博士(農学)耿 清国 学位論文題名
中国黄淮海平原に分布する塩類土壌地帯における地下水位の 制御による表層土壌に対する塩集積防止法に関する研究
学位論文内容の要旨
黄河、淮河および海河の下流域に分布する中国黄淮海平原の塩類土壌地帯では、近年、上 中流域における河川水の消費量が増加したためにコムギを始めとする作物の主要栽培時期で ある初春から夏にかけて河川水が流れて来なくなった。その結果、農業生産のために必要な 灌漑水を河川水に求めることが不可能になり、塩を含む地下水灌漑をせざるを得なくなって いるのが現状である。
このような背景のもとに本研究では黄河および海河下流域の塩類土壌地帯を研究対象として、
1)気象条件が表層土壌の塩集積に及ぼす影響および1950年代から1980年代初期にかけて 大規模に行われた河川水灌漑が表層60cmの土壌(以後、表層土壌)における塩集積に及ぼし た影響を評価し、2)地下水の水位及び水質と表層土壌の塩集積との関係を解析して、適正地 下水位を解明するとともに、3)塩集積のレベルを異にする土壌に対する地下水灌漑と施肥 が冬コムギの収量に及ぼす影響を検討して、4)地下水灌漑が土壌の塩集積に及ぼす影響を 明らかにした。さらに本研究で得られた結果に基づいて、中国黄淮海平原の塩類土壌地帯に おける地下水位の制御による表層土壌に対する塩集積防止法を提案した。得られた研究成果 の概要は下記の通りである。
1.気象条件と土壌塩集積との関係
黄河および海河下流域の塩類土壌地帯における年間蒸発量(1077mm)は降水量(525mm) より2倍を超えるために、地下水位が高い場合には水の上昇移動とともに塩類も地下水や下 層土壌から上昇移動し、表層土壌に集積した。特に、9月.5月の乾期には蒸発量が降水量 よ り 著 し く 多 い た め に 、 水 の 上 昇 移 動 に 伴 う 塩 類 の 表 層 集 積 が 著 し か っ た 。
2. 大 規 模 な 河 川 水 灌 漑 が 表 層 土 壌 に お け る 塩 集 積 に 及 ぼ す 影 響 の 評 価 1950年代後期から80年代初期にかけて、この地域では黄河と海河の河川水を大量に導入 して農地灌漑を行うとともに、表層土壌に集積した塩類を洗脱した。しかし、地形が平坦で あるために排水施設を整備したにもかかわらず排水が不充分であった結果、地下水位の上昇 を招き表層土壌に塩が集積する土壌が増加して、塩類土壌の面積は拡大した。80年代初期 以後、黄河、海河の上・中流域の経済の発展に伴って水消費量が急増し、下流域にある平原 に対する河川水の流入量が急速に減少し、作物生産を維持するために地下水灌漑をせざるを 得なくなった。その結果、地下水位が徐々に低下して表層土壌の塩集積量が減少し、塩類土 壌の面積は減少しつっある。表層土壌の水溶性塩イオン組成も変化し、Na゛、Mg2+、Ca2亠、
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Cl‑、S〇42・含有率は全て低下し、Na゛とCl‑含有率が特に低下した。
3. 塩 類 土 壌 地 帯 に お け る 地 下 水 の 水 位 と 水 質 が 表 層 土 壌 に 対 す る塩 集積 に及 ぼす 影響 1)塩 類土 壌地 帯に おけ る地 下水 の水 質は 地下水位と密接に関連し、地下水の塩濃度は地 下 水 位 が3.5mよ り 浅 い 場 合 に は 地 下 水位 の上 昇に 伴っ て低 下 し、 地下 水位 が3.5mよ り深 い場合には地 下水位の低下に伴って低下した。地下水に溶存するカチオン濃度はNa←>>Mg2+
> Ca2゛ の 順 で あ り 、 ア ニ オ ン 濃 度 は Cl・ > 〉 HC○3. > S040ー で あ っ た 。 2) 表層 土壌 の塩 集積 は地 下水 の水 位と 水質 によって支配された。地下水位の上昇に伴い、
表 層土 壌の 塩含 有率 は上 昇 した 。地 下水 位が2.5mより 浅く 、地 下水 の塩濃度が高い場合に 表 層 土 壌 に塩 が集 積し 、地 下水 位 が2.5−3.Omの場 合で も地 下 水の 塩濃 度が 著し く高 い場 合 には 軽度 の塩 集積 が認 め られ た。 一方 、地 下水 位が3.5mより 深い 場合には表層土壌に塩 集 積は 起こ らな かった。したがって 、表層土壌に塩集積をもたらさない適正地下水位として は 、 安 全 性 を 考 慮 し て 、 3.5m以 下 で あ る こ と が 望 ま し い と 結 論 し た 。 3) 表 層 土 壌に 集積 する 水溶 性塩 イオ ン含 有率 は、 カチ オン で はNa+>> Mg2+>Ca2+の 順で あ り、 アニ オン ではCl‑> HC03・>>S〇42ーで あり 、地 下水 のイ オン 濃度とほぽ一致した。
4. 地 下 水 灌 漑 と 表 層 土 壌 の 塩 集 積 な ら び に 施 肥 が 冬 コ ム ギ の 収 量 に 及 ぼ す 影 響 1)無 灌漑 区に おけ る冬 コム ギの 収量は土壌の塩含有率の上昇に伴って著 しく低下した。従 って 、土壌の高塩 濃度障害は依然として黄淮海平原塩類土壌地帯における 作物の生産性が低 い重要な原因であると考えられた。
2)冬コムギの 収量から判断した灌漑水量は、土壌の塩含有率が1.8g. kg・1以下の土壌では 120mmで 充 分 で あ り 、2.Og ‑ kg,1以 上 の 土 壌 で は240mmで120mmよ り 勝 っ た 。 地 下 水 灌 漑 に よ っ て 高 塩 濃 度 障 害 と 水 欠 乏 に よ る 生 育 障 害 が 抑 え ら れ 、 収 量 は 増 加 し た 。 3)窒 素と りン の施 肥効 果は どの 塩レベルでも認められ、土壌の塩含有率 の上昇に伴って増 大し 、灌漑水量の 増加にともなっても増大した。従って、窒素とりン酸の 施肥と地下水灌漑 の間 には有意な相 乗作用が存在し、施肥と灌漑の効率を上げて、作物生産 性を向上させるた めには養分供給と水供給の総合対策を講ず るべきである提案した。
m窒素 とり ン酸 を施 肥し た場 合、 植物体のNa含有率は施肥量の増加に伴っ てやや上昇した。
このことから、窒素とりン酸の施肥効果は 根のナトリウム排除能の強化によるものではなく、
植 物 体 内 の 高Na含 有 率 に 対 す る 耐 性 の 強 化 に よ る も の で あ る と 考 え ら れ た 。
5. 地 下水 灌漑 が表 層土 壌の 塩集 積に 及ぼ す影 響
1) 無 灌 漑 区 で 乾 期 に 栽培 さ れた 冬コ ムギ の収 穫直 後に 測定 した 表層120cmの土 壌の 塩集 積量 はわずかに増加し、収穫後の 雨期後に表層土壌に集積した塩集積量はいずれの区にお い て も 灌 漑 前 よ り わ ず か に 減 少 し 、 年 間 を 通 し た 塩 集 積 量 は ほ ぼ 零 で あ っ た 。 2)1.9 g‑L・1を 含 む 地 下 水 を120mm及 び240mm灌 漑す る こと によ って 、そ れぞ れ228g. m.2と456g ‑m‑2の 塩が 土壌 に添 加さ れた 。
3) 乾 期 に 栽 培 さ れ た 冬 コ ム ギ の 収 穫 直 後 に 測 定 した 表 層120cmの土 壌の 塩集 積量 は120 と240mmの 地下 水灌 漑区 のい ずれ にお いて もわ ずか に増 加し た が、 雨期 後に はわ ずかに 減 少し 、集 積量 は無 灌漑 区と 大差 な かっ た。 従っ て、 本地 域に おい ては 、240mm以 下の地 下 水 灌 漑 に よ っ て 表 層 土 壌 に 塩 集 積 が 進 行 す る 心 配 は な い と 判 断 さ れ た 。
以上の結果から 、半乾燥地塩類土壌地帯における持続的な冬コムギ生産のためには、(1)地
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下水 位を3.5m以下 に維 持す るこ とを 基本 とし 、(2)地下 水位 が3.5mよ り高 い場 合に は地下 水灌漑を行って地下水位を低下させ、(3)地下水位が低下しすぎて旱魃が問題になる場合には、
運河を構築して黄河および海 河に河川水が流れてくる冬季に河川水を導入し、漏水に よって 地下水を涵養することが望ましいと提案レた。
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学 位論文審査の要旨 主査
副査 副査 副査
教授 教授 教授 助教授
但野 波多野 長澤 大崎
学 位 論 文 題 名
利秋 隆介 徹明 満
中国黄淮海平原に分布する塩類土壌地帯における地下水位の 制御による表層土壌に対する塩集積防止法に関する研究
本 論 文 は 、 図57、 表 7、 引 用 文 献96を 含 み 、 6章 か ら な る 総 頁 数 109の 和 文 論 文 で あ る 。 別 に 参 考 論 文5編 が 添 え ら れ て い る 。
本 論 文 は 、 中 国 黄 淮 海 平 原 に 分 布 す る 塩 類 土 壌 地 帯 に お け る 地 下 水 位 の 制 御 によ る 表 層 土 壌 に 対 す る 塩 集 積 防 止 法 を 明 ら か に し 、 そ れ を 基 に こ の 地 域 の 主 要 作 物 で あ る 冬 コ ム ギ の 持 続 的 な 生 産 方 策 を 提 示 す る こ と を 目 的 と し て 実 施 し た 研 究 の 成 果 を と り ま と め た も の で あ る 。 得 ら れ た 研 究 成 果 の 概 要 は 下 記 の 通 り で あ る 。
1. 塩 類 土 壌 地 帯 に お け る 地 下 水 の 水 位 と 水 質 が 表 層 土 壌 に 対 す る 塩 集 積 に 及 ぼ す 影響
1)地 下 水 の 塩 濃 度 は 地 下 水 位 が3.5mよ り 浅 い 場 合 に は 地 下 水 位 の 上 昇 に 伴 っ て 低 下 し 、3.5mよ り 深 い 場 合 に は 地 下 水 位 の 低 下 に 伴 っ て 低 下 し た 。 地 下 水 に 溶 存 す る カチオ ン濃度 はNa゛>>Mg2*冫Ca2+の順であ り、ア ニオン濃 度はCr〉 〉HくDユ.>S042であっ た。
2)表 層 土 壌 の 塩 集 積 は 地 下 水 の 水 位 と 水 質 に よ っ て 支 配 さ れ た 。 地 下 水 位 が2.5m よ り 浅 く 地 下 水 の 塩 濃 度 が 高 い 場 合 に 表 層 土 壌 に 塩 が 集 積し 、 地 下水 位 が2.5ー3.Om の 場 合 で も 地 下 水 の 塩 濃 度 が著 し く 高 い場 合 に は軽 度 の 塩集 積 が 認め ら れ た。 一 方 、 地 下 水 位 が3.5mよ り 深 い 場 合 に は 地 下 水 の 塩 濃 度 が 上 昇 し て も 表 層 土 壌 に 塩 集 積 の 増 加 は 起 こ ら な か っ た 。 し た が っ て 、 表 層 土 壌 に 塩 集 積 を も た ら さ な い 地 下 水 位 と し て は 、 安 全 性 を 考 慮 レ て 3.5m以 下 で あ る こ と が 望 ま レ い と 結 論 レ た 。 3)表 層 土 壌に 集 積 する 水 溶 性塩 イ オン含 有率は、 カチオ ンではNa゛ >>Mg外 冫くニa釟,
ア ニオ ン で はa‑> HC03 ‑ >>S042で あ り、 そ の 高低 順 位 は地 下 水 のイ オ ン 濃 度と ほ ぼ 一致し た。
2.地 下 水 灌 漑 と 表 層 土 壌 の 塩 集 積 な ら び に 施 肥 が 冬 コ ム ギ の 収 量 に 及 ぼ す 影 響
1)無 灌 漑区 に お ける 冬コムギ の収量は土 壌の水溶 性塩含有 率の上昇 に伴って 著し く低下レた。
2)地 下 水灌 漑 に よっ て高塩濃 度障害と水 欠乏によ る生育障 害が抑え られ、収 量は 増 加した。 塩集積土壌 に対する 冬コムギ の収量か ら判断し た灌漑水 量は、表層土壌 の水溶性塩含有率が1.8g.kg・1以下の土壌では120mmで充分であり、2.Og.kg‑ ̄以上の 土壌では240mmで120mmより勝った。
3)窒 素 とり ン の 施肥 効果はど の塩レベル でも認め られ、土 壌の水溶 性塩含有 率の 上 昇に伴っ て増大レ、 灌漑水量 の増加に ともなっ ても増大 した。従 って、窒素とり ン の施肥と 地下水灌漑 の間には 有意な相 乗作用が 存在し、 冬コムギ の生産性向上の ためには養分供給と水供給の総合対策を講ずるべきである。
4)窒 素 とり ン を 施肥 した場合 、植物体のNa含有率は 施肥量の 増加に伴 ってやや 上 昇 した。こ のことから 、窒素と りンの施 肥による耐塩性の強化は根のNa%jE除能の強 化 によるも のではなく 、植物体 内の高Na含 有率に対 する耐性 の強化に よるものであ ると考えられた。
3.地下水灌漑 が表層土 壌の塩集 積に及ぼ す影響
1)地 下水 無 灌 漑区 で 乾期 に 栽 培さ れ た 冬コ ム ギの 収 穫 直後 に 測定 し た 表層120cm の土壌の塩 集積量は わずかに 増加し、 収穫後か ら雨期終 了時までに 表層12 0cmの土 壌に集積し た塩集積 量は収穫 後よりわ ずかに減 少し、年 間を通した 塩集積量はほぼ 零であった 。
2)1.9g.L.1を 含 む 地下 水 を120mm及び240mm灌 漑 する こ と によ っ て、 そ れぞれ 228g.m.2と456g.m'2の塩が土 壌に添加 された。
3)冬 コ ム ギの 収 穫 直後 に 測定 し た 表層120cmの土壌 の塩集積 量は120と240mmの 地 下水灌漑区 のいずれ において もわずか に増加し たが、収 穫後から雨 期終了時までの 間にわずか に滅少し 、年間を 通した塩 集積量は 無灌漑区 と大差なか った。従って、
本地 域 にお い て は、240mm以下 の地下水灌 漑によっ て表層土 壌に塩集 積が進行 する 心配はない と判断さ れた。
以 上の結果 から、半 乾燥地塩 類土壌地 帯におけ る持続的な 冬コムギ生産のために は 、(1)地下水 位を3.5m以下 に維持し つつ地下水潅漑および窒素とりンの施肥をする こ とを基本 とレ、(2)地 下水位が3.5mより高い場合には地下水灌漑を行って地下水位 を 低下させ 、(3)地下水 位が低下 しすぎて早魃が問題になる場合には、地下水潅漑を 行 うと同時 に、運河 を構築し て河川水 が流れて くる冬季に 河川水を 導入し、漏水に よ って地下 水を涵養 すること が望まし いと提案 した。
以上の ように、 本研究は 、半乾燥 地帯に分 布する塩類 土壌にお いて持続的な作物 生産を 可能にす るために は、地下 水位を3.5m以 下に制御す るとともに、地下水潅漑 と窒素 ・リンの 施肥を組 み合わせ た総合的 対策を採用 すること が重要であることを 明示す るととも に、地下 水位が3.5mよ り深い場 合には地下 水潅漑による表層土壌へ の塩の 集積は起 こらない ことを明 らかにし たものであ り、学術 上、応用上高く評価 される 。よって 審査員一 同iま、耿 清国は博士(農学)の学位を受けるのに十分な資 格を有 するもの と認めた 。