1 .は じ め に 頸部良性腫瘤は,先天性と後天性とに分けられる.ま た,発生母地として神経,脈管,唾液腺,脂肪,皮膚, 粘膜,甲状腺,副甲状腺,胸腺,骨,リンパ節などがあ げられる(表1).病態としては,腫瘍性増殖のみなら ず,過形成や感染・炎症・自己免疫の機序が関与する. したがって,頸部良性腫瘤は多様であり,十分な鑑別診 断が必要となる.良性のため一般に進行は緩やかだが, 放置しているうちに巨大化する場合や,良性と診断した が実は悪性疾患であり進行を許す場合も考えられる.良 性疾患であれば手術適応かを見定める必要性があり,手 術をするなら悪性腫瘍の場合に比し,より合併症の少な い手術が望まれる.本稿では,頸部良性腫瘤の実地臨床 での診断に焦点を当て,嚢胞性,気道狭窄性,弾性,お よび,神経原性腫瘤に分けて述べるとともに,頸部悪性 腫瘍との鑑別を含めたピットフォールにつき検討する. 2 .嚢胞性腫瘤 頸部嚢胞性腫瘤としては,頤下の正中頸嚢胞や側頸部 の側頸嚢胞(第2鰓裂嚢胞)が主である.側頸嚢胞につ いて述べると,胸鎖乳突筋前縁と頸動脈 に接して増大 することが多い1) .本疾患の鑑別疾患として2例を示す. 症例1)中咽頭癌側壁型の嚢胞性頸部リンパ節転移例 (図1)
ヒト乳頭腫ウイルス(human papilloma virus)陽性の 側壁型中咽頭癌のリンパ節転移では,ほかの癌と比べ嚢 胞状となる場合が多い2)
.この症例では左頸部嚢胞が認 められたが左口蓋 桃の腫大は明らかでなく,両者の 刺吸引細胞診(fine needle aspiration biopsy : FNA)で いずれも陰性であり,まず,側頸嚢胞として手術がなさ れた.しかし,術中迅速病理診で 平上皮癌の転移とさ れ,術中に同側の頸部郭清術と同側の 桃が摘出され た.永久病理診では 桃標本に p16 陽性の 平上皮癌 が認められた. 症 例2)甲 状 腺 乳 頭 癌 の 嚢 胞 性 リ ン パ 節 転 移 例 (図2) 隔壁を伴うリンパ管腫,あるいは,甲状腺乳頭癌の多 房性リンパ節転移が当初から疑われた頸部嚢胞性腫瘤の 20歳代男性症例である.しかし,画像診断上で甲状腺に 結節を認めず,また,腫瘤の FNA の結果は陰性であっ た.そこで,リンパ管腫を念頭に腫瘤を摘出した.術中 迅速病理診も悪性所見を認めず,術中の同側甲状腺の視 触診でも異常を認めなかった.しかし,永久病理診では 嚢胞壁に乳頭癌細胞の増殖が認められた.こうした症例 での術前診断には, 刺液のサイログロブリン(Thy-roglobulin, Tg)測定(FNA―Tg)が適切であったと考え 岩井 大 八木 正夫 藤澤 琢郎 鈴木 健介 阪上 智史 清水 皆貴 関西医科大学 耳鼻咽喉科・頭頸部外科 日耳鼻 124: 733―741,2021
「第121回日本耳鼻咽喉科学会総会教育講演」
頸部良性腫瘤の診断と悪性腫瘍との鑑別
頸部腫瘤13例(良性9例,悪性4例)を提示し,診断とともに鑑別点について 述べた.このうち6例は甲状腺に関連する疾患(甲状腺癌の充実性・嚢胞性転移 各1例,異所性甲状腺2例,慢性甲状腺炎1例,慢性甲状腺炎からの悪性リンパ 腫1例)であり,加えて,1例(迷走神経 腫)は当初に甲状腺癌と考えられて いた.このように,甲状腺疾患は形を変えて腫瘤として現れるので,気道,頸部 のどこにおいてもほかの腫瘤との鑑別が重要と思われる.また,頸部腫瘤におい て,良性と思われてもまず正確な診断をつけることが重要である.さらに,良性 と判明しても,安易に放置せず定期的な経過観察を行う,あるいは,画像診断を 含め経過観察を行える医療機関に紹介するのが適切と考える. キーワード : ヒト乳頭腫ウイルス,異所性甲状腺,神経原性腫瘍総
説
る.嶋田らは,甲状腺癌のリンパ節転移陽性とする基準 を「血清正常上限値 33.7ng/ml を超え,かつ,血清 Tg 値を超える場合」とし,慢性甲状腺炎症例を含む対象症 例において,FNA と FNA―Tg を併用して術前に96%の 正診を得たとしている3) . 3 .気道狭窄性腫瘤 気道を狭窄させる頸部腫瘤の多くは炎症性病変や上皮 性腫瘍である.以下にこれらと異なる疾患を示す. 症例3)Forestier 病(前縦靭帯骨化症,強直性脊椎 骨増殖症)による下咽頭狭窄例(図3) 2年前からの呼吸困難感・嚥下障害を主訴に来院した 70歳代男性である.下咽頭後壁が突出して喉頭後交連に かぶさる状態であった.CT ではこの部位に一致して, 椎骨前面の骨性増殖が認められ,下咽頭腔を後方から狭 窄させていた.除外診断には,上部内視鏡による食道疾 患合併の否定が必須である.外科的治療として側頸部か らのアプローチによる骨性増殖部の削開が行われる4). 表 1 頸部良性腫瘤 先天性 ・正中頸嚢胞・側頸嚢胞・頸瘻・異所性甲状腺・ (表)皮様嚢胞 ・脈管奇形 後天性 ・脂肪腫・胸腺腫・Forestier 病 ・神経原性腫瘍(顔面神経 腫・迷走神経 腫・交 感神経 腫・頸動脈小体腫瘍など) ・大唾液腺腫瘤(がま腫・唾石・IgG4 関連疾患・ 多形腺腫・ワルチン腫瘍・木村氏病・拡張性唾液 管炎など) ・甲状腺腫瘤(結節・バセドウ病・慢性甲状腺炎な ど) ・副甲状腺腫大(過形成・腫瘍) ・口腔・咽喉頭腫瘤(ポリープ・嚢腫・乳頭腫な ど) ・リンパ節腫脹(結核・サルコイドーシスなど) a b c d 図 1 中咽頭癌側壁型の嚢胞性頸部リンパ節転移例(症例1) 左口蓋 桃(矢印)に明確な腫大を認めなかった(a).エコー(b),MRI の T1WI(c), T1W2(d)で嚢胞性腫瘤(矢印)が疑われた. 124―734 岩井・他=頸部腫瘤と鑑別診断 2021
症例4)甲状腺びまん性大細胞型B細胞性リンパ腫 (diffuse large B―cell lymphoma : DLBCL)による 下 咽
頭狭窄例(図4) 慢性甲状腺炎は甲状腺B細胞性リンパ腫発生の危険因 子である.このうち,DLBCL ではその8割で急速な腫 大を示すとされる5) .本症例は50歳代男性で,2日前か らの呼吸困難と頸部腫脹とを主訴に来院した.CT で は,症例3と異なり骨性病変はなく,一方,一側甲状腺 腫大が進展し後方から下咽頭を圧迫していた.治療法と して,気管切開術は難しい場合が多く,本例ではステロ イドを含めた化学療法が行われ寛解に至っている. a b c d 図 2 甲状腺乳頭癌の嚢胞性リンパ節転移例(症例2) MRIの T1WI(a),T1W2(b)で嚢胞性腫瘤(矢印)が疑われた.摘出標本(HE 染色)の 弱拡大(c,×10)では充実性部分は不明瞭であったが,嚢胞壁(cの矢印の四角の領域)の 拡大所見では,甲状腺乳頭癌の増殖が認められた(d,×100). a b 図 3 Forestier病による下咽頭狭窄例(症例3) 内視鏡検査にて下咽頭後壁の腫大(矢印)が認められた(a,文献4の表2を改変.文献4よ り許可を得て転載).CT では椎骨前面の骨性増殖と前方への突出(矢印)が認められた(b).
症例5)舌根での異所性甲状腺例(図5) 2カ月前からの呼吸困難と咽頭絞扼感を主訴に来院し た50歳代女性の症例である.内視鏡所見で舌根に腫脹を 認め,MRI では同部に腫瘤を認めるも,本来の位置に 甲状腺を認めなかった.甲状腺自己抗体を認めたが,甲 状腺機能は正常であった.甲状腺シンチグラフィーで確 認したのち,治療としてまず甲状腺ホルモン剤を処方し たが腫瘤の縮小を見なかった.切除術や気管切開を避け a b c 図 4 甲状腺 DLBCL による下咽頭狭窄例(症例4) 内視鏡検査で下咽頭後壁の腫大(矢印)が認められた(a).CT で甲状腺左葉の腫大(b)と,下咽頭―椎体 間への進展(c)が認められた. a b c 図 5 舌根での異所性甲状腺例(症例5) 内視鏡検査で舌根部腫瘤(矢印)が認められた(a).MRI(T1WI)において同様に腫瘤(矢印)を認め(b), 一方,本来の位置(矢印)に甲状腺を認めなかった(c). a b c 図 6 片葉が舌根に停留する異所性甲状腺例(症例6) 造影 CT において,左甲状腺は欠損(矢印)しており(a),一方,舌根に腫瘤(矢印)を認めた(b).甲状腺 シンチグラフィーで舌根腫瘤に取り込み(矢印)を認めた(c). 124―736 岩井・他=頸部腫瘤と鑑別診断 2021
るために I―131 内用療法を行ったところ腫瘤を縮小させ ることができた. 症 例6)片 葉 が 舌 根 に 停 留 す る 異 所 性 甲 状 腺 例 (図6) 他疾患検索時の造影 CT でたまたま発見された異所性 甲状腺の無症候症例である.左葉は欠損し,一方,舌根 に留まっていた.甲状腺シンチグラフィーでも同様であ った. 異所性甲状腺は胎生期の発生学的異常により生じた甲 状腺の下降異常や迷入である.甲状腺全体,あるいは一 部が,本来の解剖学的位置と異なる部位に存在する.心 臓,肝門部などの報告もあるが,多くは甲状舌管の経路 に生じ,90%の頻度で舌根に認められる.また,異所性 甲状腺の70%が唯一の甲状腺である6) . 症例7)慢性甲状腺炎と片葉の縦隔進展例(図7) 近医で慢性甲状腺炎として経過をみられていた症例で ある.数カ月前から呼吸困難を自覚し当科に紹介初診と なった.甲状腺右葉は気管を狭窄させ,さらに,大動脈 を圧排していた.胸骨正中切開にて右甲状腺半切除術を 施行した.慢性甲状腺炎は良性疾患であり一般に穏やか な進行を示すが,定期的な視触診や画像診断が必要と思 われる. 4 .弾 性 腫 瘤 軟性・弾性の頸部充実性腫瘤は嚢胞性腫瘤と同様に良 性のことが多いが,FNA を用いても確定診断がつきに くい場合がある.以下に3症例を示す. 症例8)耳下腺木村氏病例(図8) 木村氏病(好酸球性肉芽腫)は耳下腺,顎下腺の順に 発生しやすい炎症性(自己免疫性)疾患で弾性軟として 触れることが多い.採血は診断に有用で,血中好酸球数 と IgE が高値を示す.一方,FNA では炎症性細胞が採 取されるのみで,診断の決め手にはなりにくい.病巣で は好酸球を中心とした炎症性細胞と線維芽細胞が増生 し,耳下腺では被膜を破壊し耳下腺実質や皮下組織に進 展する.MRI の病変は辺縁不整であり,皮下に浸潤す a b c d 図 7 慢性甲状腺炎と片葉の縦隔進展例(症例7) MRIにおいて,甲状腺右葉は腫大して縦隔に進展し(a : T2WI),気管を狭窄(矢印)させ (b,T1WI),また,大動脈を圧排(矢印)していた(c : T1WI).胸骨正中切開術を併用し 大動脈・腕頭動静脈の内側から抜き取るようにして(矢印)甲状腺半切除術を行った(d).
る所見を示し,これらの点で悪性腫瘍と類似する7) .ス テロイド内服で維持できない場合は手術も行われるが再 発例も多い.症例は40歳代男性で,数年来の左耳下腺腫 脹を主訴に来院した.プレドニゾロン内服にて腫脹を縮 小させた上で病変を切除した.術後は少量のプレドニゾ ロンで維持している. 症例9)耳下腺ワルチン腫瘍例(図9) 50歳代男性.5年前から右頸部腫脹があり,徐々に増 大するため来院した.腫瘤は弾性やや軟として触れる. 喫煙歴あり.CT で腫瘤は耳下腺下極と隣接しているこ とと胸鎖乳突筋外側に存在していることから,耳下腺由 来と考えられた.FNA 結果はワルチン腫瘍であった. 喫煙歴のある中年男性の耳下腺下極腫瘤ではワルチン腫 瘍が多い.本例の手術では顔面神経下顎縁枝を同定し, それより尾側に位置していた腫瘍を切除した. 症例10)頸部脂肪腫例(図10) 脂肪腫は軟性良性腫瘍の中で最も頻度が高く,頸部に はその10%が生じる8) .触診所見(軟性やや弾性)から a b c 図 8 耳下腺木村氏病例(症例8) 耳下腺に弾性軟の腫瘤を認めた(a).MRI の T1WI(b)・T2WI(c)ともに,腫瘤(矢印)は内部不均一, 辺縁不整であり,皮下に浸潤するような所見を示した. a b c d 図 9 耳下腺ワルチン腫瘍例(症例9) 右頸部の弾性やや軟の腫瘤を認めた(a).MRI の T1WI で腫瘤は耳下腺下極(矢印)から移 行しているように見えた(b).さらに,CT で腫瘤は胸鎖乳突筋(矢印)の外側に位置して いた(c).手術では下顎縁枝を同定したのち耳下腺下極を腫瘍とともに切除した(d). 124―738 岩井・他=頸部腫瘤と鑑別診断 2021
脂肪腫を想定することは容易であるが,FNA では有意 な細胞が採取されず確定診断の困難な場合が多い.MRI では T1・T2 強調画像とも均一な高信号を示すが,CT では脂肪と同じ低濃度領域として描出される9) . 本症例は半年前から頸部腫脹を訴える30歳代女性であ る.エコーで低信号均一な領域として認められたが, CTでは一見皮下脂肪との区別がつきにくく,読影医か ら「腫瘍を認めず」との回答がなされた.MRI では視 触診部位に一致した腫瘍が認められた.切除により脂肪 腫と確定した. 5 .神経原性腫瘤 頸部では多くの脈管が頭尾に走行しており,神経原性 腫瘤の画像診断にあたっては,これらとの位置関係の把 握が重要である. a b c d e 図10 頸部脂肪腫例(症例10) 右頸部の弾性軟の腫瘤(矢印)を認めた(a).CT では皮下脂肪と同じ低濃度領域(矢印)として描出された (b).MRI では T1WI(c)と T2WI(d)ともに高信号(矢印)を示し,一方,脂肪抑制画像(e)では低信
号(矢印)となった.
a b c
図11 頸部迷走神経 腫例(症例11)
右頸部に弾性の腫瘤(矢印)を認めた(a).MRI T2WI の coronal で紡錘形の腫瘍を認め(b),axial では腫瘍 の圧排による内頸静脈と総頸動脈との乖離を認めた(c).
症例11)頸部迷走神経 腫例(図11) 3年前からの嗄声.某病院で右喉頭麻痺を指摘され, さらに,甲状腺癌と右頸部リンパ節転移を疑われ手術と なったが,術中迅速病理で神経 腫,術中所見で迷走神 経由来と判明しそのまま閉創となった.腫瘍が増大傾向 であり当科に来院され摘出術となった.MRI では,総 頸動脈と内頸静脈とを乖離させる典型的な頸部迷走神経 腫の所見であった. 症例12)頸動脈小体腫瘍例(図12) 60歳代男性.3年前から頸部腫瘤を自覚し精査目的に 来院した.MRI・血管造影で左総頸動脈分岐部に内・外 頸動脈を開排するように位置する腫瘍を認め,頸動脈小 体腫瘍を考えた.また,腫瘍は内頸動脈を部分的に取り 囲んでいたが,浸潤傾向は認めなかったため,Shamblin 分類10)の2型と診断した.Balloon matas test で健側か らの良好な脳血流が確認され,また,神経学的変化は認 めなかったため,栄養血管塞栓術ののち手術を行った. 症例13)頸動脈小体腫瘍とされていた甲状腺乳頭癌頸 部リンパ節転移例(図13) 70歳代男性.6年前から右頸部腫瘤に気づいていた. 近医では頸動脈小体腫瘍でありまだ小さいので経過観察 とされていた.易出血性として FNA は受けていない. 代診医によりリンパ節転移を疑われ当科紹介となった. 造影 CT では内頸静脈を取り囲むように内部不均一な リンパ節を認め,また,同側甲状腺には石灰化を伴う結 節を認めた.甲状腺乳頭癌の頸部リンパ節転移であり, 甲状腺全摘出術と頸部郭清術を行った. 6 .お わ り に 頸部腫瘤13症例を取り上げ,典型的な疾患を示すとと もに,良性疾患でも病態が進行する場合や,当初良性疾 患と思われても実際は悪性の場合・その逆の場合を提示 した.頸部腫瘤には,診断・経過観察いずれにおいても 陥りやすいピットフォールが多く存在するため,適切な 対応が望まれる. a b c 図12 頸動脈小体腫瘍例(症例12) MRIの T2WI(a)・造影(b),および,血管造影(c)にて,左総頸動脈分岐部に内・外頸動脈を開排するよ うに位置する腫瘍を認めた. a b 図13 頸動脈小体腫瘍とされていた甲状腺乳頭癌頸部リンパ節転移例(症例13) 造影 CT では,内頸静脈を取り囲むように内部不均一なリンパ節(矢印)を認め(a), また,甲状腺には石灰化を伴う結節を認めた(b). 124―740 岩井・他=頸部腫瘤と鑑別診断 2021
文 献
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本論文の要旨は,第121回日本耳鼻咽喉科学会総会・学術 講演会(2020年10月6,7日)の教育講演にて講演された.
連絡先 〒573―0101 枚方市新町2―5―1