍性病変の頻度が高いと報告されている.当院の自験例では自己免疫性甲状腺炎症例での胃腫 瘍性病変は高頻度であった.自己免疫性甲状腺炎症例に上部消化管内視鏡検査を行うことは重要であると考える. 〔日内会誌 105:81~86,2016〕 ポイント ・自己免疫性甲状腺炎症例は自己免疫性胃炎を合併しやすい. ・自己免疫性胃炎症例は胃腫瘍性病変を合併しやすい. ・萎縮した胃粘膜は自己免疫性甲状腺炎の治療薬の吸収障害を来たす. Key words: 自己免疫性甲状腺炎,自己免疫性胃炎,自己免疫性多内分泌腺症候群,胃粘膜病変 〔第207回近畿地方会(2015/03/07)推薦〕〔受稿2015/07/27,採用2015/08/13〕 1)北播磨総合医療センター糖尿病・内分泌内科,2)同 内科・老年内科,3)同 血液・腫瘍内科Case Report;Gastric mucosa in patients with autoimmune thyroiditis. (Discussion about a case of autoimmune polyendocrine syndrome 3B). Toshimasa Takahashi1), Kenta Hara1), Tomofumi Takayoshi2), Shinya Ohata2), Takehito Takeuchi1), Takeshi Sugimoto3), Katsuhito Nishiyama2),
Yoshiro Yasutomo2) and Koichi Yokono2):1)Division of Diabetes and Endocrinology, Kitaharima Medical Center, Japan, 2)Division of Internal
目的で当院に紹介された.なお,受診前に下血 や黒色便,不正性器出血などのエピソードはな かった.既往歴:高血圧症,Parkinson病.家族 歴:特記すべき事項なし.職業:専業主婦.出 産歴:出産 5 回,流産なし.身体所見:意識清 明.身長 138.3 cm,体重 39.7 kg.脈拍 82/分, 整.血圧 142/70 mmHg.眼瞼結膜蒼白あり, 眼球結膜明らかな黄染なし,両側甲状腺は著明 に腫大(図 1A),心音整,雑音を聴取せず,呼 吸音は異常なし,両側下腿浮腫を認めたが,明 らかな紫斑は認めず,白斑や脱毛なし,その他 特記事項なし.内服薬:アゼルニジピン16 mg/ 日,オルメサルタンメドキソミル20 mg/日,レ ボドパ300 mg/日,ゾニサミド50 mg/日.血液 検 査 所 見: 赤 血 球 119 万/μl,Hb 5.4 g/dl,Ht 15.5%,MCV 130.3 fl,MCH 45.4 pg,白血球 5,650/μl(Neut 74.4%,Lym 13.0%,Eos 0.2%, Baso 0.2%),血小板 7.3 ×104/μl,TP 6.3 g/dl, Alb 4.3 g/dl, フ ェ リ チ ン 170.7 ng/ml,BUN 14.2 mg/dl,Cr 0.50 mg/dl, 総 ビ リ ル ビ ン 2.47 mg/dl,AST 24 IU/l,ALT 9 IU/l,LD 3,100 IU/l,ALP 188 IU/l,γ-GTP 12 IU/l,Na 137.2 mEq/l,K 4.28 mEq/l,Cl 107.3 mEq/l, Ca 8.0 mg/dl,Fe 146 μg/dl,TIBC 211 μg/dl, UIBC 65 μg/dl,BNP 92.3 pg/ml,ビタミンB12< 50 pg/ml, 葉 酸 4.4 ng/ml, コ ル チ ゾ ー ル 17.9 μg/dl,ACTH 52.4 pg/ml, 抗 核 抗 体 <40 倍, 抗 グ リ ア ジ ン 抗 体(-), 抗 筋 内 膜 抗 体 (-),便免疫潜血定性(-).胸部X線撮影:CTR 55%,両側少量胸水を認めた.甲状腺超音波検 査:峡部6.9 mm,右葉の厚み34.3 mm,左葉の 厚み 29.7 mm(図 1B).頸部単純CT:甲状腺腫 大を認めた(図 1C).心エコー:明らかな異常 なし.
臨床経過
入院後,第 2 病日に赤血球濃厚液 2 単位輸血 を行った.また,大球性貧血の所見であり,ビ タミンB12欠乏の可能性を考え,メコバラミン 500 μg/日の筋肉注射を開始した.同時に貧血の 原因精査を開始した.骨髄生検を行ったところ, 骨髄塗抹標本では巨塩基性赤芽球,過分葉好中 球,大型桿状核球を認めた(図 2A,B).また, 上部消化管内視鏡検査施行したところ,明らか な出血は認めず,著明な萎縮性胃炎(O-III)を 認めた(図3).迅速ウレアーゼ試験,IgGピロリ 抗体検査はともに陰性であった.追加で行った 血液検査にてガストリンは 3,000 pg/mlと著明 に上昇しており,抗胃壁抗体40倍,抗内因子抗 体陽性であり,自己免疫性胃炎と診断した. 一方,甲状腺腫大を認めたため施行した血液 検査では,TSH 2.07 μU/ml,FT4 0.83 ng/dl,FT3 1.73 pg/mlと甲状腺機能障害は認められなかっ た.しかし,抗サイログロブリン抗体 307 IU/ ml,抗甲状腺ペルオキシターゼ抗体 144 IU/ml と上昇を認めた.TSH受容体抗体 0.1%,TSH刺 激性レセプター抗体94%と正常域であった.甲 図1 甲状腺所見 A:診察所見,B:甲状腺超音波検査,C:頸部単純CT A B C状腺エコー検査にて甲状腺のび慢性腫大を認 め,自己免疫性甲状腺炎と診断した. 自己免疫性甲状腺炎の約 60%は甲状腺 機能正常である. 以上より,自己免疫性胃炎に自己免疫性甲状 腺炎を合併したAPS3B型と診断した.貧血の原 因は自己免疫性胃炎によるビタミンB12の吸収 障害と考えられ,輸血は第 2 病日のみで終了と し,メコバラミンの筋肉注射を継続した. 自己免疫性胃炎のビタミンB12欠乏の治 療 は ビ タ ミ ンB12の 大 量(1,000~ 2,000 μg/日)内服も有効であるが,内服 は吸収が不安定であることがある. 以後,貧血および血小板数は継時的に改善し た.第20病日での骨髄塗抹標本では骨髄像は正 常化していたことから,当初は骨髄異形成症候 群の可能性も考えられたが,否定的と診断した (図2C).外来でのメコバラミンの筋肉注射を継 続することとし,第23病日に退院に至った.自 己免疫性甲状腺炎に関しては,甲状腺機能障害 が認められなかったため,経過観察とした.
考察
自己免疫性甲状腺炎の患者は高率に自己免疫 性胃炎を合併することが報告されている2). 1975年にWhittinghamにより,白血球遊走試験 により両者が同一の抗原を有する可能性から, thyrogastric diseaseといった概念が提唱されて いる4).その後,自己免疫性甲状腺炎に様々な 自己免疫症候群を合併する疾患としてAPS,さ らに構成する自己免疫性疾患により 1 から 4 型 に分類された5).APS1 型と 2 型は自己免疫性甲 状腺炎にAddison病を合併する病型であり,とも に欧米に比べて日本では発生頻度は少ない.1 型は常染色体劣性遺伝形式をとり,頻度に性差 はなく,autoimmune regular(AIRE)の変異に よる単一遺伝子疾患であることが報告されてい る6).一方,2 型は 1 型より頻度が高く,女性に 多い.常染色体優性遺伝形式をとり,HLA-DR3, HLA-DR4 との関連が指摘されている.3 型は自 己免疫性Addison病が含まれない病型で本邦に 比較的多く,頻度は高いが,1型,2型と比較し て,その病因の解明が進んでいない.内分泌疾 一口メモ 一口メモ 図2 骨髄所見 A:第1病日(巨塩基性赤芽球・過分葉好中球),B:第1病日(大型桿状核球),C:第23病日(正常骨髄) A B C 図3 上部消化管内視鏡検査所見患(1 型糖尿病,インスリン自己免疫症候群, 早期卵巣機能不全,リンパ球性下垂体炎)を合 併した3A型,胃腸疾患(自己免疫性胃炎,セリ アック病,慢性炎症性腸炎症候群,自己免疫性 肝炎,原発性胆汁性肝硬変,原発性硬化性胆管 炎)を合併した3B型,白班,脱毛,自己免疫性 溶血性貧血,抗リン脂質抗体症候群および重症 筋無力症,Stiff-person症候群,多発性硬化症を 合併した3C型,MCTD,関節リウマチ,強皮症, Sjögren症候群を合併した 3D型に細分化されて いる5).4 型は 1 から 3 型に含まれない組み合わ せを示す疾患が分類される.本症例は自己免疫 性甲状腺炎と自己免疫性胃炎を併発しているこ とから,APS3B型に分類される.検査範囲内で は自己免疫性甲状腺炎と自己免疫性胃炎以外の 明らかな臨床像は認められなかった.現在のと ころ,APSに対しての体系だった治療法は存在 せず,各障害された臓器に対する治療を行って いる.本症例は自己免疫性胃炎に対してメコバ ラミンの注射を行い,臨床症状と骨髄像は改善 している. 自己免疫性胃炎は抗胃壁細胞抗体により胃底 腺領域に萎縮を来たした萎縮性胃炎(A型胃炎) を発症することから,胃酸分泌障害が生じる. そのnegative feedbackにより高ガストリン血症 を生じる.高ガストリンによって腸クロム親和 性様細胞の過形成が起こり,時にカルチノイド 腫瘍に変化することが報告されている3).さら に自己免疫性胃炎を呈する患者において胃癌が 発生する頻度が増加することが報告されてお り,海外での56例の検討では,初回内視鏡検査 から 3 年以内に早期胃癌 2 例(3.6%)とカルチ ノイド腫瘍2例(3.6%)を認めたという報告が ある7).また本邦での 60 例の検討では,22.8% に胃癌を認め,組織型では高分化型腺癌が多 かったという報告がある8).本邦での一般健診 で発見される胃癌の発生頻度は 13,316 例の検 討で,37 例(0.28%)程度と報告があり9),一 般健診と比して,自己免疫性胃炎では高頻度で 胃癌を発生すると考えられる.そこで,当院に て自己免疫性甲状腺炎の診断がついている症例 で上部消化管内視鏡検査を受けた 45 例を検討 したところ,既往を含めて胃癌 8 例(17.8%), 胃腺腫1例(2.2%),胃粘膜下腫瘍1例(2.2%) と高頻度に胃腫瘍性病変を合併していた.さら に,その発生の頻度は胃粘膜の萎縮の程度に相 関する傾向を認めた(表).これらの自験例では 抗胃壁抗体や抗内因子抗体を測定していないた め,自己免疫性胃炎の合併の有無を検討してい ないが,自己免疫性甲状腺炎の症例では,潜在 的に自己免疫性胃炎を合併し,胃腫瘍性病変の リスクにさらされている症例が含まれている可 能性が示唆される.また,サイロキシンによる 治療に際して,萎縮性胃炎を合併した症例で は,Helicobacter pylori感染の有無にかかわら ず,胃酸の分泌が低下し,サイロキシンの吸収 障害が認められるため,より高容量のサイロキ シンが必要であると報告されている10).自己免 疫性甲状腺炎の治療においても,甲状腺機能の みならず,胃粘膜の萎縮の程度が治療薬の維持 量を決定する要素の 1 つである可能性が示唆さ れる.なお,当院での検討では,胃粘膜の萎縮 とサイロキシンの内服量において統計学的に有 意な相関を認めることはできなかったが,open typeの症例での比較では,萎縮が進むにつれて サ イ ロ キ シ ン の 平 均 内 服 量 は 増 加 し て い た (表).本検討では,症例数が 45 例と少ないた め,今後,症例数の蓄積が期待される.
最終診断
自己免疫性胃炎に自己免疫性甲状腺炎を 合併した自己免疫性多内分泌腺症候群3B型.おわりに
自己免疫性甲状腺炎は極めてcommonな疾患 で あ る が, 時 に 自 己 免 疫 性 胃 炎 を 合 併 し たAPS3B型であることがある.自己免疫性胃炎の 症例では胃腫瘍性病変が合併しやすい.また, APS3B型の合併にかかわらず,萎縮した胃粘膜 は自己免疫性甲状腺炎の治療薬の吸収障害を来 たすことが考えられる.そのため,自己免疫性 甲状腺炎の患者に対して,胃粘膜の状態を把握 する目的で上部消化管内視鏡検査を行うことは 重要であると考える. 謝辞 本稿の作成に関し,ご協力いただいた北播磨総 合医療センター消化器内科の先生方に深謝いたします. 著者のCOI(conflicts of interest)開示:本論文発表内容 に関連して特に申告なし 表 当院の自己免疫性甲状腺炎の症例で上部消化管内視鏡検査を受けた45例に おける胃腫瘍性病変の頻度とサイロキシンの1日平均内服量 全体(45 例) 胃癌 17.8%(8 例),胃腺腫 2.2%(1 例),胃粘膜下腫瘍 2.2%(1 例) 萎縮の程度 胃腫瘍性病変の頻度 サイロキシンの平均内服量 C-1(3例) 胃腫瘍性病変 0例 16.7±8.3 μg C-2(4例) 胃腫瘍性病変 0例 37.5±16.1 μg C-3(1例) 胃腫瘍性病変 0例 0 μg O-1(6例) 胃粘膜下腫瘍 16.7%(1例) 33.3±8.3 μg O-2(16例) 胃癌 18.8%(3例) 37.5±10.6 μg O-3(15例) 胃癌 33%(5例),胃腺腫 6.7%(1例) 41.8±8.0 μg (萎縮性胃炎を木村・竹本分類ごとに表記) 内視鏡的萎縮境界が胃体部小彎側で噴門を越えない closed type(C-1~C-3) 内視鏡的萎縮境界が噴門を越え大彎側に進展する open type(O-1~O-3) 文 献
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当院および当科の概要 当院は平成 25 年 10 月 1 日に兵庫県神戸市に 隣接する三木市と小野市の市民病院が統合して 開院した病院(450 床)です.33 の専門診療科 からなり,救急疾患から専門性の高い疾患まで 幅広く対応する地域住民の中核病院として機能 しています.内科系では血液・腫瘍内科,呼吸 器内科,循環器内科,消化器内科,神経内科, 腎臓内科,糖尿病・内分泌内科,内科・老年内 科,リハビリテーション科の各専門医が常勤し ています. 糖尿病・内分泌内科は内科・老年内科及び血 液・腫瘍内科とユニットを形成して,診療,研 修医・専攻医の教育を行っています.糖尿病疾 患では,糖尿病性ケトアシドーシスなどの救急 症例から糖尿病学習入院まで幅広く診療を行っ ています.Sensor Augmented Pump (SAP)療法 など専門性の高い治療も積極的に行っていま す.更に,外科系周術期や妊娠症例の血糖管理 も各科と連携して行っています.内分泌疾患で は,放射線科や脳外科と連携し,あらゆる内分 泌疾患に対して専門性の高い診断と治療を行っ ています. 平成 27 年度(4 月~7 月)診療実績 入院患者延数 糖尿病・内分泌内科:1,575 人 (1 日平均 12.9 人) 内科・老年内科:2,031 人 (1 日平均 16.6 人) 血液・腫瘍内科:934 人 (1 日平均 7.7 人) 外来患者延数 糖尿病・内分泌内科:4,142 人 (1 日平均 49.9 人) 内科・老年内科:2,081 人 (1 日平均 25.1 人) 血液・腫瘍内科:777 人 (1 日平均 9.4 人) 研修内容と到達目標 当院では各専門科でのカンファレンスに加え て,毎週 1 回内科系合同カンファレンスを開催 し,専門科の垣根のない内科診療の理解を深め るとともに各専門科の連携を強めています.更 に専攻医以降であっても,自由に各専門診療科 のローテーションを行える体制をとっています. ホームページ http://www.kitahari-mc.jp 文責:高橋 利匡 症例掲載施設紹介