博 士 ( 工 学 ) 田 口 正 美
学 位 論 文 題 名
非 酸 化 性 酸 溶 液 中 に お け る 遷 移 金 属 系 窒 化 物 の 腐 食 特 性 に 関 す る 研 究
学 位 論 文 内 容 の 要 旨
現 在,化 学工 業にお ける耐 食性材料としては,チタンやステンレス綱がその主流を占めている。
こ れらの 材料が 優れた 耐食 性を発 揮する のは, その 表面に 不働態 被膜を 形成し,その被膜が自己 修 復機能 を有す ること に起 因する 。従って,硝酸やク口ム酸ナょどの酸化性酸類に対してはきわめ て 安定で あり, 中性な らび に腐食 抑制剤 を含有 する 還元性 環境に おいて も優れた特性を示す。し か しなが ら,不 働態被 膜を 生成し 得ない 環境, 例え ば,酸 化剤を 含まな い非酸化性酸類中におい て は,激 しい溶 解を引 き起 こすこ とがあ る。こ のよ うな腐 食を防 止する には,一般に,酸素の吹 き 込みや 酸化性 イオン の添 加によ り,溶 液に酸 化カ を付与 する方 法がと られているが,環境側因 子 を変え ること ができ ない 場合も 多く, 不働態 被膜 に代替 できる 表面被 膜の開発が強く望まれて い る。
か かる背 景か ら,著 者は, チタン が非酸 化性 酸類に 対して 容易に 溶解 する問題に取り組み,こ の ような 環境下 におい て耐 食性を 改善す る方法 とし て,材 料表面 を窒化 物層に改質することを提 案 した。 これま で,材 料表 面を窒 化物層 に改質 した 例とし ては, 窒化チ タンを海洋構造物や医療 材 料の保 護被膜 として 利用 するこ とを中 心にい くっ かの報 告がな されて いるが,硫酸や塩酸など の 非 酸 化 性酸 類 に 対 す る耐 食性は ほとん ど知ら れて いない 。しか も,そ の多 くは化 学量論 組成 TiNに近 い 被 膜 を 対 象に し て い る と考 え ら れ , 組成と 耐食性 の関係 を直 接的に 言及し た例は 見 あ たらな い。本 研究で は, 窒化チ タンお よびも うー っの有 望な遷 移金属 系窒化物である窒化ク口 ム の非酸 化性酸 類に対 する 耐食性 材料と しての 有用 性を検 討する ことを 目的とし,高温窒化法に よ ルチタ ンなら びにク ロム の表面 を窒化 物層に 改質 し,硫 酸ある いは蓚 酸溶液中での腐食特性を 調 査検討 した。 また, 低温 での被 膜形成 と得ら れる 窒化物 の組成 的均一 性を考慮して,反応性イ オ ンプレ ーティ ング法 によ る表面 改質を 実施し た。 加えて ,窒化 チタン を試料とし,光電気化学 的 手法に よる実 験をお こな い,窒 化物の 半導体 特性 と溶解 反応機 構にっ いて論及した。本論文は
こ れ ら の 成 果 を 全 6章 に ま と め た も の で あ り , 以 下 に そ の 概 要 を 示 す 。 第1章は緒論である。この章では,チタンやステンレス綱などの耐食性材料が酸化剤を含有し ない非酸化性酸類において激しく侵食されることを示し,そのような環境下での耐食性を改善す る方法として,材料表面を窒化物層に改質することを提案した。
第2章では,非酸化性酸類に対する窒化チタンの耐食性材料としての有用性を検討する目的で,
高温窒化および反応性イオンプレーティングにより試料を作製し,硫酸溶解における腐食特性を 調査した。初めに,チタンの窒化挙動ならびに反応性イオンプレーティングによる成膜にっいて 検討をおこなった。次いで,作製した窒化チタンに対し,アノード分極測定および373K,沸騰 1 krriol.rri‑。硫酸腐食試験を実施した。その結果,873および973Kで窒化したチタンは容易に 侵食されるが,1173K以上の高温では,チタン溶出量が末窒化のチタンに比して3オーダ一低い 値に抑制できることが判明した。また,反応性イオンプレーティングにより作製したTiN被膜 (TiNO.891)の耐食性は,高温窒化により生成したこれらの窒化チタンには劣るものの,チタ ン溶出速度から判断して,溶 存酸素により不働態化した チタンに匹敵すると結論できた。
第3章においては,第2章の結果をふまえ,窒化チタンの耐食性の及ぼす組成ならびに酸濃度 の影響にっいて検討した。ここでは,水素化チタンを出発材料として各種組成窒化化チタン粉末 を合成し,窒化チタンの組成と組織の関係を綿密に調査した。また,合成試料による373K,沸 騰硫酸腐食試験をおこない,40at%以上のTiN単相では,硫酸濃度の高低にかかわらず,腐食 がほとんど進行しないことを明らかにした。一方,Ti:NとTiNの混合組織においては,低次 の窒化物であるTiユNにっいての選択的腐食が起こることを実証した。さらに,これらの腐食特 性は有機酸である蓚酸にっいても調査され,耐食性の臨界組成が硫酸の場合と比較して,低窒素 側のシフ卜することを見いだした。
また,第4章では,窒化チタンと同様,耐食性材料としての使用が期待される窒化ク口ムにつ いて硫酸溶液における腐食特性を調査した。ク口ムは窒化により自己不働態化能カを失うもの の,1073〜 1273Kで生成する窒化クロムにおいて著しい耐食性の改善が認められた。これは生成 したCrエNとCrNの混合組織が耐食性を有するためと結論された。また,反応性イオンプレー ティングでは,蒸発ク口ムと窒素プラズマの反応割合を高めることで,高温窒化では生成し得な いCrN単相被膜を作製でき,この物質がさらに優れた化学的安定性を有することを確認した。
加えて,サイクリックボルタンメトリーによる溶出イオン種の固定をおこない,低次のク口ム窒 化物の溶解が2価で進行することを明らかにした。
さらに,第5章では,窒化物の溶解反応機構にっいて議論すべく,窒化チタンを試料として,
光 電分 極法 に よる 半導 体特性 の評価と定電位溶解 試験を実施した。 その結果,窒化チ タンの半導 体 特性 はい ず れもn型で ある こ とが 判明 し た。し かしながら,キャ リアー密度は作製 条件により 大 きく 異な り ,873K 57. 6ks窒化 チ タン の最 表層は多数 の窒素イオン空孔を 有するTiN。ヨに近 い 組成 の化 合 物で ある と 推定 され た 。一 方,1173K 57. 6ks窒 化 チタンでは ,TiNに 近い組成の 化 合物 が最 表 層に 生成 し てい ると 判 断で きた 。また,前 者は3価で 容易に溶解するの に対し,後 者 な ら び に 反 応 性 イオ ンプ レ ーテ ィン グ によ り作 製 したTiN被 膜で は ,1価 で溶 解反 応 が起 こ り ,そ の速 度 はき わめ て 遅い と結 論 され た。
以上 の総 括 とし て, 第6章 に おい ては , 耐食性 材料としての窒化 チタンならびに窒 化クロムの 有 用性 を議 論 した 。
学位論文審査の要旨
化 学 工業 など 多 くの 苛酷 な使用環 境のもとで,チタ ンあるいはステンレ ス綱がその優れた 耐食 性を 発 揮す るの は ,そ の表 面に自己 補修機能を有する 不働態被膜が形成さ れるからである。 従つ て, 硝 酸あ るい は ク口 ム酸 など,酸 化性の酸性溶液に おいては,極めて優 れた耐食性を示す 。し かし,不働態 披膜を形成し得な い環境,例えば,酸化剤を含まない非酸化性の酸溶液においては,―
激し い 活性 態溶 解 が進 行す る場合も 認められる。この ような腐食を回避す るには,一般に, 溶存 酸素 あ るい は酸 化 性イ オン を添加し て,環境に酸化カ を付与する方法が採 られている。しか し,
この よ うに 環境 側 因子 を変 えること ができない場合が 多く,不働態被膜に 代替できる耐食性 表面 被膜の開発が 強く望まれている のである。
こ の よう な背 景 に着 目し て,著者 は,まず,チタン が非酸化性酸溶液に おいて容易に溶解 する 問題 に 取り 組み , 耐食 性改 善の方法 として,材料表面 を窒化物層に改質す ることを提案した 。従 来, 材 料表 面を 窒 化物 層に 改質しよ うとする試みは, 特殊な海洋構造物あ るいは医療材料の 保護 被膜 と して の窒 化 チタ ンに 認められ ,若干の報告があ るけれども,硫酸, 塩酸あるいは有機 酸な ど, 非 酸化 性酸 溶 液に おけ る耐食性 の研究は極めて少 ない。また,取り上 げた窒化チタンは ,化
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学 量 論組 成TiNに 近 い 被 膜 に 限ら れ て お り ,化 学組成 と耐 食性と の関係 に注目 した 研究例 は見 当た らない 。
本研 究にお いて は,窒 化チタ ンおよ び他の 有望 な遷移 金属系 窒化物 である窒化ク口ムの非酸化 性酸 溶液に おける 耐食性 を評 価する ため, まず, 高温 窒化法 による チタン 並びにク口ムの表面改 質を 種々の 温度条 件で行 い, こられ の試料 に対し ,. アノー ド分極 曲線の 測定な らび に沸騰lkm 01.1T1‑硫酸 中 の 腐 食特 性の検 討を広 範に 行って いる。 また, 低温 で窒化 物被膜 を形成 できる 点, 得られ る窒化 物が組 成的 に均一 である 点など を考 慮して ,反応 性イオ ンプレーティング法に よる 表面改 質を試 み,こ れら にっい ても耐 食性の 詳細 な検討 を行っ ている 。加えて,窒化チタン を対 象に光 電気化 学的手 法に よる実 験的研 究を行 い, その半 導体的 特性と 溶解反応機構との関連 にっ いて考 察して いる。 本論 文は, これら の研究 成果 を全6章に まとめ たもの であっ て,そ の研 究経 過なら びに研 究成果 を以 下に述 べる。
i)チ タ ン の高 温 窒 化 挙動の 詳細な 検討結 果を もとに ,種々 の条件 で被膜 形成 したチ タン試 片 の耐 食性を 検討し た結果 ,600℃および700℃で窒化したチタンの耐食性は不充分であるけれども,
900℃ 以 上 の 高温 で 窒 化さ せたチ タン の溶出 量は, 未処理 のチタ ンに 比して3オ ーダ一 低く抑 制 でき ること を明ら かにし た。ii)反 応性イ オンプ レーテ ィン グ法に よる被 膜特性 の検 討結果 をも と に ,チ タ ン 上 に 作成 し た(TiNo.891) 被 膜 の耐食 性は, 前記 高温窒 化によ り生成 した 被膜の それ に比べ 若干劣 るけれ ども ,溶存 酸素に より不 働態 化した チタン の耐食 性とほぼ同程度である と結 論でき た。血 )窒化 チタ ンの耐 食性に 及ぼす 窒化 物組成 ならび に硫酸 ,蓚酸濃度の影響を明 らか にする ため, 水素化 チタ ンから 合成し た各種 組成 の窒化 チタン 粉末に っき,化学組成と組織 な ら びに 溶 出 特 性 との 関 係 を 綿 密に 調 査 し た 結 果,TiN単相 組 織 ,Ti2Nと の 混 合組 織 い ずれ にお いても ,高次 窒化物 は極 めて優 れた耐 食性を 有す ること ,一方 ,酸濃 度を適切に選択するこ とに より, 低次窒 化物だ けを 溶出分 離でき ること を明らかにした。 1V)チタンと同様,非酸化性 酸溶 液中で 耐食性 を失う クロ ムにっ いても ,高温 窒化 法なら びに反 応性イ オンプレーティング法 によ って表 面改質 を試み 、沸 騰硫酸 中での 耐食性 を調 べた結 果,低 次窒化 物混合組織でも著しい 耐食 性の改 善が認 められ ,特 にイオ ンプレ ―ティ ング の条件 を選択 するこ とにより,高次窒化物 単 相 被膜 を 形 成 さ せる と, 極めて 優れ た化学 的安定 性を付 与で きるこ とを明 らかに した。v)窒 化物 被膜の 溶解反 応機構 を明 確にす るため ,光電 分極 法によ り窒化 チタン の半導体的特性を評価 する ととも に,定 電位溶 解試 験を行 い,い ずれもn型 特性を 示す こと, キャリ アー密 度の大 小が 耐 酸 性 を 支 配 す る こ と な ど を 明 ら か に し て , 溶 解 反 応 機 構 を 論 考 し て い る 。 以上 ,本論 文の 内容に は,不 働態被 膜を生 成で きない 環境に おける 耐食性材料の開発に有用な
多くの新知見が含まれ,腐食科学ならびに防食工学に寄与するところ大なるものがある。よっ て , 著 者tま , 博 士 ( 工 学 ) の 学 位 を 授 与 さ れ る 資 格 あ る も の と 認 め る 。