Newsletter of The National Museum of Modern Art, Tokyo [Jul.- Sep. 2019] │ 12
新しいコレクション横山大観
︽
白 びゃく衣 え観 かん音 のん︾
横山大観
(1868
─1958)
《白衣観音》
1908
年 絹本彩色・軸装140.3 ×113.0 cm
平成
30年度購入
昨 年開催した﹁生誕一五〇年横山大観展﹂において新出作品として紹介した︽白衣観音︾がコレクションに加
わりました︒一九一二年に刊行された﹃大観画集﹄に掲載されて以降︑所在不明だっ
た作品です︒一緒に伝わった軸箱の蓋裏
にはいつ書かれたものか︑﹁明治四十一年春日 大観自題﹂とあります︒
一九〇八年という制作年は作風に照
らして妥当と考えられます︒大観はこれ
より五年遡る一九〇三年に︑盟友の菱田春草とともにインドに渡りました︒滞在
は半年に満たなかったのですが︑それか
らというもの︑大観は数年にわたって仏教画題の作品に﹁インド風﹂を盛り込ん
でいます︒サリーのような衣裳にきらび
やかな宝飾品や︑弓なりの長い眉に大き
く切れ長で二重まぶたの眼︑鼻筋がと
おって小鼻が張った鼻といった相貌など
です︒異国風な顔かたちに対するこだわ
りは︑一九〇九年の︽流燈︾︵茨城県近代美
術館蔵︶の時点ですでに薄れていますが︑
まだそれが色濃く残る︽白衣観音︾が︽流燈︾より一年半早いというのは辻褄が合
います︒
疑念があるとしたら︑この年にこんな大作を︑一体誰が注文したのかという点で
す︒日本美術院の移転に従って茨城県の五 いづら浦に移住してから一年余り︑この春に大観はまだ同地に住んでいました︒五浦 の大観のもとに絵を買いに来る画商はほ
とんどいなかった︒そう回想していたのは大観その人だったはずですが⁝⁝︒
ここで注目したいのは︑前述の﹃大観画集﹄に所有者として名前が載る森本六兵衛です︒この人物は神戸で醸造業の傍ら倉庫業を営み︑やがて仏教に帰依して家業を二代目に譲りました︒別名は瑞明︒大谷探検隊で知られる大谷光 こう瑞 ずいから一字 をもらったと言い︑大正から昭和にかけて光瑞や大谷尊 そん由 ゆの周辺でチラチラと名前
が登場します︒
大観がインドに渡った理由のひとつは︑日本美術の源流としてのインドで何かを掴み︑仏教をテーマとする作品に新風を吹き込もうという野心だったことでしょ
う︒同じ時期に仏教の源流を求めてイン
ドに渡った大谷光瑞その人に心酔した森本瑞明︒この人物なら︑サリーを着た観音
を大観に直接依頼しそうな気もしますが︑現時点では未だ確実とは言えません︒
なお︑記録に残る大観と瑞明の接点と
しては︑一九一一年秋に京都市立絵画専門学校に進んだばかりの村上華岳を大観
に紹介したこと︑一九二五年から一九五七年までの大観への作画依頼を記録した﹁依頼画控﹂︵横山大観記念館蔵︶に︑瑞明か
らの依頼が一件だけ記録されていること
が挙げられます︒興味は尽きません︒︵美術課主任研究員 鶴見香織︶