博士(歯学)本間俊美 学位論文題名
咬みしめおよび歯の非接触状態が 最大握力発揮能カに与える影響
学位論文内容の要旨
【緒言】
近年,歯科やスポーツの分野に茄いて,咬合機能と全身運動の関係が注目されて いる.咬みしめることと身体運動の関係については数多くの研究がなされ,その多く は咬みしめることにより身体運動が向上すること,また咬合状態を改善すると,より身 体運動の能カの改善がみられたと報告されている.しかし,これらの研究の多くは最 大筋カを発揮させる際に,習慣的に咬合接触を認める者を対象にしていることが多 い.一方,最大筋カを発揮する瞬間に習慣的に咬合接触を認めない者もおり,この 様な者に運動時に意識的な咬みしめを行わせても,必ずしも身体運動能カが向上 するとは限らず逆に低下する可能性があるという報告もある.咬合状態と全身運動の 関連を考える際,このような運動時に習慣的に咬みしめる者とその習慣のない者では 運動機能の向上に対する咬合状態の重要性も異なるものと考えられる.一方,これま でに身体運動時に習慣的に咬みしめる群と咬みしめない群の問での,身体運動と咬 合機能との関連について比較を行った報告はない.
そこで本研究では,身体運動時に習慣的に咬みしめているか否かで被験者を2群 に明確に分け,それぞれ咬みしめ,あるいは咬みしめを行わないことによる身体運動 への影響を検討した.
【研究方法】
北海道大学学生および職員で全身的に健康であり,顎口腔機能に異常を認めな い成人男性19名を被験者とした.測定項目は両側握力,咬合カと咬合接触面積,
両 側 咬 筋 お よ び 両 側 橈 側 手 根 屈 筋筋 活 動量 と し ,す べ て 同時 に 計測 し た . 実験1として,身体運動時,習慣的に咬みしめるか否かを判断するために,握力計 を両手で握った時の両側咬筋および橈側手根屈筋の筋活動量を計測した.その際,
咬 み し め る か 否 か に つ い て は 指 示 せ ず に 最 大 限 の カ で 握 力 計 を 握 る よ うに 指示 し た.
実 験2と し て 以 下 の3つ の 条 件 で 計 測 を 行 った .1) 上下 の歯 を接 触さ せな いよ う に 指 示 し ,3秒 問 , 最 大 の カ で 両 側 の 握 力 測 定を 行っ た. 同時 に両 側咬 筋お よび 橈 側 手 根 屈 筋 筋 電 図の 導出 を行 っ た.2)3秒問 ,最 大の カで 咬み しめ るこ との みを 指 示 し , 咬 合 カ お よ び 咬 合 接 触 面 積 の 測 定 を 行 っ た . 同 時 に 両 側 咬 筋 筋 電図 の導 出 を 行 っ た .3)3秒間 ,最 大の カ で咬 頭嵌 合位 で咬 みし めさ せ, 同時 に最 大の カで 握 力計を握ることを指示し,両側の握力測定を行った.また感圧フィルム(プレスケール)
に よ る 咬 合 カ お よ び 咬 合 接 触 面 積 測 定 と 両 側 咬 筋 お よ び 橈 側 手 根 屈 筋 の筋 電図 の 導 出 を 同 時 に 行 っ た . 測 定 は 条 件1か ら3ま で 番 号 順 に 各1回 ず つ 行 い , そ れ ぞ れ の測定間には5分間以上の休憩を設定した・
【結果】
実 験1の 握 力 発 揮 時 の 咬 筋 の 筋 活 動 量 がOu Vsで あ る7名 を 非 接 触 群 (N群 ) , 0ルVsよ り大きい値の12名を咬みしめ群(C群)と分類した.
C群 に お い て , 咬 み し め る か 否 か を 指 示 せ ず に 握 カ を 発 揮 さ せ た 実 験1, すな わ ち 意 識 せ ず に 咬 み し め て い る 状 態 で の 利 き 手 の 握 カ と 橈 側 手 根 屈 筋 筋 活動 量は , 上 下 顎 の 歯 の 非 接 触 状 態 で 握 力 発 揮 を 指 示 した 条件1のと きよ り有 意に 大き い値 を 示 し た . ま た 咬 みし めと 握カ の 両方 を同 時に 指示 した 条件3にお いて も, 条件1よ り 有 意 に 大 き い 値 を 示 し た . 一 方N群 に お い て , 実 験1, す な わ ち 意 識 せ ずに 咬合 接 触 を し て い な い 状 態 で の 利 き 手 の 握 カ と 橈 側手 根屈 筋筋 活 動量 は, 条件3よ り有 意 に 大 き い 値 を 示 し た . ま た 非 利 き 手 で も , 実験1にお けるC群の 握カ は, 条件1よ り 有 意 に 大 き い 値 を示 した .さ ら に握 カと 橈側 手根 屈筋 筋活 動量 は, ほぼ 全て の条 件 でC群がN群よりも大きい傾向が認め られた.
咬 合 接 触 面 積 お よ び 咬 合 カ は ,C群 で は , 条 件3に お け る 方 が 条 件2よ り 大 き い 傾 向 を 示 し , 反 対 にN群 で は 条 件3に お け る 方 が 条 件2よ り 小 さ い 傾 向 を 示 し た . 咬 合 接 触 面 積 , 咬 合 力 , 咬 筋 筋 活 動 量 に お い て , い ず れ の 条 件 に お い て もC群 はN群よ りも大きい傾向が認められた・
C群 の 握 カ と 咬 合 接 触 面 積 お よ び 握 カ と 咬 合 カ の 間 に は 有 意 な 正 の 相 関 を 認 め た . 一 方 ,N群 の 握 カ と 咬 合 接 触 面 積 お よ び 握カ と咬 合カ との 問に は負 の相 関傾 向 が認められた.
【考察】
実 験1に お い て , 咬 筋 筋 電 図 を 計 測す るこ とに より ,被 験者 を身 体運 動時 に習 慣 的 に咬みしめているか否かでの2群に明確に分類できた。
C群 に おけ る握 力, 橈側 手根 屈筋 筋活 動量 は自 然に 咬み しめ た 状態 (実 験1), あ る い は意 識し て咬 みし めた 状態 (条件3)の方が,咬合接触させない条件1よりも大き い 値 を示 し,N群 では 逆の 傾向 が 認め られ た。 この 結果 は運 動プログラムといわれる 運 動 に関する中枢の プログラムという面から説明することができる。すなわ ち,C群の 運 動プログラムの中には「咬みしめて身体運動を行う」と いう筋が連動するプログラム が 存 在し,一方N群においては,運動プログラム の中に「身体運動のみを行う」という プ ロ グラムが存在す ると考えることができる.そうするとC群に歯の非接触状態を指示 し て 身 体 運 動 を 行 わ せ る 場 合 , あ るい はN群 に咬 みし めて 身体 運動 を行 わせ る場 合 に は , この 最大 の運 動能 カを 発揮 す るた めの 運動 プロ グラ ムに 乱れ が生 ずる 可能 性 が あ り, その ため に握 力, 橈側 手根屈筋筋活動 の低下が生じたものと考えることがで き る.
咬 合 接 触 面 積 お よ び 咬 合 カ に お いて ,C群 は, 咬み しめ と握 カの 両方 を同 時に 指 示 し た 条 件3の と き の 方 が 咬 み し め のみ を指 示し た条 件2より 大 きい 傾向 を示 し,N 群 は 反対 の傾 向を 示し た. この 結果も運動プロ グラムの存在から説明することができ る . すな わち ,条 件3では ,C群 は「 身体 運動 時に 咬み しめ る」というFつの運動プロ グ ラ ムのもとで最大 の運動能カを発揮しているのに対し,N群は「身体運動を行う」こ と と,「咬みしめを行う」ことというニつの異なるプログラムが同時に実行されるためそ の 両 方 とも 最大 の運 動機 能を 発揮 で きな かっ たた めに 生じ た現 象だ と推 測さ れる ・ 咬 合 接 触 面 積 と 握 カ お よ び 咬 合 カと 握カ の間 で,C群に 描い て, 有意 な正 の相 関 が 認 め ら れ た . こ の 現 象 よ り 咬 筋 の筋 紡錘 から 橈側 手根 屈筋 に 対す るH反射 によ る 促 通 効 果 が あ る 可 能 性 が 考 え ら れ る . ま た 反 対 に 橈 側 手 根 屈 筋が 活動 し咬 筋に 対 す る 促通 効果 が生 じ, 咬合 カが 増加することも 考えられる.すなわち最大のカでの咬 み し めと 握カ と同 時に 指示 したC群に おい ては ,こ れら の相 乗効果により咬合カおよ び 握 カが とも に増 加す ると いう 可能性が考えら れる.さらに咬合カの増加に伴い,歯 根 膜 の 圧 受 容 器 か ら の 入 カ も 増 加 する 可能 性も ある .す なわ ちC群 にお いて は, 咬 み し め る 時 の 咬 筋 筋 紡 錘 , あ る い は 歯 根 膜 の 圧 受 容 器 か ら の 入カ が四 肢の 筋の 筋 カ を上昇させている可能性も考えられる.
【 結論】
被 験 者を 身体 運動 時咬 みし めるC群と ,咬 みし めな いN群 に分 類す るこ とが でき ,
咬みしめる群の方が身体運動能カは高いと推測された.
また全ての人が身体運動時に咬みしめることで,より高い身体能カを発揮するわけ ではなく,身体運動時に習慣的な咬みしめのない人は咬みしめることで身体能カが 低下する可能性があることが示唆された,
学位論文審査の要旨
学 位 論 文 題 名
咬みしめおよび歯の非接触状態が 最大握力発揮能カに与える影響
審査は審査委員が一同1ニ会して、口頭試問の形式によって行われた。 まず申請者に論文の概 要の説明を求めるとともに適宜解説を求め、次いでその内容および関連分野について試問した。
申請者から、まず以下のような説明がなされた。
近年、歯科やスポーツの分野において、咬合機能と全身運動の関係が注目されている。咬みし めることと身体運動の関係については数多くの研究がなされ、その多くは咬みしめることにより 身体運動が向上すること、また咬合状態を改善すると、より身体運動の能カの改善がみられたと 報告されている。しかし、これらの研究の多くは最大筋カを発揮させる際に、習慣的に咬合接触 を認める者を対象にしていることが多い。一方、最大筋カを発揮する瞬間に習慣的に咬合接触を 認めなぃ者もおり、この様な者に運動時に意識的な咬みしめを行わせても、必ずしも身体運動能 カが向上するとは限らず逆に低下する可能性があるという報告もある。咬合状態と全身運動の関 連を考える際、このような運動時に習慣的に咬みしめる者とその習慣のない者では運動機能の向 上に対する咬合状態の重要性も異なるものと考えられる。これまでに身体運動時に習慣的に咬み しめる群と咬みしめない群の問での、身体運動と咬合機能との関連について比較を行った報告は ない。
そこで本研究では、身体運動時に習慣的に咬みしめているか否かで被験者を2群に明確に分け、
そ れぞ れ咬 みしめ、あるいは咬みしめを行わないことによる 身体運動への影響を検討した。
本研究において、.被験者は身体運動および顎冂腔機能に異常の認められない成人男性19名を 対象とした。測定項目は両側握力、咬合カと皎合接触面積、両側咬筋および両側橈側手根屈筋筋 活動量とし、すべて同時に計測した。最大限のカで、握力計を握るように指示し、握力発揮時の 咬 筋の 筋活 動量がO V8である7名 を非接触群(N群)、OVsより 大きい値の12名を咬みしめ群(C 群)と分類した。実験条件は1)上下顎の歯の非接触状態での握カを指示、2)咬みしめることのみを 指示、3)咬みしめと握カの両方を同時に指示した。各1回ずつ測定し、群問および各条件におけ る計測値の聞で比較検討を行った。
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郎 政
忠
一
順 善
田 川
池
飯 北
赤
授 授
授
教 教
教
査 査
査
主 副
副
結果として、
1. 咬合接触 面積、咬 合力、 咬筋筋活 動量および握カにおいて、C群はN群よりも大きい傾向が 認められた。
2.握カおよび橈側手根屈筋筋活動量において、C群は上下顎の歯の非接触状態での握力発揮時の 方が咬みしめを伴う握力発揮時より・も小さく、N群は咬みしめを伴う握力発揮時の方が歯の 非接触状態の握力発揮時より小さい傾向が認められた。
3.C群の 握カと咬 合接触 面積およ び握カと咬合カの問には有意な正の相関を認めた。一方、N 群 の 握 カと 咬 合 接触 面 積 およ び 握 カと 咬 合 カと の 問 には 負 の 相 関傾 向 が 認め られ た。
以上の 結果から被験者を身体運動時咬みしめるC群と、咬みしめないN群に分類することがで き、咬みしめる群の方が身体運動能カは高いと推測された。また全ての人が身体運動時に咬みし めることで、より高い身体能カを発揮するわけではなく、身体運動時に習慣的な咬みしめのなぃ 人 は 咬 み し め る こ と で 身 体 能 カ が 低 下 す る 可 能 性 が あ る こ と が 示 唆 さ れ た 。 以上の論述に引き続き以下の項目を中心に口頭試問を行った。
1.研究の目的に対する研究方法の適切性 2.咬合カの左右の差と利き手、非利き手の関係 3.咬みしめによる促通効果について
4.被験者の咬合状態について
5.これまでの報告と異なる点について 6.成長による変化について
これらの試問に対して申請者は明快な回答、説明を行った。
本研究は、咬合状態と全身的な筋機能の関連を明らかにすることによって、咬合の回復に対する 治療目的の―一端を明らかにしたものと評価できる。全身的な筋機能として握カを用い、最大の筋 カを発生する際に咬みしめる習慣のある被験者の群と、その習慣がなく、歯を接触させない被験 者の群を明確に分け、それぞれの群において、咬みしめ、あるいは歯を接触させない条件を与え て筋力等を計測したところ、咬みしめる習慣のある被験者においては咬みしめる条件の方が、ま た咬みしめる習慣のなぃ被験者においては歯を接触させない条件における方が最大筋カを発揮で きることを明らかにした。更に、咬みしめる習慣のある群の方が、より強い筋カを発揮する傾向 があることを示した。この結果から、より大きな全身的な筋機能を発揮するには咬みしめること による促通効果を有する方が有利であり、そのためには成長期において最大筋カを発揮する際に、
咬みしめる習慣を付けることが必要であることを示唆した。この結果は成長期において正常咬合 を獲得しておくことの意義を明確にし、歯科矯正治療の目的の一面を明らかにしたという観点か ら、歯科臨床に重要な情報を提供したものと高く評価できる。更に、試問の内容から、学位申請 者は、関連分野にも幅広い学識を有していると認められた。また今後は更に詳細な解析の準備を 進めており、将来の展望についても評価された。
よって審査担当者全員は、申請者は博士(歯学)の学位を授与される資格を有するものと認め た。
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