左冠動脈主幹部単独病変の外科治療
著者 竹村 博文, 川筋 道雄, 澤 重治, 藤井 奨, 岩 喬
著者別表示 Takemura Hirofumi, Kawasuji Michio, Sawa Shigeharu, Fujii Susumu, Iwa Takashi
雑誌名 胸部外科 = 日本心臓血管外科学会雑誌
巻 44
号 4
ページ 282‑286
発行年 1991‑04
URL http://doi.org/10.24517/00050782
Creative Commons : 表示 ‑ 非営利 ‑ 改変禁止 http://creativecommons.org/licenses/by‑nc‑nd/3.0/deed.ja
今月の臨床
左冠動脈主幹部単独病変の外科治療
竹 村 博 文 川 筋 道 雄 澤 重 治 藤 井 奨 岩 喬 *
性7例,女性3例で,LMT単独症例を除くLMT病変
症例と差はなかったが,年齢は34歳から61歳,平均 51.6歳であり,他のLMT病変症例の平均年齢61.5 歳と比較して有意に若年であった(P<0.001,student#‑test).
術前診断は全例不安定狭心症で,NYHA分類では
Ⅲ度8例,Ⅳ度2例で,Ⅳ度の2例は,術前にニトロ グリセリンの持続点滴静注を必要とした.心筋梗塞の
既往は3例に認められた.LMTの狭窄度は,75%が3例,90%が5例,95%
が1例,完全閉塞が1例であった.左室駆出率は平均 60%と比較的良好であった.右冠動脈からの側副血行
路は3例に認めた(表1).冠血行再建術は,中等度低体温体外循環を用い,大 動脈遮断下に心筋保護液注入により心停止とし行っ た.初期の症例1のみは単純遮断法により冠血管吻合
は じ め に
左冠動脈主幹部(LMT)病変を有する症例は内科的 治療による予後が不良で,冠血行再建術の絶対的適応 とされている.その中で他の冠動脈病変を有さない LMT単独病変は比較的まれであり,LMT単独病変に 限った報告はみあたらない.今回われわれは,当教室 で経験したLMT単独病変の10例につきその臨床所 見,手術成績,および問題点につき検討を行ったので 報告する.
I . 対 象
当教室において1989年6月までに冠血行再建術を 行った384例のうち,LMT病変を認めたのは53例 (13.8%)であった.そのうちの他の冠動脈病変を有さ ないLMT単独病変10例(2.6%)を対象とした.男
表1.LMT単独症例
グラフト
−
L A D C X L A D C X L A D C X L A D I N T L A D C X
[LAD]CX [LAD]CX [LAD]INTCX [LAD]CX [LAD]INTCX
ⅢⅢⅢⅢⅣⅢⅢ
鮪拠釦副弱門別的的
男男男男男女男男女女 ●●●●●●●●●● 39616079045546564363
90 100 90 95 90 75 75 75 90 90
123456789皿 一十一十一一一一一十
jj
一十一一十十一一一一
くく ⅢⅢⅣ(+):nonQ,[]:IMA
キーワード:左主幹部単独病変,冠血行再建術,stringsign
。H・Takemura,M・Kawasuji(鯛師),S.Sawa,S.FUjii, T.Iwa(教授):金沢大学第一外科.
No.4(1991年4月)
胸部外科Vol.44 282
年齢・性 狭窄度
(%) OMI
FjE暁
collateral N Y H A
表2.バイパスグラフトの開存性 戸戸 = 尾 尾
雇呵 LMT狭窄|グラフト|開存l。tring
『『戸戸.。
■勺 .。
L A D ■勺
C X L A D
C X L A D
C X L A D INT LAD C X [LAD]
C X [LAD]
C X [LAD]
INT C X
[LADj
C X [LAD]
C X
モモモーモモーモモモ
00050555509099977779
11 十十十上 厩厩
F‐
F‐ FDJ 〆
?︼
34
十十十一十十十十十十十十十十一一a
6
﹇I
十十
89Ⅲ
図1.症例7の術後DSA
上腕動脈からの逆行性intraarterialDSA.この時点で IMAは閉塞と診断された.
[ ] 開存率
AGMVIS
蝿亡
I
職
5/5(100%)
14/17(82%)
を行った.前期の5例はすべて静脈グラフトのみを使 用し,後期の5例では左前下行枝に内胸動脈を,その 他の冠動脈枝には静脈グラフトを使用した.末梢側吻 合法は,静脈グラフトでは7‑OPolypropylene糸,内 胸動脈グラフトでは8‑0Polypropylene糸の連続吻 合にて行った.静脈グラフトの大動脈側吻合は大動脈 遮断解除後,部分遮断下に,6‑0Polypropyleneの連続 吻合にて行った.
1 1 . 結 果
E
図2.症例7の術後左冠動脈造影像 狭小化したIMAがnativeLADから逆行性に造影され 1.術後早期の開存性 ている‐
術後における選択的冠動脈造影もしくは経動脈的 digitalsubtractionangiography(DSA)での検索に よる開存率は,内胸動脈グラフトが100%,静脈グラフ
トが82%であった(表2).
2.Stringsign
10例中2例(症例7,8)に内胸動脈のstringsignを 認めた.症例7は47歳男性,LMTの75%狭窄に対し 前下行枝に左内胸動脈,回旋枝に静脈グラフトをバイ パスした.術後DSAにて,内胸動脈は閉塞と診断され た(図1)が,nativeの冠動脈造影にて左内胸動脈は 全長にわたりstringsignを呈するも,開存しているこ とが確かめられた(図2).症例8は39歳男性で,LMT に75%狭窄を認め,前下行枝に左内胸動脈,回旋枝と
中間枝に静脈グラフトをバイパスした.術後のDSA 所見では,内胸動脈は側枝を出したあと,狭小化し閉 塞と考えられた(図3).選択的内胸動脈造影では内胸
動脈の開存が確かめられたが,第1肋間枝(図4①),
さらに心膜枝(図4②)を出したあと狭小化していた.
3.術後状態
全例術後経過は良好で,術後狭心症はstringsignを
呈した2例を含め,1例も認められず,NYHAは全例
I度に改善した.術後運動負荷心電図では,施行され た9例全例で負荷陰性であった.胸部外科Vol44No.4(1991年4月) 283
□ザ
=
=
図3.症例8の術後DSA
上腕動脈からの逆行性intraarterialDSA・IMAは第 1肋間枝を出したのち狭小化していた.
1 1 1 . 考 察
L M T 病 変 の 発 生 頻 度 は , 冠 動 脈 造 影 症 例 の 43〜8.7%''2)で,冠血行再建術症例の5.6〜17.3%と されている.またLMT単独病変症例の頻度は低く 15〜9.3%である3 5).
われわれの症例では冠血行再建術症例386例中 LMT病変症例は53例で138%であり,そのうち LMT単独病変症例は10例と冠血行再建術症例の 2.5%であり,LMT病変症例の19%であった.
LMT症例の手術死亡率は欧米では35〜4%,本邦 では46〜18.2%といまだに高率である3‑5).今回検討 した10例は全例生存しており良好な結果であった.
LMT病変の手術成績を左右する外科的危険因子に は,末梢の冠動脈病変の合併,およびLMTの狭窄度 (とくに90%以上)があげられている6).末梢冠動脈に 病変を有さないLMT単独病変症例の手術成績は比較 的良好と考えられるが,LMT単独病変症例のみの手 術成績に関する報告はない.また手術死亡には至らな いまでも周術期心筋梗塞(PMI)の発生は4.8〜15%
と高率である3.4)が,今回の対象群の中ではLMT完全 閉塞症例である症例2のl例以外にはPMIの発生は 認めなかった.
臨床症状としては不安定狭心症が多く今回の症例 10例すべて不安定狭心症であり,うち2例は術前より ニトログリセリンの静脈内投与を行い安全に手術を終 了しえた.術後は全例NYHAI度に改善しており,
■ 鯉 ・ 画
; 霊
、爵
②LIMA
① : 第 1 肋 間 枝 ② ? 心 膜 枝 図4.症例8の術後選択的内胸動脈造影像 第1肋間枝と心膜枝を出したのちIMAは狭小化してい たが,開存していた.
良好な結果が得られた.JefferyらはLMT病変症例の うちニトログリセリンの持続静注が必要な症例は有意 に死亡率が高いとriskfactorにあげている7).
さてLMT単独病変に対する手術のさいの問題点の 一つはグラフトの選択である.長期開存性に優れる内 胸動脈にも血流供給能の限界8)や,stringsignなどの 問題点が指摘されている9).今回検討した10例中内胸 動脈を使用した5例中2例にstringsignを認めた.
LMTの狭窄度との関係について検討すると75%狭 窄の3例中2例にstringsignを認めたことになり,
90%狭窄の2例にはstringsignは認めなかった.
stringsignの原因についてはさまざまな報告がある
が,大きな側枝を出していること,電気メスによる損 傷,nativeflowあるい静脈グラフトのflowとの拮抗 などが考えられる.しかし電気メスによるものならば
stringsignは部分的に認められるであろう.症例7で はnativenowと内胸動脈血流との拮抗が考えられ,症例8では太い側枝を出していたこと,また中間枝に
静脈グラフトをバイパスしてあることより,stringsignの原因は側枝により減少した内胸動脈血流と静
脈グラフトとを介する血流の拮抗が考えられる.また
stringsignを認めた2例とも術後の運動負荷試験で は陰性であったことよりも領域の心筋に対しては十分
な血液供給はなされていることになり,これはすなわ284 胸部外科Vol.44No.4(1991年4月)
ちnativeflowあるいは静脈グラフトからのnowが 内胸動脈のnowより多いことを物語っている.75%
狭窄のLMTに対して内胸動脈を用いるさい,グラフ トの選択には慎重であらねばならない.stringsignの 長期予後に関する報告は少なく今後の課題である.
PMI予防のためにIABPの使用が有効であるとす る報告と必要ないとする報告があるが'0),今回の10例 では術前に予防的IABPは使用せず,術後にもPMI を起こした症例2以外にはIABPは使用しなかった.
LMT単独症例は比較的安全に行えることを証明する ことの一つである.
心筋保護法については,coldcrystalloidcardio‑
plegicsolutionを通常より多めに用い,十分な心筋冷
却が得られるように注意した.心筋温の測定により心 筋の冷却が不十分な場合に心筋保護液を追加した.高 度狭窄がある場合にはretrogradecardioplegicsolu‑tionが有効との報告もある.今回の心筋保護液法の導 入以降の9例では,antegradecardioplegicinfusion 法のみで平均心筋温(心室中隔)は13.3C・と十分な冷 却効果が得られ,1例以外にはPMIは認めなかった.
お わ り に
1)左主幹部単独病変10例に対し,血行再建術を施 行し,初期のPMIの1例を除き全例経過は良好で あった.
2)術後NYHAは全例I度に改善した.また術後 運動負荷試験では虚血所見は認められなかった.
3)75%狭窄に内胸動脈を施行した症例の3分の
2にstringsignを認めた.75%狭窄左主幹部単独病
変に対する内胸動脈使用の長期予後が今後の課題である.
文 献
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82:520,1981
SUMMARY
蔭U而雨xR洞
CoronaryBypassSurgeryfOrSolitaryStenosisoftheleftMainCoronaryArteryH ""Z粒〃e沸況""",ZWeFWs#D"αγ"""qra"君膠飢Kなれα "αU"i"汚吻St〃ooJqf
〃@"ci"e
Tenpatientswithsolitarystenosisofthele此maincoronaryarteryunderwentcoronryartery bypassgrafting.AllpatientssufferedfromunstableanginaandwereinNYHAclassmorW.
T w o o f t h e m r e q u i r e d i n t r a v e n o u s i n f U s i o n o f n i t r o g l y c e r i n p r e o p e r a t i v e l y . T h e d e g r e e o f
stenosisoftheleftmaincoronaryarterywas75%in3patients,90%in5,95%inoneandtotal obstructionintheotherone.FivepatientsreceivedsaphenousveingraftstotheLADand circumflexarteryandtheother5patientsreceivedlMAgraftstotheLADandsaphenousvein graftstothecircumflexarteries.胸部外科Vol.44No.4(1991年4月) 285
In2patientswith75%stenosisoftheleftmaincoronaryarterywefoundnarTow.internal mannnaryarterygrafts,thesocalled"stringsign",onpostoperativeangiograpny.Although severalcausesofstringsignwereproposedpreviously,wesupposedthatthemaincauseofthe
"stringsign"wasthecompetitionforflowbetweenthelMAgraftandthenativecoronaryartery orgraftedcoronaryartery.
Postoperatively,allpatientsshowedimprovementincardiacfunctionandwereinNYHAclass l・Noevidenceofischemicfindingswasfoundinpostoperativeexercisestresstests.
KEYWORD:leftmaincoronary/CABG/stringsign
286
お知らせ
平成3年度循環器病研究委託費の公募課題の公告
循環器病に関する成因,病態,診断,治療,予防,疫学などの研究を行い循環器病対策の向 上を図るため,平成3年度における循環器病研究委託費の公募課題及びその申請に関する事項
を次のとおり定める.
国 立 循 環 器 病 セ ン タ ー 総 長 尾 前 照 雄 1.研究者を公募する課題は下記のとおりとする.
< 課 題 番 号 > < 研 究 課 題 >
3公‑1脳幹における心臓・血管運動制御機構の解明と臨床への応用
3公‑2脳梗塞・心筋梗塞のリスクファクターの近年における変化と予防に関する疫学的 研 究
3公‑3右心系バイパス手術の遠隔予後に関する臨床的研究 3公‑4血管性肺病変に対する肺移植の実験的並びに臨床的研究 3公‑5高血圧と耐糖能異常合併の病態解明と治療に関する研究
3公‑6ポジトロン核医学システムを用いた循環器疾患の病態解明に関する研究 2.公募課題に係る循環器病研究委託事業申請書の提出期限は,平成3年3月31日とする.
3 . 申 請 書 提 出 先 〒 5 6 5 大 阪 府 吹 田 市 藤 白 台 5 丁 目 7 番 1 号
国立循環器病センター運営部企画室企画係 電話06‑833‑5012(内線2216)
4.申請を行おうとする者は,速やかに上記あて申請用紙を請求すること。
「 胸 部 外 科 」 編 集 室 一 胸部外科Vol.44No.4(1991年4月)