【司会:山野嘉朗】それでは時間が参りましたので,さっそくパネルディス カッションに移らせていただきます。予定としましてはわれわれのほうでパ ネルディスカッションを行い,数名の先生方から各報告者に対し質問が来て いますので,最後にそれについて回答するという形で進めたいと思います。
まず米山先生から,今日のわれわれの報告に対する感想や印象などを聞か せていただきます。
【米山高生】ありがとうございます。法律の専門家ではないので,網羅的に 細かいコメントはできません。素朴な質問もあると思いますが,あらかじめ お許しいただきたいと思います。
まず梅津先生のご報告です。裁判所で,約款解釈の余地が大きいか小さい かという問題なのかと理解したのですけれども,日本では保険法の片面的強 行規定,あるいは強行規定への転換がありましたし,また併せて消費者保護 法等の規制ができてきましたので,少なくとも日本の場合は保険法に規定さ れている約款の条項に関しては,以前ほど裁判所の解釈の余地がなくなって いるのではないかと思います。
アメリカでは,私は無知なのであるのかないのか分かりませんけれども,
そのような消費者保護の関連の法規があると思うのですが,それらが裁判所 の約款の解釈の余地に影響しているのかどうかということをひとつお聞きし たいと思います。
⼦保険法の国際比較⼧
平成28年度大会共通論題
パネルディスカッション
【梅津昭彦】米山先生,ありがとうございます。⚑つの言い訳としては,ア メリカ法とはいいながらアメリカは,契約は個別州法の問題ですから,各州 によって裁判所の態度が違ってくるというのが言い訳のスタートだと思いま す。ただ今回は保険証券解釈といいながら,契約の一般的解釈ルールをどの ように保険証券解釈に適用または応用するか,あるいは独自性を見つけるか ということになるかと思います。すべての判例とはいいませんけれども判例 の流れとしては,エイブラハム教授も言っていますように,裁判所が新たな 保険証券をつくり出すような解釈はよろしくないということです。そういう 意味で言うと,できれば各州に統一的な解釈ルールが適用されることが必要 だということで,恐らくこのリステイトメントの制定作業が始まったと考え ています。
さらに一般契約法の部分も,各州には判例法としての契約法があるわけで すけれども,アメリカでは契約法の部分が先行して,リステイトメントが 1979年に公表されていますので,一般契約法の部分でも裁判所が恣意的にと は言いませんけれども,任意に解釈をして個別に契約をどうのこうのするこ とは,傾向としては少なくなってきているのではないかと思います。ですか らそれによって保険証券の解釈の場面で,裁判所の果たす役割というものも,
限定的なものとなっている,それとも,個々の州が独自性を出して判断を下 すことはなくなる傾向にあるのではないかという気はしています。
【米山】次に中出先生への質問です。わが国の保険法でも,区分が問題にな りました消費者保険分野と事業者保険分野は,英国では明確に区別されてい るのかどうか,またされているとしたら,どのように区別されているのかを 教えていただければと思います。
【中出 哲】イギリスでは,告知義務などについて,消費者保険契約と事業 者保険契約とで,適用される規律を区分することになりましたが,それぞれ 制定法において定義が示されています。消費者保険契約は,自然人との保険
契約のうち,自己の取引,ビジネス,プロフェッション,すなわち専門的職 業ですが,そのための保険契約を除く保険契約となります。事業者保険契約 は,消費者保険契約でない保険契約として定義されています。たとえば,個 人が使っている家を時々ビジネスに使うとか,個人の車をたまに業務用に使 う場合は消費者保険契約になります。
一般に,イギリスの制定法では,用語の定義について細かく規定されてい ます。解説書によりますと,消費者保険契約に当たるかどうかについての認 定においては,税務上の扱いなども参考にして,例えば,個人が所有する車 の場合であれば,それを事業用として,コストとして処理しているかなどの 状況も踏まえて判断していく必要があると記されています。ただし,これは あくまで認定の例です。法律上は,主目的がビジネスかどうかで判断をする ことになっています。
【米山】次に潘先生のご報告についてですが,非常に素朴な質問です。潘先 生からは,主に告知義務に関するプロラタについて詳細なご報告をいただい たのですけれども,素朴に考えて,個人の責任が,保険金の責任の度合いが 保険金の比率に反映するとしたら,一杯ひっかけただけで事故を起こしたと きと,結構飲んだときで保険金が違うのかどうか,ということに興味があり ます。日本では一杯でもたくさん飲んでも同じですから,まさにオール・オ ア・ナッシングなのですけれども,ドイツの場合は,一杯ビールをひっかけ た程度と,相当に飲んだ泥酔状態で,保険金は責任に応じてプロラタになっ ているのかどうか,あるいはもしなっているとしたら,どのようになってい るのかということをお聞きしたいと思います。
【潘 阿憲】これは恐らく重過失の問題です。アルコール,お酒を一杯飲ん だ場合と何杯も飲んだ場合とで違いがあるかということですけれども,日本 でも今は一杯飲んだら,アルコールを保有していれば免責ということになり ます。昔は保有しているアルコールが運転に影響があったかなかったかが判
断され,一定の数字以上の含有量でなければ免責にはならないという解釈だ ったのですけれども,今は厳しくなっています。
ドイツのほうはお国柄というのもありまして,ビールなどは恐らくアルコ ールというか通常のドリンクです。簡単にビールを飲んでしまうということ です。ただ向こうのほうは重過失について従来は免責だったのですが,今は 割合的削減ということになっています。今手元に資料はないのですけれども,
血中の含有量が一定の数字以上ですと重過失だとする裁判例が多いのです。
重過失の中でも,泥酔した場合とそうでないという場合があります。重過失 の場合の割合的削減ですが,一番削減が大きいのはゼロということになりま す。ゼロというのは,つまり故意の場合と同じということです。恐らく泥酔 の場合はゼロ,そうではない場合は裁判例にいろいろ出ていますけれども,
具体的な数字,データによってこれは何割,これは何割と今は判断されてい るようです。重過失免責などの割合的削減ということです。
【米山】最後に山野先生へのコメントです。
山野先生のご報告は,憲法というか上位法が保険契約法に影響を与えてい るという事例の紹介ですが,このような上位法が契約法に与えるということ でしたら,ある意味では保険理論で区分がどうのこうのと言っても,上位法 あるいは公序良俗など,経済的な合理性を超越するような理論があって駄目 だと言われれば,これは駄目だと言わざるを得ないという感想ではあります。
しかしながら男女料率に関しては,保険理論から若干のコメントをすること は可能だと思いますので,その点についてコメントをしたいと思います。
まず男女の区分を禁止した場合に,基本的には保険理論で保険の世界で考 えると,市場の効率性を阻害する可能性があるということがいえます。それ はどういう仕組みかといいますと,男女別の死亡率は統計的には明らかに異 なります。日本を例に挙げれば,女性のほうがはるかに長生きということで す。従って死亡保障の保険を考えてみますと,もし男女のリスク区分が禁止 されて,男女の平均保険料を強制した場合には,女性にとっては高め,男性
にとっては安めになるわけです。反対に生存保障を考えると,男女の平均保 険料は女性にとっては安めになり,男性にとっては高めになります。生存保 障と死亡保障で逆になるというわけですけれども,世の中はまだ死亡保障の 世界ですから,現実には日本で考えれば,平均保険料にすることによって女 性から男性への内部補助が生じるということです。
つまり高いリスクである男性が,低いリスクの女性から内部補助を受ける という保険料になるわけです。通常保険はマーケットにおいて,自由意思で 行われる契約ですから,高めのものは買わないか,あるいは需要を少なくし ます。安めのものは買おうと思います。男女別にした場合は,男女間の内部 補助が生じませんから,それによる需要が減退することはありません。リス クを移転したい男女はすべてマーケットで保険を購入することが予想されま す。男女一律料率にすることによって内部補助が生じ,それによって需要が 減退するということは,その部分だけ市場が需要を引き受けられなかったと いうことになります。このような意味で,コストなしにリスクを区分できる 場合にはリスク区分した方が,市場が効率性になると考えることができます。
市場の効率性から見ると,男女を一緒にするというのは,非効率であり女 性差別になるといっていながら女性から内部補助を得ることは,死亡保障に 関しては本当にいいのかということです。そういう疑問を感じます。
また公序良俗に関しても,男性の保険料が男性のリスクよりも安めに提示 されることは,女性に比べて自堕落な生活をして酒を飲んでいて,いつも仕 事で,(もちろん今は女性も仕事をしていますが)。その他いろいろなことで 馬鹿なことをやっているから死亡率が高くなって安いのです。もっと安くす るのであればもっと自堕落になったら,いいのですよというのは公序良俗に 反します。男女平等だから,あらゆる意味で一緒にしなければいけないとい うのは,経済効率性というよりも市場の効率性の観点から見て,やや矛盾を 感じるというのが私の感想です。
【司会】米山先生がおっしゃるとおり,経済効率性という面から見たら,男
女の料率を均一にすればこれが阻害されることになることは明らかだと思い ます。ただ先ほどから私が強調していますとおり,価値基準が全く別の世界 での議論です。例えば性別だからこのような話になってくるけれども,民族 や人種というファクターだったらどうでしょうか。経済効率性を重視して,
ある人種は事故を起こしやすい,ある民族は事故を起こしやすいからといっ て,料率を高くしていいのかということです。恐らくこの点については,大 多数の人が⽛それはおかしいだろう⽜と言うと思います。その延長で,たま たまヨーロッパでは男女同権の意識が極めて高く,たとえそれが合理的な区 別であっても,⚑つの象徴として許されないのであって,その結果,効率性 が阻害されても致し方ないという風に考えられているように思われます。
ただアメリカでも複数の州で,自動車保険などで男女別料率が禁止されて いると聞いています。欧米ではそういう考え方が強いのではないかと思いま す。ありがとうございました。
【司会】さて次に移ります。
米山先生のレジュメの最初に,保険契約の定義の話が載っています。わが 国の保険契約法,保険法では第⚒条が保険契約を定義しています。本日の午 前中の松田報告1)にもあったとおり,フランスでも 法律上定義するべきと まではリュック・マイヨ教授も主張していないようですが 保険契約という ものをきちんと定義しておこうということが議論されているようです。
わが国の保険法に先んじて,ベルギーの1992年の陸上保険契約法には,保 険契約の定義規定が置かれています。それからカナダのケベック州の民法典 2389条にも これは松田さんの紹介にもあったと思いますが 保険契約 の定義規定があります。またルクセンブルグの1987年の法律にも保険契約の 定義規定があります。これは孫引きですが,ブラジル民法典にも保険契約の 定義規定があるようです。そこでわが国の保険法の保険契約の定義の仕方を 1) 平成28年度日本保険学会大会自由論題報告:松田真治⽛フランスにおける保
険契約の法的構造 日仏比較法研究の基礎⽜
めぐっては,これが最良のものなのか,それともどこか手直ししたほうがい いのか,落としどころとしてはこういう定義の仕方しかないのではないか,
あるいは定義規定などなくてもいいという意見もあるかと思います。この点 について各報告者からコメントをいただければと思います。よろしくお願い します。
【梅津】日本法に対するコメントはなかなかできないのですけれども,アメ リカの状況だけをご紹介しようと思います。私は各州全部の保険法というも のを見たわけではありませんけれども,少なくとも Insurance Contract と は何かという定義規定はほぼないと思います。A Contract of Insurance とい うことで定義しようとしているものもあるようですけれども,制定法に明確 な定義規定はないと理解しています。
そうすると裁判所判例はどのように語っているかということが次に問題に なります。判例におきましても,Insurance,保険とは何かということの定 義なり概念に基づいて,ポリシー,保険証券を解釈するという手法が取られ ているようです。保険契約とは何かということを定めて,そこで解釈ルール がどうのこうのという議論にはいっていない状況です。
ただ保険とは何かということに関して各判例などを見ますと,リスクを移 転するということと,リスクを分配する,同一の危険にさらされている多数 の経済主体というものを念頭に置いたシステムであるということを認識して いるようです。
【中出】イギリス法においても,制定法では保険契約の定義規定は存在して いないと思います。ただし,保険に当たるかどうかが争われた判例はいくつ かあります。判例の中で保険契約とはこういうものであると述べた裁判官の 言葉は,教科書などでも引用されています。その定義などは,わが国の保険 法における保険契約の定義に非常に似ていて,保険料に当たる金銭を渡して,
偶然かつ一定の事由があった場合に金銭を給付する対価関係のある契約など
と,定義されています。わが国の定義規定と大きな違いはないと感じます。
しかし,イギリスでは,保険契約法や保険業法などの明確な領域を問わず に,保険契約にあたるかが議論されているようで,判例における定義は,税 法上で保険と認めてよいかどうか,保険会社に認められる業務といえるかど うかなどを扱ったものとなっています。その他,議論がある例として,団体 内で困った人を助けるとか,組合の中で誰か亡くなったときに見舞金を払う 制度は保険に当たるか,あるいは金銭ではなくて,困った人に特定のサービ スを給付する方式の場合は保険にあたるかどうかなどが議論になっているよ うです。
判例のなかでは,保険証券にあたるものが発行されているかどうかもポイ ントになっています。組合の中で困った人に給付するという規則があるとし ても,⽛それを行う⽜という契約の証拠が具体的に存在しないときは,保険 ではなく,自治内の制度とみるのが適当であろうという議論があります。
もう一つ,デリバティブとの関係でも議論があります。天候デリバティブ やクレディト・デリバティブ,いわゆる日本で保険デリバティブと称する取 引が保険とは異なるといえるかどうかを判断する場合には,リスク移転の問 題などとともに被保険利益の要件が基準の⚑つとなるものと説明されていま す。
先ほども少し説明しましたが,イギリス法では生命保険も含めて,すべて の保険に被保険利益が求められます。ただし,その概念は,ある程度緩やか に捉えられているわけですが,それがあるからこそ保険であるとしています。
保険契約をそれ以外の契約から区別するときに,被保険利益という概念が利 用されています。
以上のイギリスの状況を踏まえて,わが国における保険契約の定義につい て考えてみますと,イギリスの代表的な判例とわが国の保険法における定義 はだいたい同じといえると思います。しかし,例えば,天候デリバティブな どは保険法上の保険契約にあたる場合がないか,あるいは団体内の給付の制 度は,確率論に基づいて運営されている場合には保険にあたるかどうか,さ
らに,条文には具体的に規定はされてはいないものの,典型契約ではない保 険契約が存在し得るかなど,いろいろと興味がもたれます。
【潘】ドイツのほうですけれども,保険契約法上,保険契約に関する定義規 定は実はないのです。ドイツ保険契約法の第⚑条の規定ですが,これは保険 契約に基づく当事者の義務を定める規定です。具体的に申し上げますと,保 険者は保険契約に基づき,合意された保険事故が発生したときに,保険者が 提供すべき給付により,保険契約者または第三者を特定のリスクから保護す る義務を負う。これは前段です。後段のほうですが,保険契約者は保険者に 対し,合意された金銭(保険料)を支払う義務を負うということです。これ は当事者の義務についての規定であって,保険契約とはそもそも何か,定義 は定められていません。なぜ定義規定がないのか,コンメンタールなどを読 んでも,実はあまり詳しく書かれていないです。コンメンタールにおいては,
ドイツ民法典,BGB の債権契約であり,債権契約の一種であると,こうい う説明をしています。
ただ判例・学説上,保険契約について一応定義をしています。例えば,連 邦通常裁判所,日本でいいますと最高裁の判例では,保険契約関係をこのよ うに定義しています(BGH VersR 19 64ó 497)。保険者が対価を得て,発生 の不確実な事故が発生した場合には,保険契約者に対して財産的価値のある 給付を行う義務を負担し,その結果,引き受けられた経済的リスクが同種の 危険にさらされている多数の人間の間に分散され,かつリスクの引き受けが 大数の法則に基づいた計算を基礎としている場合には保険契約関係は存在す るということです2)。これは長い定義ですけれども,わが国の保険法の第⚒
条の定義規定における保険契約と,それほど大きな違いがあるとは思いませ ん。ただ保険契約という定義を,保険契約法上置いた場合,何か不都合があ るのか,あまりよく分かりません。そもそも保険法⚑条のほうは,⽛保険に 2) 藤原正規=金岡京子共訳・ヴァイヤース=ヴァント 保険契約法(成文堂,
2007)⚕頁。
係る契約の成立⽜などと規定していますが,保険に係る契約であれば,保険 契約ということなのかどうか,あまり明確ではありません。
保険契約の定義をすることによって,それ以外のものを保険法の適用の対 象から除外するということに,意味があるだろうと思われます。したがって,
適用範囲を明確にするという意味では,定義規定があってもいいのではない かということです。
感想としては以上です。
【司会】ありがとうございます。
【米山】日本の保険契約の定義ですが,第⚒条にあるわけです。
ここで大事なことが⚒つあると思います。⚑つは,かつては効力規定のよ うな,こうであれば保険契約が効力を持つということだけだったのに対して,
一定の発生の可能性に応じたものとしての保険料または共済掛金があるとい うことと,その背後に大数の法則を前提とする保険の仕組みを連想させると いう意味で,旧商法よりは前進しているなという思いがあります。もう一つ,
共済であろうが保険であろうが名称のいかんを問わず,契約者にとっては同 じ効果を及ぼすものですから,その範囲を旧商法では保険だけだったのに対 して,契約者の立場から保険も共済も名称にかかわらず含めたという,この
⚒点が大事な点だったと思われます。
私の報告の観点からいえば,リスクという言葉は保険法上,どこにも見当 たらないのですけれども,どこかにあってもいいのかなと思って考えてみる と,実は損害保険の第⚔条のところでこのように書かれています。損害保険 契約の締結に際し,損害保険契約によりてん補することとされる損害の発生 の可能性(この章において危険という),つまりこの発生の可能性を危険と 呼んでいるのだと,こういうことを考えると,損害保険においては先ほど申 し上げましたシグマを伴ったミューといいますか,変動を伴った損失の期待 値という意味でリスクという言葉を使っても,特に何の問題もないのではな
いかという気がしています。しかしながら生保の37条,あるいは傷害疾病定 額保険の66条にも同じような規定があります。よくよく考えてみますと,定 期保険ならば問題はないのですけれども,養老保険あるいは終身保険という のはダイナミックなデスプロテクションと死亡保障と貯蓄部分が組み合わさ れた保険なので,これを足したものが保険料ですから,単純に損失の期待値 とはいえません。また傷害疾病定額保険は,実損てん補ではないものに対し て損失の期待値といっていいものかということがあります。最初は,危険は 全部リスクでおきかえてもいいのではないかと思ったのですが,さすがに,
立法者の深謀遠慮といいますか,ここを危険とした。ある意味ではぼやかし た概念ですが,危険という言葉を使った意味を理解いたしました。
あと一点,先ほど潘先生がドイツ法の定義らしきものと日本とあまり変わ らないとおっしゃったのですけれども,すこし引っ掛かったのは,ドイツ法 には大数の法則という表現がありました。保険集団を定義規定に入れるかど うかというのは,これは大問題だと思うのです。立法過程で大数の法則,保 険集団というものを定義規定に書き込むという案もあったのですけれども,
保険会社の実務からいきますと,リスクを引き受けて,それを分散する方法 は,もちろん大数の法則によるものが主ですけれども,ある意味で資本でも 引き受けることができますし,他の手段でもできますので,ここで定義規定 に大数の法則だけを書いてしまうと,それ以外は保険ではないのかというこ とになります。また,これは事業を規定する法律ではなくて保険契約法です から,大数の法則,それと保険集団までを定義に書き込む必要はないのでは ないかと落ち着いたように記憶しています。
【司会】ありがとうございました。私から補足します。
今,米山先生がおっしゃったとおり,わが国の保険法⚒条⚑号に保険契約 の定義があります。ポイントは⽛当該一定の事由の発生の可能性に応じたも のとして保険料・・・を支払うことを約する契約⽜という部分です。その
⽛発生の可能性⽜は,米山先生ご指摘のとおり,保険法⚔条で⽛危険⽜と定
義されています。それ以外に37条,66条でも⽛危険⽜と定義されています。
このように両者はうまくタイアップされていますので,リスクの要素が含ま れているといえましょう。
ちなみにベルギーの保険法では⽛不確実な出来事⽜という言葉が使用され ています。またケベック州の民法典では⽛危険事故が発生した場合⽜,ルク センブルクの法律では⽛不確実な出来事⽜という用語が用いられています。
日本の保険法のように,総論部分で⽛一定の事由の発生の可能性に応じたも の⽜と定義した上で,各論部分でこれを⽛危険⽜の定義に落とし込むという 立法技術は,なかなか優れたものかもしれません。
まだいろいろ議論をしなければいけないことがあります。次にドイツのホ ット・イシューでありますプロラタ主義に移ります。これは各国ではどうな っているのかを伺っていきたいと思います。まず米国ではいかがですか。
【梅津】アメリカ保険法では日本語でいうところの告知義務があるのかとい われますと,告知義務という形ではないと思います。基本的には misrepre- sentation(不実表示の法理)で規定されていますから,保険契約の申し込 みの際に,保険契約者,被保険者側が不実の告知をしてはならないと,質問 表等に関して不実の表示をしてはならないという形で存在しており,それを もってアメリカ法の告知義務と言えるかもしれませんが不実表示法理という 契約法の法理で規律されている部分だと思います。
そこでプロラタ主義がアメリカ保険法で導入されているとかどうかですが,
不実の表示をした場合の効果は契約の無効または取り消し可能ということで すから,割合的に保険金を支払うとかそういうことが,私が調べているとい うか見た限り,判例法上示されたり,あるいは各種の制定法で規定されたり していることはないと思います。それがアメリカ法の現状だと思います。
【司会】ありがとうございます。英国ではいかがですか。
【中出】イギリス法は,今日お話ししましたように,伝統的には,自らディ スクローズしなければならない,また,不実表示をしてはならないという法 で,最高信義または最大善意の原則に基づく法として説明されてきたところ です。しかし,法改正により,ドイツと同じようなプロラタ主義も導入され ました。ただし,イギリスでは,プロラタ主義という用語を用いて全体を包 含して説明する仕方はあまり聞きません。というのは,保険料が上がるとき だけではなくて,契約が締結されていなかったとする場合や異なる条件で契 約を締結していたものとする場合もあることから,契約変更のルールとして 認識されていると思います。
この方式は,消費者保険契約については既に実施されていて,事業者保険 分野は2016年⚘月からの導入ですので,事業者保険分野については,実務の 定着はこれからの話になります。消費者保険分野では,これまでも実務にお いて一定程度プロラタ方式が使われているようです。これまで,事業者保険 では契約自由にはなっていたわけですが,プロラタ方式は,なかなか難しい として使われていなかったようです。この方式は,オーストラリア法やニュ ージーランド法ではすでに取り入れられていて,イギリス法の改正でも取り 入れられました。立証義務は保険会社側にあり,事業者保険分野では,マー ケットが非常にソフトな状況もあり,法律の規定どおりに権利を主張するの は難しいといった声も出ているようです。立法に関係した先生にお聞きして も,法としての枠組みは用意したので,使うか使わないかは保険会社の自由 で,あとは実務に任せていくものであるとの話を聞きました。
潘先生からご説明があったドイツ法と比較した場合のイギリス法の大きな 違いは,重過失の場合です。イギリスでは,gross negligence という言葉自 体は存在しますが,制定法では,deliberate と reckless という言葉が使われ ていて,それぞれの意味は,法律の中で定義されています。違反であること を知っていながら行うのが deliberate で,違反するかもしれないけれどもど うでもよいとの態度をとった場合が reckless です。日本法における故意と 重過失に大体において対応すると思います。これらの場合は,日本法と同じ
ように,契約を全部解除することが認められ,保険料も返戻しないという法 になっています。契約調整を行うのは,重過失には至らない過失の場合にな ります。ただし,保険会社側に立証責任があり,正しく言っていればこのよ うになっていましたということを立証しなければならないわけです。
【司会】ありがとうございます。
フランスではプロラタ主義を採用しています。これは1930年法の段階で既 に導入されています。フランスでは陸上保険契約法が1930年に制定されまし たが,同法22条⚓項に規定されました。それが現在では保険法典 Lõ113-9条
⚓項に規定されています。
ベルギーでは1992年法⚗条がプロラタ主義を導入しています。現在この規 定は,2014年保険法の60条に移設されています。
フランスにつきましては興味深い調査があります。これは生命保険協会が 行ったものですが,2007年⚕月に⽝生命保険契約に係る,いわゆるプロラタ 主義に関する海外調査報告書⽞が公表されています。この報告書のフランス の49ページを見ますと,フランスのアクサ生命の方がこうおっしゃっていま す。⽛プロ・ラタ主義による支払いの方法のおかげで,今,保険会社は競争 力のある料率を提示できるようになっています。・・・フランス保険法典の 下で,このプロ・ラタ主義によるシステムを運用するということは,技術的 均衡を可能にし,保険会社の競争力も確保されますし,一般消費者の相互扶 助も侵害しないということになります⽜。このように,かなり肯定的な評価 が保険実務家からも与えられているようです。
【米山】日本は一応プロラタを入れずに,オール・オア・ナッシングになっ ていますけれども,保険の実務においては,例えば医療保険や傷害保険は告 知違反があったからといって一律に解除するわけではなく,実務の中で,例 えば解除以外に,保険金を支払って解除するとか,一部を不担保にして契約 は継続するなどさまざまな,実務的に柔軟な対応が取られています。そうい
う意味で日本はプロラタを採用しないといっても,一切すべてがオール・オ ア・ナッシング,告知違反は一律に不払いとしてゼロでやっているというこ とではないということを法律実務としては認識する必要があると思います。
【司会】それでは次のテーマに移ります。これが最後のテーマです。
米国のリステイトメントでは,曖昧な条項についての解釈準則が規定され ていますが,この点について各国はどうなっているのでしょうか。まず英国 からお願いします。
【中出】イギリス法は,伝統的に,書いてある文言どおりに解釈しようとい う立場をとります。そのために,契約書などでは,できるだけ細かく具体的 に書いていくことになります。しかし,その解釈が曖昧な場合は,作成者不 利の原則,すなわち contra proferentem といって,作成者の不利に解釈す ることが定着しています。保険契約の条項で曖昧な条項があれば,保険会社 側の不利に解釈するということになります。
それに加えて,制定法として消費者法:Consumer Rights Act(2015年)
があり,その中でも免責条項については,その免責自体が合理的でなければ ならないことに加え,条項の文言が明白でなければならないことが規定され ています。消費者法は,消費者契約にあたる保険契約にも適用されます。
【潘】曖昧条項規制ですけれども,これはドイツにも存在しています。
ドイツでは昔から約款規制法という法律がありましたが,2002年以降,ド イツの民法典305条以下に規定されています。このうち曖昧条項規制として は,ドイツ民法典の305条c条第⚒項ということになっています。⽛約款の解 釈における疑義は,約款使用者の不利に帰する⽜という非常に単純な規定で す。すなわち約款の解釈について疑義がある場合は,約款条項は作成者不利,
つまり顧客に有利に解釈されなければならないと,こういうことでありまし て,コメンタールなどでは不明確準則と呼ばれています。
ついでに,ある面白い判決があるので紹介させていただきたいと思います。
2004年のある上級地方裁判所の判決(OLG Oldenburg VersR 2004ó772)で す。ドイツでは馬に関する責任保険というものがあります。ドイツはお祭り などのときに馬の出番が結構多いようで,馬の責任保険があります。その中 で馬車馬は担保されないという約款規定がありました。ある契約者はよくお 祭りで,馬車を引く専用の馬ではなくて他の馬を代用していたのです。とこ ろがあるお祭りで事故が起きてしまいまして,保険契約者は賠償責任を負担 することになったのです。でも保険者は,馬車馬による損害は不担保である という免責条項を理由に保険金の支払いを拒否したのです。この事例では,
この約款の条項は典型的な馬車馬による損害,つまり馬車を引くために通常 使用されている馬による損害は不担保となっているのか,それともそれ以外 の馬であっても,馬車を引いているときに損害が発生すれば常に不担保とな るのか,解釈が不明確でした。そこでこの判決は,⚑つ目の解釈のほうが契 約者に有利な解釈ですので,この解釈を採用して契約者に有利な判決を下し たのです3)。
あともう一つ,ドイツでは透明性原則というのがあります。約款が明確で かつ分かりやすく規定されていない場合は無効とするという,BGB307条⚑
項⚒文の規定があります。この条項によって無効にされる約款が幾つかあり ます。
ついでに紹介しますと,ある保険会社の高度障害保険には,先天性の疾病 によって高度障害が発生した場合に保険保護は存在しないという免責,不担 保条項がありました。連邦通常裁判所の2007年の判決(VersR 2007ó 1690)
では,⽛この条項にいう先天性の疾病という概念は不明瞭である。一定の遺 伝的な素質に起因する疾病が,本件除外規定の要件に該当するかどうかは一 般の契約者には認識できない。従ってどのような場合に保険保護が受けられ て,どのような場合に保険保護が排除されるか不明瞭である。だからこれは 3) ユルゲン・プレルス=金岡京子訳(2011)⽛約款のわかりやすさ ドイツ法
における不明確準則と透明性原則⽜明治学院大学法学研究91号240頁。
透明性の原則に反し無効だ⽜と判断したのです。このような約款規制も存在 しているのです。
【梅津】私の報告に端を発した質問だと思うのですが,確認させていただき ます。
先ほど早口になってしまったかとは思うのですけれども,曖昧さ情報に対 する,作成者の不利に解釈するルールというのは,これまでもちろんイギリ スを発祥として,アメリカでも受け入れられてやってきたということです。
リステイトメント自体はコメントによりますと,それを機械的に適用する ことは受け入れないという宣言をしています。第⚔条の第⚒項を見ていただ きますとただし書きに⽛他方当事者がかかる解釈は,外部証拠に照らし合理 的でないと裁判所を説得できる場合はこの限りではない⽜という形で,いわ ゆる文脈アプローチを採用しているのが今回のリステイトメントだというこ とを確認させていただきます。
【司会】ありがとうございました。
フランスですが,まず民法に一般原則が規定されています。民法典1162条 に,⽛疑いがある場合の債務者救済の原則⽜というものが規定されています。
このように,一般法に規定があります。他方,特別法である消費法典 Lõ133-2条に⽛作成者不利の原則⽜が明定されています。保険法典では Lõ113-1条に,免責条項は明確かつ限定的でなければいけない,そうでない 場合は,保険会社は免責を主張できないという規定が設けられています。こ の規定については判例も相当数集積しています。
ベルギーでは2014年保険法23条が,作成者不利の原則を導入しました。し かしこの原則は,消費者保護の法である経済法典の中に既に規定されていま す。
ちなみにわが国ではどうでしょうか。保険法は作成者不利の原則を規定し ていませんが,諸外国と同じようなことを,裁判所が解釈によって行ってい
ます。約款の解釈においては一般保険契約者の合理的な理解をベースとすべ きであり,一般の契約者であれば通常こう考えるでしょうということで,裁 判所は解釈によって約款を司法的に修正しています。合理的期待とは言わな いけれども,実質的にはそのような法理を反映していると思います。ちなみ に,作成者不利の原則に言及している裁判例もあります。
なお,ごく最近の裁判例ですが,高松高裁平成28年⚑月15日判決(金融・
商事判例1488号54ページ)は大変面白い事案ですので簡単に紹介します。同 事案では,落雷が家を直撃したのではなくて,どこか別の場所に落ち,その ために電力が一時的に低下して,コンピューターを使っていた人のハードデ ィスクが壊れたが,これは店舗総合保険約款にいう⽛落雷によって生じた損 害⽜かどうかが,議論されました。⚑審判決(高知地裁平成26年10月⚘日判 決)は契約者・被保険者(原告・被控訴人)の保険金請求を認めたのですが,
本判決は,落雷により保険の対象に損害を生じた場合とは,保険の目的物で ある建物や建物内の動産に異常高電圧電流が通電するなどの,落雷のエネル ギーによって直接に保険目的物に損害が生じた場合をいうものと解するのが 相当であり,送電経路のはるか上流の送電設備に落雷があった際に生じる瞬 間電圧低下によって保険目的物に損害が生じた場合を含むと解することはで きないと判示して請求を棄却しています。
本判決は,作成者不利の原則に言及し,次のように判示しています。疑わ しきは約款作成者の不利に解釈することが相当であり,落雷には瞬停を含む と解釈するのが相当であると,被控訴人は主張するが,このような解釈は,
約款の文言が多義的であったり,不明確であったりする場合に,公平の見地 から作成者である保険者に不利に解釈するのが相当であるとするものであっ て,上記のとおり落雷との用語の解釈,理解が多義的,不明確とまでは認め られないのであるから,被控訴人の上記主張を採用すべき事情があるとは認 められない。
ということは,場合によっては適用の可能性もあるということです。ただ 本件の場合は,落雷による損害というのは建物自体に落ちたことを言うので,
別の意味はないという解釈です。もっとも,別の意味もあるという解釈もあ り得るかもしれません。本件は上告されていますので今後の動向が注目され るところです。
【司会】われわれのパネルディスカッションはこの程度にします。あと残さ れた時間が20分ですがフロアの皆さまから質問が来ていますので,それに対 応したいと思います。まず梅津先生に,西羽さんから質問が来ています。そ れではご回答お願いします。
【梅津】損害保険ジャパン日本興亜の西羽さんからご質問をいただきまして ありがとうございます。欧州,ヨーロッパや日本では,作成者不利の原則は 個別に交渉されなかった条項に適用するとの考え方があるとされています。
例えばヨーロッパ契約法原則は,債権法改正の基本方針を示していただいて います。リステイトメント⚔条を見る限り,この点に関する考えは判然とし ませんが,アメリカでもこの点に関する議論はあるのですかというご質問で す。
⚑つは,保険契約あるいは保険証券が附合契約の典型例であることを前提 として,全く交渉されずに出来上がった保険証券を対象としているとまずは 考えられます。
それからリステイトメントのコメントに,もし契約当事者が共同して作成 した場合には,作成者不利のルールは適用されないという合意があることも あり得るということが書いてあるのです。しかしリステイトメントの文言自 体はそういう表現は取っていない,これを強行ルールと訳していいのか微妙 ですけれども,mandatory rule として作成者不利に解釈するルールを,先 ほど私が説明しましたように,機械的にではないけれども採用すると言って いますので,リステイトメントの文言自体は個別交渉の結果の条項なのか,
そうでないのかというのは区別してはいません。ただ議論としてはやはりほ とんどが,少なくとも消費者,一般人を相手にする保険証券は,例えば ISO
や,そのような団体がつくって定型的に作成されたものだから,作成者不利 に働くという議論をしているということです。リステイトメントはそういう ことはしませんと,コメントでは宣言しているという状況です。
【司会】質問者の方の補足はありますか。どうぞ。
【損害保険ジャパン日本興亜・西羽 真】今の説明でよく分かりました。
保険証券条項という言葉と標準書式保険証券条項という⚒つの言葉があっ て,後者のほうがいわゆる約款,交渉のないものを指していて,前者はそう ではないのだという使いわけがあるようにも思えたので,ご質問した次第で す。
【梅津】その点に関して言いますと,保険証券条項と言おうが保険証券と言 おうが同じです。リステイトメントの第⚑章には定義規定があって,あえて 保険証券条項という言葉を定義しているのですが,それは特約も含め,エン ドースメントも含めたものも条項に入っているという形で定義規定は設けて いますけれども,解釈ルールに関して条項と保険証券とを区別しているわけ ではないようです。
【司会】それでは次です。潘先生に,三井住友海上の村田さんから質問が来 ています。
【潘】ご質問,ありがとうございます。私に対する質問は⚒つあります。
まず⚑つ目です。契約調整についての立証責任,告知義務は質問応答義務 か質問の書面(告知書)に不告知の場合の調整があることの記載では不十分 かというご質問です。まず告知義務は保険契約法19条⚑項の規定で,従来の 自発的な告知から質問応答義務に修正されました。今のわが国の保険契約法 の場合と同じです。不告知の場合の調整について,契約調整についてですけ
れども,19条⚕項の規定で,保険者が保険契約者に対して文書方式の個別の 通知によって告知義務違反の効果を指摘することが必要です。つまり契約者 に対して⽛あなたは告知義務違反をしました。違反の効果として契約調整を 行います⽜ということを保険者が通知することが必要です。
これについては実は今年の⚔月27日に連邦通常裁判所(最高裁)の判決が
⚑つありました(BGH 27õ04õ2016 VersR 2016ó 780)。まさに個別の通知の 解釈について判断を示したものです。この連邦通常裁判所の判決によれば,
必ずしも独立した書面である必要はないということです。保険契約者に交付 される書面,たとえばアンケート用紙や申込用紙の中で,この説明,つまり 教示を行っても構わないということです。ただそれらの場合には,太字印刷 などによって,他の文書よりも明確に表記して保険契約者がこれを見落とす ことのないようにしておくことが必要であるということです。たくさん記載 事項がありますと見落としてしまう可能性がありますので,必ず明確に印刷 することが必要だという判決です。
まさにこの教示義務が履行されているかどうか,それから履行が正しかっ たかどうか,それをめぐって紛争となっているものが結構多いです。調べて みると,下級審判決が結構ありまして,連邦最高裁の解釈が示されたという ことに意義があります。
それからもう一つの質問です。この契約調整というのは,従前の実務を法 律上明文化したのかという質問です。軽過失による告知義務違反の場合,実 務上遡及して条件変更や保険料の引き上げ,担保条件の制限などが行われる ことがあったと思われるが,そうした実務を反映した規定なのか,こういう 問題です。
実は契約調整に関しては,旧保険契約法の下では,無過失による告知義務 違反の場合について,契約の解除権が排除されていましたが,この場合は保 険者にはより高い危険に対応した割増保険料の請求権が認められていました。
つまり,無過失による告知義務違反の場合について,契約の消滅よりも契 約内容の調整による契約の存続を優先させていた規律があったのですけれど
も,新しい保険契約法の下では,19条⚔項ですが,これを無過失だけではな くて過失がある場合,つまり軽過失がある場合や重過失がある場合に,それ を広げたということです。ご指摘の軽過失による告知義務違反の場合は,実 は旧法の下では契約調整は規定されていませんでした。契約者に有利な実務 なので,そのまま有効なものとして扱われていたと考えられます。今の新保 険契約法の下では,このルールが軽過失や重過失の場合にまで広げられたと いうことです。実務を追随したというか,反映したといえばそうだろうとい うことです。
【司会】補足はありますか。よろしいですか。
私にも質問が来ています。帝京大学の松田先生からです。先ほどの私の報 告の中で,フランスの事後的違憲立法審査権の話をしましたけれども,その 選別要件についての質問です。これには第⚑段階と第⚒段階があるのですが,
両者の重大性要件に違いがあるのかということです。これについては同様と 考えます。
新規性とは何かという質問もあります。これはとてもいい質問で,フラン スでも重要な問題になっています。新規性には,客観的な意味と主観的な意 味があると解されています。まず客観的な意味の新規性は,これまでに当該 条項が憲法院判決の理由や主文において,憲法に適合していると宣言されて いないことを意味します。そういう判断がされていなかったら常に新規性が 認められるのかというと,必ずしもそういうことにはなりません。これに加 えて主観的な意味における新規性もクリアーする必要があると解されていま す。すなわち,当該法律規定の解釈について,憲法判断をするだけの実益が ないと判断すれば新規性がないことになります。そのような判断になぜ新規 性という用語を使用するのかよく分からないのですが,⚒つの意味で解釈さ れているのです。
なお,移送の可否の判断予想としての問題の重大性というのは,違憲の疑 いが強いかどうかという意味での重大性か,あるいは当該紛争の解決を大き
く左右するものかどうかという意味での重大性のどちらかという質問もあり ます。鋭い質問です。
選別は何のためにあるかというと,要は濫訴の防止なのです。私はフラン スの現状は濫訴気味だと思っているのですが,何でもかんでも憲法判断を仰 ごうということでは憲法院もたまったものではないというので,こういう要 件を定めているわけです。結果的には,当該事件において憲法判断を示さな ければ,当事者に不当な結果が生まれるかどうかが重大性のメルクマールで はないかと思います。ですから憲法院に行く前に,こういう判断を仰ぐこと に実益があるのかないのかということを判断するわけです。先ほど私が紹介 した例で実益があるとされたものはありません。このような形で最高裁はフ ィルターにかけているわけです。そんなところでよろしいですか。ありがと うございました。
【司会】次に,滋賀大学の久保先生から米山先生に質問が来ています。
【米山】ありがとうございます。
ご質問は⚒点ですが,やや達筆なので私は正確に真意を理解して,正しい 答えができるかどうか心配です。⽛マイナスのモラルハザードを有するテレ マティックス保険は確かに期待値を引き下げるプラスの効果はあります。一 方で個人ごとのリスク把握が可能になるため,リスク評価の正確さが鋭角的 になるため,保険の助け合い部分が欠落する可能性がある⽜というのが第⚑
点です。
保険の助け合いというのはご承知のとおり⚒通りあるわけです。保険契約 によって,万が一損失を被った人に保険金が支払われるということ自体が助 け合いであるという面と,それと保険団体の中で内部補助があって,この内 部補助のことを助け合いという言い方があります。基本的に市場で契約され る保険に関しては,強調されるのは最初のほうの助け合いであって,教科書 的には内部補助があることによって市場の効率性が下がるといわれています
ので,内部補助によって助け合うことがなくなっても,その分だけ市場の効 率性が高まれば問題はないのではないかと思います。
一方,共済や市場よりも団体の理念などが重要な団体であれば,必ずしも 給付がみんな均等にいくことよりも,少し気の毒だなと思う人に給付金がた くさんいっても,団体全体が合意していれば,内部補助を合意していれば問 題がなくて,そういう面を強調して助け合いということもあるのではないか と思います。お答えとしては,市場の契約においては,保険の助け合い部分 が,つまり内部補助がなくなったとしても,保険自体が大数の法則などによ り健全でしっかりした仕組みの契約をしていれば,第一の意味で,助け合い の意図は達成されているのではないかというのが⚑つ目の答えです。
第⚒点は,もし違っていれば,後でご説明ください。⽛リスク区分の線引 きや,分野間のミルキング……。ミルキングを考える等のコストが期待値の 低下を相殺するのではないですか。⽜ミルキングの意味が分からないのでお こたえしようがないのですが……。
【司会】久保先生,補足していただけますか。
【滋賀大学・久保英也】時間を取らせて申し訳ありませんでした。
米山先生にお伺いしたかったことは,先ほどビッグデータ,すなわち,こ のテレマティックによる情報によってリスク評価をするということは,大数 の法則を用いたリスク分散とはかなり異なるのではないかということです。
例えば,テレマティックスによる情報を基にした個人のリスク量は個人ご とに固有値として決まります。具体的には,群団全体の構造は,関数でいえ ば,Y(事故率)= aX(アクセルを踏んだ回数)+ bZ(タコメーターの回転数)
+c(定数)+e(不確実性部分,分布)とし,そこに多くの個人のビッグデー タ(時間ごとのデータ)や乱数を与えて,パラメーターなどを求めます。採 用する変数としては,先ほどおっしゃったブレーキの回数であるとか,関数 で例示したアクセルを踏んだ回数であるとか,タコメーターの回転数である
とかです。次に,そのパラメーターを用い,関数式に個々人のアクセルを踏 んだ回数などを入れて,個人ごとにリスク評価を行い,それを基に,個人ご との料率を決めるというのが恐らく基本の形になるのではないかということ です。それをどのような構造式や乱数方式でやるのかなどテクニカルな問題 はありますが,おそらく,個人のリスク量が,例えばデリバティブのオプシ ョン料のように⚑つ⚑つ決まってきます。それは,告知が無くとも,リスク の高い方や低い方の選別が利くので,保険に入れたくない人(言い過ぎです が)には,入りにくい程の高い保険料を設定するなどの事態が起こるのでは ないかと心配しています。それは,言い換えれば保険の相互性を否定,もし くは,それと対立するのではないかという懸念が⚑つ目です。
ミルキングとは,個別に評価をされたリスクに見合った保険料があるわけ ですが,そのままでは営業保険料には転換することができないような場合に,
リスクの低いところから高いところへ内部補助を保険会社内部で行い,その 段差を少なくしていくことです。テレマティックス保険の場合,大数の法則 で年齢群団ごとに算出された保険料率ではないため,ミルキングを行う時リ スク区分をどのようにするのかなどにより,非常にコストが掛かる場合もあ り,このテレマティックス保険の期待値から得る利益を相殺するのではない かということも気になります。
【米山】ありがとうございました。ポイントはよく分かりました。テレマテ ィックス保険については久保先生と理解が違うところがあります。先ほど 個々に料率が決まるということを申し上げましたけれども,個々に決まると いってもそれは期待値なのです。保険料,リスクを伴っていない期待値を保 険料として要求するということは,背後にテレマティックスの保険集団の分 散ができていないと期待値で引くわけにいかないですから,保険料は運転の 改善等によってまちまちになるわけですけれども,保険集団全体の大数の法 則によるリスクの分散は当然あるわけです。それがなければ期待値で引き受 けることはできません。
ご存じのように,生命保険では契約者間の構成等がありまして,できるだ け均質な保険集団をつくるということですけれども,統計的には別にさまざ まなリスクを使ってもリスクは分散できます。そういう意味でテレマティッ クスは個々⚑対⚑の保険ではなくて,保険料に関しては⚑対⚑だけれども,
背後に期待値イコール保険料で引き受けることができるためには,やはり保 険集団が必要であると理解しています。
【司会】よろしいですか。
【久保】ありがとうございました。
認識の違う点につきましては時間の関係もありますので,別の機会にお話 しさせていただきましたら幸いです。
【司会】それでは時間が参りましたので,最後に報告者およびフロアの皆様 にお礼を申し上げたいと思います。大変長時間にわたりご清聴いただきまし たし,また複数の貴重なご質問もいただきました。実に盛りだくさんな報告 でしたので,どうなるかと司会兼報告者として非常に心配していましたが,
結果的にはとても有意義なものになったと思っています。本当に厚く御礼申 し上げます。
今日はどうもありがとうございました。(拍手)