.はじめに 本稿の目的は,「持家が多いだけではなく,人々のマジョリティが住宅所 有に価値があると判断し,持家取得を目指す社会」である「持家社会」(平 山 : )がどのように形成されたのか,人口変動・家族変動と住宅政策 との関連を把握することである。 結論から述べると,産業化と都市への人口集中,核家族化は住宅問題を発 生させる大きな要因であった。戦前から終戦直後の住宅政策には社会不安の 解消,戦争遂行という目的があったが,戦後は住宅不足解消のため住宅を大 量供給することが目的となった。政府や自治体は住宅の直接供給,宅地の開 発,住宅金融や法律の整備,住宅産業の育成をしたが,民間自力建設が中心 となった。都市への人口集中,核家族化のため 年代半ばまで住宅不足 は解消しなかった。戦後の特徴は持家率の上昇と住宅・土地の商品化であ る。団塊世代は性別役割分業に基づく郊外の「近代家族」のライフスタイル を生み出し,企業福祉の恩恵を受けて「住宅双六」を進み,高度経済成長を 推進した。低成長期には住宅政策は景気を刺激する役割を担い,持家の取得 がさらに奨励された。 年代以降の民営化のなかで,若者の雇用が不安
日本の人口変動・家族変動と住宅政策
キーワード:住宅システム,人口移動,核家族,企業福祉,民営化村 上 あかね
91定になり,未婚化・晩婚化が進み,住宅をめぐる分断が生まれている。 .日本の住宅政策 ( )戦前 (a)都市への人口集中と住宅問題の誕生 エンゲルスが述べたように( = ),産業化と都市への人口集中は 深刻な住宅問題をもたらす。日本では第一次世界大戦( ∼ )末期から 工業が発展し,人口が増加し,都市に人口が集中した。図 は日本の人口と 世帯数の推移を示したグラフである。 年を除けば 年から人口は順 調に増加し,世帯数も増加している) 。都市にはスラムが生まれ,治安や公 衆衛生が社会問題となった。住宅不足と家賃高騰のために工場労働者や都市 中間層の借家探しは難しくなり,人々は不満を持つようになった。 年には内務省に救護課が設けられたり,救済事業調査会が設置され, )詳しくは三宅( )や住田( )参照。 図 総人口と総世帯数の推移 単位: 人, 世帯 出典:国立社会保障・人口問題研究所「人口統計資料集 」表 ,表 より 総務省「国勢調査」 ∼ 年は沖縄県は含まれない。 92 桃山学院大学社会学論集 第 巻第 号
同会は日本で初めての体系的住宅政策といえる「小住宅改良要綱」を答申し た。このような政策は社会不安を解消して体制を維持することが目的であっ たが,大正デモクラシー,社会主義的労働運動,改造思想などの影響もあっ た。そして,低所得層向けには公益住宅の建設と不良住宅改良地区事業,新 中間層向けにはヨーロッパの消費組合をモデルとした住宅組合,さらに上の 階層向けにはドイツをモデルとした住宅会社が構想されたが,住宅組合には 問題が多く,「住宅会社法案」も財政難のため議会には提出されなかった。 田園都市構想もイギリスのガーデンシティとは似て非なるものとなった(原 : ;猪 瀬 b: , ;本 間 : ;本 間 : , , ;本間 : ;住田 : , )。 地方から大都市圏への人口の集中を示したものが,図 である) 。 年 では総人口に占める三大都市圏の人口は約 割だったが,東京,大阪を中心 に人口シェアが徐々に増加していった。産業構造については第 次産業が劇 的に減少し,第 次産業,そして第 次産業中心へと変化した(図 )。 ) 大都市への集中は住田( : )参照。 図 大都市圏の人口シェアの推移 単位:% 出典:総務省統計局「国勢調査」より作成。 東京圏:埼玉,千葉,東京,神奈川。名古屋圏:岐阜,愛知,三重。大阪圏:京都,大阪,兵庫,奈良。 日本の人口変動・家族変動と住宅政策 93
(b)生活の洋風化と郊外住宅地の誕生 大正期には住生活が洋風化し,生活改良運動が展開された(祐成 : ;住田 : ;住田 : )。 ∼ 年代は金融恐慌 や世界恐慌が発生したものの,新中間層も誕生し,「昭和初期,新たに開発 されつつある郊外住宅地,あるいは都心のデパートに出かけて住宅展覧会を 見ること,雑誌で住宅記事を読むこと,そして理想の住居を思いえがくこと は,多くの人々にとって,娯楽」となっていたという。さらに「住居は,消 費者にとっても,専門家にとっても,また国民国家にとっても象徴闘争の舞 台」であり,「社会的上昇を目指す個人・世帯単位の意欲が住宅の商品とし ての価値を高め」,「住宅を開発する産業の発展はこうした意欲をマテリアル に支え」たこと,すなわち住宅の商品化の兆しがすでにみられることを祐成 は雑誌の言説分析から明らかにしたが) , 年代に提示された家庭生活の 理想が「多くの人に手が届くものとなったのは 年代」とも指摘する (祐成 : , , , )。 )日本の土地百年研究会ほか編( : )によれば,土地の商品化はすでに明治 初期から始まっていた。 図 産業別人口構造の推移 単位:% 出典:総務省統計局「国勢調査」より作成。 94 桃山学院大学社会学論集 第 巻第 号
年代から工場労働者やサラリーマンのための住宅地が郊外に形成さ れはじめ,大阪では道路や高速鉄道も整備された。郊外住宅地の開発は関西 では明治末から,関東でも大正期から始まったが,そこでは私鉄や土地会社 が大きな役割を果たした。その代表は「外国の電鉄会社がさかんにやつて居 る住宅経営」を参考に,安い土地を買収して家賃より安い月賦金を設定して 住宅地を発売した箕面有馬電鉄(のちの阪急電鉄)の小林一三である。関東 では 年の関東大震災) をきっかけに多くの人々が郊外に移住したこと で,都市交通網が強化された。私鉄は一つの端にはデパート,もう一方の端 にレジャーランドを配置し,「切符を売るだけではなくライフスタイルをも 売り出し」ており,ここに消費社会の始まりをみることができる(猪瀬 a: ;猪瀬 b: , ;日本の土地百年研究会ほか編 : ;小林 : , , ;中村 : ;住田 : , ;高嶋 : )。 しかし,当時の郊外住宅地は一部の新中間層向けであり, 年の時点 で持家層の 割を占めていたのは農家であった。戦前の東京・大阪では借家 に住む人の割合が圧倒的に多く,とくに大阪は「市内が『近代長屋』で埋め 尽くされる日本一の借家社会」であった。その後,貸家戸数は増加したもの の,需給バランスの崩れもあり借家人運動や借家争議が起こった。 年 には「借地法・借家法」が制定され, 年には「借地借家調停法」が公 布された) (住田 : , , , , ;高嶋 )。 )この時の義援金をもとに同潤会が設立された。本間( : )は,同潤会 を内務省の田園都市構想,住宅会社構想の延長にあるものと位置づけ,同潤会の アパートメント事業によるPC造の集合住宅や洋風生活が社会・文化へ及ぼした インパクトを評価する。事業内容については,日本の土地百年研究会ほか編 ( : ),住田( : )参照。 ) 大都市で実施された社会実験的スラムクリアランス事業については,住田 ( : )参照。 日本の人口変動・家族変動と住宅政策 95
( )生産力拡充のための戦時住宅政策 戦時中の住宅政策の柱は「地代家賃統制令」,労務者住宅建設,貸家組合, 住宅営団であった) 。 年に厚生省社会局住宅課が独立したが,一連の政 策は戦争遂行のための生産力拡充を目的としていた。軍需産業地帯に工場と 労務者が集中して住宅不足が深刻になっていった。 そこで 年には「地代家賃統制令」, 年には「新統制令」が施行 され, 年には「借地法」と「借家法」が改正された。「統制令」は必ず しも徹底されなかったようだが,家主にとっては収益が上がらないため,民 間借家の供給が大きく減少した(本間 : , ;沼尻 : ;大本 : ;高岡 : ;住田 : )。 労務者住宅は住宅課ができる前から取り組まれていたが,「労務者住宅三 箇年計画」のもとで住宅供給が進んだ。 年には「貸家組合法」も制定 され,さらなる住宅の供給をめざしたが,貸家組合は目標を達成することは できなかっ た(本 間 : ;沼 尻 : ;大 本 : )。 住宅営団は同潤会を引き継いで 年に発足し,労務者や庶民用の住宅を 全国に直接供給したが,資材確保が困難だったため住宅の質を下げても建設 戸数の目標は未達となった(本間 : ;本間 : ;大本 : , , , ;住田 : , )。 住田( : )は「住宅対策要綱」の答申( 年)を近代ハウジン グ政策の原型とみなすが,高岡( : , , )は戦時期の一連の政策 を「生産力拡充を目的とする『社会国家』化が進展し」,「日本の福祉国家・ 社会保障制度の『骨格』や『原型』が戦時期に形成された」とする。 )住宅営団の実態については,西山夘三記念すまい・まちづくり文庫住宅営団研究 会編( )参照。 96 桃山学院大学社会学論集 第 巻第 号
( )戦後の住宅政策 (a)終戦直後の深刻な住宅不足と家賃統制の継続 終戦直後,日本では約 万戸の住宅が不足した。 年 月に「応急 簡易住宅建設要綱」が閣議決定され,応急越冬住宅が建設された。 年 月に戦災復興院(初代総裁小林一三)が設置された。「住宅緊急措置令」 により既存建物が住宅に転用されたり,地方から都市への転入制限が実施さ れたり,「臨時建築制限令」も出された。しかし,資材の不足,占領軍向け の住宅などの建設や生活用品の生産が優先されたために住宅建設は進まな かった) 。さらに戦後 年間には自然災害や都市火災が頻発し,河川や道路 の整備が優先された(本間 : ;本間 : ;本間 : ;大本 : , ;住田 : , )。 GHQは住宅営団の閉鎖命令を出したため,営団賃貸住宅は入居者に払い下 げられた。財産税の徴収も命じたため,物納された借家が買い取られて大阪 など大都市では持家率が上昇し,また都市部における大土地所有は崩壊した。 GHQは物価と社会の安定を重視したことから,「地代家賃統制令」は存続した ( 年)。「地代家賃統制令」はインフレ下で家賃の伸びを抑制する効果を 持っていたが,家主にはメリットがないため,戦前同様に民間借家の建設は 抑制され,家主は防衛策として敷金を徴収するようになった。さらに,失業 対策として応急越冬住宅を引き継いだ国庫補助庶民住宅が建設されたが,住 宅の質は低かった(蒲池 : ;日本の土地百年研究会編 : ; 大本 : , , , , , ;住田 : )。 年には石炭や鉄鋼など基幹産業に重点的投資をする「傾斜生産方式」 が導入され,関連産業に従事する労働者の住宅建設は進んだ。 年 月 に戦災復興院と内務省土木局が建設院になり, 月には建設省になった。 )鈴木( : )は占領軍家族の住宅は戦後日本の生活スタイルに影響を与え, また住宅などの設計・施工・生産にかかわった関係者は戦後復興のための技術力 を身につけた可能性があると評価する。 日本の人口変動・家族変動と住宅政策 97
年には公営住宅をめぐる建設省と厚生省の所管争いで建設省が主導権 を握ったことから,住宅政策は社会政策よりも経済政策としての性格を強 め,これは現在でも続いている(原田 : , ;本間 : ;大 本 : , , ;住 田 : )。住 宅 政 策 を 通 じて社会の安定を目的とした点は終戦直後と戦前の政策に共通要素を見出す ことができる。 (b)「住宅の 年体制」の確立 年代半ばまでに「住宅三法」,いわゆる「三本柱」が制定され,「住 宅の 年体制」が確立した。これは 大政党制である「政治の 年体制」 と「家族の 年体制」(落合 )と軌を一にしている。 まず, 年に「住宅金融公庫法」が公布され,住宅金融公庫(以下, 公庫と表記)が発足した。戦後伸びていた住宅建設が建築資材高騰のために 減少しており,GHQの覚書をもとに設立された政府出資による金融機関で ある。長期固定低金利で個人に住宅建設資金を融資し,かつ融資基準を設け ることで住宅の質の向上を図り,さらに頭金として個人のタンス預金を引き 出す狙いがあった。公庫は戦災で家が焼失したが土地は残っており,現金が 不足している比較的恵まれていた人々を対象に持家の自力建設をうながすも のであった。その後,電鉄業界などの要望に応えて特定の民間企業が発売す る建売住宅に対する融資も 年に開始され,持家の取得を促した(原田 : ;本 間 : ;松 田 : ;住 田 : ;大 本 : , , )。 年には「公営住宅法」が施行された。これは終戦直後の国庫補助庶 民住宅が発展したものであり,現在では低所得者向けとみなされているが, 当初は国民の 割をカバーし,議員やジャーナリストにも特別に入居枠を割 り当てていた。建設省は住宅扶助受給層より上の階層を想定していたが,厚 生労働省との調整の結果,ボーダーライン層向けに補助率の高い第二種を第 98 桃山学院大学社会学論集 第 巻第 号
一種に加えて設定した。関係者によれば「貧乏人は切り捨てる。……(中 略)……日本の復興に貢献する人をさておいて,お荷物になる人だけを優遇 していたら,日本国家の再建はできない」ため,「 ∼ 年経てば公営住宅を 建設する必要はなくなり,入居希望者があって政府が困る」ことがないよう に入居者に払い下げをしようと考えていたが,これは「大きな誤算」だった との証言がある(大本 : , , , , , )。 年には「日本住宅公団法」をもとに日本住宅公団(以下,公団)が 発足した。同潤会から住宅営団に至る流れを汲んだもので中間層を対象とし た。公営住宅に課せられた地理的制約を解決し,国の財政負担を押さえなが ら広範囲に住宅を建設することが目的であった。財源は財政投融資と保険会 社からの資金であった。いわゆる「団地サイズ」も予算制約のなかでできる だけ多くの戸数を建設するために考えだされたものである。鳩山内閣( ∼ 年)の「目玉」である「公団法」には「公営住宅は低所得者向けの ものであることを一層はっきりさせる」政府の意図があり,「単に住宅政策 の新!し!い!柱!の!一!つ!の登場ということにとどまらず,全!体!と!し!て!の!住!宅!政!策!の! 方!向!に一つの転換を画する意義をもっていた」と原田( : , )は 指摘する。住田( : )は,この公団住宅を「マスハウジング・ システム展開の基礎」と位置づける) 。後述するように,公庫と公団は持家 政策を推進する手段として活用され,公営住宅は徐々に入居対象が狭められ ていくこととなる。 (c)大量消費社会の成立と近代家族 公団を思い浮かべた時にイメージされる「団地」は鉄とコンクリートでで きた不燃性の高い中高層の集合住宅である。それに加えて「団地建設が『ま ちづくり』をめざしたこと,もう一つは居住様式の新しさ」が革命的であっ たと多和田( : )は振り返る。調査と標準設計に基づいた間取り,ス )量は多くないものの,のちに払い下げもなされた(大本 : ) 日本の人口変動・家族変動と住宅政策 99
テンレスの流し台,専用の浴室,シリンダー錠によるプライバシーの確保は これまでになかったスタイルであり,応募倍率は 倍を記録するなど人気 を集め,「団地族」は流行語にもなった。マスコミは家電ブームをあおり, 図 にみられるように 年代中ごろから全国でルームエアコン,カラー テレビ,乗用車が普及したが,「世帯主は若く子育て中のファミリー層が大 半で年収は高額」の団地では「 種の神器の普及率も一般世帯と比べて断然 高」か っ た と い う(長 谷 田 : ;松 田 : ;本 間 : ))。 ただし,公団は団地というパッケージだけを提供したため,生活上の問題 は住民自身が解決しなくてはならず,自治会が結成され,革新的な政治意識 も生まれた。公団は地方自治体に財政上の負担をもたらしたり,団地の新住 民とそれ以外の旧住民との間 で 軋 轢 が 起 こ る こ と も あ っ た(原 : )石島( : )は団地居住者は血縁,そして地縁,つまり故郷とのつながりか ら切り離された人が多かったとする。団地の生活実態については渡邊・相澤・森 編( ),Neitzel( )参 照。Neitzel( : )は,「私 生 活」を 獲 得 す ることはまた,皮肉にも仕事や会社への献身を要求したと指摘する。 図 ルームエアコン,カラーテレビ,乗用車の普及率(二人以上の世帯) 単位:% 出典:内閣府「消費動向調査」より作成。 100 桃山学院大学社会学論集 第 巻第 号
, , ;多和田 : )) 。 人口と世帯数はさらに増加した(図 )。戦後から高度経済成長期にかけ て職を求める若者が地方から大都市圏へと移動し(図 ,図 )) ,借家需要 が高まったことにより持家率は低下した(表 )。新しい住宅,とくに地方 からの若年単身者向けの木賃アパートが国鉄沿いに多数建てられ(図 ), なかには「建築基準法違反の低質の建物もあったが,住宅緩和の点から黙過 された」ようである(猪木 : )。住宅ストックは増えたが(表 ), 依然として住宅は不足しており,家賃が高騰したり,賃貸契約の更新が 年 ごとであったり,子どもがいる家族は入居を拒否されることもあったため, 子どもを持つ家族のために郊外 ) での住宅建設が必要となった(大本 : )オーナー堤康次郎の信条とは正反対に西武線沿線では共産党の勢力が強いこと を,原は「大いなる歴史的皮肉」と述べる(原 : )。 )地域移動はしばしば社会移動を伴うが,社会階層・社会移動研究に多くの蓄積が ある。 )郊外とは「都市に付属し,都市と通勤や通学,買い物や娯楽などの行き来によっ て結びついた,そんな住宅地中心の場所」である(若林 : )。 図 非大都市圏から 大都市圏への転入超過数 出典:国立社会保障・人口問題研究所「人口統計資料集 」表 より 東京圏:埼玉,千葉,東京,神奈川の 都 県。名古屋圏:岐阜,愛知,三重の 県。大阪圏:京都, 大阪,兵庫,奈良の 府 県。 日本の人口変動・家族変動と住宅政策 101
住宅総数 居住世帯 のある住 宅 持家 持家率 借家 公営 都 市 再 生機構・公社 民営 給与住宅 借家計 空き家率 , , , .% . . . . .% , , , .% . . . . .% , , , .% . . . . .% , , , .% . . . . .% , , , .% . . . . .% , , , .% . . . . .% , , , .% . . . . .% , , , .% . . . . .% , , , .% . . . . .% , , , .% . . . . .% , , , .% . . . . .% 表 住宅の所有形態別ストック数および持家率 単位:千戸,% 出典:国土交通省「平成 年住宅経済データ集」より 総務省「住宅・土地統計調査」 図 新設住宅着工数の推移 単位:千戸 出典:国土交通省「平成 年住宅経済データ集」「住宅着工統計」「建築統計年報:利用関係別 新設住宅の戸数,床面積の合計」より 102 桃山学院大学社会学論集 第 巻第 号
)。都市への人口集中に対応するため,「全国総合開発計画」( 年) と「首都圏整備基本計画」( 年)が策定され,地域格差是正,過疎・過 密対策がとられた。住宅政策の目標,供給戸数や実現手法を定めた「住宅建 設計画法」が 年に制定されたことにあわせて「住宅建設五箇年計画」 が策定され, 年の第 期まで続いた。世帯の細分化,具体的には「そ の他の親族世帯」の割合が減少し,「核家族世帯」(夫婦のみの世帯,夫婦と 子どもの世帯,男親と子どもの世帯,女親と子どもの世帯)の増加,いわゆ る「核家族化」も住宅不足の一因である(図 )(本間 : ;川崎 : :大本 : )。 団塊世代の持家需要にこたえるため団地は高層化・大型化し,ニュータウ ンへと発展した )。 年に制定された「新市街地開発法」前後から,千里 )国土交通省はニュータウンを「 年度(昭和 年度)以降に着手された事 業」「計画戸数 , 戸以上又は計画人口 , 人以上の増加を計画した事業で, 図 普通世帯の家族類型別割合 単位:% 出典:国立社会保障・人口問題研究所「人口統計資料集 」表 より作成。総務省統計局 「国勢調査」 年調査までの「親族世帯」および「非親族世帯」を, 年調査から「親族のみの世帯」「非親 族を含む世帯」に変更した。 年と 年の値は % 抽出結果。 日本の人口変動・家族変動と住宅政策 103
ニュータウン,多摩ニュータウン,高蔵寺ニュータウンをはじめ全国各地で ニュータウンが開発された。団塊世代の女性が 代の結婚・出産期に入っ た 年代に「『ニューファミリー』という言葉とともに,家族が…(中 略)…『消費の単位』として確立」し,「消費をし,家電やクルマや住宅を 買うことによって初めて家族は家族」となったが,その背後にはアメリカの ホームドラマの影響,そしてファシズムとコミュニズムへの対抗意識がある と三浦( : , )は分析する。アメリカでは住宅建設は経済 全体を刺激する生産の重要部門であり,「郊外一戸建て住宅は,経済的成功 と社会的地位の上昇を目指すアメリカン・ドリームと切り離しがたいもの」 として「郊外の私的な住宅は労働を効率的にするための性的分業の舞台装 置」と な っ た(Hayden = : , , )) 。流 行 語 に も な っ た 「マイホーム主義」について語る住宅広告の言説は「住宅を建てたり,購入 したりすることが,たんに『持ち家』を手に入れるだけではなく,ささやか な『家庭の幸福』を手に入れるという神話的な観念やイメージ」を含むよう に機能したと山本( : )は指摘する ) 。 団塊世代は 年代後半には 代になり,郊外での戸建て持家志向が高 まった。 年の朝日新聞紙上に掲載された「住宅双六」は新婚時代の小 さな賃貸アパートから始まり,子どもが生まれるころに少し広い賃貸マン ション,その後分譲マンションに移り,それを売って庭付き一戸建を手に入 れるのが最終的なあがりであり,これは人口が増加し,経済が成長する時代 の理想のライフコースとみなされた。高度経済成長による所得の増加は双六 地区面積 ha以上のもの」「郊外での開発事業(事業開始時に人口集中地区 (DID)外であった事業)」の条件を満たす住宅地として開発された地域としてい る。団地とニュータウンでは規模,開発主体,開発年数が異なる(原 : ;住田 : )。ニュータウンの開発手法,関西におけるニュータウ ンの実態は大谷( : )参照。 ) 年代にはこの夢の住宅は批判されるようになり(Hayden = ),郊 外から第二波フェミニズムが生まれた。 ) 年代の住宅広告やインテリア雑誌については,三浦( : )も参 照。 104 桃山学院大学社会学論集 第 巻第 号
を進むことを可能にした。「一国一城の主」,「男の甲斐性」という表現,政 治家による「タヌキ,ムジナ発言」も人々をマイホームへと駆り立てた。土 地の価格が上昇し,住宅取得に多額の費用がかかるようになったが,インフ レが進んでいるため借金は大きな負担ではなかったし,むしろ地価の上昇や 家族の変化が「持家に社会保障としての機能」を与えるようになり,持家志 向を高めた ) 。終戦直後は「宅地が 坪,たばこのピース 箱代」(大本 : )で,「貯金の代わりに土地を購入しておいても昭和 年代に限っ ていえば,得をするどころか損」だったが,高度経済成長期には「インフレ に対する財産の目減りを土地を購入することで防ぐ,という生活の智恵が一 般化」した(猪瀬 a: ;三宅 : ;大本 : , )。 地縁を持たない地方出身者が郊外の戸建て持家を購入して双六のあがりを 目指すとき役に立ったのが「住宅展示場」である。これは「中流住宅の普及 啓蒙の場」をつくる戦前の「住宅博覧会」とは異なるが,一か所で実物を検 討でき,「住宅を選別する目を養い,あるいは夢と現実を突き合わせて認識 する実習の場」として人気が高まった(松田 : )) 。 「住宅展示場」はプレハブ住宅産業の営業手法の一つである。戦後,建設 業の労働力不足のなかで安く早く大量の住宅を供給するために住宅の規格 化・工業化が目指され,プレハブ住宅産業が本格的に発展した。この日本独 自のビジネスモデルが発展したのは量産を可能にする技術や安定した生産を 維持するための需要が存在し,建設地が集中していたためである。しかし, 売上高確保のために高品質・高機能な企画提案型住宅を推進したことや営業 費用を要したことから,プレハブ住宅産業による工業化はあまりコストダウ ンにはならなかった。 年にはプレハブ住宅が公庫融資の対象になり, メーカーが 社を超えた 年には「住宅産業」という言葉が生まれた。 )土地価格の変動や土地に関する法律については,日本の土地百年研究会ほか編 ( )参照。 )アメリカにおける住宅展示場については,Leavitt( = : )参照。 日本の人口変動・家族変動と住宅政策 105
プレハブ住宅は災害に強いことから,現在でも人気がある(稲葉 : ;井関 : ;松 田 : ;大 本 : , ;住 田 : ; ;鈴木 : )) 。 (d)さらなる持家の推進 「社会開発」を掲げた佐藤内閣( ∼ 年)のもとで持家政策はさ らに推進された。 年の「地方住宅供給公社法」は「住宅協同組合法」 を発展させたものであり,各都道府県および 大都市に設置された。公社 は公庫の貸付金の受け皿となり中間層向けの分譲住宅の供給を目的とした (大本 : )。 「三本柱」の残り二本も持家を推進する方向に改正された。公団は賃貸住 宅を供給していたが,次第に分譲住宅を増やしていき, 年代には賃貸 住宅と分譲住宅の比率が逆転した ) 。かつて高い人気を誇った公団賃貸住宅 が「遠・高・狭」のために敬遠されるようになったからである。地価高騰に よる建設コスト上昇のため,立地が不便であるにもかかわらず,家賃が高 く,家は狭くなった。公団が大きく買うほど土地の値段が上がり,「住宅建 設五箇年計画」で定められた建設戸数の目標を達成できなかった。民間マン ションブーム ) もあり,空き家,未利用地,用地取得のための借入金の利子 負担も重く,住宅公団は宅地公団と合併し,分譲住宅へシフトすることに なった(原田 : ;平山 : ;本 間 : , )新しい住宅市場の出現は輸入依存型の木材供給体制を成立させた(大倉 : , )。不動産業については橘川・粕谷( ),蒲池( )参照。 )公団の分譲住宅のうち,個人向けの「普通分譲住宅」と「特別分譲住宅」はのち に「長期特別分譲住宅制度」に統合された。「民営賃貸用特定分譲住宅制度」と は建設用地取得難に対応するために,土地所有者などの借家経営意欲を引き出し 賃貸住宅を供給するために創設された。「特定分譲住宅」とは民間事業者が従業 員等の宿舎に供するための,いわゆる給与住宅である(日本の土地百年研究会ほ か編 : )。 ) 年には「地代家賃統制令」が改正され,民間借家が増加した。民間マン ションブームについては住田( : )参照。 106 桃山学院大学社会学論集 第 巻第 号
;大本 : , )。 公営住宅はカバー率が低下していった。「公営住宅法」はたびたび改正さ れたが,とくに 年, 年の改正は高額所得者の明け渡しを促すもの であり,短期間で入居者が入れ替わることを目的としていた。このような改 正は公団住宅が低所得者向けであることを明確にしたため,「著しく低収入 の人たちが,…(中略)…団地形式で居住することに伴うある種の荒廃と差 別意識とか,地方自治体側の公営住宅に対する敬遠感の発生などに現在に至 る諸問題」が生み出された(原田 : ;本間 : ;大本 : )) 。公営住宅も建築戸数のノルマを達成できなかった。 このように十分な量または質の公団賃貸住宅や公営賃貸住宅が供給されな ければ,人びとは民間賃貸住宅に入居したり,持家を取得せざるを得ない。 いったん低下した持家率は 年代中頃から上昇する(表 )。ただし,図 に示すように借家建設も進んでいるため,持家率はかならずしも大きくは 上昇してはいない(表 )。厳密には減失や建て替えも考慮する必要がある が,借家経営は農家の副業,あるいは農家に限らないが相続税対策としての 意味も持っていた。 (e)高度経済成長を支えた企業福祉としての住宅政策 佐藤( )が「サブシステム」と述べるように,日本の住宅システムで 大きな役割を果たしたのは企業であり,住宅に関する企業福祉は社会保障の 代替機能を持っていた。給与住宅(いわゆる社宅)は戦前から繊維工業や鉱 業などにおいて生産設備の一環として提供されてきたが,戦後,労働組合が 既得権を主張することで労働条件の一部として認められるようになった。給 与住宅は農民層出身の労働者家族を産業化に誘導した要因の一つとして大き )不利な地域に居住することが,そこに居住する人々のライフチャンスに影響を及 ぼし,貧困,健康が良好ではない状態や幸福度が低い状態,あるいはそのリスク をもたらすことを「近隣効果」という(Van Ham et als. )。
い(木本 : ;新開 : )。 当初は企業みずから給与住宅を建設し,従業員の用に供していた。社員は 相場より安い家賃で生活することができ,しかも市場家賃との差額は課税さ れない。企業にとっては従業員を確保できるだけではなく減税措置を受ける ことができ,地価が上昇すると企業の含み資産も増加するメリットがあっ た。 年には給与住宅に対する公庫融資が開始された。公団も当初から 給与住宅の建設を目的としていた。産業界からの要請もあったが,企業が保 有する土地の提供があれば用地取得は容易になり,住宅を建設できるからで ある。住宅建設による景気の刺激も目的であった(原田 : , , ;大本 : , , , ;住田 : ;多和田 )。 その後,従業員への住宅資金低利融資による社内持家へと方針が大きく転 換した。 年にILOが給与住宅の禁止を打ち出したほか,企業の経営合理 化の必要もあり, 年に日経連が持家転換の方針を打ち出し,政府も勤 労者財産形成促進法でバックアップした(大本 : )。企業は給与住 宅建築費用を削減することができ,住宅資金貸付・積立制度によって資金調 達も可能になる。労働運動の拠点となった社宅を廃止し,融資に置き換える ことで会社への忠誠心を高める労務管理機能もあった。一方,企業による労 務管理への対抗として「労働組合の側からの持ち家促進」という動きもあ り,労使双方の利害が一致したといえる(松田 : ;三宅 : ;大本 : )。 このような仕組みは「労働者の勤労意欲を引きだし,昇進=昇給競争への 主体的参入,すなわち企業への包摂・統合」を促すために,長時間の不規則 な労働によって家庭に夫(父親)が「不在」であるにもかかわらず家族の相 対的安定性がみられると,木本( : )はトヨタの労働者調査か ら明らかにした。「企業戦士」である夫を妻は「内助の功」で支え,労使一 体となって企業,そして日本の高度経済成長を支えた。日本型企業社会のも とで,人びとの中流意識は高まり「総中流社会」が実現した。 108 桃山学院大学社会学論集 第 巻第 号
(f)高度経済成長の終焉と経済政策としての住宅政策 「住宅建設五箇年計画」第 期( ∼ 年)は「 世帯 住宅」を目 標に掲げ, 年には全国で住宅数が世帯数を上回った(表 )。ただし, 全国すべての都道府県で住宅数が世帯数を上回ったのは 年で,第 期 計画( ∼ 年)では「一人一室」を目標とした。しかし, 年の ニクソン・ショックによる固定相場制から変動相場制への移行と 年の オイルショックにより日本の高度経済成長は終焉し,地方圏から大都市圏へ の人口移動と住宅需要は沈静化した(図 ))。第 期計画( ∼ 年) では「最低居住水準未満の世帯の減少」を目標とし,住宅政策の目標は 「量」から「質」に転換した(住田 : , )。 オイルショックで新設住宅着工数は減少したものの(図 ),住宅建設は 関連産業への波及効果が高いことから景気対策の手段となり,公庫融資は拡 大された。 年には低所得層にも公庫融資の対象が拡大した。欧米との 貿易摩擦解消のため内需を拡大する手段として公庫融資はさらに拡大し, 「経済大国化が進むなか, 年代初頭において<持ち家社会化>を達成し た」。 年以降,現在にいたるまで住宅ローン減税や補助金は景気刺激策 と な っ て い る(本 間 : ;住 田 : , , ;鈴 木 : )。 (g)「 年体制の終焉」と住宅市場の民営化 中曽根内閣( ∼ 年)において,アーバン・ルネッサンス戦略とよ ばれる都市開発や「民活」が進み, 年には「地代家賃統制令」が廃止 された。 年には「新・借地借家法」が制定されたが,いずれも貸し手 に有利になる方向への改正である。この間,国際金融環境も変化し,貿易摩 擦を背景とした 年のプラザ合意後に日本は円高不況となった。金融緩 和による金利の低下によって不動産業への貸出が増加した結果,バブルが発 )地方都市では戸建持家の建設が堅調に進められた(住田 : )。 日本の人口変動・家族変動と住宅政策 109
生した。バブルは土地および住宅価格を上昇させた。バブル崩壊後も公庫融 資は拡大し,土地・住宅価格の上昇をもたらした。それにとどまらず,リス クの高い「ゆとり返済制度」を利用して住宅ローンを延滞する家計が増加す るなど,生活に深刻な影響をもたらした。そして,企業の設備投資意欲の減 退と金融緩和によってこれまで消極的だった民間金融機関が個人向け住宅 ローンに本格的に参入したことで,公庫には逆ざやの損失が累積することと なった(日本の土地百年研究会ほか編 : ;大垣ほか : : 平山 : ;本間 : , )。 細川政権( ∼ 年)誕生による「政治の 年体制」終焉に続き, 「住宅の 年体制」は 年に終焉し, 年から「住生活基本法」がス タートした。この間,政権の交代があっても市場主義的な改革は進んでき た。自社さ連立政権である村山内閣( ∼ 年)は土地・住宅を重要 な改革対象とし,住宅宅地審議会は,「商品」である土地・住宅から得られ る便益は「私的に消費されるもの」であり,「取得は各人の自助努力と支出 能力しだい」とし,政府の役割は市場の整備にあると答申した。民主党政権 ( ∼ 年)は公共事業を削減した代わりに持家建設を促し,税制を整 備した。 このような流れのなかで,「三本柱」のうち二本が民営化され,業務内容 は設立時から大きく変化した。公庫は独立行政法人住宅支援機構となり,現 在は個人への直接融資をやめて住宅ローンの証券化業務を行っている。公団 は何回かの再編を経て独立行政法人都市基盤整備公団となり ),都市の再開 発を行っている。橋本政権( ∼ 年)下で消費税引き上げと特殊法 人改革がバーターとされたが,公団自身の財政難も大きかった ) 。公営住宅 は 年改正で高齢者,身体障がい者の単身入居制度の導入,建て替え戸 )現在では,公団居住者の実態は公営住宅に近づいてきている(多和田 )。 )オイルショックによる地価の下落,住宅需要の減少による土地の塩漬け,空家に よる経営の圧迫があった(本間 : )。 110 桃山学院大学社会学論集 第 巻第 号
数倍率の緩和, 年改正では家賃算定方法の変更,第二種の廃止など市 場家賃化が進んだ。建て替え時には公共施設と合わせるなどの動きもある。 年の「住宅セーフティネット法」は公営住宅の入居者として,著しく 所得の低い世帯,高齢者世帯,障がい者世帯,ひとり親世帯,子育て世帯, DV被害者世帯,犯罪被害者世帯等「真に困窮している者」を設定し,残余 化がますます進行している。しかし,国土交通省交通局( )によれば, 公営住宅の空き家率は .∼ .% と低い一方で,入居倍率は東京で . 倍,全国では . 倍と高く,必要としている人が入居できていない(本間 : , ;平 山 : ;住 田 : ;多 和 田 : )。 給与住宅は処分され,企業による土地の売却・減損処理が行われた。表 が示すように,現在では給与住宅のシェアは % に満たない。そもそも 年代以降の労働市場の改革によって福利厚生にあずかれない非正規労 働者が若者を中心に増えた。若者が「結婚の障害」として挙げるのは住宅で あり,未婚化は少子化をもたらす。晩婚化は住宅取得の遅れを伴い,中高年 の家計にとって大きな負担となっている ) 。核家族を前提とした住宅は未婚 化・晩婚化,高齢単身世帯の増加といった現状とミスマッチを起こしてい る。ホームレスも多いが空家も多く,空家はコミュニティにとってリスクと なる。都心部にはタワーマンションが林立しているが,一部地域での急激な 人口増加にインフラの整備が追いついていない ) 。人口増加と経済成長を前 提としてきた戦後日本の住宅システムは,人口減少局面においてさまざまな 困難に直面している(平山 : , : ;国立社会保障・人口 問題研究所 ;多和田 : , )。 ) 年 月 日付の「日本経済新聞」によれば,住宅ローン完済予定年齢は 歳に上昇した。 )若林( : )「郊外化の終焉」と述べるが,東京一極集中の動きは続い ている。新型コロナによる人口移動への影響は不明な点が多い。 日本の人口変動・家族変動と住宅政策 111
.まとめ 本稿は,日本の住宅政策を人口変動・家族変動との関連から理解すること で日本の住宅システム形成のプロセスを概観した。戦前は借家が多かった日 本社会を持家が多い社会に変えた大きな要因は「地代家賃統制令」である。 戦後の深刻な住宅不足のもとで,都市への人口集中と世帯の細分化,すなわ ち核家族化は住宅の大量供給(とくに新築持家)を必要とし,住宅産業が発 展した。政府や自治体も資材の管理,標準設計や技術の提供,公営住宅や宅 地の供給,法律や住宅金融の整備などの政策を行ってきたが,土地の値上が りは公営賃貸住宅・公団賃貸住宅の供給を困難にし,人びとは持家の取得に 向かった。地方から都市に移動した団塊世代は,性別役割分業に基づく新し いライフスタイルを郊外で展開した。階層別の住宅政策は個人の努力によっ て持家を獲得することを好ましいものと位置づけたが,持家は企業および社 会への統合の手段であり,大量消費社会における豊かさの象徴でもあった (木本 ;平山 : )。低成長期においては,持家政策は経済を刺激 する手段となった。戦後,住宅や土地の商品化が進展するなかで持家率は 割に達した。 年代以降,新自由主義の流れはとどまるところを知らない。年長世 代に比べて若い世代は雇用が不安定であり,住宅取得における世代間の格差 がある。さらに親からの資産継承の有無による世代内の格差も存在する。少 子化によるきょうだい数の減少と階層同類婚は一部の子どもへの資産の集中 をもたらし,資産格差はさらに拡大する可能性がある。平山は「人びとの住 宅状況が複数世代における家族の文脈から決まる部分が大きくなる」と述べ る(平山 : , )。資産格差の拡大は機会の平等を阻害し, 人々の希望を失わせかねない。 少子高齢化,経済のグローバル化など構造的な変化もあり,ヨーロッパで も日本と同様に住宅市場は民営化しているが,戦後すぐに建設された大量の 112 桃山学院大学社会学論集 第 巻第 号
社会賃貸住宅,土地政策と家賃統制政策があり,住宅の確保に対する政府の 責任が憲法に明記されている国もある(村上 )) 。これまで日本が蓄積 してきた住宅ストックを生かし,多くの人が良質で負担可能な住宅に住むこ とができる「住み方改革」を期待したい。 文献
Engels, Friedrich, 1872, Zur Wohnungsfrage.(大内兵衛訳, ,『住宅問題』岩波 書店.) 長谷田一平, ,『フォトアーカイブ昭和の公団住宅──団地新聞の記者たちが記 録した足跡』智書房. 原田純孝, ,「戦後住宅法制の成立過程──その政策論理の批判的検証」東京大 学社会科学研究所『福祉国家』東京大学出版会, . ────, ,「さらなる規制緩和と高度・高密度利用へ──バブル崩壊後の法制 度」橘川武郎・粕谷誠編『日本不動産業史──産業形成からポストバブル期まで』 名古屋大学出版会, . 原武史, ,『「民都」大阪対「帝都」東京』講談社. ────, ,『レッドアローとスターハウス──もうひとつの戦後思想史(増補 新版)』新潮社.
Hayden, Dolores, 1986, Redesigning the American Dream: The Future of Housing, Work, and Family Life, New York W.W. Norton.(野口美智子・梅宮典 子・桜井のり子・佐藤俊郎訳, ,『アメリカン・ドリームの再構築──住宅, 仕事,家庭生活の未来』勁草書房.) 日本経済新聞, ,「住宅ローン完済年齢上昇──平均 歳 年金生活不安定に 審査,老後リスク吟味必要」『日本経済新聞』 月 日付朝刊. 平山洋介, ,『都市の条件──住まい,人生,社会持続』NTT出版. ────, ,『東京の果てに』NTT出版. ────, ,『住宅政策のどこが問題か──〈持家社会〉の次を展望する』光文 社. )民間金融機関は審査にあたって住宅ローンの返済可能性を重視することから,こ れまで以上に世帯の社会経済的地位が住宅取得に影響を及ぼすものと予想でき る。 日本の人口変動・家族変動と住宅政策 113
────, ,『マイホームの彼方に』筑摩書房. 本間義人, ,『住宅((産業の昭和社会史; ))日本経済評論社. ────, ,『内務省住宅政策の教訓──公共住宅論序説』御茶の水書房. ────, ,『戦後住宅政策の検証』信山社出版. 稲葉和也, ,「住宅」橘川武郎・平野創・板垣暁『日本の産業と企業──発展の ダイナミズムをとらえる』有斐閣, . 猪木武徳, ,『経済成長の果実── ∼ (日本の近代)』中央公論新社. 猪瀬直樹, a,『ミカドの肖像(日本の近代猪瀬直樹著作集; )』小学館. ────, b,『土地の神話(日本の近代猪瀬直樹著作集; )』小学館. 石島健太郎, ,「団地での母親の子育て」渡邉大輔・相澤真一・森直人・東京大 学社会科学研究所附属社会調査・データアーカイブ研究センター編『総中流の始ま り──団地と生活時間の戦後史』青弓社, . 井関和朗, ,「萌芽期」山口幹幸・川崎直宏編『人口減少時代の住宅政策──戦 後 年の論点から展望する』鹿島出版会, . 蒲池法生, ,『不動産業の歴史入門』住宅新報社. 川崎直宏, ,「高度経済成長期」山口幹幸・川崎直宏編『人口減少時代の住宅政 策──戦後 年の論点から展望する』鹿島出版会, . 橘川武郎・粕谷誠編, ,『日本不動産業史──産業形成からポストバブル期まで』 名古屋大学出版会. 木本喜美子, ,『家族・ジェンダー・企業社会──ジェンダーアプローチの模索』 ミネルヴァ書房. 小林一三, ,『逸翁自叙伝──阪急創業者・小林一三の回想』講談社. 国土交通省, ,『平成 年度 住宅経済関連データ』(https://www.mlit.go.jp/ statistics/details/t-jutaku-2_tk_000002.html, 年 月 日閲覧). ────,「宅 地 供 給・ニ ュ ー タ ウ ン」(https://www.mlit.go.jp/totikensangyo/ totikensangyo_tk2_000065.html, 年 月 日閲覧). ────,「建築・住宅関係 統 計」(https://www.mlit.go.jp/statistics/details/jutaku_ list.html, 年 月 日閲覧). 国土交通省住宅局, ,「社会資本整備審議会住宅宅地分科会新たな住宅セーフ ティネット検討小委員会参考資料」(https://www.mlit.go.jp/common/001139782. pdf, 年 月 日閲覧). 国立社会保障・人口問題研究所, ,『現代日本の結婚と出産──第 回出生動向 114 桃山学院大学社会学論集 第 巻第 号
基 本 調 査(独 身 者 調 査 な ら び に 夫 婦 調 査)報 告 書』(http://www.ipss.go.jp/ps-doukou/j/doukou15/NFS15_reportALL.pdf, 年 月 日閲覧).
────, ,「人口統計資料集」(http://www.ipss.go.jp/syoushika/tohkei/Popular/ Popular2020.asp?chap=0, 年 月 日閲覧).
Leavitt, Sarah A, 2002,From Catharine Beecher to Martha Stewart: A Cultural History of Domestic Advice, Chapel Hill: The University of North Carolina Press. (岩野雅子・永田喬・ウィルソン,D・エィミー訳, ,『アメリカの家庭と住宅 の文化史──家事アドバイザーの誕生』勁草書房.) 松田妙子, ,『家をつくって子を失う──中流住宅の歴史 子供部屋を中心に』住 宅産業研修財団. 三浦展, ,『「家族」と「幸福」の戦後史──郊外の夢と現実』講談社. ────, ,『団塊世代の戦後史』文藝春秋. 三宅醇, ,「人口・家族の変化と住宅需給」岸本幸臣・鈴木晃編『講座現代居住 家族と住居』東京大学出版会, . 村上あかね, ,「オランダの住宅政策と規制緩和・民営化の影響について」『家族 社会学研究』 ( ): .
Neitzel, Laura, 2016, The Life We Longed for: Danchi Housing and the Middle Class Dream in Postwar Japan, Maine: Merwinasia.
中村尚史, ,「郊外宅地開発の開始」橘川武郎・粕谷誠編『日本不動産業史── 産業形成からポストバブル期まで』名古屋大学出版会, . 日本の土地百年研究会・都市環境研究所・日本不動産研究所, ,『日本の土地百 年』大成出版社. 西山夘三記念すまい・まちづくり文庫住宅営団研究会編, ,『幻の住宅営団── 戦時・戦後復興期住宅政策資料目録・解題集』日本経済評論社. 沼尻晃伸, ,「開発と地価・地代の統制」橘川武郎・粕谷誠編, ,『日本不動 産業史──産業形成からポストバブル期まで』名古屋大学出版会, . 落合恵美子, ,『 世紀家族へ(第 版)』有斐閣. 大垣尚司・三木義一・園田真理子・馬場未織, ,『建築女子が聞く住まいの金融 と税制』学芸出版社. 大倉季久, ,『森のサステイナブル・エコノミー──現代日本の森林問題と経済 社会学』晃洋書房. 大本圭野, ,『〈証言〉日本の住宅政策』日本評論社. 日本の人口変動・家族変動と住宅政策 115
大谷信介, ,『都市居住の社会学──社会調査から読み解く日本の住宅政策』ミ ネルヴァ書房. 新開保彦, ,「公共政策としての社宅制度の分析」藤田至孝・塩野谷祐一編『企 業内福祉と社会保障』東京大学出版会, . 祐成保志, ,『「住宅」の歴史社会学──日常生活をめぐる啓蒙・動員・産業化』 新曜社. 住田昌二, ,『現代住まい論のフロンティア──新しい住居学の視角』ミネル ヴァ書房. ────, ,『現代日本ハウジング史── 』ミネルヴァ書房. 佐藤岩夫, ,「『脱商品化』の視角からみた日本の住宅保障システム」『社會科學 研究』 ( ・ ): . 鈴木紀慶, ,『日本の住文化再考──鷗外・漱石が暮らした借家からデザイナー ズマンションまで』鹿島出版会. 高岡裕之, ,『総力戦体制と「福祉国家」戦時期日本の「社会改革」構想(シ リーズ 戦争の経験を問う)』岩波書店. 高嶋修一, ,「都市の拡大と宅地開発」橘川武郎・粕谷誠編,『日本不動産業史 ──産業形成からポストバブル期まで』名古屋大学出版会, . 多和田栄治, ,『検証公団居住 年──<居住は権利>公共住宅を守るたたか い』東信堂.
Van Ham, Maarten, David Manley, Nick Bailey, Ludi Simpson and Duncan Maclennan, 2013, Understanding Neighbourhood Dynamics: New Insights for Neighbourhood Effects Research: Dordrecht: Springer.
渡邉大輔・相澤真一・森直人・東京大学社会科学研究所附属社会調査・データアーカ イブ研究センター編, ,『総中流の始まり──団地と生活時間の戦後史』青弓 社. 若林幹夫, ,『郊外の社会学──現代を生きる形』筑摩書房. 山口幹幸・川崎直宏編, ,『人口減少時代の住宅政策──戦後 年の論点から展 望する』鹿島出版会. 山本理奈, ,『マイホーム神話の生成と臨界──住宅社会学の試み』岩波書店. 【謝辞】本研究はJSPS科研費 JP K ,JP H ,JP H の助 成を受けたものです。 116 桃山学院大学社会学論集 第 巻第 号
This paper aims to provide an overview of housing policy in Japan from the prewar to postwar period. Industrialization and migration to metropolitan areas and munitions factory districts since World War I caused serious housing problems. The government attempted to resolve this by providing houses and protecting tenants, but budget constraints and shortage of building materials acted as deterrents for the government. After World War II, there was a significant housing shortage. Through various housing laws, the Japanese government provided housing through the public and private sectors. These laws targeted upper-income, middle-income, and low-income families and encouraged people to work hard to climb the housing ladder. Subsequently, the housing industry expanded given the need to provide housing within a short period. However, the housing shortage was not resolved until the 1970 s due to urban migration and a trend toward nuclear families, which led baby boomers to move to the suburbs. Corporate welfare also played a significant role in the postwar Japanese housing system by offering issued houses and loans to employees. The share of the public sector is small and is shrinking as a sharp rise in land prices deters the government from providing sufficient social housing. Houses in the country outnumber households, housing construction has continued. After the Nixon shock and the oil crisis, government policy has aimed to stimulate the economy and expand domestic demand through tax reductions. During the last four decades, the Japanese housing system has been under pressure to adapt to market mechanism. The Japanese housing system reveals a preference for newly built houses, commodification of
The Establishment of the Japanese Housing System in Japan:
Prewar to Postwar Housing Policy
MURAKAMI Akane
lands and houses, and the significant role of corporate welfare. In an aging society, the number of vacant houses is increasing, but there are many homeless people as well. Thus, there is a need for a new policy for decent and affordable housing is required.
Keywords : Japanese housing system, urban migration, nuclear families, corporate welfare, privatization of housing market