博士(歯学)豊島靖子 学位論文題名
実験的外傷性咬合による歯周組織の変化と 顎関節の変化との関連性について
学位論文内容の要旨
【目的】顎関節症の発症はさまざまな因子がからみあって起こるという多因子説が基 本的な考え方になっていて,咬合もその中の1 つの因子として考えられている.しか し,今までに咬合異常が顎関節に及ばす影響についての研究は数多くなされているが,
一歯のみの咬合挙上によって外傷性咬合を引き起こした時の顎関節の影響や,その外 傷性 咬合の 部位 によ る顎関節への影響の違いについては明らかにされていない.
一方,歯周病などにより歯根膜や歯槽骨の支持が減弱し,歯牙の抵抗が低下してる 時期には顎関節症はあまり発症していないという考え方もあり,顎関節の変化は歯周 組織の状態と関連していることが推測される.しかし,実験的外傷性咬合が,顎関節 または歯周組織におよぽす影響については,数多くの研究がなされているが,外傷性 咬合による,顎関節の変化と歯周組織の動態との関連については,不明な点が多い.
そこで,本研究では,外傷性咬合を付与する部位の違いよる顎関節の変化,および 外傷性咬合における顎関節の変化と歯周組織の動態との関連性を明らかにすることを 目的とし,次の実験を行った.
【方法】7 週齢の雄性Wistar 系ラットを用いて,各ラットの一歯の咬合面に,コンポ ジットレジンを2 mm 築盛し,外傷性咬合を付与した.上顎左側第一臼歯に付与した 群をA 群,第三臼歯に付与した群をB 群,無処置の群を対照群とし,外傷性咬合付与 後 ,
3日 ,
7日 ,
14日 ,
28日 ,
42日 ,
56日 後 に 安 楽 死 さ せ , 頭 部 を 摘 出 し ,
1.O %中性ホルマリンにて固定した.その後,通法に従い,前頭面断連続切片標本を 作製し,下顎頭ではへマトキシリン・エオジン染色(HE 染色)およびアルシャンプル ー染色,アザン・マロリー染色,酒石酸耐性酸性フオスファターゼ染色(TRAP 染色)
を施 し,ま た, 上顎 骨ではHE 染色,
TRAP染色を施し,顎関節および歯周組織とく に歯根膜と歯槽骨における経時的な変化について,組織学的,ならびに組織計量学的 に比較検討した.なお,組織計量学的検索により得られた測定値については,PLSD 法 を用いた有意差検定を行った.
組織学的検索として,HE 染色に加えて,咬合性外傷を受けた後の歯根膜の線維芽細 胞,歯槽骨の骨芽細胞および破骨細胞や下顎頭軟骨細胞などの細胞動態に与える影響 を明らかにするために,各群共,抗BrdU モノクローナル抗体を使用し,免疫組織化学 的検索を行った.
組織計量学的検索では,下顎頭については,実験側を計測し,下顎頭の軟骨層を,
上部から線維層,増殖層,成熟層,肥大層の4 層に分け,線維層と増殖層を合わせた
ものを上層とし,成熟層と肥大層を合わせたものを下層とした,軟骨層の厚さは,中
央部を基準に,5 カ所の距離を測定し,平均値を求めた.
BrdU
陽性細胞数は,
BrdU染色を行った切片上で,接眼マイクロヌーターを用い,
500X500
ル
m2の 枠を , 軟 骨層中 央部に合わ せ,枠内の
BrdU陽性細胞数 を計測し,
平均値を求めた・
歯根膜については,外傷性咬合を付与した歯牙の口蓋根中隔側歯根膜腔とし,根分 岐部の歯槽骨頂を結んだ線と,それに平行で根尖を通る線を設定し,歯根と歯槽骨で 囲まれ た領域の中の,細胞数を測定し,単位面積あたりのBrdU 陽性細胞数から平均 値を求め,各サンプルの代表値とした.
【結果 および考察】第一臼歯に咬合性外傷を付与したA 群の場合,下顎頭では
7日後 に軟骨 層の萎縮がみられたが,その後BrdU 陽性細胞数の増加や軟骨層の厚さは増加 し,対照群と比較して高値で,14 日目には最大値を示した.これは,萎縮性変化の代 償とし て生じたものと考えらる.28 日後以降|ま,軟骨層の厚さやBrdU 陽性細胞数 は減少し,対照群とほぽ同様の値を示していた.歯周組織では3 日後から歯根膜線維 の不規 則な配列がみられ,14 日後では歯槽骨表面のTRAP 陽性を示す破骨細胞による 歯槽骨の吸収がみられた.さらに,3 日以降から14 日後にかけて歯根膜組織中にBrdU 陽性細胞が多数みられ,7 日後に最大値を示し,28 日後には歯根膜組織は修復し,外 傷性咬合に適応していると思われた.
第三臼 歯に咬合性外傷を付与したB 群の場合,下顎頭では
A群と同様の経時的変動 を示したが,その変動の幅は少なく,7 日目から56 日目の全期間を通じて,軟骨層の 厚さは対照群より低値であった.歯周組織では3 日後から歯根膜線維の不規則な配列 がみら れ,7 日 後では歯槽 骨表面にTRAP 陽 性を示す破 骨細胞がみ られた.また,A 群より 長期にわた り,歯根膜 組織中にBrdU 陽性 細胞が多数 みられ,42 日 後に修復 がみられ,外傷性咬合に対する適応が遅延していると考えられた.このことは,第一 臼歯より第三臼歯の方が歯周組織への障害の程度が強いと考えられるが,これはそれ ぞれの歯牙の解剖学的形態や,顎関節や咬筋との相対的な位置関係の相違に関係して いるものと思われる.
以上の結果から,外傷性咬合の付与により,下顎頭では,初期で軟骨層に萎縮性の 変化がみられ,その後その代償性変化として肥厚がみられた.そして,その肥厚した 軟骨層は,下顎頭が適応する過程において,菲薄化し,正常な機能的構造へと回復し ていた .A 群と
B群を比較すると,下顎頭の経時的変動は同様であるが,変動の幅は
A群 で 大 き く ,
B群 で は 対 照 群 と 比 較 す る と 実験 期 間を 通 じ て低 値 であ っ た.
一方,障害を受けた歯根膜は,下顎頭よりも早期に修復が始まり,適応することが 認 めら れ た. 適 応の 時 期は ,A 群では28 日後 ,B 群で は42 日後で,
B群の方 が外傷 性咬合に対する適応に遅延が認められた.この歯周組織の適応の時期と下顎頭の適応 の開始 する時期が重なっていることが推測されるため,A 群とB 群において下顎頭の 経時的変動の幅にも差がでると考えられた.
【結論】ラット臼歯に外傷性咬合を付与し,その部位の違いが顎関節にどのように影 響するか,またその際の歯周組織の適応状態が顎関節の組織変化にどのように影響す るかを検討し,以下の結論を得た.
1
.第一臼歯に外傷性咬合を付与した場合,歯周組織の適応は早く,それに対して下 顎頭も早期に適応する傾向がみられた.
2.
第三臼 歯に外傷性咬合を付与した場合,歯周組織の適応には遅延がみられ,下顎 頭では,変動の幅が少なく,適応に遅延がみられた.
以上,実験的外傷性咬合によって生じる顎関節の変化は,歯周組織の適応状態と関連
していることが示唆された.
学位論文審査の要旨
学 位 論 文 題 名
実験的外傷性咬合による歯周組織の変化と 顎関節の変化との関連性について
【目的】
実験 的外傷性 咬合が顎 関節や 歯周組織 におよ ぼす影響 につい ては数多 くの研究 が行わ れている が:外 傷性咬合 による 顎関節の 変化と歯 周組織の動態との関連については不明な点が多い.そこ で本研 究では, 外傷性 咬合にお ける顎関 節の変化と歯周組織の動態との関連性を明らかにするこ とを目的とし,次の実験を行った,
防潤
7週 齢 の雄 性Wstar系ラ ッ ト を用 い て ,各 ラ ッ トの 一 歯の 咬合面に ,コン ポジット レジンを 2mm築 盛 し , 外 傷 性 咬 合 を付 与 し た. ヒg駐 倶1第 一 臼歯 に 付 与し た 群 をA群 , 第三 臼 歯 に付 与 し た 群 をB群 , 無 処 置 の 群を 対 照 群と し , 夕 鰍咬 合 付I与 後 ,3日 ,7日,14日,28日,42 日,56日 後に 安 楽 死さ せ , 頭部 を 摘 出し10%中 性 ホ ルマ リンに て固定し た.そ の後通法 に従 い , 前 頭 面 断 連 続 切片 標 本 を作 製 し ,下 顎 頭 で はHE染 色お よ び アル ジ ャ ンブ ル ← 染色 ア ザ ン・ マ ロ リ ー染 色 , 酒石 酸 耐 性酸 性 フ ォス フ ァ ター ゼ 染色a、RAP染色) を施し ,また, 上顎 骨で はHE染色 , 皿 強P染 色 を施 し , 顎関 節 お よび 歯 周 組織 と く に 歯根 膜 と 歯槽 骨 にお ける経 時的な変化について,組織学的ならびに組織計量学的に比較検討した・
組織 学的検索 として ,HE染色に よる病 理細織学 的検索に 加えて ,咬台陸 外傷を 受けた後 の歯 根膜の 線維芽細 胞,歯 槽骨の骨 芽細胞お よび破胃細胞や下顎頭軟骨細胞などの細胞動態に与える 影響を明らかにするために,抗BrdUモノクローナルガ謝ミを使用し免疫細繃詳ビ淘均検索を行った.
下顎頭 について は軟骨 眉を上部 から線 維層,増 殖層,成 熟層, 肥大層の4眉に分け,線維層と 増殖層 を合わせ たもの を上層と し,成熟 層と肥大層を合わせたものを下層とし,実験側を計測し た. 軟 骨 層 上層 と 下 層の 厚 さ は中 央 部 を基 準 に ,5カ 所 の距 離 を 測 定し , 平 均値 を 求めた.
BrdU陽 性 細 胞数 は ,Br〔lU染泡 を行っ た切片上 で,接 眼マイク ロヌータ ーを用 い,500X500 ルm の 枠 を, 軟 骨 層中 央 部 に合 わ せ ,枠 内 のBrdU陽幽 棚 包 数 を計 測 し ,平 均 値 を求め た.
歯根膜 につtゝては,外傷陸咬合を付与した歯牙の口蓋根中隔側歯根膜腔とし,根分岐部の歯槽 骨頂 を結んだ 線と,そ れに平 行で倣を 通る線 を設定し ,歯根 と歯槽骨 で囲まれ た領域 の中の細 胞数 を 測 定 し, 単 位 面積 あ た りのBrdU陽 性 細胞 数 か ら平 均値を 求め,各 サンブ ルの代表 値と した.
昇
男
稔
隆
畑
後
田
大
向
脇
授
授
授
教
教
教
査
査
査
主
副
副
A群 の 場 台 下 顎 頭 で は7日 後 に 軟 胃 帽 の 萎 縮 が み ら れ た が そ の 後BrdU陽 性 細 胞 数 の 増 加 や軟骨 層の厚さ は増加 し,対照 群と比 較して高 値で,14日目に憾 最大値 を示した .これら の 結 果は,萎 縮性変 化の代償 として生 じたも のと考え らる. 28日後 以降は,軟骨層の厚さやBrdU 陽 性 細 胞数 は 減 少し , 対 照群 とほ闇 司様の 値を示し ていた .歯周組 織では3日後 から歯根 膜線 維のオ寸見則な酉己列カむヌられ3日£牌から14日後にかけて歯毛艮膜組織中にBr.dU陽世臨棚包カ渉 数 認 め られ7日 後に 最 大 値を 示 し ,28日 後に は 歯 根 膜細 織 は 修復 し , 外傷 性 咬 合に 適応し た と思われた.
B群の 場 合 ,下 顎 頭 ではA群 と同 様 の 経時 的 変 動 を示 し た が, そ の 変動 の 幅 は少 なく ,7日 目 から56日目 の全期 間を通じ て,軟 骨層の厚 さは.対 照群よ り低値で あった.歯周組織では3日 後 か ら 歯根 膜 線 維の 不 規 則な 配列が みられ た.また ,A群より長 期にわた り,歯 根膜組織 中に BrdU陽 性 細 胞 力 渉 数 み ら れ42日 後 に 修 復 が み ら れ 外 傷 性 咬 合 に 対 す る 適 意 鴾 圏 唾 して い る と考えら れた. このこと は,第一 臼歯よ り第三臼歯の方が歯周組織への障害の程度が強いと考 え られるが ,これ はそゎぞ わの歯牙 の解剖 学的形態や,顎関節や咬筋との相対的な位置関係の相 違に関係しているものと思われる・
蹴論】
ラット臼歯に外傷性咬合をイヰ与し,その部位の違いが顎関節にどのように影響するか,またそ の際の歯周組織の適疏形ミ態が顎関節の組織変化にどのように影響するかを検討し,以下の結論を 得た.
1. 第 一臼 歯 に 外傷 性 咬 合を 付与 した場 合,歯周 組織の 適応は早 く,それ に対応 して下顎 頭も 早期に適応する傾向がみられた.
2. 第 三臼 歯 に 外傷 性 咬 合を 付 与 した 場 合 ,歯 周 組 織 の適 応 に は遅 延 が みら れ 下 顎頭で は,
変動の幅が少なく,適応に遅延がみられた・
以上,実 験的外 傷性咬合 によって 生じる 顎関節の 変化は ,歯周組 織の適 応状態( 適応開始 か ら終了までの経時的変動)と関連していることが示唆された・
各 審 査 委 員 が 行 っ た 主 な 質 問 事 項 は 以 下 の 通 り で あ る . 1)B群 の 顎 関 節 は い つ 頃 修 復 が 完 了 す る と 考 え ら れ る か . 2)軟旨 層の上層 と下I層の変 化する時 期のズ レはどれくらいか.
3) レ ジン を 築 盛し た 後 の ラッ ト の 咬合 は ど うな っ て いた か . 4)下顎頭のどの部位に負荷がかかるか,
5)実験期間中の切歯の状態はどうだったか.
6)破骨細胞とBrdU陽性細胞カ試曽カロしている時期の違う理由は,
7) ラ ッ ト の 第 一 臼 歯 と 第 三 臼 歯 の 解 剖 学 的 形 態 の 違 い は . 8) 本 研 究 の 結 果 が ど の よ う に 臨 床 に 反 映 さ れ る か .
こ れ らの 質 問 に 対し て , 論文 申 請 者か ら 明 快な 回答な らびに説 明が得ら れさら に今後の 研究に ついても 明確な方 向性を もってい ると判 定した.
審査委 員は全員 ,本研 究が学位 論文とし て十分 値し,申 請者が 博士(歯 学)の 学位を授与 される 資格を有 するもの と認め た.