博士(工学)田淵正幸 学位論文題名
銅合金におけるべイナイト変態の変態機構に関する研究 学位論文内容の要旨
合金の相変態はその結晶構造変化の際の原子の挙動から、拡散型変態と剪断変形 型変態(マルテンサイト変態)に大きく分類することができる。拡散型変態は個々 の原子のランダム移動によって結晶構造が変化するb 一方、マルテンサイト変態i ま 拡散を伴わず、多数の原子の連携的移動、っまり剪断変形によって結晶構造が変化 する。本論文で研究対象としたべイナイト変態は形態および結晶学的には剪断変形 型変態の特徴を示し、一方、溶質原子濃度の変化を伴うとぃう点では拡散型変態の 特徴を示す。したがって、ベイナイト変態は剪断変形型変態と拡散型変態の中間的 なものとして位置づけられているが、中間的とぃう言葉が示す通りその変態機構は 複雑で、現在でもまだ十分明らかになっていない。特に、その結晶構造変化が剪断 変形機構によるのか拡散機構によるのかで議論が分かれており、双方の立場から様々 な研究が行われている。
本研究では、銅合金のべイナイト変態について、その変態機構解明を目的として 種々の実験を行った。特に、変態進行過程を電気抵抗測定により追跡し、変態速度 に及ぼす種々の要因を明らかにした。さらにこの変態の結晶学的特徴を電子顕微鏡 の新しい方法を用いて詳細に調ぺることにより、変態機構に関する手がかりを得た。
本論文はこれらの実験結果を解析し、それに基づぃて変態機構を考察した結果をま と め た も の で あり 、第
1章 から 第6 章で 構成 される 。以 下に 各章を 要約 する 。
第
1章では本研究の背景を述ペ、ベイナイト変態とこれに関連するマルテンサイ ト変態について解説した。
第2 章では423 〜483K の比較的低温域での加熱によルベイナイト変態を進行させ、
その過程を電気抵抗測定により追跡した。特に無応力、および外部応力下での変態
速度に注目した。この実験によルベイナイト変態は時効温度上昇により著しく変態
速度が大きくなること、さらに、外部応カによって促進されることが明らかになっ
た。後者はべイナイト変態が格子の剪断変形機構によって進行することを示す確か
な証拠となるものである。また、ベイナイト変態速度の温度依存性から求めた活性
化エネルギーは、母相中の溶質原子拡散の活性化エネルギーの値に近いものであっ
た。この結果はべイナイト変態が拡散律速であることを示す。以上の結果から、ベ
イナイト変態は格子の剪断変形と拡散支配の析出とぃう2 つの特徴を合わせ持っも
のであると結論できる。
第
3章では
523〜573K の比較的高温域でのべイナイト変態とそれに続く平衡a 相 への変態の過程を電気抵抗測定により追跡した。前段と後段の変態過程は時定数が 大きく異なるので、それぞれ独立に解析することができた。両変態はともに時効温 度上昇により著しい速度増加が見られたが、活性化エネルギーの値は両者で大きく 異なっていた。ベイナイト変態については第2 章と同じであるが、後段の平衡a 相へ の変態の活性化エネルギーはべイナイト変態のものより大きく、fcc 構造での溶質原 子拡散の活性化エネルギーとほぼ同じであった。これは、後段の変態がべイナイト 相内の拡散に支配されていることを示す。
また、ここでは各変態の変態曲線を現象論的理論式で説明することを試みた。ベ イナイト変態の変態曲線はJohnson‑Mehl‑Avrami の式とよぃ一致が得られた。一方、
後段の平衡a 相への変態、すなわち9R 構造からfcc 構造への変態曲線は指数型減衰曲 線とよく一致した。さらにa 相変態の過程を電子顕微鏡観察により調ベ、この過程が べイナイト晶内部の積層欠陥のランダムな消滅過程に対応することを明らかにした。
第
4章では各変態過程の合金組成依存性を調べた。特に合金組成によるマルテン サイト変態開始温度(Ms 点)の違いに注目し、この
Ms点の値による変態過程の違い を調べた。Ms 点が高い試料ほどべイナイト変態速度は大きくなるが、ベイナイトか ら平衡a 相への変態速度には顕著な差は見られなかった。また、時効前にマルテンサ イト変態を繰り返すと変態潜伏時間が短縮されることを見出した。同時に行った光 学顕微鏡観察の結果と合わせ、その原因はマルテンサイト変態によって母相内で増 殖 さ れ た 転 位 が べ イ ナ イ ト 核 生 成 を 促 進 す る た め で あ る と 推 論 し た 。
第
5章では、変態初期のべイナイト晶の電子顕微鏡観察を行い、ベイナイト変態 の結晶学的特徴を調ぺた。母相の反射を用いた観察では、ベイナイト板面に変態歪 に起因する干渉縞が見られた。これはべイナイトにおいてもマルテンサイトと同様 の剪断歪が存在すること、つまり、これが格子の剪断変形によって生成したことの 証拠である。この干渉縞を用いてべイナイトの変態歪を測定し、その大きさS=0.17 を得た。この値は同じ合金のマルテンサイトの変態歪の値とほとんど等しいもので あった。なお、ベイナイト晶内部の基底面積層欠陥についても詳細な観察を行い、
こ れ が マ ル テ ン サ イ トの 場 合と 同 程度 の 密度 で 存在 す る等 の 結果 を 得 た。
第
6章では、全体の締めくくりとして、ベイナイト変態の変態機構についての考 察を行うとともに総括を与えた。まず、第5 章までの結果としてべイナイト変態が 拡散支配の格子剪断変形機構 によって進行すると結論できることを確認した上 で、さらに原子的レベルでの変態機構を検討した。この結果、格子剪断変形は変態 転位の動きによって進行すると考えるのが妥当であること、この転位の駆動カは拡 散によってもたらされた濃度変化による自由エネルギー変化であること、転位の運 動は濃度揺らぎによって濃度変化と結びついていることを結論した。このように、
ベイナイト変態は格子剪断変形とぃうマルテンサイト的要素と合金濃度変化とぃう
拡散変態的要素とが緊密に結び合った変態であると言うことができる。最後の節に
おいて全体の結果を要約し、総括とした。
学位論文審査の要旨 主査 教授 丸川健三郎 副 査 教授 前 晋爾 副 査 教授 堤 耀広 副 査 教授 大貫 惣明
学 位 論 文 題 名
銅合金におけるべイナイト変態の変態機構に関する研究
金 属 や 合 金の 相 変態 はそ の結 晶構 造変 化の 際の 原子 の挙 動か ら、 拡散 型 変態 と剪 断型 変 態 ( マ ル テ ンサ イ ト型 変態 )と に分 類す るこ とが 出来 る。 拡散 型変 態で は 個々 の原 子の ラ ン ダ ム 移 動 によ っ て結 晶構 造が 変化 する が、 一方 、剪 断型 変態 では 多数 の 原子 の連 携的 移 動 、 っ ま り 剪断 変 形に よっ て結 晶構 造が 変化 する 。本 論文 で研 究対 象と し たべ イナ イト 変 態 は 拡 散 型 変態 と 剪断 型変 態と の中 間的 なも のと して 位置 づけ られ てい る が、 中間 的と い う 言 葉 が 示 す 通 り そ の 変 態 機 構 は 複 雑 で 、 十 分 解 明 さ れ て は い な か っ た 。 本 研 究 は 銅合 金 のべ イナ イト 変態 にっ いて その 変態 機構 解明 を目 的と し て、 種々 の実 験 を 行 っ た も ので あ る。 特に 、変 態進 行過 程を 電気 抵抗 測定 によ り追 跡し て 変態 速度 に及 ぼ す 種 々 の 要 因を 明 らか にし てお り、 さら に電 子顕 微鏡 を用 いた 詳細 な観 察 によ りこ の変 態 の 結 晶 学 的 特徴 を 調べ て変 態機 構に 関す る新 しい 手が かり を得 てい る。 ま た、 これ らの 実 験 結果 の解 析に 基づ いて 変態 機構 を 検討 して いる 。
本論 文は6章か ら構 成さ れて いる 。
第 1章 は 序 論 で あ り 、 本 研 究 の 背 景 と 目 的 を 明 ら か に し て い る 。 第2章 で は 、 比 較 的 低 温 域 で の 加 熱 に よル ベイ ナイ ト変 態を 進行 させ 、 その 過程 を電 気 抵 抗 測 定 に より 追 跡し てい る。 特に 外部 応力 下で の変 態速 度を 調ベ 、こ の 変態 が外 部応 カ に よ り 促 進 され る こと を明 らか にし てい る。 また 、時 効温 度の 上昇 によ り 変態 速度 が著 し く 大 き く な るこ と を示 し、 この 温度 依存 性か ら求 めた 活性 化エ ネル ギー が 母相 の溶 質拡 散 の 活 性 化 エ ネル ギ ーに 近い 値で ある こと を明 らか にし てい る。 これ らの 結 果か ら、 この 変 態 が 格 子 の 剪 断 変 形 と 拡 散 支 配 の 変 態 とい う2っ の特 徴を 合わ せ持 っも の であ るこ とを 結 諭 して いる 。
第3章 で は 比 較 的 高 温 域 で の 加 熱 に よ ルベ イナ イト 変態 とそ れに 続く 平 衡ゼ 相へ の変 態 過 程を 調べ て比 較し てい る。 ベイ ナ イト 変態 は平 衡a相へ の変 態 に比 べて 著しく速いこと、
後 者の 変態 の活 性化 エネ ルギ ーは べ イナ イト 相での拡散の活性化エネ ルギーとほば等しく、
ベ イ ナ イ ト 相内 部 での 積層 欠陥 の密 度減 少過 程と 良く 対応 して いる こと 、 等の 結果 を得 て い る。
第4章 で は 変 態 過 程 の 合 金 組 成 依 存 性 を調 べて いる 。特 にマ ルテ ンサ イ ト変 態と の関 連
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に注目し、マルテンサイト変態の起こり易い合金ほどべイナイト変態も起こり易いことを 明らかにしている。また、前もってマルテンサイト変態を起こさせた試料にっいての実験 により、低温で予備的に与えたマルテンサイト変態が高温でのべイナイト変態を促進させ ることを見いだしている。
第5章では変態初期のベイナイト晶にっいて電子顕微鏡観察を行い、ベイナイト変態の 結晶学的特徴を調べている。母相反射を用いた観察により変態歪に起因する特異な干渉縞 を見いだしており、この干渉縞の解析からべイナイトが剪断歪を伴うこと、さらにその歪 の大きさがマルテンサイトの場合とほぼ同じであることを示している。この結果は変態機 構を考える上での重要な手がかりを与えている。
第6章では全体の締めくくりとして、ベイナイト変態の変態機構にっいての考察を行つ ている。まず5章までの結果に基づいてべイナイト変態が「拡散支配の格子剪断変形機構」
によって進行するものであることを結諭し、さら原子的レベルでの変態機構を検討してい る。この結果、格子剪断変形は変態転位の動きによること、この転位運動の駆動カは拡散 によってもたらされる溶質濃度変化による自由エネルギ一変化であること、転位の運動は 濃度揺らぎによって濃度変化と結びっいていること、などを結諭している。最後に論文全 体の総括を行っている。
以上のように、本論文はべイナイト変態に関して変態速度測定ほかの実験を系統的に行 うことによって変態機構を調べたものであり、この変態についての数々の新しい知見を得 ている。これらの知見は相変態研究に有益なものであり、応用物理学、金属物性学の進歩 に寄与するところ大である。
よって 、著者は北海道大学博士(工学)の学位を授与される資格あるものと認める。
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