博 士 ( 医 学 ) 小 山 貴 弘
学 位 論 文 題 名
単胎妊娠と双胎妊娠における水代謝に関する研究 学位論文内容の要旨
【背景と目的】妊娠による生理的な体液量の変化として6.0〜 8.02の増加がみられるが、そ のうち4.0〜
6.02
は細胞外液であり、これはアルドステロンやエスト口ゲンが妊娠初期に急 速に増加することなどによると考えられてい る.妊娠高血圧症候群(pregnancy inducedhypertention
、以下PII‑Dは、妊娠後半期に高血圧を呈する症候群で約6%の妊婦に合併する.しばしば高度蛋白尿や全身浮腫を伴い、胎児発育不全や常位胎盤早期剥離、HELLP症候群、
子癇などの重篤な周産期合併症を合併する,病態として胎盤由来の液性因子による血管内 皮障害と血管透過性の亢進、循環血漿量減少を認める,循環血漿量が減少すると、口渇に よる水分摂取増加や尿量減少により循環血漿量が保たれるように調整されるが、妊娠女性 では、このような調節機構が、適切に機能せず、循環血漿量減少が急速に進行することが ある.多胎は単胎と較ベ生理的な循環血漿量 増加が大きく、PIHの発症率は単胎よりも高 い.単胎よりも妊娠高血圧を示さずにHELLP症候群や子癇などの合併症をおこしやすい.
このような観察は、PIHやその合併症、多胎妊娠における諸問題の多くが、水代謝にかか わる諸因子と密接に関わっていることを示唆している.妊娠中の水代謝にかかわる主たる 因子として、抗利尿ホルモンと抗利尿ホルモン分解酵素およびレニンーアンギオテンシン‐
アルドステロン系などが挙げられるが、本研究では、単胎妊娠と双胎妊娠のそれらを網羅 的に測定し比較することにより、またPIHを発症した単胎妊婦のそれらと比較することに よ り 、 双 胎 妊 娠 に お け る 水 代 謝 の 特 徴 を 明 ら か に す る こ と を 目 的 と し た .
【対 象と 方法 】2009年
8
月から2011年8
月までの間に当院で分娩管理を 行った妊婦560名 のうち、本研究への協カに関して文書により 同意が得られた161例を対象とした。本研究 は、北海道大学病院自主臨床研究審査委員会の承認を受け(承認番号009‑0006)、検体採取 はすべて北海道大学病院で行った.検体採取は第2三半期(妊娠23週〜妊娠27週)と第3三 半期(妊娠31週〜妊娠37週)、分娩時、産後3
日目と産後7日目、産後1
か 月の計6
回とし た. 測定 項目 は血 漿ADH濃度 、血 清P‑LAP
活 性、 血漿 レニ ン活 性(PRA)
、 血漿アルドス テロ ン濃 度(PAC)、 血漿浸透圧、尿浸透圧 、ヒト絨毛性ゴナドト口ピン濃度(hCG)の計7 項目を測定した.【結 果】 血漿
ADH
濃 度は 、第2
三 半 期に おい て単 胎血 圧正 常群1113
士0.50pg/mlに対し て双胎血圧正常群で0.73土0
.22pg/m1
と有意に低かった.分娩後はいずれの群でも上昇し、非妊娠時レベルと推測されるレベルに復した .血清P−
LAP
活性は、第2三半期において単 胎血 圧正 常群283
土1081U/L
に対して双胎血圧正常群で525土2131U/L、 第3
三半期におい て単 胎血 圧正 常群851
土3501U/L
に対して双胎血圧正常群で1429土4221U/L
と双胎血圧正 常群 で有 意に 高か った .単 胎PIH群で は、 第2
三 半期に251土1411U/L
、第3三半期に683 土931U/Lといずれも単胎血圧正常群よりも低 い傾向を示したが有意な差はみられなかっ た.一方、血清P−LAP活性(分娩時)/胎盤重量比は、双胎血圧正常群1.39土0.661U/L□g、 単胎PIH群1.22士0.571U/L
□g、単胎血圧正常群1.59土0
.621U/L□gと有意差を認めなかっ た,I RAは単胎血圧正常群では第2三半期7.8土3
.6ng/ml/h、第3三半期7.1土4.1ng/m1/h であったのに対し、双胎血圧正常群は第2三半期n.3土5.5ng/ml/h
、第3三半期4.1士2
.8
ー245 ‑
ng/ml/hと 第2・ 第3三 半 期 の 間 に 有 意 な 低 下 を 認 め た . 単 胎PIH群 で は 第2三 半 期4.5 士2.8ng/ml/h、 第3三 半 期2.4土1.5ng/ml/hと 有 意 に 低 い 値 を 示 し た .PACは 、 単 胎 血 圧 正 常 群 で 第2三 半 期424土231pg/ml、 第3三 半 期662土359pg/mlと 有 意 に 増 加 し た の に 対 し て 、 双 胎 血 圧 正 常 群 で は 第2三 半 期712土392pg/ml、 第3三 半 期467土256pg/ml と 有 意 に 減 少 し 、 単 胎 血 圧 正 常 群 と は 反 対 の 動 き を 示 し た , 単 胎PIH群 で は 、 第2三 半 期 362土303pg/m1、 第3三 半 期456土505pg/m1と い ず れ も 低 い 値 を 示 し た .PAC/I RA比 は 、 第2三 半 期 に お いて 、単 胎 血圧 正常 群60.2土29.5x1舮/h、 単 胎PIH群91.2土27.8x1舮/h、 第3三 半 期 に お いて 、単 胎 血圧 正常 群108.5土49.5X1卵/h、単 胎PIH群180.4士116.7xlp/h と 単胎PIH群で 有意 に高 値で あ った .双 胎血 圧 正常 群で は、 第2三半 期67.4土24.6x1ひ3/h、 第3三 半 期146.3土125.6xlp/hと 第3三 半 期 に お い て 単 胎 血 圧 正 常 群 よ り や や 高 い 傾 向 を 示 し た . 血 漿 浸 透 圧 は 群 間 で は い ず れ も 有 意 差 を 認 め な か っ た .3群 とも に第2三 半期 と 較 ベ 、 産 後3日 目 以 降 、 有 意 に 高 値 を 示 し た . 尿 浸 透 圧 は 第2三 半 期 に お け る 単 胎 血 圧 正 常 群と双胎血圧 正常群の2群間では、双胎血 圧正常群で有意に低かった(p 0.02′t―検定).hCG は 第2三 半 期 で 、 単 胎 血 圧 正 常 群25482土216171U/L、 双 胎 血 圧 正 常 群65942士573141U/L、 第3三 半 期 で 、 単 胎 血 圧 正 常 群35261土310491U/L、 双 胎 血 圧 正 常 群95510士665111U/Lと い ず れ も 双 胎 血 圧 正 常 群 で 有 意 に 高 い 値 を 示 し た . 単 胎PIH群 に つ い て も 、 第2三 半 期 47421士352911U/L、 第3三 半 期81353土426681U/Lと 単 胎 血 圧 正 常 群 よ り 有 意 に 高 い 値 を 示した,
【 考 察 】 妊 娠 第2三 半 期 の 血 漿ADH濃 度 は 、 双 胎 妊 娠 で は 単 胎 妊 娠 より も低 いこ とが 判 明 し た . こ の こ と は 双 胎P‐LAP活 性 高 値 を 反 映 し た も の で あ る 可 能 性 があ る. 双胎 妊婦 は 単 胎 妊 婦 に 比 し 、 よ り 低 張 尿 を 排 泄 し て い る 可 能 性 が 示 唆 さ れ た . 妊 娠 中 のADHは 非 妊 娠 自 に 比 し 低 下 し て い る こ と が 示 唆 さ れ た . 単 胎PIHで は 単 胎 正 常 群 に 比 し て 有 意 に 低 置 の PRAとPACの 低 値 傾 向 が 認 め ら れ た . ま た 、 正 常 単 胎 妊 娠 で は 第2三 半 期 か ら 第3三 半 期 に か け てPACの 顕 著 な 増 加 が 認 め ら れ た が 双 胎 で は 反 対 の 現 象 ( 顕 著 な 減 少 ) が 認 め ら れ た .PRAに 関 し て は 正 常 単 胎 群 で は 不 変 で あ っ た が 、 双 胎 で は 顕 著 な 減 少 が 認 め ら れ た . 双 胎 第2三 半 期 で のPAC高 値 は よ り 大 き な 循 環 血 液 量 保 持 と い う 観 点 か ら 合 目 的 な 挙 動 で あ る 可 能 性 が あ り 、 第2三 半 期 か ら 第3三 半 期 に か け て の 双 胎 で のPAC、I)RAな ら び に PAC/PI弧 比 の 挙 動 は 高 血 圧 が な い に も か か わ ら ず 単 胎PIH群 の そ れ と ほ ぽ 一 致 す る も の で あ っ た .PIHや 双 胎 で 観 察 さ れ たhく ニG高値 は水 代 謝に 悪影 響を 及 ぼし てい る可 能性 が 示 唆 さ れ た . 分 娩 時 に お け るPAC/PRA比 は 単 胎 、 双 胎 と も に 血 中AT活 性 と 負 の 相 関 を 示 し、AT活性値 は循環血漿量減少を反映して いる可能性が示唆された.
【 結 論 】 本 研 究 全 体 よ り 以 下 の 新 知 見 が 得 ら れ た . @ 双 胎 妊 娠 の 血 清P‐LAP活 性 は 第2三 半 期 、 第3三 半 期 と も に 単 胎 妊 娠 よ り も 高 い . ◎ 双 胎 妊 娠 の 第2三 半 期 で は 血 漿ADH濃 度 は 単 胎 妊 娠 よ り も 低 い . ◎ 双 胎 妊 娠 の 第2三 半 期 に はn气C及 びI)RAが 単 胎 妊 娠 よ り も 高 値 で あ る が 、 第3三 半 期 に は 減 少 し 、PIH症 例 と 同 様 に 単 胎 妊 娠 よ り も 低 値 と な る , @ 双 胎 妊 娠 の 第3三 半 期 に は 、PAC. ・ /PIu比 が単 胎妊 娠 の血 圧正 常症 例 に比 べて 高く なる 傾 向 が 見 ら れ た が 、 こ の こ と はPIH症 例 に お け るPAC/PRA比 高 値 と 類 似 し て い る . ◎ 双 胎 妊 娠 の 第2三 半 期 で は 単 胎 に 比 し て 低 浸 透 圧 尿 を 排 泄 し て い る 可 能 性 が あ る , ◎ 胎 盤 単 位 重 量 当 た り の 血 清hCG濃 度 は 単 胎PIH群 な ら び に 双 胎 正 常 群 で 正 常 単 胎 群に 比し 高値 であ る .
◎分娩時にお けるPAC/PI廴へ比は血中AT活 性と負の相関を示す.
−246 ‑
学位論 文審査の要旨 主 査 教 授
副 査 教 授 副 査 教 授 副 査 教 授
野々村克也 水 上 尚 典 松 居 喜 郎 櫻 木 範 明
学 位 論 文 題 名
単胎妊娠と双胎妊娠における水代謝に関する研究
本研究では、妊娠中の水代謝にかかわる抗利尿ホルモン(ADH)、抗利尿ホルモン分解酵素
(胎盤性胎盤性ロイシンアミノペプチダーゼ、以下P−
LAP)
、血漿レニン活性(PRA)、血漿ア ルドステロン濃度(PAC)、ヒト絨毛性ゴナドトロピン濃度(hCG)、ヒ卜脳性ナトリウム利尿 ペプチド前駆体N端フラグメント(NT―proBNP)、血漿浸透圧、ならびに尿浸透圧を網羅的に 測定し双胎妊娠のそれらを単胎妊娠(正常単胎妊婦ならびに妊娠高血圧症候群発症妊婦)のそれらと比較することにより、双胎妊娠における水代謝の特徴を明らかにすることを目 的とした。
2009
年8
月 から2011
年8
月 まで の間 に北 大病院で分娩管理が行わ れた妊婦560名のう ち 、本研究への協カに関して文書により同意が得られた161名を対象として本研究は実施 さ れた。血液ならびに尿検体は妊娠第2三半期(妊娠23週〜妊娠27週)、第3三半期(妊 娠31
週〜 妊娠37
週)、分娩時、産後3日目、産後7
日目、ならびに産後1か月の計6回採 取 された。161名は高血圧発症の有無と胎児数により単胎血圧正常群、単胎妊娠高血圧症 候 群(PIH)
群、ならびに双胎血 圧正常群の3
群に分けて比較検討された。本研究結果は以 下 のことを明らかにした。双胎妊娠の血清P―LAP
活性と血 清hCG濃度は第2三半期、第3 三 半期ともに単胎妊娠よりも高い。単胎PIH群での血清P
―LAP
活性は正常単胎群に比し低 い が、血清hCG濃度はむしろ高 い。双胎妊娠の第2三半期で は血漿ADH濃度は単胎妊娠よ り も 低い 。双 胎妊娠の第2
三半期にはPAC及びPRAが単胎妊娠よりも 高値であるが、第3 三 半期には減少し、PIH症例と 同様に単胎妊娠よりも低値となる。双胎妊娠の第3三半期 には、PAC/PRA比が単胎妊娠の血圧正常症例に比べて高くなる傾向がある。双胎妊娠の第2 三 半期では単胎に比して低浸透圧尿を排泄していること。胎盤単位重量当たりの血清hCG 濃 度は単胎PIH群ならびに双胎正常群で正常単胎群に比し高値であること。分娩時におけ るPAC/PRA
比は血中アンチ卜ロンビン活性と負の相関を示すこと。NT―proBNP
はいずれの3
群 でも 産褥 期に は高値となるが、妊娠中はPIH
群でのみ妊娠第2
三 半期、ならびに第3‑ 247―
三 半 期 に 高 値 で あ る こ と 。
審 査 に お い て 、 副 査 松 井 教 授 か らPRAが 妊 娠 高 血 圧 症 候 群 で 低 値 と な る 原 因 に つ い て 質 問 が あ り 、 現 在 の と こ ろPRAが 妊 娠 高 血 圧 症 候 群 で 低 値 と な る 原 因 ( ト リ ガ ー ) に つ い て は 不 明 で あ る 回 答 し た 。 副 査 櫻 木 教 授 か ら 妊 娠 高 血 圧 症 候 群 に お い て 、 同 じ 胎 盤 か ら 産 生 さ れ るP―LAPとhCGが な ぜP―LAPは 低 く 、hCGは 高 値 と な る の か と い う 質 問 が あ り 、P−LAPは 胎 盤 の 重 量 依 存 性 に 増 加 す る の で 双 胎 で 高 く 、PIH胎 盤 は 正 常 妊 娠 に 比 し て 小 さ い た め 低 値 と な る の で は 、 ま たhCGは 胎 盤 が 低 酸 素 状 態 に さ ら さ れ る と 分 泌 が 亢 進 す る と 報 告 さ れ て お り 、 妊 娠 高 血 圧 症 候 群 で は 循 環 血 液 量 減 少 に 由 来 す る 低 酸 素 状 態 が あ る の で 、 高 値 を 示 す の で は な い か と 回 答 し た 。 ま た 、 今 回 の 研 究 で 双 胎 妊 娠 に お い てHELLP症 候 群 や 妊 娠 高 血 圧 症 候 群 を 発 症 し や す い 原 因 の 解 明 は 出 来 た の か と い う 質 問 が あ りP−LAPが 循 環 血 液 量 バ ラ ン ス を 負 の 方 向 へ 向 か わ せ や す い こ と を 考 え る と 双 胎 妊 娠 に お い てP―LAPはHELLP症 候 群 や 妊 娠 高 血 圧 症 候 群 を 発 症 ま た は 増 悪 さ せ る 因 子 と な り う る と 回 答 し た 。 ま た 、 副 査 水 上 教 授 か ら 水 の 再 吸 収 の 抑 制 因 子 と な るPーLAPと 水 の 再 吸 収 の 促 進 因 子 と な るhCGに つ い て 、 そ れ ら の 比 と 尿 浸 透 圧 の 相 関 を 調 べ た の か と い う 質 問 カ § あ り 、 そ れ は ま だ 検 討 し て い な ぃ と 回答 し た 。 ま た 、 今 回 の 研 究 で 高 血 圧 出 現 前 の 循 環 血 液 量 減 少 や 血 圧 上 昇 を 予 測 す る マ ー カ ー を 突 き と め る こ と が 出 来 た の か と 言 う 質 問 が あ り 、PACやPRAは 有 効 な マ ー カ ー と な り う る 可 能 性 が あ る が 、 さ ら に 鋭 敏 な マ ー カ ー を 検 討 す る 必 要 が あ る と 回 答 し た 。 主 査 野 々 村 教 授 か らPIHな ら び に 双 胎 妊 娠 に お け る カ テ コ ラ ミ ン の 役 割 に つ い て 、 今 後 の 治 療 方 法 開 発 に 関 す る に 質 問 が あっ た。 妊娠 高血 圧 症候 群で は交 感神 経 系有 意と なっ て い る こ と 、 現 状 で は 妊 娠 高 血 圧 症 候 群 に お け る 循 環 血 液 量 減 少 に 対 す る 治 療 法 は 輸 液 の み で あ る が 、 輸 液 は 浮 腫 増 大 に っ な が る の で 、 妊 娠 継 続 延 長 に は 有 効 と は な い っ て い な い と 回 答 し た 。
申 請 者 に よ る 研 究 成 果 は 、 双 胎 妊 娠 に お け る 水 代 謝 の 一 端 を 明 ら か に す る も の で あ り 、 今 後 の 双 胎 妊 娠 に お け る 循 環 血 液 量 不 足 原 因 解 明 に 資 す る こ と が 期 待 さ れ る 。 審 査 員 一 同 は 、 こ れ ら の 成 果 を 高 く 評 価 し 、 大 学 院 課 程 に お け る 研 鑽 や 単 位 取 得 な ど も 併 せ 申 請 者 が 博 士 ( 医 学 ) の 学 位 を 受 け る の に 充 分 な 資 格 を 有 す る も の と 判 定 し た 。
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