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  九 〇〇 頁 にな らんとする 部厚 い ﹃ 東京国立 近代美術館

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8 Newsletter of the National Museum of Modern Art, Tokyo [Jun.-Jul. 2013]

  九 〇〇 頁 にな らんとする 部厚 い ﹃ 東京国立 近代美術館

60

年史

﹄ ︵

以下

︑ ﹃

60

年史

﹄ ︶ を 目

にした 時 ︑ これでよ う や く ﹃ 東京国立 近代美術館

3019521982

年 の 歩 み

﹄ は 役割 を 終

えたと 思 った も の だ ︒ 近年 まで ︑ それ こ そ ﹁ 五十 年 の 歩 み ﹂ を 達成 した 頃 まで ︑ 銀色 の 表

紙 の ﹃

30

年 の 歩 み ﹄ はミ ュ ー ジ ア ム シ ョ ッ プで 売 られ て い たような 記憶 がある

︒ ﹃

30

年 の

歩 み ﹄ には 頁数 が 打 って お ら ず ︵ 厚 さは ﹃

60

年史

﹄ のほぼ 四分 の 一 ︑ 重 さはほぼ 五分 の 一

︶ ︑ な

んとも 引用 しづ ら い 代物

だ っ

た が

︑ それでも 東京国立 近代美術館 の 過去 を 知 ろうとす

れば 頼 りにするほかなか っ た ︒

  だから ︑ 同時期 に 誕生 した 神奈川県立 近 代美術館 とブ リ ヂ ス ト ン 美術館 がそ れ ぞ れ

に 五十 年 史 を 公刊 した のに 対 し ︑ 東京国立 近代美術館 は 館誌 ﹃ 現代 の 眼 ﹄ に ﹁ 東京国立

近代 美術館 の 半世紀

﹂ ︵

全二十 七 回 ︑ 二 〇〇〇 年四 ・ 五月 号

二 〇〇 六年 二 ・ 三月 号 ︶ を 連載

する にとどめた こ とが とても 残念

だ っ

た ︒ いや ︑ 連載第四 回 で ﹁ この 連載 は ︑ 将来的 な

50

年史編纂 に 向 けて の い わ ば 素描 を 意図 してい る

﹂ ︵

蔵屋美香 ﹁ ふし ぎ な 断絶 ﹂ 本書七 八 四 頁 ︶

と 書 いている ぐ ら い だ か ら ︑ 何 らか の 事情 で ﹁

50

年史編纂 ﹂ は 実現 せず ︑ さぞか し 館員 は

無念 であ っ た に 違 いない ︒

  したが っ て ︑ この た び の ﹃

60

年史 ﹄ は ︑ 館員 の 総力 を 挙 げて の 編纂 ︵ 館長自 ら ﹁ 独立行政

法人制度 に 翻弄 される 国立美術館 ﹂ 本書 八 四 七

八四八 頁 とい う お そ ら く 黙 って は い ら れ な か っ

た 一文 まで 寄 せ

︶ ︑ 満 を 持 しての 公刊 とい う こ とに な る ︒ なるほど ﹃

30

年 の 歩 み ﹄ とは 比較

にな ら な い ほ どの 工夫 が 隅々 にまでなされて い る ︒

  その 工夫 を 通 して ︑ 美術館 の 歴史 を 編 むとはど のよう な こ と か ︑ そもそも 美術館 とは

何 かという 問題 を 提起 したものにさえな っ て い る ︒ 本書 がこの 問 いに ど う 答 えてい る の かを ︑ ここで は 考 える ことにした い ︒

  私 にも 学芸員 として 美術館 に 勤 めた 経験 があるから ︑ 美術館 の 活動 のある 種 の ﹁ はか

なさ ﹂ を 知 って い る つ も り だ ︒ 美術作品 の 収集 ・ 保管 と 並 んで ︑ 展示 が 美術館 の 活動 の

柱 だ

っ た

︒ しかし ︑ どれほど 入念 な 準備 を 施 して 実現 させた 展覧会 であ っ て も ︑ 会期 が

終 われ ば ︑ それは 跡形 もなくな る ︒ 作品 が 搬出 されたあ とには ︑ 何 もな い が らん とし た

展示室 と 展覧会

カ タ

ロ グ

残 るば か り だ ︒

  展覧会 とは 何 よりも 作品 の 選別 と 配置 であり ︑ そこに 解説 や 照明 や 出版物 が 加

わ っ

たものである ︒ 美術館 とは ︑ ハ ー ド と し て の 展示室 や 建物 を 指 すととも に ︑ その 内部 で

実現 しては 消 えてい っ た 展覧会 の 重 なりでもあ る だ ろ う ︒

  もちろん ︑ 固定 した 常設展示 に 重心 を 置 いた 美術館 もな い わ け で はな い が ︑ 日本 の 多

くの 美術館 は ︑ 自転車操業 とい う 比喩 が 今 なお こ の ため に 残 されて い る か のよ うに ︑ 企

画展覧会 をつ ぎつ ぎ と 開催 して き た ︒ ほかな ら ぬ 東京国立 近代美術館 が 先鞭 をつけ ︑ あ

とに 続 く 全国 各 地 の 公立美術 館 がその 背中 を 追 いかけ て き た よ う な と こ ろ が あ る ︒ な

にしろ ︑ 一九 五 二 年 の 開館時点 で 収蔵作品 は 一点 もな か っ た ︵ 年度末 に 二十 三 点 収 蔵

︶ ︒

それ に 対 して ︑ 開館 一 周 年 を 迎 える までに 七本 の 展覧会 を 開催 してい る ︒ それ か ら 二 〇

一二 年 春 までに 四八三本 の 展覧会 を 開催 し

︑ ﹁ 単純計算 で 一年 平 均 ほぼ 八本

﹂ ︑ ﹁

京橋時

代 十 六 年 間 で

一 五

一 回

の 企画展 ︑ とい う ハ イ ペ ー ス

﹂ ︵

中林和雄 ﹁ 本館 の 企画展 ﹂ 本書 四 三

五六 頁 ︶ で ︑ その ま ま 還暦 を 迎 えた ことになる ︒

中林和雄氏

は ﹃ ﹁

企画展 主 義 ﹂ の

問題

﹄ とい う 項 を 立 て

︑ ﹃ ﹁

美術館

= 企画展 をやる イ

ベ ン ト 施設 ﹄ とい う 一面 的 な 刷 り 込 みが 日本 の 多 くの 一般 的 観 衆 の 間 にはひろ く 行 き

渡 って い る ﹂ こと を ︑ 東京国立 近代美術館 が ﹁ 追認 し ︑ 助長 した 面 は 否定 できな い だろ

﹂ ︑ ﹁

企画展 こそ が メ イ ン 事業 であり ︑ それは 常 に 開催 されて い るべ きと いう 暗黙 の 構

造的前提 ﹂ が ﹁ 館内部 のス タ ッ フに と っ て も 強迫観念 にな っ て い る ﹂ と 冷静 に 分析 してい

る ︵ 同上

︶ ︒

  この よ う な 事態 はひと り 美術館 の 体質 にとど ま ら ず ︑ 共催者 たる 新聞社 や 放送局 と

の 深 い 関係 がも たら したものでも ある ︒ 一九 七 〇 年代 に 入 って 各地 に 続々 と 美術館 が

建設 されると ︑ 中央 で 仕立 てられた 企画展 が 全国 を 巡回 すると い う 仕組 みが つ く られ

たわけで ︑

東京国立

近代美術館

の 歩 みは 日本 の

美術館

にと っ て 決 して

無縁

ではない ︒

60

年史 ﹄ は 各地 の 美術館 にと っ て も 自 らの 立脚 点 を 探 るべ き 書物 となるだろう ︒

  ところで ︑ 四八三本 に 上 る ︑ しかし 今 とな っ て はど こ に も 存在 しな い 展覧会 を ﹃

60

美術

館 のは

か な さ を

編 む

  

下 直 之

二〇一二年十二月一日発行

60

Re view

(2)

9

Newsletter of the National Museum of Modern Art, Tokyo [Jun.-Jul. 2013]

史 ﹄ はどのようにとら えた か ︒ 凡例 によれ ば ︑ つぎの 十三項目 を 記録 してい る ︒ すな わち ︑

展覧会番号 ︑ 展覧会名 ︑ 会期 ︵ 開催 日数

︶ ︑ 会場 ︑ 入場者総数 ︵ 一日 平 均 入 場 者 数

︶ ︑ 共催等 ︑

展覧会概要 ︑

カ タ

ロ グ

︑ 展覧会評 ︑ 出品点数 ︑ 出品作家 / 人数 ︑ 関連 する 教育普及事業 ︑

図版 ︵ 会場 ︑ カタ ロ グ 表紙 ︑ ポ ス タ ー

︶ ︒ よく 目配 りが 利 いて お り ︑ 足 りな い も の は 出品作品

のリ ス ト ぐ ら い だ が ︑ これには 展覧会 カ タ ロ グ と い う 道筋 が 示 され ︑ カ タ ロ グ か ら ︑ ある

いは 館内 のア ー ト ラ イ ブ ラ リ 及 び

MO MA T

サ イ ト か ら ア ク セ ス で き る ︒

  出品作家 / 人数 は

︑ ﹁ 概 ね

30

名程度 の 出品作家 による 展覧会 につい て は そ の 作家名 ︵ 和

表記 ︶ をすべ て

﹂ ︑ ﹁

40

名 を 超 える 展覧会 につい て は 人数 のみを 記 し ﹂ たと 凡例 にある ︒ 開

館三年目 に 開 かれ た ﹁ 松方

コ レ

ク シ

ョ ン

国立美術館建設協賛展 ﹂ には ︑ それ だけで 五九

四人 の 作家 が 出品 しており ︑ 六十 年間 となれば 膨大 な 数 の 作家 がその 作品 を 展示 した

はず だが ︑ 編者 のひとり 水谷長志氏 は ﹁ この 企画展 出 品 作 家 総 索引 と 呼 ぶべ き イ ン デ ッ

ク ス の 構築 は ︑ アー トライ ブ ラリ の 開室 以前 から 幾度 か 試 み ︑ 継続 の 可能性 を 探 りま し

たが ︑ 諸事情 で 結実 する こ と はあり ま せ ん でした ﹂ と 語 って い る ︵ ﹁ メ デ ィ ア 連携 を 企図 する

館史 として の ﹃ 東京国立 近代美術館

60

年史

﹁ 美術館 の 歴史 を 一冊 の 参考図書 とする ﹂ 試 み 再

論 ﹂ ﹃

アー ト ・ ドキ ュ メ ン テ ー シ ョ ン 通信 ﹄ 九十六号 ︑ 二 〇 一 三 年 一 月

︶ ︒ ﹃

60

年史 ﹄ は ︑ 添付 された

CD-

RO

M

によ っ て ︑ 懸案 の ﹁ 本館 ・ 工 芸館企 画展出品作家総索引 ﹂ をようやく 実現 し

た ︒ 美術館活動 のも っ と もは かな い 部分 にも ︑ これ だけの 光 が 当 っ て い る ︒

  先 に ︑ 美術館 とは ﹁ その 内部 で 実現 しては 消 えてい っ た 展覧会 の 重 なりでもあ る ﹂ と

書 いた が ︑ いう までも な く そ こ に は 人 の 営 みが ある ︒ 美術作品 の 選別 にも 配置 にも ︑ 特

定 の 人物 の 判断 が 働 いている

︒ ﹃

60

年史 ﹄ の 大 きな 特徴 は ︑ この 館 の 活動 に 携

わ っ

くのひとび と の 声 を 収録 した ことにある ︒ 東京国立 博物館 の ﹃ 博物館 ノ 思出

﹄ ︵

同館 ︑ 一九

七二年

︶ ︑ 神奈川県立 近 代美術館 の ﹃ 小 さな 箱

鎌倉近 代 美術館 の

50

﹄ ︵

求龍堂 ︑ 二 〇

〇 一年 ︶ など の 先例 がないわけではないが ︑ それらはあくまでも 別冊扱 いで あ っ た

︒ ﹃

60

史 ﹄ は ︑ 本編 に ︑ いわ ば 正史 に 彼 らの 声 を 編 み 込 んでし ま っ た ︒ 基本情報 のデ ー タ ベ ー ス

に 併置 された オ ー ラ ル ヒ ス ト リ ー が こ の 書物 を 暖 かい も の に し て い る ︒

  おそ ら く ︑ 六十 年 前 の 館員 と 現在 の 館員 とでは ︑ それぞれ の ﹁ 近代 美術館 ﹂ 像 が 食 い

違 って い る だ ろ う

︒ ﹁ 近代 ﹂ も ﹁ 近代 美術 ﹂ も ﹁ 美術館 ﹂ も ︑ 違 って い て 当然 である ︒ それ に

も 関 わら ず ︑ ひと つ な がりのも のが ﹃

60

年史 ﹄ からは 浮 かび 上

が っ

て く

︒ ここに 会場写

真 を 掲 げた 三番目 の 展覧会 が ﹁ 世界 のポ ス タ ー 展

﹂ ︵

一 九

五 三

年 ︶ であ っ た こ と に 驚 かさ れ

る ︒ 同 じ 年 のうち に ﹁ 現代写真展 日本 とア メ リ カ ﹂ が ︑ 翌年 には ﹁

グ ロ

ピ ウ

ス と

バ ウ

ハ ウ

ス ﹂ 展 が 開 かれている ︒ また ︑ 開館 と 同時 に

︑ ﹁

桃山美術

﹂ ︑ ﹁

ピ カ

訪問

﹂ ︑ ﹁

フ ラ ン ク リ ン ・

ワトキ ン ズ ﹂ とい う 三本 の 映画 の 上映 会 が 開 かれ た ︒ この よ う に 開館時 から 館員 の 視野

には デ ザ イ ン ︑ 写真 ︑ 建築 ︑ 映画 が 入 って お り ︑ それは 六十 年 後 の 今日 も 変 わらな い ︒

  また

︑ ﹃

60

年史 ﹄ を 通 して ︑ つぎの 六十 年 を 見据 える こと もでき そ う だ ︒ 一般 には あ ま

り 知 られ て い な い だろう が ︑ この 美術館 は ﹁ 近

代美術

﹂ の

上限

を 一九 〇 七 ︵

明治 四

十 ︶ 年 とし ︑

それ 以前 の 美術 は 東京国立 博物館 が 扱 うと い

う 棲 み 分 けを 行 って き た ︵ ﹁ 年代区分 による 列品

の 相互管理換 に 関 する 申合 せ ﹂ 一九 六 四 年 三 月 十 一

日 ︑

本書 二 九

頁 ︶ ︒

富山秀男氏

はこれ を ﹁

出発期

の 決断 の 一 つと しか 言 いよ う が ない ﹂ と 評 する

が ︵ ﹁ 今泉次長 の 時代 ﹂ 本書 八 一 〇 頁

︶ ︑ 古田亮氏 が

﹁ 明治 の 美術 を 系統立 てて 鑑賞 できる 環境 を 整

える 努力 をしなけれ ば ﹂ ならな い とする と お り

︵ ﹁ 前近代 と 近代 の 美術 ﹂ 本書 八 三 二 頁

︶ ︑ こう した

規則 には つねに 見直 しが 必要 である ︒ そのため

の 立 ち 返 る 場所 が ﹃

60

年史 ﹄ にほかな ら な い ︒

  美術館 は 必要 に 応 じて 生 まれたも のだ から ︑

社会 が 必要 なしと 見 なせば 消滅 して 一向 に 構

わな い ︒ それは

東京国立

近代美術館

でさえ 例

外 ではない ︒ その 判断 を 下 すのは 利用者 であ っ

て 館員 ではない ︒ ただ し ︑ 判断 の 前 に ︑ この 美

術館

がどのよ う な

世界

を 切 り 拓 き ︑ 何 をもた

らした か を 知 らな ければならな い ︒ 当面 のコ レ

ク シ

ョ ン

や 当面 の 来館者数 は ︑ 判断材料 のほん

の 一部 にす ぎ な い ︒ それゆえ に 本書 ﹃ 東京国立

近代 美術館

60

年史 ﹄ は 広 く 読 まれなけれ ば なら

ない だ ろ う ︒ 当然 ︑ つぎの ﹃

60

年史 ﹄ も ︑ その ま

たつ ぎ の ﹃

60

年史 ﹄ も 編 まれなけれ ば ならな い ︒

︵ 東京大学教授 ︶

「ジャクソン・ポロック展」会場、2012年(本書769頁) 「世界のポスター展」会場、1953年(本書211頁)

参照

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