グ ロ ー バ リ ゼ ー シ ョ ン と 貧 困
一 中 国 の 経 験 を事 例 と し て一
川 崎 高志
GlobalizationandPoverty TheCaseStudyonChina
KAWASAKITakashi
は じめ に
現 在 世 界 の 人 口 の 半 分 近 くが1日2米 ドル 未 満 の 暮 ら し を し,そ の う ち 11億 人 が1日1ド ル 未 満 で の 暮 ら し を 強 い られ て い る絶 対 的 貧 困 の 状 況 に お か れ て い る。(1)
そ して,8億 人 以 上 が 栄 養 不 足 の 状 態 に苦 しん で お り,約1億 人 の 学 齢 期 児 童 が 学 校 に通 っ て お らず,そ の う ち6000万 人 が 女 児 で あ る とい う。(2)
グ ロ ーバ リゼ ー シ ョ ン は,こ れ らの 貧 しい 人 々 に い か な る影 響 を及 ぼ して きた の で あ ろ うか 。 そ して 今 後 もい か な る影 響 を及 ぼ す の で あ ろ うか 。
この 命 題 につ い て は,2つ の 見 解 が あ げ られ て い る。 ひ とつ は グ ロー バ リ ゼ ー シ ョ ンを脅 威 で あ り,貧 困 問題 を解 決 す る た め に取 り組 ん で きた これ ま で の 努 力 を破 壊 す る 「怪 物 」 で あ る とい う もの で あ る。 も うひ とつ は,グ ロ ー バ リゼ ー シ ョ ンは 「救 世 主 ,最 高 の 手段 」 で あ る とい う もの で あ る。(3)
どち ら も極 端 な 見 解 で あ る が,確 か に グ ロ ー バ リゼ.̲̲̲ショ ンの 波 を受 け て 人 々 は貧 困解 消 もな し う るが,一 方 で そ こか ら阻 害 され た 人 々 に と って は 貧 困 の拡 大 を もた らす 可 能 性 が あ る。
現 在 の グ ロ ー バ リゼ ー シ ョ ンの 波 は,1870年 か ら1914年 の 第1波,1950 年 か ら1980年 まで の 第2波 に続 く,第3の 波 で あ る との 指 摘 が あ る。(4)
第3波 の期 間 で は,新 た に グ ロ ー バ ル 化 し,よ りグ ロ ー バ ル化 した 国 が 成
長 と成 し遂 げ,収 敏 した の に対 して,あ ま りグ ロー バ ル化 しな か っ た 発 展 途
上 国 は衰 退 し,分 岐 して し ま っ た。1980年 か ら1998年 まで に絶 対 的貧 困 は 2億 人 減 少 した の に対 して,あ ま り グ ロ ー バ ル 化 して い な い発 展 途 上 国 に お け る絶 対 的 貧 困 の 数 は1993年 か ら1998年 の 間 に4%上 昇 し,4億3700万 人 とな っ た,と の 指 摘 が あ る。(5)
2000年9月 の 国 連 ミ レニ ア ム ・サ ミ ッ トにお い て 「国連 ミ レニ ア ム宣 言 」 が 採 択 され た。 この 宣 言 で は,各 国 が 貧 困 を撲 滅 し,人 間 の 尊 厳 と平 等 を促 進 し,平 和 と民 主 主 義,持 続 可 能 な環 境 を達 成 す る た め に,で きる 限 り努 め
る こ と を 公 約 し,2015年 まで に 達 成 す べ き8項 目 の 目標 と,18項 目の タ ー ゲ ッ トを掲 げ た 。
こ の な か で,「 極 度 の 貧 困 と飢 餓 の撲 滅 」 は 目標 の 第1に 掲 げ られ,タ ー ゲ ッ ト1と して,2015年 まで に1日1ド ル 未 満 で 生 活 す る 人 ロ 比 率 を1990 年 と比 較 して 半 減 さ せ る。 タ ー ゲ ッ ト2と し て,2015年 まで に飢 餓 に苦 し
む 人 口 の 割 合 を1990年 と比 較 して 半 減 させ る,こ とが 示 され た 。(6)
こ の よ う に,貧 困 解 消 が 世 界 的 な 緊 急 課 題 と さ れ る 中 で,過 去20年 間 で 国 内 の貧 困 人 口 を急 速 に減 少 させ た 中 国 の 取 り組 み を 国 際 機 関 が 高 く評 価 し て い る。(7)
本 稿 で は,中 国 で の80年 代 以 来 の 貧 困 解 消 へ の 取 り組 み の 過 程 を概 観 し な が ら,グ ロ ーバ リゼ ー シ ョ ン と貧 困 解 消 との 関 係 性 につ い て 検 討 して み た
いo
1.中 国 に お け る貧 困対 策 の 開 始
中 国 に お け る 「貧 困」 な ら び に 貧 困 地 区 の 規 定 は,1980年 代 に 入 っ て か ら始 ま っ た 。 まず 貧 困 状 態 を規 定 す る の に,国 連 や 世 界 銀 行 な どが 設 定 した 貧 困 ラ イ ン と は異 な る,中 国 の伝 統 的 な 概 念 で あ る 「 温飽 」(最 低 限 の 衣 食
が 満 た され た状 態)水 準 に 達 して い な い 状 態 で あ る と し た。 た と え ば1986 年 の段 階 で は貧 困 ラ イ ン は一 人 当 た り年 間純 収 入 が150元 以 下,同 じ く食 糧 200キ ロ以 下 と され た 。
扶 貧 政 策 の 具 体 的 な 方 針 を示 した 政 府 の 重 要 文 書 と して は,1984年9月
の 中 共 中央 ・国務 院 の 発 表 した 「 貧 困地 区支 援 を強 化 し,同 地 域 の 経 済 状 況
を改 善 す る通 知 」 が あ る 。 これ は 小 平 の 進 め る改 革 ・開放 政 策 に基 づ い て,
貧 困 地 域 の 経 済 を活 性 化 させ る た め に,農 村 の 家 族 経 営 を積 極 的 に 進 め る こ と を 目指 した,地 域 格 差 是 正 の た め の 通 知 で あ っ た 。(8)
当 時 の 中 国 の 農 村 の 貧 困状 況 は特 に 中西 部 の 山 間 部 を 中心 と して 分 布 して い る こ とが 指 摘 され た 。 そ して貧 困扶 助 資 金 の 他 の 目的へ の流 用 を戒 め る と と もに,従 来 の災 害 救 助 的 な単 純 救 済 型 か ら,貧 困 地 区 で の 産 業 育 成 と貧 困 家 庭 の 自助 努 力 を うな が す こ と に よ っ て貧 困 か らの 脱 却 を は か る 開 発 成 長 型 政 策 へ の転i換 を促 した 。
こ の84年 通 知 と,1986年 に 開 か れ た 全 人 代 で の会 議 の 報 告 を受 け て,貧 困 地 区 の 経 済 文 化 の 立 ち遅 れ た状 況 を改 善 す る 国家 プ ロ ジ ェ ク トが 第7次 五 力 年 計 画 に組 み 込 ま れ た 。 こ れ に よ っ て大 規 模 な貧 困扶 助 資 金 が 投 入 さ れ, 各 種 の 大 型 プ ロ ジ ェ ク トが す す め られ た 。
そ の 中 の お も な施 策 と して,国 家 が す す め て きた 開発 型 政 策 と して もっ と も効 果 的 で あ っ た と評 価 さ れ て い る 「 以 工 代 賑 」 と よ ば れ る政 策 が あ る 。 (9)こ れ は貧 困地 区 の 地 域 住 民 が 労 働 力 とな っ て,道 路,橋 梁,飲 料 水 施 設, 水 利 施 設,小 型 発 電 所,山 間 部 の 水 土 流 出 防 止 工 事 や 郵 便 通信 通 電,災 害 復 興 な ど多 方 面 に わ た る建 設 が 進 め られ,1984年 か ら2000年 ま で に7期 に わ た っ て 総 額218億 元 の 食 糧 や 工 業 品 が 投 入 さ れ た。 さ らに2000年 か ら2002 年 ま で の3年 間 で,中 央 政 府 は180億 元,地 方 の調 達 した 資 金110億 元 を合 わ せ た290億 元 の 資 金 が 投 入 され た 。
2.寧 夏 回族 自治 区 で の 取 り組 み
国家 レベ ル で の貧 困 扶 助 計 画 が 発 表 され た の を受 け て,各 級 の 党 ・政 府 レ ベ ル で も計 画 が 立 案 さ れ,実 行 に移 され た。 貧 困 地 区 の 住 民 が 貧 困 か ら抜 け 出 す た め に,生 産 条 件 の 改 善,生 産 能 力 の 向 上,商 品 生 産 の 発 展 を押 し進 め, 全 国 的 に経 済 発 展 の テ ン ポ を速 め る こ とが 求 め られ た の で あ る。(10)
で は 中 国 政 府 が 国家 の 貧 困 問 題 の 解 決 に取 り組 ん で い る 中 で,先 に も述 べ た きわ め て厳 しい条 件 下 に あ る 中 国 西 北 部 に位 置 し,全 国 で も有 数 の 貧 困 地 区 を抱 え る寧 夏 回族 自治 区(以 下 「寧 夏 」 と略)は どの よ うな状 況 に あ り, い か な る扶 貧 政 策 が 進 め られ て い る の か み て い きた い 。
黄 土 高 原 は現 在 で は荒 涼 た る光 景 だ が,数 百 年 前 まで は原 始 林 を も有 す る
肥 沃 な大 地 で あ っ た 。 そ れ が 農 耕 地 を確 保 す る た め の 森 林 伐 採 や 歴 代 王 朝 の 戦 乱 な どの 人 為 的破 壊 が 相 次 い だ。 さ らに生 活 の た め に樹 木 を薪 と して刈 り 取 り,放 牧 の羊 が 草 を食 べ 尽 く した 。 この た め 表 面 の肥 沃 な 土 壌 が 流 出 し,
こ れ を繰 り返 す こ とで 黄 土 高 原 は栄 養 分 の な い は げ 山 ばか り とな っ て い っ た の で あ る。
寧 夏 は 北 部 に 有 数 の 大 河 で あ る黄 河 が 流 れ,南 部 は2000m近 い 黄 土 高 原 が 続 く地 帯 で あ る。 全 域 的 に 降水 量 が 少 な く,表 土 の蒸 発 量 が 非 常 に多 い 。 こ の た め慢 性 的 に水 が 不 足 して い る。 北 部 は黄 河 な どの 河 川 か らの 灌 概 水 に よ っ て水 不 足 に対 処 で き るが,南 部 は河 川 か ら離 れ て お り灌 概 設 備 も十 分 で は な く,と りわ け僻 地,山 間部 で は 長 年 深 刻 な 水 不 足 に陥 っ て お り,干 越 が 頻 繁 に発 生 す る。 しか も発 生 の 頻 度 は時 代 が 下 る ご と に 間 隔 が 短 くな っ て お り,あ る分 析 に よれ ば20世 紀 に入 っ て お よそ10年 に 一 度 発 生 して い た の が, 80年 代 以 降 は5年 前 後 に0度 発 生 し,程 度 も ひ ど くな っ て い る とい う(11)
3.「 三 西 」 建 設 過 程
寧 夏 の 西 海 固 地 区 は80年 代 前 半 で の 農 民 の 平 均 純 収 入 は わず か44元 で, 人 口 の約7割 が 基 本 的 な衣 食 生 活 を満 た して い な い 貧 困 ラ イ ン以 下 で あ っ た 。
そ こ で 中 央 政 府 は,1983年 に 「 西 海 固 」 地 区 を含 む 寧 夏,甘 粛 の 貧 困 地 域 を 「三 西 」 地 区 と称 して 貧 困 扶 助 の重 点 地 域 に定 め た 。 これ に よ り中央 政 府 は 三 西 地 区 に 毎 年2億 元 を投 資 して 農 業 建 設 を進 め,第 一 期 の10年 間 で こ の 地 域 の 衣 食 問 題 を基 本 的 に解 決 し,初 歩 段 階 の 改 善 を行 う こ と を決 定
した 。 こ の うち西 海 固 地 区 に は 毎 年 約3400万 元 が 投 資 され た。(12)
82年 か らの10年 間 で 西 海 固 地 区 に投 下 され た 中央 政 府 の 三 西 資 金 の 総 額 は,約3億3600万 元 に 達 し,基 本 建 設 費 に約44.2%が,事 業 費 に 約55.8%
が 充 て られ た。 項 目別 に見 る と農 地 水 利 建 設 に 約1億3000万 元 が む け られ て い る。 こ れ らの 資 金 の8割 以 上 が 貧 困 扶 助 を 目的 と した 無 償 投 資 で あ り, 農 地 開発 や 整 備 な ど基 礎 的 な 農 業 建 設 へ の投 資 は全 て 無 償 投 資 に よ っ て 進 め
ら れ て い る。 そ の 結 果 灌 概 水 田 や 新 た に 耕 作 した 水 田 な どが230余 万 ム ー
(1ム ー=6.667ア ー ル),新 造 植 林270余 万 ム ー を建 設 し,9万 頭 の 家 畜 と
40万 頭 の 羊 の 飲 料 水 問 題 を解 決 し た 。 移 住 政 策 に よ っ て 建 設 さ れ た 移 住 基
地 は15ヵ 所,19.3万 人 が 移 住 した 。92年 に は 同 地 区 の 農 業 総 生 産 額 は82 年 の4.56倍 とな り,農 民 の 純 収 入 は2.88倍 とな っ た 。(13)
中 央 政 府 主 導 に よる 三 西 建 設 は三 段 階 に わ け られ る。
第 一 段 階 は83年 か ら85年 で,「 三 年 で 破 壊 を停 止 させ る」 との 目標 を掲 げ た 。 当 時 この 地 区 の 生 態 系 が ひ ど く破 壊 さ れ て い た こ とか ら,ま ず 生 態 条 件 の 保 護 と回 復 を は か る こ とか ら取 り組 ん だ 。 手 始 め と して大 規 模 な植 林 と エ ネ ル ギ ー 施 設 のx設 を進 め た 。 運 動 の推 進 に あ た っ て は この 地 区 の 農村 に
よ る請 負 責 任 制 を採 用 し,農 村 の 産 業構 造 の 調 整 と農 業 戦 略 の 転 換 を 図 っ た 。 85年 末 ま で に植 林,植 樹 な ど を 約500万 ム ー の 面 積 に お こ な い,山 林 草 地 建 設 を中 心 と しつ つ,農 地 水 利 建 設,人 畜 の飲 料 水 問 題 の 解 決,農 村 の 移 住 基 地 建 設 な ど多 方 面 の プ ロ ジ ェ ク トを進 め た 。 そ の 結 果3年 で,農 民0人 当 た りの 平 均 食 糧 は214.3kgに 達 し,貧 困解 消 に 向 け た 次 の段 階 へ と進 ん だ。
第 二 段 階 は86年 か ら90年 ま で で,「 五 年 で 温 飽(基 本 的 衣 食)問 題 を解 決 す る」 との 目標 を掲 げ た 。 そ れ まで の3年 間 の成 果 をふ ま え て,大 多 数 の 農 家 の基 本 的 な衣 食 問 題 を解 決 に努 力 す る とい う計 画 全 体 の 中 心 とな る時 期 で あ る 。 具 体 的 に は 農 民 一 人 当 た りの 年 収 を300元(食 糧300kgを 含 む) に上 昇 させ る こ と,農 地 建 設,水 利 建 設,人 畜 飲 料 水,山 林 ・草 地 建 設,農 業 電 力 建 設 な どを基 盤 とす る基 礎 建 設 を進 め,ひ ん ぱ ん に起 こ る 干 ば つ や 洪 水 な どの 災 害 に対 す る抵 抗 力 を 高 め る こ と な ど を 目指 した 。
こ の段 階 で の 成 果 は 農 民 一 人 当 た りの耕 作 面 積 が82年 に は0.85ム ー だ っ た の が,90年 に は倍 近 い1.65ム ー に 増 加 した 。 ま た新 た に 井 戸 や 貯 水 槽 を 設 置 す る な ど に よ っ て,合 計 約46.4万 人 の 人 間 と,13.8万 頭 の 大 家 畜 と 79.4万 頭 の 羊 の 飲 料 水 を確 保 した 。 ま た 山 間部 か ら河 川 や 水 源 に 近 い 土 地 へ の移 住 を進 め る た め に15ヶ 所 の 移 住 基 地 を建 設 し,2.2万 戸,1.0.8万 人 の移 住 を行 っ た 。 さ ら に の べ2000㎞ 以 上 の 道 路 を新 改 修 し,通 電 も82年 に は 全 郷 鎮 の73%か ら90年 に は98%に,行 政 村 へ は44%か ら85%へ と上 昇 し た。
第 三 段 階 は91,92年 で,「 強 化 上 昇 の 二 年 」 との 打 ち 出 しで,10年 に 及
ぶ 建 設 活 動 の 総 仕 上 げ の 作 業 を進 め た 。92年 の 農 業 総 生 産 値 は82年 の4.56
倍 と な り,農 民 一 人 当 た りの 純 収 入 は2.88倍 に増 加 した 。 一 人 当 た り食 糧
も2.49倍 に 増 加 した 。(14)
一 方 自治 区 政 府 に よ る西 海 固建 設 の 目標 も以 下 の 三段 階 に定 め られ た 。 第 一 段 階 は86年 か ら90年 の5年 間 で,自 治 区 の 党 委 員 会 と政 府 が,対 象 と な る場 所 や 目標 を定 め,期 限 を決 め て 貧 困 か らの 脱 出 を は か る事 を 目指 し た。 す な わ ち 自治 区 の75の 直 属 機 関 約820人 の 幹 部 が,西 海 固8県 の112 の 貧 困 郷 の う ち,21の 貧 困 郷 の 貧 困 解 消 を責 任 も っ て 行 う事 を定 め た 。 こ の 結 果,85年 に は21郷 の 農 民 の 一 人 当 た り平 均 収 入 が86元,一 人 当 た り 年 間 食 糧 が190kgで,90%以 上 が 貧 困 ラ イ ン以 下 で あ っ た の が,90年 に は 収 入 が1.6倍 の225元 に,食 糧 が30%以 上 増 加 し260kgと な り,80%前 後
の 人 々 の 基 本 的 な 衣 食 問 題 を解 決 で きた 。
第 二 段 階 は88年 か ら90年 で,貧 困扶 助 と開発 の 速 度 と成 果 に偏 りや ば ら つ きが 見 られ る た め,資 金 を よ り貧 困 の 重 大 な 県 に 集 中投 下 す る と した 。87 年 末 の調 査 に よれ ば,西 海 固8県 の 農 民175.8万 人 の う ち,平 均 年 収150元 以 下 が 約97万 人 と5割 以 上 の 比 率 で あ っ た 。 固 原 地 区 で は,100元 以 下 が 約40%,101〜150元 が23.4%で 合 わ せ て6割 以 上 の 農 民 が 貧 困 ラ イ ン に達
して い なか っ た。
こ の た め比 率 の 高 い 西 吉 県 や{源 県 な ど に,農 業 作 物 の 栽 培 育 成 や 加 工 の た め の 資 金 と して4年 間 で お よ そ900万 元 が 投 入 さ れ,70ト ンあ ま りの 食 糧 が 増 産 され た。
第 三段 階 は91,92年 で,中 央 政 府 と同 じ く 「強 化 向 上 の 二 年 」 と う ち だ し,各 地 区 の状 況 ご とに細 か く実 現 目標 を定 め た 。 特 に貧 困 未 解 決 の 郷 ・村 を多 く抱 え る重 点 貧 困 県 に対 して は2年 間 で4200万 元 の 三 西 資 金 を投 入 し, 農 業 ・灌 瀧 施 設 建 設,農 業 発 電,送 電 線,脱 貧 困 プ ロ ジ ェ ク トな どの 項 目に 重 点 的 に総 額 の4割 程 度 を振 り向 け た 。
以 上 の よ う な三 西 建 設 に よ っ て 寧 夏 の 貧 困 状 況 は か な りの 程 度 改 善 さ れ, 0人 あ た り年 収200元 以 下 の 貧 困 層 は ,83年 に は農 業 人 口 の70%以 上 あ っ
た ものが,93年 末 に は15.7%ま で 減 少 した の で あ る 。(15)
4.寧 夏 に お け る移 住 計 画
寧 夏 自治 区政 府 は,三 西 建 設 の成 果 をふ ま えつ つ,今 世 紀 末 まで に貧 困 を
撲 滅 す る た め に 中 央 政 府 が 定 め た 「 八 七 貧 困 扶 助 難 関 攻 略 計 画 」 に 基 づ い て, 自治 区 に よ る貧 困解 消 の た め の プ ラ ン,「 寧 夏 双 百 貧 困 扶 助 難 関 攻 略 計 画 」 を 策 定 した(16)こ の 計 画 で は,自 治 区 党 委 員 会 お よ び 政 府 は 「1994年 か ら2000年 ま で に,7年 間 の 時 間 を用 い て,人 力,物 力,財 力 を集 中 し,社 会 の 各 界 の力 を動 員 し,南 部 山 区 の100近 い 貧 困 郷(鎮)で 貧 困扶 助 難 関 攻 略 を 実 施 し,100余 万 の 農 村 の 貧 困 人 口 の 温 飽 問 題 の 基 本 的 解 決 を 勝 ち 取
る」 事 を 目的 と して つ く られ た。
上 記 の 計 画 を ふ ま え て,95年 に 自 治 区 政 府 は 新 た な 移 住 政 策 と し て
「1236」 プ ロ ジ ェ ク トを 打 ち 出 した。 こ れ は 三 西 建 設 プ ロ ジ ェ ク トで もお こ な わ れ て い た,水 資 源 が きわ め て不 足 し,灌 概 や 水 源 確 保 の 困 難 な 地 域 につ い て は,黄 河 流 域 に灌 概 基 地 を建 設 して 移 住 を進 め る もの で あ る。 この プ ロ ジ ェ ク トで は移 住 計 画 を 更 に 拡 大 して,「95年 か ら2000年 ま で の6年 間 に 30億 元 を投 資 して,200万 ム ー の新 灌 概 区 を 開発 して,山 間部 の100万 人 の 貧 困 問題 を基 本 的 に解 決 させ る」 こ と を 目指 した の で あ る。(17))
移 住 に あ た っ て の 生 活 向 上 の 目標 は1年 で 定 住 し,2年 で基 本 的 な 衣 食 問 題 を解 決 し,3年 で貧 困 か ら完 全 に抜 け 出 す,と い う も の で あ る 。
95年 の 移 住 基 地 の 食 糧 生 産 は2744万 キ ロ に達 し,移 住 して3年 を経 過 し た農 民 の8割 以 上 が 一・ 人 当 た り平 均500元 以 上 の 収 入 と300キ ロ の 食 糧 を得 られ る よ うに な っ た 。(18)
96年 まで の 累 計 は,移 住 基 地 を21カ 所 建 設 し,土 地52万 ム ー,28万 人 の 衣 食 問 題 を解 決 した。 これ らの 移 住 は大 き く4つ に分 類 で き,第 一 は居 住 地 の 水 利 改 善 に よ る8万 人,第 二 は 県 内 の 移 住 に よ る6万6000人,第 三 は 県 外 へ の移 民 が 各 種 合 わ せ て 約12万7000人 に の ぼ っ て い る。 移 住 した農 家 の 多 くは3年 で 衣 食 問 題 を解 決 し,5年 で 貧 困 か ら の 脱 出 を成 し遂 げ て い
る。(19)
寧 夏 に お け る移 住 政 策 は,移 住 にか か る費 用 が 少 な くて 済 む 点 が 特 に効 果
的 で あ る との指 摘 して い る。 国 家 に よ る移 民 一 人 当 た りの投 資 額 は わ ず か 約
350元 で,こ れ は世 界 銀 行 が 調 査 した 平 均1万 米 ドル や,国 内 の 三 峡 ダ ム 建
設 に か か る3000元 と比 べ て,か な り安 価 で 投 資 効 果 が 充 分 に示 さ れ た。83
年 か ら92年 の10年 間 で,寧 夏 南 部 に 投 入 され た 三 西 資 金 の う ち 約11%の
3600万 元 余 りが 移 住 政 策 に振 り分 け られ た 。
ま た 自治 区 全 体 の 人 口が 少 な く面 積 も小 さ い た め,移 住 距 離 が 比 較 的 近 く て 済 む こ とや,資 本 を集 中 的 に投 下 す る効 果 が 高 い 。 また 移 住 に あ た っ て 農 業 建 設 と人 口 問 題 の 改 善 も合 わせ て 進 め た こ と に よっ て,従 来 人 口 増 加 率 が 高 く,文 化 レベ ル が 低 い,都 市 化 の ス ピ ー ドが 遅 い な どの 問 題 点 も幾 分 緩 和
され た との 評 価 が あ る 。(20)
5.貧 困 人 ロ の 減 少 過 程
こ こで 中 国 全 体 の減 少 経 過 をみ て い く と,ま ず78年 か ら85年 まで は 貧 困 人 口 が 大 幅 に減 少 し,2億5000万 人 か ら1億2500万 人 に 半 減 した 。 貧 困 発 生 率 は30.7%か ら14.8%へ と降下 して い る。
こ の 時 期 の 減 少 の 主 な要 因 と して は,上 述 した 経 営 請 負 制 や 生 産 の 自 由化 な ど を進 め た 農 村 経 済 の 体 制 改 革 に よ り農 民 の積 極 性 が 高 ま っ た た め,生 産 量 も大 幅 に増 加 した。 さ ら に農 産 物 価 格 もイ ン フ レ に伴 い 上 昇 した こ と もあ わせ て,農 業 収 入 が 飛 躍 的 に伸 び た こ と に よ る。 小 平 の 改 革 ・開 放 政 策 と い うグ ロ ーバ リゼ ー シ ョンへ の 適 応 策 が 貧 困解 消 に 直 接 的 に効 果 を及 ぼ した とい え る。
次 の 時 期 は86年 か ら93年 ま で で,貧 困 人 口 が 安 定 的 に解 消 さ れ8000万 人 ま で 減 少 した。 この 期 間 は上 述 の 計 画 を受 け て,国 家 お よ び地 方 政 府 の主 導 で 大 規 模 で 組織 的 な政 策 が 展 開 され た が,貧 困 状 況 と条 件 の よ り厳 しい地 区 が 残 さ れ た た め,91年 か ら は年 平 均 お よ そ250万 人 に ま で 減 少 の テ ンポ は遅 くな っ て い っ た 。
そ こ で 国務 院 は 残 さ れ た8000万 人 の 貧 困 人 口 の 解 消 を 目指 して 減 少 の テ ン ポ をふ た た び 加 速 させ,2000年 ま で の7年 問 で 中 国 か ら貧 困 を 一・ 層 す る こ と を 目標 と して,94年7月 に 「八 七 貧 困 扶 助 難 関 攻 略 計 画 」 を打 ち 出 し た 。
中 央 政 府 の 強 力 な打 ち 出 し に よ っ て,93年 か ら貧 困 人 口 の 減 少 速 度 が ふ た た び加 速 に転 じ,年 平 均500万 人 が 貧 困 か ら脱 却 し,貧 困 人 口 は6500万 人 ま で 減 少 した の で あ る。
さ らに96年3月 の 全 国 人、 民代 表 大 会 で は,第9次 五 力年 計 画 と21世 紀 に
入 っ て の長 期 目標,「 第9次 五 力年 計 画 と2010年 長 期 目標 綱 要 」 を採 択 した 。 引 き続 き同 年10月 に は 党 中央 ・国 務 院 は2000年 ま で の 貧 困 人 口 の 解 消 に 向 け て,「 貧 困 扶 助 開 発 会 議 」 を 開 き,更 な る重 点 的 か つ 具 体 的 政 策 を打 ち 出
した 。(21)
こ う し て,中 央 と地 方 政 府 お よ び 官 民0体,内 外 様 々 な 協 力 を 得 て,95 年 末 に6500万 人 と な っ た 貧 困 人 口 は99年 末 に は衣 食 問 題 が 未 解 決 の 全 国 貧 困 人 口 は3400万 人 に減 り,農 村 貧 困 発 生 率 は95年 の7.1%か ら約4%に ま で 下 が っ た 。
そ して 「国 家 八 七 貧 困脱 却 扶 助 難 関 攻 略 計 画 」 で 貧 困 解 消 の 最 終 年 度 と さ れ た2000年 末 に は,2600万 人,全 農 村 人 ロ に 占 め る割 合 は3%と な り,民 政 の 救 済 対 象 と きわ め て少 数 の 移 民 を必 要 とす る 人 々 を 除 い て,全 国 の 貧 困 救 済 目標 が 基 本 的 に達 成 す る との 宣 言 をお こ な っ た の で あ る。(22)
中 国 政 府 の 定 め た 貧 困 ラ イ ン に よ る統 計 で は 絶 対 貧 困 人 口 は2004年 末 に は2610万 人,農 村 人 口 の2.3%と な っ て い る 。(23)
寧 夏 回 族 自治 区 に お い て も貧 困 人 口 は1980年 代 半 ば の約140万 人 か ら, 1998年 に は約28万 人 とな り,貧 困率 も70%か ら12.9%に まで 低 下 した。 そ
して 「西 海 固 」 地 区 の5県 も国 家 の 規 定 す る 貧 困 ラ イ ンを脱 出 し,さ らに 翌 1999年 ま で に残 りの3県 も基 準 を ク リ ア した 。 そ して,残 さ れ た 貧 困 人 口 の う ち8万3000人 は政 府 に よ る 生 活 保 護 の 対 象 と さ れ 貧 困 解 消 を 宣 言 した の で あ る。(24)
6.中 国 に お け る貧 困 解 消 の 特 徴
以 上,中 国 中央 政 府 と地 方 政 府 の 約20年 に わ た る貧 困解 消 へ の取 り組 み を概 観 した が,グ ロ ー バ リゼ ー シ ョ ン との 関 わ りか ら見 て い くと以 下 の い く つ か 点 を挙 げ る こ とが で きる。
まず 中 国 にお け る貧 困解 消 へ の 取 り組 み は,改 革 ・開 放 政 策 の展 開 と軌 を
一 に して い る。 そ の 意 味 で は,高 度 経 済 成 長 型 の発 展 が 貧 困 削 減 に大 きな役
割 を果 た した こ とは 間 違 い な い 。 中 国 は 開放 政 策 に よっ て積 極 的 に グ ロ ー バ
リゼ ー シ ョ ンに 関 わ っ た とい え よ う。 そ して そ の成 果 が 大 幅 な貧 困 削 減 と し
て もた ら され た の で あ る 。(25)
た だ し沿海 部 お よび 都 市 部 で の 急 速 な 成 長 が,内 陸農 村 部 との格 差 につ な が り,不 平 等 が 拡 大 して い る,と の 指 摘 が あ る こ と も忘 れ て は な らな い 。 こ の た め 国 内 の農 村 内 部 の不 平 等 よ り も,農 村 と都 市 の 問,省 の 問,さ らに都 市 内 部 の 不 平 等 が 拡 大 して い る。 そ して 中 国 一 国 の不 平 等 の拡 大 だ け で,新 た に グ ロ ー バ ル化 して い る 国 々 の 人 口 の3分 の1を 占 め て い る との 報 告 もあ
る。(26)
グ ロー バ ル化 す る 国 際 社 会 にお い て は,優 れ た ガ バ ナ ンス が 必 要 と され る。
そ の 意 味 で は,中 国 で の貧 困解 消 の 取 り組 み は,中 央 お よび 地 方 政 府 に よ る 強 力 な リー ダ ー シ ッ プ に牽 引 され た 「上 か らの 貧 困解 消 」 が 進 め られ た 。 こ の 点 につ い て は 民 主 的 で な い との 批 判 もあ ろ うが,開 発 独 裁 型 の経 済 成 長 を
と げ て きた 国 々 の 政 策 と共 通 す る もの が あ る 。
中央 と地 方 政 府 が 対 象 と 目標 を定 め,社 会 主 義 経 済 の 国 家 五 力年 計 画 に組 み 込 む こ とで,集 中 的 に貧 困対 策 に 取 り組 ん だ 結 果,め ざ ま しい減 少 が 見 ら れ た こ とは 間違 い の な い事 実 で あ る 。
さ らに 国 内 に お け る経 済 成 長 と,産 業 構 造 の 変 化 に と もな っ て,そ れ ま で 厳 し く管 理 さ れ て い た 東 部 沿 海 部都 市 と,中 西 部 農 村 部 が 労 働 者 の 移 動 とい う形 で 結 び つ き を強 め た。 そ の 結 果 中 国 にお け る従 来 の都 市 と農 村 の 関 係 が 大 き な変 化 を求 め られ て い る。 た と え ば各 地 方 政 府 が 労 働 輸 出 とい うい わ ゆ る 出稼 ぎ を計 画 的 す す め て,内 陸 の 貧 困 地 区 か ら沿 海 部 の 工 場 な どへ 定 期 契 約 を結 ん で働 き に行 き,安 定 した 非 農 業 の 収 入 を は か る ケ ー ス も多 く見 られ る。 これ ら は1980年 代 な ど都 市 部 で み ら れ た 不 法 労 働 の 「盲 流 」 を防 ぐ と と も に,出 稼 ぎ労 働 者 に は 経 済 的 安 定 と成 長 確 保 させ る方 法 とい え る。
統 計 に よ れ ば,2002年 の 時 点 で 中 国 農 村 に は約2億 人 の 余 剰 労 働 力 が 存 在 し,全 農 業 労 働 力 の3分 の1を 占 め て い る。 今 後 毎 年1千 万 人 ず つ 増 え て い くと予 想 され て い る。(27)
2003年 に はSARSや 自 然 災 害 の 影 響 が あ っ た に も か か わ らず,全 国 で 9800万 人 の 農 民 が 工 場 等 へ 働 き に 出 て,一 ・ 人 当 た りの 給 与 収 入 は919元, 前 年 比9.4%の 増 加 で あ っ た。 同 年 の 全 国 農 民 の 一・ 人 当 た り平 均 純 収 入 は 2622元 で あ り,農 業 以 外 の 収 入 の 割 合 が 高 くな っ て い る 。(28)
だ が そ の 一 方 で,出 稼 ぎ労働 者 を 送 り出 せ な い 貧 困 家 庭 は さ らに 困 難 な状
況 に お か れ て い る こ と も指 摘 しな け れ ば な る ま い。 筆 者 が 現 地 調 査 で 訪 問 し た 中 国 西 南 部 の 貧 困 地 域 で あ る,貴 州 省 の 東 部 に位 置 す る 小 学 校 で は,50 名 の 児 童 の 家 庭 の う ち経 済 的 収 入 が ま っ た くな い の が19名,年 収200元 以 下 が4名,300元 以 下 が14名 で あ っ た 。 こ の う ち 両 親 と もい な い 児 童 が4 名,片 親 か 親 が 身 体 障 害 を もつ 児 童 が5名 い た(29)こ の 省 の 一 人 当 た り GDPは2002年 で3110元 で あ る こ とを 考 え る と10分 の1以 下 の 収 入 で は, 子 ど も を学 校 に通 わせ る の に も大 き な 困 難 が と も な っ て い る の で あ る。 経 済
の グ ロ ー バ リ ゼ ー シ ョ ンに疎 外,ま た は参 加 の 機 会 を与 え られ な い 人 々が ま だ ま だ多 く存 在 す る こ と も,現 在 の 中 国 の 事 実 で あ る。
中 国 は 国 内 の貧 困 人 口 の解 消 に 関 して,自 国 の 歴 史 上 か ら見 て も驚 くべ き ス ピ ー ドと規 模 の 成 果 を収 め た と言 え る 。 そ の 経 験 と政 策 の 一 部 は,す で に 近 隣 諸 国 で の 貧 困 解 消 の モ デ ル と して 導 入 され て い る。
今 後 の 中 国 は 国 内 の 経 済 格 差 や,産 業 構 造 の 転i換,農 業 ・農 村 ・農 民 とい う 「三 農 問題 」 な どの 課 題 の克 服 に取 り組 み つ つ,経 済 成 長 政 策 を持 続 し な が ら貧 困 の解 消 を進 め て い くと思 わ れ る。
注
(1)世 界 銀 行 『世 界 開 発 報 告2005』(日 本 語 版),序 文1頁,シ ュ プ リ ン ガ ー ・フ ェ ア ラ ー ク 東 京 株 式 会 社
,2005年8月 。
(2)国 連 開 発 計 画 『人 問 開 発 報 告2004』(日 本 語 版),p169,国 際 協 力 出 版 会,2004年 10月 。
(3)高 橋 一 生 編 「グ ロ ー バ リ ゼ ー シ ョ ン と貧 困 』,p12,財 団 法 人 国 際 開 発 高 等 教 育 機 構, 1998年2月 。
(4)世 界 銀 行 『グ ロ ー バ リ ゼ ー シ ョ ン と 経 済 開 発 』P5,シ ュ プ リ ン ガ ー ・フ ェ ア ラ ー ク 東 京 株 式 会 社,2004年9月 。
(5)同 上,p57。
(6)国 連 開 発 計 画 『人 間 開 発 報 告2003』(日 本 語 版),p1,国 際 協 力 出 版 会,2003年12 月 。
(7)例 え ば 前 掲 『世 界 開 発 報 告2005』p41,前 掲 『人 間 開 発 報 告2003』p88,な ど参 照 。 (8)小 島 麗 逸 ・石 原 享 一 編 『原 点 中 国 現 代 史 』 第4巻,108〜109ペ ー ジ,1994年9月 。 (9)朱 鳳 岐 他 編 『中 国 反 貧 困 研 究 』 中 国 計 画 出 版 社,p42,43,1996年 。
(10)李 強 編 『中 国 貧 困 之 路 』 雲 南 人 民 出 版 社,1997年,p332。
(11)武 興 華 「西 海 固 地 区 徹 底 擢 脱 貧 困 実 現 可 持 発 展 的 根 本 選 択 」 『寧 夏 社 会 科 学 』1998 年 第6期,p6。
(12)西 海 固 反 貧 困 農 業 建 設 研 究 課 題 組 『走 出 貧 困 』 寧 夏 人 民 出 版 社,1996年,p3。
(13)同 上,p6。
(14)同 上,p12〜15。
(15)同 上,p229〜232。
(16)同 上,付 録2「 寧 夏 双 百 貧 困 扶 助 難 関 攻 略 計 画 」。
(17)寧 夏 回 族 自 治 区 統 計 局 『寧 夏 統 計 年 鑑 』1995年 版,中 国 統 計 出 版 社,1995年,p5。
(18)王 安 忠 「寧 夏 南 部 山 区 移 民 吊 庄 模 式 和 効 益 分 析 」 『寧 夏 社 会 科 学 』1998年 第2期, P40。
(19)秦 均 平 「寧 夏 反 貧 困 実 践 的 理 論 啓 示 」 『寧 夏 社 会 科 学 』1998年 第4期,p18。
(20)前 掲,王 安 忠 論 文 。
(21)『 北 京 週 報 』1997年 第13号,p19。
(22)『 人 民 日報 』2000年9.月23日 付,10月12日 付 。
(23)2004年 の 中 国 政 府 に よ る 貧 困 ラ イ ン年 収 は668元 以 下 と な っ て い る 。 (24)『 中 国 貧 「困 地 区 』1999年9号,p25。
(25)前 掲,『 グ ロ ー バ リ ゼ ー シ ョ ン と経 済 開 発 』P7。
(26)同 上,p55。
(27)閻 天 池 『中 国 貧r困地 区 県 域 経 済 発 展 研 究 』 東 北 財 経 大 学 出 版 社,2004年2月,p149。
(28)『 中 国 農 村 状 況 報 告2003〜2004』 社 会 科 学 文 献 出 版 社,2004年12月,p1,2。
(29)拙 稿 「貴 州 省 貧 困 地 域 の 開 発 と 教 育 状 況 に つ い て 」 『創 大 中 国 論 集 』 第8号,2005 年3月,参 照 。