8 Newsletter of the National Museum of Modern Art, Tokyo [Aug.-Sep. 2013]
﹁俺 は 声高々 に 叫 ばれる 自己表現 だとか 感情的 な 琴線 に 触 れる 訴 えなん て もう ウ
ンザリ し て い た し
︑ 俺
が 音楽 をや っ て いた 時 も
︑ 美
しい ハ ー モ ニ ー や 感動的 なメ ロ
ディ ー
︑ 居
心
地 のいい ス ウ ィ ン グ す る ビ ー ト 感 なん て 大嫌 いだ っ た ︑ リズ ム の 繰 り 返
しと 変拍 子︑ アン プ の ハウ リン グ の ノ イ ズ だ け が 俺 にと っ てす べ てだ っ た んだ
︒ 要
は
人間的 なも のなんか 大嫌 いだ っ たし ︑ ベタベタ う っ と う し く か ら み つ く 人間性 や 肉
声 なん て 全部断 ち 切 って し ま い た か っ た ︑ そんなもんから 遠 く 離 れて いき たか っ た
んだ ︒ だけど 写真 はそ の 可能性 があると 思 った よ
︑ 人
間
的 なもんから 一番 遠 くの 地
点 にある の が 写真 だと ︑ そん 時
は っ き り
思 った ね
︒ ﹂ ︵
金 村
修 ﹇註
1
﹈ ︶
展覧会 とは 一般 的 に ︑ ある 一群 の 作品 を ︑ 一定 期 間 ︑ 同一 の 空間 に 併置 する 方法 であ
る ︒ そこでは ︑ 個別 の 作品 を 見 る 経験 と ︑ 複数 の 作品 を 比較 する 経験 の 双方 が 重要 で
ある ︒ さらに ︑ その 場 には 不在 の 作品 との 関係 にお い て ︑ 展覧会 は 生 きて い る ︒ 展示 さ
れる 対象 は 美術作品 に 限定 され ず ︑ むしろ ︑ 展示 の 対象 を 無自覚 に 美術作品 に 限定 す
ることの 方 に 問題 がある ︒ 博物館 として の 美術館 の 特異性 = 芸術的価値 への 依存 に 陥
りやす い か ら であ る ︒ とは いえ ︑ 美術作品以外 の 対象 を 展示 に 含 むこと は ︑ 反制度 ︑ 脱
制度 のよう な 外在的立 場 であ っ て はならな い ︒ どの よ う な 展示 にも 意図 があ り ︑ その 意
図 は 明確 でなけれ ばならな いが ︑ その 意図 をど の 程度表明 する か は 別 の 問題 である ︒
﹁ 都市 の 無意識 ﹂ は ︑ 東京国立 近代美術館 の コ レ ク シ ョ ン による 展覧会 である ︒ 企画 者
の 鈴木勝雄 は
︑ ﹁ 地下 空間 とい う 下層 = アン ダ ー グ ラ ウン ド
﹂ ︑ ﹁
都市 の 上層 の 景観 =
ス カイライ ン
﹂ ︑ ﹁
都市 の 表層 の 中 に 潜 む 多層性 =
パ ラ
ン プ
セ ス
ト
﹂ とい う 三 つの テ ー マを 掲 げて い る ︒ パラ ン プ セ ス ト は 聞 き 慣 れな い 言葉 だが
︑ ﹁ 元 の 文 を 消 してその 上 に
新 たな 文 を 書 き 重 ねた 羊皮紙 の 古代文書 から 転 じて ︑ 表層 の 中 の 多層性 を 意味 する 言
葉 ﹂ と 解説 されて い る ︒ この ﹁ 層 ﹂ にな ら っ て ︑ 展覧会 を
︑ ﹁ 表層 = 展示 / 作品
﹂ ︑ ﹁
深層 =
企画 者 による 言説
﹂ ︑ ﹁
多層性 = 鑑賞者 による 解釈 ﹂ ととらえ てみる ︒
﹁ 展示
﹂
コ レ
ク シ
ョ ン
か ら
選 ばれた 作品 が 担 う 役割 は 明確 で ︑ 資料展示 もテ ー マ を 多
角的 にと ら え る こ とに 貢献 してい る
︒ ﹁ 言説
﹂
鈴木 のテ ク ス トは 多 くの 示唆 に 富 み ︑ 三
つの 層 から 都市 へと アプ ロ ー チ す る 方法 は ︑ 作品 を 入 れ 替 える ことの 可能 なフ レ ー ムと
して 成果 を 挙 げて い る
︒ ﹁
解釈
﹂
鑑賞者 のひとり として の 素朴 な 実感 は
︑ ﹁
何 かが 足 り
ない ﹂ と ﹁ 真面目 すぎ る ﹂ である ︒ また ︑ 表層 ︵ 展示 ︶ の 背後 の 深層 ︵ 言説 ︶ まで 読 み 解 かな
けれ ば 解釈 したとは い えな い ︑ とい う 無言 の 圧力 も 感 じる ︒ そこで ︑ 深層 = 言説 を 辿 る
記述 は 極力避 け ︑ あくま で も 表層 = 展示 / 作品 に 向 き 合 う 経験 から 思考 を 展開 した い ︒
その 上 で ︑ 出品作品 をシ ャ ッ フ ル す る フ レ ー ム を 提示 する こ と で
︑ ﹁ 解釈 の 多層性 ﹂ を 示
すレ ビ ュ ー の 役割 を 果 たした い ︒
音響
=音 の
/響 き
圧倒的 に 良
か っ
た の
は
金村 修 ﹇ 図
1
﹈ ︒ しかも
︑ ﹁ 何 かが 足 りな い ﹂ とい う 感想 にも 答
えて く れ た ︒ 本展 に 足 りな い の は
︑ ﹁
都市 の 音響 ﹂ だ ︒ 人々 の 喧騒 ︑ 交通機関 の 騒音 ︑ 機 音 / 響 / 光 / 景 │
﹁都 市 の 無 意 識
﹂ をシ ャ ッ フ ル せ よ
梅 津 元
会期二〇一三年六月四日
− 八月四日会場美術館ギャラリー4﹇二階﹈ ﹁
都 市 の 無 意 識
﹂
展
図1 金村修《ALL THE NEEDLES ON ARE RED [2]》 1998年 東京国立近代美術館蔵
図2 ゲルニカ
『改造への躍動』(LP)
¥EN RECORDS 1982年 個人蔵 図3 SPK
『MACHINE AGE VOODOO』(LP) AN ELEKTRA RECORDING 1984年 個人蔵
9
Newsletter of the National Museum of Modern Art, Tokyo [Aug.-Sep. 2013]
/ パ
ル ス
/ グリ ッ チ ︶ の 提示 は 極 めて 刺激的
だ っ
た
︒
こう して 脳内 に 響 いた 音 を 手 がか り に ︑ 都市 の ﹁ 音響 = 音 の / 響 き ﹂ を
︑ ﹁
振動 =
ア コ
ー
ス テ
ィ ッ
ク /
バ イ
ブ レ
ー シ
ョ ン
﹂ ︑ ﹁
電気的増幅 =
エ レ
ク ト
リ ッ
ク / ノ イ ズ
﹂ ︑ ﹁
電子的信号 =
エ レ
ク ト
ロ ニ
ッ ク
/ グ リ ッ チ ﹂ ととらえ てみた い ︒ この 視点 からは ︑ 音楽 におけ る 反自然主
義 の 加速 と い う 様相 が 見 えて くる ︵ こ の 発想 は 阿木譲 の 著述 /
DJ
に 多 くを 負 っ て い る ︶ ︒ ﹁
パ
ラ ン
プ セ
ス ト
﹂ で 指摘 される ﹁ 都市 におけ る 記号 の 受 け 渡 し ﹂ の 過程 に 不可避的 に 介在 す
るノ イ ズ に 注目 するなら ば ︑
テ ク
ノ や
ハ ウ
ス が
メ ジ
ャ ー
な 音楽 として 意識化 される 時代 に
お い て ︑
ノ イ
ズ や
グ リ
ッ チ
に 耽溺 する 感性 に こ そ
︑ ﹁ 都市 の 無意識 ﹂ が 表出 し て い る は ず だ ︒
光景
=光 の
/景色
次 に 良
か っ
た の
は
畠山直哉 と 勝又公仁彦
︒ 畠山
の ︽ 川 の
連作
︾ ﹇ 図
4
﹈ の 縦長
の
画面
は
上下 に 視覚的 に 二分 され ︑ 上 は 地上 の 街並 み ︑
下 は 川面 をう つ す ︒ 川 が 暗渠化 する 地点 では ︑
光 を
吸収
する
暗闇
が 地下 空間 を
想起
させる ︒
夜景 をとらえた 画面 では ︑ 川面 のゆ らめき が ︑
まば ゆ い 都市 の 光 を 反射 してい る ︒ 現代 の 都
市 が 驚 くほど 明 るいの は ︑
街路
やネ オ ン の み
なら ず ︑ 建物 の 内側 の 光 が 外 へと 透過 する か
らだ ︒ 勝又 の ︽
Skyline 101070︾ ﹇ 図
5
﹈ は ︑ そ
のこと を 強 く 印象付 ける ︒ 建物 の 輪郭 が 形成
す る ス カイライ ン の
印象
は 弱 まり ︑
点在
する
光源 として の 建物 は ︑ 空中 に 浮 かぶ 半透明 の
結晶 のようにも 見 える ︒
また ︑ 畠山 は
︑ ︽ 川 の 連作 ︾ と 同 じ 個展 で 発
表 した ︽ 光 のマ ケ ッ ト ︾ で ︑
建物
に
設置
された
蛍光灯 をとらえ て い るが ︑ 写真 の
背後
に 光源
を 組 み 込 み ︑
画面
を
発光
させていた ︒ ここか
ら ︑ かつ て ︑ ライ ト ボ ッ ク ス を 組 み 込 んだ 発光
する 絵画 を 手掛 けた こ と が あ る 伊東篤宏 が 想
図4 畠山直哉《川の連作》(9点組より)
1993-96年 東京国立近代美術館蔵
図5 勝又公仁彦《Skyline 101070》
2004年 東京国立近代美術館蔵
械音 や 金属 音 ︑ 街 に 流 れる 音楽 ⁝⁝ 都市 には あ ら ゆる 音 が 溢 れて い る ︒ 金村 の 写真 は ︑
そうし た 音響 = ノイ ズ の 視覚的等価物 であり ︑ 視覚 が ブ ラ ッ ク ア ウト と ホ ワ イト ア ウト
に 引 き 裂 かれる 時 の 金切 り 声 を 響 かせる ︒ 冒頭 で 引用 した ︑ 疾走感 あふ れる 金村 の 名
文 の 勢 いを 借 りて 音 を 響 かせ な が ら
︑ ﹁ 真面目 すぎ る ﹂ 本展 のシ ャ ッ フ ル を 開始 しよう ︒
音 に 関 わる 展示資料 として ﹁ 日本 にお い て 社会運動 や 政治運動 と 現実 の 地下 空間 が
結 びつい た 出来事 ﹂ ︵ 鈴木 ︶ を 示 す ︑ 新宿西 口 地 下 広場 で 開催 された フ ォ ー ク ・ ゲリラ を
紹介 する ﹃ 朝日
ソ ノ
ラ マ
別冊 新宿広場
69
﹄ がある が ︑ 音 は 流 れて いない ︒ 聞 こえてくる
のは ︑ 東京都 下 水道局企 画 の 記録映画 ︽ 東京 もぐら 作戦 ︾ ︵ 岩波映画製作所 ︑ 監督 ・ 広川朝
次郎 ︑ 一九 六 六 年 ︶ の 音 である ︒ 都市 のイ ン フ ラ の 基盤 が 主 に 人力 による 作業 として 地
下 で 整備 されてきた こ とを 示 す 貴重 な 映像 は ︑ まさ に 本展 の 要 といえる が ︑ 戦後 から 高
度成長 へと 向 かう 東京 の 姿 を 見 ている と ︑ ゲ ル ニ カ ︵ 美術 ・ 詩 太田螢 一 ︑ 曲 ・ 演奏 上野 耕
路 ︑ 歌 戸川純 ︶ が 想起 された ︒
ビ ル
建設 や 地下 鉄 が 登場 する ﹁ 復興 の 唄 ﹂ やイ ン ト ナ ル モ
ヲリイ が 登場 する ﹁ 工場 見 学 ﹂ を 含 む 記念碑的名盤 ﹃ 改造 への 躍動 ﹄ ︵
一 九
八 二 年
︶ ﹇
図
2
﹈
は
︑ ﹁ ア
ン ダ
ー グ
ラ ウ
ン ド
﹂ から ﹁
ス カ
イ ラ
イ ン
﹂ へと い う 流 れに 見事 に 符合 する ︒
また ︑ 金坂健 二 の 著書 と 雑誌掲載 の 中平卓馬 や 森山大道 の 写真 がア ン グ ラ 感
を 漂 わせる 中
︑ ︽
東京 もぐら 作戦 ︾ の 工事 の 場面 と ︑ 軍艦島 を 撮影 した 奈良 原 一 高 の
写真 がも たら す 重 工 業的感性 が ︑ ノイ ズ ・ ミュ ー ジ ッ ク を 響 かせる ︒ 中 でも ︑ 工業 神 秘
主義 の 代表格 であ っ た
SP K
が 喚起 された の は ︑ 突如 ︑
ハ ン
マ ー
・ ビー ト ︵ 死語 ?︶ を 導
入 した ﹃
MACHINE AGE VOODOO﹄ ︵
一 九
八 四 年
︶ ﹇
図
3
﹈ のジ ャ ケ ッ ト に 描 かれ た 摩天楼
が
︑ ﹁ ス
カ イ
ラ イ
ン ﹂ と 共鳴 した から だ ︒
PS K
はその 後中世的 な 世界 の 淵源 へと 遡行 す
るが ︑ ノイ ズ か ら ビ ー ト へ と い う 転換 は ︑ 昨年 のド ク メ ン タ で 最 も 印象 に 残 った セ ブ デ
ト ・
エ レ
ッ ク
Room of Rhythms
の ︽ ︾ ︵ 二 〇 一 〇
─
一二 年 ︶ の 記憶 を 喚起 する ︒ 商業 ビ ル の 上 階 で の
展
示 ︑ 窓 から 見
える カ ッ セ ル
の
街並
み ︑ そ
う し た 場 所
の
経 験 を も
ふま えた 音 =
振 動 ︵
リ
ズ
ム
10 Newsletter of the National Museum of Modern Art, Tokyo [Aug.-Sep. 2013]
起 された ︒
伊東
は ︑
蛍光灯
の
放電現象
が 生 む
ノイ ズ を 音 として 抽出 する 自作音具 ﹁ オプ ト ロ
ン ﹂ を
自在
に 操 り ︑
過激
な 光 の
明滅
と
爆音
に
よ っ
て
視覚 と 聴覚 を 覚醒 させる ﹇ 図
6
﹈ ︒
この よ う な 連鎖 をふまえ て ︑ 都市 の ﹁ 光景 =
光 の /
景色
﹂ を
︑ ﹁ 吸収
/
暗闇
= ブラ ッ クア ウ
ト
﹂ ︑ ﹁
反射 / 反映 = リ フ レ ク シ ョ ン
﹂ ︑ ﹁
透過 / 発光 =
ホ ワ
イ ト
ア ウ
ト ﹂ ととらえ てみた い ︒
すると
︑ ﹁ ア
ン ダ
ー グ
ラ ウ
ン ド
﹂ は ﹁ 闇 ﹂ と 化 し
︑ ﹁
ス カ
イ ラ
イ ン
﹂ は ﹁ 光 の 明滅 ﹂ へと 変容 し ︑
﹁ パラ ン プ セ ス ト ﹂ は ﹁ 光 と 壁 の 対比 ﹂ を 描 きだ す ︒ 佐伯祐 三 ︑ ブラ ッ サ イ ︑ 一九 六 〇
年代末 の 学生 運動 に 言及 しつ つ ︑ 様々 な 記号 が 交差 する ﹁ 壁 ﹂ が ︑ メッ セ ー ジ を 媒介 す
る 機能 を 果 たしたと いう 鈴木 の 指摘 は 興味深 い ︒ その 視点 をふまえると ︑ 反射 や 透過
と 関 わる ﹁ 光 ﹂ は
︑ ﹁ 非壁 = 空間 の 透過 / 視覚的 な 透過 ﹂ を 示唆 してい る ︒
光 を 封 じ 込 める 壁 は 建物 を 強化 するが ︑ 閉鎖的 な 空間 を 生 む ︒ 光 の 透過 する 建物 は
開放的 な 空間 を 実現 するが ︑ 構造 は 脆弱 になる
︒ ﹁ 光 を 遮蔽 する 壁 ﹂ と ﹁ 壁 を 希薄化 す
る 光 ﹂ のせめ ぎ あ う ところに
︑ ﹁
都市 の 無意識 ﹂ が 垣間 見 える ︒ この 点 で ︑ 久保 田博 二
の 写真 も 印象的 だ ︒ 水平 に 近 い 角度 で 光 が 射 し ︑ 街路 が 照 らされ ︑ 摩天楼 が 影 と 化 す ︑
つま り
︑ ﹁ 光 と 壁 がせめ ぎ あ っ ている
﹂ ︒ また ︑ 石元泰博 や 高梨豊 の 写真 では ︑ 写真
その もの が ﹁ 壁 ﹂ 的 に 見 え ︑ 金村 の 写真 では ︑ カメラ の 前 の 光景 が 圧縮 され
︑ ﹁ 光 が 壁 と
化 してい る
﹂ ︒ この 事態 は
︑ ﹁
光 が 音 と 化 してい る ﹂ 伊東 のオ プ ト ロ ン を 再 び 召喚 する ︒ 金
村 の 写真 ﹇ 図
1
﹈ に 写 る 建物 の ﹁ 壁 ﹂ が ︑ オプ ト ロ ン の 光 と 轟音 によ っ て 消滅 する 様 を 夢
想 する ︒
ビ ル
の
骨格 が 露 になる ︒
ス テ
ィ ー
グ リ
ッ ツ
の
写真 のように ︒
建築
/都市
=意識化
/意識下
別格
だっ た の は ス テ ィ ー グ リ ッ ツ ︒ 特 に
︑ ︽ 新旧
のニ ュ ー ヨ ー ク ︾ ﹇ 図
7
﹈ が 素晴
らし
い ︒ 建設途中 の 摩天楼 は ︑ 鉄骨 のグ リ ッ ド 構造 を 示 し ︑ 近代都市 に 潜 む 物理的 ・ 空間 的
な 半透過性 を 見事 に 写 し 出 す ︒ それは 二 〇 世紀的 な 構成主 義 の 系譜 ︑ つま り 量塊 によ
らな い ﹁ 構成的 ﹂ な 三次元 の 作品 を 連想 させ ︑ 本展 に 不在 の 彫刻 ・ 立体 へと 意識 を 向 か
わせる ︒ 過酷 な 肉体労働 が 描 かれる ︽ 東京 もぐら 作戦
︾ ︑ 地層 を 思 わせる 北脇昇 の 絵
画 ︑ 墓 に 関 わる 浜田知明 と 関野準 一 郎 の 版画 では ︑ 掘 る ︑ 削 る ︑ 土 への 連想 が
︑ ﹁ 彫
刻的 ﹂ 感覚 をもたらす ︒ 二一 世 紀 に 描 かれ た 大岩 オスカ ー ル の ︽ ガー デ ニ ング ︵ 平和 への 道 ︶ ︾ では ︑ 二 〇
世紀
の ﹁
構成的
﹂
な
造形原理
である グ リ ッ ド
構造
が
瓦礫
と 化 してい る ︒
俯瞰的
な
描写 に 特徴 のある 大岩 の ︽ ガー デ
ニン グ ︵ マンハ ッ タ ン ︶ ︾ は ︑
地表
と
上空 の 間 に
浮遊
する
存在
を
視覚
化 してい る よ う だ ︒ そし て
︑ ﹁ 光
景 ﹂ で 指摘 した ︑ 透過 する 光 が 建
築 を
物体
から
光源
へと
変容
させ
る
勝又
の
写真
には
︑ ﹁ 結晶的
﹂ な
感覚 が 漂 って い る ︒
この よ う な 感覚 を ︑ 建築 / 都市 へと 接合 すると
︑ ﹁ 地表 の 開拓 ︵ 水平方向 ︶ = 彫刻的都
市 ﹂ ︑ ﹁
地上 の 制覇 ︵ 垂直方 向 ︶ = 構成的都市
﹂ ︑ ﹁
上空 へ の 浮遊 ︵ 点在 ︶ = 結晶的都市 ﹂ とい う
フ レ
ー ム
が
設定 できる ︒ ここに
︑ ﹁ ア
ン ダ
ー グ
ラ ウ
ン ド
﹂ ︑ ﹁
ス カ
イ ラ
イ ン
﹂ ︑ ﹁
パ ラ
ン プ
セ ス
ト
﹂
とい う 本展 のフ レ ー ムを 重 ね ︑ 実体的 な ﹁ 意識化 された 建築 / 都市 ﹂ へと 迫 る 視点 を 探
りた い ︒ 鈴木 が 本展 の 隠 れた モ テ ィ ー フ と 述 べ る ﹁
一 九
六 〇 年代後半 から 一九 七 〇 年代初
頭 の 高度成長期 の 東京 ﹂ のように ︑ 時代 と 地域 を 限定 した 考察 にお い て も 機能 する 視点
を 期待 しつ つ ︒
そし て 最後 に
︑ ﹁ 音響 ﹂ で 設定 した ﹁ アコー ス テ ィ ッ ク / バイ ブレ ー シ ョ ン
﹂ ︑ ﹁
エ レ ク ト
リ ッ
ク /
ノ イ
ズ ﹂ ︑ ﹁
エ レ
ク ト
ロ ニ
ッ ク
/ グ リ ッ チ ﹂ と
︑ ﹁ 光景 ﹂ で 設定 した ﹁
ブ ラ
ッ ク
ア ウ
ト ﹂ ︑
﹁ リフ レ ク シ ョ ン
﹂ ︑ ﹁
ホワ イ ト ア ウ ト ﹂ を 重 ね ︑ 音 と 光 の 分布 が 織 りなす 非実体的 な 感覚
世界 から
︑ ﹁ 意識下 の 都市 / 都市 の 無意識 ﹂ が ︑
モ ア
レ の
よ う
に
析出 する こ と を 期待 した
い
︒ ﹁ 音 と 光 の 分布 が 織 りなす 非実体的 な 感覚世界
﹂ =
﹁ 音 の / 響 く / 光 の / 景色 ﹂ が ︑
鈴木 のテ ク ス ト を 締 めく くる
︑ ﹁ 日常的 な ︿ 反都市 ﹀ の 実践 ﹂ におけ る ︿ 反都市 ﹀ と 共鳴 す
るフ ィ ー ル ド で あ る こ と を 願 い つ つ ︒ ︵ 埼玉県立 近代美術館主任学芸員 / 芸術学 ︶
註
作家名 ・ 作品名 ・ 資料名 の 後 の ﹇ ﹈ 内 の 記号 は ︑ 展示 された 章 を 示 す ︒
= ﹁
アン ダ ー グ ラ ウン ド
﹂ ︑
= ﹁
ス カ イ ラ イ ン
﹂ ︑
= ﹁
パ ラ ン プ セ ス ト
﹂ ︒ 文中 の 初出時 のみ 記載 ︒
Street hassle1
金村 修 ﹁
五年 ︑ 二九 頁 ︒
MOLE UNIT N4/Crash landing: KANEMURA OsamuMole,﹂ ﹃ ° ﹄ 一九 九
図7 アルフレッド・スティーグリッツ《新旧のニューヨーク》
1910年 東京国立近代美術館蔵
図6 伊東篤宏『OPTVISION』
(DVD、GOTOBAI recordings、
2009年)より